勘弁してほしいわ、実際。
まさかこの歳になって両親の、その……アレを見る羽目になるなんてね。
「天子、なに見てるの! 早く出て行きなさい!」
「そうだぞ天子! ママの言う通りに早く出て行くのが、天人としてとるべき行動というものなんだ!」
今更シーツを被ったってもう遅いっつーの。
最初から見えないようにしておいてくれれば、私だってこんなにショックを受けずに済んだのに。
「ノックもせずに入った事は謝るけど……でもまさか、朝っぱらからこんな……ねえ?」
「ねえ? じゃありません! 私たちがいつどこで何をしていようと、あなたに指図されるいわれなど無いでしょう!」
「そうだぞ天子! 私たちがいつどこで夫婦の営みをしようと、お前に指図されるいわれなど毛頭無いんだからな!」
いやいやいや! 「いつ」はともかく「どこで」は大事でしょう! 人前でこんな事されたらたまったもんじゃないっての!
……慌てるんじゃない。私は緋想の剣を借りに来ただけなんだ。
いやあ、あれが無いと格好がつかないのよねえ。青・白・赤のトリコロールカラー。まさに主役の色ってカンジ? みたいな。
「大体あなたときたら、いつも地上の者たちと遊んでばかりで、天界の皆さんとちっとも交流を持とうとしないじゃないの!」
「そうだぞ天子! 天界の皆さんと一緒に歌や踊りをして過ごすのが、天人としてのあるべき姿というものなんだ!」
お父様……いや、あえてパパと呼ぼう。パパってばさっきからそればっかりね。
しかもなに? 天界の皆さんと交流だあ? 嫌よ。あいつら私が近くを通っただけで、鼻をつまんで退散しちゃうじゃない。
“あらやだ奥様。比那名居さん家の天子ちゃんが恥ずかしげも無くアホ面をぶらさげて、私たちの天界を悠々と闊歩していらっしゃいますわよ”
“まあ本当だわ。あんなのを見てたらこっちまで低俗下劣になってしまいますわ。行きましょ行きましょ”
てめえらなんざこっちから願い下げよ、バーカ!
その点、地上は気楽でいいわよねえ。良く言えば平等、悪く言えば無法地帯。ひとことで言えば天地無用。
あれ? ひょっとして私、今上手い事言っちゃった? きゃー! ……コホン。
「お小言なら後でいくらでも聞いてあげるから、とりあえず緋想の剣だけ貸して頂戴よ。それだけ受け取ったら比那名居天子はクールに去るから」
「ダメよ天子! 遊んでばかりいるあなたには、もう二度と緋想の剣を使わせてあげません!」
「そうだぞ天子! 遊んでばかりいる悪い子には、金輪際緋想の剣を使わせてやらないからな!」
ひどい! あの剣は私のトレードマークみたいなものなのに、それがもう二度と使えないだなんて!
私はこれから先ずっと、岩と地面だけで戦う事を強いられなきゃならないっていうの!?
「ママとパパはこれから大事な『御勤め』をしなければならないのだから、早くここから出て行きなさい!」
「ママの言う通りだぞ天子! これ以上パパとママの大事な『御勤め』を邪魔するのなら、パパは腕力に訴えるぞ!」
ダメだこいつら! どうやら頭の中がアレで一杯になってるみたいね。
もういいわよ。傷心の愛娘なんか放っておいて、本能の赴くまま好きなだけ盛っていればいいじゃない。
あーあ、なんかもう地上に遊びに行く気分じゃなくなっちゃったなあ。これからどうしよう。
「ねえ、どうしよう衣玖。このままじゃ私、非行に走っちゃうかもしれないわ」
「『不良少女とよばれて』とか言ったら歳がばれちゃいそうですね。もっとも総領娘様の場合は『不良少女とばれて』と言った方が正しいのでしょうが」
突然の訪問にも関わらず、永江衣玖は私の相談に乗ってくれるつもりのようだ。
まあ竜宮の使いなんてのは、日がな一日雲の中を漂っているだけの連中だからね。なんだかんだ言っても暇なんでしょうねえ。
「一体何があったんです? 天界きってのアウトローたる総領娘様が、そのようなしおらしい発言をなさるなんて」
「見ちゃったのよ。パパとママがテトリスの協力プレイをやってるところをね」
「それはまた……貴重な体験をなさいましたね。お赤飯でも炊きましょうか?」
「結構よ。魚は魚らしく酢飯でも炊いてなさい」
「私は寿司ネタじゃありませんよ。まあズリネタもできた事ですし、当分の間ソロプレイには困らないのでは?」
「両親をオカズに使えっていうの!? あんた正気!? 冗談はそのビラビラだけにしなさいよ!」
「『正気にては大漁ならず、自家発電は死狂いなり』というのが私の座右の銘でして……」
