Coolier - 新生・東方創想話

秘封倶楽部がラーメン二郎に行く話

2012/01/11 23:16:03
最終更新
サイズ
21.21KB
ページ数
1
閲覧数
1751
評価数
9/24
POINT
1450
Rate
11.80

分類タグ


 ―1―


「ねぇ、メリー。ラーメン二郎を食べに行かない?」

 呼び止められて、普段ならばYES! と即答する私も聞き慣れない単語に思わず

「ん?」

 と、ノリの悪い返事をして立ち止まった。

 私の名前をメリーと呼ぶのは、私が親しくなりたい人だけだから無視する訳にもいかない。
 マエリベリー・ハーンという如何にもイギリスチックな本名は、呼ばせるには音が可愛くないのでメリーという愛称で呼んでいただいている。
 振り返った先を見れば、彼女の愛らしさに心音は加速していく。
 キャンパスを出てすぐの桜並木はすっかり葉も枯らしきって、肌寒さやあの美しい桜がこんなにも悲しくなるものか! と悲壮感を漂わせ多くの人には邪魔な正体不明の木の群れと化している。
 太陽もすっかり落ち、薄暗く地平線にわずかに見える朱色はまるで境界線のよう。
 薄ら寒いだけだし早く帰りたい所だけれど、あの芳しい声のおかげで私の心は桜色満開だ。花びらはもちろんハート柄。
 黒い髪に赤色のマフラーはお洒落だし、長めのスカートからほっそり見える生足は雪のようではないか。
 それも、とても日本的な雪。私としては、ハーフなせいもあってか日本らしさのあるほうが好ましい。
 この季節にしては薄着だからか、少しちぢこまっていて吐く息が真っ白だ。その吐息が綿飴だったら時価で買う。
 しかしながら、このうら若き乙女に飛びついて抱きしめて押し倒すわけにもいかず、私はゆったりと微笑みながら正体不明の単語を解明にのりだす。

「あら、ラーメン屋さん? 最近出来たのかしら」
「そうそう、何でも20世紀頃に東京で流行したラーメン屋を再現しているそうよ」
「東京の味って、如何にも人工っぽそうね」
「すっごくケミカルな味だって噂。忠実に当時のレシピを守って作ってあるんですって」

 首都が京都に移ってから、日本の食文化は関西よりの味付けが多く広まるようになった。
 関東のやたら味付けの濃い食文化は郷土料理としてほっそりと続いている。
 ラーメン屋も今では一駅にあればいいものだが、その当時は犬が歩けば鳴門が食える程にあったらしい。
 レトロなモノが好まれる昨今では、屋台形式でチラホラ増えているとは聞いていた。
 それにしても、ラーメンデートとは女性二人で行くところかしら。彼女じゃなかったら、やんわりとお断るところよね。

「屋台って事は、開店するにはちょっと時間があるんじゃない? お酒でも飲んでからにしましょう」
「18時50分、そろそろ向かわないと閉店する時間よ。二駅先の近くにあるって」
「え、それって本当にラーメン屋?」
「噂しか聞いてないけど、名前からしてラーメン屋よ。うどんみたいに太い麺らしいけど」
「うどんみたいな麺って……それうどんよ」
「そうね。それどころか、ラーメンと一緒にされると怒られるそうなんだけど」
「ええっと貴方、熱でもあるの?」

 話の内容がめちゃくちゃすぎて、ついつい近づいておでこに手をあててみる。あら、あったかい。
 ついでにほっぺたも触る。あら、やわらかい。
 熱なんてない、と後ずさりされたが気にせず胸をもみもみ……しようとして見事にかわされた。回避能力が高い。
 恥らう姿がキュート。私よりは小さめな胸に手を当てながらダメ押しの一言をいれてくる。

「とにかく、一度行ってみたくって、どうかしら?」
「貴方一人ではいけばいいじゃない、その得体の知れないモノ食べるぐらいなら、ダイエットクッキーのがマシよ」
「たまにはおなかいっぱい食べてみたくて」
「ふーん」
「あ、あたし一人じゃ寂しいの!」
「うーん」

 私は始めっから行く気だ。行くしかない。彼女のためならどこまでも。
 悩んでいるふりをしていると、ソワソワした様子が胸に当てた手から感じられる。
 ああ、手になってしまいたいと声を出してしまいたいがそうしないことで友情は守られる。
 段々と怒り出しそうな空気を察知し私は金色の髪をくるくるといじりながら、口をひきしめつつニッコリ笑いかける。
 ひきしめないと、鼻の下が伸びきりそう。

「そうね、貴方の頼みなら、一緒にいってあげましょう」
「わぁ!  ありがとう!!」

 いいえこちらこそありがとうございます靴をなめさせていただきます!!!!!!!!!!!

