私の名前は佐伯と言う。
幻想郷に生を受け、30と余年。
このたび里の端に自らの店を出す運びとなった。
兼ねてからの夢であった居酒屋。
名をセブンセンシズと言う。
いや『外』風に言うならバーであろうか。
いつか見た外の雑誌を元に手がけた自慢の店舗。
酒も料理も揃えた。
しかし、洋風のデザインは里の者には受けないようで、週末の今日も店は開店休業状態だった。
「……」
致し方ない、最後の手段だ。
私は店の看板の前にそっと、青い札を貼り付けた。
『妖怪歓迎』
札にはそう書かれている。
妖怪相手に商売をする店は少なくないが、当然そうではない店もある。
それを区別するための札だ。
ちなみに役所で買える。
これだけでどうにかなるとは思えないが、やれることはやらねばなるまい。
その次の日、早速効果があった。
猫耳を生やした少女が一人入店した。
「ここ妖怪お断りじゃなかったっけ」
「いらっしゃいませ、昨日から変えたんですよ」
ふーん、と少女は言い、カウンターに座る。
「気になってたんだ、ここ」
見た目は少女だが、立ち振る舞いは妖怪のそれ。
未成年に見えるが、おそらく私よりも年上だろう。
「ご注文は?」
「リキュールある?」
「ライチかカシスでしたら」
「わ、洋酒あるんだ」
少女は両手をあげて驚きを表現する。
その姿だけ見れば、見た目の年相応に見えた。
「じゃあライチで、あとツマミ適当に、豆系」
「かしこまりました」
私はグラスに氷を入れ、酒を注ぐ。
「え?氷あるの?」
思わずニヤリと笑ってしまった。
「奥に氷室がございますので」
幻想郷において氷を氷のまま保存することは至難の業。
ロックのグラスが出せる。
これがこの店数少ないの武器だった。
「何でこの店人いないの?」
少女はまた驚いたように言う。
「お客様のために空けておきました」
「ふふ、何言ってんだよ」
少女はけらけら笑いながら、グラスに口を付ける。
その姿はなかなか堂に入っており、酒そのものに慣れていることを感じさせた。
「あいにく『かしゅーなっつ』とはいきませんが」
煎り豆を出す。
この辺はどうしても手に入らなかったのだ。
「和洋折衷なんだね」
「恥ずかしながら」
「他につまみはある?」
「煮物でしたらすぐ出せますが」
「はははは、いいね、ついでにカクテル欲しいな、果実系」
リキュールを飲み干し、少女は言う。
「かしこまりました」
外の酒は少数ながら里にも流通している。
しかし、西洋のつまみとなるとどうしても入手が困難になってしまうのだ。
この辺の中途半端さが人気の無い秘訣なのかもしれない。
余談だが、この子の注文の仕方は実にありがたい。
ウチにも出せる酒と出せない酒があるのだ。
だが、果実系のカクテルならこいつがある。
「ウォッカとオレンジを」
「スクリュードライバーだね」
「左様です」
そして、とモツ煮の入った小皿を差し出す。
「っく、くくく」
受けたようだ。
「……いや、いいと思うよ……ふくく、ウォッカと、モツ煮」
大変に受けたようだ。
しかしその顔が、一口食べた瞬間驚愕に変わる。
「……え?」
私はまた、ニヤリと笑った。
◆
翌日、月曜日。
猫は狐を連れてきた。
「邪魔をする」
「お邪魔します」
「いらっしゃいませ」
ああ、知っているとも。
八雲藍。
管理者の側近。
というか昨日の子は八雲の方だったのか。
「ご注文は」
「酒はいらん、モツ煮を」
「かしこまりました」
そして私は、この店最大の武器を放つ。
「お待たせいたしました」
「……これは」
その切れ長の目が、驚愕に彩られる。
「お口に合いましたでしょうか」
「……店主、どこでこれほどの腕を」
「料理はすべて母に習いました」
「そうか」
「他のものもお持ちしますか?」
「ありったけ」
肉じゃが、サトイモの煮っ転がし、時期ではないがかぼちゃの煮つけ、豚の角煮、カサゴの煮付け。
その他もろもろあらん限りの料理を出した。
そしてそのすべてを完食するこの方はけっこうな健啖家らしい。
「……できるな」
「恐縮です」
◆
翌日、火曜日、猫の少女はおかっぱの少女を連れてきた。
その子は必死にメモを取っていった。
水曜日、猫の少女は河童を連れてきた。
その子はあっという間に酔いつぶれた。
木曜日、八雲の狐が長髪の女性とやってきた。
その女性は吸血鬼の館の門番だと言う。
金曜日、いつかのおかっぱ少女が兎の女性を連れてきた。
その女性は置き薬の営業をしていった。
土曜日、兎の女性が小さな兎の少女を連れてきた。
煎り豆が売り切れた。
日曜日、天狗が2人やってきた。
