「花を見に行きましょう。返事ははいかイエスよ。
それ以外の返答をしたら、弾幕ごっこで叩きのめしてから引き摺っていくわよ」
太陽のように晴れやかな笑顔で、無茶な要求を突きつけてくる。
あの勇儀だってもう少しましな誘い方をするわよ。
日の当たらない縦穴で、楽しい気持ちで鬱々とした時間を過ごしていたのに。
その気分も台無しだ。
「返事は?」
「はい」
「よろしい。それじゃ、早速でかけましょう」
「…………はい」
無駄なことはしたくなかったので、大人しく「はい」と答える。
余計なことを言えば、すかさず弾幕が飛んでくるし。断っても弾幕が飛んでくる。
最初から私には発言権も拒否権もありはしない。
結局連れて行かれることになるのなら、余計な手間は省きたい。
弾幕ごっこで勝てないこともないけど。
こんなに狭くて暗い場所で、あんなに綺麗で鮮やかな弾幕なんて見たくも無い。
外に行くだけで憂鬱なのに、それに敗北の屈辱が加わったら頭がおかしくなって死にかねない。
大人しく着いて行って、すぐに帰ってくるのが賢い選択だ。
幽香は少しつまらなそうな顔をしてから、私の手を引いて地上に向かって飛んで行く。
私は大人しくそれに従う。
それほど付き合いが長いわけではないけど。幽香は何故か、時々こうして私を花見に誘ってくる。
私の嫌そうな顔を見て喜んでいる。その性格の悪さとふてぶてしさが妬ましい。
今まで断ることに成功したことは1度もない。
試しに目の前で舌を噛み切って拒絶してみたこともあるけど、それも効果は無かった。
竹林の医者のところに連れて行かれて、治療されて、その後で花見に連れて行かれた。
それから後になっても、何ら悪びれる様子も無く花見に誘ってきた。
結局のとこ、この妖怪相手に私程度が何をしようと無駄なのだ。
その傲慢さと意志の強さが妬ましい。
「この時期しか見れないものだから、貴女もきっと気に入ると思うわ」
花は嫌いだ。
人々に愛され、褒められ、愛を繋ぐ。
私には似合わない。
私が気に入るような花なんて、嫉妬の花か、せいぜい呪いの花くらいだ。
幸せそうに咲いてる花なんて、見たくも無い。
☆
薄暗い竪穴から外に出る。
途中、キスメの桶が傘で弾かれたり。興味本位で出てきたヤマメが追い払われたりしていた。
いい気味だ。私の惨めな気持ちを分けてあげるわ。
外の季節は秋。
鮮やかな色彩が五月蝿かった夏が終わり、朽ちて枯れて、木々の風通しがよくなっている。
木枯らしが吹き、辺りに寂しさが満ちる。
この時期の虚ろな空気は嫌いじゃない。
何もない冬の次には好きだ。
夏は暑さと日差しと、妬ましい生命力溢れる空気が嫌いだから外に出ないけど。
今くらいだったら、たまになら外に出てみようという気にもなる。
たまにだったら。
「それじゃ、目的地まで急ぎましょう」
幽香に腕を引っ張られる。空を飛んでいくつもりらしい。
どこに行くかも聞かされてないんだけど。少しは説明しなさいよ。
いや、やっぱりいい。口を利くのも気に入らない。
ここまで来て逃げたりしないから、私の手に巻きつけた花をどうにかしてよ。妬ましい。
「行き先は私の庭。太陽の畑よ」
「聞いてない」
「あらそう。ただの独り言だから気にしなくていいわよ」
その余裕が気に入らない。
こんな時期の太陽の畑に何があるのよ。
太陽の畑の向日葵畑は有名だ。地底にいる私でも知っている。
でも、向日葵が咲くのは夏の間だけ。この時期にはとっくに枯れてるはず。
それとも、能力を使って無理矢理咲かせているのかも。
もし、そんなことをしていたら。