 薄暗い並木道で土下座している金髪ハーフ女子大生の図、になりかけそうだったが、無理やり歩き始めることで回避。
 普段は割りと男前なタイプの癖に、こういう時の素直に喜ぶ様はそれはそれはもう。
 前を歩くことでにやけ顔を悟られないようにする。この歩調をキープ。少し遅れてやってくる、その斜めからのアングルも素晴らしい。絵画か君は。

 普段ならちょこっと寄っていく本屋もカフェも目もくれずスルー。正気を保つのに集中しすぎて、駅までの会話をあんまり覚えていない。そもそもあんまり会話してない。
 神社の話をしたような気がするが、内容よりもその透き通る綺麗な声色に脳がやられそう。
 女の女好きにとって、声というのはとっても重要だ。声だけでラーメン3杯はいける!
 しかし、この一言は妙にくっきりと覚えていた。

「あ、そうそう、量がむちゃくちゃ多いらしいから覚悟しておいてね」


 ―2―


 閻魔裁判にならぶようだった。
 黄色い古びたつくりになっている看板に、なんともマヌケな文字で「ラーメン二郎」と書かれている。その一点から、ズラッと男男男。
 サラリーマン風の男という単語だけで、どんな想像をしても構わないようなのが沢山ならんでいる。
 サラリーマン図鑑なんてのを作るなら、ここで一枚写真をとったらいいのじゃないかしら。
 または如何にも高校中退していそうなのが群れで集まっている。
 トレーナーだとかパーカーをだらしなく着てヘラヘラしている連中の中に、偶にそこそこモテそうな男もいるが、興味ない。
 団体に混じって一人で来ている冴えない男は、本を読んだり携帯電話を取り出していて場慣れした様子。
 ラーメン屋に場慣れしてどうするのかしら?
 カップルも一組いるようだが、明らかに浮いている。ついでにこのまま結婚しちゃいそうな、お似合いっぷりの顔のボコボコさだ。
 そして、私たちうら若き女性二名様はもっと浮いているのだろう。さすがに彼女も照れているようで、囁く様に

「やっぱり一人でこなくて良かったわ」

 と呟いた。その通りだと思う。私がいなければさらわれて強姦されていただろう危ない危ない。
 そう、私は麗しの姫を守るナイトである。京都に降り立ったジャンヌダルク、それが私だ。乙女がこの列にならぶには革命が必要だ。
 火刑は嫌だけれど。

「入る前に幾つか仕入れておいた情報を伝えるわね」
「うどんみたいな麺ってのはさっき聞いたわよ」
「そうじゃなくて、店のローカルルールがあるみたいなの」
「ラーメン屋さんにルール?」
「まず、ラーメンが出てきたら黙々とすばやく食べること」

 わんこそばみたいね、と面白がってみせていたら並びがグッと縮まった。
 きったない工事現場のツナギ着たお兄さん達4人ぐらいがお腹を摩りながら店から飛び出してきていた。
 ただ、座っている場所がバラバラだ。

「あんな風に、一緒に入れないかもしれないわよ」
と彼女がいってゾッとする。いやいや、おかしいじゃない。
「普通、団体さんって一緒に入れるモノじゃなくて?」
「この並びみればわかるでしょ。別々の席で座らされる事の方が多いらしいわ」

 仮に、私がここに一人で座ったとしよう。店員もお客もその殆どがオッサンかチャラ男よね。食に餓えているような連中の吹き溜まりみたいな中に、私一人というのは絶望かもしれない。何をされるかわかったものではない。満員電車より危険なのではなくって? 助けて蓮子!
妄想にひとしきり浸っていると、

