寒い日は誰だって外には出たくないし、怠けたいという気持ちはわかる。
しかし、それを加味しても博麗霊夢はたるみ過ぎている。
賽銭や信仰を得るために具体的な行動を起こそうとせず、毎日をただひたすらにお茶をすすって時間を過ごすだけ。
だから、私は神社を訪れた。怠け者の巫女を諌めるために。
「あなたは博麗の巫女としての自覚がなさすぎる!」
居間の炬燵でだらだらと温まっていた霊夢は、戸を開けはなった私に眠たそうな目を向けると、だるそうに口を開く。
「どうでもいいけど、戸を閉めてくれない? 風が入ってきて寒いんだから」
「その態度がよくないと言っているんです私は! 博麗の巫女に関する話をどうでもいいとはあなたは」
「話なら聴くから、早く戸を閉めてってば」
そう言うと霊夢は大きく欠伸をする。その態度に思わず怒鳴りそうになったが、ぐっとこらえる。
宙に浮かぶ羽を力ずくで捉えることはできない。地に落ちるまで辛抱強く待つことが必要だ。このままではただ気力を消費するだけになってしまうだろう。
せめても嫌みとして、勢いよく戸を閉める。座り込んで炬燵に足を突っ込む。
「それで? 何の用かしら、華扇」
食べる? と差し出されたみかんを突っ返し、私は言う。
「……あなたは博麗の巫女としての自覚があるのか、と疑問に思ったのです」
「ふぅん、それだけのためにわざわざ吹雪の中ここに来たの? 大変ね」
他人事みたいに言うな! そもそもあなたが雪かきをサボっているせいで余計に苦労したんですよ!
「……場合によってはもう一度修行を行う必要があるかもしれません」
雪で濡れた服の裾を握りしめながら、なんとか穏やかな口調で続ける。
我慢できる私は偉い、うん偉い。
「修業ねえ。意味あるのかしら」
「やらなければわかりません」
「じゃあ、わからないままでいいわ」
……我慢、我慢。
「それに。参道の雪かきをしないというのは如何なものか。せめて境内くらいはするべきでしょう」
「えーめんどい」
めんどいじゃねえよ! はっ倒すぞ!
落ち着け落ち着け。
私は仙人。まだ二十年も生きていない小童にムキになることはない。
ここは年長者として冷静にいこう。
「若いうちに少しは苦労をしておくべきだと言っているのです。もちろん、苦労ばかりしろと言うつもりではありません。しかし、あなたは腑抜けすぎている」
「あんたも真面目ねえ。仙人ってみんなそうなのかしら」
霊夢は感心したように、呆れたように言う。
「私は元からですよ。だから仙人になったし、なれたんですよ」
もっとも未だ修行中の身ではある。
伝説に謳われるような仙人にはとてもなれそうにない。
現に目の前の巫女を導くことも出来ないのだから。
「私は別に道に迷ってるわけじゃないから、そんなに一生懸命になられても申し訳ないんだけど」
「迷惑だ、と言わない辺り人がいいですね、あなたは」
「そう?」
霊夢は褒められたことに機嫌を良くしたのか、少し頬をゆるませた。
素直な性格は可愛らしいとは思うのだけど、問題なのは欲求にも素直なことだ。
やりたいことをやりたいときにやりたいようにする。
それが必ずしも悪いことだとは言わないが、そのあり方は人間よりも動物や妖怪に近い。
だからこそ妙な者に好かれるのだろうけど、もう少し巫女らしく振る舞ってほしいのだ。
幻想郷のこれからは彼女によるものが大きいのだから。
「真面目なのもいいけど、少しは息抜きしたほうがいいわよ。とくにあんたは」
「そんなに疲れているように見えますか?」
「疲れているって言うか、あれこれ他人の世話焼いてるから、自分の時間を過ごしているのかなって。自分を労ったほうがいいわ」
……へえ。
「……なによその顔は」
「ああいや、あなたに心配されるとは思っていませんでしたから。少し驚きました」
正直なところ、彼女は私を疎んじているとすら思っていたのだ。
口うるさい者はどこでも煙たがられる。
それが私の役目なのだから、やめる気はないが。
「口うるさいって自覚はあるのね」
「一応。直りそうもないですが」
「直す気もないんでしょう」
あんたがどう思っているのか知らないけどね。と霊夢は続ける。
「私は華扇を友人だと思ってる。友人を気遣うのはおかしいこと?」
ふん、と鼻を鳴らして霊夢は言う。
そのあまりにも堂々とした態度に私は呆けてしまう。
それはまあ、その通りなのだけど。
けど、うん、そうか、友人か。こんな私を友人といってくれるのか。
