どうやら、私は夢を見ているらしい。
現実には起こりえない、不安、願望、抑圧された様々な想いが織り成す一夜の幻。
夢見る本人にも知りえない無意識で構成される、眠りの世界の楽園、の更に一部。
「……珍しいわね」
自覚した後で、ぽつりと呟く。
普段は見る夢すら覚えてない自分だからこそ、軽い驚きを含んで。
そう。『夢』を感じるのは、ほとんど初めてだったから。
私は心地良い温さを全身で感じながら、感じ入る様に目を閉じる。
普段意識しないからこそ、夢についての知識は少ない。
ただ、同じ夢をもう一度見る機会は無い、と聞いた事はある。どんなに似通っていても、それはすでに別の夢でしかなく、一期一会なランダムカード。
引くのは自分だが、引いたカードは本人にも分からない。
どことなくギャンブルを連想した、そんな眠りの時間だけ開催される一幕。
それが私の感じる『夢』の印象。
そう。たった一夜の夢から目覚めれば、待つのは変わらぬ平穏な日常。
しゃぼん玉みたいに綺麗で脆い、そんなパチンと今にも壊れてしまいそうな『世界』に、私は今いるのだ。
確か、夢を夢と認識する『明晰夢』と呼ばれる類。それを自分は今見ているのだと、噛み締める様に納得して。
やはり、珍しいと微笑う。
開いた瞳は眩しさを覚え、白い天井を物珍しく見上げる。
夢の世界の見知らぬ部屋。
もし目覚めてもこれを覚えていれば、何かの記事にできるだろうか? なんて楽しくなりながら。
ああ、夢の意味、なんてものを調べて載せれば、結構好評になるかもしれない。
私自身は今まで興味を持てなかったが、普段から夢を見る人妖なら『無意識が見せる夢の実態』なんて記事に興味を惹かれるかもしれない。
うん。
素晴らしい案に、夢についての好奇心を押し殺せなくなる。
「―――ああ、ようやく気づいたの」
と。
唐突に変化は起こる。
「お?」
前触れなく突然すぎではあるが、夢ならばそんな展開も普通なのかもしれない。
何しろ際限の無い自由の国だ。
すっかり面白くなって、夢の世界の住人、だろう。私の無意識の形の『誰か』の声に、微かに興奮しながら振り返る。
「文」
「……え?」
瞬間。
目を見開く。
馴れ馴れしくも私の名を呼ぶ、その姿。
部屋の中央。
洒落た椅子の上に乗って、同じ視点を共有しながら、私を強い瞳で見つめるその少女の姿、は。
「……あれ?」
見間違いかとマジマジ見るが、その姿はぼけも霞もせずに、そこにちゃんとある。
「……あやや?」
それは、どこかで見た事がある既視感すら覚えない。かなり見知った姿。
少女の容姿は、数秒の時間すら省略して即答できるぐらい、見知りすぎている人物だった。
見間違える訳がない。
烏の濡れ羽を連想させる黒々とした髪、目鼻立ちの整った顔立ちとふっくら柔らかそうな頬。目は大きく、意思の強さを感じさせるキラキラした瞳の強さ。
衣服は、特に特徴的な赤く大きなリボンと紅白の巫女服…………って。
「なんだ悪夢か」
「……あ゛?」
ため息交じりに、素直な落胆の声が口から漏れた。
途端、目の前の少女がガラ悪く顔を歪めたが、夢の世界の彼女である。怒らせても問題ないので無視する。
さっきまでのドキドキわくわく感はぷしゅんと萎んで、がっかり感が全身に広がっていく。
「……はぁ」
目の前であえてため息をついて、やる気なく少女、いや、幼女を見る。
現実の世界ではそれなりにおべっかもするが、ここは私の『夢』である。
夢の中でまで彼女に、それも何故か小さな姿に、遠慮する気はささやかにも起きず、すっかりつまらなくなって前髪をかきあげた。
「……まさか悪夢の類とはぬかりました……せっかくの明晰夢で最初の出会いが『コレ』とか……疲れていたのかしら?」
「ちょっと、随分な言い草ね……?」
「……しかもガキ。何故にガキ。チルノさん並に手足短く喚く声だけがでかいガキ。……ああ駄目だわ、夢に潤いを感じられない。……忙しさにかまけて実生活に潤いが無かったかしら?」
だとしたら、ちょっとショックだ。
このまま枯れていくのは遠慮したいので、早めに潤いを探そうと、夢の住人仮名『R』を無視して、さっさと唯一の出入り口らしい、木製の洒落たドアを目指す。
考えてみれば、夢の中を意識して歩くなんて初めての試みだ。
足音は固く、床が今までに無い音を立てるのを興味深く感じ入りながら、椅子に乗った少女『R』の隣を通り過ぎる。
「……ちょっと文?」
「はいはい、お穣ちゃんはすみやかにお家に帰りましょうね。あんまり遅くまで遊んでると天狗に浚われますよ」
「……こ、この」
通り際に頭をぽんっ、と撫でてやると、少女の顔が、カアアァッ! と照れではなく怒りで真っ赤になっていた。
あ、そういう所はやっぱり現実の彼女っぽいなーと感想を持ちつつ、ドアの前に立った。
さて、夢の世界でも扉は扉なのだろうか?
何か仕掛けでもないかとワクワクしながらノブに手をかけて、軽く回転して開こうとする。
――――と。
強烈な、かなり見に覚えのありまくるプレッシャーに動きが止まる。
あれ?
なんで?
「こ」
「……え゛?」
「コ・レ・は現実だこのバカラスー!!」
ガツンッ!!
「いっ?!」
目の前が一瞬、真っ白になった。
本能的にかつ反射的に、避けたらもっと酷い事になる! と学習された機能が働くみたいに、ギクリと反射で身体が止まったのが敗因。
私は無様に、弾幕ごっこでいう所の、ぴちゅーん、をしていた。
「……~ッ!?」
そう。
彼女に後ろから飛びつかれ、首に乗られた途端、その反動と自身の軽い体重を利用して腰を捻り、そのまま後頭部を床に叩きつけたのだ。
そのすぐ後で、彼女はストンと身軽に床に着地してふんっ、と鼻を鳴らした。
簡単に説明しているが、やられた私はかなり痛い。後頭部がズキンズキンと熱を持っている。
……身体が柔らかかったせいで、見事におもいきりぶつけてしまった。
目に涙が滲んでいく。
「い、たぁ……ッ!?」
「ふん、目は覚めた?」
そして、頭を押さえながら無様に床に倒れ付した私が見上げたのは。
怒り心頭、腰に手をあててギロッと鬼の形相でこちらを見下ろす、やっぱり幼女な夢の住人『R』こと。
何故か、夢の世界のご都合主義か何かの力で具現された、小さくなった博麗霊夢の姿。
……うん。
改めて確信した。
涙目で見上げる。
やっぱ、これ夢だと。
やられっぱなしで悔しかったので、スカートをちょろっとめくって中を見ようとしたら、顔に踵落としされた。
痛かったが、軽かった。
夢の中でも、私に無視させきってくれない。彼女の姿だった。
◇
さて。と改めて。
夢って痛みも感じるものだっけ? とささやかな疑問はあるけれど置いておいて。
私がこの珍しい『夢』の世界を探索するには、このミニ霊夢さんが非常に邪魔な存在である事は流石に理解した。
さながら夢の門番という奴か?
自分自身の無意識を自分にすら見せない、そんな力だろうかと、彼女をマジマジと見る。
「……何よ?」
いぶかしげな顔で胡散臭げに見返された。
現実と一緒で可愛げが何も無かった。
むしろ小さくなった分生意気な顔がこれでもかと際立った。
……ッ、おぉい私。
何故に我が夢世界の門番がコレなんですか?!
もっとこう、色っぽい存在にしなさいよ! どんだけ実生活から潤いが消えていたのよ! もっと頑張ってよ!
歯軋りしながら溢れんばかりの無念さと不満を自分に突っ込むという意味無い事をしつつ、ぺちぺちミニ霊夢さんに頭を叩く。
うわ頭もちっさ。
でも髪さらさら。
質感までこれとは、本当にリアルな夢だなぁ。
「ちょっと?」
無礼な行為に怒ったのか、彼女は私の襟を掴んで「ふんぎー!」って投げようとして無理で、悔しげに今度は必死に引きずろうとして更に失敗した。
とても非力だった。
もし普段の大きさなら成功して、私に多大な屈辱を与えてくれただろうに。
「んー」
だが、やはりちみっこくても霊夢さんは霊夢さん。
恐ろしい事に彼女、私の夢の中ですら博麗の巫女じみた強さとか持っていて、夢の中ですら、本気では逆らえそうにない。
そんな自分に、軽く欝だった。
さっき素で転ばされたし。
まだ頭痛いし。
つまりこの世界でこう、という事は。
現実の彼女に対しても無意識に服従しているみたいで、かなり不本意だった。
「…………こほん」
だが。それでも、である。
色々な不満を今は横においておくとして。今、私がしたい事は別にあるのだ。
そう、夢の時間は短いのだ。
こうしている間にも、色々と探索して夢のあれこれを記憶して次の記事にまわしたい、という欲求は本物だ。
よって、この霊夢さんに足止めされている時間的余裕は本来無いのだ。
っていうか無駄だ。
無意味だ。
うん。力いっぱい逃げよう!
