Coolier - 新生・東方創想話

石鹸知らずのお嬢ちゃん

2012/01/23 09:58:53
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 博麗神社からほど近い場所に建てられた温泉施設。
 今や幻想郷でも有数の観光名所となったこの場所に、比那名居天子はやって来た。
 目的は一つ。先だって永江衣玖が恍惚の表情で語っていた、その温泉とやらが如何に素晴らしいものなのかを自ら確認するため。

 ここに来る前に、ある程度のことは衣玖から聞いていた。
 その通りにまず番台に入湯料を支払い、脱衣所に向かう。何かにつけ贅沢三昧な天界と違い、下界の者は皆同じ部屋で服を脱いで温泉へ入るのです、と言われていたので個室で脱衣できないことに多少の嫌悪感を感じつつも温泉のためとぐっと堪えて大衆とともに服を脱いだ。

 期待に胸を踊らせて、露天へと繋がる扉を開いた天子の眼前に広がったのは、もうもうと湯気を上げる大浴場。





 永江衣玖は後日、同僚の竜宮の使いに対し以下の様に語ったという。

「……ええ。すっかり言い忘れてましたよ。 脱衣所までのことしか頭にありませんでしたから。でもね、毎度毎度あのドラ娘の不始末を私の責任にされても困るんですよ。別にそれ、私の業務の範囲じゃないですから。と言うかそこまで言うならその分の手当て寄越せとか言いたくなるんですけどね。……ええ、まあ別に被害が無かったなら良かったじゃないですか。たまには痛い目にでも逢えばいい気もしますけど。あ、わかってるでしょうけど口外無用ですからね」






「おおー、これが温泉ね!」

 天子が湯船に足を差し出した瞬間、浴場に大きな声が響いた。

「待たんかぁ!!!」
「あん?」

 突然の怒声に対し天子が声の方を見ると、憤怒の形相で肩を震わせるレミリア・スカーレットがいた。
 その隣には十六夜咲夜が無表情で侍っている。

「貴様、自分が今何をしようとしたかわかっているのか?」
「はあ? 何って、温泉に入ろうとしただけじゃない」

 入浴を邪魔されいきなり怒鳴られ、当然ながら天子も不機嫌になる。
 レミリアは湯船の中をじゃぶじゃぶと歩きながら天子の前までやってきた。

「そう、入浴しようとしたな。だが湯船に入る前に体を洗わないとはどういう了見だ。いかな天人といえども公衆の場ではマナーを守らんか!」
「は? 言ってる意味がよくわかんないんだけど。何よ体洗うって」

 天界には入浴という習慣は無い。そもそも身体が汚れることのない天人にとっては必要の無いことだからだ。
 天子もそれは例外でなく、地上にいたとはいえそんなことは既に忘却の彼方である。
 そんな彼女が入浴時のマナーなど知るはずはなく、それどころか身体を洗うための石鹸すら見たこともない。
 衣玖もそのことを伝えるのをすっかり忘れてしまっていた故のトラブルである。

「知らないわよそんなの、衣玖もそんなこと言ってなかったし。それにどこにもそんなこと書いてないじゃない」
「ふん、天人はマナーの一つも知らないときたか。じゃあ今から体を洗うことだな。そうでない限りは入浴を認めん」

 もちろん素直にはいわかりましたなどと言う天子ではなく、レミリアに食ってかかる。

「なんで貴方にそんなこと決められなきゃいけないわけ? だいたい私の身体は汚れなんてつかないから別にいいじゃない」
「仮にそうだとしても、他人がそれで不快になるかもしれんだろう。例外は認められん!」
「あーもううっさい! とにかく入る!」
「させるかぁ!」

 天子が強行入浴しようとしたところを、レミリアは電光石火のスピードで風呂から飛び出して体当たりで食い止めた。

「きゃあ!」

 天子は悲鳴をあげてもんどり打って倒れる。
 一見するとレミリアはそれを悠々と見下しているが、実は衝突した際に天子の身体のあまりの硬さで肩が外れていた。今は痩せ我慢している。
 余談になるがもちろん二人とも全裸である。