「お客さん、大小どっち?」

 と脂ぎった声がした。横目に見ると頭にタオルを巻いた無精ひげのオッサンに睨まれる。
 もう少し太ったら河豚そのものだろう。
 黒いTシャツを着た河豚オッサンは眉間にしわを寄せ、続けて「小でいいね」と暗号だか呪文だかを呟いてそっぽを向いてしまった。
 何もかもが虚空かのような濁りきった目は、私に続いて今度はチャーシューにむかっている。
 うわ、縄でお肉を縛っているの? まな板めちゃくちゃ汚いってかその毛むくじゃらな腕まで油ギッシュオーマイガー!
 いつの間にか店内に入っていたようで、赤くてこれも見事に小汚い丸椅子に冴えない連中が所狭しと麺をすすっている絶景が見える。
 カウンター席しかないようで、人一人通れるぐらい。いや、ここのお客さんってやたら図体でかいの多いから多分通れない。
 エプロンサービスは無いだろうし、そもそも床にバッグを置くのが躊躇われるぐらいテカテカしている。
 一番近い席でうどん、というほどではないけど確かに太い麺をすする顔中あざだらけの中年A。
 もやしのような体系の中年Bがもやしを食べている……が、量が尋常ではない。
 そもそも私の目から、もやしを食べているのが確認出来るのがおかしい。どんぶりからはみ出ているではないか。
 それどころか、遠めに見ても机のうえにキャベツだかレタスだかわからない葉っぱの破片やらもやしのカスやらが落ちているのがわかる。
 あれほど山盛りにしてたら仕方がないのかもしれないけれど、けどね? けどさぁ……

 唖然としていると頬にひやっとした感触。振り向くともち肌の美少女。綺麗な瞳が面白がって私を見ている。
 私のほっぺたに青いプラスチック(食券?)が突き刺さっているが、同時に彼女の爪が少し頬を触りくすぐったい。

「ほら、食券買っておいたわよ」

思わず美少女をすする少女Cになるところだった。救いだ。ジャンヌダルクは私ではなく、彼女だった。そして

「お金は後でちょうだいね、二人分」

 と付け加えた。ジャンヌの要請ならば全額已むを得ないです。

 何時か火刑と称して服だけ燃やしてしまいたい、と妄想の世界に旅立つ手前で、私は丸椅子に座らされた。
 並ぶ前に見かけたカップルの後の席らしく、二人並んで座れるようだ。
 神に感謝したい。
 あ、席狭い。すっごい近い。左側のこの季節にありえない白Tシャツ一丁のオジサンにあたらぬ様、右側に全身を落ちるギリギリまで寄せる。
 うわぁ、雪肌が! きめ細かく見える!! 横顔もかわいい!!!
 少し眉をひそめられたが、私が奢る訳だから我慢していただこう。
 惜しむらくは、折角髪の毛の匂いまで嗅げそうなぐらい近いというのに、豚とニンニクと汗臭い店内のせいで掻き消えてしまっていた事だろう。
 ああ、無情。ラーメン屋なんて女子会には向かないわ。

「メリー、あんたって、時々どっかいっちゃってるみたいに黙っちゃうわよね」
「どっかいっちゃってたりしてね」
「どこによ」
「さぁ、どこかしら。当ててみるのも一興ですわ」
「わかるわけないでしょ。境界の向こう側とか?」

 貴方の心です。と古い歴史書の決め台詞でも引用しようと思ってたら河豚みたいな店員に何かを言われた。
 隣で全部マシで、とニコヤカに笑っているのにつられて

「あ、私もそれで」

 と答えてしまった。河豚が黙って奥の鍋の方に向かっていった。
 そのまま鍋に入ってしまえ。

「今の一体なんだったの?」
「ここに来る前説明したじゃない。聞いてなかった?」

 聞いていなかったのではない、感じていた。
 彼女は髪につけているリボンを結びなおしながら説明しなおしてくれた。

「ここではね、トッピングとか味の濃さとかを無料で調節してもらえるんだって」
「あら。マシって、多いって事かしら。無料なら多いほうがいいわよね」
「普通ならその通りなんだけどさ……」