「では霊夢さん、とりあえず私はそろそろおいとま」
「い・い・か・ら! 大人しくしてろバカラスがッ!」
「はいすいません?!」
キれた声で怒鳴られた。
ビクッとして正座してしまった。
ついでにガンッと正座した膝まで蹴られた。
痛い。
そして腹立つ。
でも何より情けない。
「…むぅ」
っていうかバカラスって……
正直、烏天狗に対して無礼すぎであるが、まあ夢の中だし霊夢さんだし大きな心で流してやろう。
決して逆らう事に何らかの抵抗感があるとか、そういうものでは無い。きっと無い。
やはり夢の中といえど博麗の巫女には敬意を示しとくかと、天狗の持つ大らかな心なればこそできる懐広い選択の一つなのだ。
なので、イラッとするが我慢する。
というか、いまだ後頭部も新たに膝もズキズキ痛むが、怖いから我慢、じゃなくて許してあげるのだ。
でもどんだけ手加減無く蹴ったんだこのガキ。っていうかさっきも顔を踏んだ時、鼻先をぐりぐり踏むという悪辣ぶりだった。
そこも、やはり私が持つ霊夢さんのイメージのせいなのだろう。
忌むべきは自身の心である。
そして博麗の巫女の普段の言動のせいである。
……あの鬼巫女めっ……ッ!
「何?」
「いえいえ、何もありませんよくそガキ」
「……」
笑顔で不満をちょっと込めたら、霊夢さんは『あんだけ痛めつけたのにまだ憎まれ口たたくの?』と言わんばかりの呆れた顔ででこピンしてきた。
だが痛い。ビシィッ! って音した。
その小さな指でどんな威力出すんだこのガキ!? マジで痛い。いた……い、って、ん?
痛い?
「……はて?」
夢の中って、そもそも痛みとか感じるものだっけ?
先ほども微かに浮かんだ問いが、そろそろ無視できなくて、もやりとした居心地悪さを覚える。
曖昧な記憶で自信はないが、夢の世界で『痛み』は感じなかった、気がする。
だが。今は痛い。
主に踏まれたりでこピンされた顔とか頭とか足とかが。
「……?」
よく見れば、肘の先が擦れて血が出ていた。
転んだ時だろうとあたりをつけて、ぺろりと舐めながら、口に広がる自身の血の味と、傷口に舌が当たる擦れた微かな痛み。
「……」
そういう、ものなのだろうか?
それとも、これ込みで、この夢こそ『私の願望』の一断片なのだろうか?
痛みすら感じるリアルな夢?
それを私は望んでいるとでも?
だが、そんなものは、望んで手に入るものなのか? 見れるものなのか。
でも、例えば、無意識的被虐思考によって、少女に嬲られたいとかそういう欲求が――――――ねえよ。
「…………」
びっくりするぐらいない。
そんな変態的欲求は欠片も存在しないッ!
無意識とか関係なくねぇよ! と断言できた。
ああもう、考える事すら馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「……ふっ、阿呆らしい」
まあ? 夢には痛みすら感じるモノもあるのだろう。
きっと。自分が知らないだけで。
大体、本当に夢じゃなければ、こんなガキに蹴られたり踏まれたり転んだだけで、こんな傷ができる訳ないのだ。人間じゃあるまいし天狗の皮膚を甘く見るな。
「……ふぅ」
軽く息を吐き、首を振る。
とことんおかしな夢だなと、結論し、思考に終止符を打つ。
そして、こちらをジッと見つめている視線をそろそろ無視できず、前髪をかき上げながら少女と目を合わせた。
背中には固く冷たい、出入り口らしいドアがあるが、今この状態で無視して通ろうとしても、先程の繰り返しだと、苦々しくも理解していた。
ミニ霊夢さんは、ようやく私が大人しく話を聞ける塩梅になった様だと、小生意気なまっすぐな瞳を向けて口を開く。
「文、話があるんだけれど」
「ええ、聞きましょう」
今度は大人しく聞き入れる姿勢をとる。
ミニ霊夢さんは、それに少し安堵した様な顔をして、まるで本物みたいな態度で、ちっちゃな口を動かす。
その姿を見ていると、むずむずとからかいたくなる私。
つい。
気づけばポーズだけのため息をついて、くいっと肩をすくめつつ首を振っていた。
「では、何ですかミニチュア霊夢さん?」
「ええ、実は……ってミニチュアはいらないでしょう?!」
「はいはい、何ですか霊夢ちゃん」
「ッ。な、何か、今日はやけに突っかかるわね?!」
「そりゃあ夢ですから♪」
「だーかーらー! これは夢じゃないのよ! 現実!」
「はいはい」
「聞けよ人の話!」
むきー! っと喚くミニ霊夢さんをあしらう。
どうしよう、楽しい。
ミニ霊夢さんをからかうのが癖になりそうである。
でも、こういうのも楽しいがやっぱり探索したいので、こほんと咳払いをして、あしらうのをサッと切り上げる。
「それで、話とは?」
「あんたねぇ…ッ。だ、だから。ここから抜け出る為に協力しあいましょう、って提案しているのよ!」
「は?」
予想外すぎて、ちょっと思考が止まった。
……流石、夢の中だろうと霊夢さん。面白い事を言う。
「提案?」
「そうよ」
「協力を申し込むのにあの態度ですか? もっと愛らしく下手にでないと無理でしょう」
「おまっ?! それはあんたの態度のせいでしょう?!」
再度爆発して地団太を踏み出したミニ霊夢さんを見て。だがその瞳の必死さに、ますます目を丸くする。
夢の中とはいえありえない。
いや、それとも夢の中だからこそか?
あの霊夢さんが、天狗である私に協力要請? 異変でもないのに? 自分の力じゃどうしようもないから、と?
…………。
ふむ。
と、暫し思考して。
そして一瞬で結論。
「珍しい夢を見てますねぇ私」
「…ッ! あんたいい加減にしなさいよ?!」
呟きは本心から。そして一拍の間の後に、霊夢さんがブチッと切れた音が聞こえた。
怒鳴る霊夢さんが飛び掛ってきたが、額を押さえて首をぐきっとさせる。
私の知っている霊夢さんとの違いを発見したので、反撃を覚えた私。
見事に、霊夢さんが痛みに悔しそうな涙目になっていた。
いやしかし、正直、マジで驚いているのである。
「まあまあ、落ち着きましょう」
「……ッ、あ、あんた、ここから出たら絶対に退治する……!」
「おお怖い怖い。……ですが、これは霊夢さんも悪いんですよ」
「……え?」
一瞬、珍しく本心が零れ出そうになって。おっと、と修正。
「まったく! 夢だからといって何故に霊夢さんのミニチュア? 私の心がこれ以上クラッシュする前に消えて欲しいぐらいです。これでもっと手足の長い美女やその他の胸がふくよかなヒロインキャラであったならば、私は喜んでこのシチュを受け入れたというのに!」
「……………ねぇ? もう一度、目を覚まさせてあげましょうか?」
僅かな沈黙の後、発した声は幽鬼じみて、だがどこか優しげだった。
あ、やばい。
物騒な笑顔をしだすミニ霊夢さんに、やれやれと肩をすくめる。
夢でもやっぱ怖すぎだ。
急いで降参のポーズで両手をあげた。
うん。もしこれが現実だったら、ちょっと真剣に死を覚悟しただろう。
マジ怖い。
夢の中なんだし、もうちょっと良い目をみせてくれてもいいだろうに。これである。
夢が儚い理由を、別の意味で実感した気分だ。
前髪をかき上げて、思考を切り替え、このままでは埒があかないと結論。しょうがなく、ミニ霊夢さんをそこそこ真面目に見る。
「それで? ニセ霊夢さん、私にどう協力しろとおっしゃるんです?」
「……ッ、い、いいわ。問答はあとよ」
「そもさん?」
「………うがー!!」
我慢の足りないお子様だった。
殴られた。
痛い。
そして、今のミニ霊夢さんの一撃はそれなりに重かった。
腰の深みと踏み込み、そして捻り上げる様な拳の一撃は見事。
うむ。やはり夢の中だし現実とは違うが、やはり霊夢さんは霊夢さん。やっぱり逆らうのは遠慮しようと。
どこかで逆転チャンスがあるかもしれない。なんて、しつこくからかいながら色々と狙っていたのだが。
口の中を、たっぷり鉄の味にしながら、やっぱり無理っぽいなぁと思った。
何度もやれば、一度ぐらい、勝てるかもと思ったのに。
「………」
こほん。
再度仕切り直し。
ぜえぜえ、はあはあと。
私の頬をしっかり殴った後、追撃で蹴りまでしてきた彼女は、肩で息をしながら、きりりっと眉を吊り上げながら、唐突に紙を見せてきた。
白い紙を受け取り、そこに書かれた一番上の『ルール』という文字に目を丸くする。
「……ん? 何ですかこれ」
「この、世界、から、抜け出る、為の、ふざけた、ルールよ……!」
「ほう? どれどれ」
興味を惹かれ、指先でつまんで目前にかざす。
口の端から溢れてきた血をハンカチで拭いながら、目を走らせていく。
なになに?
