初めに言っておく。
これはとある愚者が、己の欲望を充たす為にとんでもなく愚かな事をしでかす話である。
その事件の発端となったその日、私は夢を見た。
『おおきくなったら ……とけっこんする!』
『その時が来て君の気持ちが同じだったらね』
『いっしょだもん』
『だといいね』
今と変わらない姿の香霖がそう言って笑っている。
そんな昔の光景。
「……あー」
寝覚めの気分は良くなかった。なんでまたあんな昔のことを思い出したのだろう。
「んー……あー?」
寝ぼけた頭で壁にかけられたカレンダーを見て、どうして私がそんな夢を見たのか理由が分かった気がした。
「そうか、今日は誕生日か……」
本日はこの私、霧雨魔理沙の生まれた日であった。
「知っているよ」
店に入るなりそう告げると香霖は渋い顔をした。
「分かってるなら誕生日プレゼントは用意してあるんだろうな?」
「プレゼントを要求する前にまずツケを返して貰いたいものだがね」
「長い付き合いじゃないか。ぐだぐだ言うなよ」
「せいぜい十数年じゃないか」
「……」
香霖堂店主、森近霖之助は半人半妖である。
私のような人間にとっては長い十数年という月日であるが……こいつにとってはそれは大した時間ではないのだろう。
「あー、そうかい」
なんとなく面白くなく、私は勢いをつけて指定席のツボの上に座った。お尻が少し痛かった。
「売り物なんだから気をつけてくれよ」
この香霖という男は私より商品の心配をしているようだ。
ますます面白くない。
「ちゃんとプレゼントは用意してあるさ」
ところが香霖からなんとも意外な言葉が発せられた。
「本当か?」
「毎年のことだからね。三日前には用意しておいた」
自分で言うのもなんだが現金なもので、それだけで今までの不満がいっぺんに吹き飛んでしまった。
あの香霖が私の誕生日を覚えていて、しかもプレゼントまで用意してくれたのである。
「はん、どうせ大したもんじゃないんだろ?」
しかしそれを顔に出すのも癪なので、私はそっぽを向いてみせた。
「君が喜ぶものはよく分からないからね」
「余計なお世話だ」
私が世間ずれしているのは自覚しているが、こいつにだけは言われたくない言葉である。
「で、そのプレゼントってのはどこにあるんだよ」
「まだ食事の用意も出来てないんだがな」
「団子より花だぜ」
「……やれやれ」
香霖は苦笑いしながら店の奥に向かっていった。
「これだ」
「……」
私は初め、それがなんなのか理解出来なかった。
「え、それを、私に?」
それは私に、霧雨魔理沙にあまりにも合わないものだったからだ。
「気に入らなかったかな」
「いや……」
まさか香霖が私にこんなものを用意してくるとは思わなかった。
「ずいぶんとまた、少女趣味な服じゃないか」
それは全体的に白を基調としたひらひらの飾りのついたワンピースであった。
「何がいいのかよくわからなかったからね。服ならサイズも知っているし、簡単に作れるなと思ったんだ」
「作った? これを香霖が?」
確かに香霖は私の服を繕ったり霊夢の巫女服を作ったりしているが。
「気に入らなかったかな」
「いや……」
私に似合うかどうか、という問題は置いておいて。
「まあ、うん。嬉しいよ。ありがとう香霖」
ここは素直に礼を言うことにした。
「そうかい。それはよかった」
私の言葉を聞いて香霖も嬉しそう顔をしていた。
「しかしこんなの着てたら霊夢やアリスにすごい顔されそうだぜ」
「似合うと思うんだがな」
「そうかあ?」
「小さい頃はよく着てたじゃないか」
「……ああ」
そういえば子供の頃は今みたいに黒い服じゃなく、白が好きだった気がする。
そう、服みたいに真っ白で私は何も知らなかったのだ。
「……」
今朝の夢のことを少し思い出す。
「昔といえばさ」
何故私はこんな事を聞こうと考えたのだろうか。
「私が小さい頃の誕生日の事、覚えてるか?」
「小さい頃か。うーん」
こいつが霧雨の店で修行をしていた時にも私の誕生日を祝ってくれたことがあった。
それは何度かあったことなのだが、そのうちのいつだったかは敢えて言わないことにした。
「あの時と比べて君も大きくなったもんだ。立派な魔法使いになった」
室内なのでトレードマークの帽子を脱いでいた私の頭を、わしわしと撫でる。
「やっ、止めろよ恥ずかしい」
私は慌てて傍にあった帽子を被った。
「昔は何かある事に撫でていたじゃないか」
「それはそうだけどさあ」
子供の頃は撫でられることが嬉しかった。
自分が認められているような気がして。
だけど年をとってから考えると、それは子供だと思って甘く見られていたのではないだろうか。
今だって同じだ。
「私はそんなのでご機嫌が取れるほど安くないぜ」
「わかったわかった。すぐにごちそうを用意するよ」
「あ、こら」
私の問いの答えを有耶無耶にして香霖は台所へ向かってしまった。
「……まあいいか」
別に答えが聞きたかったわけじゃあない。
子供の頃、親父が渋い顔をしてこんな事を言ったのを覚えている。
