きょおからにっきおかく。
わたしはにっきなんてやりたくないけど、おじょおさまにかけといわれたからからしよおがない。
おじょおさまは、さくやになまえをくれたえらいひとだから。
さくやはおじょおさまにきらわれたくないから。
だから、がんばる。
おじょおさまに、おそおじとおせんたくをおしえてもっらた。
さいしょにひとりでやってみた。とけいおとめて、おやしきぜんぶあらったけど、しっぱいだったみたい。ぞうきんはちゃんとしぼらないとだめなんだって。おせんたくものも、ひろげて、ぱんってやるといいみたい。
おじょおさまはなんでもしってて、やっぱりすごい。
きょおは、おじょおさまにごはんおつくってもらった。みるくとはむとおやさいの、りぞっと? というやつ。
さくやはばかだからよくわからないけど、じぶんのごしゅじんさまにごはんおつくってもらうのは、ちょっとよくないことじゃないかなとおもった。
でも、りぞっとはすごくおいしくて、ごみばこにはいってるごはんとはぜんぜんちがった。
またつくってほしいなあ。
でも、こんどはさくやがおじょおさまにごはんおつくってあげよう。ぎぶあんどていくだって、まえのとこで、おとながよくいってた。
なにがいいかなあ。
◆
「懐かしいわね……」
ページをめくるたびに笑みがこぼれる。
レミリアはカップを傾け、コーヒーを一口含んだ。
「律儀なやつ」
確かに、文字の練習や仕事面での成長を促すために、「日記でも書いてみたら?」と言った記憶はある。しかしそれはちょっとした思いつきで、何が何でも守り続けなければならない決まり、なんてそんなつもりはなかった。
私の何気ない一言が、咲夜の中ではこんなにも大きなものだったのかと、そのことを知って、なんだか嬉しいような、むずがゆいような気持ちになった。
ページをめくる。
◆
めーりんちゃんにおべんきょうをおしえてもらった。をってもじをおしえてもらった。今までまちがってたのね。失ぱい失ぱい。
めーりんちゃんはかん字がとくいみたい。
おじょうさまも「スカーレット家のメイドたるもの、よみかきができないでどうするの」って言ってたから、がんばる。
それから、ないしょでキッチンからナイフをかりてきた。
おじょうさまはきゅうけつきだから、血が好きだとおもう。
手を切るのはこわいけど、おじょうさまのために、がんばる。
おいしいって言ってくれるといいなあ。
おじょうさまにかみついてしまった。おもい切りやってしまった。
いやだ。いやだ、いやだ。ぜったいきらわれた。
さくや、また失ぱいしてしちゃった。おじょうさまはさくやの血をのんでくれなかった。それからたたかれた。なにがなんだかわからなくなって、かみついてしまった。さくやはわるい子だ。
ごめんなさいおじょうさま、ごめんなさい。いっぱいいっぱいあやまるから、さくやのことをきらいにならないでください。
おねがいします。
きのうはおじょうさまといっしょにねた。おじょうさまは「ごめんね」と言っていた。わるい子なのはさくやなのに。
おじょうさまは、さくやをきらいにならないでくれるのかな。
ずきずき体はいたいけど、そんなことどうでもいいや。早くおしごとがしたい。ベッドの上じゃ、おじょうさまのやくにはたてないよ。
◆
「……聞こえてたんだ、咲夜」
咲夜が私のために手を切った時のことを思い出す。
あの子はただ私のため、私に喜んでもらいたくて手を切った。
それまでの生で欠片も与えられなかった愛情を渇望して。
そんなあの子が愛しくて。
そんな彼女にした世界が憎くて。
行き場のないはずの感情を、咲夜にぶつけてしまった。
咲夜、痛かったろうなぁ……。
◆
おじょうさまから、口調をなんとかしなさいと言われた。レディとしてのたしなみとか。
おじょうさまのようなりっぱなレディにはなりたいから、がんばろうと思う。
とりあえず、「ですわ」と「ますわ」と「かしら」をくせにしようかしら。
かしら。
ふふ、かしら。
お料理のうでも上がってきたわね、とほめられた。これも美鈴ちゃんのおかげだ。
おじょうさまにほめられるのは、とてもうれしい。
もっとがんばろうと思う。ふぁいとっ。
……ラーメンって、奥が深いのね
パチュリー様はちょっとだらしなさすぎると思う。
図書館はほこりっぽくて、空気が悪い。そのままじゃぜん息はよくなりませんよ?