「誰もそんな事聞いてないっつーの!」
自家発電って、オマエのスペルカードじゃあるまいし……ああ、そういう事だったのか。いやどういう事よ。
私の相手をしてくれるだけあって、この衣玖も相当突き抜けた性格の持ち主みたいね。
まあそうでなけりゃ張り合いが無いっていうか……あり過ぎるのも考え物かしら。
「それはそうと、ご両親が『励んで』いらっしゃった件についてですが……これは総領娘様にとって災いの予兆となるかもしれません」
「目撃ドキュンしちゃった時点で既に災いなんだけど……まだ何かあるっていうの?」
「ええ。危険予知、すなわちKYのプロである私に言わせれば……KY? KYだと!? 私がKYであるはずがない!」
「ちょっ、衣玖!? なにいきなりキレてんのよ! そういう空気じゃ無かったでしょ今は!」
「いいえ私は空気が読める女。その私がキレたという事は、すなわち今がその時! キレるべき時だという事です!」
見事に因果が逆転してるわ。誰かコイツに大義を叩き込んでやってくれないかしら。
それより何か気になる事を言ってるわね。災いの予兆って何よ? 縁起でもない。
「総領娘様! 念のためお尋ねしておきますが、赤ちゃんがどこから来るのかご存知ですかっ!?」
「コウノトリがキャベツに種付けして生まれるに決まってるでしょう。私を幾つだと思ってるの?」
「生死をかけた異種格闘技戦というわけですね。文字通りに。どうやら聞いた私が馬鹿だったみたいです」
ふん、当然よ。私がそんなピュアガールだったら、アレをアレと認識できるはずないじゃないの。
せいぜい「あーっ! パパとママがプロレスごっこしてるー! 私も混ぜて混ぜてー!」くらいのリアクションしかできなかったでしょうよ。
「で、何が言いたいわけ? まさかあんた、パパとママがその……生で……」
「『生でダラダラいかせて!』とか言ったら歳がばれちゃいそうですね。まあそういう事です」
「勘弁してよ! この歳になって弟か妹ができるなんて、冗談キツイっての!」
「私は弟がいいですねえ。今のうちにお願いしておいてもらえませんか?」
“比那名居天子の弟、比那名居天乃助にござる。ハッピーうれピーよろピクねー”
……うん、ねーわ。マジねーわ。
つーか何リクエストしてくれてんのよ。私の弟をどうするつもりよ、この痴魚め。
「いいじゃないですか天乃助キュン。きっと総領娘様に似てカワイイでしょうねえ」
「お前は何を言ってるんだ。っていうかキュンはやめなさいキュンは」
「冗談はさておき、もし比那名居一族にお世継ぎが生まれたとなれば、総領娘様は非常にマズイ立場に立たされる事となります」
勝手に冗談さておいて、なんかとんでもない事ぬかしてやがるわ。
弟か妹が生まれるくらいで大袈裟ねえ。
「確か総領娘様は、生粋の天人ではありませんでしたよね?」
「ええそうよ。それが何? 悪い? 悪かったわね不良天人でさあ」
「コンプレックスを刺激してしまって申し訳ありません。しかし比那名居一族が不良呼ばわりされる原因は、やはりその出自にあると思うのですよ」
「そんなわかりきった事、今更あんたに言われるまでもないわよ。ホント何が言いたいの?」
「そこで我らが天乃助キュンの登場というわけですよ。天人であるご両親から生まれた彼は……」
「生まれながらの天人……ってわけ?」
「ザッツライト。天人としての格を文句無しに備えた、比那名居一族期待の星となるわけですよ!」
あ、そうなんだ……で? それが何か問題?
要するにその天乃助だか天子マークⅡだかが生まれれば、もう私たち比那名居一族が馬鹿にされなくて済むって事でしょ?
なんとも目出度い事じゃない。私の立場がどうとかいう話は何処にいったのよ。
「比那名居一族の悪評には、もう一つ原因があるのですが……それは何だと思います?」
「私って言いたいんでしょ? あんたの眼と羽衣が何より雄弁に物語ってるわ」
「ご理解が早くて助かります。比那名居一族が真なる天人として生まれ変わるためには、どうしてもあなたの存在がネックとなるのですよ!」
……まあ、わかってはいたけどさあ。
正面きって言われるとなんかこう……ムカツクわね。
「お世継ぎが誕生したとあれば、もうこれまでの様に好き勝手できなくなるでしょうね。いえ、それどころか……」
「ちょっと、変なところで溜めを作らないでよ。どうなるっていうの?」
「……勘当、などという事にも」
勘当!? 痛みに耐えて良く頑張ってる私を、勘当するっていうの!?
