「ご主人…」
「何ですか?」
消え入りそうなほどにか細い声で障子の外から呼ばれたのは、寅丸星が自室で命蓮寺の事務を片付けていたときだった。
「…入ってもいいかい?」
「ええ、構いませんよ。仕事も大体終わりましたし」
白蓮による説法などの行事の日程を決めたり、出納簿の作成を行ったり、財務の整理を行ったりと多岐にわたる仕事をこなし、
丁度一段落ついて伸びをしていたところだ。問題は無い。
遠慮がちに尋ねてくる部下に優しい声をかけて、入るように促す。
すると障子戸がゆっくりと開き、そちらの方へ振り向いた星は目を丸くした。
「どうしたんですかナズーリン?何だか震えてますよ?」
「い、いや大丈夫だご主人。気にしないでくれ」
大丈夫だ、などと言われても星の目には到底そうは見えない。
ナズーリンは明らかに震えている。まるで何かに怯えているように。
「そんなに震えて大丈夫なわけないでしょう?何か悩んでいるのでしたら、話を聞かせてください」
「あ、いや、その…」
心配そうに見つめてくる星に、ナズーリンは目を伏せる。
しかし、ふうっ、と大きく息を吐いて、決心したように星の目を見つめ返した。
「実は…さっきの客人のことなんだが…」
「客人?確かに先ほどは八雲さんのところの藍さんが来られましたが、それが何か?」
事務作業を始める前、確かに八雲紫の式、八雲藍は命蓮寺に来て話をした。
それに応対したのは、たまたま外に出て不在だった白蓮ではなく、星とナズーリンである。
しかし、話といってもその内容は、幻想郷に住むようになってしばらく経つが何か問題は無いか、程度の確認のみ。
これと言ってナズーリンが怯えることは無い。
不思議がる星に、ナズーリンがまた口を開いた。
「いや、彼女じゃなくて彼女が連れていた式のことなんだ…」
「藍さんが連れていた式というと、橙さんですね」
藍と一緒に橙も来ていた。それはその通りだ。
それがどうしたのだろうかと星は考える。
橙は八雲紫の式の八雲藍の式で、妖術を操る程度の能力をもつ、ネコマタの妖怪…あっ
「ひょっとしてナズーリンは猫の橙さんが怖いんですか?」
「な、ななななななな何を言っているんだご主人!わたしがネズミだからって猫が怖いなんてそんなことあるわけないじゃないか!」
星がつっついたら、予想以上の反応が返って来た。それもご丁寧に自分がネズミだから猫が怖いと白状しながら。
これには星も思わず苦笑する。
「まあナズーリンだってネズミですから、猫を苦手に思ってもしょうがないですよ」
「だ、だから別に猫は怖くないし苦手でも無い!そりゃあ確かにわたしの部下の中には怖がっている奴もいるが、わたしは断じてそんなことは無いぞ!」
慌てふためくナズーリンを前に、星は少し面白くなってきた。
割と冷静沈着なナズーリンがこれほどまでに乱れるのはなかなか見られるものではない。
もうちょっとからかってやろう。そんな悪戯心がふつふつと湧き上がる。
「じゃあナズーリンはどうしてあんなに震えていたんですか?橙さんに会ったからじゃないんですか?」
「そ、それはだな…あれだ、わたしの部下たちがあまりにも怯えるから、わたしまで少し不安になっただけで、別にわたし自ら恐れをなしたわけではないし…」
「ふふっ、そうですか」
「な、何なんだいその笑い方は!第一ご主人は何か勘違いしているぞ。別に全てのネズミが猫を怖がるわけじゃない。
これは守矢の風祝から聞いた話なんだが、外の世界にはネズミを恐れる狸のような猫がいるらしくてだな…」
星がつっつけばつっつくほど、面白いようにナズーリンは反応を返してくれる。
そんなナズーリンを、星はとても可愛らしく思った。
普段から落ち着いているナズーリンのこんな姿は、ずいぶんといいものである。
いわゆるギャップ萌えだ。
そのギャップ萌えをもっと楽しんでみようと、星はさっきから色々と言い訳を並びたてるナズーリンに対し、ついに伝家の宝刀を抜く。
「ねえナズーリン…」
「な、何だいご主人その目は…まるで守矢の風祝がから傘妖怪をからかっているときの目じゃないか…」
「ふふふ…」
星の目は、ナズーリンの指摘するようにまさに不敵な笑みを浮かべていた。
そして星はその目のまま、一歩一歩ナズーリンの方へとにじり寄る。
ナズーリンはナズーリンで、星の足の動きに合わせ、一歩一歩後退する。
最終的に、ナズーリンの背中には壁。