と進言してみたら、翌日には小悪魔なるものが召喚されていた。
その行動力をもっと別のところへ向けてみたらどうなのか。
……なんてことを思ったりしたけれど、パチュリー様はあのままでいいのかもしれない。
花の名前や、雲の種類。外の世界の風習、歴史、その他様々な知識を、聞けば……まぁ、教えてくれる。
あの方は、あの方一人で大図書館だ。それでいいのかもしれないし、パチュリー様はそれでいいと思っているのだろう。
動かない大図書館。
我ながらいいネーミングセンスね。
博麗の巫女とやらがやってきた。お嬢様が発生させた紅い霧を止めるためにやってきたのだ。
今回、その巫女が考案した方法で決闘を行なったのだが、これがなかなか面白かった。スペルカードルールというものだ。
私も自分の能力を使ったスペルカードを作って戦ってみたが、創始者には勝てなかった。
まぁ、本気半分お遊び半分の決闘だし、お嬢様もいずれ誰かが自分をこらしてるためにやってくるだろうくらいの考えで発生させた異変だから、私の役目は『勝つこと』ではなかったと思う。
だから、負けてもよかったのだ。
よかったのだ。
でも、お嬢様が言ったあの一言はショックだった。
「やっぱり、人間って使えないわね」
あれはない。あれはひどい。
もちろん演出のためだってことはわかってる。でも、悲しいものは悲しいんだ。
ちょっと泣いちゃった。
◆
「うぅ……やっぱり使えないは言い過ぎだったかしら……」
咲夜ならわかってくれるだろうと思って、つい調子に乗って言ってしまったセリフだが、わかっていても、やはり傷つくものは傷つくのだろう。
配慮が足りなかったと、今更ながらに反省。
「……咲夜、頑張ってくれてたものね」
雪の降る春だって、咲夜はとっても頑張ってくれた。「幻想郷のお花見は、咲夜が守りますっ」と異変解決に飛び出していった咲夜。
終わらない夜の空を二人で翔けたこともあった。
お騒がせ天人が異変を起こした時なんて、「天人って頑丈ですのね。ナイフが刺さりませんでした」と事も無げに言ってたけれど、一人でいる時に「ずるい、あんなのずるい。ずるっこですわ」とぷりぷり悔しがっているのを見た。咲夜はあれで負けん気が強いのだ。……頑張り屋さんなのだ。
「ん」
ぱらぱらとめくった日記のページは、丁度あの夜のことが書かれていた。
◆
居場所を見つけた。
……ううん、改めて認識した。
私の、十六夜咲夜の居場所は、お嬢様の隣だ。
お嬢様と一緒ならなんだってできる。お嬢様と二人ならどこまでも飛んでいける。
そんな気がした夜だった。
お嬢様は、今の紅茶を飲む毎日の方が楽しい、と言った。
あの言葉は……お嬢様は、私に、隣にいろって、そう言ってくれたんだ。
うぬぼれじゃない。……うぬぼれかもしれない。
けど、そんなことは関係ない。どっちだっていいのだ。お嬢様がどういうつもりで言ったにせよ、私の心は決まったんだ。
十六夜咲夜は、一生死ぬ人間です。
「いつまでも少女ではいられないからな」
はにかみながら我が友人、霧雨魔理沙はそう言った。
ウェディングドレスを身に纏った彼女はとても綺麗で、どこか大人びていた。
魔理沙は異変解決を引退し、今は家庭を守ることに専念している。
彼女は、生き方を決めたのだろう。
――少女ではいられない、か。
あの魔理沙が、立派になったものね。
心が苦しい。
私は、お嬢様を苦しめている。
魔理沙の結婚に起因していることは、想像に難しくない。
お優しいレミリアお嬢様。
お嬢様は、私に普通の生活を望んでおられる。あの方は、私に幸せな生活を望んでおられる。
……バカなお嬢様。
私の生は、私の幸せは、常にあなたと共にあると言うのに。
◆