「……やってくれたわね……」
「ふん、私がここにいる以上は体を洗わない限り入浴させんぞ」

 睨み合う両者。他の利用者たちはそんな二人を邪魔としか感じていなかった。

 とは言え既に一触即発の危機、高まる緊張感。

「こうなったら実力で排除させてもらうわ」
「やれるもんならやってみな」

 いよいよ闘いの火蓋が切って落とされようとしたその瞬間。

「そこまでですわ、お二人とも」

 何時の間にか間に割り込んだのは、ここまで沈黙を守っていた十六夜咲夜。
 両手に持った銀のナイフは二人の喉元に突きつけられている。
 ここでまた余談になるが、三人とも全裸である。

「くっ、邪魔しないでちょうだい」
「咲夜、一体どういうつもり?」
「申し訳ないのですが、騒ぎの度がいささか過ぎておりますわ。他の方々にこれ以上ご迷惑をおかけするわけにいきませんので」
「…………」
「…………」

 睨み合いながらしばらくの沈黙ののち、急に天子が浴槽へと歩き出した。

「興が冷めたわ。もう入る」
「あ、こら天人!」

 しかし、歩を進めた天子の目の前に突然咲夜が現れた。

「ふぇっ!?」
「天子さん、ここはお通しするわけにいきません。お嬢様の意思通り、素直に体を洗ってくださいませ」
「そうだ天人、大人しく言うことを聞いていろ」
「お嬢様は少しお静かになさっていてください」

 そう言うと、今まで天子の前にいた咲夜は今度は突然レミリアの背後に回り、外れていた彼女の肩を無理矢理入れ直した。
 そのときのボキッという音は天子の耳にも確かに届いた。

「ぎゃああああああ!!!」

 心の準備もしていないところにいきなり肩をはめられ、激痛に耐えきれずレミリアは悲鳴を上げる。
 そしてまた天子の前に姿を現した。
 一部始終を見ていた天子は、一連の行動を表情も変えず淡々とやってのけた咲夜に対し得体の知れない空恐ろしさを感じていた。
相手は本来自分よりも遥かに力の劣る人間であるというのに、下手なことをすれば何をされるかわからない、そんな印象を持ってしまっていた。

「天子さん?」
「は、はいっ、なんでしょう!?」
「お体、洗ってくれますね?」
「え、えと……」

 いつもの天子なら意地を張り通そうとしただろう。しかし今だにうずくまって肩を押さえながらうーうー言っているレミリアを見ると、この場は素直にならざるを得なかった。

「はい?」
「え、えーっと、私、温泉というかお風呂も入るの初めてで、体洗うとかわからなくて、だから、えーっと、その……」
「ああ、なるほど。わかりましたわ。ではこちらへどうぞ」

 そう言うと咲夜は天子の手を引いて洗い場へと向かった。

「ちょ、ちょっと……」
「まあまあ遠慮なさらずに。ほら、ここへお座りください」

 咲夜に促されるまま天子は腰掛けへと座った。
 その少し後ろに咲夜も腰を落とす。

「えっと、まさか……」
「はい。今日は実際に私が洗ってあげながら体の洗い方を教えて差し上げますわ」

 他人に自分の体を触られるのがあまりに恥ずかしくてできれば逃げ出したかった天子だが、さっきからずっと笑顔で接してくれている咲夜のことを無碍にもできなかった。
 それに、何故かはよくわからないが彼女に何らかのシンパシーも抱いていた。
 二人の映った目の前の鏡を見ていると余計にそれは強くなった。

「お手柔らかにお願いします……」
「ふふっ、では。まず体を洗うときにはこの石鹸を使いますのよ」

 咲夜はそう言って天子に石鹸を見せた。

「これが石鹸?」
「はい。これと、ここに備え付けのヘチマで洗います」
「いい香り……薔薇かしら?」
「お気付きになられたのですね。ここにある石鹸はちょっと肌への刺激が強すぎるので、紅魔館から自家製のものを持参して使っていますわ」
「へえ、石鹸って自分で作れるんだ」
「まあ材料を混ぜるだけですもの。よろしければ今度差し上げますけど?」
「ん、でもうちお風呂無いし」
「またここにいらしたときにお使いになればよろしいですわ」
「あ、そっか。じゃあ一ついただくわ」
「はい。では近いうちに紅魔館までいらしてください」