減点パパならぬ減点ムスメは排除する、比那名居はそう判断したって、コイツはそう言いたいワケ!?
そんな馬鹿な! 幾らなんでもそこまでは……ああ、しないとも言い切れないか。
「勘当を回避する手立ては三つあります。一つは総領娘様が心を入れ替え、天人として恥ずかしくない立ち振る舞いを……ってそりゃ無理か。ゴメンなさい、今のは忘れてください」
「あのさあ……」
「二つ目としましては、勘当される前に総領娘様が独立を宣言なさるという手があります。結果は変わりませんが、少なくとも勘当『される』という形は避けられますね」
「何の意味も無いよね、それ」
「そして三つ目ですが、これを私の口から申し上げるのは、いささか……」
「何よ、はっきり言いなさいよ」
「『くるみ割り人形作戦』……と言えば、勘のいい総領娘様にはわかっていただけますでしょうか?」
ピョートル・チャイコフスキーさんは関係無いでしょ、いい加減に……ってちょっと待て!
割れって言うのか? パパのナッツを割れっていうのか!? 実の娘であるこの私に!?
災いの元を断つって意味じゃあ、あながち間違いでも無いのかもしれないけど……でも人として間違ってるでしょ、それは!
「この日、比那名居天子は素手による去勢を決行している……父親の」
「やらないっつーの! しかもなんで素手なのよ!」
「KWAHHH! コリコリ弾力ある睾丸にさわっているぞォ、パパ! このあたたかい弾力! ここちよい感触よッ!」
「何がクアーよっ! 少しは自重ってものを知りなさい!」
もうやだこの痴魚。何がどうしてこうなった。
大体そんな事をしでかした日には、勘当どころじゃ済まないでしょうに。
「お急ぎください総領娘様。こうしている間にもお父上の放ったセンチネルたちが、お母上のザイオン目指してまっしぐら……」
「それでオブラートに包んだつもりなの!? とにかくやらないったらやらないわよっ!」
「おやおや、私の忠告を無視するおつもりですか? このまま天乃助キュンがイン・ザ・ハウスすれば、あなたは総領娘様でも比那名居天子でも無くなってしまうのですよ?」
「そんなの知ったこっちゃないわ! 私は天子よ! いつだって天子なのよっ! 天子キーック!」
「ひらり」
かわされた。
そこは空気読んで当たっときなさいよ……などと言ってやろうとしたところで、何を思ったか衣玖が私に覆いかぶさってくる。
「ふっふっふ……ご安心ください総領娘様。不肖永江衣玖、例えあなたが地に墜ち泥に塗れようとも、これまで通りイジり倒して差し上げますわ」
「今の発言の一体何処に安心できる要素があるって言うのよっ!? 生臭いからとっとと離れなさい!」
「行くあての無いあなたの面倒を、この私が見てあげようというのですよ。天子ちゃん、これからは私の事を衣玖お姉様とお呼びなさい?」
「ふざけんなこのバカ! 誰があんたなんかに……!」
「ゆくゆくは天乃助キュンも加えて姉弟丼……倍率ドン! さらに倍! バインバイ~ンフハハハハハ……!」
「ひいっ!? ちょっと、変なところ触らないでっ……!」
羽衣を巧みに操る衣玖に対し、私は碌な抵抗もできずに拘束されてしまう。
私にはもう、彼女のカキタレになる以外道は残されていないというのか……? 無念だ、あまりにも無念だ。
ああ未だ見ぬ天乃助よ。せめてあなただけはこの痴魚の毒牙にかかる事無く、強く生きて頂戴……。
「あらあなた。あそこに居るのは私たちの娘、天子じゃないかしら?」
「おや本当だ。あそこに居るのは私たちの娘、天子じゃないか!」
……ママ!? それにパパも!
一体どうしてこんなところに……ってそうじゃない! こんな場面を見られたら、天乃助の誕生を待つまでも無く勘当されちゃう!