日記を読み始めて、随分経った。
きっと、ここからは辛くなるだろう。
でも、私は読まなくてはいけない。彼女の生きた足跡を。知らなければいけない。彼女の想いを。
◆
年は取りたくないものね。もう、立ち上がるのも億劫で。
お仕事ができなくなった時、お嬢様は「これからはゆっくりと過ごせばいいさ」とおっしゃってくれたけれど、なるほど、これは私の性に合わない。お嬢様のために働くことが我が人生。お嬢様に尽くすことが我が一生。
そんな風に思っていたのに。つらいものね。
これなら、役に立たないやつは出て行け、と言われた方がマシだ。
あぁ、やっぱりお嬢様はお優しい。
しわしわになった私を、綺麗だと言ってくれる。動けなくなった私を、労わってくれる。
もう、こんな惨めな生活、うんざり。
……決めた。
最後に。
最後に、意地悪をしちゃおう。
これは、ただの八つ当たり。いけないメイド。
でも、年を取ったって、私は紅魔館の一員なのだ。
お嬢様はきっと、私が子どものころから書き続けた日記を、泣いたり笑ったりしながら読んでいるのでしょう。
だめですよ、乙女の秘密を勝手に覗き込んだりしちゃあ。めっ。
冗談はともかく、私はあと何回、日記を綴ることができるか、わかりません。最近では眠っていることの方が多くなりました。もしかしたら、これが最後かもしれません。最後じゃないかもしれません。みんなに看取られて逝くことができたのなら、それはとても嬉しいことでしょうが、そうはならないかもしれません。
なので、私は手紙を書きました。
お嬢様宛に、手紙を書きました。
そこには、私からあなたへの、さよならが綴られております。
私が死んだら読んでください。
お嬢様。
覚えてらっしゃいますか?
昔、十六夜咲夜はお嬢様に言いましたね。咲夜は一生死ぬ人間です、と。
あの言葉の意味、お嬢様にはわかっていただけたでしょうか。
お嬢様と同じになって、永遠を生きる。
それはそれは愉しいことなのでしょう。
でも、十六夜咲夜は別の道を選びました。
永遠とは、世界の流れとの断絶。
それでも、お嬢様とならそれも一興です。
でも、違うでしょう?
私と、あなたなんですもの。一興だけじゃ、この人生はもったいないでしょう?
この死に向かう生の中で、笑い、泣き、驚き、怒り……十六夜咲夜はしわくちゃになってゆく中で、たくさんの宝石を、お嬢様と集めてきました。
老いは、怖いです。死ぬのは、もっと怖い。
それでも、お嬢様と一緒に居られたことで、私はその老いさえ愉しむことができました。
一生死ぬ人間です。
そう言った時の私は、なんとなく予感していたのです。
私は、この紅魔館で死ぬまで生きられたこ
◆
「咲夜……」
日記はそこで途切れていた。
彼女は、笑って逝けたのだろうか。それとも……。
「あぁ、まずいわ。コーヒーがおいしくない」
すん、と鼻を啜る。
日記の一番後ろには、手紙が挟まっていた。最後の日記に書いてあった、私宛のものだろう。
……読むのが怖い。
もしかしたら、不満や恨み言が書いてあるかもしれない。咲夜には無理をさせた。
けど、それよりも、そんなことよりも、咲夜とお別れをするのが…………怖い。
わかってる。咲夜は死んだ。それはどうしようもない事実だ。
けれど、もしかしたらそれは私が見ている夢で、この夢から起きたら咲夜が美味しい紅茶を淹れて待ってくれているかもしれない。
「……馬鹿みたい」
わかってる。
わかってる。
それでも、はっきりとさようならはしたくないんだ。
手紙を読んでしまったら、この夢が終わってしまいそうで……。
「あぁ、情けない」
しっかりしろ。レミリア・スカーレット。お前はそれで、彼女にふさわしい主だったと胸を張れるのか!