その傲慢さに我慢できずに、花を全て焼き払ってしてしまうかもしれない。
貴女に振り回される者の気も知らずに、楽しそうに振舞って。
強くて、美しくて、傲慢で。貴女を妬む理由なんて、それこそ星の数ほどもある。
せいぜい後ろから刺されないように気をつけなさい。
★
「見せたかったものって、これ?」
「そうよ。綺麗でしょ」
「全然」
「満開だったら貴女は目を背けるから、このくらいで丁度いいのよ」
太陽の畑を睨む。
向日葵は枯れていた。
水気が抜けて茶色く変色し、頭を垂れるように重そうな花を地面に向けている。
寒々しいこの光景は、かつて見たことがある。
地獄の罪人たちも、こんな風に列を成して歩いていた。
妬ましさは感じさせず、むしろ哀れに思えてくる。
妬ましいものは嫌いだけど。妬むことすら出来ないものはもっと嫌いだ。
なぜ、こんな無様な姿を晒すような真似をしているのか。
なぜ、わざわざ私を呼んでこのような光景を見させたのか。
夏の向日葵なんて眩しいものは妬ましくて見たくもないけど。
この枯れた姿を見るのも気に入らない。
四季のフラワーマスターともあろう者が、いったい何を考えているのよ。
「これで満足? もう帰るわよ」
「もう少しゆっくりしていきなさい。せめて、日が落ちるまでは」
そう言って、幽香が西の空を指差す。
それにつられて、私も西の空を睨む。
太陽が山間に沈み、夕日が差し込み始める。
それで、景色が一変する。
「見せたかったのはこれよ」
夕日に照らされた向日葵が、燃えるような赤に染まる。
赤く、紅く。
枯れて捻れた葉が緋に染まり、向日葵の長い影が踊るように伸びる。
夕日の赤と、陰の黒。赤と黒の狂宴。
ほんの一時だけの、幻想の時間が幕を開ける。
太陽が完全に沈み、辺りが闇に包まれる。それで、幻想の時間が終わる。
暗くて、そこに本当に向日葵があるのかも分からない。
夕日に焼かれ、全て消えてしまったのかもしれない。
「こういう楽しみ方も、悪くはないでしょ?」
「妬ましい」
「ありがとう」
何を言うべきか分からなかったので、とりあえず口癖をぶつけてみた。
目の前に立っている一本の向日葵を睨む。
暗いせいで輪郭しか見えない枯れた向日葵が、なぜか誇らしげに見えた。
花も枯れて、朽ちるのを待つだけの向日葵が、眩しく見えた。
それが、心の底から妬ましい。
「楽しんでもらえました?」
両手一杯に芋をもった少女が、どこからともなく現れて話しかけてくる。
「秋静葉です。山で秋の神様をやってます」
神様が恭しく頭を下げる。どこぞの花の大妖怪様よりもよっぽど礼儀正しい。
「水橋パルスィ。地底の橋姫をやってるわ」
「存じております」
柔らかく微笑むその姿が妬ましく映る。
私のことを知っていて、話しかけてくるなんて。よほどの変人なのだろう。
「薩摩芋を持ってきました。火を起こして焼き芋を作りましょう」
「いつも悪いわね。あ、そうそう。パルスィはもう帰っていいわよ。
見せたいものはもう見てもらったし、これ以上用はないでしょ?」
本当、こいつだけは気に入らない。
そう言うなら帰るわよ。これ以上こんなところにいても、頭に来るだけで得るものなんて何もない。
「幽香さん。意地悪しちゃ駄目ですよ」
「この娘の表情が面白いから、ついやっちゃうのよね」
本当に背中から刺してやろうか。
確実に殺すために、ヤマメにも協力してもらうことにしよう。
「これから焼き芋をするから、一緒に食べましょう。返事は聞いてないわ」
「地底の方には、そのくらい強引に誘わないと逃げられてしまうのは分かりますけど」