『とっても簡単な本格新婚さんごっこ遊びの説明書。
注意。一度開始したら最後までやめられません! 半端な気持ちはいけません。遊びにも全力で!
ルール。新婚さんはラブラブです。
喧嘩も愛を深めるスパイスになるでしょうが、あまりやりすぎての流血沙汰なんてご法度です! 離婚の危機はゲームオーバーです。
仲良くいちゃいちゃしましょう!
ハートが消えたらゲームオーバー。相手のことを思いやって!
ハートがたくさんならゲームクリア。相手と仲良くしましょう!
そして、新婚さんは新婚さんなので新婚さんをしましょう。あまり相方を放って自分の時間を持ちすぎるのもアウトです。二人ともブブーです。
新婚さんが新婚さんじゃなくなればゲーム終了です。新婚さんごっこはクリアです。また遊んでね♪』
……。
…………。
……………………。
「どうしよう私の無意識が病気だー!?」
何これ?!
新婚さんごっこ?!
私そんな願望ないわよ?!
「だから夢じゃないって……ああもういいや夢で。……そうよね、考えてみたら……こんなの素だとやりにくいし、その方が……」
まさか、こんな……?!
こ、こここれはこいしさんの罠とか、そういうのですか!? 前にちゃんとお姉さんの隠し撮り写真セットで売ってあげたのに!
成る程! だからここまでへんてこな夢なのか……!
つまり、これは私の夢ではあるが、何者かの干渉を受けている夢。
よって、私の夢であって違う!
結果的に、この夢を見ている私は潔白!
よし!
「さあミニ霊夢さん! 早く目覚めましょう!」
「だからさっきから提案してんでしょうが?!」
「ええい訴える根性が足りません! こんな事情ならもっと強く攻め込みなさい! 霊夢さんのせいで今までのやり取り全て無駄だったじゃないですか! やはり私の夢の中の霊夢さんなだけあってだらだらする事だけ天才的です!」
「……お前、戻ったら本当に覚えておきなさいよ?」
もわっと上がるミニ霊夢さんの圧力なんぞ無視して、舌打ちしながら思考する。
なんて夢だ。
よりによって新婚?!
ここから目覚める為に必要なのが新婚っぽい事?!
このガキと?!
「…………………ッ!」
「ちょっと……? 一応聞くけれど、何よその今にも泣き出しそうな悲哀で彩られた表情は?」
「…………………どうせ、なら、もっとこう、やってて楽しいラインナップっていうかキャラ選択があるでしょうって、ひしひしと世の不条理さを痛感していました」
「……あんたが、私をどんな目で見ているのかよぉく分かったわ」
ぴきぴき、血管が浮き出ているが、こちらの絶望の激しさを知らない彼女には失笑しか出てこない。
等身大の鏡を見ろといいたい。
絶望して当然である。
「……でも、まあ、じゃあ、とりあえず不本意ですが抱きしめます」
「ぶつわよ!? やる気なくため息つきながら渋々手を伸ばす奴に飛びつく趣味もないわよ!」
「いいから、ほれほれ。おいでおいで」
「棒読みでやる気なく誘ってんじゃないわよ!?」
怒鳴られた。
しかし、とりあえずは目覚めの為である。
こんな展開の場合、条件を満たせないと目覚められない仕様だと理解しているだろうに、これである。
背に腹は変えられぬと我慢して、ミニ霊夢さんを誘っているのに、物凄く反発された。
我侭である。気分を害してミニ霊夢さんを見る。
「いいじゃないですか。手伝えって、こういう事でしょう?」
「そうだったけどいくら何でもむかつくから嫌! 私だって渋々なのに、何で心から嫌そうな感じに誘われなくちゃいけないのよ?!」
「我侭ですねー」
むきーっと、その様はまるでチルノさんである。
顔を真っ赤にして、小さな拳でぶんぶんこちらへの不満をぶつける所は、やはり子供。
……ふむ。
面倒くさいが。
ここは早めの目覚めの為に、少しぐらい優しくするか。
……もし仮に、こいしさんとかその他が関わっていた場合、マジで条件達成するまで目覚めないとかありそうで怖いし。
……ゾッとする。
「ではミニ霊夢さん」
「な、なによ」
「『結婚ごっこ』ってありますし。どっちが旦那さんでどっちが奥さんか、まず決めますか♪」
微笑んで提案。
フフフ、子供ならば『役』さえはっきり決めれば、それに従うだろうとの計算である。
子供には子供のルールとプライドがある。
里に近い天狗。たまに顧客から子供の面倒を頼まれる程、人間を知る私ならではのアイディアである。
「…………はぁ?」
だが、ミニ霊夢さんは死ぬほど胡散臭い顔でこちらを睨んだ。
失礼なガキである。
明らかにお前何か企んでやがるだろ? って顔である。
人を信じられないとは心が貧しい。まさに霊夢さん!
暫し見詰め合うと。霊夢さんは溜息をついて「…そうね」と私の提案があながち間違ってもいないと思い返した様で、唇に指を当てる。
「……勿論、私が旦那役よね」
「了解しました。霊夢さんは奥さん役ですね」
「話を聞け!」
聞けるか。
こっちが下手に出てれば図に乗りおって。
「ちょっと文! それに関してはいくら何でも譲らないわよ?!」
「あやややや? 旦那様が職業無職とか駄目ですよ。やはりここは私が旦那役なのが適任です」
「それ聞いた意味がない…って無職じゃないわよ?! 巫女よ!」
「ハッ。不定期な収入で嫁を貰おうなんて甘ったれはどうかと思います。やはりここはちゃんと就職? していて一定の収入のある私が旦那様でしょう」
「ねえこれ『ごっこ』よね?! なんでそこまで設定をリアルにしなくちゃいけないのよ?!」
「ガキのお嫁さんとかイヤー」
「本音が出たなバカラスー!!」
ミニ霊夢さんの一撃に再度口の中が鉄の味である。
……ちぇー。
夢とはいえ、彼女は博麗の巫女。
そんな彼女に暴力でお返しとか、何故か今まで発想がなく、いざ仕返してみようかな? とちょろっと思ったが、どうにも無理っぽいので、甘んじて受け入れる。
「……と、とにかく。話を進めるわ」
「へいへい」
「この紙に書いてあった『ハート』って、多分あれの事だと思う」
「む?」
ようやく話が進展か? と。ちっちゃな指が指し示す先を見れば、そこには壁に不自然にかかったホワイトボード。
……気づかなかった。
そして、そこには赤いペンでハートが一つ。
黒いペンでカラス? の落書きが一つ。
「…………うわ下手な絵」
思わず関係ない場所を突っ込んでしまった。
「わ、悪かったわね」
そしたら意外な所から慌てた声。きょとんと見つめる。
「え? あれ、ミニ霊夢さんが書いたんですか?」
「あ、あんたがいつまでたっても起き…………なんとなくよ!」
「逆切れ?!」
怒鳴られて、ミニ霊夢さんの情緒の不安定さに呆れつつ、少しだけ面白くなる。
「しかし、落書きとは可愛いですね」
「う、うるさいわね! と、とにかくそこで気づいたんだけど!」
「はいはい」
「赤いペンは無いの」
「んむ?」
ミニ霊夢さんの少し真剣な瞳と台詞。
一秒かからずに意味が通じて、ほぅ、っと息がもれる。
黒いペンしか無いのに、赤いハートマーク、という事は。
「自動筆記?」
「多分ね」
「へぇ、そういう設定。……これまた、本格的ですね」
口にしながら、ふわふわと上がってくる高揚感。
顔が緩まない様に調整しながら、ミニ霊夢さんと目を合わせる。
「……あんた、明らかに声がわくわくしてきたわよ」
「おっと? まあいいや。ええ、楽しいですよ! いやぁ相棒には不満ですがこういう展開は大歓迎です!」
「本人を前によく言うわよね……」
こういう夢ならば、いいだろう。
許そう。
認めよう。
そして、実行しよう。
流石は自分の夢である。
こういうノリは、大好きである。
つまり、ミニ霊夢さんと何らかの新婚っぷりを発揮すれば、ハートが増え、何か失敗すればハートは無慈悲に減る。
ハートが全て減ればゲームオーバー。
それが目覚めか? はたまた永遠の眠りか?
うん、コレぐらいなくては楽しめない。
結果が見えない。
本当に夢なのか疑うぐらいの現実感。かすかに湧き上がる不安と恐怖。
スリルがある。
ああ、こうでなくては……!