「読むよ、読めばいいんでしょ?」
誰に対しての問いかけなのかは、自分でもわからない。
手紙を、開いた。
◆
メイドが主に対してお願いをするなんて、とんでもない話だとは思いますが、一つだけわがままを聞いてください。お嬢様、私の死を嘆いてくださいませ。傷ついてくださいませ。泣いてくださいませ。その高貴なるお顔をぐしゃぐしゃにして喚き叫んでくださいませ。それで、十六夜咲夜は報われるのです。
いけないメイドだってことはわかっております。けれども私にとって、お嬢様は全てなのでございます。お嬢様の喜びは私の喜び。お嬢様の悲しみは私の悲しみ。
かんちがいしないでくださいませ。私にそっちの気はありません。……ふふ、冗談です。
いかに十六夜咲夜といえども、時間の流れには逆らえないのですね。お嬢様には、この身を全て捧げたかった。こんなしわしわになった私なんて、お嬢様はいらないかもしれませんが、そうしたかった。本当は魂さえも捧げてしまいたかった。けれど、それは叶いません。だから、これはただの八つ当たりです。申し訳ございません。
でも、少しくらいは、いいですよね。私だって紅魔館の一員。最後の最後くらいは、自分勝手でも。
お前はなんというメイドだ! とお嬢様は呆れてしまうかもしれませんね。ふふ、ごめんなさい。これが私なんです。これが十六夜咲夜なんです。
まさかこんな状況でこんなことを書くとは、私自身思っておりませんでした。
ちゃんとしたさよならを書けたら良かったのですけれど、ここは幻想郷。こんな締めくくりも、まあ受け入れてくれるでしょう。
しずかになってまいりました。お嬢様の声は、もう聞けないのですね。
ての感覚もなくなってきました。そろそろお別れの時が来たようです。
また、どこかで、もし出逢えることがあるのなら……。それはとても嬉しいことですわ。
すばらしい人生を、ありがとうございました。
十六夜咲夜
◆
手紙を読み終える。
こみ上げてきたものは、決別の悲しみなどではない。
「ふ、ふふ……」
笑いだ。
「ふは、ははははは! あはははははは!」
「お嬢様!?」
私を慮ってか、近くで待機していたのだろう。美鈴が私の笑い声を聞きつけ、慌てた様子で入ってきた。
「お、お嬢様、どうなさったんですか?」
美鈴の顔には不安な表情が浮かんでいる。
私が狂ってしまったとでも思っているのだろうか。
……案外、はずれではないのかもしれない。
「どうもこうもない、これが笑わずにいられるか!」
ぺしん、と手紙を投げつける。
美鈴は「ふぇ?」と言って手紙をひろげた。
一読。沈痛な表情。
わかっていない。だが、私はもう待ちきれない。
「冥界に行くぞ、美鈴」
「冥界……ですか?」
「そうだ。さぁ行くぞ、今行くぞ」
口の端が上がるのを止められない。止められないのだ。
「主をおちょくるようなバカメイドをひっぱたいて首根っこ掴んで連れてくるんだ!」
「え、ええ!?」
――嗚呼、咲夜。十六夜咲夜。私の咲夜。あなたはこれからも、夜に咲き誇るのね。
私と共に!