『あいつは半人半妖だから魔理沙とは生きる時間が違うんだよ』
その頃の私には全く意味がわからなかったが、再会してようやっと意味が理解できた。
私の中の記憶のあいつと、再会した香霖の姿は何一つ変わっていなかったからである。
既に成人であるからとかそういう次元ではない。
きっと私がこの先もっと大きくなってもおばあちゃんになってもアイツは変わらないのだろう。
「……ちぇ」
やっぱり私は面白くなかった。
「おーい魔理沙。手伝ってくれよ」
台所から香霖の声が聞こえる。
「なんだよ。私は主賓だぜ。主賓に手伝わせてどうするんだ」
そう答えながらも私はもうツボの上から飛び降りていた。
「そう言わずに頼む」
「やれやれ。仕方ないな。そこまで頼まれちゃな」
私は香霖を手伝うことにした。
昔の私は大人に認められたかったのだ。大人と肩を並べたかった。
もっといえば香霖に認めて貰いたかったのだ。
今の私はあいつに大人として、認めて貰えているのだろうか。
「砂糖はたっぷり用意してあるからね。食後の珈琲も安心だよ」
「余計なお世話だぜ」
どうも香霖の中では私は何一つ変わっていないような、そんな気がした。
「うーん……」
朝、自宅で起きると頭が痛かった。
どうも昨日飲み過ぎてしまったらしい。ふらふらと落ちそうになりながら飛んで帰ってきたのをうっすらと覚えている。
「しかし面白かったな」
香霖にしては面白い冗談を言っていたから、つい酒が進んだのだろう。
実は魔理沙に言わなくてはいけない事があるんだ、なんて真顔で言うから何かと思いきや。
「以前魔理沙から譲って貰ったこの霧雨の剣なんだが……実は本当の名は草薙の剣というんだ」
私は爆笑した。
「そんな凄いもんがそのへんに落ちてるはずないだろ」
草薙の剣って言ったら私でも知ってるくらいお伽話でも有名な道具だ。
「本当だよ。この剣は天下を取る程度の能力を持っているんだ」
などと真顔で続けるものだから。
「それが本当だったら香霖がとっくに幻想郷を支配してるはずじゃないか」
香霖は実に渋い顔をした。
「言うならもっとバレにくい嘘にしろってんだ。やれるもんならやってみろ」
その後もあれこれ言っていたが、どれも子供でも分かるような嘘臭さだった。
そんなものに騙される私ではないのである。
「あー……」
思い出してひとしきり笑ったらまた頭痛がぶり返してきた。
今日はもう昼過ぎまで寝ることにして、それから香霖堂に顔を出すとしよう。
『本日休業』
香霖堂にわざわざやって来た私を出迎えたのはそんな紙っきれだった。
「なんだ、どっかゴミ拾いでも行ってるのか」
香霖はちょくちょく店の道具を増やすために色んなところを出歩いている。
今日私が来ることなんてわかりきってた事だろうに、全く空気の読めない奴だ。
永江衣玖を見習って欲しいものである。
「ま、いいか……」
私は博麗神社に向かうことにした。
「ほんとに来たわね」
「何が本当なんだ?」
到着するなり霊夢は妙なことを言った。
「香霖堂へ行ったけど霖之助さんがいなかったんでしょう」
「知ってるってことは霊夢も香霖堂に?」
私が言うのも何だが霊夢も相当の暇人だと思う。
「ええ。私は霖之助さんが出かける前だったんだけどね。魔理沙が来たら伝言頼むって」
「へえ、何だって?」
「しばらく出かけるから店には入れないよ、ですって」
「なんだ、泊まりがけで採取でもするのか?」
「さあ。でもたまにあるでしょ」
「そうだな」
いつだったかの彼岸の時には一週間くらい帰って来なかった気がする。
「本当に空気の読めない奴だなあ」
「何が? 霖之助さんならいつもの事じゃないの」
「そうなんだけどさ。昨日誕生日だったんだぜ、私」
「逆でしょ。出かけたい用事があったけど魔理沙の誕生日が終わるまで待ってたんじゃない?」
「……あ、そうか」
なるほど、そういう考え方もあるか。
「それじゃあ仕方ないな」
「なにがそれじゃあなのか分からないけど。はぁ。私も香霖堂に行けないんじゃ退屈ね」
「そうだなあ。しばらく博麗神社に厄介になるか」
「家でじっとしてなさいよ。あ、そうそう誕生日おめでとう」
「今更かよ!」
その日は結局霊夢と駄弁るだけで終わってしまった。
「さて……」
香霖が出かけてから今日でもう五日目である。
一応香霖堂へ顔を出してはいるものの、入り口には相変わらず『本日休業』の紙が貼られたままだ。
それを見てから霊夢の所で暇を潰す日々だったのだが、いい加減にしろと昨日怒られたので今日は行くことが出来なさそうだった。
「しかし妙なんだよなあ」
採取に出かけているとしたら、しばらくはその場に留まっているはずだ。
私がキノコを採取するときもそうだ。その場にテントでも作って成果が出るまで動かない。
しかしだ。
「香霖、夜には帰ってきてるんじゃないか?」
どうも紙の貼られていいる位置が昨日と違っている気がするのだ。
風か何かで飛んだそれを別の誰かが貼りつけたとも考えられる。
しかしこの香霖堂に来るような物好きが、私や霊夢以外にいるだろうか?
