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花の命は短くて
「霖之助さん。人里に行きたくないかしら?」
「……何だい藪から棒に。特に行きたくもないし、行く理由も僕にはないんだが」
「私にあるのよ」
「せめて理由くらい教えてくれないかい」
桜が満開になった翌日、静寂を破って現れたのは博麗神社の巫女だった。僕の問いにうーんと唸りながら、彼女はころころと表情を変えている。どのようにすれば僕を連れ出せるのか、頭の中で試行錯誤しているのだろう。
どんな理由かは知らないが、久しぶりに顔を見せに来てくれたのだ。せめてお茶くらいは出してやろうかと腰を上げると、店の外から声が聞こえる。どうやら一人ではないようだ。
「よう香霖、って霊夢。お前もしかして」
「あら霊夢、しばらくね」
魔理沙に咲夜。中途半端に立ち上がっている姿勢から座りなおし、二人に用件を聞く。ちなみに霊夢は二人の顔を見ると何故かばつの悪そうな表情をしていた。
用件を聞くと、二人も僕を誘いに来たらしい。どういうことなのか話を聞くと、どうやら人里では縁日が開かれているらしい。そういえば、天狗の新聞にそんなことが書いてあった気がする。例年より桜が綺麗に咲いたからだとかなんとか書いてあったが、興味がなかったのでほとんど頭には内容が残っていない。
「お前も香霖を誘いに来たのか」
「……そうよ」
「珍しいわね。いつも自由気まま、一匹狼なスタンスの貴女が」
「どんなイメージだ。実はね、緑屋が玉露の安売りをしているのよ」
緑屋というのは人里にある御茶屋である。霊夢の話を聞くと、どうやらその茶屋で上質な茶葉を赤字覚悟で大安売りしているらしいのだが、一人一つ限定らしい。話を聞いてる内に何故かはわからないが、ため息が出ていた。
魔理沙も似たようなものであった。茶葉が饅頭に変わっただけである。咲夜はどうやら今日は仕事が休みらしく、料理の本を探しに来たらしい。店に三人もやってきたのに、その中でお客と呼べるような人物が一人しかいないことに頭を抱えたくなった。
「縁日ねえ……店主さん。私と一緒にお店、見て回りません?」
「なっ、咲夜、お前今日は買い物に来ただけだって言ってたじゃないか!」
「縁日なんて知らなかったから。見てみたいじゃない。それに、一人で見るのも味気ないし。あ、もちろん本は買わせていただきますけど」
「卑怯だぞ!」
「そうよそうよ。最初に誘ったのは私よ」
「そんなの関係ないぜ。要は香霖が誰を選ぶかだ」
女三人よれば姦しいという言葉があるが、久しぶりにそれが当てはまる光景を見た気がする。多分、このまま眺めていても話は平行線のままだろう。そして最終的には僕に判断が回ってくる。
「みんなで行けばいいだろう」
僕の言葉を聞いた三人は、何故かしらけた目でこちらを睨んでいる。何故だろうか。何も悪いことを言ってはいないのだが。
とりあえず支度を済ませようと思った矢先、またもや誰かが入ってきた。
「店主さん!私と一緒に縁日にって……あれ?みなさんもですか」
騒がしくなるであろう風を纏って現れた女の子。早苗の言葉に魔理沙が噛み付く。面倒くさくなったのでそのまま支度をすることにした。なにかあっても咲夜がいるのだから大丈夫だろう。
ふと、縁側から外を見る。庭にある桜の気が、とても爽やかに、春の訪れを告げていた。
「後継者?」
「なんかそんなことを紫が言ってたのよ。私としては仕事が楽になるからいいんだけど」
お茶をすすりながら、霊夢はそう答える。その横顔は、何も考えていないように見えるが、僕には分からなかった。
確かに、人間の平均から見ればもう嫁に行ってもおかしくない年ではある。早くに嫁いでいたのなら、子供もいるのかもしれない。それくらいの年齢に、霊夢は成長した。
背も多少だが大きくなり、昔よりも更に落ち着いた雰囲気を出すようになった。彼女の活躍を直接見ていない僕でさえ、博麗の巫女としてそれなりにやっているのだろうということは分かる。
しかし、お茶請けの大福を小さく頬張って顔を緩める彼女の姿は、間違いなく霊夢だった。
「そういえば、この前魔理沙から聞いたのだけど、やけに男衆に人気らしいじゃないか」
「あ~、いや、まあ、嬉しいんだけどね。なんていうか、付き合い方が分からないというか……」
「みんな袖にしているのかい?しかし、鬼にも引かない博麗の巫女が言う台詞とは思えないね」
「……そうね」
それっきり黙ってしまった霊夢を見て、なんともいえない気分になった。この気まずさをどうしようかと頭の中で悩んでいると、誰かが、いや、この空気は間違いなく彼女だろう。店内に入ってきた客、魔理沙を見て思わずほっとしてしまった。
「おう香霖。ん、霊夢もいたのか。まあいいや。花見しようぜ。花見」
「一昨日したばかりじゃない。頭の中まで春になるわよ」
「いいじゃないか。ってわけで香霖、今晩空いてるよな」
「ああ、特に用は無いけど」
「聞くまでもなかったな。そういえば知ってるか、レミリアがまた人間拾ってきたらしいぜ」
どうやら今回の花見はレミリアが計画したものらしい。新しく館の住人として迎え入れた人間の、お披露目会というわけだ。魔理沙の話によると、咲夜がそのまま小さくなったようなものらしく、楽に想像することが出来た。