「アーッハッハッハッハッハッ!!」
月が妖しげに輝く夜。レミリアは飲みかけのコーヒーをそのままに、翼を広げ、窓から飛び立った。
わたしはにっきなんてやりたくないけど、おじょおさまにかけといわれたからからしよおがない。
おじょおさまは、さくやになまえをくれたえらいひとだから。
さくやはおじょおさまにきらわれたくないから。
だから、がんばる。
おじょおさまに、おそおじとおせんたくをおしえてもっらた。
さいしょにひとりでやってみた。とけいおとめて、おやしきぜんぶあらったけど、しっぱいだったみたい。ぞうきんはちゃんとしぼらないとだめなんだって。おせんたくものも、ひろげて、ぱんってやるといいみたい。
おじょおさまはなんでもしってて、やっぱりすごい。
きょおは、おじょおさまにごはんおつくってもらった。みるくとはむとおやさいの、りぞっと? というやつ。
さくやはばかだからよくわからないけど、じぶんのごしゅじんさまにごはんおつくってもらうのは、ちょっとよくないことじゃないかなとおもった。
でも、りぞっとはすごくおいしくて、ごみばこにはいってるごはんとはぜんぜんちがった。
またつくってほしいなあ。
でも、こんどはさくやがおじょおさまにごはんおつくってあげよう。ぎぶあんどていくだって、まえのとこで、おとながよくいってた。
なにがいいかなあ。
◆
「懐かしいわね……」
ページをめくるたびに笑みがこぼれる。
レミリアはカップを傾け、コーヒーを一口含んだ。
「律儀なやつ」
確かに、文字の練習や仕事面での成長を促すために、「日記でも書いてみたら?」と言った記憶はある。しかしそれはちょっとした思いつきで、何が何でも守り続けなければならない決まり、なんてそんなつもりはなかった。
私の何気ない一言が、咲夜の中ではこんなにも大きなものだったのかと、そのことを知って、なんだか嬉しいような、むずがゆいような気持ちになった。
ページをめくる。
◆
めーりんちゃんにおべんきょうをおしえてもらった。をってもじをおしえてもらった。今までまちがってたのね。失ぱい失ぱい。
めーりんちゃんはかん字がとくいみたい。
おじょうさまも「スカーレット家のメイドたるもの、よみかきができないでどうするの」って言ってたから、がんばる。
それから、ないしょでキッチンからナイフをかりてきた。
おじょうさまはきゅうけつきだから、血が好きだとおもう。
手を切るのはこわいけど、おじょうさまのために、がんばる。
おいしいって言ってくれるといいなあ。
おじょうさまにかみついてしまった。おもい切りやってしまった。
いやだ。いやだ、いやだ。ぜったいきらわれた。
さくや、また失ぱいしてしちゃった。おじょうさまはさくやの血をのんでくれなかった。それからたたかれた。なにがなんだかわからなくなって、かみついてしまった。さくやはわるい子だ。
ごめんなさいおじょうさま、ごめんなさい。いっぱいいっぱいあやまるから、さくやのことをきらいにならないでください。
おねがいします。
きのうはおじょうさまといっしょにねた。おじょうさまは「ごめんね」と言っていた。わるい子なのはさくやなのに。
おじょうさまは、さくやをきらいにならないでくれるのかな。
ずきずき体はいたいけど、そんなことどうでもいいや。早くおしごとがしたい。ベッドの上じゃ、おじょうさまのやくにはたてないよ。
◆
「……聞こえてたんだ、咲夜」
咲夜が私のために手を切った時のことを思い出す。
あの子はただ私のため、私に喜んでもらいたくて手を切った。
それまでの生で欠片も与えられなかった愛情を渇望して。
そんなあの子が愛しくて。
そんな彼女にした世界が憎くて。
行き場のないはずの感情を、咲夜にぶつけてしまった。
咲夜、痛かったろうなぁ……。
◆
おじょうさまから、口調をなんとかしなさいと言われた。レディとしてのたしなみとか。
おじょうさまのようなりっぱなレディにはなりたいから、がんばろうと思う。
とりあえず、「ですわ」と「ますわ」と「かしら」をくせにしようかしら。
かしら。
ふふ、かしら。
お料理のうでも上がってきたわね、とほめられた。これも美鈴ちゃんのおかげだ。
おじょうさまにほめられるのは、とてもうれしい。
もっとがんばろうと思う。ふぁいとっ。
……ラーメンって、奥が深いのね
パチュリー様はちょっとだらしなさすぎると思う。
図書館はほこりっぽくて、空気が悪い。そのままじゃぜん息はよくなりませんよ?
