―1―
『鶏が先か、卵が先か』 という逸話がある。
答えは簡単、どっちも神がまとめて作った。
しかし、卵だろうが鶏だろうが人類だろうが湖だろうが八岐大蛇だろうが作ってしまう神様な私でも、何でも首尾よくいくわけではない。
むしろ、計算違いの産物や道楽から、奇跡は誕生する。
神々が暇を持て余した末に、水の上歩いてみたり、戦争してみたり、日が登ってきたり、大蛇に食われてみたりしている事実が奇跡だというのなら、申し訳ないが計算で作っちゃいない。
そうこうして、この三文記事が奇跡に繋がるかどうか、立膝ついて頭のしめ縄を弄りながら考えはじめて二十分ぐらい経ってしまった。
我が神社の腋だし巫女、東風谷早苗が大きな目をしこたま明後日の方向に輝かせ奮起し、
「神奈子様! 私たちの奇跡の軌跡がついに書面になるそうですよ!! 武勇伝になりますよ!!! デデンデンデンデンデデーン!!!!」
などと、常識を超えた阿呆な事をいいながら、天狗新聞の記事を寄越して二十分。
真面目に奇跡を起こしていれば、地球の何処か一カ国なら平和をもたらす事が出来る時間だ。
勿論、戯れに救ってしまうのが奇跡なので、場所は地図を描いて流鏑馬で決める。
もう一度新聞記事を見やると、
『悲しき宗教戦争! 君は何を信じるのか!!』
仰々しい、目の疲れる色をした赤文字で書かれている。
記事の内容は端的に言えばこうだ。
近々幻想郷内で神道、仏教、道教ら勢力が主張しあった対談を行い、外の世界で発表する。その影響が幻想郷にも多大に発生するであろう。
ふふーん。
全く以て阿呆な話だ。
八百万もいる神々やら妖怪やら聖人君主やら説法説話やらの、何を信じるのが正しいかなんて貴様らが主張しあってどうする?
まぁ、私も信者の為に「我に従うが正しい也」と主張する身であり、「我を有難がらぬ愚者共を殲滅すべし」ぐらい昔は我儘を言っていたから、心意気は理解するが……
その末、結局のところ、理解出来ない事を知っている。
私の隣で体育座りをしながらサスペンスドラマの再放送を見ている諏訪子と国の取り合いをしたって、その時は害虫を潰すのと何ら差はなかった。
その後この幻想郷に来て、諏訪子がやった主な事柄といえば、弾幕ごっこをしたり、山の上に風船人形をおったてて紐なしバンジーをすることだ。
戯れにもほどがある、だが侵略してやった頃よりは、こいつが可愛く見えてくるから不思議でならない。
まるで芋虫のような体制でも問題なく神徳のある少女の顔立ち。楽しそうに横一文字をかいた口。
大戦やってた頃ならば、同じ顔でも薄ら気持ち悪い蛙面にしか見えないだろう。
そういう事なのだ。
私もテレビの方に向き直り、とりあえず呟いてみる。
「なぁ、諏訪子。この記事をどう読む?」
「へー、神奈子ったら、そんな記事に興味津津なの……びっくりしたー」
「多少なりとも、我々に関係のある話だろ。興味なくして発展はない」
「いや、びっくりしたってのは、ほら、うわー、首チョンパだよ」
ドラマは第二の殺人が伴天連十字架の見立てになっている場面のようだ。
「空想娯楽ですら、同族同士で殺しあわなければならないとは、人類は物騒極まりない生き物になってしまったな」
「んー、神奈子だってさ、例えば豊穣の女神達が殺されたりしたら、なんかワクワクしない?」
「しないよ。お前趣味悪いな」
「私は絶対ドキドキしちゃうよ。胸の高鳴りが抑えられないだろうし、早苗に解決させようとかしちゃう!」
「自分で動けよ」
「いやー、そこは神の視点でないとさ、コワイじゃない」
お前の目で見りゃなんだって神の視点だろうが。
「あ、このドラマさ、家政婦が怪しいよねー」
「犯人は刑事の相棒の母親、密室の謎は古典的な糸を使った仕掛け」
「……神奈子はさー、嘘つくのが下手だよなぁ。そもそもそんなやつ、全く出て来てないよ」
「私を信じろよ、神だぞ」
マジだったらネタバレじゃん呪うからなー、と人間だったら失禁級の発言を当然のように言ってのけながら、諏訪子は探偵気分に浸り直ってしまった。
映像に現れる触れぬ死体の方が、こいつにとっては対談より価値があるらしい。
逆に私は、阿呆の議論ごっこだと本質思いながらも、影響が本当にあった時の事を何処か恐れていた。
うら若い早苗に腋を出させてまで持ち得た、守矢信仰の力。
無下にするのは、信者達――つまり、我らを信じた者達――へ申し訳が立たないではないか。
早苗の青春を、果物をばら撒いてる阿呆だのお菓子脳だなどと笑われるようになってしまった事の責任も取らねばならない。
このくだらぬ記事は三文道楽だからこそ、奇跡的な変革を及ぼしかねないのだ。
威厳たっぷりに立ち上がると、諏訪子が手を振る。
はいはい、ふりふり。貴族さながらに笑顔でふりかえしてやる。
ついでに、その座り方は下着が丸見えで破廉恥だと伝えてやったら、神奈子のえっちーなどと恥ずかしげも無く笑う。
えっちぃ?
金髪といい、つくづく西洋かぶれだ。
玄関まで律儀に歩いて出ると、早苗に見つかってしまった。異変が起きるのではないかと目を輝かせている。
私が一言、夕飯の材料を買ってきてやるから留守番を頼む、と伝えると、神奈子様さげぽよですよーなどと言う。
さげぽよぉ?