あるいは、一旦帰ってきてすぐ出かけただけなのかもしれないが……
そもそも香霖はどこへ行ってるのだろう?
どうせ暇だし、今日はちょっと香霖を探してみようか。それも面白そうだ。
「よーし」
私は箒に跨り飛んだ。さーて見つけたら何て言ってやろうか。
そんな事を考えながら。
「……」
もうじき日が暮れようとしていた。
「ま、そう簡単には見つからないよなぁ」
幻想郷は狭いようで案外広いのだ。
その中にいるたった一人をアテもなく探すなんて無謀もいいところだった。
「んー」
気づくと紅魔館の傍である。
「パチュリーの所でちょっと休ませて貰うか」
そう思い私は門番を華麗にスルーして図書館へ直行した。
「あら魔理沙」
「よう、暇つぶしに来てやったぜ」
それを聞いて大きくため息をつくパチュリー。
「ふむ。隠者と。さしずめ私はワトスン君かしら」
「隠者? ワトスン? 何の話だ?」
机の上を見ると何枚かのカードが散らばっていた。
パチュリーは手元にあるカードを見てそう言ったらしい。
「タロットカードよ。最近はまってるの」
「占いか。私はそういうのあんまり信じないんだがな」
「引いてみる?」
「ほー。ならこれだ」
私は傍にあった一枚のカードをめくった。
「……愚者ねえ。魔理沙らしいっちゃらしいけど」
「なんだ。愚者で悪かったな」
どうせロクな意味じゃないカードなんだろう。
「これはそういう意味じゃ無いわよ。ま、愚者でないならもっと図書館を有効活用して貰いたい物ね」
「そりゃあ有効活用するさ。本の入手場所として」
「そういう使い方じゃなくて。どうして彼みたいに真っ当な使い方が出来ないのかしら」
「私にとっては大いに真っ当な……ん? 彼?」
およそパチュリーと縁遠そうな単語が出てきた気がする。
「知ってるでしょう。貴方がよく言う香霖。森近霖之助よ」
「香霖がここに来てたのか?」
「ええ。一昨日までね」
なんてこった。入れ違いになってしまったらしい。霊夢のところじゃなくてこっちに来ていればよかった。
だがしかし、これは重要な手がかりになりそうだ。
「あいつ、一体何を目的に?」
「何って図書館に来たんだから本を読みに来たに決まってるでしょう」
「ほう。一体どんな本を」
「そこまでは知らないわ」
それが分かれば、あいつが何をしているのか検討が付きそうなものなのに。
「ちぇ、それくらい調べといてくれよ」
「そこまで暇じゃあないわよ。質問にはいくつか答えてあげたけど」
「ほほう。それを詳しく」
「大したことじゃないわ。魔法についてとか、魔法使いについてとか」
「なんだ」
そんな事だったら私に聞けばいいだろうに。
「何だって何よ。言っておくけど貴方の知識程度じゃ語れないほど魔法は奥深いのよ」
「はいはい。しかし何で魔法なんだろうな」
「さあ。新しいマジックアイテムでもつくろうとしてるんじゃない?」
「あー」
そういえばミニ八卦炉を始めとして、色んな道具を作ることも香霖の趣味というか特技だった。
「彼、マジックアイテム作成者としてはかなり優秀よ。私も新たな知識を得ることが出来たし」
「ふーん」
私ではミニ八卦炉を作ることは出来ないだろうし、どういう仕組なのかもよく分からない。
やはり香霖はその道のプロであるといったところだろう。
「ほんと勿体無いわよねえ。ウチに助手として置いておきたいくらいだわ」
「やめとけあんな変人」
「……まあ、変わってるのは確かね」
パチュリーは意味ありげに笑った。
「なんだよ気持ち悪い」
「いえ別に。ただもう来ないと思うわ。用事は済んだって言ってたもの」
「その割に店は休業なんだよなあ……」
「別の場所にでも行ってるんでしょ」
「別ねえ」
香霖と紅魔館なんて接点が……まあ無いこともないが、来るとは思えないような場所だった。
そうなるとあいつが行きそうだ、と検討をつけて探すのは無理そうである。
「彼を探してるなら店の前で仁王立ちでもしてたら? 紅魔館まで毎日往復してたわよ」
「ああ、やっぱり夜には帰ってたのか」
「泊まっていけばって何度か誘惑したんだけどね」
むしろそのせいで香霖は往復するハメになったのではないだろうか。
「意外とそういうの興味あるのなパチュリーって」
「そりゃあ魔女だもの」
何故か自慢気である。
「しかしそうか、店の前で待ってるってのはいい手だな」
「さっそく今からでもやってみれば」
「そうするぜ」
いくら香霖でも私が店の前にいればさすがに気づくだろう。
「サンキューパチュリー」
「大したことはしてないけれどね」
私は早速香霖堂へ向かうことにした。
「……あれ?」
気づくと私は布団の中だった。
これは一体どういう事だろう?
