「ねえ、藍。私って何歳に見える?」
その言葉を聞いた瞬間に、八雲藍は核以上の悲劇が我が身に起こりつつある事を知った。
なぜ、この主人は、何を答えても地雷という問いかけを自分に発したのであろうか。
久方ぶりの晴れ晴れとした布団干し日和、これはお布団を干すチャンスであると、割烹着を着て布団を担ぎ、庭先に出て早々に発せられた主人の唐突な不意打ちに、藍は言葉を失ってしまう。
何歳に見えるかなどという、そんな無茶振り上等な難問に対して、一体どう答えろと言うのだろうか。
仮に、若い年齢を言ってみたとする。
すると、答えた年齢はあまりに若すぎるという事になり、
「そういう風に人の顔色を窺うような真似をするように、私、教えたかしら?」という事になって、藍は厳しい折檻を受ける事だろう。
八雲藍にとって、それだけは避けたい事態だった。
ここ最近、少し暖かく、春が近くなってきた所為だろうか。藍は詰まらない失態を繰り返していて、幾度となく折檻を受けていた。
その度に、最近流行であるという『てへぺろ』というものを使用してみたのだが、どうにもそれは効果がなく、それどころか火に油を注ぐ結果となり、
「あら、そんな風に舌を出しているという事は……もしかして舌を引っこ抜かれたいの? ふふふ、しょうがないわねぇ」と、地獄に落ちていないのに舌抜き地獄を体験する寸前にまで事態を悪化させてしまったのだ。
紫様、マジ怖い。
その時『この人だけは怒らせたらアカンでぇ』と、藍は関西弁で痛感した。
実際、怒った主人は洒落にならないくらいに恐ろしい。どれくらい怖いかと詳細な説明を求められれば、『少将』の位くらい怖い。つまり、一個師団を指揮出来るぐらいに恐ろしいのだ。そして、一個師団はおおよそ一万人程度で編成されているので(国や時代によって大きく異なるが)、八雲紫の怒りは、常人の一万倍怖いという事だろうか。もう、よく分からないレベルの怖さである。
だから、妙に媚びた事を言って、不興を買うわけにはいかない。
だが、しかし――
高い年齢を言う事は、更に拙い。
ここで主人の年齢を高く言ってしまったら、
「へええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――私って、そんなに老けて見えるの? 随分と、性能の悪い目玉を使っているのねぇ……ちょっと、交換しておきましょうか?」と、主人の逆鱗に触れる事は間違いない。
そうなったら、これはもう折檻とかお仕置きの範疇を超えてしまうだろう。美しく、残酷に、幻想郷からオサラバしてしまう。
それは明らかなる生命の危機……いや、死ねるのならまだ運がいいかもしれない。
生と死の境界を弄くられて、何度も死を繰り返させられたり、有機物と無機物の境界を弄くられて、岩と融合させられたりと、洒落にならないことになるだろう。
つまり女性からの『私、何歳?』という問いは、事実上の死刑宣告に他ならなかった。
もはや、八雲藍は確定的な破滅へとじりじりと追いやられるだけなのだろうか。
このまま、お仕置きという名の絶望を甘受せねばらないのだろうか。
座して死を待つことしか許されないのか。
「……いや、まだ勝機はある」
だが、藍の目は絶望に濁っていない。なぜなら藍は、この絶望的状況下で一つの希望を見出していたからだ。
八雲藍は知っている。
こういう問いを女性がしてきた時は、必ず『その年齢だと思われたい数字』が存在しているのだという事を。
その『当たり』の年齢を言い当てることが出来るのなら、きっと八雲藍の命は救われる。
だが、その数字を言い当てる事ができるのだろうか?