「おやおやどうしたですかナズーリン?そんなに怯えてしまって?」
「き、君こそどうしたんだいご主人?気味が悪いくらいに楽しそうじゃないか?」
「ええ、あることに気付きましてね…」
そう言うと星は、またふふふとうすら笑いを浮かべ、少し間を置く。
そして、固唾をのむナズーリンに向かって、輝く笑顔を放った。
「わたしは虎ですよ。貴女の苦手な猫の仲間の虎ですよ」
「………!!」
ナズーリンは言葉を詰まらせた。
星が言わんとしていることは分かる。
つまり、ネズミのナズーリンは、猫の仲間の虎である星にだって恐怖心を覚えるはずだということだ。
「いやいやご主人そんなことは無いぞ!長年ご主人に仕えてきたわたしがご主人のことを怖がるはずないじゃないか。た、確かにわたしの部下の中には、
そう言えば君が猫の仲間だって思い出して驚く奴はいるかもしれないが、わたしはそんなことは無い!」
「ふふ…そんなに強がらなくてもいいじゃないですか…足、震えてますよ?」
「これは…その、あれだ、武者ぶるいだ!」
「ああ、そうやって必死に誤魔化すナズーリンも可愛いですね…」
ナズーリンがあれやこれやと受け答えするが、それを聞けば聞くほど星は楽しくなる。
恍惚の表情を浮かべながら、また一歩一歩とナズーリンの方へ歩く。
ナズーリンの後ろには壁。これ以上後退できない。
「ご、誤魔化しなんかじゃない!ただ…」
「ただ?」
「ただ…き、君がそんなにさでずむ全開なことに戸惑いを覚えているだけだ!」
「さでずむに戸惑ってるんですか?大丈夫…優しくしますよ」
「わ、わああ…」
ぷるぷる震えながらその場から動かないナズーリンに、星はついに飛びついた。
そして、ナズーリンを抱きしめ、頭を撫で、自分の頬を相手の頬にすりすりとすり寄せた。
ナズーリンの震えは一気に強まる。
「ふふふ…どうですかナズーリン?怖いですか?」
「こ、怖くない!ただ…」
「ただ?」
(…計画通りっ!!)
ナズーリンは腹の内でそう叫んで、星に見えないよう、ニヤッと笑った。
「何ですか?」
消え入りそうなほどにか細い声で障子の外から呼ばれたのは、寅丸星が自室で命蓮寺の事務を片付けていたときだった。
「…入ってもいいかい?」
「ええ、構いませんよ。仕事も大体終わりましたし」
白蓮による説法などの行事の日程を決めたり、出納簿の作成を行ったり、財務の整理を行ったりと多岐にわたる仕事をこなし、
丁度一段落ついて伸びをしていたところだ。問題は無い。
遠慮がちに尋ねてくる部下に優しい声をかけて、入るように促す。
すると障子戸がゆっくりと開き、そちらの方へ振り向いた星は目を丸くした。
「どうしたんですかナズーリン?何だか震えてますよ?」
「い、いや大丈夫だご主人。気にしないでくれ」
大丈夫だ、などと言われても星の目には到底そうは見えない。
ナズーリンは明らかに震えている。まるで何かに怯えているように。
「そんなに震えて大丈夫なわけないでしょう?何か悩んでいるのでしたら、話を聞かせてください」
「あ、いや、その…」
心配そうに見つめてくる星に、ナズーリンは目を伏せる。
しかし、ふうっ、と大きく息を吐いて、決心したように星の目を見つめ返した。
「実は…さっきの客人のことなんだが…」
「客人?確かに先ほどは八雲さんのところの藍さんが来られましたが、それが何か?」
事務作業を始める前、確かに八雲紫の式、八雲藍は命蓮寺に来て話をした。
それに応対したのは、たまたま外に出て不在だった白蓮ではなく、星とナズーリンである。
しかし、話といってもその内容は、幻想郷に住むようになってしばらく経つが何か問題は無いか、程度の確認のみ。
これと言ってナズーリンが怯えることは無い。
不思議がる星に、ナズーリンがまた口を開いた。
「いや、彼女じゃなくて彼女が連れていた式のことなんだ…」
「藍さんが連れていた式というと、橙さんですね」
藍と一緒に橙も来ていた。それはその通りだ。
それがどうしたのだろうかと星は考える。
橙は八雲紫の式の八雲藍の式で、妖術を操る程度の能力をもつ、ネコマタの妖怪…あっ
「ひょっとしてナズーリンは猫の橙さんが怖いんですか?」
「な、ななななななな何を言っているんだご主人!わたしがネズミだからって猫が怖いなんてそんなことあるわけないじゃないか!」
星がつっついたら、予想以上の反応が返って来た。それもご丁寧に自分がネズミだから猫が怖いと白状しながら。