布団を跳ね除け飛び起きる。
ここは……香霖堂の中だ。
「ん」
枕元には香霖の字が書かれた紙があった。
『鍵は貸しておくから外で寝るのは勘弁してくれ』
どうやら香霖を待っている間に眠ってしまったらしい。
そしてその間に香霖が戻ってきて私を部屋に寝かせた、ということか。
「別に店の中に入りたかったわけじゃないんだが……」
鍵を見てため息をつく。
「これを私に貸すって事は今日も店にはいないって事だよな」
紅魔館の図書館での用事は済んだという。
なら今はどこにいるんだろうか?
「うーん」
何か手がかりは無いものか。
「ん」
よーく紙をみると、うっすらと赤い丸が見えた。
裏返すとどうやらそれはチラシだったようで、そのチラシのある部分に丸が描かれていたのだ。
「健康診断は永遠亭へ、ねえ」
文の配っている新聞にでも入っていたに違いない。
「しかしこの丸は後でつけられたみたいだな……」
この香霖堂にあるチラシに丸をつけられる者なんて一人しかいない。
「香霖がつけたのか」
大穴で文がつけたとも考えられなくもないが、そんな事をするほど暇じゃないだろう。
「ならば……」
今日向かうべきは永遠亭だ。
単にチラシの内容通り健康診断に行きました……というだけの可能性もあるがこうなりゃ意地だ。
なんとしてでも取っ捕まえてやる。
「森近霖之助?」
「そう。森近霖之助だ」
竹林の入り口にてゐがいたので私はあいつが来ていないか聞いてみた。
てゐに案内させなければ、まず永遠亭へたどり着くことは不可能だからだ。
「そういえば来てたね」
「本当か! よし!」
「あ、ルート変わってるから行けないと思うよ」
「……わーったよ。いくらだ」
「毎度ありー」
渋々ながらてゐに代金を手渡し永遠亭へ案内させる。
「流行ってんのか? 健康診断」
「まあぼちぼちね。人間の客はあんたが初めてだけど。まあ人間でも問題ないよ」
「ならせっかくだし受けてくかな」
ついでに香霖の事も聞ければ尚いいのだが。
「他の患者の事は話せないわ」
「ケチ」
まあ八意永琳がそんなに甘いはずは無かった。
「ケチじゃないわよ。医者として当然の事」
「何なら弾幕ごっこで」
「負けても話さない」
「ちぇー。まあ受けたのは間違いなさそうだな」
既にこの場にはいないようなのは残念だが。
「企業秘密です」
「はいはい。で、どうだ私は」
「健康そのものね。特に問題なく寿命まで生きられるわ」
「嫌な言い方するなあ」
「あら、寿命まで生きられるって素晴らしい事だと思うけどね」
「不老不死がいうかそれを」
「不老不死だから言うのよ」
まあ、不老不死になったことなんぞないからその考え方なんか分かるわけがないが。
「そういや不老不死になるホウ……なんとかの薬って売ってたりするのか?」
それを聞いた一瞬永琳の目が鋭いものになった。
「……罪を受けるのは私と姫様だけで十分よ」
「な、なんだよ罪って」
「だってこの世は地獄だもの」
「地獄ねえ」
どうにも不老不死の考える事はよく分からなかった。
「さ、診断は終わりよ。診断書貰って帰りなさい」
「へいへい」
このままここにいるととっちめられそうだ。早めに退散しよう。
受付の優曇華院から診断書を貰って外へ。
「やっほー、帰りはこちらだよ」
外ではてゐが待ちぶせていやがった。
「ったく。一人で帰れないもんかね」
「死ぬほど迷って構わないならいいけど」
「チップ弾むから最速ルートにしろ」
「へえ、そりゃあ嬉しいね。ならいい情報をあげよう」
「何だ?」
「実は森近霖之助が永遠亭に来たの、昨日だったんだよね」
私はてゐの頭を叩いた。
「そういうのは一番最初に言え」
「なによー、教えてあげたんだからいいじゃない。そんな事言うなら耳よりの情報を教えないよ」
「耳寄りの情報ねえ。胡散臭いが一応聞いてやろう」
チップを再び渡す。
「えっへっへー。実はその森近霖之助なんだけど、どうやら蓬莱の薬について聞いてたみたいだね」
「蓬莱の……不老不死になるってヤツか?」
「そうそう。まあ当然手に入るわけないんだけどさ。とにかく寿命とか老化とかそういうの聞いてたよ」