幽香に腕を掴まれ、適当な場所に座らされる。当然ながら拒否権はない。
黙秘権は、辛うじてあるらしい。
最も、無言の圧力が通じるようなかわいい相手でもないから、さして意味があるとも思えない。
静葉という神様は申し訳なさそうな顔をして、幽香の行為を咎めるでもなく眺めていた。
この神様も、幽香を止めるのは無理と悟って諦めている。
たかが花の妖怪の癖に、どこまで強くて傲慢なのよ。妬ましい。
幽香は躊躇う素振りも見せず、手近にある向日葵を引き抜いて地面に投げ捨てる。
ぽんぽんと引き抜かれ、枯れた向日葵が地面に積み上げられる。
「何してるの?」
「向日葵の後始末よ」
積まれた枯れ葉の山に、静葉が芋を入れていく。
焼き芋の準備って、まさか。
「そろそろいいかしら」
「こちらも準備できました」
「それじゃ、燃やすわね」
その言葉に驚く。
いや、正しくは。その言葉に動揺してしまった自分に驚く。
枯れた花の処理としては適切だろうけど。
先程の光景を見た後だと、燃やしてしまうのは後味が悪い。
「花でお腹は膨れないのよ」
幽香が、静葉からマッチを受け取る。
何本かまとめてマッチを擦って、火を点ける。
少しの間炎を見つめてから、何かを呟いて、枯れた向日葵に火を入れる。
すぐに、乾燥した幹が炎を上げる。
暗い夜空に火の粉が舞う。
幽香は炎が消えるまで、燃える向日葵から一時も目を逸らさずに見つめていた。
太陽の花が炎に変わり、塵となって風に飛ばされ、土に還る。
これは、幽香式の火葬なのかもしれない。
向日葵が燃え尽き、火が収まってから。灰の中から焼き芋を取り出して、三人で食べる。
秋の寒空の元、残り火が温かい。
「ここの向日葵、全部焼くの?」
「近いうちにね。夕暮れで赤く染まるのは綺麗だけど。それ以外の時間だと無残なだけだもの。
早く片付けて、次に咲く花の為に場所を譲ってあげないと」
「そうね」
「妬ましい?」
「あんまり。むしろ、少し寂しい」
「秋とはそういうものです」
静葉がしたり顔で笑う。
聞けば、秋静葉は紅葉を司る程度の能力で、寂しさと終焉の象徴なんだと。
夕暮れに染まった向日葵の赤さは、少しはこの神様の助力があったかららしい。
寂しさと終焉。確かに、この光景はそれにぴったりだ。
空に星が輝き、幽かな光の下、立ち並ぶ枯れた向日葵を見つめる。
この時間なら、綺麗と感じる人も少しはいるかもしれないけど。
大半の人は寂しいとか、可哀相と感じるに違いない。
間違っても、妬ましいなどと口にする者はいまい。
「集めるのが面倒な時は、そのまま火を放って野焼きにするの。
真っ直ぐに立ってる茎が焼け落ちる様は、中々くるわよ」
幽香が気の触れたような笑い方をする。
この妖怪にとってはこれが普通なのだろう。
太陽の畑が火に包まれるのを想像する。
イメージとしては、灼熱地獄とか、煉獄が近そうね。
地上にも地獄めいた場所があったのね。
焼き芋を食べながら、ふと疑問に思う。
なぜ私が呼ばれたのか。
「焼き芋美味しいでしょ?」
「うん」
「なら、それでいいじゃない」
「うん」
いや、良くないでしょ。
「どうせ暇だったんだからいいじゃない。夏の花を碌に見てないだろうから、見せてあげたのよ」
「余計なお世話よ」
「いいもの見れたでしょ?」
「五月蝿い」
「どういたしまして」
本当、この妖怪は頭に来る。その傲慢さも、優しさも、余裕も何もかもが妬ましい。
枯れた向日葵は、決して妬ましくない。
妬ましいのは、枯れて捨てられるのを待つだけの向日葵に、ちゃんと愛情を注げる幽香の方だ。