「これはこれは、どうもご無沙汰しております。永江の衣玖でございます」
「まあ衣玖さんじゃないの。いつも天子の相手をしてもらって悪いわねえ」
「いえいえ。こちらこそ総領娘様にはお世話になってばかりです……色々と」
「ウチの天子でよければ、いくらでも使ってくれて構わないぞ! うわっはっはっはっはっはっ!」
「おーっほっほっほっほっほっほっほっ!」
「はははは」
あんたらさあ……何がそんなにおかしいっていうのよ。
つーかパパ、ようやくまともに喋ったと思ったら、何てこと言いくさってんのよ。
そもそもこの状況に対して何も反応しないってのはどうなの? お前らの可愛い娘が、今まさに大事なところをドリルで貫かれんとしているってのに。
「ほら、総領娘様。この際ですから直接お尋ねになってみては如何ですか?」
「あんたはまず離れなさいっての……ねえパパ、ママ! 天乃助が生まれたら、私はいらない子になっちゃうのっ!?」
「いきなり何を言ってるのこの子は。ねえあなた、天乃助って名前に聞き覚えある?」
「天乃助という名前に聞き覚えなど微塵も無いが、少なくとも天子がいらない子だなんて思ったことは一度も無いぞ?」
「そうよねえ。まったくおかしな事を言う子だこと」
あ、しまった。天乃助はあくまで想像上の人物であり、実際の比那名居一族とは無関係なんだったっけ。
という事は……あれ? ひょっとして私、助かっちゃった?
へっへー! ざまあみろ衣玖! オマエの馬鹿げた予言なんざ当たるわけねえっつーのよコンチクショウ!
「よかったですね総領娘様。衣玖はもう感激のあまり、色々な液体を分泌してしまいそうです……涙とか」
「涙なら嫌という程分泌させてやるから、早く私の上からどきなさい! そのドリルも仕舞って!」
「イヤです。回りだしたら止まらない、それが螺旋の力というものですから」
お前のドリルで天子衝け、ってか。このヤローどんだけ図に乗りゃあ気が済むのよ。
でもコイツ、状況が全く見えてないみたいね。パパとママの目の前でこれ以上私に狼藉を働けば、どうなるかくらいわかりそうなものだけど。
ん? そういえばパパとママ、さっきから妙にモジモジしているような……?
「……ねえあなた、この二人を見ていたらなんかこう……ムラムラしてこない?」
「実は私もさっきから、この二人を見ているだけで妙にムラムラッとした気分になってしまっていたんだよ」
……おい、ちょっと待て。それは流石にヤバイだろ。
なんだか物凄い勢いで道を外れそうになってる気がする。天人としてのあるべき姿はどうしたのよ。ねえ。
「申し訳ありません、なんだか私たちだけで愉しんでるみたいで……あっ、よかったらお二人も如何ですか?」
「おいこら衣玖! あんたよりによってなんて事を……!」
「まあ! でも……なんだか悪いじゃない? ねえあなた、どうしましょう?」
「どうするべきかは意見が分かれるところだが……ここは思い切って、誘いに乗ってみるのもいいんじゃないかな?」
「まあ、あなたったら! そういうノリのいいところ、好きよ!」
「私もだよママ。愛してるよ!」
お、お前ら……! 年甲斐も無くバカップルぶりを発揮しやがって……!
っていうか本当にヤル気なのか!? 私を誰だと思ってやがる! お前らの娘だぞ!
つーかホントパパはやばいパパは駄目だろパパは……下手すりゃ私が天乃助のママになってしまうよ。
「お二人の空気の読みっぷりには、流石の私も脱帽です。と、いうわけで総領娘様。お覚悟は……よろしいですね?」
「いいわけないでしょ! 私は認めない! こんな展開、断じて認めるわけにはいかないわっ!」
「いやいや、私はこんな天界もアリなんじゃないかと思うのだが、どうかな皆さん?」
「やだあなたったら。今のは展開と天界を掛けた小粋なジョークというわけね?」
「流石はママ、わかってくれたか。天人たるもの如何なる時であろうと、ユーモアのセンスを忘れるわけにはいかないからね。うわっはっはっはっはっはっはっ!」
「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!」
「はっはっはっはっは」
「くだらないダジャレで笑ってるんじゃないわよっ! ……ちょっ、やめてぇ! うわーん! もうこんな天界いやぁ~っ!」
……その後、たまたま通りかかった伊吹萃香を加えて5Pに突入。
三時間半に及ぶ死闘は、私たち黄昏組の絆をさらに強め……ねーよ!
どうすんのよこれから……!
まさかこの歳になって両親の、その……アレを見る羽目になるなんてね。
「天子、なに見てるの! 早く出て行きなさい!」
「そうだぞ天子! ママの言う通りに早く出て行くのが、天人としてとるべき行動というものなんだ!」
今更シーツを被ったってもう遅いっつーの。
最初から見えないようにしておいてくれれば、私だってこんなにショックを受けずに済んだのに。
「ノックもせずに入った事は謝るけど……でもまさか、朝っぱらからこんな……ねえ?」
「ねえ? じゃありません! 私たちがいつどこで何をしていようと、あなたに指図されるいわれなど無いでしょう!」
「そうだぞ天子! 私たちがいつどこで夫婦の営みをしようと、お前に指図されるいわれなど毛頭無いんだからな!」
いやいやいや! 「いつ」はともかく「どこで」は大事でしょう! 人前でこんな事されたらたまったもんじゃないっての!