「では、新婚しましょっか♪」
「……あんたって、ほんっとーにむかつく」
うきうき提案する私に、ミニ霊夢さんはため息混じりに、だけれど少しだけ笑って、そう言った。
ようやく、目覚めの一歩を踏めると、そんな前向きな笑顔だった。
◇
作戦会議中である。
ずばり。
「新婚といえば『ダーリン♪』とか『ハニー♪』とか呼び合ううざい男女や同性同士や、政略結婚で冷めた男女ぐらいしか見た事ないんですが、ミニ霊夢さんは何か新婚っぽいシチュ的な何かを知っていますか?」
「知らないわよ」
どうやって効率よくハートを増やすか。
どんな行動が新婚っぽいかという話し合いである。
「とりあえず、抱きしめあいますか」
「………………分かったわ」
「わぁ、そんなに嫌そうな顔で決断して貰えるとか背骨折るぞガキ」
「ほら、いいから抱きしめなさいよ『旦那』さん」
「…………」
本気でむかつく。
が、何とか我慢してよっと、しゃがみこんで抱きしめる。
……変な感じ。
サラッとした髪が頬を流れて、小さい体は暖かく柔らかい。食いついたら美味しそうだと、ちらっと思ったが、食欲は当然湧かなかった。
霊夢さんを抱きしめている、なんて、どうにも実感湧かなかった。
「……」
「……」
お互い、無言でホワイトボードを見る。
だが、何も変化は無かった。
「……むぅ。足りないんでしょうか」
「おかしいわね」
「じゃあ、手を握りましょう」
「……ランクダウンしてない?」
「まずは何でも試しましょう」
手と手を絡めて、ぎゅーってしながら向かいあってみる。
ちっさな手。
ちょっと力をいれれば握りつぶせそうだと、変にもやっとした。
徐々に、落ち着かない気持ちが湧いてくる。
なのに、
やっぱりホワイトボードのハートに変化は無かった。
これでも駄目なのかと、むぅ、っと眉間に皺がよる。
「…………ちゅー、とか?」
「…………くっ。背に腹は変えられないわね」
「…………じゃあ、ミニ霊夢さんどうぞ」
「わか……って何で私がするのよ?! あんたしなさいよ」
「やですよ! ガキにそんな事したら変態じゃないですか!」
「いいから! 『旦那』役を譲ってやるから! しろ!」
「ぐっ…!? なんて我侭」
睨むミニ霊夢さんに、だがそんな事したら、色々と終わる気がする。
必死に考えて、うーとか、がーとか、唸って、妥協案。
ちゅ、と。
絡めた手を持ち上げて、彼女の小さな指先に口付けた。
「ッ!?」
「…ぐ!?」
やられた方もやった方も、ダメージでかかった。
お互い、暫し心の疲労的な意味で停止し、同時に『これでどうだ?!』とばかりにホワイトボードを睨む。
ハートは一個のままだった。
「……………やめましょうか」
「……………そうね」
思いつきでの行動は、体力気力を減らしまくると学習。
これこそ新婚っぽい! というものが見つかるまで、身体を休めようとお互い言葉にせずとも通じ合った。
少しだけ、分かり合えた気がする。
「…………」
が、状況はいきなり行き詰まり気味であった。
お互い、新婚についての知識はないのである。
ハグもおてて繋ぎもちゅーも駄目となると、お手上げなのだ。
「……はぁ」
だって他人の惚気や幸せって記事以外で興味ないし。
こんな事なら、あいつらの惚気、もっと聞いてやれば良かった。
「……うーむ。いきなり新婚っぽいのが何か? という難題にぶち当たりましたか」
「……っていうか、文の知っている新婚が偏っているのよ。……私は、そういう『新婚』っていうのと関わった事すらないし」
「あぁ、友達いないんですね」
「っ」
本当、どうしようか。
改めて室内を見渡すと、今まで背景の一つとしてか捕らえていなかったキッチンが目に付く。
そういや、守矢神社で見せて貰った冷蔵庫というのもある。
「……ふむ」
どれどれ?
気になり、冷たい床から腰をあげて近づいてみる。
結構大きいなと、開けてみると、軽い感触の後広がった中の空間には、食材がぎっしり入っていた。
「おお」と思わず唸る。
これはまた。新婚らしく、手料理を振舞えという事か?
……うん! これは利用できる。
満足して。じゃあとりあえず鶏肉らしいものを捨てる作業から入る。
衛生的に、ゴミ箱も勿論あった。
「ってサラッとなに勿体無い事してるわけ?!」
「ミニ霊夢さん! 過程ですが、貴方が新婚ごっこの最中、鶏肉を食卓に出したらその時点で私たちの離婚は確定です!」
「離婚したらゲームオーバーなんだけど?!」
後ろからぎゃー!? っと悲鳴をあげる霊夢さんには悪いが、これは私にとっての死活問題である。
「私にも譲れない矜持があるんです!」
「ただの好き嫌いじゃない!?」
「黙れミニ巫女。じゃあ貴方は生きるか死ぬかかかっている状況で、しかしまだ余裕がある時期に人肉喰えるんですか?」
「……っ」
まったく。
友達いないだけあって、こちらの事情を頓着してくれない子供である。
………。
ま、まあ?
自分でも、身勝手の我侭の自覚あるので強く言ったのだけれど、少し居心地悪いと下駄先で床を蹴る。
思わず言い過ぎたかも、なんて思わなくは、ない事もない、かもしれない。
……でも、例え夢であろうと、これを食すのだけは嫌である。
ならば、とっとと捨て去って、初期の状態で選択肢から削除しときたいのだ。
言い草がちょっと意地悪だった気がしないでもないが。
どうせ夢だし。
霊夢さんだし、あんまり心も痛まないだろう。実際痛くも痒くもない。……うん、痛くも痒くも、まったくない。
「……私、友達いるから」
「はい?」
びくっとして振り返ると、ミニ霊夢さんは私をまっすぐに見つめていた。
いい訳じみた事を考えながら冷蔵庫あさっていたから、結構驚いて。でも、背中からかけられたのは予想外にへんてこな台詞。
どこか冷めた表情で、ミニ霊夢さんは巫女服をぎゅっとしていて。
「……別に、それだけよ」
「は、はぁ」
その顔に、ちょっと、指先がそわりとした。
冷蔵庫内の野菜の賞味チェックをしようと思っていたのに、何故かそんな気にならない。
私は平気だが、人間の彼女ならお腹を壊して、最悪……と結果が分かりきっているのに、何故か、優先できない。
「……」
まさか、ミニ霊夢さん。
さっきの私の発言を、気にしてた?
……霊夢さん、なのに?
「………」
うー。
ミニ霊夢さんの顔は、無表情だが、どことなく拗ねている様に見えなくもない。
意地を張った子供の顔。
それもとびきり表情を取り繕うのが上手な、そんな生意気な顔に見えてきて。
「…………ぐぬ」
何となく、心がそわりとした。
色々と居心地悪いので。野菜が入った戸を勢いよく閉める。
ったく!
意地でも、このガキをご機嫌にしたくなった。
特に意味はないけど!
なので、しょうがないと、ごそごそと冷蔵庫内から目当ての材料を取り出す。
うん、あれだ。
『あれ』なら私だって作れる。
そして、やっぱりガキは嫌いだ。
なんて面倒くさい。
何より、あの顔は、ずるいのだ。
あの顔で、ああいう顔すんなと。内心で何百回も毒づく。
「プリンを作りましょう!」
「は……?」
大声で宣言した。
目を丸くして固まるミニ霊夢さんを無視して「だが!」と更に声を張り上げる。
「勿論私は喰いません! 鳥の卵を使ったそんな吐きそうなもの口にしませんからね!」
「え、ちょっと? あんた何を」
「さて! 牛乳はこれぐらいでしたかね? あと卵を割って」
「だから…って上手ッ?! あ、あんた片手で割れんの?! しかも連続で?! 二個手に持ったまま?!」
「はっはっはっ、ちょろいですよ」
もう勢いである。
でも、片手で卵を割るのがそんなに珍しいのか、変に騒ぐミニ霊夢さんに「……っ」と、何故か慣れない感情がふわり浮かんできたので、ああもう、と。気づかない振りをして「ほい!」と、霊夢さんの襟を掴んで一気に持ち上げた。
すごく、軽かった。
踏まれた時より実感する、子供の体重だった。
「うわ?!」っと突然の事で騒ぐ彼女が暴れる前に、ぽふんと肩に乗せてやる。
「え…?」
世間一般の認識である、子供が喜ぶ態勢、肩車。
すると、ぴたりとミニ霊夢さんの動きが止まって、不思議な戸惑いの気配を感じたが、あえて無視する。
「っ」
「……さ、さて、じゃあ見ていて下さいね。材料は牛乳と砂糖と卵のシンプルさがうりのお手軽おやつです。……紅魔館では、むしろケーキとか凝ったものを出しがちですから、知らなかったでしょう?」
「え、ええ。アリスとかも凝ったものを作りたがるから……ぷりん、そんな食べ物あるのね」
「ええ。では、まず牛乳の中に砂糖をいれて、よくかき混ぜます」
「う、うん」
興味津々な彼女を前髪越しに見上げて、先ほどまでの変な空気が消失した事に、ほっ、と満足して……二秒後にいやいやいやいや! と急いで我に返る。
いけない。早くペースを戻さなくてはと、手をいそいそと動かす。
こんなガキに翻弄されるなんてらしくないぞ、射命丸文!
何でこんな焦ってんだ落ち着け……!