これは何かぶれだ?
すべてを受け入れる幻想郷にすっかり慣れきってしまった我が神社。
アナログ放送が幻想入りしてからは、特に酷い。諏訪子はサスペンスドラマの知識がめきめきついている。
サスペンスの神、諏訪子。
うむ、実に頼れない。事件が起こってからでは遅いからな。
夕飯を買う前に、やるべき事は私一人で行う。
二十分考えた末の結論。最悪の状況の回避。
力の増補による危険予防と自衛力の確保をする。
対談前から他教を攻め滅ぼすなど、今時批判を浴びるし、和平交渉などにいたるほど友好的な種族は幻想郷にはいない。
ならば最悪の事態に備える。憂いなきように。
幻想郷がもしも我々の敵になっても、自衛できるだけの力……
地下に住まう、霊烏路空の所へ、歩を進める。
―2―
実にのどかな縁日だ。
私とお空は団子を食べながら、のんびりと往来のど真ん中を歩いていた。
みたらし団子が旨い。お空(霊烏路空の愛称だそうだが、覚えやすいな)は、ずんだ団子だ。
豆が欲しいか。
―先刻、この鳥妖怪に会った時の事を少し思い出す。
私が灼熱地獄に到達すると、いきなり火球が飛んできた。
それも、御柱3本分ぐらいはあるであろう、まさに太陽の火。景色を見やる暇もなく、視界が赤と黄と熱に支配された。
八咫烏は大層ご機嫌らしいな! 無確認の威嚇射撃でこの火力ならば、取り戻し甲斐もあるというものだ。
私は手刀を用いてまっすぐ突き進む。
風をまとった手刀で真っ二つにわれた火球は、溶岩と交じり合い煙となって消えた。
熱源の張本人は目を丸くして驚いていた。
「すっごーい、焼け死んでない! アンタ何者!? どーやって真っ二つにしたの!?」
おいおい、威嚇じゃなかったのか。逆に畏れを感じてしまった大丈夫かこいつ?
こっそり近づいて八咫烏を回収、諏訪子と私で管理し緊急時の火力として戦闘行為から脱出まで使う手立てだったが……
こいつと弾幕ごっこなどしていたら、それだけで大騒ぎになる。
地霊殿の主、古明地さとりに気づかれないように、こっそりやってきた意味もなくなるだろう。
多勢に無勢もさることながら、印象を悪くするのが、現在は最もいただけない。
あくまでも、霊烏路空本人の一時的な理由で八咫烏を開放してしまったようだから我々で再度預かる、という事件にして筋を通さねばならない。
ふむ、地獄に仏、などとある訳がないな。この状況は私に不利すぎる。
それに、あんまり手を振り回してると、肩こるからなぁ。
作戦変更、餌で釣って言いくるめて回収する。餌付けは阿呆に最も効率の良いやり方だ。
「我は神也。一緒に団子を食おう也」
「お団子! わぁーい!!」
お嬢ちゃん、知らない神様についてっちゃいけないって教わるべきだったな――
神がかった端的な回想をしつつ、自分のおかれた状況に苦笑い。
団子を買ってやり、そのまま山まで連れ込みこっそり八咫烏を抜き取るつもりが、通りがかった村で縁日をやっていた。
神としては、素通りしがたいものがある。
縁日とは、神に対する奉納の意があるからだ。無視してやる訳にいかない。
何より、私はお祭りほど好きな事は他にないのだ。
御柱を坂から突き落とさせるような、大規模の祭りが最も好ましいが、この庶民的で胡散臭い出店と浮かれた人々の集合体というのも、微笑ましいものがある。
私自身の為の縁日でなくても、祝われている神があるならば、一緒になって踊ってやるぐらいはするのが礼節だ。
まぁ、少しぐらい戯れたって、大した差異はあるまい。
みたらし団子という甘味が悪い事にしよう。
幻想郷の嬉しい点の一つに、こうして街中を妖怪や神が歩いていても、それほど驚きがないという事だ。
さすがに御柱をおったてて歩けば、祭りみこしを持ってこられそうなものだが、今は注連縄飾りも外してある。
お空も手足の武具を取り外し、すっかり大和美人で巨乳の美少女として、縁日を堪能していた。
私も、右に同じく。
団子をつつくように食べて上機嫌のお空は、続いて射的の屋台に興味を示したようだ。
ぴたっと止まって獲物を見るような目で見つめている。
肩を叩いてやると、我に返ったようで、私の腕に抱きついてきた。
口のまわりに付いたずんだあんが、我が頬につきそうな程近い。
「ねぇねぇ、神様! あれ楽しそうだよ!」
「一回だけだぞ」
「うわぁーい!」
硬貨を握らせると、私を突き飛ばす勢いで振り返り的屋の親父に、やらしてー! と満面の笑顔でかけよった。
的屋の親父がちょっと助平な顔をする。
この事はお前の母ちゃんに神託として伝えてやろう。
お空は助平親父から火縄銃に似せて作ってある玩具の銃を受け取り、振りかぶって投げた。
……振りかぶって投げた?