数字というものは、それこそ『無限』に続いている。小数は涅槃寂静、大数は無量大数と数え方には限界があるが、実際にはそれ以上に、数は『無限』に連なっているのだ。
そんな無限から、どうやって藍は、たった一つの正解を導き出せるというのだろうか。
確かに、八雲藍は優秀な式である。式でありながら式を操り、三途の川の距離を算出する、幻想郷でも名の知れた数学家だ。
だが、相手は無限。
終わりのない世界を相手に、八雲藍はどうやって挑むというのだろう。
「出来るか出来ないかじゃない、やるんです」
だが、式神は臆さなかった。
「ええと、紫様。どうして、そんな事を聞くんですか?」
藍は慎重に主人に探りを入れる。情報量を多くする事によって、できるだけ正確な『予測』をしようと考えたのだ。
「ああ、ちょっと外で身分証の一つでも作る事にしたのよ。それで、住所とかそういうのは、適当でも問題ないけど、そこに記入する年齢をどうしようかなーって」
「ははぁ、成程」
成程!
聡明なる主人が、なぜ、かくの如き暴挙に至ったのか。その理由を知って、八雲藍は大いに納得した。
主人のお供で藍も『外の世界』に赴く事があったが、確かに外の世界では無意味に身分を照会されることが多かった。
酒などの嗜好品を購入する時。
車やバイクなどを購入する時。
銃器や刀などの武器を購入する時。
映像記録媒体を借り受ける時。
カラオケという歌を歌う施設を借りる時。
挙句の果ては、夜に外を歩いているだけで『君、何歳? どこかのコンサートの帰り? 身分証は持ってる?』などと、警官から身分照会を求められる有様である。
これまで八雲紫は、そうした身分照会を要求してくる輩に対して、意識と無意識を操って誤魔化していた。意識と無意識の境界を操ってしまえば、相手は自分が何を認識しているのかも分からなくなる。つまり、地霊殿の古明地こいしの能力を真似事で、急場をしのいでいたのである。
八雲紫は、そのような方法で職質などをやり過ごしてきた。
だが、外の世界の身分照会は減るどころか増える一方だ。何をするにも身分を確かめなければならないとは、どうにも外の世界は住み難く、窮屈な社会になっているようである。
閑話休題(それはともかく)。
かような事で、一々能力を使うのが面倒くさくなった八雲紫は、いっそのこと、外の世界での『身分』を作ろうとしているのだ。
その時に、身分証明証に記載される年齢について(あるいは生年月日について)、どうしたものかと自分の式に相談をしてきただけのこと。
そういう事だった。
ならば、話は簡単だ。ここは身分証が十分に機能する(18)と答えれば、全ては解決するだろう。
「だったら、じゅ……」
そうして、口に出しかけたとき、八雲藍はある事に気が付いた。
――アメリカでは、基本的に二十一歳以上で成人となる事に。
そうだった、危ない所だった。どうにも幻想郷は東の果ての国にある所為で、藍も日本の常識に囚われやすい。その所為でついつい、十八歳以上が成人と思い込んでいたけれども、アメリカで様々なサーヴィスを利用するには、身分を二十一歳にしなければならなかったのだ(州によって変わるらしい。またエジプトやアルゼンチンなども21才以上を成人としている)。
グルーバルに物事を考えるならば『ここは二十一歳でどうでしょう?』と提案するのが、クールな大人の狐というものだろう。
「えっとですね。やっぱりに……」
いや待て。
二十一という数字を出そうとして、藍は慌ててそれを飲み込んだ。
安易なグローバリズムに魂を囚われて、二十一などという数字を気軽に出してもいいのだろうか、と気が付いたのだ。