風呂上りの牛乳について力説された。あいまいに返事をしておいた。
月曜日、博麗の巫女がやってきた。
未成年なのでお帰り願った。
火曜日、久しぶりに猫の少女が現れた。
来週の土曜を貸切にして欲しいと言う。
他ならぬこの少女の頼み、私は快諾した。
水曜日、牛乳の天狗が1人でやってきた。
一言もしゃべらないので適当に酒を出した。モスコ・ミュールはお気に召したようだ。
木曜日、また牛乳の天狗がやってきた。
他の客が来た瞬間逃げるように帰って行った。
金曜日、虫の少年と鳥の少女がやってきた。
一人称がどうのとよく分からないことを言う。
そして土曜日、今日は貸切。
猫の少女と狐の女性、いつかの長髪の女性、そして……
「中途半端に和洋折衷ね」
「あら、私は好きよ? こういう心意気」
「管理者様は懐が深いわね」
「やめてよレミリア、本場のは私もよく知らないわ」
我が目を疑った。
「本場じゃ煮物は出てこないわ」
「藍のお勧めなら間違いは無いわ」
震える体に喝を入れ、バーテンダーとしての勤めを果たす。
「ご注文は」
「「モツ煮」」
◆
こうしてセブンセンシズは八雲御用達(ロイヤルブランド)となった。
妖怪のコミュニティは広いようで狭い。
私の店はうわさを聞いた妖怪たちで賑わうようになっていった。
いつしか私は『煮物マスター佐伯』と呼ばれるようになり、幻想郷縁起に記載されるほどになるのだが、それはまた別のお話。
了
幻想郷に生を受け、30と余年。
このたび里の端に自らの店を出す運びとなった。
兼ねてからの夢であった居酒屋。
名をセブンセンシズと言う。
いや『外』風に言うならバーであろうか。
いつか見た外の雑誌を元に手がけた自慢の店舗。
酒も料理も揃えた。
しかし、洋風のデザインは里の者には受けないようで、週末の今日も店は開店休業状態だった。
「……」
致し方ない、最後の手段だ。
私は店の看板の前にそっと、青い札を貼り付けた。
『妖怪歓迎』
札にはそう書かれている。
妖怪相手に商売をする店は少なくないが、当然そうではない店もある。
それを区別するための札だ。
ちなみに役所で買える。
これだけでどうにかなるとは思えないが、やれることはやらねばなるまい。
その次の日、早速効果があった。
猫耳を生やした少女が一人入店した。
「ここ妖怪お断りじゃなかったっけ」
「いらっしゃいませ、昨日から変えたんですよ」
ふーん、と少女は言い、カウンターに座る。
「気になってたんだ、ここ」
見た目は少女だが、立ち振る舞いは妖怪のそれ。
未成年に見えるが、おそらく私よりも年上だろう。
「ご注文は?」
「リキュールある?」
「ライチかカシスでしたら」
「わ、洋酒あるんだ」
少女は両手をあげて驚きを表現する。
その姿だけ見れば、見た目の年相応に見えた。
「じゃあライチで、あとツマミ適当に、豆系」
「かしこまりました」
私はグラスに氷を入れ、酒を注ぐ。
「え?氷あるの?」
思わずニヤリと笑ってしまった。
「奥に氷室がございますので」
幻想郷において氷を氷のまま保存することは至難の業。
ロックのグラスが出せる。
これがこの店数少ないの武器だった。
「何でこの店人いないの?」
少女はまた驚いたように言う。
「お客様のために空けておきました」
「ふふ、何言ってんだよ」
少女はけらけら笑いながら、グラスに口を付ける。
その姿はなかなか堂に入っており、酒そのものに慣れていることを感じさせた。
「あいにく『かしゅーなっつ』とはいきませんが」
煎り豆を出す。
この辺はどうしても手に入らなかったのだ。
「和洋折衷なんだね」
「恥ずかしながら」
「他につまみはある?」
「煮物でしたらすぐ出せますが」
「はははは、いいね、ついでにカクテル欲しいな、果実系」
リキュールを飲み干し、少女は言う。
「かしこまりました」
外の酒は少数ながら里にも流通している。
しかし、西洋のつまみとなるとどうしても入手が困難になってしまうのだ。
この辺の中途半端さが人気の無い秘訣なのかもしれない。
余談だが、この子の注文の仕方は実にありがたい。
ウチにも出せる酒と出せない酒があるのだ。
だが、果実系のカクテルならこいつがある。
「ウォッカとオレンジを」
「スクリュードライバーだね」
「左様です」
そして、とモツ煮の入った小皿を差し出す。
「っく、くくく」
受けたようだ。
「……いや、いいと思うよ……ふくく、ウォッカと、モツ煮」
大変に受けたようだ。
しかしその顔が、一口食べた瞬間驚愕に変わる。
「……え?」
私はまた、ニヤリと笑った。
◆
翌日、月曜日。