一番上の棚の商品郡が弾けて混ざる。助平親父絶叫。近くで見ていた子供達大爆笑。
「お姉ちゃんすげぇ!」
「こんな攻略法があったのかー!」
「へへーん、私はすごいんだぞ!!」
すごいですねー。拍手してやりたい、そのにこやかな顔をはさんで。
私は商品の安否を確かめている助平親父に弁償代として二万円手渡し、神社で厄除けをするように言ってやる。
子供達の英雄、お空の手を掴んでこの場から立ち去ろうとしたら、背中にまるでナメクジのような感触が襲った。
水鉄砲か。服の染み方が心地悪い。
お姉ちゃんを連れてくなー! などと赤い顔して子供達のうち一人が蟹股で神に銃口を向ける。
初恋かな、少年。愛という奴は神を恐れぬからなぁ。
ごめんな、と水鉄砲少年の頭を撫でてやり、その手でもう一度お空の手を掴んで走る。
手を振るお空、見送る少年達。
もしかすると、少年が見る彼女の最後の姿かもしれない。
……すっかり、縁日を楽しみすぎていて本来の目的を私も忘れていた。戯れがすぎる。
対談に向けた戦力強化。
夕飯前には解決するつもりが、そろそろ日が落ちそうだ。
濡らされた服も洗濯したい。
さっさと人目の付かぬところで、力を抜き取ろう。
強引にでも。
「ねえ、神様、ちょっと早いよ」
無視して人の合間を通りぬける。
「見てみて神様、焼きソバだよー!」
香ばしい誘惑ごと無視。
「神様、あれってアナログ放送の塔じゃないかなー」
無視する。
「最近、テレビ見たんだけど面白いんだよ。神様も見てる?」
無視。
道なりを歩いていくと、田んぼが広がっている。
田んぼ道は砂利と雑草が細かく入りこんでおり、殆ど通行に使われていない事がわかる。
秋には米の収穫に色づくのだろうが、収穫後の寂れた様子で風も乾いている。
人通りと活気に溢れた風景とは間逆の、自然と人工田園の調和した寂び。
我々以外は誰もいないようだが、あまりに開けすぎている。
もう少しゆけば山の麓だ。
このまま引っ張って連れ込み、いきなり抜き取る。
手の温かみに嘘をつけなくなる前に。
情が入りきる前に。
「ねぇ、神様。私の力、奪いにきたんでしょ?」
それは無視できないな。
―3―
今日は銃口を向けられてばかりだ。
この場合は砲塔というべきか?
のどかな田んぼ道に似つかわしくない、霊烏路空の右手についた八咫烏の制御棒。
大層気に食わない事に、私にハッキリと照準が合っている。それも間近で。
成る程、一見このまま撃たれたら私は回避できないように見える。
こいつなりに考えたのか、鳥類独特の勘なのか……それとも、私が性急すぎて迂闊なのか。
真っ赤な瞳は、それ自体で私を打ち抜くかのような熱量を感じさせる。
黒い髪が風と力の発露に呼応するようになびいた。
私は顎を少しあげ、霊烏路空に
「我に対してこのような無礼を起こすとは、八百万の神に対する冒涜と見てよいな?」
と、威圧をもって告げてやる。
霊烏路空は表情を変えない。
「ぼーとくだかなんだかわかんないけど、私の力は奪わせないよ」
「奪うのではない、返してもらうだけだ」
「わかんないけど、返せない。返さない」
思いのほか執着心が強い。
「何故返さぬというのか、答えてみせよ」
「この力があれば、さとり様達の役にたつもん」
「力がなくとも、貴方の役目は勤め上げられる。現に貴方が灼熱地獄にいなくとも、地底に危機など起こらぬではないか」
「それでも、力があった方がさとり様褒めてくれるもん!」
「その古明地さとりが、貴方に力を捨てるよう言っているのだ」
「神様、嘘が下手だね。さとり様なら直接私に命令するよ」
思いのほか小賢しい。
こうなったら、このまま戦闘をし手刀をもって気絶させ、正当防衛と公に示してしまった方が早い。
だが、手で振り払うだけの行為がし難い。手を組み直す。一向に解けようと体がしてくれない。
それは霊烏路空の力でも何でもなく、私自身の躊躇だ。
戸惑い。
つい、もう一言口にしてしまう。
「では、もう一つだけ聞いてやろう。お前はその力を如何に使う?」
「自分の為」
「己の欲望の為に使おうなどとは、浅はかなり。我らに渡せば、その力、多くの民のためとなるのだ」
「欲望に使って何が悪いの?」
……何?
「神様、聞いてる? 私の欲望の為に使って何かいけないの? 私がしたい事を叶えるのに、力があるのに、使っちゃいけないの?」
「何度も言うが、それは元々我らが……」
「でも、今は私の力なんだ! 与えられていよーが、なんだろうが私の!! 私の力!!!」
「ようやく使える程度の分際で、自惚れるな」
「自惚れてなきゃやってられないんだよ! 私、バカだけれどこの火力があるんだ!! 使わない方がよっぽどバカだもん!!!」
「バカがわめくな」
「わめくもん! 私の力の為なら大声で言ってやる!! 私の力は!!! 私が使う!!!! 私を奪う奴は私が許さない!!!!!」
……あー。
なるほど、こいつ度し難い阿呆だ。
神に向かって己の為に力を使うなどと自分勝手図々しいにも程があるこの阿呆鳥めが神に向かってどの面さげて睨みつけてよくまぁ言ってくれるつくづく救いがたい信じられないくらい超弩級の阿呆だこれは神罰にくだすべきであろういかようにしてやろうか一先ず我が手刀でもって分割してやろう八か十六か三十二か六十四かまだ足りぬ百二十八にきりわけてその全てを水流の力で粉々に粉砕する転生などさせるものか閻魔裁きにあう前にその阿呆魂をしばりあげ凍土の中に押し込めるように念入りに封印してくれようそれでも私の気は収まらないであろう更にもう一度手刀をもって切り裂いても阿呆は死んでもなおらないだろうから浄化しきって世に生きた証まで葬ってくれようぞ関係者各位まで末代にいたるまで呪い尽くすまったくもって阿呆だくだらないまでに阿呆だどうしようもないなこれほどの阿呆は見たことがないほどの阿呆だ……!