「……そうでしたね。その通りです」
この気持は悪くない、ではなく。嬉しい、が相応しい。
「わかればいいのよ」
ずるいな、と彼女の機嫌良さそうな顔を見て思う。
他人をどうでも良いと思っているようで、その実しっかりと他人を思いやれる。
ああもう、せっかくここまで来たのに毒気を抜かれてしまった。本当にずるい奴。
「それでは、自分の時間を過ごすとは具体的にはどうすればいいのでしょう?」
せめて雪かきくらいやらせようと思っていたのに、そんなことをさせる空気ではなくなってしまった。
こんなときにまで小言を言い続けるのは無粋だということくらい私にだってわかる。
「うーん、普段一人の時は何してるの?」
「瞑想をしたり……あとは読書ですかね」
「あんたの『読書』と私の『読書』は別物のような気がするわ」
「たぶん、そうですね」
苦い顔をする霊夢に苦笑で返す。
私が読むものといえば堅苦しい歴史書ばかりで、娯楽小説はあまり読んだことがない。
それを読む時間があるのなら、自己鍛錬をしたほうが有意義ではないのかと思ってしまう。
「貧乏性ね」
ばっさりと一言で切り捨てられてしまった。
多少は自覚していたけれど、はっきり言われると傷つく……。
「ゆとりは必要よ。余裕がなければ文化は生まれず発展もしない。華扇ならよく知ってるでしょ」
「それはそうですが……習慣と性分はなかなか変わらないもので」
「だからこそ趣味を作るべきよ。仙人なんだから釣りとかいいんじゃない?」
「釣りはやったことはあるのですが……思索する間に逃げられてばかりでさっぱりでした」
「太公望にはなれないわね。だったら能動的なものがいいかしら、手芸とか彫刻とか」
なるほど。それなら手を動かしている間は作業に集中し続けることができるだろう。
「手芸ならアリスが詳しいけど……ああ、そうだ。ちょうどよさそうなのがあったわ」
ちょっと待っててと言うと、霊夢は立ち上がり居間を出る。
ちょうどよさそうなの、とは一体何だろう。彼女が手芸や彫刻を嗜むように見えないが。
「はい、これ」
すぐに戻ってきた霊夢は炬燵の上に『ちょうどよさそうなの』を置く。
みたところ紙製の長方形をした箱には、色鮮やかで今まで見たこともないタッチの絵が描かれていた。
描かれたものは人の形をとってはいるが、模しているだけで人ではないようだ。
金属的な赤いボディと一本角、そしてピンク色の一つ目が目を引く。
手に取り、箱の側面を眺める。こちらには絵ではなく写真が印刷されていた。
「これは……外の世界のものですか?」
浮かんだ疑問を霊夢に訊ねる。
ここまで鮮やかな写真を印刷する技術は幻想郷には存在しない。
そして、表面に描かれた人型の何か。どんな塗料を使ってもこのようなものは描けないだろう。
「ご明察。外の世界の組み立て玩具で、ええと『がんぷら』だったかしら」
「どこでこれを?」
「『暇つぶしにどうですか』って早苗がくれたの。貰ったまますっかり忘れてたわ」
「なるほど……」
脳天気な笑顔を浮かべた彼女を思い出す。
数年前までは外で暮らしていたのだから、不思議ではないか。
「開けても?」
「いいわよ」
「では」
箱を開けてまず目に入ったのは綴じられたB5サイズの紙。
それをどけると透明な袋に入った大量の部品のようなものがあった。
「へえ、これが部品ね。これを組み立てると写真みたくなるのかしら」
霊夢は興味深そうに袋の一つを手に取る。
四角い骨組みの中に、部品を支えるようにして無数の骨組みが並んでいた。
「これが組立図みたいですね」
綴じられた紙を広げると完成したものの写真、組み立て手順が図面付きで書かれていた。
図面を見るかぎりでは金槌やドライバーは使わず、ニッパーだけで組み立てられるようだが、にわかには信じられない。
余程単純なものならいざしらず、かなり精巧なこれが部品同士を嵌め合わせるだけでできるとは。
これも外の技術によるものなのだろうか。
「ニッパーね。うちにあったかしら」
「爪切りでも代用できるみたいですよ」
「そりゃありがたい。今持ってくるわ」
そう言って霊夢は立ち上がる。
早く戻ってきてくださいね、と言おうとして苦笑する。どうやら年甲斐もなく浮ついているようだった。
……年甲斐というのは年齢に相応しい思慮や分別という意味であるが決して私が老けているというわけではない決してない。勘違いしないように。するな。
……それはさておきだ。こんなわくわくした気持ちは久しぶりだ。