 咲夜はこうして会話しながら泡立てていたヘチマを、天子の首筋へと当てがった。

「んっ……」
「どうでしょう?」
「よくわかんない。でもちょっとくすぐったいかも」
「ふふふ、では失礼して」

 咲夜に右腕を持ち上げられたかと思うと、天子の腋に泡まみれのヘチマが滑り込んできた。

「ひゃっ! それ本当にくすぐったい! ストップ、もう大丈夫、あとは自分でできるから!」
「何をおっしゃりますの、まだまだほんのちょっとしか洗えてませんよ。ほらこっちも」
「いや待ってほんとダメだからいやちょっとえ嘘前は自分でってひゃあああああ!!……」


 大浴場に乙女の悲鳴がこだまする。



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 数分後、全身泡だらけになって息も絶え絶えな天子と、それを嬉しそうに眺める咲夜がそこにいた。

「これで終わりと」
「……やっと……終わった……」
「では泡を流しますわね」

 咲夜はシャワーで泡を流し洗うと、あることに気がついた。

「あら?」
「どうしたの?」
「水が……」

 今しがたシャワーのお湯を浴びたばかりというのに、天子の肌には既に水滴一つついていない。

「ああ、天人の体は水とか汚れとがつかないから。さっきもそう言ったけど」
「それでも実際目にすると感心させられますわね」
「だから必要無いって言ったのに」
「まあまあ。マナーとは他人に不快な思いをさせないためにあるものですから」
「うーん、そんなものなのね」
「ええ。ではお待ちかねのお風呂に入りましょう」
「あー、すっかり忘れてた……。よし、それじゃあ本懐を遂げるわよ!」












「ふぃーっ、これは極楽だわ」

 生まれて初めての温泉を天子はものの数分ですっかり気に入っていた。
 体の芯まで温まる心地よさに、身も心もほぐれるよう。

「天界に住んでるくせに温泉入って極楽とか言うな」
「いやー、それくらいいいもんだわ。私の家にも作れないかしらこれ」

 ジト目のレミリアが入れたツッコミも意に介すことなく、お湯をバチャバチャと叩いて飛沫を飛ばして遊ぶ。

「そうは言っても一人で入る温泉は味気ないものですわ。こうやってみんなで入ればより楽しいものです」
「うー、私はこの天人と一緒でも別に楽しくないわ」
「ふん、それはこっちの台詞だわ。咲夜がいてくれたら別にいいもん」
「聞き捨てならんな。咲夜は私のもんだぞ」
「はっ、いつまでも部下がついて来るとか思わないことね」
「なにおう!?」
「まあまあまあまあまあ、お二人ともそう言わずに一杯どうぞ」

 そうやって二人をなだめる咲夜の手元には、徳利と盃を乗せた盆が湯船に浮かんでいた。

「あら気が利くじゃない。じゃあ一杯いただくわ」
「まあ咲夜に免じてここは収めてあげる」

 二人とも咲夜から盃を受け取り、注がれた酒を喉に流し込んだ。

「ぷはぁー、こうして温泉で飲むお酒もいいものね」
「そうだろう。咲夜、もう一杯」
「あ、私も」
「はい、かしこまりました」

 こうしてしばし宴を愉しんだところで、天子がレミリアに問いかけた。

「そう言えばさ、吸血鬼」
「レミリアだ」
「じゃあレミリア、あんた吸血鬼のくせになんであんなにマナーとかにこだわってたわけ? 仮にも悪魔を名乗るくせにらしくないわよ」
「んあ、そ、それは……」

 その質問を聞いて急にうろたえるレミリアの代わりに咲夜が答える。

「それは妹様のためですわ」
「咲夜、それ以上は……」
「まあせっかくだし聞いていただいてもいいじゃないですか」
「うん、聞きたい聞きたい」
「ではご希望にお応えして。お嬢様には妹様がいらっしゃるのですが、つい最近までずっと屋敷からお出でになられたことがありませんでした。それでようやく少しずつ外に出られるようになったのですが、いささか世間をお知りでいらっしゃいませんのでまだ人の集まるような場所にはお連れすることができません。そこでお嬢様は妹様に世間のしきたりやマナーを身につけていただきたいとお考えになられて、そのためにはまずご自身が範をお示しになるとお誓いなさったのですわ」
「なるほど妹のためだったのね。あんたも見かけによらず優しいとこあるじゃない。ちょっと見直したわ」
「うー……」