と、同時に。
私自身も随分と阿呆だったと思い知らされてしまった。
そもそも、八咫烏を与えたのは、他ならぬ私なのだ。
愚者から力をとってしまったら、それは何にもならない、生の意を介さぬ消耗品になるのみ。
有象無象のどうでも良い一群衆になれ、などと神が言ってどうする。無力になれなどと説法になるものか。
神が戯れに作り上げた奇跡を、無に帰すというのは神の否定だ。
自ら率先して否定して、どうするっていうんだ……
元々あげていた顎を更にもう一段階上に。
制御棒もお空の少し泣きそうなぐらい厳しい目つきも、全部がすっ飛んで黄色い空が見える。
これから夕焼けへと変わるのだろう。色が滲み混ざる直前の空に、鳶が数羽とんでいるのが見えた。
ゆったりと顔を正面に戻す。腰に手をあて、少々歯を見せて微笑んでやる。
「おい、お空。焼きそば、買ってやってもよいぞ」
「いやだ!」
「……焼きそばを一緒に食べに行こう」
「え! いいの! やったぁー!!」
全く、阿呆だ。
―4―
台所で赤玉の卵一パック三百円と鶏肉九百グラム九百八十円を袋ごと早苗に渡し、親子丼を作るように命じて蜜柑袋を片手に居間まで戻ってきた。
お空とは、焼きそばを食べた後、そのまま灼熱地獄まで送り届けてやり、主人の古明地さとりにも会って縁日に行っていた事を伝えておいた。
食費が浮いて助かりますお世話になりました、とだけ古明地さとりは言って、軽い会釈をして引っ込んだ。
地上に出ると、夕焼けも僅かに地平線に見えるかな? という所まで時刻はすぎていて、急いで肉屋で買って帰った。
私自身も焼きそばを食べていれば、食費が浮いたのだろうが、あんまりお空が旨そうに焼きそばをつつくので、ついつい餌付けをしてしまい私の分も殆どお空の胃の中に吸収されていった。
阿呆鳥よ、たんと育つが良い。
居間のちゃぶ台の前で、未だ体育座りで諏訪子はテレビを見ていた。
外の世界の討論番組のようで、政治について語っているようだが、こいつら確かお笑い芸人ではなかったか? というような連中が白髪混じりの親父達を叫弾している。
諏訪子は私に気づくなり、ただでさえ丸い目を大きくして、
「あー、神奈子だ! お前末代まで祟るからなー!」
と物騒極まる一言で迎えてくれた。
「いきなり何を言ってるんだ。電波の影響を受けていよいよおかしくなったか」
「違うわ。昼のドラマ……犯人が刑事の相棒の母親。トリックは糸を使ってそれを引っ張る事で鍵が落ちる。母親の名前がマリアだってさ、なめてるよなー」
「え?」
おお、奇跡だ。
場末の酒場のようなくだらない討論番組を見ながら、私は天狗新聞の記事を折って簡易屑籠を作り、みかんの皮を捨てた。
諏訪子は番組で政治家が叩かれるたびに、うんうん言いながら笑顔。
三つ目の蜜柑を放ってやると、テレビを見たまま正確に受け止めた。器用だ。
幻想郷で行われるという対談も、きっとこんなくだらない二時間特番のように笑えて明日には忘れているような物になるだろう、と考える事にした。
次は我が身だと思うと、この番組も少しは面白く見えてくる。お、この評論家とやらは博麗の巫女っぽい。
どうせなら、私はさっきから辛辣な事を正論めいて喚いているこの太ったおばさん役でもやってやる。話を思いっきり戯れにかき乱してくれよう。
太りたくはないがな。
番組が車の宣伝に切り替わったところで、乳製品じみた良い匂いと共に我らの巫女東風谷早苗が、腋の見えるポーズで親子丼と味噌汁を持ってきた。
そういえば無意識に卵と鶏肉を選んでしまったが、多分憂さ晴らしも兼ねている。鳥妖怪を見て親子丼、とは我ながら単純な思考だ。
買ってあった三つ葉が黄金の輝きより優しい黄色に添えられている。見ただけでふわふわとした食感なのがわかる玉子に、醤油の匂いが食欲をそそる。
玉ねぎもくわえてあるようで、微かに飴色が入っている。
諏訪子もちゃぶ台の方に向きなおった。紅葉柄の可愛い塗り箸が私の前におかれる。
いただきます。
『鶏が先か、卵が先か』 という逸話がある。
答えは簡単、どっちも神がまとめて作った。
しかし、ひよこから鶏になるのは神が決めた訳ではないし、親子丼を作ったのは人間だ。
神が起こす奇跡は戯れ千万だが、鶏や人間達の起こす奇跡は生の表れ……己の力だ。
卵から孵ったばかりの阿呆鳥が、最高級の旨い鶏になる奇跡を、私は神の視点をもってゆったりと眺めるとしよう。
それにつけても、親子丼が旨い!