「……」
一体どういうことなんだろうか。
香霖は半人半妖であるから、ただの人間よりはよっぽど寿命が長いはずだ。
ただし、半分しか妖怪でないために妖怪よりは寿命が短いとも言える。
そういえば図書館で魔法や魔法使いについて調べていたらしい。
種族としての魔法使いもまた、不老不死の存在である。
「……香霖は不老不死になろうとしているのか?」
「さあ。そこまでは知らないよ。でも古今東西、不老不死になりたいヤツなんていっぱいいるしねえ。そんないいもんだとは思わないけどさ」
確かに物語では不老不死に憧れてどうこう、という話はたくさんある。
というか幻想郷ではさっきの永琳もそうだが、輝夜や妹紅など不老不死の存在も結構いるのだ。
不老不死の存在になれる可能性は無いとは言えない。
問題は何故香霖がそんな事を考えているかだが……
「不老不死ったらアレだね。世界征服してやるーとかいう悪役が考えて失敗して自滅するっていう」
「ん」
てゐの言葉に何か引っかかった。
「なんだって?」
「だから自滅するのよ。馬鹿だねー」
「いやその前」
「……世界征服?」
何かその単語に近い言葉を聞いたことがあった。
確か、そう……
『本当だよ。この剣は天下を取る程度の能力を持っているんだ』
「あ」
「どうしたの?」
「……いや……」
もし万が一。万が一だ。
あの剣が本当に草薙の剣そのものであったとしたならば、香霖がその気になれば幻想郷は簡単に支配されるだろう。
だが支配したとしてもそれはいつかは終わるのだ。香霖には寿命があるんだから。
ならその寿命すら無くしてしまえばどうだろうか?
その支配はそれこそ永遠に……
「ははは、そんなまさかなぁ」
あの香霖に限ってそんな事するわけが無い。
「何がそんなまさかなの?」
「いや、幻想郷を支配できるかって話なんだがな」
「いきなりすぎて訳分かんないけど、まあムリじゃない?」
「だよなあ」
この幻想郷にどんだけとんでもない勢力がいると思ってるんだ。
「それこそあの『草薙の剣』でも無い限り」
「無い限り?」
「うん。アレは神具の中でもぶっちぎりで最強だからねえ。流石の幻想郷の連中だって……」
「……」
あの夜、私は言ったのだ。
『言うならもっとバレにくい嘘にしろってんだ。やれるもんならやってみろ』
もしもあの言葉で香霖が本気になってしまったとしたら……
「おーい、出口だよ。顔色悪いけど大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ」
私は大急ぎで博麗神社へ向かうことにした。
恐らく霊夢なら既に気づいているはずだ。
異変の前兆に。
「異変?」
「そうだよ。何か感じないか」
「そりゃあ、ねえ」
霊夢はなんともいえない顔をして自分の後ろを指さした。
何かと思ってそちらを見ると、そこには八雲紫が座っていたのである。
「……まあ、貴方も気づくと思っていたわ。そう。確かに異変は起きようとしています」
「……やっぱりそうなのか」
紫は大きくため息を付いた。
「私がここにいる理由はね。霊夢に何もするなって言いに来たの」
「言われなくたって何もする気はないわ」
「異変を止めるなっていうのか?」
「だって、まだ起こってもいないでしょう」
霊夢は異変が起きそうなのに気づいていて止める気が無いという。
紫もまた異変の前兆に気づいていながら、何もするなという。
「どういうことなんだよ。起きてからどうにかしろっていうのか?」
「いいえ。そうではないわ。私や霊夢ではどうしようもないってことよ」
「そうなのよね。理由は分からないけど私が動いても無駄な気がするの」
「……」
幻想郷の管理者は紫だ。
同じく幻想郷を体現するものが霊夢であるといってもいい。
天下を支配するという事は、すなわちこの二人をも支配出来るということなのだろうか。
「……何か勘違いをしているようだから言っておくけど」
再びため息をつく紫。
「今までだってそうでしょう。異変は幻想郷に必要不可欠なの。起きてから止めるもののはずよ」
「それは……そうだけどさ」
