「店主、遊びにきてあげたわよ」
自分の名字だ森近だからって、森の近くに店を構える変な店主がいるこの香霖堂は私にとっても楽しめる場所だ。
白黒の兄的な存在でもあり、家から出て行った彼女を今でも面倒を見ているあたり、口ではなんて言おうとも根はいい人である。
「できれば買い物をしに来てくれると嬉しいんだがね」
「あら、香霖堂でツケを一度もしない優良なお客様じゃない」
「優秀なメイドがタネも仕掛けもある手品で商品を持っていくお客様は知らないね」
「それを言われると何も言い返せないわ。でも、あのあとは魔理沙達に比べたら真面目に支払いをしてるわ」
「自信満々に凄そうなことしてるように言ってるけど、世間的に考えて普通のことだよ」
まぁこの店主は私と厄神2人に面倒見てもらうほうがよさそうよね。
ツケだの持って行かれるだのしているのに、よくもまぁこんな辺鄙な場所で店を続けていられるものだわ。
「で、今日はメイドさんも巫女さんもいないようだけれどどうかしたのかい? お嬢様の一人歩きとは珍しい」
「早苗はパチェと一緒に本を読んでるわよ。咲夜はこないだ魔理沙がフランと弾幕してぶち壊した場所を、当事者たちと一緒に修理してるわ」
私だって四六時中誰かといるわけじゃない。
こうして1人で自分で日傘を差して散歩するときもある。
「今日は一人でこの店にゆっくりとしに来たわけ。それとも魔理沙じゃないと不満かしら?」
「ちゃんとしたお客様なら歓迎さ。……ゆっくりとするならお茶も入れよう。紅茶は出ないが構わないかい?」
「緑茶もほうじ茶も嗜むわよ。だいたい2,3回目のやつだけれどね」
1回目のお茶なんて博麗神社でもレアだって魔理沙が言ってた。
実際私も直接飲めたことなんて数えるほどしかない。
お金には困ってはいないはずだけれど、結構貧乏性なのよね霊夢って。
分かりやすく言うとお弁当を買うとその割り箸は貰って取っておくタイプ。
「2回目なら運がいいさ。魔理沙の最高記録は9回目さ。さすがに色もついていないお湯だったと言ってたよ」
そうよねえ。3回目でも正直お湯だと思うわ。
色がついてるだけまだましなのかしら。
「僕も貧乏性だから数回は使うけどね。運がいいことに今日最初のお茶だから1回目のお茶をお出しできる」
これは私の運がいいってことでしょうね。
店主は店の奥に入っていき湯呑やらを準備していく。
扉から見える部屋の中にも、商品になりそうなものが何点か並べているが、おそらくあれが非売品と彼が言う道具なのだろう。
「ん、奥の部屋の物が気になるかい?」
後ろを振り向いた時に、必死に部屋をのぞきこんでいた私と目があい店主が訪ねてくる。
これはなかなか恥ずかしい。
「そう照れることはないさ。興味があるというのは生きる限り尽きることのないことだからね。見てみるかい?」
彼の問いかけに私は首を縦にふる。
思わずしてしまった行動ではあるが、これでは500年の吸血鬼ではなく幼い女の子の行動と外見そのものだわ。
これが好奇心に負けた者の末路ってことかしら。
しかしそんな恥よりも彼のコレクションのほうが興味がある。
「じゃあ上がらせてもらうわ」
神社と同じように靴を脱ぎ家の中へ入る。
500年生きてきたけれど、男性の家に一人で遊びに来るのは初めてかもしれない。
そう思うと少しドキドキしてしまうわね。
もっとも彼はいろんな女性達が訪ねてきてそんな気もまったくないんでしょうけれど。
「なんていうか、店主。魔法使いとか退魔の知識とかあるの?」
並べられている品をぱっと見るだけれ、時々それがとんでもないアイテムが紛れ込んでいる。
外の世界では不要になっているが、本物の退魔の類から悪魔の気まぐれで生まれた道具まで多彩。
「いや無いね。それがどうかしたのかい?」
「下手につけないほうがいいわよ。あそこのナイフとか私の知り合いが外の世界で刺された曰くつきの代物よ」
「退魔用のナイフだったね。それしか僕には分からないからその前後のことは推測でしか考えられない」