果たして、東方プロジェクトというゲームの性質を考えた場合、その登場人物の年齢で二十一歳なんて数字が許されるのだろうか。
そんな現実を、藍は忘れていた。
ローディング画面に『少女祈祷中』などと出るゲームの登場人物が持つ身分証、そこに二十一なんて数字を記入するのは、あまりにも背徳的にして、冒涜的行為ではないだろうか。
そんな事をして許されるのだろうか。
人々は、それを許容してくれるだろうか。
いや、無理だろう。
1984年の蔵前国技館、第二回IWGP王座決定戦の決勝戦で、アントニオ猪木VSハルク・ホーガンという世紀の一番が、長州力の乱入によって、猪木のリングアウト勝ちとなった時、人々は激昂して観客席に火を放ったという事があった。それは蔵前暴動事件として、プロレスの歴史に深く刻まれている(このときの試合は、いわゆる『猪木舌出し失神事件』のリベンジマッチであり、ファンは狂おしいまでに猪木の勝利を熱望していた。だが、それなのに、リングアウトによる引き分けからの試合延長というグダグダを二回も繰り返した末、長州力の乱入によるリングアウト勝ちという、とてつもなくしょっぱい結末を迎えてしまう。これによって、散々焦らされた観客の怒りは有頂天となって、暴動、器物破損、そして放火へと発展した。この事件はプロレスの黒歴史であると同時に、強烈なエネルギーを発していた昭和プロレスを象徴する事件でもある)。
もしも、身分証に二十一という数字を記載すれば、きっと同じような事が起こるだろう。
大切なものに裏切られた時、人は修羅となる。鬼になる。アンチになる。執拗なアンチは元信者とはよく言ったもので、仮に二十一歳などという数字が表に出てしまえば、人々は絶対に許さないに違いない。
「あ、あかん。こりゃ、死人が出るでぇ……」
「は?」
「あ、いや、なんでもないです。なんでもないんですよ?」
「……なんで、半疑問形なのよ」
言葉のレトリックのようなものを駆使して、どうにか八雲藍は誤魔化す事に成功した。冷静に考えれば、先のそれはレトリックでもなんでもないのだけれども、細かい事は置いていく事にする。
兎に角、二十一歳は危険だ。
幻想郷には、少女しか存在しない世界である。そこに居る女性は、全部十代でなければ許されない。
女の子でないと駄目なのだ。
たとえ、齢が数千歳を数えていても、それは十代である。
十代でないと、許されない。
つまり、上限は――十九歳。
八意永琳も、八坂神奈子も、聖白蓮も、そして八雲紫だって、全員十九歳でなければいけない。
「……ああ、そうか」
そこに至って、藍は真理を見出した。
こんなにも答えは簡単なところにあったのではないか。
そう、十九歳こそが約束の数字。これを言えば全てが救済される、そんな年齢だ。
――幻想郷の最高年齢は十九歳です。
嗚呼、なんと素晴らしい数字だろうか。
まだ十代だから若々しさに溢れていて、それでいて、もうすぐ二十だから大人っぽくもある。若さと大人びた空気を合わせ持つ十九歳こそが、至高の年齢であると言えるだろう。
アメリカについては、無かった事にすればいい。あんな『ピザは野菜に入ります!』などと言っている国に付き合っていたら、こちらがピザになってしまう。
だから、問題などない。
あとは、最高のタイミングで「紫様は、十九歳に見えます」などと、言えば八雲藍の生命財産は安泰だ。
その時、九尾の狐はそう思っていた。
完全なる策略に酔いしれて、忘我の境地に居た。
だから、その戦略が、惚けている間に近寄っていた無邪気な猫又によって呆気なく決壊している事に、彼女は気が付いていなかった。