はふはふ。
―了―
『鶏が先か、卵が先か』 という逸話がある。
答えは簡単、どっちも神がまとめて作った。
しかし、卵だろうが鶏だろうが人類だろうが湖だろうが八岐大蛇だろうが作ってしまう神様な私でも、何でも首尾よくいくわけではない。
むしろ、計算違いの産物や道楽から、奇跡は誕生する。
神々が暇を持て余した末に、水の上歩いてみたり、戦争してみたり、日が登ってきたり、大蛇に食われてみたりしている事実が奇跡だというのなら、申し訳ないが計算で作っちゃいない。
そうこうして、この三文記事が奇跡に繋がるかどうか、立膝ついて頭のしめ縄を弄りながら考えはじめて二十分ぐらい経ってしまった。
我が神社の腋だし巫女、東風谷早苗が大きな目をしこたま明後日の方向に輝かせ奮起し、
「神奈子様! 私たちの奇跡の軌跡がついに書面になるそうですよ!! 武勇伝になりますよ!!! デデンデンデンデンデデーン!!!!」
などと、常識を超えた阿呆な事をいいながら、天狗新聞の記事を寄越して二十分。
真面目に奇跡を起こしていれば、地球の何処か一カ国なら平和をもたらす事が出来る時間だ。
勿論、戯れに救ってしまうのが奇跡なので、場所は地図を描いて流鏑馬で決める。
もう一度新聞記事を見やると、
『悲しき宗教戦争! 君は何を信じるのか!!』
仰々しい、目の疲れる色をした赤文字で書かれている。
記事の内容は端的に言えばこうだ。
近々幻想郷内で神道、仏教、道教ら勢力が主張しあった対談を行い、外の世界で発表する。その影響が幻想郷にも多大に発生するであろう。
ふふーん。
全く以て阿呆な話だ。
八百万もいる神々やら妖怪やら聖人君主やら説法説話やらの、何を信じるのが正しいかなんて貴様らが主張しあってどうする?
まぁ、私も信者の為に「我に従うが正しい也」と主張する身であり、「我を有難がらぬ愚者共を殲滅すべし」ぐらい昔は我儘を言っていたから、心意気は理解するが……
その末、結局のところ、理解出来ない事を知っている。
私の隣で体育座りをしながらサスペンスドラマの再放送を見ている諏訪子と国の取り合いをしたって、その時は害虫を潰すのと何ら差はなかった。
その後この幻想郷に来て、諏訪子がやった主な事柄といえば、弾幕ごっこをしたり、山の上に風船人形をおったてて紐なしバンジーをすることだ。
戯れにもほどがある、だが侵略してやった頃よりは、こいつが可愛く見えてくるから不思議でならない。
まるで芋虫のような体制でも問題なく神徳のある少女の顔立ち。楽しそうに横一文字をかいた口。
大戦やってた頃ならば、同じ顔でも薄ら気持ち悪い蛙面にしか見えないだろう。
そういう事なのだ。
私もテレビの方に向き直り、とりあえず呟いてみる。
「なぁ、諏訪子。この記事をどう読む?」
「へー、神奈子ったら、そんな記事に興味津津なの……びっくりしたー」
「多少なりとも、我々に関係のある話だろ。興味なくして発展はない」
「いや、びっくりしたってのは、ほら、うわー、首チョンパだよ」
ドラマは第二の殺人が伴天連十字架の見立てになっている場面のようだ。
「空想娯楽ですら、同族同士で殺しあわなければならないとは、人類は物騒極まりない生き物になってしまったな」
「んー、神奈子だってさ、例えば豊穣の女神達が殺されたりしたら、なんかワクワクしない?」
「しないよ。お前趣味悪いな」
「私は絶対ドキドキしちゃうよ。胸の高鳴りが抑えられないだろうし、早苗に解決させようとかしちゃう!」
「自分で動けよ」
「いやー、そこは神の視点でないとさ、コワイじゃない」
お前の目で見りゃなんだって神の視点だろうが。
「あ、このドラマさ、家政婦が怪しいよねー」
「犯人は刑事の相棒の母親、密室の謎は古典的な糸を使った仕掛け」
「……神奈子はさー、嘘つくのが下手だよなぁ。そもそもそんなやつ、全く出て来てないよ」
「私を信じろよ、神だぞ」
マジだったらネタバレじゃん呪うからなー、と人間だったら失禁級の発言を当然のように言ってのけながら、諏訪子は探偵気分に浸り直ってしまった。
映像に現れる触れぬ死体の方が、こいつにとっては対談より価値があるらしい。
逆に私は、阿呆の議論ごっこだと本質思いながらも、影響が本当にあった時の事を何処か恐れていた。
うら若い早苗に腋を出させてまで持ち得た、守矢信仰の力。
無下にするのは、信者達――つまり、我らを信じた者達――へ申し訳が立たないではないか。
早苗の青春を、果物をばら撒いてる阿呆だのお菓子脳だなどと笑われるようになってしまった事の責任も取らねばならない。
このくだらぬ記事は三文道楽だからこそ、奇跡的な変革を及ぼしかねないのだ。
威厳たっぷりに立ち上がると、諏訪子が手を振る。
はいはい、ふりふり。貴族さながらに笑顔でふりかえしてやる。
ついでに、その座り方は下着が丸見えで破廉恥だと伝えてやったら、神奈子のえっちーなどと恥ずかしげも無く笑う。
えっちぃ?
金髪といい、つくづく西洋かぶれだ。
玄関まで律儀に歩いて出ると、早苗に見つかってしまった。異変が起きるのではないかと目を輝かせている。
私が一言、夕飯の材料を買ってきてやるから留守番を頼む、と伝えると、神奈子様さげぽよですよーなどと言う。
さげぽよぉ?
これは何かぶれだ?