これには星も思わず苦笑する。
「まあナズーリンだってネズミですから、猫を苦手に思ってもしょうがないですよ」
「だ、だから別に猫は怖くないし苦手でも無い!そりゃあ確かにわたしの部下の中には怖がっている奴もいるが、わたしは断じてそんなことは無いぞ!」
慌てふためくナズーリンを前に、星は少し面白くなってきた。
割と冷静沈着なナズーリンがこれほどまでに乱れるのはなかなか見られるものではない。
もうちょっとからかってやろう。そんな悪戯心がふつふつと湧き上がる。
「じゃあナズーリンはどうしてあんなに震えていたんですか?橙さんに会ったからじゃないんですか?」
「そ、それはだな…あれだ、わたしの部下たちがあまりにも怯えるから、わたしまで少し不安になっただけで、別にわたし自ら恐れをなしたわけではないし…」
「ふふっ、そうですか」
「な、何なんだいその笑い方は!第一ご主人は何か勘違いしているぞ。別に全てのネズミが猫を怖がるわけじゃない。
これは守矢の風祝から聞いた話なんだが、外の世界にはネズミを恐れる狸のような猫がいるらしくてだな…」
星がつっつけばつっつくほど、面白いようにナズーリンは反応を返してくれる。
そんなナズーリンを、星はとても可愛らしく思った。
普段から落ち着いているナズーリンのこんな姿は、ずいぶんといいものである。
いわゆるギャップ萌えだ。
そのギャップ萌えをもっと楽しんでみようと、星はさっきから色々と言い訳を並びたてるナズーリンに対し、ついに伝家の宝刀を抜く。
「ねえナズーリン…」
「な、何だいご主人その目は…まるで守矢の風祝がから傘妖怪をからかっているときの目じゃないか…」
「ふふふ…」
星の目は、ナズーリンの指摘するようにまさに不敵な笑みを浮かべていた。
そして星はその目のまま、一歩一歩ナズーリンの方へとにじり寄る。
ナズーリンはナズーリンで、星の足の動きに合わせ、一歩一歩後退する。
最終的に、ナズーリンの背中には壁。
「おやおやどうしたですかナズーリン?そんなに怯えてしまって?」
「き、君こそどうしたんだいご主人?気味が悪いくらいに楽しそうじゃないか?」
「ええ、あることに気付きましてね…」
そう言うと星は、またふふふとうすら笑いを浮かべ、少し間を置く。
そして、固唾をのむナズーリンに向かって、輝く笑顔を放った。
「わたしは虎ですよ。貴女の苦手な猫の仲間の虎ですよ」
「………!!」
ナズーリンは言葉を詰まらせた。
星が言わんとしていることは分かる。
つまり、ネズミのナズーリンは、猫の仲間の虎である星にだって恐怖心を覚えるはずだということだ。
「いやいやご主人そんなことは無いぞ!長年ご主人に仕えてきたわたしがご主人のことを怖がるはずないじゃないか。た、確かにわたしの部下の中には、
そう言えば君が猫の仲間だって思い出して驚く奴はいるかもしれないが、わたしはそんなことは無い!」
「ふふ…そんなに強がらなくてもいいじゃないですか…足、震えてますよ?」
「これは…その、あれだ、武者ぶるいだ!」
「ああ、そうやって必死に誤魔化すナズーリンも可愛いですね…」
ナズーリンがあれやこれやと受け答えするが、それを聞けば聞くほど星は楽しくなる。
恍惚の表情を浮かべながら、また一歩一歩とナズーリンの方へ歩く。
ナズーリンの後ろには壁。これ以上後退できない。
「ご、誤魔化しなんかじゃない!ただ…」
「ただ?」
「ただ…き、君がそんなにさでずむ全開なことに戸惑いを覚えているだけだ!」
「さでずむに戸惑ってるんですか?大丈夫…優しくしますよ」
「わ、わああ…」
ぷるぷる震えながらその場から動かないナズーリンに、星はついに飛びついた。
そして、ナズーリンを抱きしめ、頭を撫で、自分の頬を相手の頬にすりすりとすり寄せた。
ナズーリンの震えは一気に強まる。
「ふふふ…どうですかナズーリン?怖いですか?」
「こ、怖くない!ただ…」
「ただ?」
(…計画通りっ!!)
ナズーリンは腹の内でそう叫んで、星に見えないよう、ニヤッと笑った。
なんて頭のいいネズミなんだろうか
流石は賢将は格が違った
いいぞもっとやれ
流石は策士。良いぞもっとやれ。
次回作楽しみにしてますね!
全身金ぴかの星が高笑いしながら悪の手先をばったばったと薙ぎ倒す話だと思ったのに……
でも二人とも可愛かったからいいや
賢将らしいナズが素敵。
こういうのが見たかった
自信満々な星ちゃんとっても可愛いよぉ~!