……慌てるんじゃない。私は緋想の剣を借りに来ただけなんだ。
いやあ、あれが無いと格好がつかないのよねえ。青・白・赤のトリコロールカラー。まさに主役の色ってカンジ? みたいな。
「大体あなたときたら、いつも地上の者たちと遊んでばかりで、天界の皆さんとちっとも交流を持とうとしないじゃないの!」
「そうだぞ天子! 天界の皆さんと一緒に歌や踊りをして過ごすのが、天人としてのあるべき姿というものなんだ!」
お父様……いや、あえてパパと呼ぼう。パパってばさっきからそればっかりね。
しかもなに? 天界の皆さんと交流だあ? 嫌よ。あいつら私が近くを通っただけで、鼻をつまんで退散しちゃうじゃない。
“あらやだ奥様。比那名居さん家の天子ちゃんが恥ずかしげも無くアホ面をぶらさげて、私たちの天界を悠々と闊歩していらっしゃいますわよ”
“まあ本当だわ。あんなのを見てたらこっちまで低俗下劣になってしまいますわ。行きましょ行きましょ”
てめえらなんざこっちから願い下げよ、バーカ!
その点、地上は気楽でいいわよねえ。良く言えば平等、悪く言えば無法地帯。ひとことで言えば天地無用。
あれ? ひょっとして私、今上手い事言っちゃった? きゃー! ……コホン。
「お小言なら後でいくらでも聞いてあげるから、とりあえず緋想の剣だけ貸して頂戴よ。それだけ受け取ったら比那名居天子はクールに去るから」
「ダメよ天子! 遊んでばかりいるあなたには、もう二度と緋想の剣を使わせてあげません!」
「そうだぞ天子! 遊んでばかりいる悪い子には、金輪際緋想の剣を使わせてやらないからな!」
ひどい! あの剣は私のトレードマークみたいなものなのに、それがもう二度と使えないだなんて!
私はこれから先ずっと、岩と地面だけで戦う事を強いられなきゃならないっていうの!?
「ママとパパはこれから大事な『御勤め』をしなければならないのだから、早くここから出て行きなさい!」
「ママの言う通りだぞ天子! これ以上パパとママの大事な『御勤め』を邪魔するのなら、パパは腕力に訴えるぞ!」
ダメだこいつら! どうやら頭の中がアレで一杯になってるみたいね。
もういいわよ。傷心の愛娘なんか放っておいて、本能の赴くまま好きなだけ盛っていればいいじゃない。
あーあ、なんかもう地上に遊びに行く気分じゃなくなっちゃったなあ。これからどうしよう。
「ねえ、どうしよう衣玖。このままじゃ私、非行に走っちゃうかもしれないわ」
「『不良少女とよばれて』とか言ったら歳がばれちゃいそうですね。もっとも総領娘様の場合は『不良少女とばれて』と言った方が正しいのでしょうが」
突然の訪問にも関わらず、永江衣玖は私の相談に乗ってくれるつもりのようだ。
まあ竜宮の使いなんてのは、日がな一日雲の中を漂っているだけの連中だからね。なんだかんだ言っても暇なんでしょうねえ。
「一体何があったんです? 天界きってのアウトローたる総領娘様が、そのようなしおらしい発言をなさるなんて」
「見ちゃったのよ。パパとママがテトリスの協力プレイをやってるところをね」
「それはまた……貴重な体験をなさいましたね。お赤飯でも炊きましょうか?」
「結構よ。魚は魚らしく酢飯でも炊いてなさい」
「私は寿司ネタじゃありませんよ。まあズリネタもできた事ですし、当分の間ソロプレイには困らないのでは?」
「両親をオカズに使えっていうの!? あんた正気!? 冗談はそのビラビラだけにしなさいよ!」
「『正気にては大漁ならず、自家発電は死狂いなり』というのが私の座右の銘でして……」
「誰もそんな事聞いてないっつーの!」
自家発電って、オマエのスペルカードじゃあるまいし……ああ、そういう事だったのか。いやどういう事よ。
私の相手をしてくれるだけあって、この衣玖も相当突き抜けた性格の持ち主みたいね。
まあそうでなけりゃ張り合いが無いっていうか……あり過ぎるのも考え物かしら。
「それはそうと、ご両親が『励んで』いらっしゃった件についてですが……これは総領娘様にとって災いの予兆となるかもしれません」