すべてを受け入れる幻想郷にすっかり慣れきってしまった我が神社。
アナログ放送が幻想入りしてからは、特に酷い。諏訪子はサスペンスドラマの知識がめきめきついている。
サスペンスの神、諏訪子。
うむ、実に頼れない。事件が起こってからでは遅いからな。
夕飯を買う前に、やるべき事は私一人で行う。
二十分考えた末の結論。最悪の状況の回避。
力の増補による危険予防と自衛力の確保をする。
対談前から他教を攻め滅ぼすなど、今時批判を浴びるし、和平交渉などにいたるほど友好的な種族は幻想郷にはいない。
ならば最悪の事態に備える。憂いなきように。
幻想郷がもしも我々の敵になっても、自衛できるだけの力……
地下に住まう、霊烏路空の所へ、歩を進める。
―2―
実にのどかな縁日だ。
私とお空は団子を食べながら、のんびりと往来のど真ん中を歩いていた。
みたらし団子が旨い。お空(霊烏路空の愛称だそうだが、覚えやすいな)は、ずんだ団子だ。
豆が欲しいか。
―先刻、この鳥妖怪に会った時の事を少し思い出す。
私が灼熱地獄に到達すると、いきなり火球が飛んできた。
それも、御柱3本分ぐらいはあるであろう、まさに太陽の火。景色を見やる暇もなく、視界が赤と黄と熱に支配された。
八咫烏は大層ご機嫌らしいな! 無確認の威嚇射撃でこの火力ならば、取り戻し甲斐もあるというものだ。
私は手刀を用いてまっすぐ突き進む。
風をまとった手刀で真っ二つにわれた火球は、溶岩と交じり合い煙となって消えた。
熱源の張本人は目を丸くして驚いていた。
「すっごーい、焼け死んでない! アンタ何者!? どーやって真っ二つにしたの!?」
おいおい、威嚇じゃなかったのか。逆に畏れを感じてしまった大丈夫かこいつ?
こっそり近づいて八咫烏を回収、諏訪子と私で管理し緊急時の火力として戦闘行為から脱出まで使う手立てだったが……
こいつと弾幕ごっこなどしていたら、それだけで大騒ぎになる。
地霊殿の主、古明地さとりに気づかれないように、こっそりやってきた意味もなくなるだろう。
多勢に無勢もさることながら、印象を悪くするのが、現在は最もいただけない。
あくまでも、霊烏路空本人の一時的な理由で八咫烏を開放してしまったようだから我々で再度預かる、という事件にして筋を通さねばならない。
ふむ、地獄に仏、などとある訳がないな。この状況は私に不利すぎる。
それに、あんまり手を振り回してると、肩こるからなぁ。
作戦変更、餌で釣って言いくるめて回収する。餌付けは阿呆に最も効率の良いやり方だ。
「我は神也。一緒に団子を食おう也」
「お団子! わぁーい!!」
お嬢ちゃん、知らない神様についてっちゃいけないって教わるべきだったな――
神がかった端的な回想をしつつ、自分のおかれた状況に苦笑い。
団子を買ってやり、そのまま山まで連れ込みこっそり八咫烏を抜き取るつもりが、通りがかった村で縁日をやっていた。
神としては、素通りしがたいものがある。
縁日とは、神に対する奉納の意があるからだ。無視してやる訳にいかない。
何より、私はお祭りほど好きな事は他にないのだ。
御柱を坂から突き落とさせるような、大規模の祭りが最も好ましいが、この庶民的で胡散臭い出店と浮かれた人々の集合体というのも、微笑ましいものがある。
私自身の為の縁日でなくても、祝われている神があるならば、一緒になって踊ってやるぐらいはするのが礼節だ。
まぁ、少しぐらい戯れたって、大した差異はあるまい。
みたらし団子という甘味が悪い事にしよう。
幻想郷の嬉しい点の一つに、こうして街中を妖怪や神が歩いていても、それほど驚きがないという事だ。
さすがに御柱をおったてて歩けば、祭りみこしを持ってこられそうなものだが、今は注連縄飾りも外してある。
お空も手足の武具を取り外し、すっかり大和美人で巨乳の美少女として、縁日を堪能していた。
私も、右に同じく。
団子をつつくように食べて上機嫌のお空は、続いて射的の屋台に興味を示したようだ。
ぴたっと止まって獲物を見るような目で見つめている。
肩を叩いてやると、我に返ったようで、私の腕に抱きついてきた。
口のまわりに付いたずんだあんが、我が頬につきそうな程近い。
「ねぇねぇ、神様! あれ楽しそうだよ!」
「一回だけだぞ」
「うわぁーい!」
硬貨を握らせると、私を突き飛ばす勢いで振り返り的屋の親父に、やらしてー! と満面の笑顔でかけよった。
的屋の親父がちょっと助平な顔をする。
この事はお前の母ちゃんに神託として伝えてやろう。
お空は助平親父から火縄銃に似せて作ってある玩具の銃を受け取り、振りかぶって投げた。
……振りかぶって投げた?
一番上の棚の商品郡が弾けて混ざる。助平親父絶叫。近くで見ていた子供達大爆笑。
「お姉ちゃんすげぇ!」
「こんな攻略法があったのかー!」
「へへーん、私はすごいんだぞ!!」
すごいですねー。拍手してやりたい、そのにこやかな顔をはさんで。
私は商品の安否を確かめている助平親父に弁償代として二万円手渡し、神社で厄除けをするように言ってやる。
子供達の英雄、お空の手を掴んでこの場から立ち去ろうとしたら、背中にまるでナメクジのような感触が襲った。
水鉄砲か。服の染み方が心地悪い。
お姉ちゃんを連れてくなー! などと赤い顔して子供達のうち一人が蟹股で神に銃口を向ける。
初恋かな、少年。愛という奴は神を恐れぬからなぁ。
ごめんな、と水鉄砲少年の頭を撫でてやり、その手でもう一度お空の手を掴んで走る。
手を振るお空、見送る少年達。
もしかすると、少年が見る彼女の最後の姿かもしれない。
……すっかり、縁日を楽しみすぎていて本来の目的を私も忘れていた。戯れがすぎる。
対談に向けた戦力強化。
夕飯前には解決するつもりが、そろそろ日が落ちそうだ。
濡らされた服も洗濯したい。
さっさと人目の付かぬところで、力を抜き取ろう。
強引にでも。
「ねえ、神様、ちょっと早いよ」
無視して人の合間を通りぬける。
「見てみて神様、焼きソバだよー!」
香ばしい誘惑ごと無視。
「神様、あれってアナログ放送の塔じゃないかなー」
無視する。
「最近、テレビ見たんだけど面白いんだよ。神様も見てる?」
無視。
道なりを歩いていくと、田んぼが広がっている。
田んぼ道は砂利と雑草が細かく入りこんでおり、殆ど通行に使われていない事がわかる。
秋には米の収穫に色づくのだろうが、収穫後の寂れた様子で風も乾いている。
人通りと活気に溢れた風景とは間逆の、自然と人工田園の調和した寂び。
我々以外は誰もいないようだが、あまりに開けすぎている。
もう少しゆけば山の麓だ。
このまま引っ張って連れ込み、いきなり抜き取る。
手の温かみに嘘をつけなくなる前に。
情が入りきる前に。
「ねぇ、神様。私の力、奪いにきたんでしょ?」
それは無視できないな。
―3―
今日は銃口を向けられてばかりだ。
この場合は砲塔というべきか?