何故か苦笑いされる。

「――タダより高いものはない、って格言を体験できるかも」


 ―3―


 なんだろうコレは。
 うどんどころかもやしだった。
 河豚が適当においていった丼は、持ち上げる事が不可能な山のような何かだった。
 もやしの本数を数えたら麺の本数より多いだろう。それに何か白いものがかかっている。
 隣で黙々ともやしに手をつけ始めた彼女とは違い、リアルな汚らしい雪のような塊だ。
 降ってから3日はたっている雪だ。それも大きさがまばらで、如何にも男の料理って感じ。
 小さめのをひとつ口に入れてみてすぐに正体がわかった。脂だ。肉の脂の部分だけが散らばっているのだ。
 何の脂よこれ、まさかあの河豚みたいなオッサンの!?
 急いで水で流し込む。生ぬるくてカルキ臭い。
 端っこの方に浮かんでいる黄色い細かいのはニンニクだろうか。なぜみじん切りしたうえでまとめておいてあるのかしら嫌がらせ?
 もしかすると、河豚に私の念殺オーラを感じられたのかもしれない。
 もやしを食べてみると茹でただけそのまんまで醤油のようなタレがかかっている、ほんのり脂が口の中に広がる。
 縁日の焼きそばより野蛮な味だ。醤油の取りすぎは体に悪いそうだけれど、それもまさか策略ではないかと疑心暗鬼になる。
 上からとにかく食べ進めてみても、もやしもやしもやしもやし。
 ムキューッ!!
 キャベツの切れ端のようなモノも、申し訳程度に挟まっているけれど、もやし軍の前には背水の陣でしょう。
 箸で押しのけようとすると、もやしが何本か落ちてしまった。

「きゃっ」

 と喘いでみたが誰も聞いていない。
 ふと隣を見ると彼女はもやしの山を程ほどに食べたようで麺を取り出そうとしていた。
 そうだった、ここはラーメン屋でした。さっきからもやししか見ていないので錯覚していた。
 見ているだけでも通常の3倍はありそうな麺だったけれど、箸でギリギリ見えていた部分を摘んでみる。
 あれ、動かない!?
 この店に割合オッサンやガテン系やあほ面なお兄さん達が圧倒的に多い理由がよりいっそうハッキリとわかってきたように思う。
 麺が重たい。彼らは日々のトレーニング代わりに、ここで麺を持ち上げているのだ。
 それも太くてとにかく箸では持ちづらい。
 ハーフとはいえ、私は日本にいるほうが長い。
 下手な日系よりも綺麗に持てる。豆腐だってキープして持てる自信がある。
 けれど、これは無理!
 この重たい細長く太い物体を、何度も持ち上げて口に運ぶ事は私の筋力では不可能じゃないか。
 持ち上げてしまった部分に何とか口を近づけて、噛み切る。
 噛み切った瞬間、左隣から殺気のような冷たい視線を感じた。何故。
 麺は口の中に入れても噛むのに一苦労で、いつもよりも何倍も大きく動かし何倍も噛んだ。
 そのうえ噛み疲れたせいか、もやしを食べすぎた仕業か、味つけ事態は濃いような気がするがサッパリ美味しくない。
 単調で、アクが強くて醤油の匂いがキツいところにニンニクが追い討ちをかけてくる。
 苦痛だ、この作業を後何回やればすむのだろう?
 男達は本当に閻魔裁判にならんでいたという事だろうか。

 私は早くも顔面蒼白になっている。きっと彼女も無理に違いない。
 横目に愛想笑いをして、もういきましょっか、と合図を送るハズだった。
 ――彼女はすすっていた。ラーメン屋の音を出していた。
 日本特有のすすり文化を彼女は体現していた。
 私が山のような丼を見ただけで、この戦場から敗走している中、彼女は果敢に戦っていた。
 ああ、見て! あの可憐な顔が下品なひょっとこ顔に!!
 一心不乱にすする姿は、普段の凛々しさを感じさせる美貌を台無しにしていた。
 口をすぼめ、頬をへこませ麺が途切れるまでズズズズッズズーッっと音をたてて吸い込んでいく。
 髪をかきあげる。髪をかきあげる。
 理性をなくした女の本能的な動きだ。最早ラーメンを食べる動作じゃない。男を食べるあの動きだ。
 ひょっとこ、ズズズズズー、もぐもぐ。ひょっとこ、ズズズズズズー、もぐもぐ。
 一定のテンポですすりながら、味わうように噛み、今度はほっぺたを膨らませハムスターのようになりながら喉に押し込んでいる。
 飲み込む動きまで、何だか官能的に見えてしまって私は目を離せない。
 いつの間にか私の膝は彼女の方に向いていた。もやしの山時々ラーメンにはこのまま冷えていただく。
 ジャンヌダルクにはなれなかったが、私はこの歴史を見届ける義務があるように感じていた。
 はぁぁ、と一息ついた彼女と目があった。頬がほんのり赤くなり、恥ずかしそうに笑う。
 私は拳から血が出そうな程にぎりしめた。
 なんと野生的でありながら、人間らしい情感にあふれた一幕!
 そんなにお腹が空いていたっていうの!!
 私の事を少し気にしながら、彼女はまたひょっとこになる。少し目が伏せ気味になってしまうのがまたソソる。
 この少女の醜態を、まわりのオッサン達は気がついていない。
 ど迫力で美少女が、髪を掻き揚げ太麺をすする様を彼らは知らず、彼女と同じように音を掻き鳴らす。
 それはとてもとても雑音で、けれども、とてもとても幸せなのだろうなと思った。
 私は見届け聞き届ける。オッサン共の合間から微かに見える少女の醜悪な美を。
 思わず立ち上がり、声を出す。