相応しい場所、相応しい時間に、ちゃんと見せ場を作って、最期まで見てあげる幽香が妬ましい。
特別な花を最期までちゃんと愛せる幽香が、妬ましい。
そして、そこまで愛してくれる人がいる、この向日葵が妬ましい。
ああ、本当、頭にくるぐらいに妬ましい。
「幽香、弾幕ごっこに付き合って」
「いいけど、急にどうしたの?」
「妬まし過ぎてむかついてきた。一度発散しておかないと頭がおかしくなって死んでしまいそうよ」
「あらそう。それは光栄ね。勝算はあるのかしら?」
「やってみれば分かるわ。言っておくけど、今の私は普段の倍は強いわよ」
「それは嬉しいわね。それじゃ、早速始めましょうか」
幽香と空に飛び上がる。
一度、眼下の向日葵畑を睨む。
幽香も、向日葵も、眼に映る全てが妬ましい。
嫉妬心が際限なく膨らんでいく。
この嫉妬と、積怨を纏めて発散させてもらうわ。
スペル宣言。
「花咲爺『シロの灰』」
「幻想『花鳥風月、嘯風弄月』」
「さて、スイートポテトを使ったおゆはんでも作ってきましょうか」
★
渡る者の途絶えた橋に、飾りが増えた。
枯れた向日葵を数本、壁に挿して飾っている。
水分も抜け切り、これ以上腐りも枯れもしないから、オブジェには都合がいい。
育てるわけでもなく、眺めて、時間を潰す。ただそれだけ。
盛りを過ぎて枯れた花は、もう妬ましくない。
それを眺めて、なんとなく癒される。
枯れてまで役に立つなんて、本当、花って妬ましいやつよね。
このことを教えてくれた幽香に、後でお礼参りにいってあげよう。
妬ましくない花見のやり方を、もっと教えてちょうだいよ。
それ以外の返答をしたら、弾幕ごっこで叩きのめしてから引き摺っていくわよ」
太陽のように晴れやかな笑顔で、無茶な要求を突きつけてくる。
あの勇儀だってもう少しましな誘い方をするわよ。
日の当たらない縦穴で、楽しい気持ちで鬱々とした時間を過ごしていたのに。
その気分も台無しだ。
「返事は?」
「はい」
「よろしい。それじゃ、早速でかけましょう」
「…………はい」
無駄なことはしたくなかったので、大人しく「はい」と答える。
余計なことを言えば、すかさず弾幕が飛んでくるし。断っても弾幕が飛んでくる。
最初から私には発言権も拒否権もありはしない。
結局連れて行かれることになるのなら、余計な手間は省きたい。
弾幕ごっこで勝てないこともないけど。
こんなに狭くて暗い場所で、あんなに綺麗で鮮やかな弾幕なんて見たくも無い。
外に行くだけで憂鬱なのに、それに敗北の屈辱が加わったら頭がおかしくなって死にかねない。
大人しく着いて行って、すぐに帰ってくるのが賢い選択だ。
幽香は少しつまらなそうな顔をしてから、私の手を引いて地上に向かって飛んで行く。
私は大人しくそれに従う。
それほど付き合いが長いわけではないけど。幽香は何故か、時々こうして私を花見に誘ってくる。
私の嫌そうな顔を見て喜んでいる。その性格の悪さとふてぶてしさが妬ましい。
今まで断ることに成功したことは1度もない。
試しに目の前で舌を噛み切って拒絶してみたこともあるけど、それも効果は無かった。
竹林の医者のところに連れて行かれて、治療されて、その後で花見に連れて行かれた。
それから後になっても、何ら悪びれる様子も無く花見に誘ってきた。
結局のとこ、この妖怪相手に私程度が何をしようと無駄なのだ。
その傲慢さと意志の強さが妬ましい。
「この時期しか見れないものだから、貴女もきっと気に入ると思うわ」
花は嫌いだ。
人々に愛され、褒められ、愛を繋ぐ。
私には似合わない。
私が気に入るような花なんて、嫉妬の花か、せいぜい呪いの花くらいだ。