「何か今すぐ止めなくちゃいけない理由があるのかしら?」
「……」
それは多分私のワガママだろう。
香霖にそんな事をして欲しくないという。
「まあ、愚者の行動にどうこう言えるのは親しい人間だけですわ」
「私にどうにかしろってか」
「どこの誰のことを言っているか全く分かりませんけれど、多分そうなんでしょうね」
「……そうかい」
こいつらがどうにかする気が無いのなら、私が何とかするしか無い。
「わかったよ。私が始末をつける」
「なんだかよく分からないけど任せるわ」
「ええ、お願いね」
紫はともかく、霊夢がこんなに薄情だとは思わなかった。
「もうお前らのことなんか知るか!」
私はそう叫び捨てて、博麗神社から離れた。
「……で、本当になんなのよ。私分からないんだけど」
「愚者が愚行をしている。それだけですわ。それ以上でも以下でもありません」
「愚行ねえ。なんか騙されてる気がするわ」
「言葉の上っ面だけ見てはダメよ。まあ、部外者は成り行きを見守るだけですわ」
「あんたになんか見られたくないと思ってそうだけどね」
「ごもっとも」
香霖堂は灯りがついていた。
休業中の張り紙も無く、入り口は開きそうである。
「入るぜ」
カウベルを鳴らし店の中へ。
「いらっしゃ……なんだ、魔理沙か」
「なんだとはなんだ」
数日ぶりに顔を合わせるのに香霖はいつも通りだった。
「ここ数日、何をしてたんだ?」
大まかには知っているものの私は確認するためにそう尋ねた。
「まあ、色々とね」
ぼかすような言い方である。
「とぼけるなよ。調べは付いてるんだ」
「……なんだって?」
香霖の表情が困惑したものに変わる。
「パチュリーに聞いたぜ。図書館で色々調べ物をしてたってな」
「ああ、うん。知りたいことがあったからね」
誤魔化そうとしているということは……やはり私の考えが正しいということなのだろうか。
何故だか分からないが、やたらと悔しかった。
「永遠亭で寿命についても聞いてたんだって?」
「……ただの健康診断だよ」
「嘘つけ!」
私は叫んだ。
何をそんなに苛立っているんだろうか私は。自分でもよく分からない。
「お前は自分の寿命を何とかしようとしてたんだろ!」
「……」
眉をひそめ、なんともいえない顔をする香霖。
「そこまで調べてしまったのか。魔理沙」
「……やっぱり」
香霖は不老不死になろうとしていたのか。そして幻想郷を支配するつもりで……
「なら、僕がしたいことも、分かってしまったんだろうね」
「……なんでだよ。どうしてそんな」
「必要だと思ったからだよ。まさかこんなに早く気づかれるとは思わなかったけれど」
「……いつからそんな事考えていたんだ」
「なんとなくは考えていたよ。きっかけは君の誕生日だ」
「私の言葉のせいか……」
あの時の私の言葉が香霖を本気にさせてしまったのか。
「君のせいじゃあないさ。僕が先延ばしにしてしまっていただけで、いずれはやらなきゃいけないことだったんだ」
「どうしてだよ! いいじゃないか! 今まで通りで!」
私や霊夢が香霖堂に遊びに来て。
香霖は渋々相手をして。
それでいいじゃないか。
「いつまでも同じわけにはいかないんだよ。それは君だって分かってるだろう」
「だからって……」
「いや、僕が悪かったんだな。その空気が心地よく、甘えてしまった」
「壊すのか、それを」
よりにもよって、香霖が、それを。
「……わからないな。どうなるかは」
「そうか……なら私がケリをつけなきゃいけないな」
「いや」
香霖は首を振った。
「それは僕がやるべき事なんだよ」
「何でだ」
「僕は男だからね」
「……」
そりゃあ、男だったら天下統一とかそういうのに憧れを持つのかもしれない。
だけど、お前は香霖だろう。森近霖之助だろう。
そんなものに興味がある素振りなんて、全く無かったじゃないか。
「魔理沙」
香霖が胸元から何かを出そうとした。
私は迎え撃つために、ミニ八卦炉を香霖に構え――――
――視線の先には何かのマジックアイテムらしい宝石のついた指輪が――
「魔理沙、好きだ。結婚しよう」
「…………………あ?」
何が、なんだって?