「目撃ドキュンしちゃった時点で既に災いなんだけど……まだ何かあるっていうの?」
「ええ。危険予知、すなわちKYのプロである私に言わせれば……KY? KYだと!? 私がKYであるはずがない!」
「ちょっ、衣玖!? なにいきなりキレてんのよ! そういう空気じゃ無かったでしょ今は!」
「いいえ私は空気が読める女。その私がキレたという事は、すなわち今がその時! キレるべき時だという事です!」
見事に因果が逆転してるわ。誰かコイツに大義を叩き込んでやってくれないかしら。
それより何か気になる事を言ってるわね。災いの予兆って何よ? 縁起でもない。
「総領娘様! 念のためお尋ねしておきますが、赤ちゃんがどこから来るのかご存知ですかっ!?」
「コウノトリがキャベツに種付けして生まれるに決まってるでしょう。私を幾つだと思ってるの?」
「生死をかけた異種格闘技戦というわけですね。文字通りに。どうやら聞いた私が馬鹿だったみたいです」
ふん、当然よ。私がそんなピュアガールだったら、アレをアレと認識できるはずないじゃないの。
せいぜい「あーっ! パパとママがプロレスごっこしてるー! 私も混ぜて混ぜてー!」くらいのリアクションしかできなかったでしょうよ。
「で、何が言いたいわけ? まさかあんた、パパとママがその……生で……」
「『生でダラダラいかせて!』とか言ったら歳がばれちゃいそうですね。まあそういう事です」
「勘弁してよ! この歳になって弟か妹ができるなんて、冗談キツイっての!」
「私は弟がいいですねえ。今のうちにお願いしておいてもらえませんか?」
“比那名居天子の弟、比那名居天乃助にござる。ハッピーうれピーよろピクねー”
……うん、ねーわ。マジねーわ。
つーか何リクエストしてくれてんのよ。私の弟をどうするつもりよ、この痴魚め。
「いいじゃないですか天乃助キュン。きっと総領娘様に似てカワイイでしょうねえ」
「お前は何を言ってるんだ。っていうかキュンはやめなさいキュンは」
「冗談はさておき、もし比那名居一族にお世継ぎが生まれたとなれば、総領娘様は非常にマズイ立場に立たされる事となります」
勝手に冗談さておいて、なんかとんでもない事ぬかしてやがるわ。
弟か妹が生まれるくらいで大袈裟ねえ。
「確か総領娘様は、生粋の天人ではありませんでしたよね?」
「ええそうよ。それが何? 悪い? 悪かったわね不良天人でさあ」
「コンプレックスを刺激してしまって申し訳ありません。しかし比那名居一族が不良呼ばわりされる原因は、やはりその出自にあると思うのですよ」
「そんなわかりきった事、今更あんたに言われるまでもないわよ。ホント何が言いたいの?」
「そこで我らが天乃助キュンの登場というわけですよ。天人であるご両親から生まれた彼は……」
「生まれながらの天人……ってわけ?」
「ザッツライト。天人としての格を文句無しに備えた、比那名居一族期待の星となるわけですよ!」
あ、そうなんだ……で? それが何か問題?
要するにその天乃助だか天子マークⅡだかが生まれれば、もう私たち比那名居一族が馬鹿にされなくて済むって事でしょ?
なんとも目出度い事じゃない。私の立場がどうとかいう話は何処にいったのよ。
「比那名居一族の悪評には、もう一つ原因があるのですが……それは何だと思います?」
「私って言いたいんでしょ? あんたの眼と羽衣が何より雄弁に物語ってるわ」
「ご理解が早くて助かります。比那名居一族が真なる天人として生まれ変わるためには、どうしてもあなたの存在がネックとなるのですよ!」
……まあ、わかってはいたけどさあ。
正面きって言われるとなんかこう……ムカツクわね。
「お世継ぎが誕生したとあれば、もうこれまでの様に好き勝手できなくなるでしょうね。いえ、それどころか……」
「ちょっと、変なところで溜めを作らないでよ。どうなるっていうの?」
「……勘当、などという事にも」
勘当!? 痛みに耐えて良く頑張ってる私を、勘当するっていうの!?
減点パパならぬ減点ムスメは排除する、比那名居はそう判断したって、コイツはそう言いたいワケ!?