幸せそうに咲いてる花なんて、見たくも無い。
☆
薄暗い竪穴から外に出る。
途中、キスメの桶が傘で弾かれたり。興味本位で出てきたヤマメが追い払われたりしていた。
いい気味だ。私の惨めな気持ちを分けてあげるわ。
外の季節は秋。
鮮やかな色彩が五月蝿かった夏が終わり、朽ちて枯れて、木々の風通しがよくなっている。
木枯らしが吹き、辺りに寂しさが満ちる。
この時期の虚ろな空気は嫌いじゃない。
何もない冬の次には好きだ。
夏は暑さと日差しと、妬ましい生命力溢れる空気が嫌いだから外に出ないけど。
今くらいだったら、たまになら外に出てみようという気にもなる。
たまにだったら。
「それじゃ、目的地まで急ぎましょう」
幽香に腕を引っ張られる。空を飛んでいくつもりらしい。
どこに行くかも聞かされてないんだけど。少しは説明しなさいよ。
いや、やっぱりいい。口を利くのも気に入らない。
ここまで来て逃げたりしないから、私の手に巻きつけた花をどうにかしてよ。妬ましい。
「行き先は私の庭。太陽の畑よ」
「聞いてない」
「あらそう。ただの独り言だから気にしなくていいわよ」
その余裕が気に入らない。
こんな時期の太陽の畑に何があるのよ。
太陽の畑の向日葵畑は有名だ。地底にいる私でも知っている。
でも、向日葵が咲くのは夏の間だけ。この時期にはとっくに枯れてるはず。
それとも、能力を使って無理矢理咲かせているのかも。
もし、そんなことをしていたら。
その傲慢さに我慢できずに、花を全て焼き払ってしてしまうかもしれない。
貴女に振り回される者の気も知らずに、楽しそうに振舞って。
強くて、美しくて、傲慢で。貴女を妬む理由なんて、それこそ星の数ほどもある。
せいぜい後ろから刺されないように気をつけなさい。
★
「見せたかったものって、これ?」
「そうよ。綺麗でしょ」
「全然」
「満開だったら貴女は目を背けるから、このくらいで丁度いいのよ」
太陽の畑を睨む。
向日葵は枯れていた。
水気が抜けて茶色く変色し、頭を垂れるように重そうな花を地面に向けている。
寒々しいこの光景は、かつて見たことがある。
地獄の罪人たちも、こんな風に列を成して歩いていた。
妬ましさは感じさせず、むしろ哀れに思えてくる。
妬ましいものは嫌いだけど。妬むことすら出来ないものはもっと嫌いだ。
なぜ、こんな無様な姿を晒すような真似をしているのか。
なぜ、わざわざ私を呼んでこのような光景を見させたのか。
夏の向日葵なんて眩しいものは妬ましくて見たくもないけど。
この枯れた姿を見るのも気に入らない。
四季のフラワーマスターともあろう者が、いったい何を考えているのよ。
「これで満足? もう帰るわよ」
「もう少しゆっくりしていきなさい。せめて、日が落ちるまでは」
そう言って、幽香が西の空を指差す。
それにつられて、私も西の空を睨む。
太陽が山間に沈み、夕日が差し込み始める。
それで、景色が一変する。
「見せたかったのはこれよ」
夕日に照らされた向日葵が、燃えるような赤に染まる。
赤く、紅く。
枯れて捻れた葉が緋に染まり、向日葵の長い影が踊るように伸びる。
夕日の赤と、陰の黒。赤と黒の狂宴。
ほんの一時だけの、幻想の時間が幕を開ける。
太陽が完全に沈み、辺りが闇に包まれる。それで、幻想の時間が終わる。
暗くて、そこに本当に向日葵があるのかも分からない。
夕日に焼かれ、全て消えてしまったのかもしれない。
「こういう楽しみ方も、悪くはないでしょ?」
「妬ましい」
「ありがとう」
