あなたは雪。白く儚い雪。切なげに揺れる雪。
――――――
「あんたって雪が似合うわよね」
「いきなりどうしたの?」
彼女は不思議そうにこちらへ顔を向けた。驚いた顔はいつもの彼女より幼く見えた。
「なんとなくよ。咲夜って銀髪だし、肌が白いから…何て言うんだっけ、そういうの。雪をあざむく?」
「こっちの言葉はよく分からないわ」
そう言って、元の体勢に戻ってしまった。
咲夜は今マフラーを編んでいる。彼女曰く、「お嬢さまからいただいたマフラーが古くなってしまったの。」つまりは咲夜自身の為に編んでいる。
別に期待していた訳じゃないけれど、彼女自身の作業によってこの2人だけの特別な時間を邪魔されたくない。
ただでさえ会う時間が少ないのに、同じ空間にいて別々のことをしているなんて耐えられない。
少しムッとした私は作業を妨害するために、かまってもらうために背後から抱きつき耳に息を吹きかけた。
「~~っ!!ちょっと…!」
耳が弱い咲夜には十分なダメージだろう。その証拠に彼女はマフラーを編むことを諦めたらしく、毛糸と編み棒を片し始めた。
元の場所にそれらをしまい終えると、私の方に手を伸ばし、「ごめんなさいね、つい夢中になっちゃって」頭をぐちゃぐちゃに撫でまわした。
私は複雑な気持ちになった。この頭を撫でる行為はあまり好かない。年は全く変わらないのに私が子供扱いされているようで悔しいから。
確かに見た目、性格共に咲夜の方が大人びているが、それは血や育った環境の違いによるもので私が子供扱いされる道理でない。
とにかくこのままでは気が収まらないので咲夜にデコピンをくらわせてやった。
痛みで目に涙を溜めた咲夜を見ると、自分の中の独占欲が満たされていく。
普段表情を変えない彼女の貴重な姿。私にしか見せない間の抜けた表情。嬉しくない訳がない。
そんな何気ないやり取りを一通り終えると咲夜は帰って行った。
――――――
一ヶ月後。
ここ数日の大雪により、あたりの景色は一変していた。
どれくらい雪が積もったのか心配しながら重い腰を上げる。
あまりの寒さに数日間は炬燵で生活していたが、今日は久しぶりにお天道様が顔をのぞかせたので外へ出てみることにした。羽織るものがないので、適当にはんてんを着てマフラーをして空へと飛び立った。
空から見る地は圧巻だった。どこもかしこも白、いや銀と言ったほうが適切かもしれない。太陽の光を受け雪は輝きを放っている。
ふと銀という言葉で律儀にも愛しい人が脳内に映し出される。今は何をしているだろうか。風邪は引いていないだろうか。彼女のことで頭がいっぱいになる。これが惚れた弱みというのだろうか、まったく笑ってしまう。
その時、一瞬青と赤が視界をかすめた。気になってその場所を見る。
確かここは野原のはず。しかも今は雪に覆われ普段の緑ではなく白色に変わっている。
そこにポツリと青と赤、先ほどとは違いはっきりと確認できた。一回地上に降りて様子を窺う。着地時にボスンと間抜けな音がした。
青と赤の物体に近づくにつれ次第にその形を認識できるようになった。
遠くからじゃ分からなかった……あれは咲夜だ。
先日編み終わったのか赤いマフラーをしている。それ以外はいつもと変わらぬ青いメイド服に身を包んでいた。
上に何も羽織らず寒くはないのだろうか、そう思い雪の上に横たわる彼女の顔を覗き込んだ。
その瞬間、背筋が凍った。
決して寒さのせいではない、本当に恐ろしかったから。そんな季節じゃないのに一筋の汗が頬をつたって雪原に落ちる。全身の血が引いていく。しかし、血の気が失せても、目の前の彼女よりもずっと生気に満ちている。
「…さく、や?」
問いかけても返事はない。顔は真っ青で生気がない――死んでいる。
私はとっさに咲夜に駆け寄り、胸に耳を近づけた。
しかし、私の最悪な予感とは裏腹に彼女の鼓動はトクン、トクンと一定のリズムを刻み生を証明していた。
私は安堵し、溜息と共にそのまま咲夜の胸にしなだれかかった。すると、胸の違和感に気づいたのか、咲夜は目を覚まし私の名を呼んだ。
「れいむ」私はたった3文字に安心を得る。呂律が回ってない寝ぼけた声は先程までの嫌悪感を全て浄化してくれるようだった。
とりあえず私は今泣きそうな顔をしているだろう。そんな顔を彼女に見せたくない。心配かけさせたくない。
だから、胸に顔をうずめたまま
「前言撤回、あんたに雪は似合わないわ」
それだけ言って咲夜の身体を強く強く抱きしめた。
「あら、残念ね」彼女は苦笑しながら私の頭を静かに撫でた。
しばらくの間沈黙が流れたが、私があることに気づいてしまったが為に終わりを迎えた。
咲夜のおでこに右手を乗せた。やっぱり…
「あっつぅ!あんた熱があるじゃない。こんな所で寝てたら悪化するわよ、ほら立って!」
私は立ち上がって咲夜の腕を引っ張った。しかしビクともしない。しかも、先刻よりも顔色が悪くなっている。
「…ごめんなさい。動けなくなって、ここに落ちてしまったのよ」
彼女は笑った。いや笑い事じゃない。
なぜそこまでして外へ出たのか、馬鹿としか言いようがない。咲夜は呆れかえっている私に言う。
「雪見てたらね、春雪異変のことを思い出したの。それで霊夢に会いたくなっちゃたのよ」
なにこの馬鹿だけど可愛い生物は。
とりあえず雪で濡れた咲夜を背負って紅魔館へと飛んだ。
――――――
私は雪が嫌いだ。あなたを連れて行ってしまうから。あなたを見えなくしてしまうから。
でもやっぱり雪が好き。あなたは雪だから。強く、美しい雪だから。
そういうことは書いてしまうと読者の心象が悪くなってしまいますよ。
あ、作品自体は好きです。
長音記号(ー)を並べて区切っていますがダッシュ(―)のほうがいいかと思います。
それと「台詞」の最後に句点は要らんですよ。敢えてならお節介で申し訳ないけども。
次も待ってるよ!
とても綺麗なお話でした