その日は、とても天気が良かった。
冬ということで少し肌寒かったけれども、それでも太陽が少しだけ頑張ってくれたおかげで、散歩をするにも、遊びに行くにも苦ではない。
そういう事で、橙が遊びに行く為に庭先を通りがかると、そこに形容しがたい顔をして忘我の境地に陥っている主人と、そんな主人に対して、黒くなった消しゴムを見るような視線を送る主人の主人が目に入った。
「なにしているんですかー」
橙は、純然たる好奇心から、二人に声をかけた。
すると、動作不良を起こしている自分の式に往生していた八雲紫は『良いところに現れた』という顔をして、橙に応じる。
「あら、橙。ちょっとね、私が幾つに見えるかって藍に聞いていたところよ」
「紫様が、幾つに見えるか、ですか?」
「ええ、でも藍はさっきからブツブツ独り言を言うだけで、私の質問に答えてくれないの。そうだ、橙は私が幾つに見えるかしら?」
壮絶な無茶振りは、誰に対しても容赦がない。
だがしかし、そもそも無茶振りの当事者である八雲紫自身が、それを無茶振りであると認識していないので、それは仕方がないことかもしれない。彼女は、とても気軽な気持ちで尋ねているだけだなのだ。
そんな紫の気軽な問いに対して、橙は、純然たる戸惑いの表情を浮かべる。
「え、紫様の御歳ですか? でも、私、そういうの分かんないです……」
目の前で口を開けている絶望に気が付きもせず、八雲紫の式の式は、ただ「大人の人の年齢って、私、分かりません」と、とても可愛い事を言った。
「いいのよ。直感で」
だが、八雲紫は、橙を逃がさずに執拗に尋ねる。
このまま哀れなる式は、自分がどんな立場に追いやられているのかも理解できないまま、同じようにどれほど絶望的な選択を強いているのか理解していないスキマ妖怪によって、見るも無残な残酷なる結末を迎えるのだろうか。
その時、奇跡は起きた。
「えっと、はい。分かりました。そうですね…………紫様は、なんかとってもお姉さんみたいな感じがするので……」
「おっ、お姉さん。そういう風に言われた事は、なかったわね」
「あっ、ごめんなさい! 失礼な事を言ってしまって!」
「い、いいのよ。別に橙に言われるなら、嫌じゃないわ。それで? お姉さんな私は、幾つに見える?」」
「はい、その、お姉さんみたいな感じがするので…………十六歳かな」
有り得ざる数字を、橙は口にした。
その予想だもしていなかった数字を耳にし、さしもの八雲紫も動揺を隠せない。
「あ、あらそうなの? でも、それって若すぎない?」
「そうなんですか? でも、私、そう感じたので……」
「あ、いいのよ。別に怒ってないから、ね? うん、でも、十六歳ね、そう、見えたのね」
「はい!」
「な、成程。ああ、ありがとう、橙。参考になったわ。それじゃ、行っても良いわよ」
かくして、ターンは再び九尾の狐の元に戻る。
藍が妙案に惚けている間に、そういう事があった。
流石に身分証に使用するには差しさわりがある数字だけれど、嘘がつけない化け猫に『十六歳』に見えると言われて、八雲紫の顔つきは幾分かだらしのない、少し弛んだ顔になっている。
なぜなら、齢を重ねていればいるほど、若く見られると嬉しいものだからだ。
「……けど、十六歳か。ふ、ふふふ」
その所為だろうか。
八雲紫は気味が悪い笑みを浮かべた。
勿論、いつも八雲紫の笑みは気味が悪いといわれている。あるいは胡散臭いとも言われている。それは謀略家という彼女の性質によるものが大きいだろう。
――いつでも策を弄しているのよ?