やはり、未知のものに触れるというのは心躍る瞬間である。
たまにはこんな日もいい。私は霊夢が戻ってくるのを鼻歌なぞ歌いつつ待つことにした。
◇
「えーと、A8とA20ね。華扇、そこのとって」
「……」
「華扇? ぼうっとしてるけどどうしたの?」
「え、あ、はい。えーと……底の取っ手は……」
「その冗談、つまらないわよ」
そう言ってる割には楽しそうに霊夢は微笑っていた。
気怠げな表情がデフォルトの彼女がみせる、笑顔。
心臓が跳ねる。体が熱い。口がもつれる。
私は気取られないように平静を装ってなんとか応える。
「あ、ああ。そうですね、そう思います」
「なら、言うなっての」
軽く言うと霊夢は再び小さな部品と向き合う。
私はその横顔を横目で見て、小さく溜息を付いた。
何故私がこんなにも緊張しているのかと言えばだ。隣にいる彼女が原因である。
そう、隣。
組み立て説明書を二人で見ようとすれば、必然的に横並びになる。
広いとは言えない炬燵の一辺。ときどき肩をぶつけ合いながら、部品を組み立てる。
なんてことないと思っていた。実際に肩を寄せ合うまでは。
「へえ、結構かっこいいんじゃない?」
無邪気な笑顔で完成した頭部を見せてくる霊夢。
またも心臓が跳ねる。
「え、ええ。なかなか威圧感があると思います」
これだ。これが最大の原因。
こうなるまで気がつかなかった自分が恨めしい。
心乱されるその原因――私は霊夢の笑顔を間近で見たことがなくて、予想以上にその笑顔は愛らしいということだった。
無論、今まで笑顔を見たことがないわけではなかった。
早苗たちのダム開発に便乗して河童グッズを売りだそうとした際、彼女はとても楽しそうに皮算用を語っていたし、それ以外にも笑顔は見せていた。
しかし、私は彼女の思慮浅い考えに呆れるばかりで気にもとめなかったのだ。
「……進んでないみたいだけど、どうかした?」
不意に霊夢は私の顔を覗き込むってちょ、顔が近い……!
「なんでもないですちょっと休憩していただけです! お気になさらず!」
「……?」
慌てて距離を取る。霊夢は不思議そうに首を傾げたがそれ以上は追求せず、作業に戻る。
ああもうちくしょう。なんだってこんなに可愛いんだ。
ずぼらな性格のくせに髪はしっかり手入れしてあるし、間近に迫る白い肌も張りがあってきめ細かいし。
普段はだるいだるい言いながらお茶すすってるような奴なのに、なんで中身はちゃんと女の子やってるんだよ。
そんな理不尽で自分勝手な思考が並ぶくらい、私は彼女に困惑していた。
こんな霊夢を私は知らない。
「……」
いや。知らない、というより知ろうともしなかったのかもしれない。
自堕落で巫女らしくない巫女と決めつけていた。
霊夢が何を考えているのか、何を為すべきなのかを知ろうともせず、自分の考え、意見を押し付けるばかり。
「なかなか面白いわね。また早苗にもらってこようかしら」
霊夢はこんな風に笑うのだということも知らなかった。
そんな自分が彼女を導くなど傲慢ではないのか。
情けなさと自己嫌悪が肩に重くのしかかる。
「……私は何もわかっていないですね」
知らず、溜息を共に自嘲の言葉が漏れていた。
「ああ? なんの話よ」
怪訝そうに霊夢は返す。
「私はあなたのことを何も知らなかった。なのに、偉そうに説教ばかり繰り返して。そんな自分が滑稽だと思ってしまいました」
「……何のことかよくわからないけど。まーた、難しく考えてるの?」
自虐的に言った私に、霊夢は溜息をついて言う。
あのねえ、と。
「他人の事なんてそう簡単にわかるわけ無いでしょ。私だってすぐに底が知れるような浅い人生をおくったつもりはないし、華扇だってそうでしょう?」
「……おそらく」
「なら、1つずつ知っていけばいいのよ」
そう言うと霊夢は竹籠からみかんを二つ取り、一方を私に差し出す。
何が言いたいのかわからないまま私は受け取る。
これをどうしろと言うのだろう。
「食べるに決まってるでしょ。おいしいわよ」
……ますますわからない。
とりあえず、言われたとおりに食べることにする。
皮を向き、白い筋をとって口に放る。
確かに甘酸っぱくて美味しいが、これでなにがわかるというのか。
そう訊ねると、霊夢は自信満々に、胸をはって応えたのだ。
「華扇はみかんの白い筋をとって食べる。私は取らないで食べる。ほら、お互い1つずつわかりあえたじゃない。」
……え?