そんな馬鹿な! 幾らなんでもそこまでは……ああ、しないとも言い切れないか。
「勘当を回避する手立ては三つあります。一つは総領娘様が心を入れ替え、天人として恥ずかしくない立ち振る舞いを……ってそりゃ無理か。ゴメンなさい、今のは忘れてください」
「あのさあ……」
「二つ目としましては、勘当される前に総領娘様が独立を宣言なさるという手があります。結果は変わりませんが、少なくとも勘当『される』という形は避けられますね」
「何の意味も無いよね、それ」
「そして三つ目ですが、これを私の口から申し上げるのは、いささか……」
「何よ、はっきり言いなさいよ」
「『くるみ割り人形作戦』……と言えば、勘のいい総領娘様にはわかっていただけますでしょうか?」
ピョートル・チャイコフスキーさんは関係無いでしょ、いい加減に……ってちょっと待て!
割れって言うのか? パパのナッツを割れっていうのか!? 実の娘であるこの私に!?
災いの元を断つって意味じゃあ、あながち間違いでも無いのかもしれないけど……でも人として間違ってるでしょ、それは!
「この日、比那名居天子は素手による去勢を決行している……父親の」
「やらないっつーの! しかもなんで素手なのよ!」
「KWAHHH! コリコリ弾力ある睾丸にさわっているぞォ、パパ! このあたたかい弾力! ここちよい感触よッ!」
「何がクアーよっ! 少しは自重ってものを知りなさい!」
もうやだこの痴魚。何がどうしてこうなった。
大体そんな事をしでかした日には、勘当どころじゃ済まないでしょうに。
「お急ぎください総領娘様。こうしている間にもお父上の放ったセンチネルたちが、お母上のザイオン目指してまっしぐら……」
「それでオブラートに包んだつもりなの!? とにかくやらないったらやらないわよっ!」
「おやおや、私の忠告を無視するおつもりですか? このまま天乃助キュンがイン・ザ・ハウスすれば、あなたは総領娘様でも比那名居天子でも無くなってしまうのですよ?」
「そんなの知ったこっちゃないわ! 私は天子よ! いつだって天子なのよっ! 天子キーック!」
「ひらり」
かわされた。
そこは空気読んで当たっときなさいよ……などと言ってやろうとしたところで、何を思ったか衣玖が私に覆いかぶさってくる。
「ふっふっふ……ご安心ください総領娘様。不肖永江衣玖、例えあなたが地に墜ち泥に塗れようとも、これまで通りイジり倒して差し上げますわ」
「今の発言の一体何処に安心できる要素があるって言うのよっ!? 生臭いからとっとと離れなさい!」
「行くあての無いあなたの面倒を、この私が見てあげようというのですよ。天子ちゃん、これからは私の事を衣玖お姉様とお呼びなさい?」
「ふざけんなこのバカ! 誰があんたなんかに……!」
「ゆくゆくは天乃助キュンも加えて姉弟丼……倍率ドン! さらに倍! バインバイ~ンフハハハハハ……!」
「ひいっ!? ちょっと、変なところ触らないでっ……!」
羽衣を巧みに操る衣玖に対し、私は碌な抵抗もできずに拘束されてしまう。
私にはもう、彼女のカキタレになる以外道は残されていないというのか……? 無念だ、あまりにも無念だ。
ああ未だ見ぬ天乃助よ。せめてあなただけはこの痴魚の毒牙にかかる事無く、強く生きて頂戴……。
「あらあなた。あそこに居るのは私たちの娘、天子じゃないかしら?」
「おや本当だ。あそこに居るのは私たちの娘、天子じゃないか!」
……ママ!? それにパパも!
一体どうしてこんなところに……ってそうじゃない! こんな場面を見られたら、天乃助の誕生を待つまでも無く勘当されちゃう!
「これはこれは、どうもご無沙汰しております。永江の衣玖でございます」
「まあ衣玖さんじゃないの。いつも天子の相手をしてもらって悪いわねえ」
「いえいえ。こちらこそ総領娘様にはお世話になってばかりです……色々と」
「ウチの天子でよければ、いくらでも使ってくれて構わないぞ! うわっはっはっはっはっはっ!」
「おーっほっほっほっほっほっほっほっ!」
「はははは」
あんたらさあ……何がそんなにおかしいっていうのよ。
つーかパパ、ようやくまともに喋ったと思ったら、何てこと言いくさってんのよ。
そもそもこの状況に対して何も反応しないってのはどうなの? お前らの可愛い娘が、今まさに大事なところをドリルで貫かれんとしているってのに。
「ほら、総領娘様。この際ですから直接お尋ねになってみては如何ですか?」
「あんたはまず離れなさいっての……ねえパパ、ママ! 天乃助が生まれたら、私はいらない子になっちゃうのっ!?」
「いきなり何を言ってるのこの子は。ねえあなた、天乃助って名前に聞き覚えある?」
「天乃助という名前に聞き覚えなど微塵も無いが、少なくとも天子がいらない子だなんて思ったことは一度も無いぞ?」
「そうよねえ。まったくおかしな事を言う子だこと」
あ、しまった。天乃助はあくまで想像上の人物であり、実際の比那名居一族とは無関係なんだったっけ。
という事は……あれ? ひょっとして私、助かっちゃった?