「がんばれ……がんばれ!博麗霊夢!!」


 ―4―


 自動販売機でもう一本ウーロン茶を買っていると、少し恥ずかしそうにそして少し満足そうに彼女が出てきた。
 私は店内でアホみたいに大声でエールを送り、河豚から「出てけ! 二度とくるな!!」と罵られて退場した。
 歴史を書き記す事が出来ず悔しいが、あの場がラブホテルにならなかったのは幸いだったのかもしれない。
 それにしても、あの河豚め、お客に対して出て行けとは何事なの。私も大分何事ではあったけれども。
 私はウーロン茶を彼女に渡す。私が一口飲んでいたがそっちを渡す。少しうなづくようにして彼女は受け取った。
 男の群れから解き放たれると、空は星が綺麗にうつり、月明かりが異様に眩しい。
 熱気の中にいたせいか、涼しさが心地良い。
 我が最愛の宇佐見蓮子だったらば、この空を見ただけで時間がわかるそうだが、私にはわからない。

 わからないといえば、私の横を歩く彼女――博麗霊夢も結構わからない。
 最近引っ越してきた神社の娘らしいのだが、なぜだか懐かしい気がして蓮子と同じように「メリー」と呼んでもらっている。
 その発音や声色も蓮子に似ていたし、髪の毛の色も顔立ちも姉妹と言われたら何となく納得がゆくように思った。
 つまり、タイプすぎたのよ。
 マフラーまでするような寒空の中、腋の付近だけは出すというセクシーなスタイルもわからない所だけど可愛いので許す。
 最近わかった事だが、蓮子と性格まである程度近いものだから、どこか別次元の同一人物?なんて気がしているぐらい。
 蓮子よりも更に面倒くさがりでサバサバしているけれど、そんな彼女が誘ってくれたのだから、私はラーメン二郎には這ってでも行かなければならなかった。

 黙ったまま駅までついて、ウーロン茶を飲み、駅のホームで夜空と牛丼屋の看板と彼女の横顔を見ながら電車を待つ。
二人とも口は開かない。
 お互いにあまりにも自分がニンニク臭いんじゃないかと気づかって、何となく喋りづらいのだ。
 アナウンスの声が車両点検の為遅延している事を告げる。慌てふためいた声のなか、二人の時は止まっていた。
 私の方から、動いてみる。今度はしっかり覚えていられるように、ハッキリと彼女を見て

「霊夢。今日は誘ってくれてありがとう」
「ううん、むしろ待っててくれてありがとう。あの時、帰っても良かったのに」

 赤いリボンを直し始めた、顔を隠しつつ思い出し笑いしてるに違いない。笑顔なら見せて欲しい。

「あのまま帰っちゃってたら、きっとあなた帰れなかったわよ」
「えー、なんでよ」
「妖怪に美少女って、食べられちゃうか乗っ取られちゃうかが相場なのよ」
「幾らなんでもそれはない。でも、いざとなったら退治しちゃう」

 あの店の連中は妖怪の類と同じ扱い。微笑みながら「そうね、霊夢なら一網打尽でしょうね。」
 ともう一度笑いかけたら、何故か霊夢のひょっとこ顔を思い出して変な声が出る。