と進言してみたら、翌日には小悪魔なるものが召喚されていた。
その行動力をもっと別のところへ向けてみたらどうなのか。
……なんてことを思ったりしたけれど、パチュリー様はあのままでいいのかもしれない。
花の名前や、雲の種類。外の世界の風習、歴史、その他様々な知識を、聞けば……まぁ、教えてくれる。
あの方は、あの方一人で大図書館だ。それでいいのかもしれないし、パチュリー様はそれでいいと思っているのだろう。
動かない大図書館。
我ながらいいネーミングセンスね。
博麗の巫女とやらがやってきた。お嬢様が発生させた紅い霧を止めるためにやってきたのだ。
今回、その巫女が考案した方法で決闘を行なったのだが、これがなかなか面白かった。スペルカードルールというものだ。
私も自分の能力を使ったスペルカードを作って戦ってみたが、創始者には勝てなかった。
まぁ、本気半分お遊び半分の決闘だし、お嬢様もいずれ誰かが自分をこらしてるためにやってくるだろうくらいの考えで発生させた異変だから、私の役目は『勝つこと』ではなかったと思う。
だから、負けてもよかったのだ。
よかったのだ。
でも、お嬢様が言ったあの一言はショックだった。
「やっぱり、人間って使えないわね」
あれはない。あれはひどい。
もちろん演出のためだってことはわかってる。でも、悲しいものは悲しいんだ。
ちょっと泣いちゃった。
◆
「うぅ……やっぱり使えないは言い過ぎだったかしら……」
咲夜ならわかってくれるだろうと思って、つい調子に乗って言ってしまったセリフだが、わかっていても、やはり傷つくものは傷つくのだろう。
配慮が足りなかったと、今更ながらに反省。
「……咲夜、頑張ってくれてたものね」
雪の降る春だって、咲夜はとっても頑張ってくれた。「幻想郷のお花見は、咲夜が守りますっ」と異変解決に飛び出していった咲夜。
終わらない夜の空を二人で翔けたこともあった。
お騒がせ天人が異変を起こした時なんて、「天人って頑丈ですのね。ナイフが刺さりませんでした」と事も無げに言ってたけれど、一人でいる時に「ずるい、あんなのずるい。ずるっこですわ」とぷりぷり悔しがっているのを見た。咲夜はあれで負けん気が強いのだ。……頑張り屋さんなのだ。
「ん」
ぱらぱらとめくった日記のページは、丁度あの夜のことが書かれていた。
◆
居場所を見つけた。
……ううん、改めて認識した。
私の、十六夜咲夜の居場所は、お嬢様の隣だ。
お嬢様と一緒ならなんだってできる。お嬢様と二人ならどこまでも飛んでいける。
そんな気がした夜だった。
お嬢様は、今の紅茶を飲む毎日の方が楽しい、と言った。
あの言葉は……お嬢様は、私に、隣にいろって、そう言ってくれたんだ。
うぬぼれじゃない。……うぬぼれかもしれない。
けど、そんなことは関係ない。どっちだっていいのだ。お嬢様がどういうつもりで言ったにせよ、私の心は決まったんだ。
十六夜咲夜は、一生死ぬ人間です。
「いつまでも少女ではいられないからな」
はにかみながら我が友人、霧雨魔理沙はそう言った。
ウェディングドレスを身に纏った彼女はとても綺麗で、どこか大人びていた。
魔理沙は異変解決を引退し、今は家庭を守ることに専念している。
彼女は、生き方を決めたのだろう。
――少女ではいられない、か。
あの魔理沙が、立派になったものね。
心が苦しい。
私は、お嬢様を苦しめている。
魔理沙の結婚に起因していることは、想像に難しくない。
お優しいレミリアお嬢様。
お嬢様は、私に普通の生活を望んでおられる。あの方は、私に幸せな生活を望んでおられる。
……バカなお嬢様。
私の生は、私の幸せは、常にあなたと共にあると言うのに。
◆
日記を読み始めて、随分経った。
きっと、ここからは辛くなるだろう。
でも、私は読まなくてはいけない。彼女の生きた足跡を。知らなければいけない。彼女の想いを。
◆
年は取りたくないものね。もう、立ち上がるのも億劫で。
お仕事ができなくなった時、お嬢様は「これからはゆっくりと過ごせばいいさ」とおっしゃってくれたけれど、なるほど、これは私の性に合わない。お嬢様のために働くことが我が人生。お嬢様に尽くすことが我が一生。
そんな風に思っていたのに。つらいものね。
これなら、役に立たないやつは出て行け、と言われた方がマシだ。
あぁ、やっぱりお嬢様はお優しい。
しわしわになった私を、綺麗だと言ってくれる。動けなくなった私を、労わってくれる。
もう、こんな惨めな生活、うんざり。
……決めた。
最後に。
最後に、意地悪をしちゃおう。
これは、ただの八つ当たり。いけないメイド。
でも、年を取ったって、私は紅魔館の一員なのだ。
お嬢様はきっと、私が子どものころから書き続けた日記を、泣いたり笑ったりしながら読んでいるのでしょう。
だめですよ、乙女の秘密を勝手に覗き込んだりしちゃあ。めっ。
冗談はともかく、私はあと何回、日記を綴ることができるか、わかりません。最近では眠っていることの方が多くなりました。もしかしたら、これが最後かもしれません。最後じゃないかもしれません。みんなに看取られて逝くことができたのなら、それはとても嬉しいことでしょうが、そうはならないかもしれません。
なので、私は手紙を書きました。
お嬢様宛に、手紙を書きました。
そこには、私からあなたへの、さよならが綴られております。
私が死んだら読んでください。
お嬢様。
覚えてらっしゃいますか?