のどかな田んぼ道に似つかわしくない、霊烏路空の右手についた八咫烏の制御棒。
大層気に食わない事に、私にハッキリと照準が合っている。それも間近で。
成る程、一見このまま撃たれたら私は回避できないように見える。
こいつなりに考えたのか、鳥類独特の勘なのか……それとも、私が性急すぎて迂闊なのか。
真っ赤な瞳は、それ自体で私を打ち抜くかのような熱量を感じさせる。
黒い髪が風と力の発露に呼応するようになびいた。
私は顎を少しあげ、霊烏路空に
「我に対してこのような無礼を起こすとは、八百万の神に対する冒涜と見てよいな?」
と、威圧をもって告げてやる。
霊烏路空は表情を変えない。
「ぼーとくだかなんだかわかんないけど、私の力は奪わせないよ」
「奪うのではない、返してもらうだけだ」
「わかんないけど、返せない。返さない」
思いのほか執着心が強い。
「何故返さぬというのか、答えてみせよ」
「この力があれば、さとり様達の役にたつもん」
「力がなくとも、貴方の役目は勤め上げられる。現に貴方が灼熱地獄にいなくとも、地底に危機など起こらぬではないか」
「それでも、力があった方がさとり様褒めてくれるもん!」
「その古明地さとりが、貴方に力を捨てるよう言っているのだ」
「神様、嘘が下手だね。さとり様なら直接私に命令するよ」
思いのほか小賢しい。
こうなったら、このまま戦闘をし手刀をもって気絶させ、正当防衛と公に示してしまった方が早い。
だが、手で振り払うだけの行為がし難い。手を組み直す。一向に解けようと体がしてくれない。
それは霊烏路空の力でも何でもなく、私自身の躊躇だ。
戸惑い。
つい、もう一言口にしてしまう。
「では、もう一つだけ聞いてやろう。お前はその力を如何に使う?」
「自分の為」
「己の欲望の為に使おうなどとは、浅はかなり。我らに渡せば、その力、多くの民のためとなるのだ」
「欲望に使って何が悪いの?」
……何?
「神様、聞いてる? 私の欲望の為に使って何かいけないの? 私がしたい事を叶えるのに、力があるのに、使っちゃいけないの?」
「何度も言うが、それは元々我らが……」
「でも、今は私の力なんだ! 与えられていよーが、なんだろうが私の!! 私の力!!!」
「ようやく使える程度の分際で、自惚れるな」
「自惚れてなきゃやってられないんだよ! 私、バカだけれどこの火力があるんだ!! 使わない方がよっぽどバカだもん!!!」
「バカがわめくな」
「わめくもん! 私の力の為なら大声で言ってやる!! 私の力は!!! 私が使う!!!! 私を奪う奴は私が許さない!!!!!」
……あー。
なるほど、こいつ度し難い阿呆だ。
神に向かって己の為に力を使うなどと自分勝手図々しいにも程があるこの阿呆鳥めが神に向かってどの面さげて睨みつけてよくまぁ言ってくれるつくづく救いがたい信じられないくらい超弩級の阿呆だこれは神罰にくだすべきであろういかようにしてやろうか一先ず我が手刀でもって分割してやろう八か十六か三十二か六十四かまだ足りぬ百二十八にきりわけてその全てを水流の力で粉々に粉砕する転生などさせるものか閻魔裁きにあう前にその阿呆魂をしばりあげ凍土の中に押し込めるように念入りに封印してくれようそれでも私の気は収まらないであろう更にもう一度手刀をもって切り裂いても阿呆は死んでもなおらないだろうから浄化しきって世に生きた証まで葬ってくれようぞ関係者各位まで末代にいたるまで呪い尽くすまったくもって阿呆だくだらないまでに阿呆だどうしようもないなこれほどの阿呆は見たことがないほどの阿呆だ……!