何を言うべきか分からなかったので、とりあえず口癖をぶつけてみた。
目の前に立っている一本の向日葵を睨む。
暗いせいで輪郭しか見えない枯れた向日葵が、なぜか誇らしげに見えた。
花も枯れて、朽ちるのを待つだけの向日葵が、眩しく見えた。
それが、心の底から妬ましい。
「楽しんでもらえました?」
両手一杯に芋をもった少女が、どこからともなく現れて話しかけてくる。
「秋静葉です。山で秋の神様をやってます」
神様が恭しく頭を下げる。どこぞの花の大妖怪様よりもよっぽど礼儀正しい。
「水橋パルスィ。地底の橋姫をやってるわ」
「存じております」
柔らかく微笑むその姿が妬ましく映る。
私のことを知っていて、話しかけてくるなんて。よほどの変人なのだろう。
「薩摩芋を持ってきました。火を起こして焼き芋を作りましょう」
「いつも悪いわね。あ、そうそう。パルスィはもう帰っていいわよ。
見せたいものはもう見てもらったし、これ以上用はないでしょ?」
本当、こいつだけは気に入らない。
そう言うなら帰るわよ。これ以上こんなところにいても、頭に来るだけで得るものなんて何もない。
「幽香さん。意地悪しちゃ駄目ですよ」
「この娘の表情が面白いから、ついやっちゃうのよね」
本当に背中から刺してやろうか。
確実に殺すために、ヤマメにも協力してもらうことにしよう。
「これから焼き芋をするから、一緒に食べましょう。返事は聞いてないわ」
「地底の方には、そのくらい強引に誘わないと逃げられてしまうのは分かりますけど」
幽香に腕を掴まれ、適当な場所に座らされる。当然ながら拒否権はない。
黙秘権は、辛うじてあるらしい。
最も、無言の圧力が通じるようなかわいい相手でもないから、さして意味があるとも思えない。
静葉という神様は申し訳なさそうな顔をして、幽香の行為を咎めるでもなく眺めていた。
この神様も、幽香を止めるのは無理と悟って諦めている。
たかが花の妖怪の癖に、どこまで強くて傲慢なのよ。妬ましい。
幽香は躊躇う素振りも見せず、手近にある向日葵を引き抜いて地面に投げ捨てる。
ぽんぽんと引き抜かれ、枯れた向日葵が地面に積み上げられる。
「何してるの?」
「向日葵の後始末よ」
積まれた枯れ葉の山に、静葉が芋を入れていく。
焼き芋の準備って、まさか。
「そろそろいいかしら」
「こちらも準備できました」
「それじゃ、燃やすわね」
その言葉に驚く。
いや、正しくは。その言葉に動揺してしまった自分に驚く。
枯れた花の処理としては適切だろうけど。
先程の光景を見た後だと、燃やしてしまうのは後味が悪い。
「花でお腹は膨れないのよ」
幽香が、静葉からマッチを受け取る。
何本かまとめてマッチを擦って、火を点ける。
少しの間炎を見つめてから、何かを呟いて、枯れた向日葵に火を入れる。
すぐに、乾燥した幹が炎を上げる。
暗い夜空に火の粉が舞う。
幽香は炎が消えるまで、燃える向日葵から一時も目を逸らさずに見つめていた。
太陽の花が炎に変わり、塵となって風に飛ばされ、土に還る。
これは、幽香式の火葬なのかもしれない。
向日葵が燃え尽き、火が収まってから。灰の中から焼き芋を取り出して、三人で食べる。
秋の寒空の元、残り火が温かい。
「ここの向日葵、全部焼くの?」
「近いうちにね。夕暮れで赤く染まるのは綺麗だけど。それ以外の時間だと無残なだけだもの。
早く片付けて、次に咲く花の為に場所を譲ってあげないと」
「そうね」
「妬ましい?」
「あんまり。むしろ、少し寂しい」
「秋とはそういうものです」
静葉がしたり顔で笑う。
聞けば、秋静葉は紅葉を司る程度の能力で、寂しさと終焉の象徴なんだと。