 ほほ、ほはははは、ほははははははは

「急に、どうしたの」
「え、や、ちょっと、ぷっははははは」

 何故笑っているんだ私!?
 おかしくておかしくて仕方が無い。
 頭おかしいんじゃない、と言いながら唇をすぼめた彼女がまたひょっとこを連想させておかしいったらない。
 はははははは。
 呼吸しないと、ただでさえ胃もたれしそうなのに危ない。涙まで出てきてるんじゃないかしらこれ。
 目をこすりながら、深呼吸しようとして失敗してむせてもう一回深呼吸して落ち着く。
 そうしたら、今度は彼女が酔っ払ったみたいに笑ってて、またそれがおかしくて笑う。
 ああ、おかしい。ああ、可愛い。
 あのラーメンには麻薬か何かいけないものが入っていたんじゃないかしら。お互いに見たことがないぐらい笑ってみせた。
 すると、ビュッと風が吹いた気がした。電車がようやくやってきたらしい。
 中はギュウギュウ詰めだが、あの脂ぎった店にいってきたのだから、そう大変でもないように思える。
 改めて、口をしっかり閉じて車内に乗り込む。彼女も口を硬く閉じる。
 その閉じた顔が少し微笑んでくれていたので、私は安心して目も閉じてつり革につかまった。
 よりかかったおじさん、ニンニク臭かったらごめんね。


 ―5―


 通いなれた場所、というのは安らぎがある。
 それが屋内であろうと屋外であろうと断崖絶壁であろうと宇宙であろうと妖怪どもが群るような場所であっても。
 私にとってのなれた場所とは、カフェであり、紅茶であり、そして宇佐見蓮子だ。
 変わらない蓮子の可愛さにうっとりしつつ、紅茶を飲む。
 アールグレイ特有のオレンジの香りが、とても優雅で皇族のような気分にしてくれる。モダンなジャズが愛おしい。
 勿論、机も綺麗に磨かれていて、お互いの顔を鏡のように写している。
 対面した蓮子はソファー席にぐったり腰をかけている。
 連日、レポートの再提出に追われているからか、ため息が多い。顔色も何時もより悪い。
 稼働率36%ぐらいの蓮子だわ。
 こう蓮子が忙しくなければ、殆ど一緒に帰っているので、一昨日霊夢とラーメン屋に二人だけで行くなんていうのは貴重な体験だったと改めて思う。
 ファッションポイントであるネクタイすらも忘れてやってきた蓮子に、大体のところを話してみると。

「あはは、馬鹿ね」

 とだけ言ってケーキをちびちびと食べる。レポートはまだまだあるし提出したものが落ちるかもわからない。
 しょげている。女の子してる。かわいい。
 いつもならもっと大きめに貴方はカットして食べるでしょう。そんなにレポートをためこんでいたっていうの?
 これはその教授を捻りつぶしてしまわねばなるまいな火あぶりだ、と妄想していたら蓮子はどうやら私を退屈させては悪いと思ったのか

「そのラーメン、そんなにゲテモノなんだ」

 と、もっと話すよう促してくれた。どうやら自分で話題を作る気力もないらしい。

「ラーメンよりも、あの雰囲気がゲテモノしてますよーって誇示しているようで、不気味だったわ」
「へぇ、自らゲテモノらしくしようだなんて。それも経営戦略のひとつなのかしら」
「レトロスペクティヴもやりすぎは良くないと身にしみたわよ」
「それにしても、昔の東京って相当怖かったんだろうね。東京の名店を再現してたんでしょ?」
「地獄の一丁目ってああいうのの事を言うんだと思うわ」
「そりゃメリー向けじゃないでしょうね」
「ラーメン一杯であんなにムキになれるなんて、立派すぎて泣けてきちゃったわ」
「そりゃメリーだって同じようにムキになる趣味はあるんだから……」
「まさか追い出されるとは思わなかったわ!」
「そりゃメリーが悪い」

 この京都に再現されたラーメン二郎は、帰宅後に調べたところ、味は大分近しく出来ているがその他の部分では誇張が多い。
 わざわざお店の中を汚しておいたり、店員に無骨そうでタバコを吸っている河童みたいなオッサンを用意していたり、ロット(?)がどうこうを真面目にやってその良くわからないルールに合わない人に出ていけなんて言うようにわざとしているらしい。
 少々滅茶苦茶な再現度とはいえ、それでも過去の遺産の珍しさに客は連日行列を作っている。
 噂によれば、人種が同じ行列すらも誇張の部分で作られたモノではないかとか。すべてが人工的なのね。

 蓮子は結局私の話を適当に受け流しながら、、エスプレッソのダブルサイズに角砂糖を二つ入れて一気に飲み干した。
 気つけのつもりらしいが、余計に眠くなりはしないだろうか。
 口の上にほんのりついたコーヒー跡を舐めとらせていただこうと思ったら、紙ナプキンでサッと吹いてしまった。