と、同時に。
私自身も随分と阿呆だったと思い知らされてしまった。
そもそも、八咫烏を与えたのは、他ならぬ私なのだ。
愚者から力をとってしまったら、それは何にもならない、生の意を介さぬ消耗品になるのみ。
有象無象のどうでも良い一群衆になれ、などと神が言ってどうする。無力になれなどと説法になるものか。
神が戯れに作り上げた奇跡を、無に帰すというのは神の否定だ。
自ら率先して否定して、どうするっていうんだ……
元々あげていた顎を更にもう一段階上に。
制御棒もお空の少し泣きそうなぐらい厳しい目つきも、全部がすっ飛んで黄色い空が見える。
これから夕焼けへと変わるのだろう。色が滲み混ざる直前の空に、鳶が数羽とんでいるのが見えた。
ゆったりと顔を正面に戻す。腰に手をあて、少々歯を見せて微笑んでやる。
「おい、お空。焼きそば、買ってやってもよいぞ」
「いやだ!」
「……焼きそばを一緒に食べに行こう」
「え! いいの! やったぁー!!」
全く、阿呆だ。
―4―
台所で赤玉の卵一パック三百円と鶏肉九百グラム九百八十円を袋ごと早苗に渡し、親子丼を作るように命じて蜜柑袋を片手に居間まで戻ってきた。
お空とは、焼きそばを食べた後、そのまま灼熱地獄まで送り届けてやり、主人の古明地さとりにも会って縁日に行っていた事を伝えておいた。
食費が浮いて助かりますお世話になりました、とだけ古明地さとりは言って、軽い会釈をして引っ込んだ。
地上に出ると、夕焼けも僅かに地平線に見えるかな? という所まで時刻はすぎていて、急いで肉屋で買って帰った。
私自身も焼きそばを食べていれば、食費が浮いたのだろうが、あんまりお空が旨そうに焼きそばをつつくので、ついつい餌付けをしてしまい私の分も殆どお空の胃の中に吸収されていった。
阿呆鳥よ、たんと育つが良い。
居間のちゃぶ台の前で、未だ体育座りで諏訪子はテレビを見ていた。
外の世界の討論番組のようで、政治について語っているようだが、こいつら確かお笑い芸人ではなかったか? というような連中が白髪混じりの親父達を叫弾している。
諏訪子は私に気づくなり、ただでさえ丸い目を大きくして、
「あー、神奈子だ! お前末代まで祟るからなー!」
と物騒極まる一言で迎えてくれた。
「いきなり何を言ってるんだ。電波の影響を受けていよいよおかしくなったか」
「違うわ。昼のドラマ……犯人が刑事の相棒の母親。トリックは糸を使ってそれを引っ張る事で鍵が落ちる。母親の名前がマリアだってさ、なめてるよなー」
「え?」
おお、奇跡だ。
場末の酒場のようなくだらない討論番組を見ながら、私は天狗新聞の記事を折って簡易屑籠を作り、みかんの皮を捨てた。
諏訪子は番組で政治家が叩かれるたびに、うんうん言いながら笑顔。
三つ目の蜜柑を放ってやると、テレビを見たまま正確に受け止めた。器用だ。
幻想郷で行われるという対談も、きっとこんなくだらない二時間特番のように笑えて明日には忘れているような物になるだろう、と考える事にした。
次は我が身だと思うと、この番組も少しは面白く見えてくる。お、この評論家とやらは博麗の巫女っぽい。
どうせなら、私はさっきから辛辣な事を正論めいて喚いているこの太ったおばさん役でもやってやる。話を思いっきり戯れにかき乱してくれよう。
太りたくはないがな。
番組が車の宣伝に切り替わったところで、乳製品じみた良い匂いと共に我らの巫女東風谷早苗が、腋の見えるポーズで親子丼と味噌汁を持ってきた。
そういえば無意識に卵と鶏肉を選んでしまったが、多分憂さ晴らしも兼ねている。鳥妖怪を見て親子丼、とは我ながら単純な思考だ。
買ってあった三つ葉が黄金の輝きより優しい黄色に添えられている。見ただけでふわふわとした食感なのがわかる玉子に、醤油の匂いが食欲をそそる。
玉ねぎもくわえてあるようで、微かに飴色が入っている。
諏訪子もちゃぶ台の方に向きなおった。紅葉柄の可愛い塗り箸が私の前におかれる。
いただきます。
『鶏が先か、卵が先か』 という逸話がある。
答えは簡単、どっちも神がまとめて作った。
しかし、ひよこから鶏になるのは神が決めた訳ではないし、親子丼を作ったのは人間だ。
神が起こす奇跡は戯れ千万だが、鶏や人間達の起こす奇跡は生の表れ……己の力だ。
卵から孵ったばかりの阿呆鳥が、最高級の旨い鶏になる奇跡を、私は神の視点をもってゆったりと眺めるとしよう。
それにつけても、親子丼が旨い!
はふはふ。
―了―
それはそうと、これはいい神様。
戯れに鳥を餌付けしてもまるで神性が損なわれない…!
そして漂うエロさ
神奈子様視点でのコミカル物はあまり読んだ事なかったので楽しめました
作者さん流の味付けがきいてます。まさに二次創作という親子丼。
ただまあ、なんとなくよくわかんないなーとはちょっと思う……これ読みにくいっていうのはたぶん、文章そのものへのあれこれというよりは、話の筋がスパッとつかめない系のアレじゃないかなーと感じたりします。
具体的に例を挙げると、神奈子が何を考えて作中の行動をしたのかが正直よくわからない。おくうの力を奪うという、言ってみれば「物騒な」行動を取るまでの過程、理屈。『二十分考えた末の結論。最悪の状況の回避。~』が作中での理屈付けの位置にあると思いますが、個人的な感覚としては、これは神奈子の行動を説明する理屈として「最低限」に足りてないかなーと。なのでそれ以降、神奈子がおくうの力を奪おうとすることに関する記述や、全体的な話の流れがだいたいよくわからないことになっていく。
どんな理屈で話が進んでるのか掴みにくい、がキャラクターを魅力的に描けてるのでなんとなく読ませることができる……がしかしそれではやっぱり「なんとなく」でしかないのかな、とか。
……ただここまで書いておいてなんですが、ひょっとしたら「説明不足」ではなく「前提の違い」なのかもしれないので、そこらへんは、なんというかまあ、作者さんの方でうまい具合に咀嚼してくださいw(たとえば、わたしは『神奈子が物騒な手段に出る理屈』が不足しているのではないかと言っているわけですが、もしかしたら作者さんは、『そもそも神奈子は息をするように物騒な手段を選択するキャラクター』だと解釈していて、その違いが出たのかもしれない。そこのところはちょっとわたしにはわからないため)