「魔理沙、好きだ。結婚しよう」
「え、あ、う、あ、お? あ? あ? …………え?」
けっこんってなんだっけ?
結婚というのはそう、男と女が……
「うええええええええええええええええええええええ!」
「そんなに叫ばなくたっていいじゃないか」
「いや、え、うえっ、お、あう、え、え?」
何か言いたいのだが、言葉がうまくまとまらない。
「ふ、ふしっ」
「節?」
「ふろう、ふし」
「不老不死? ……ああ」
香霖は一瞬考える仕草をしたが、すぐに納得したような顔をした。
「魔理沙。君は魔法使いだろう」
頷く私。
「今はまだわからないが、将来的に種族としての魔法使いになる可能性もある」
私は首を振った。
そうなる予定は今のところ、無い。
「ああ、ならよかった。もしそうだとしたら僕も魔法の研究をしなければいけないかなと思ってね」
「え?」
「永遠亭で蓬莱の薬の事を聞いたのもそれさ。まあ、こっちは可能性は低いと思っていたけれど」
「……ちょっと待て、どういう事だ?」
こいつの言っていることは何かおかしい。
「ん?」
「私が不老不死になったら、お前も不老不死になるつもりだったって事か?」
「選択肢として考えていただけだよ。流石にこんなに早く気づかれると思っていなかったからね」
なんだろう。
何がなんだかさっぱりわからない。
「魔理沙」
「何だよ」
「人と妖怪が結婚するとしたら最大の問題は何だと思う?」
「そりゃ寿命だろ」
私は即答した。
人と妖怪は生きる時間が違う。
そして私と香霖も生きる時間が違う。
「そうだ。そして僕は半妖だから……魔理沙。君より寿命が長いんだよ」
そんな事は私だってよく知っている。
だからこそ私はずっと……
「少し情けない話をするが、いいかな」
「何だよ」
香霖は苦笑いをした。
「純粋な妖怪ならばね。あるいは親しい人が先に逝ってしまっても耐えられると思うんだ。それは人と妖怪の精神の違いだから、妖怪がどうっていうんじゃなくて、そういうものなんだよ」
「……よく分からないぜ」
「まあ、推論の話だからね。僕は時折想像するんだ。魔理沙や霊夢達がいなくなってしまって。それでも今と変わらないままの姿で香霖堂にいる僕の姿を」
それは私も一度は思い描いた姿である。
そして香霖は何も変わること無く店で暇を潰しているのだろうと。
「最近になって思ったことだけど僕は人間としての側面の方が強いようだ」
「まあな……」
見た目もそうだが、恐らくそれ以外の面にしたってほとんど人間そのものだと言ってもいいくらいだ。
「だから、僕はきっと魔理沙や霊夢がいなくなった先の寂しさに耐えられない」
「え?」
「人間と同じように五十年や百年そこいらじゃない。もっと長い時間を耐えなきゃいけないんだよ」
「なんだ……香霖が、寂しい?」
香霖がそんな事を考えるなんて、思っていなかった。
「あまり顔に出ないようだから勘違いされているようだけれど」
再び香霖は苦笑する。
「僕は相当に人に近い思考をしていると思うよ。多少鈍いのは間違い無いだろうが」
「……ええと、つまり、どういうことだ?」
「そんなに長く生きるつもりは無いってことさ。むしろ逆に人間並みの寿命になれないか、色々と調べてみたんだ」
「それって香霖にとっては早死しようとしてるって事なんじゃないか?」
「妖怪として考えるならそうだね。だけど僕は人として生きたいと思った。これは僕の我儘なんだ。魔理沙。君と同じ時間を生きたかったんだよ」
「バカだろお前」
私なんかのために、そこまでするっていうのか。
「そうだね。愚かだと思う。だがそれが一番いいんじゃないかなと思うんだよ」
「でも……」
「短いものを長くするのは難しいが、長いものを短くするのはそこまで難しいことではないさ」
「……」
香霖と私が同じ時間を生きる。考えもしなかったことだった。
「残念ながらこの話は仮定でしか無い。図書館の本でもそんな話は無かったし、永琳に聞いても前例は無いらしいからね」
「そりゃ無いだろ。ある訳がない」
「ああ。出来たらそれこそ一大異変になるかもしれない」
「……異変」
もしかして紫や霊夢が感じていた異変の気配というのは、それだったのだろうか?
それとも香霖がこんな事を言い出すこと自体異変なんだろうか?