料理に集中する。
カカカッと卵を別の容器でかき混ぜ、裏ごししながら砂糖を混ぜた牛乳の中にとろりといれる。
そして素早くかき混ぜて、綺麗なクリーム色になったのを確認して塩を取りだす。
「そ、そして、塩をちょっといれます」
「……へぇ」
「パッパッと、これぐらいいれて。耐熱用の容器にいれて。……本来はちゃんと蒸すものらしいんですが、今は面倒なので、鍋にお湯を沸かしておいて、そこにプリン液の入った容器をそのままいれて」
沸かしていた鍋のお湯が沸騰したのを確認して、弱火にする。
プリン液をいれた二つの容器を見る、ミニ霊夢さんの視線にほだされそうになりながら、今味見してもいまいちなので、さっさと次の過程に入る。
「そして、沸騰した鍋に容器をいれたら、しっかりと鍋に蓋をして。大体、七分ぐらいですね。暫し待ちます」
「うん」
「そして時間がきたら、火を止めて、更にそのまま待ちます」
「まだ待つの?」
「はい。蓋をして、そのまま蒸すんです。それで、固まったプリンを冷蔵庫にいれて冷やせば完成ですよ」
「…………へー」
ちらりと見えた、ミニ霊夢さんの顔は、ちょっとした期待に満ちた顔をしていた。
さっきまでの生意気な苛立つ顔じゃない。
彼女の素が見せるのだろう表情。
うん。
その顔である。
きっと、その顔なら問題ない。
「……」
無意識に、変に温い息が漏れた。
ほうっと満足して、そのまま使ったボウルなんかを洗い場に置いた。後でまとめて洗えばいいだろう。
肩に乗る霊夢さんをそのままに、動き回る。
ミニ霊夢さんは不思議と、降ろせとは言わなかった。
不意に横の戸棚を見れば、食器類が丁寧にしまってあって。埃は勿論詰まれていない。戸棚の一角の白磁のカップが、つるりと光っていた。
……。
今更だが、本当にここ、数ヶ月は住めそうだと変な感想を持った。
我が夢ながら都合よすぎである。
そのまま、霊夢さんを肩に乗せたまま歩いて、先程の場に戻る。
同じ部屋なのに戸棚や家具、あと申し訳なくかけられた黄緑のカーテンやらで、ぱっと見、キッチンとこちらは隔てられていた。
まあ気にならないし、その方がおしゃれっぽいのでいいんだけど。
これらが背景ではなく、ちゃんとした道具として使える事に、やはり驚きは隠せない。
と。
「おや?」
「え?」
私とミニ霊夢さんの声が交わった。
無意識に確認したのだろう。見つめるのも気づいたのも同時。
ホワイトボードのハートが、一個増えて。二個になっていた。
つまり。赤いハートがくっきり二個並んでいて。
「………………」
「………………」
驚きに、同時に沈黙。
……えっと。
あー。
うん、正直な気持ちを言おう。
ハートよりも大きな驚きを叫ばずにはいられない。
「―――ぬるッ!!」
「は?!」
「こんな、こんな親子クッキング程度でハートが一個?! 何この温さ?! さっきぎゅーもちゅーもしたのに、これぐらいでいいとか!? 私としては初夜とかも交えての新婚ごっこかぐはあ?!」
「あ・ほ・かー!!」
全力で首をキめられた。
私の驚きの叫びへの返答は暴力だった。
ちょっ?!
「こ、この変態バカラス~ッ!!」
「な、ご、ぐぅえ?!」
誤解! マジ誤解!
ハッとしてミニ霊夢さんが何を怒っているのか当たりがついて慌てる。
い、いくら切羽詰まった状態でも、こんなガキに手を出す訳がない! もしも『初夜』も交えたそんなふざけた仕様の場合は、どうやってハートを誤魔化して増やすか、それなりに考えていたからこそのさっきの反応!
よって、この首絞めは凄い不本意!
だが、いくら何でも見た目霊夢さんなガキの手首を折るとかできる訳なくて、ひたすら悶絶しなくてはいけない。
……うぅ。ほだされてるなぁ。
暫くしたら、疲れたのか、霊夢さんの攻撃の手が休まった。
「は、反省、した?!」
「え、ええ、そりゃもう」
「……次、身の危険を、感じる様な、事を、言ったら、そこの、包丁、で、刺す、わよ」
「……貴方、デンジャラスすぎですね」
けほっと喉をさすりながら、だが私より息も絶え絶えな彼女に、刺激を与えない様にと、へいへいと彼女の頭を撫でる。
ったく。
確か『流血』はどうのなルールだったのに、それを綺麗に忘却している辺りがやはり子供すぎである。
大体、私は子供が大の苦手なのである。
何度でも言う。
凄い苦手だ。本来なら、子供という理由で距離を置きたいぐらいだというのに……
ミニ霊夢さんのひたすら酷い仕打ちに、流石に不満が溜まってきて、ぶちぶち文句も言いたくなってきた。
「……むぅ」
だが、子供の前でそんな姿を見せる程、プライド無い訳ではないので、何とか我慢する。
……っていうか、だから何でガキの姿なんでしょうね。霊夢さん。
それじゃなければ、本当に、もうちょっとやりやすいのに。
だってガキってうるさいし、邪魔だし、本能のまま生きてるし。
「……はぁ」
そう。あいつら、なんか眼をキラキラさせながらうぞうぞと寄ってくるうざい生物なのだ。
鬱陶しいからって指先で転がしたらすぐ泣くし。
泣いたら私が怒られるし。主に慧音さんとかに。
なのに、次の日もまたわらわら寄ってくるし。
鬱陶しいので軽く蹴ったら即座に頭突きくらうし。
かくれんぼとか、振りだけして取材に行ってたら、必死に泣きながら探してるし。そんで頭突きくらうし。
鬼ごっこを手加減して五秒で終了させたらさせたで、また頭突きくらうし。
大人の階段を駆け上がる的な写真を見せてもやっぱ頭突き…………ってあれ? 私が子供苦手なの主に里の半獣さんのせい?
あ、いや、今はその話題はいい。
とにかく。ガキのうざさの話である。
遠慮の無いあやつらは、私の羽とかぶちっと引き抜く事を平気でするわ。焼き鳥を目の前で喰うし。新聞を尻の下にひくし。悪戯はするし……って、あ、だんだんイラッとしてきた。
いけない。
だから落ち着こう。
っていうか、何で今、そんな事考えているんだろ私?
別に、霊夢さんは里の子供たちとは全然違うのに。
生意気は生意気だけれど、種類が違うと、首を振る。
子供……
……。
何か思考がまとまらなくて、深呼吸して、気を紛らわそうとホワイトボードを見る。
更にハートが一個増えていた。
「……………は?」
え?
思わず二度見する。
合計三つの赤いハートが並んでいた。
「……………………」
あれー?
「ん? どうしたのよ文」
「……あ、いえ。採点基準が謎だなぁと思って」
「は?」
「……いえいいです。自分なりに分析してみます」
「?」
きょとん顔のミニ霊夢さんを無視して、何故増えた?! という疑問で一杯になる。
まったくいちゃついた覚えないぞ?!
酷い目にあったり思考に耽っていただけだぞ?!
「…………」
それとも、新婚っぽい事をする度に、増える、っていう認識が間違っている?
考えてみたら、一方的に殴られていても、ハートは減らないし。
判定基準が想像外にある?
あ、そういやプリン。もう七分ぐらいたったかも。
最初から考えてもいないだろう、霊夢さんのだらーっとした感触を頭に感じて、思い出す。
しょうがないので、鍋の火を止めに行く事にした。
カチっと火を止めて……あれ、そういやこれガス? と疑問を覚えて。
やめよう。と首を振る。
もういい。もうどうでもいい。
夢の世界での不思議を追求しても、答えはご都合主義的な回答にしかないだろう。
「……だって、しつこいけど霊夢さん幼女だし」
「……あんた、本当にしつこいわね」
呆れたミニ霊夢さんの声に、だがしょうがないじゃないかと、彼女のひざ小僧をぺちっと叩いてやる。
本来の大きさの霊夢さんなら、今みたいに肩車なんてしないし。何より。
「…………」
いや。
まあ、いいです。
視線が泳いで、偶然向かった先が最初に通ろうとしたドアを写した。
「あ」
そういえば忘れていたけど、こっちのドア開けてなかった。
ああ、ちょうど良い。
プリンを冷ます時間を探索に使うかと、肩の上で本格的に寛ぎだした霊夢さんを乗せたまま移動する。
このミニ霊夢さん。どうやら私の肩の上に居座るつもりらしい。
心から落っことしたい。
泣いたら怖いからできないけど。
下手したら夢の中でも頭突きとんできそう。
「……こほん。じゃ、開けますよ」
「勝手に開ければいいでしょ」
最初の様に止めるだろうかと思ったが、そんな事は無く。
キィ、っと扉は簡単に開いた。
拍子抜けなぐらい、あっさりだった。
「……」
何か少しぐらいイベントがあっても良いのに、と。
肩透かしを喰らった気分に若干なりながら、サービス精神が足りないとドアの先を見る。
そこはまさに別世界! ……なんて事もなく。普通の板張りの廊下だった。
つまらない。
えーと?