他人にそう思わせる事によって、常に会話のアドバンテージを取ろうとしている為、八雲紫は何かを企てているような『気味が悪い笑み』を浮かべている。それは、いわば彼女なりの自衛策なのだろう。単に絡め手を仕掛ける事が生活レベルで染み付いているだけかもしれないが。
「うふ、うふふふふふふ」」
だがしかし。
今、幻想郷の賢者が浮かべている笑いは掛け値なしに気味が悪かった。後一歩間違えれば、創作物のヒロインがしてはいけない顔と紙一重だ。あと少しで一線を超えて、所謂『デュフフ』という気持ち悪い笑いになりかけている。
「紫様! ようやく紫様の年齢を思いつきました!」
そんな時、八雲藍は声を上げた。
意気揚々と『十九歳』という年齢を告げる為に、お尻から生やしている九本の尻尾を千切れんばかりに振り回し、まるで飼い主を見つけた犬のようにで、約束された勝利を手にするべく、紫へと駆け寄った。
しかし、藍の出鼻は、次の紫の一言によって呆気なく挫かれる。
「橙がね。私が十六歳に見えるってっ」
両手を頬に当てながら、嬉しそうにしている紫は、まるで乙女のようであった。
否、まるで乙女のようであったと書くと『それって乙女って事になりませんよね? 根本的に違いますよね?』と、突っ込まれるので訂正する。
八雲紫は、乙女だった。
女性という物が『女』として見られることによって光り輝くように、橙に十六歳であると見られた八雲紫は、まるで若返ったかのようだった。少女だったのだ。
それを見て、八雲藍は全て理解する。
ここで『紫様は十九歳に見えます』などと言えば、確実に主人の不興を買うであろう。
ならば、ここは自分の式に相乗りして『そうですね。紫様は十六歳にしか見えません。私も、そう思います』と言うべきだ。
それから『でも、それだと身分証が使えませんし、とりあえず身分証の年齢は18歳にしときましょう』なんて補足すれば全ては丸く収まる。
そう言えばいい。
そう、追従するべきなのだ。
そうしなければ、藍の未来はない。それに十六歳という幻想を肯定をすれば、主人も喜ぶ。こんなに嬉しそうな主人を藍は見た事が無い。その喜びに水を差すような真似をしてはいけない。
だが、それでいいのか。
そんな思いも、藍にはあった。
『……い、幾らなんでもサバ読みすぎでっしゃろ』
藍の右腕が熱く、疼いた。ここは突っ込みを入れる所だと、右腕が訴えかけているのだ。邪気眼の人のように藍は右腕を抑える。
「し、静まれっ。私の右腕ッ」
八雲紫(16)
とてつもない違和感だ。
これは突っ込み気質の無い藍だって、突っ込みたくなる。いや、突っ込まなければならないという使命感に駆られてしまう。
だが、突っ込めば命はない。突っ込んだら最後、きっと想像も付かないような恐ろしい最後を遂げる事になるに違いない。画面が真っ暗になって、左下に『少女折檻中』などとローディング画面が表示されてしまう。
「橙ったら、本当に若く見すぎよねぇ」
本当にそうです。と、藍は答えたかった。
どう頑張っても、八雲紫の年齢は下限は十七…………否、やっぱり、十八だ。十七歳、セブンティーンはいけない。危険すぎる。
八雲紫はセブンティーン。
藍は、その言葉を心の中で呟いた。すると何故か口の中に鉄の味が広がる。鈍器で頭を殴られたかのようなダメージを受けたからだ。その言霊の、なんという破壊力だろうか。
そう、八雲紫はせめて、妥協に妥協を重ねたとしても、十八歳が限界なのだ。
それにした所で、ギリギリアウトと言った風情がある。某声優や神の右手並みにグレーゾーン。エンジン出力を限界まで上げると空中分解を起こすヅダ並みに危ういバランスの十八歳だ。
だからこそ、十九歳で良かったのに。
十九歳でなければいけなかったのに。
なぜ橙は十六などと言ってしまったのだろうか。限界点を軽く突破しているではないか。レコードブレイカーも真っ青のぶっちぎりっぷりだ。藍が想像だにしなかった領域を鼻歌交じりに突破するなんて……
橙、なんて恐ろしい子!