「あれは対吸血鬼用の純銀製ナイフ。それも神格高い教会にある銀細工の十字架を溶かして作り上げた一級品。あんなものを使われたら、幻想郷の妖怪と言えども致命傷になるでしょうね」
彼が非売品で保存しているから八雲紫も黙って見逃しているのだろう。これを悪用するものがいたらそれこそ全妖怪から命を狙われても文句が言えないわね。
「……で、さらにやっかいそうな剣があるじゃない」
「流石にレミリアさんは気が付くかい。こいつは草薙の剣。説明するまでもない品だね」
ここにある装備品を使う者が使えば、上級の悪魔も家来にできるだろうし狩り倒しにもいけるわよ。
ただし下手に知識を持つとそれに飲まれてしまいかねないわ。
「コレクションだけにしときなさいな。あのナイフも魔を断つと同時に、そのナイフに残された血に呪いの効果があるかもしれないわ。完全なる無知だから無事でいられるのだろうけれど。あの辺の魔術的なものは、あまりコレクションしないほうがいいわ」
「肝に銘じておくよ」
こんな彼が持っている方が平和が維持できていいかもしれないわ。使おうとはしないもの。
「こういう怪しいアイテムよりも、外の世界の珍しいものはないかしら」
「早苗くんに見せてもらってるのではないのかい?」
「だいたいはね。でも、彼女もないような時代の道具とかもあるじゃない? 珍しいものを見るのが私は好きなのよ」
欲を言えばそれが私にとって楽しみを与えてくれる物ならなおいい。
「珍しいものね。外の世界で昭和と呼ばれている時代の道具もいくつかあるね。早苗くんにはIpodとか言う道具を見せてもらったことあるかい?」
「あるわ。私の家にも1つ置いてあるもの」
「それの原型となった道具でウォークマンと呼ばれるものがこれさ。このテープという道具を入れるとそれに記録された音が出る道具。確かにIpodという道具のほうがすぐれているが、その進化過程に生まれたものも知れば面白くならないかい?」
性能だけで言うなら最新のものに勝るものはあまりない。時々初期不良などがあるので一概には言えないらしいけどね。
「電池が必要とし、しかもその電池の性能も悪く長時間使うには向いていない。しかも当時の値段からしても電池を買う値段でちょっとした食事ならできたそうじゃないか。そんなものでも音楽という文化を外でも楽しみたいと言う願いがこれに繋がっている」
進化してきた道具には何かしらの思いや可能性がある。それが道具のロマンの1つだと彼は熱く語る。
たしかに彼の言うことはよく分かるわ。
架空のアニメですら、旧式のロボから新型に生まれ変わるときとか旧式を改造するシーンとかは胸が熱くなるもの。
「こういったものは新型に交換されていくが、車やバイクといったものはあえて古い物を好む傾向があるようだね。幻想入りするような本から見ても旧式な物を愛用している姿が見られるよ」
「結構な変わり者が世の中には多いのね」
「変わり者じゃないさ。長年あるものには愛着が沸くし、古くから見てきたものには憧れがある。当時の新車を見ていた少年が大人になるころには骨董品かもしれない。でも、少年から見ればそれは立派な当時夢見た新車なんだよ。僕のような妖怪側の人間や妖怪には分かりにくい感情かもしれないけれどね」
「あなたは理解してると思うわ。今の目は少年そのものよ」
彼の秘蔵品を見る予定がすでに彼の熱い思いを聞く座談会になっている。
普段はこういった会話を余りすることなく、接客らしいこともしない道具屋の店主。このギャップはなかなかに楽しい。
「すまない。どうしてもこういった物には心が躍ってしまう」
「謝ることはないわ。私もロマンが分からないわけじゃないわ。むしろ長い時間を楽しむにはこんなロマンを理解できないと損じゃない」
理解者はあまりいなかったのか彼は私の手を握りしめて喜ぶ。
ここまで積極的な男性なら今頃結婚でもしてそうであるが、道具にすべての情熱が傾いている彼はあくまで感極まってるだけだろう。
その証拠に「それなら! こういうのもあるんだ!」と、今まで見たことない積極的な行動で私の前にいろんな本や道具を持って来る。