右手の引き戸を開く。
あ、お風呂とトイレ。
脱衣所に鏡と、トイレへのドア。そしてお風呂への引き戸。軽く開いてみたが、いたって普通の内装だった。
特に感想も湧かない。
でも、夢の中でトイレって、起きたら布団が大変な事にならないのだろか?
まあいいや。
で、左手のドアはっと。
『イエス』と洋文字で書かれたハート型の赤い枕が目に付いたので開けて一秒で閉めた。
……。
すごい存在感だった。
あー……成る程。
ですよね。トイレもお風呂もあったら、此処も勿論ありますよね。
『寝室』って、ある意味新婚のメインイベントですよね。多分。
「………………………………」
なんか気まずくなって黙る。
肩の上の霊夢さんが「……っ」と無言でいる所を見ると、やっぱり此処の事はすでに知っていましたか。
あ。だから最初止めたのか。
理由も分からず、このイエス枕は色々と精神に悪癖をもたらしそうですものね。うん。理解した。
えーと……まぁ? 私は別にいいんですけど、これは。
ん、んー。
と、とりあえず場を和ませますかね? この沈黙は、なんか、あまり。よろしくありませんし……
こほん。
「んっ。……し、洒落た寝室ですねー」
「……っ、そ、そうね」
「だ、ダブルベッドってやつですかー、あの大きさなら、どんだけ寝相悪くても大丈夫そうですねー」
「……ッ、そ、そそうね」
「じ、じゃあ、早速今晩使って」
「ッ!!」
「ふがっ!?」
殴られた。
意味分からない!?
そのままボコボコにされて、目を白黒させる。
えと、何故に?!
「…あっ!?」
って、まさかミニ霊夢さん、また変な誤解しました?!
「だ?! ちょ?! 違う! 変な意味じゃないですって!」
「ッど・こ・が・よ?! どう『使う』って言うのよ変態?!」
「だー!?」
やっぱ誤解してたこのガキ!
殴られるのも痛いが何より、不本意な誤解をされている事実の方が心に痛い!
「もーう! 自意識過剰も大概にして下さいよ! 睡眠に使うだけ! その他の使用方法はミニ霊夢さんなら十年後がベストでって、ちょ?! あいたたたー?!」
「ッ! ッ?! ~ッ?!」
無言で更にボカスカ何度も殴られた。
髪もちぎられた。
肘がめり込んだ。
首も絞められる。
場を和ませようと親切心を発揮したら、誤解を受けて鉄拳制裁である。
……こ、このガキ、もう肩車するのやめる。
首がゴキリと鳴った瞬間、強く誓った。
一瞬見えた、ミニ霊夢さんの顔は、とても真っ赤で、恥ずかしそうに見えた。
◇
夢の世界なのに一瞬意識が飛びました。
ちくしょう。
「……」
首をさすりながら、心底に親の顔が見てみたい、とんでもないガキである。
凶暴すぎ。
流石はあの『霊夢』さんである。
暫く延々と理不尽な暴力を受けたが限界に近い私のひらめきの一言「鍋からプリンを取り出さなくては!」が炸裂した瞬間。ぴたりと大人しくなった。
やはり霊夢さん。食い意地はっている。
そして、ミニ霊夢さんを肩に乗せたまま、ふらふらと上手に固まってくれたプリンを冷蔵庫に、軽く湿った布を被せてなおし。
それによって機嫌が回復したミニ霊夢さんの笑顔で、事実上、私は暴力から解放された事を知った。
プリンよありがとう! 卵使ってるけど!
「…ふぅ」
ようやく、ある意味で一段落。
プリンは、あとはしっかり冷えれば美味しく頂ける筈だ。
それに、チラリと様子を見れば、さっきまで暴れていた霊夢さんは未知のおやつにわくわくと分かりやすく興奮していた。
私はといえば、髪はくしゃくしゃ、顔にはひっかき傷、首は痛みまくり、と酷い有様だが。
まあいい。
霊夢さんが肩から降りないのも、更にまあいい。
だが。
「……むぅ」
「? どうかしたの」
「ええ、納得いかなくて」
……何でハート増えてんの?
現在もっとも悩ましい事実であった。
いやだっておかしい。
霊夢さん気づいていないけど、現在四個である。
赤くて大きなハートがホワイトボードにくっきりである。
意味が分からない。
私、一方的にボコボコにされたんですけど?
そこのどこら辺に新婚とかそういう甘酸っぱい要素が含まれているのか責任者を呼びたいレベルである。
……私の夢だから『私』だけど。
もう確定。
これ絶対に、確信もってこいしさんとかそういう誰かの干渉受けて見せられている悪夢だ。
絶対に犯人見つけて報いを受けさせてやろう、夢の中とはいえ…………
夢……
「…………」
自分の思考に、ちくりと小さな針が刺さる様な違和感を覚える。
だけど、首を振る。他に、この事態への説明が付かないのだから、やはり、それしかないのだろうしと。
自身の出した『仮定』に、小さな疑問の針が喰い込むのを、気づかない振りをして。
何が引っかかるのか。
私は気づきたくないと、知らない振りをして。
「……文?」
「いえ、何でもありません」
頭上から降ってくる声に、笑って答えて。
ホワイトボードに近づく。
「……」
とにかく。
少しでも現状を知るヒントが欲しい。
ハートが増える要因が分からない。
今は増えているからいいが、意味の分からない事で一気に減ってゲームオーバー、なんて冗談じゃない。
それに。
私は早く目覚めたいのだ。
もう最初のわくわくや遊びは無い。
ゾッとするのだが。
……私は、この夢にきた前後の記憶が思いだせない。
ただ、気づいたらここにいた。
……私は、いつもの様に就寝してここにきた?
それともお昼寝?
気絶?
それが分からない。
思い出せない。
こんなにもはっきり自身の事が分かるのに、どうやって眠りについたのかが分からない。
こんな不気味な事は無い。
私の顔色に気づいたのだろう、霊夢さんの声が振ってくる。
「……あんた、ようやく本気になってくれたの?」
「……ええ、流石にこれ以上、こんな『夢』に囚われている時間的余裕は無いんです。さっさと目覚めないと、素敵な異変をはたて辺りに横取りされてしまうかもしれない」
「……夢、ね」
「……」
ミニ霊夢さんの呟きに、引っかかった針が深く刺さって、ホワイトボードに触れたまま、何か言おうとして、ミニ霊夢さんの焦った様な声。
「! 文」
「――ッ、何かありましたか?!」
「そこ! ホワイトボードの裏に何か書いてある!」
「え?」
霊夢さんの声に、ハッとしてホワイトボードを捲る。壁にひっかけられていたそれを取り、裏返す。
そこには。
『ヒント』
…………………………。
「あるんかい!?」
「あるの!?」
私と霊夢さんで同時に叫ぶ。
っていうか、最初から提示しとけよそういう大事なものは!
ホワイトボードの裏って、目が行くけれど見ないよ!
何この子供じみた嫌がら―――――――
「?!」
あれ、そういえば。
こういう事、前にも。
「文、ちょっと、下げないでよ、読めない」
「え? あ、すいません。……ッ、そうですね。今はこれに集中しましょう」
急いで、ヒントの下の文字を見る。
疑問は今は横に置いておく。
ええと?
『ホワイトボードに必要なハートは十個です』
『ちなみに、ホワイトボードのハートは、見る人によって違います』
『ハートの数は、相手からの好きの大きさです』
『現在のハートはいくつですか? それが、相手から貴方への今の『好き』の数です』
――――――――。
とんでもねぇ事書いてあった。
無意識に最速にホワイトボードを裏返して表に記されたハートを見る。
十個必要で、今現在のハートは四、いや、五個になってる。いつの間に?! っていやそれはどうでもよくて。
……ど、どうりで。
ハートの増え方がわからないと思ったら。
いや、でも。
それだと、これ。
ミニ霊夢さんが、どれだけ私をす……いやいや好意を抱いてくれているかの形っていうか。
「―――――――」
私と同じく、霊夢さんも固まっている。
肩の上で。
やばい気まずい!?
何で私彼女に肩車しちゃったの?! 動揺とかダイレクトに伝わってくる。
頬に当たる彼女の太股とか、なんか血管の音とか熱とかだんだん洒落にならないっていうか。
これ、私の頬の熱さも伝わってしまうというかやばいっていうか。
思考の速さが、激的に鈍くなっているのを感じた。
「…ッ!?」
ギクシャク。
ミニ霊夢さんを降ろす。
彼女はまったく抵抗しなかった。っていうか、ストン、っと降りた後は、バッと後ろを向いてしまった。
「…ッ、あ、あの」
「…にゃ、ッ、なななによ!」
やばい。凄い気まずい。
冗談じゃないぞ。
これ、罠すぎじゃないか?!
今まで、あれは新婚ごっこが上手くいったから増えるハートだと思っていたのに。
実は、相手からの好意の形?
相手の気持ちが、ハートって。
つまり。初期段階より。ミニ霊夢さんは、わ、私の事を……ッ。
ってあー! わー! ちがう!
これ『夢』だから!
さっきまで確定してきた新たな『仮定』を捨てる!
夢だ。夢!
だから、今のこれは、ミニ霊夢さんの好感度で。―――――現実の霊夢さんには関係ない!