 天子に茶化されて、レミリアは恥ずかしそうに口元を湯船に沈めてゴボゴボと息を吐き出した。

「あのさ、咲夜」
「はい?」

 今度は咲夜の方を向いて口を開く天子。その顔にはどことなく照れが見て取れる。

「ちょっと聞きたいんだけどさ、どうしてその……私に優しくしてくれたの?」
「お体を洗わせてもらったことですか?」
「うん。それとか、今もこうして」

 うーん、と咲夜は口に人差し指をあててしばらく考えて、やがて天子に笑顔を向けながら答えた。

「それはきっと、天子さんがお嬢様によく似ておいでだからですわ」
「はぁ? どういうこと?」
「咲夜、それ聞き捨てならないわね」

 天子はもちろん、レミリアも同時に信じられないといった反応を返した。
 だが咲夜は一切それを気にしないそぶりで話を続ける。

「だって我儘で、高慢で、自信家で、それでいて世間知らずなんですもの。本当によく似ているものですからつい放っておけなくなるのも無理はありませんわ」

 咲夜の言葉に天子はいよいよ恥ずかしげに頭を掻く。
 まさかレミリアと似ているなどと言われようとは思ってもみなかったのだが、不思議と素直に聞けたのは咲夜に言われたからだろうか。

「あー、そういうことね。ちょっと改めようかしら」
「まあ猫被っても長続きしませんし、私はそのままでよろしいかと思いますけど」
「そっか、じゃあそうしよう」
「ねえ咲夜、なんか随分とその天人に優しいじゃない」
「あらそうですか? でも私の一番はお嬢様ですわ。どうかご心配なさらず。ではそろそろ上がりましょうか」
「うん」
「はーい」







 脱衣所にてバスタオルを体に巻いた咲夜がレミリアの体を吹いている横で、もう服を着直した天子はあちこち物珍しげに見ている。

「何かしらこれ……うわっ、熱い風が出てきた!」
「それは濡れた髪を乾かす機械ですわ」
「ふうん、私には必要のないものね。あ、なんかいろいろ売ってる。そうだ、貴方たちも何か飲まない? 私の奢りでいいわ」
「では私は牛乳をいただきますわ」
「私も牛乳だ」
「じゃあ、牛乳三本ちょうだい!」


おわり
咲夜さんマジ瀟洒

お読みいただきありがとうございました。
全裸もいいですが、水着で入るお風呂もいいですよね。

1/23 17:43 なぜか改行の一字開けができないですが早めに修正します。
1/23 20:56 修正完了しました。
GH3
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コメント



0.1740簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
洗濯用石鹸の方のものです。

レミリアは出てくるかと思ったけど天子も出てきて満足。
でも衣玖さんが一番可愛かったです。
2.100名前が無い程度の能力削除
天人の肌は汚れに強いキチン質……………………いや、ないない…ない
5.90名前が無い程度の能力削除
石鹸万能~
6.90奇声を発する程度の能力削除
バタバタした感じが面白かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
そうか、この三人はまな板同盟……(ZAP
この手の題材で、天子が天人としてちゃんと書かれているのは頑張ったなぁと思います。
天子ちゃん大体愛してる。
11.100名前が無い程度の能力削除
衣玖さんマジ苦労人
ほのぼのしてて良かったです
13.100名前が無い程度の能力削除
天子もレミリアもそれらしくていいなぁ
あと咲夜さんマジ瀟洒
15.100名前が正体不明である程度の能力削除
紅魔館って傾いてるよね。
あれ…貧に。
16.90過剰削除
すげぇ、あのお題からこのスピードでこれだけのものが書けるとは……

レミ天とかいいセンスだ
18.80名前が無い程度の能力削除
このSSには挿し絵が必要だ
19.100名前が無い程度の能力削除
出来ておるのう…
21.100名前が無い程度の能力削除
可愛いわあ。