自分の式に恐怖しながらも、藍は主人の対処に迫られている。
「ふんふふーん」など鼻歌を奏でている、いまだかつてないほどの上機嫌な八雲紫に、どう答えるべきなのか。
己を偽り、安息を得るのか。
真実を貫き通して、死を求めるか。
決断のときは、今だ。
「…………はぁい。紫様は何処からどう見ても十六歳にしか見えません」
そして、藍は魂を売った。
保身の為に虚偽の言葉を吐いた。
心にも無い言葉を吐いて、虚ろなる幸福を主人に与える事を願った。
「や、やだぁ。藍までそんな事を言ってっ」
主人はとても嬉しそうにしている。
心にも無い藍の一言に、歓喜している。
なら、きっと良いのだろう。
式は、主人の為に存在するのならば、主人が幸福であれば、それでいい。
けれど、それを認識した時点で、藍に限界は来た。
ばちりと火花が走ったかと思うと、藍の目の前は、真っ暗になる。
「……あら、藍。ちょっと、どうしたの!」
式として論理矛盾をおこした八雲藍は、呆気なく意識を失った。
それからしばらく、八雲藍は床に伏せる日々を送っている。
式を構成しているロジック・サーキットに生じた強烈なストレス、それによって『式の方程式』が焼き切れてしまい、式を宿らせている肉体に、多大なダメージを負った所為だ。
藍を診察した八意女史によれば、後遺症は残らないらしいが、しばらくは絶対安静が必要であるらしい。
ただ布団で寝起きをするだけの静養に専念する日々が、今の藍の日常だった。
「藍。ご飯、持ってきたわよ」
そんな療養生活を送る藍は、主人から手厚い看病を受けている。
大妖怪八雲紫にそんな事をさせては申し訳ないと、藍は主人の看病を辞去しているのだけれども、八雲紫はその辞去を頑として受け付けない。
曰く。
『そんな事に気を回してないで、病人は寝てなさい』
かくして、藍は布団の中で恐縮しながら、素直に看護されている。
本日も、お手製の粥を作ってもらって、ちゃんとご飯が食べれるように『はい、アーン』と口まで粥を運んで貰っていた。
「味付けはどう?」
「は、はい。美味しいです」
寝巻きに半纏を羽織った藍に、布団の脇に正座をしている紫が尋ねる。
味付けは、獣類である藍を慮って薄味になっていて、狐の身にはちょうど良い。軟らかく煮た雑穀の粥は栄養価も高く、消化も良く、主人の真心が良く現れていた。
本当に、粥は美味かった。
「ご、ご馳走様でした」
「ええ、お粗末さま」
食べ終わり、食器の片づけをしようとしたら怒られたので、大人しく九尾の狐は布団で丸まる。そして、寝ながら、主人が片づけをする姿を見つめていた。
狐がぼうっとしていると、ふいに主人が顔を近づけてくる。
冷たい手が、藍の額に触れた。
「……ふむ。まだ、熱が残っているのかしらね。少し熱いわ」
「そ、そうでしょうか」
「それにしても、アレは何だったのかしらね。式の方程式が焼ききれるなんて……ロジック・サーキットの構成に問題はないはずなのに」
「わ、私も自分に何が起こったのか、さっぱりです」
八雲藍は何も話していない。
自分に何が起こっていたのか。
どう考えても、八雲紫が十六歳というのは無理過ぎた所為で、多大なストレスを受け、主人の命令を従わなくてはいけないという式の原則と、主人を傷つけてはいけないというもう一つの式の原則、その二つの大原則が矛盾を起こしたために、式としての方程式が焼き切れてしまったなどとは、言えなかった。
言える筈が、ないのだ。
「でも、藍が無事でよかったわ」
優しく、母のように藍の頭を撫でる八雲紫に『どう考えても十六歳には見えませんよ。いいところ十九歳ですね。それでも妥協してですが』などと、どうして言えるだろうか。
その上、そうして母性アピールをすればするほどに、十九歳という年齢も厳しくなってしまっている。無理目になっていく。
あの三文字が、脳裏にちらついてしまう。
けれど――
そんな主人でも、八雲藍にとっては、かけがえの無い。とても大切な主人だった。
「……ありがとうございます」
自分を大切にしてくれる主人に、藍は素直な感謝の気持ちを述べる。
すると、紫は優しく微笑むと「別に気にする事はないわ」などと言いながら、優しく藍の頭をまた撫でてくれる。
それが、とても心地いい。
優しく看病をしてくれる紫は、まるで慈悲の権化であり、その思いやりは、論理矛盾によって焼き切れてしまった藍を、とても優しく癒してくれる。
ずっと、こうしていたい。
そんな分不相応な事を考えてしまうほどに、主人に頭を撫でられていると気持ちが良かった。まるで、子狐だった頃、母狐の懐に抱かれているような心地よさを、藍は存分に味わっていた。
そうした心地よさに包まれていた藍の口から、その言葉はとても自然と紡がれる。
「紫様って、なんかお母さんみたいです」
それはとても正直な感想であった。
「……………………………………………………ほほう?」
しかし、主人の手がピタリと止まり、かなりの溜めの後に何か納得したような一言が呟かれた時、藍は『てへぺろ』でどうにかならんかなぁ、と現実逃避をする。
しばらくの間、藍の床に伏せる日々は続く。
了
とが一個多い?