「それだけ、ですか?」
「他に何かある?」
え、むしろなんでそんなに誇らしげなのか疑問なんですが。
「いや、あの……そんなことだけを知っても……」
「『そんなこと』を重ねていくのが、人と関わるっていうことじゃない? 最初から好き嫌いから人生観までわかるわけないじゃない」
「……それは、そうです」
言われてみれば当たり前のことだ。
仙人は多少知識が多いだけで、全知の存在などではないし、ましてや人間は比べるまでもない。
おこがましいのは、他人の全てを知ろうという考えそのものだったのか。
「あんたは大げさに考え過ぎなのよ。時間はたくさんあるんだから、少しずつでいいの」
「ですが……あなたを巫女らしくするためには時間をかけるわけには」
「なに? あんた、それで私が巫女らしくなったとしたら、ここには来ないつもり?」
私の反論に、霊夢は不機嫌そうに口を尖らせ言う。
「そんなつもりはありません。私は霊夢の……友人、ですから」
友人、と口にするのは予想以上に気恥ずかしかったが、言わないわけにいかない。
私は博麗の巫女に興味を持ったのではなく、博麗霊夢に心惹かれたのだから。
応えに霊夢は、それは助かる、と嬉しそうに笑う。
「私は華扇の小言は嫌いだけどね、華扇とお茶飲んだりするのは結構気に入ってるから。来ないのは寂しいわ」
「――!」
「ほら、また一つわかったでしょ?」
ああもうちくしょうちくしょう!
ずるいずるいずるい! この巫女はずるい奴だ! そんなことを言って私の心拍数を跳ね上げてどきどきさせて!
笑顔を知らなかっただのなんだのと悩んでいた私が馬鹿みたいじゃないか!
ああもうなんだっていい。 笑顔を知らなかった? 理解していなかった?
これから知るからいいんだよ! そうさ、これからだ!
いくらでも時間はあるんだから!
「じゃあ、これを完成させちゃいましょ? 堅物仙人さん」
誂うような笑顔も今の私には、思考への起爆剤にしかならない。
笑ってしまうくらいに開き直って茹だった思考は一つの答えへと導かれる。
仙人らしくもないし、私らしくもないであろう答え。
目の前で笑っている彼女に一泡吹かせてやりたい。私がどきどきさせられたように!
「私だって……!」
「ん?」
顔が熱い。
ええと何を言うんだっけ?
霊夢が言ったのは嫌いだけど結構気に入ってるってどういうことだ意味が分からない思考が回らない。
唇がふるえる。
ああもうめんどくさい。思いついたままに一言で言ってしまえ。
喉から声が湧き上がる。
私は力いっぱい、衝動のままに叫び霊夢に指を突きつける!
「霊夢が好きです!」
……あれ?
華扇ちゃんはかわいい。
華扇ちゃんは正義。
続きが無いぞ?
テンパっちゃう華扇可愛い
イニシャルは・・・茨城華扇なのでI、では無いかな? 苗字と名前は逆にするのかな。
途中で終わっているが…
乙女な華扇が面白かったです!
このあと組みあがったシャアザクとファーストガンダムの熱いバトルが始まる予定でしたよね?
後編に期待してますね_(:3 」∠)_
所で続きはどこだ!
(意訳:続きまだー?)
あれ、華扇ってこんなに可愛かったっけ……。
いや、可愛いのは知ってましたが、こういう恋愛に奥手でどぎまぎしちゃう華扇は初めてで新鮮で可愛い。