うぅぐぐぐぐっ。
駄目だ思考が定まらない。馬鹿な妄想が混じる。うるさい、ありえもしない未来を想像するな!
それより、早くここからの脱出が、必要なのだ。
あ、でもミニ霊夢さんから見たハートの数は……何個なのだろう?
ッ!?!?
いやいや馬鹿、だからいらん事を考えるな射命丸文!
そんな情報は要らない!
知りたくも、ない!!
「あ、文」
「何ですか!?」
「あのさ」
「だ、ッ、早く言ってください……!」
くそっ!
誇り高き烏天狗である私が、何を、くそ、動揺するなッ!
怒鳴るな。落ち着け。
一定の声音に。態度に。ほら戻せ。笑えッ! できないとは言わせないぞ私ッ!
「―――っ、ば、ばか、今、そういう顔されたら、ああもう! すぐに時間切れになっちゃうでしょう!」
「へっ! な、何を」
「今のハート! 何個か見ろ」
「え?!」
見れば、すでに、八個。
あ、後二個で。
うそ。
「た、多分これ、お互いのハートが十個で、出られるのよ。二人揃わないと駄目なの」
「えっ!? じゃ、ちょ!?」
「……言っとくけど、あんたのハート。最初か」
「わー?! 言うな言わないで! 知りたくもありません!」
「……素直じゃないのよ」
「……ッ、あんたには言われたくありません。貴方のハート、いつも変な所であがりまくりでしたから」
なんだ、これ。
やだ。
こしょばゆいとか、そんなレベルじゃない。
全身が熱い。
カッカッとしてたのが、今はカーッとする。
泣きそう。
自分で自分の体が制御できない。
ただ、ああちくしょう!
私が素直じゃないとか、冗談じゃない!
「ッ!!」
目の前の小さなミニ霊夢さんを、衝動にまかせて抱きしめる。
そうしないと、顔を見られてしまうから。
だから、しょうがなく、なんだ。
驚いた彼女の身体が跳ねて、だが、すぐに私の服をきつく掴んだ。
「……ッ、目覚めの時間は、近いわよ」
「そ、そーですね」
「……多分、本当はもっと、長い時間一緒にいれたのかもね」
「そーかもですね? !」
「……だけど、まあ、お互いに」
ミニ霊夢さんは、どこかおかしそうな声で。
顔なんてとても見られないから、ぎゅって抱きしめたままの私に言う。
「お互い、素直じゃ無いのにプライドだけはあるから。――――こんな『場所』に、長い時間、いたくないのよね」
「……ッ」
「本当は、さ。文、もう気づいているでしょ? あんた、頭いいから」
霊夢さんの声は、複雑そうに、だけれど明るかった。
何だかさっぱりしたと。
私がこんなに大混乱しているのに、ずるいぐらいに、落ち着いていた。
気づいたら、きっとすぐに終わるのだと、理解していたみたいに。
「ッああもう、そうですよ! 分かってますよ! これ、絶対に、ありえない! だって、これが」
―――――私の『夢』である筈がない!!
必死に、思考すらだまして、何度も何度も夢を連呼して。
だけど、意味なかった。
途中から、嫌でも気づいていた。
「ッ!」
もう、ぶちまけようと、どこか涙声なのが、イラついて。
何で、こんな、溢れて止まらないのかというぐらい。
私の、ある部位の水が壊れていた。
霊夢さんの肩が、塩水でぬれていく。
「だ、だって、おかしいですよね……? 在り得ない……ッ、わ、私の知っている霊夢さんが、こんな状況に、よりにもよって『私』と一緒に陥るなんて、ありえない……」
私は、夢を夢と思いたかった。
でも。
「だけど……! 私は、霊夢さんを評価している。誰よりも……! 貴方を見てきた、から……! そして、私は自身の力を知っている! 自負している! そんな私と貴方が二人そろって監禁状態? とか、笑えない……ッ! ありえ、ない! ないない、無いんですよッ!」
「…………」
「無意識が見せる夢だからこその願望が? 願望ってアレですか? 私がこんな事を望んでいるとでも? …………見たくないといえば、嘘ですよ」
だけど。
私は。
素直じゃない、から。
「……霊夢さん、と一緒の時、に……ッ、そん、そんな無様をみせて平気な程ッ! わ、私の自尊心は安く、あ、ありません!」
例え、夢であろうと、私は拒絶した。
夢の在り得ない内容に自嘲して、忘れただろう……
くそ。
乱れるな息。
震えるな。
喉からこみ上げる熱すぎる感情の波が邪魔だ。
知っていた。
心のどこかで、最初から。
霊夢さんがいるというだけで。きっと。これは。
違うんだろうと。
ああ、でも。
良い夢だなぁって。そう思いたくて。
『夢』という単語を、馬鹿みたいに何度も繰り返した。
「……楽しかったですよ、霊夢さん」
せめて。
『今』ぐらいは、伝えよう。
夢の様な現実のこの瞬間に。
「私、実は、あなたの事、好きです」
―――うん。
ようやく、言えた。
心を込めて、言えた。
ふざけずに、言えた。
一気に、身体の力が抜けて、彼女を抱きしめる腕が緩んだ。
小さく、震える霊夢さんの身体を、淡く感じる。
そして、彼女越しに、床に転がったホワイトボードのハートが。増えて。
落書きカラスと目があった。
思わず、笑ってしまう。
結局、此処がどこなのか。
どうしてこうなったのか。
それは、全く分からないけれど。
きっと、元の日常に戻れば、教えてくれるんでしょう?
うん。
だから、まあ。
おおむね、私らしくはないが、満足だった。
「文」
ああ、世界が真っ白になっていく。
力が抜けて、ひどくだるい。
私のハートも、霊夢さんのハートも。
ちゃんと揃った。
私のはともかく、霊夢さんのハート、というのが、嬉しいのに、少し照れくさい。
あぁ、
なんだか、とても眠たくなってきた。
「……あぁ、あんたは、しょうがないわよね」
霊夢、さん……?
あれ? 彼女の肩、今だけは、もっと小さかった、ような。
「……ねえ、もしかしたら、覚えてないかもしれないけどさ。……戻ったら、プリン、作ってよ」
あぁ。
そういえば。結局、食べれなかった。
「そして、一緒に食べてよ」
彼女らしい、どこかぶきっちょな声。
「そんで、今みたいに、もっと憎まれ口たたいて、私を小馬鹿にして、むかつく、あんたでいてよ」
ほとんど初めて。
彼女のおかしな葛藤を、抱きしめられる肌から感じて。
「あんたにとっての『夢』の博麗霊夢に見せたんだから、現実でも、ただの烏天狗な、射命丸文を見せなさいよ」
―――。
勿体無い事、言うなぁ。
嬉しくて、とろとろに溶けてしまいそうだ。
「……なんか、さ。一応、と、ともだ…………ち、だとか、思ってたんだけど。……まあ、私も、見方かえる」
……。
……ぁ。
? 彼女の、複雑そうな赤い顔が近づいてくる。
瞼が重く、体勢が変わっていた事に気づくのが遅れた。もう、感覚も鈍くて、自分がどういう体勢なのか分からなかった。
動けず、ただ魅入る。
怒っているのか、泣きそうなのか、切ないのか、色々と混じった。
霊夢さんの、顔。
やっぱ可愛いと。
どんな顔も、何をしていても、可愛いと。
いつも思って隠している事を、ぼんやりと考えた。
ああ、でも。
……。
一瞬、人と妖怪、博麗の巫女、組織の立ち位置、心地良い関係の保護。
色々と考えた気がして、でも。
……。
まあいいか。と、結論は出た。
だから。
瞳を閉じて、彼女の唇を、頬に感じた。
目覚めの感触は、贅沢なぐらい暖かかった。
◇
むかしむかし。
だがたったの十年前の事。
そう。それは
守矢の風祝の、子供ながらに尊敬する神への信仰の形の話。
『……神奈子様が寂しそうだから、良く知らないけど神奈子様のお友達をつかまえたい!』
彼女は、神から聞いた友人が、最近遊んでくれないという話を、素直に受け取って、そう考えた。
『鬼ごっこで、きっと捕まえられないぐらい、素早い神様なんだ!』
彼女はそう思った。
だから、奮発して、当時の彼女の小さなおもちゃ箱に入っていた、一番お気に入りのおもちゃの家を取り出した。
人形遊びで使う、ちょっと本格的なその家を利用しようと考えた。
『ドアと窓があったら、神様だから逃げちゃう。あ、でも神様だったらドアと窓が無くても逃げるれるか。……よし! 逃げれない様におまじないをかけよう!』
恐ろしい事に彼女。
力が弱っていたとはいえ神を捕まえる為に、蔵の古書を読み漁り、独自で色々な手法を用いて『それ』を完成させたらしい。
『あとは…………神奈子様で実験しよう!』
本当に恐ろしい子である。
何より、全てが親切心からくるのが更に恐ろしい。
そうして。
神である、神奈子様はその家にまんまと捕まり、やばいと助けにきた諏訪子様も当然捕まり。
一緒に、長く遊んで欲しいという願いで『おままごと』をランクアップさせて、ちょっと大人な『新婚ごっこ』をして貰おうと。
彼女は出る為のルールにそれを設定した。