ツッコミ所満載でとても面白かったですww
藍様マジ頑張れ
ゆかりん外で何してるwww
違和感なんてない。ないったらない。
それはそれとして面白かったです。
でも香霖堂verだと十代前半に見えるよね・・・・・・
年齢などの数字(整数)は『数えきれる無限量、アレフ』で、小数は『数えきれない無限量、アレフゼロ』です。
小数はどれだけ桁を下げても「辿り着く場所がない」ので限界はありません。
整数は1、2、3、……と数えていけば無限まで「数えて辿り着ける」ので、限界はあります。
現代での考え方なので藍が言うそれとは違うかもしれませんが。
咲夜:21
紫:23
香霖堂の紫:12
神奈子:21
白蓮:22
永琳:27
こんなもんじゃねーの?
……おや、誰か来たようだ。
チルノ:9
ミスティア:10
リグル:10
大ちゃん:11
紫:14
かな…
よし、もう休んで良いぞ。
「「「「なんて冷静で的確な判断力なんだこの子はッ!」」」」
嬉しそうにしてるゆかりん可愛い
しかし、香霖堂の紫様は犯罪的でありますな
素敵な突っ走りぷりでした。しかし、この藍様に八雲紫(香霖堂ver)を見せたら血吹いて倒れるんじゃなかろうか。
藍様が導き出した19という解答は胸を張っていい。
橙が思った16歳という答えは革命的で凄くいい。
それにしても作者さんの知識の引き出しの多いこと多いこと。
4桁だろうけど
タイトルの時点で違和感がすごいw
お母さんでいいじゃない!幻想郷の母って素晴らしい称号だよ紫様w
ええな
むしろ下手に下な年齢に見られるよりはずっと(ry
紫って外見年齢をファッション感覚でいじりそう。
書かれる事は無いけど、老婆の姿でも矍鑠と美しいんだろうなぁ。
紫が質問した辺りから最後まで、ずっと頭の中でデザイアドライブが流れてたわw
何を持って16歳したんだ橙。
お母さんな紫さまも捨てがたい・・・
って笑顔で言われてちょっと頬を赤らめる紫様かわいい
ただの妄想ですけど
(16)と付けるあたり秀逸なタイトルだなと思いました
この字面を見た瞬間、こめかみのあたりにチリチリとした違和感を覚えました。
それをそのまま物語にしてしまうとは……。
「妖精は二進法を~」に似たロジカルで客観的な描写を用いていながら、こうまで違うのかと驚きました。
藍の「はぁい」と言った時の魂が抜けた顔を想像すると、お腹がどうにかなりそうです。
ひとつ言えることは、紫さまは外見年齢がどう見えようと、お美しいということです
でも21歳悪くないと思うよ、だって「(21)」ってじっと見てると「ロリ」に見えてくるって某ゲームで言t
16歳というのはまさに高校1年の年齢ではないか、そして高校1年とは中学3年にたったの1年足しただけなんだぞ!
紫様が中学生+1年……これを受け止められる人がどれだけいるのか……。
二十歳じゃきついよね
橙が8歳として24歳くらい?
んで紫さんはよn
それに21歳ゆかりん良いじゃない。まだ女子大生ですぞ。
おや?こんな時間にだれかな?
おっと、誰かが来たようだ。
まるで、40を越えたBBA共が己を「女子」と呼ぶが如く
違和感をその6文字に内包している
それにしても、さっきからうしrg(スキマ行き
ゆかりさんじゅうななさい