パチェの本棚でも見たことないこれらは、外の世界で言う雑誌という本らしい。
週や月ごとに1冊でる本で、それがたまると漫画のようにまとめて読めるように編集したものがでるとか。
他には情報が毎週見れる専門の新聞のようなもので、誰でも読める魔道書みたいなものだって。
「へぇ。ファッションや家具。他には映画に娯楽品の専門的な本があるのね。幻想郷ではここまでこういった本は普及していないわ」
「僕もこれを初めて見たときは驚いたよ。たとえるなら弾幕ごっこ専門新聞みたいなものを出せば、幻想郷では興味を持つ人が多いかもしれないね」
「それに近い物を文が作ってたわね。なるほど、私のシアターではアニメ専門にしているからそういうニーズがある。そのパンフレットを早苗が作ってくれているので、それが専門誌みたいな扱いとして受け入れられているのね」
私たちが理解していないだけで、専門誌というものも幻想郷にはあるわね。稗田の家で作られているものある種専門誌と言えるわ。
「あの本は僕も購読しているが実に素晴らしい内容だと思うよ。1つの情報に特化したものというのは魔道書や幻想郷縁起に教科書ぐらいだ。僕たちのような一般人なら教科書ぐらいしか読む機会がなかったから新鮮に思えるよ」
「僕も道具のことに特化した本を書こうとは思ったのだがどうにも難しい。やろうとしてみて阿求や早苗くんの凄さが分かったよ」
弾幕ごっこも霊夢達に追いつこうと腕を磨いているし、専門書の技術は彼を唸らせるもの。早苗って私が感じている以上に結構凄いのね。
「それに道具というのは、幻想郷で使われているものはすでに語る必要性があまりないものだからね。河童達と協力して、外の道具を参考に新しい物を考えるほうが僕には向いてそうだと思ったよ」
大きく進化した道具はここにはあまりない。
ある程度の電力で少しばかり楽したり娯楽を楽しむ程度だ。
車とかがあるわけでもなく、ここにあるようなゲーム機と呼ばれている物があるわけでもない。
「面白そうね。商品価値が感じられるものなら紅魔館が資金援助してもいいわよ」
「いいものができそうならお願いするよ」
口約束でもとりあえず縁を作っておく。これが今後の契約や商売への発展として結構大きなものよ。本格的に話を決めるならサインとかがいるけれども、ノリだけの会話でもこういった繋がりを生んでおくのは大事だわ。
「ははは、資本家としてレミリアさんは本当に行動的だ。何より面白いかどうかで決める。早苗くんはいい友人を持ったよ」
「幻想郷においてこれほど大切なものはないでしょう? 面白いかどうかで里の人たちまで動くような世界だもの。面白いことをするのが一番よ。店主も今みたいに明るくすれば人も来るんじゃない?」
「そう思ったことがあったんだがね。魔理沙や霊夢達に止められた。そのままじゃ結婚は間違いなくできないとまで言われたよ」
同じことは私も思ったわ。
「僕には結婚はまだまだ先の話さ。……と、そろそろ朱鷺子君が来るころだし彼女のお茶も用意しておこう」
時計を見て彼は立ち上がり新しいお茶を入れる。
こういうことは上手に気を引けるくせに、道具オタクで結局不器用なのよね。
ちょうど出来上がるころに朱鷺子が店に入ってきてそれを出迎える。
その姿はいつも通りのあまり愛想がよくない彼である。
「お、レミリアさんだー。ここにお客さんが来るなんて珍しい」
「閑古鳥が本を読んでる店とはいえ来ないわけじゃない」
これはうまいこと言った。
「新しい話し相手が来たことだし、私は魔理沙達の成果を見に帰ることにするわ。あなたの話は面白いしまた来るわ」
「楽しみにしているよ」
湯呑に残ったお茶を飲み私は彼らに別れを告げる。
愛想の悪い表情に戻っているが、彼の口元は戻しきれなかったらしく、少し上のほうにあがって嬉しそうにしていた。
それはそうと、段落が一切ないって結構読みにくいね
面白かったです
話の内容は面白いのに
段落作るのがまだまだ課題なので頑張っていきます。
でも面白い!