昔、十六夜咲夜はお嬢様に言いましたね。咲夜は一生死ぬ人間です、と。
あの言葉の意味、お嬢様にはわかっていただけたでしょうか。
お嬢様と同じになって、永遠を生きる。
それはそれは愉しいことなのでしょう。
でも、十六夜咲夜は別の道を選びました。
永遠とは、世界の流れとの断絶。
それでも、お嬢様とならそれも一興です。
でも、違うでしょう?
私と、あなたなんですもの。一興だけじゃ、この人生はもったいないでしょう?
この死に向かう生の中で、笑い、泣き、驚き、怒り……十六夜咲夜はしわくちゃになってゆく中で、たくさんの宝石を、お嬢様と集めてきました。
老いは、怖いです。死ぬのは、もっと怖い。
それでも、お嬢様と一緒に居られたことで、私はその老いさえ愉しむことができました。
一生死ぬ人間です。
そう言った時の私は、なんとなく予感していたのです。
私は、この紅魔館で死ぬまで生きられたこ
◆
「咲夜……」
日記はそこで途切れていた。
彼女は、笑って逝けたのだろうか。それとも……。
「あぁ、まずいわ。コーヒーがおいしくない」
すん、と鼻を啜る。
日記の一番後ろには、手紙が挟まっていた。最後の日記に書いてあった、私宛のものだろう。
……読むのが怖い。
もしかしたら、不満や恨み言が書いてあるかもしれない。咲夜には無理をさせた。
けど、それよりも、そんなことよりも、咲夜とお別れをするのが…………怖い。
わかってる。咲夜は死んだ。それはどうしようもない事実だ。
けれど、もしかしたらそれは私が見ている夢で、この夢から起きたら咲夜が美味しい紅茶を淹れて待ってくれているかもしれない。
「……馬鹿みたい」
わかってる。
わかってる。
それでも、はっきりとさようならはしたくないんだ。
手紙を読んでしまったら、この夢が終わってしまいそうで……。
「あぁ、情けない」
しっかりしろ。レミリア・スカーレット。お前はそれで、彼女にふさわしい主だったと胸を張れるのか!