少しでも長く遊んで、仲直りして欲しいとの気持ちで、たくさんたくさん考えて。
そして。
そんな小さな子供の願いは、叶った。
「出るのに、一ヶ月かかったんですって」
「はぁ。まあ、あのお二人ですしねぇ」
久しぶりに見る気がする、青い空。
私たちは、畳の上に寝転がって、手を繋いでいた。
気づけば、触れられた筈の頬を撫でていて。
二人で並んで空を見る。
語る内容は、私たちが陥った不思議体験の、元凶の話。
色気は無いが、構わない。
今の私たちには、その話が一番相応しいのだから。
「……ちなみに、あの中だと、神でさえ力が抑え込まれて脱出不可能。しかも、ルールを徹する以外に出る方法も無し」
「マジ恐ろしすぎますね」
幼女の時でそれだけのポテンシャル持ってるとか、今も怖いが更に将来どうなるか見ものだ。
それに、説明されて気づいたが、確かにあの中では力が弱まっていた
だから、あんなに小さくなった霊夢さんの一撃が激しく感じたのだろう。
色々と理解はしたが、でも、まだ納得には程遠い。
「……それで? 私は何でその『おもちゃの家』に閉じ込められてんですか?」
「……あんたさ、この『家』の影響で忘れているみたいだけど、いつもみたいに取材にきて、このおもちゃの家、触ったのよ」
「?」
「どうやらこれ。製作者も意図せず『二人が同時に触れると発動』するって条件になっちゃったみたい」
……。
暫し沈黙。
コタツの上に見える。赤い屋根と白い壁の、おもちゃの家。
ありふれた、だが恐るべき力を込められた家。
「……霊夢さん、これを持っていたという事は、勿論、そのおもちゃの発動条件を知っていましたよね」
「ええ、だから『うっかり』よ」
「……どこぞの毘沙門天みたいな真似されたせいで、私は巻き込まれた、と?」
「だから、最初から大人しく協力を要請していたのよ」
……。
あー。うん。
分かった。
理解はした。
納得も、なんかできてきた。
いくら霊夢さんがアレでも、不用意に触った私が悪い。
家の影響のせいか、まったく思い出せないけど。
神様の為の道具である。一介の烏天狗である私があれぐらいの記憶障害ですんだのは、むしろ運が良かったのだろう。
霊夢さんは、どういう働きか幼女化だし。
妖怪は力を、そして人間は、何だろう? 時間。を一時的に奪われる仕様なのかもしれない。
「……あ、でも。そもそも何で霊夢さん、あの『家』を持っていたんです?」
「……つい最近、幻想入りしたんですってよ、このおもちゃの家」
「……」
「それで、人里の人間が拾って持って帰ったみたいなんだけど、まあ……どうなったかは予想通り。巻き込まれて、その後はめでたくその二人は祝言をあげたんだけど、この家はちゃんとお払いしてもらった方が良いかもしれない、って命蓮寺に渡って」
「……」
「再度、まあ犠牲者って言っていいのかしら? を出して、うちじゃ面倒みれないからっ! て無理矢理食料と一緒に押し付けられた」
「……」
「そんで、どうしたのもかと困っていたら、ちょうど遊びに来た諏訪子が『うげ?!』って顔して、詳しく問い詰めてみたら、色々と聞けてね。念をいれて諏訪子に注意を受けて、ついでに、早苗が見たら多分羞恥で死に掛けると思うから密かに片しといて、と頼まれた」
「……」
あぁ、一応あれで、早苗さんも恥を持っていたんですね。心明るくなる情報です。
いや、うん。
「……あの」
「……なによ」
「……改めて聞きますが、その片す筈だった家を、どうして私が触れるんですか?」
「……お鍋が吹き零れそうでそのまま放置してたら、あんたがやってきて『珍しいですね、そこの戸棚から落ちたんですか?』とか言って拾って」
「……霊夢さんが慌てて奪い取ろうとした、と」
よし。
ほっぺつのろう。
「いひゃ?! だ、だからわるひゃったっていっへるひゃなあい!」
「つまり、今回は珍しく、マジで私は被害者だと理解しましたので、遠慮しません」
「むぎゃー!?」
叫ぶ霊夢さんは無視。
まったく。
おかげでとんだ面倒に巻き込まれたものである。
ちらりとその家をよく見れば、
ドアと窓が粘土か何かで塗り固められていて、屋根が外れて中が見れるタイプのおもちゃ。
霊夢さんの頬をとりあえず開放し、起き上がりがてら屋根を外して中を見ると、その中は確かにあの室内を連想させた。
本来は、とある神様二人の為だけに作った、協力な呪具とも呼べるアイテム。
追記だが、もし、二人の仲が険悪になり、ハートが消えたらゲームオーバーとして、もう一度記憶を消してやり直す仕様だったらしい。
恐ろしすぎる。
子供だからの、残酷さと無邪気さと悪戯心、あの中で微かに感じたそれは、幼き日の早苗さんの心だった。
「…………」
「…………」
異変とは呼べない。
事件ですらない。
ただの日常の一幕。
ちょっと、不幸な事故。
過ごした時間は三時間も無く。
日は沈まず、空は青い。
なのに、二人の間の空気だけが、いつもと違う。
「…………ま、その」
「…………ん」
気まずさの原因は、あえて考えない。
あの本当は仲が良い神様たちが、出るのに一ヶ月もかかったのに。
私たちは、たったの三時間で出られた事実を、考えない。
だって。
覚えているかどうかなんて。
お互い、ちゃんと確認していないから。
ただ、監禁されていた事実だけ、認識しているだけ。
霊夢さんがどこまで覚えているのか、は、是非全て忘れて貰いたいのだが、特に最後の辺り。
でも。
まあ、
約束は守ろう。
「今度、プリン作ります」
「……うん」
「一緒に食べます?」
「……ん」
「じゃあ」
「ええ」
似合わないけど。
だけれど。
素直じゃないから。
少しだけ素直に。
指切りをした。
「嘘付いたら鶏肉食べろ」
「死刑宣告!?」
「何よ? 約束守ればいいでしょ」
「じ、じゃあ、霊夢さんは」
咄嗟に、口走った。
「また、ほっぺにちゅーください!」
お互い、見合ったまま赤面した。
ッ。
まった。
今の無し。
自分の発言に動揺する私に。霊夢さんはそっぽを向いて、小さく唸る。
「……………あ、あんた。や、やぶりたくなる条件、やめてくれない?」
へ?
そう言う、霊夢さんは、すごく可愛かった。
「……っ!」
すでに、後悔しまくっている私は、でも、そんな霊夢さんの素直じゃない、だけれど少しだけ素直な台詞に。
背中を歓喜に、小さく震わせて。
泣きそうになって。
私も、もうちょっと、素直にと。
彼女の頬に顔を寄せた。
霊夢さんは、目を見開いて、でも、すぐに、赤い顔のまま、目を閉じてくれた。
「約束、たがえる気……?」
「いいえ、ただ、したいだけです」
「……そ。なら、いくらでも、すればいいわ」
「……は、はい」
私たちらしいやりとりと、私たちらしくない、これからの事。
震える唇は、だけれど、時間をかけて、ゆっくりと触れた。
淡い感触。
不意に。幻想のバニラの香りを感じて。
一滴だけ、水滴が頬を滑った。
後日。
約束はしたけれど、卵入りプリンは譲れない矜持的に無理なので。
早苗さんに相談し、コーンスターチや寒天を使ってのかぼちゃプリンで代用した所、霊夢さんには好評でした。
ちなみに最初は渋った早苗さんに、あのおもちゃの家をお見せし、きょとんとした後に「実はこういう事があってお払いをお願いしたいんですよー」と低姿勢に言ってみた所、顔を青くして二つ返事で引き受けてくれました。
そして、卵を使わないプリンのレシピを大量にくれました。
まあ?
諏訪子様と約束したのは霊夢さんであって、私ではありませんし? 割と怒ってますし?
でもプリンの事は本当に感謝したので、記事にはしないであげる。
そして、あの『家』は早苗さんが責任を持って封印するとの事で、本当の本当に、この変な事故の話は終了。
私と霊夢さんの、ごにょごにょな進行具合は勿論秘密として、それなりにめでたしめでたし。
さて。それでは、プリンと花束を持って、今日も彼女に会いに行こう。
ほほぅ、命蓮寺で新婚さんごっこの犠牲者とな?笑
ああ、ヤベェもの見せていただきました…! ひゃっほーい、ご祝儀に100点持ってってください!
途中から頬のつり上がり方がやばかったです
>>ほっぺつのろう。
つねろう
》お穣ちゃんはすみやかにお家に帰りましょうね。
お「嬢」ちゃん
最後に
これ新婚さんシリーズいけるんじゃね?
41さんじゃないけど、シリーズ化も良いですね。
プリン食いてえ
他の新婚さんも是非!
慣れ親しんだ同士だとかえって気恥ずかしくって新婚ごっこは難易度上がるかも。
くっつきそうでくっつかない二人を放り込むと、カップルとなるインキュベーター?
早苗すごいなぁ。
この作品はやばかったです。過去最高レベルでニヤニヤしてました。