夕暮れに染まった向日葵の赤さは、少しはこの神様の助力があったかららしい。
寂しさと終焉。確かに、この光景はそれにぴったりだ。
空に星が輝き、幽かな光の下、立ち並ぶ枯れた向日葵を見つめる。
この時間なら、綺麗と感じる人も少しはいるかもしれないけど。
大半の人は寂しいとか、可哀相と感じるに違いない。
間違っても、妬ましいなどと口にする者はいまい。
「集めるのが面倒な時は、そのまま火を放って野焼きにするの。
真っ直ぐに立ってる茎が焼け落ちる様は、中々くるわよ」
幽香が気の触れたような笑い方をする。
この妖怪にとってはこれが普通なのだろう。
太陽の畑が火に包まれるのを想像する。
イメージとしては、灼熱地獄とか、煉獄が近そうね。
地上にも地獄めいた場所があったのね。
焼き芋を食べながら、ふと疑問に思う。
なぜ私が呼ばれたのか。
「焼き芋美味しいでしょ?」
「うん」
「なら、それでいいじゃない」
「うん」
いや、良くないでしょ。
「どうせ暇だったんだからいいじゃない。夏の花を碌に見てないだろうから、見せてあげたのよ」
「余計なお世話よ」
「いいもの見れたでしょ?」
「五月蝿い」
「どういたしまして」
本当、この妖怪は頭に来る。その傲慢さも、優しさも、余裕も何もかもが妬ましい。
枯れた向日葵は、決して妬ましくない。
妬ましいのは、枯れて捨てられるのを待つだけの向日葵に、ちゃんと愛情を注げる幽香の方だ。
相応しい場所、相応しい時間に、ちゃんと見せ場を作って、最期まで見てあげる幽香が妬ましい。
特別な花を最期までちゃんと愛せる幽香が、妬ましい。
そして、そこまで愛してくれる人がいる、この向日葵が妬ましい。
ああ、本当、頭にくるぐらいに妬ましい。
「幽香、弾幕ごっこに付き合って」
「いいけど、急にどうしたの?」
「妬まし過ぎてむかついてきた。一度発散しておかないと頭がおかしくなって死んでしまいそうよ」
「あらそう。それは光栄ね。勝算はあるのかしら?」
「やってみれば分かるわ。言っておくけど、今の私は普段の倍は強いわよ」
「それは嬉しいわね。それじゃ、早速始めましょうか」
幽香と空に飛び上がる。
一度、眼下の向日葵畑を睨む。
幽香も、向日葵も、眼に映る全てが妬ましい。
嫉妬心が際限なく膨らんでいく。
この嫉妬と、積怨を纏めて発散させてもらうわ。
スペル宣言。
「花咲爺『シロの灰』」
「幻想『花鳥風月、嘯風弄月』」
「さて、スイートポテトを使ったおゆはんでも作ってきましょうか」
★
渡る者の途絶えた橋に、飾りが増えた。
枯れた向日葵を数本、壁に挿して飾っている。
水分も抜け切り、これ以上腐りも枯れもしないから、オブジェには都合がいい。
育てるわけでもなく、眺めて、時間を潰す。ただそれだけ。
盛りを過ぎて枯れた花は、もう妬ましくない。
それを眺めて、なんとなく癒される。
枯れてまで役に立つなんて、本当、花って妬ましいやつよね。
このことを教えてくれた幽香に、後でお礼参りにいってあげよう。
妬ましくない花見のやり方を、もっと教えてちょうだいよ。
でも意外と良いかもしれません
両方スキーな俺からしたら夢のような。
昔々に某さんの幽パルを読んでから大好きです!いやっほぉ!
我侭プーの幽香に振り回されるパルスィは可愛いですよね
勝手気ままを装いつつもパルスィを気にかける幽香と、渋々付き合いながらもその意図(それ以上も)を汲むパルスィ。
これはとても良いものです。
幽香さんの優しさに嫉妬も感じられない
顔真っ赤にしたパルスィ幻視余裕でした