「読むよ、読めばいいんでしょ?」
誰に対しての問いかけなのかは、自分でもわからない。
手紙を、開いた。
◆
メイドが主に対してお願いをするなんて、とんでもない話だとは思いますが、一つだけわがままを聞いてください。お嬢様、私の死を嘆いてくださいませ。傷ついてくださいませ。泣いてくださいませ。その高貴なるお顔をぐしゃぐしゃにして喚き叫んでくださいませ。それで、十六夜咲夜は報われるのです。
いけないメイドだってことはわかっております。けれども私にとって、お嬢様は全てなのでございます。お嬢様の喜びは私の喜び。お嬢様の悲しみは私の悲しみ。
かんちがいしないでくださいませ。私にそっちの気はありません。……ふふ、冗談です。
いかに十六夜咲夜といえども、時間の流れには逆らえないのですね。お嬢様には、この身を全て捧げたかった。こんなしわしわになった私なんて、お嬢様はいらないかもしれませんが、そうしたかった。本当は魂さえも捧げてしまいたかった。けれど、それは叶いません。だから、これはただの八つ当たりです。申し訳ございません。
でも、少しくらいは、いいですよね。私だって紅魔館の一員。最後の最後くらいは、自分勝手でも。
お前はなんというメイドだ! とお嬢様は呆れてしまうかもしれませんね。ふふ、ごめんなさい。これが私なんです。これが十六夜咲夜なんです。
まさかこんな状況でこんなことを書くとは、私自身思っておりませんでした。
ちゃんとしたさよならを書けたら良かったのですけれど、ここは幻想郷。こんな締めくくりも、まあ受け入れてくれるでしょう。
しずかになってまいりました。お嬢様の声は、もう聞けないのですね。
ての感覚もなくなってきました。そろそろお別れの時が来たようです。
また、どこかで、もし出逢えることがあるのなら……。それはとても嬉しいことですわ。
すばらしい人生を、ありがとうございました。
十六夜咲夜
◆
手紙を読み終える。
こみ上げてきたものは、決別の悲しみなどではない。
「ふ、ふふ……」
笑いだ。
「ふは、ははははは! あはははははは!」
「お嬢様!?」
私を慮ってか、近くで待機していたのだろう。美鈴が私の笑い声を聞きつけ、慌てた様子で入ってきた。
「お、お嬢様、どうなさったんですか?」
美鈴の顔には不安な表情が浮かんでいる。
私が狂ってしまったとでも思っているのだろうか。
……案外、はずれではないのかもしれない。
「どうもこうもない、これが笑わずにいられるか!」
ぺしん、と手紙を投げつける。
美鈴は「ふぇ?」と言って手紙をひろげた。
一読。沈痛な表情。
わかっていない。だが、私はもう待ちきれない。
「冥界に行くぞ、美鈴」
「冥界……ですか?」
「そうだ。さぁ行くぞ、今行くぞ」
口の端が上がるのを止められない。止められないのだ。
「主をおちょくるようなバカメイドをひっぱたいて首根っこ掴んで連れてくるんだ!」
「え、ええ!?」
――嗚呼、咲夜。十六夜咲夜。私の咲夜。あなたはこれからも、夜に咲き誇るのね。
私と共に!
「アーッハッハッハッハッハッ!!」
月が妖しげに輝く夜。レミリアは飲みかけのコーヒーをそのままに、翼を広げ、窓から飛び立った。
この咲夜さんの茶目っ気は好き。
\カカオ!/ \歯茎!/
\イイハナシダトオモッタノニナー/
良かったです
そう思えるような作品でした
レミリアにカリスマが感じられる…!
咲夜は冥界でどんな顔して待ってるんでしょうね。
お嬢様そっくりな笑みを携えて待ち構えていたりして!
縦読みかw
けれど「魂までも捧げてしまいたかった」という一文で「ん?」っと思ったので冥界に行く、というのがすんなり納得できました。
じんわり涙が出てきた…のに笑ってしまった良い話をありがとうございました!
お茶目な咲夜さんが好きです。
>3
ありがとうございます。
>君の瞳にレモン汁さん
カギリナクイイハナシニチカイナニカ!
>10
ありがとうございました!
>奇声を発する程度の能力さん
ありがとうございます!
>とーなすさん
幻想郷流、いいですよね。
>過剰さん
終わりじゃない、始まりさっ。
>終焉刹那さん
そんな紅茶も、今日でおしまいです。
>28
それはにんまりとした笑顔で。
>30
可愛い子を取り戻しにいくくらい可愛いものです。
>白銀狼さん
カリスマレミィも好きです。
>名前が正体不明である程度の能力さん
ありがとうございますー。
>37
気づいてくれましたか。
>38
主従であり、コンビであり、親友であり。
そんな二人が大好きです。
>39
葉月トリーック!(カッ
>41
実はそうだったのですw
>H2Oさん
そういうことだったのです!
>45
愉しんでいただけたのなら、それが何よりでございます。
>57
ありがとうございました!
>早苗月翡翠さん
咲夜ちゃん大好きなんです。