頭が混乱してきた。
「あー、その、香霖?」
「何だい?」
「えーと。妙なことを聞くかもしれないけどさ。あの霧雨の……草薙の剣で幻想郷を支配してやるとか考えては無いか?」
「ん? うーん。そうだなぁ。正直に言えば無かったとは言えないが」
「あったのかよ!」
「手に入れたばかりの時の話さ。今では分不相応のものだと考えているよ。使う気は無い」
「……そっか」
ただの私の早とちりだったのか。
それを聞いたらなんだか急に力が抜けてしまった。
「あの日草薙の剣の事を話したのは、君に隠し事をしたままにしたくなかったからさ。君は信じてくれなかったが」
「信じろってほうが無茶だろ……」
恐らくあの剣が草薙の剣というのは本当なのだろう。
それでいて香霖は使う気が無かったと。
こいつはそういう奴なのだ。
「……それで魔理沙」
「何だよ」
座り込んだ私に、困惑した表情の香霖が話しかけてきた。
「出来れば、その、返事を聞きたいんだが」
「返事? 返事ってなん、の……」
不意に先ほどの光景がフラッシュバックした。
『魔理沙、好きだ。結婚しよう』
まりさ、すきだ。
こうりんが、わたしを。
けっこん。
わたしと、こうりんが。
けっこん。
「けけっ、けけけけけけけけけ」
「ま、魔理沙?」
「けけっけけけけっけっけ」
「ちょっと落ち着いてくれ」
香霖が近づいてくる。
うわぁ。どうしよう。
香霖の顔がマトモに見れない。
私だけだと思っていたんだ。
香霖は私のことなんか何とも思っていない朴念仁で……
「いいいい、いつから」
「……いつから、とはっきりは分からないなあ。昔は手のかかる子程度にしか考えていなかったはずなんだが」
「そりゃあ悪かったな」
「うん。まあ、気づいたら好きになっていたかな?」
「……あう」
ヤバイ、多分今私凄い変な顔してる。
「魔理沙は、なんだ、その。昔に僕と約束を……」
「だー! 言うな! 恥ずかしいから!」
「……いや、すまない。ええと、うん。あの頃と変わって無ければ、なんだが」
「……うー」
やっぱりコイツは空気が読めない奴だと思う。
だがどうしようもない。
それがこの男、森近霖之助なのだから。
「……僕と結婚してくれないかな?」
その、森近霖之助らしからぬ。
照れくささでいっぱいになり、真っ赤になった表情。
多分、それ以上に顔を真っ赤にしているだろう私の、答えは一つしか無かった。
「ふ、不束者ですが……宜しくお願いします」
さて。
ここで話は終わりである。
何故かというと、愚者の愚行は現在進行形であって、私にはその結末は分からないからだ。
香霖曰く、愚者とは決して悪いものでは無いらしい。
タロットカードの愚者のカードの暗示はこんなものらしいからだ。
変化や柔軟さ、これからの期待。
現状に満足せずに、変化を求めることが良い結果につながることを意味している……とかなんとかだと。
ただ、逆位置だと大変なことになってしまうらしい。
幸せと不幸は紙一重。ほんのちょっとの差で大違いだ。
果たしてどうなることやら。
物語として現時点での決着を付けるなら、まあこんな感じだろう。
あるところに愚かな王子様と愚かなお姫様がいました。
お姫様は事件が起こると化け物退治に行き、王子様は帰ってきたお姫様を優しく迎えてくれます。
愚かでなんだか妙な二人ではありますが――結婚して幸せになりましたとさ。
ただ少しあっさりし過ぎていて広げたらもっと面白くなりそうなだけにもったいない気もしました。
余談ですが、草薙の剣のことを考えるに、霖之助は魔理沙は魔法使いにならない(若しくはなれない)と考えているんでしょうかね。一緒にいたいと考えたらこんな行動もアリなのかも。
>そこまで調べてしまったかのか
誤字報告です。
幸せ一杯でこちらもほっこりしますね。
努力型の魔理沙が魔法使いになってのんびり生きるのはイメージ出来ないですよね。
やはり人間のまま浪漫を追求していって欲しい。
ところで、魔法使いがなるのは不老不死ではなく不老長寿かと。
草薙の剣を魔理沙の形見にする事を前提にして霧雨の剣と名前を付けたこと
一話完結の小説の完成度や読みやすは良かった。
甘い魔理霖でした!
昔からSPⅡさんのファンな私にとってこの展開は正直ハラハラもの。だってこれは完っ全に最終回の流れじゃないで
すかー!読み進めるごとに「え?え??」て魔理沙的なリアクションで見てしまいました。でも別に最後ってわけじ
ゃないですよねー?あまりに超展開だったからそう思っちゃいましたww お嬢様
確かにこれはせーてんのへきれき最終話的超展開でございました。泣きそうになりました。バツとしてコハク酸の不足
分を補充するお話を希望致します。 冥途蝶
寿命を削る方向の霖之助魔理沙カプって珍しいんではないか。
全私が泣いた。