へっへー! ざまあみろ衣玖! オマエの馬鹿げた予言なんざ当たるわけねえっつーのよコンチクショウ!
「よかったですね総領娘様。衣玖はもう感激のあまり、色々な液体を分泌してしまいそうです……涙とか」
「涙なら嫌という程分泌させてやるから、早く私の上からどきなさい! そのドリルも仕舞って!」
「イヤです。回りだしたら止まらない、それが螺旋の力というものですから」
お前のドリルで天子衝け、ってか。このヤローどんだけ図に乗りゃあ気が済むのよ。
でもコイツ、状況が全く見えてないみたいね。パパとママの目の前でこれ以上私に狼藉を働けば、どうなるかくらいわかりそうなものだけど。
ん? そういえばパパとママ、さっきから妙にモジモジしているような……?
「……ねえあなた、この二人を見ていたらなんかこう……ムラムラしてこない?」
「実は私もさっきから、この二人を見ているだけで妙にムラムラッとした気分になってしまっていたんだよ」
……おい、ちょっと待て。それは流石にヤバイだろ。
なんだか物凄い勢いで道を外れそうになってる気がする。天人としてのあるべき姿はどうしたのよ。ねえ。
「申し訳ありません、なんだか私たちだけで愉しんでるみたいで……あっ、よかったらお二人も如何ですか?」
「おいこら衣玖! あんたよりによってなんて事を……!」
「まあ! でも……なんだか悪いじゃない? ねえあなた、どうしましょう?」
「どうするべきかは意見が分かれるところだが……ここは思い切って、誘いに乗ってみるのもいいんじゃないかな?」
「まあ、あなたったら! そういうノリのいいところ、好きよ!」
「私もだよママ。愛してるよ!」
お、お前ら……! 年甲斐も無くバカップルぶりを発揮しやがって……!
っていうか本当にヤル気なのか!? 私を誰だと思ってやがる! お前らの娘だぞ!
つーかホントパパはやばいパパは駄目だろパパは……下手すりゃ私が天乃助のママになってしまうよ。
「お二人の空気の読みっぷりには、流石の私も脱帽です。と、いうわけで総領娘様。お覚悟は……よろしいですね?」
「いいわけないでしょ! 私は認めない! こんな展開、断じて認めるわけにはいかないわっ!」
「いやいや、私はこんな天界もアリなんじゃないかと思うのだが、どうかな皆さん?」
「やだあなたったら。今のは展開と天界を掛けた小粋なジョークというわけね?」
「流石はママ、わかってくれたか。天人たるもの如何なる時であろうと、ユーモアのセンスを忘れるわけにはいかないからね。うわっはっはっはっはっはっはっ!」
「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!」
「はっはっはっはっは」
「くだらないダジャレで笑ってるんじゃないわよっ! ……ちょっ、やめてぇ! うわーん! もうこんな天界いやぁ~っ!」
……その後、たまたま通りかかった伊吹萃香を加えて5Pに突入。
三時間半に及ぶ死闘は、私たち黄昏組の絆をさらに強め……ねーよ!
どうすんのよこれから……!
ありがとうございます
もう一生この単語の意味を覚えてるんだろうなと思うと笑いが止まりません
もう天子ちゃんは神社か八雲家あたりに逃げ込んでお世話になればいいと思うよ
これはひどい
天子ちゃんの家族ったら仲良しね!
全体的にパパの台詞がいらなすぎるw
と思っていたら、センチネルで噴きましたwwテラマトリックスww
こういう軽いノリのギャグで終始貫き通すのもいいよね。楽しく読ませて頂きました。
面白かったw
お父上、その場所変われ。
またはナッツ割られろ。
なんていうか下世話な話だよね。でも、それを堂々と無邪気に書くところが、
すごいおっさんぽい。
平安座さんはアラサーかアラフォーですよね?まさか、高校・大学生じゃないですよね?だったら、もう僕が許さない!
これからもssで僕たちをノリノリにさせてくださいね。
毎回ACネタがツボすぎるwww
とりあえず天乃助が出るところまで書こうか。話はそれからだ。
とりあえずマイルハイクラブへの加入おめでとう、天子ちゃん!