猫は狐を連れてきた。
「邪魔をする」
「お邪魔します」
「いらっしゃいませ」
ああ、知っているとも。
八雲藍。
管理者の側近。
というか昨日の子は八雲の方だったのか。
「ご注文は」
「酒はいらん、モツ煮を」
「かしこまりました」
そして私は、この店最大の武器を放つ。
「お待たせいたしました」
「……これは」
その切れ長の目が、驚愕に彩られる。
「お口に合いましたでしょうか」
「……店主、どこでこれほどの腕を」
「料理はすべて母に習いました」
「そうか」
「他のものもお持ちしますか?」
「ありったけ」
肉じゃが、サトイモの煮っ転がし、時期ではないがかぼちゃの煮つけ、豚の角煮、カサゴの煮付け。
その他もろもろあらん限りの料理を出した。
そしてそのすべてを完食するこの方はけっこうな健啖家らしい。
「……できるな」
「恐縮です」
◆
翌日、火曜日、猫の少女はおかっぱの少女を連れてきた。
その子は必死にメモを取っていった。
水曜日、猫の少女は河童を連れてきた。
その子はあっという間に酔いつぶれた。
木曜日、八雲の狐が長髪の女性とやってきた。
その女性は吸血鬼の館の門番だと言う。
金曜日、いつかのおかっぱ少女が兎の女性を連れてきた。
その女性は置き薬の営業をしていった。
土曜日、兎の女性が小さな兎の少女を連れてきた。
煎り豆が売り切れた。
日曜日、天狗が2人やってきた。
風呂上りの牛乳について力説された。あいまいに返事をしておいた。
月曜日、博麗の巫女がやってきた。
未成年なのでお帰り願った。
火曜日、久しぶりに猫の少女が現れた。
来週の土曜を貸切にして欲しいと言う。
他ならぬこの少女の頼み、私は快諾した。
水曜日、牛乳の天狗が1人でやってきた。
一言もしゃべらないので適当に酒を出した。モスコ・ミュールはお気に召したようだ。
木曜日、また牛乳の天狗がやってきた。
他の客が来た瞬間逃げるように帰って行った。
金曜日、虫の少年と鳥の少女がやってきた。
一人称がどうのとよく分からないことを言う。
そして土曜日、今日は貸切。
猫の少女と狐の女性、いつかの長髪の女性、そして……
「中途半端に和洋折衷ね」
「あら、私は好きよ? こういう心意気」
「管理者様は懐が深いわね」
「やめてよレミリア、本場のは私もよく知らないわ」
我が目を疑った。
「本場じゃ煮物は出てこないわ」
「藍のお勧めなら間違いは無いわ」
震える体に喝を入れ、バーテンダーとしての勤めを果たす。
「ご注文は」
「「モツ煮」」
◆
こうしてセブンセンシズは八雲御用達(ロイヤルブランド)となった。
妖怪のコミュニティは広いようで狭い。
私の店はうわさを聞いた妖怪たちで賑わうようになっていった。
いつしか私は『煮物マスター佐伯』と呼ばれるようになり、幻想郷縁起に記載されるほどになるのだが、それはまた別のお話。
了
出来れば、あともう少しだけ量が欲しかったです
この前、とある創想話の作品にあったから、飲んでみたんだよねえ。
はたてちゃん目立ちまくりやん…
明らかに普通の居酒屋やったほうがいいですよね、佐柏さん。
幻想郷ではそのへんどうなのかはさておいて、妖怪で賑う居酒屋ってのもいいですね~
そしてはたてちゃんww
料理ネタにつきものの『おいしさの秘訣』のような物を敢えて描写しないで、周りの妖怪の反応だけでその魅力をここまで雄弁に語ることができるなんて。感服しました。
つまり、佐伯さんのモツ煮食べたい。
いいですね、定点観測。素敵な作品でした。
もう一捻り欲しかった所
雰囲気は良かった。はたてかわええなぁおいww
妖怪御用達の『モツ』煮って何の『モツ』なんでしょうねー?
霊夢も本当に未成年だから追い返されたのか……?
とか考えると客層もまた違った見え方になるなあ。
……深読みしすぎだったらすいませんw
普通に料理もの(店もの?)としても面白かったです。
町の人の視点から見ることって珍しいから。
って前も言った気がする
画面の向こうに行けないがw
そりゃ人間の客来ないよw
煮物っつーのはそのまんまじゃ食えないものをとにかく食えるようにするっていう料理でしょう。二番目くらいに原始的なやつ。モツという悪くなる易い食材も煮てしまえば継ぎ足し継ぎ足しで延々使えるので大変経済的です。安い居酒屋の突出しはだいたいこれだという印象もあります。平凡なものでもどうにかして煮て食おうとする心構えが妖怪を受け入れる素地になっているのかもしれませんね。これこそ栓のない邪推ですね。
おつまみに、ちょうど良い感じ!
こんな、おつまみに徹したお話大好きです。