あのメイド長は姿形が変わっていない。やはり身体の時も止めているのだろうか。霊夢と魔理沙、あと早苗は咲夜に会う度に卑怯だ手品だマジックだと呟いている。
「仕方ないわねえ。けど、ただでご相伴に預かれるならいっか」
「そういうことだ。私は山のほうに行くから、霊夢は人里頼むわ」
「わかったわよ。じゃあ霖之助さん、また後で。大福、美味しかったわ」
「それはよかった。気をつけていくんだよ」
「もう子供じゃあないわよ」
そういい残して、二人は店を出て行った。つられて、というわけではないが、外に出ると、桜が花をつけていた。
桜の花が全て散る頃、霊夢は人里に嫁ぎ、魔理沙は弟子を取った。
「ま~たやられやがった。ありゃ駄目だな」
「今回の異変はどれくらいかかるのかしらね。解決」
「一週間に羊羹三つ」
「強気ね。じゃあ私は一ヶ月に大福五つ」
「どっちもどっちじゃあないかい」
香霖堂の縁側。早咲きした桜を楽しみながら魔理沙と霊夢は酒を楽しんでいる。
霊夢が嫁いだ当時、怒り狂った紫が異変と称される程の騒ぎを起こした。絶対に許さんと駄々をこねていた紫も、白無垢の霊夢を見た瞬間に号泣していた。今では宴会のたびに話のタネにされている。妖怪の生は長い。あと六十年は語られるだろう。
ちなみに今は若い世代にご執心らしい。理由は相手をしてくれるから、だそうだ。
魔理沙は今でも一人身を貫いている。どうやら最近は弟子が反抗期で面白くないらしく、最近になってまた新しい弟子を取ったらしい。一番弟子を超えさせるべく、厳しく教えているが、その弟子は彼女の目を盗んでよく僕に愚痴を零しに来る。二人目の反抗期は早そうだが、忠告はしないことにしている。もう子供ではないのだから。
「あら、こんなところで花見?」
「出たな卑怯者。その若さを私によこせ」
「そんなことより咲夜。今回の異変、どれくらいで解決するか賭けない?」
呆れた目線で二人を見る咲夜に何用かと問う。どうやら料理の本を探しに来たらしい。だが、後でいいかと呟いて、咲夜も縁側に腰掛けた。
「もちろん、私のところが解決するに決まっていますわ」
「おうおう強気だねえ。それだったら、それなりのものをかけてもらわなくっちゃな」
「そうね。何を賭けるの?」
「半年以内に……マドレーヌ。十個」
「期待していないというよりも残酷じゃないかい?」
桜吹雪が待っていた。
博麗神社の裏手。桜の木の下にひっそりと佇む墓に手を合わせ、踵を返す。鳥居の前まで来たところで、誰かが飛んでくるのが見えた。
「あら、霖之助さん。お墓参りですか」
「ここで最後だよ。一斉に墓参りをしようと考えた僕が馬鹿だった。飛べない身には中々に辛い。ところで、早苗こそ何をしに?」
「私も、霊夢さんのお墓参りですよ。今回の異変がうまくいくように~って」
早苗は、人としての生を全うした後に神になった。こう言うと聞こえはいいが、実際は大したものではないらしいとは、本人の談である。
どんな内容かは忘れてしまったが、今回の異変は早苗が黒幕であるらしい。しかし目の前で楽しそうにしている彼女からは、禍々しさや邪悪さといった邪なものは感じられず、むしろ悪戯を画策する子供と言ったほうがしっくりくる。
「しかし、なんでまた異変なんて。僕にはわからんね」
「だってずるいじゃないですか!若い子ばかりが楽しむなんて!私も楽しみたいんです!」
そういってぷりぷりと怒る彼女からは、神の威厳というものは芥子粒ほども感じられない。まだまだ修行が必要なのだろうと僕は一人納得した。多分に、見た目が少女の頃に戻っているからだろう。
それではと言って霊夢の墓に向かっていく彼女を見送って、境内に目をやった。今代の巫女は、異変解決に向かっているため、僕と早苗以外に人はいない。
帰ろうと呟いて、階段を下りる。
「おうい、霊夢」
「魔理沙、また来たの?って、咲夜も」
「こんにちは」
振り向く。
顔は見えない、もう分からない。だがそこに、少女の頃の三人がいた。
三人は少しの間雑談をして、神社の中へと消えていった。
幽霊か。幻覚か。まるで狐につままれたようだ。
「霖之助さん?」
横に、早苗がいた。どうやら放心している僕を見て心配してくれたらしい。何でもないと呟いて、気をつけてと口を開いた。
「もう、子供じゃないんです。大丈夫ですよ」
そう言って、早苗は空を飛んでいった。
帰り道、桜の花びらが顔に触れた。
人里に寄っていたせいもあってか、店につく頃にはとっぷりと日が暮れていた。たまには、一人で夜桜を相手に酒を呑むのも悪くない。そんなことを考えていると、店先に何かが積み重なっている。
よく見ると、彼女達だった。早苗にこてんぱんにされたのだろう。みんながみんな満身創痍である。そしてそのまま寝てしまったらしい。まだまだあどけなさの抜けない顔で、少女達は寝息を立てている。
どうやらまだしばらくは、隠居も出来そうにない。
作中では、何代か過ぎているんだろうか。
題名を見てもしかしたら、と思ったらビンゴでしたw
日常を自然な雰囲気で描いていて良かったです。
個人的には 妖怪側は人間の死に対してあっさりしつつ、
代替わりを受け入れてゆるやかに見守る感じになりそうだと、思っていたり。
そんな自分にはとても好みな内容でした。ありがとう。