「それじゃ、メリー。私そろそろ続きをしなくちゃ」
「えー、もういっちゃうのー」

 少しぶりっ子して引きとめようとするが、蓮子は無視して立ち上がる。
 久しぶりの女子会らしい女子会だっていうのに! 乙女心がわかっていないのか。

「あのね、蓮子」

 ついもう一度声をかける。蓮子はちょっと驚いたような顔をして、目をあわせてくれた。
 次の言葉がいまいち出てこない、向こうがもう一度ニッコリ笑って「はーいタイムアップさようなら」と言えばそれで私はまた一人並木道を帰ることになるだろう。
 話の流れからして、かけるべき誘い文句は決まっている。けれども、踏ん切りがつかない。
 行きたいような、行きたくないような……そもそも、行くという選択肢になるのっておかしくない?
 私はしかめっ面になっていたみたいで「どうしたの?」と声までかけられる。
 ここで帰らない蓮子が大好きだ。そう、私は蓮子が好きだ。博麗霊夢も好きだし宇佐見蓮子も好きだ。だったら、同じでいいじゃないか。
 一緒にいられるならば、そこが悪鬼まみれる修羅の道でもいい。
 それに、私だけ行ったのに蓮子が行ってないだなんてズルい!
 私は無理やり微笑んで言った。

「ねぇ、蓮子。いまからラーメン二郎に行ってみない?」


 ―FIN―
二郎系というのは、今やそのオマージュというかアレンジというか、分家だけでなく大量に出まわってしまっている。
そして、原点の二郎よりもそのオマージュの方が旨い事が多い。
並ばずして、二郎よりも旨い二郎は東京近郊では現在沢山ある。
それでも、何故人間は二郎に並ぶのか?

そんな感じで化調系小説になりました。オススメは野菜増しにんにく脂で、野菜から食べること。

P/S:1月15日、コメントを受け、横書きフォーマットに変更。誤字脱字修正などを行いました。
初の再編集なので、ミステイクがあったら申し訳ありません。
コメントは参考になり、励みになり、書く理由になります。ありがとう!
がいすと
http://twitter.com/geist_G_O_D
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.650簡易評価
1.80葉月ヴァンホーテン削除
二郎らしさがよく表れていて、「あぁ、あるあるw」と思ってしまいました。
なんといえばいいのでしょうか、文章そのものが、表現が面白かったです。
ひょっとこでやられてしまいました。
2.100名前が無い程度の能力削除
蓮子かと思ったら霊夢が外に出てきてた
見事にヒッカカッチャッター
4.80奇声を発する程度の能力削除
お腹が本気で減る…
6.無評価名前が無い程度の能力削除
ああうん彼処はラーメン屋じゃないですよね。
信者が店主に金払って豚の餌を恵んでもらう所。
7.70名前が無い程度の能力削除
並ぶのも二郎のおいしさと勝手に思っている人が多いからさ・・・
8.80名前が無い程度の能力削除
表現が面白かったですwそら女の子があんなとこに行ったらビビるw
12.100名前が正体不明である程度の能力削除
あそこ怖いよね。
14.100パレット削除
 「都会思考のマニュスクリプト(以下都会思考)」からきました。ツイッターのほうをちょっと覗かせていただいたのですが、なにやら模索してらっしゃる感がちらりと見えたので、都会思考も引き合いに出しつつ思ったところをつらつら勝手に書いちゃったりしてみますので興味がなければスルーお願いします。
 秘封倶楽部がラーメン二郎に行く話(以下二郎)。やっぱりこれもこの一人称の語りがとても魅力的で、少なくとも私はここに惹かれます。ただ、作者さんもおそらく都会思考の方で意識したのかなと思うのですが、如何せんちょっと見にくい。個人的な見にくい要素としては、地の文の文頭一字空けが為されてないのと空行がほとんど無いことが合わせ技になっちゃってるかなと思うのですが……。都会思考のような空行などの措置が絶対に正しいとはいえませんが、少なくとも二郎よりはすごく読みやすく感じました(文頭空けや空行改行等について細かく論ぜようとするとちょっと長くなるのでごめんなさい省略します。ここらへんは、作者さんが他の人のを読んだりもしつつ自分なりのやり方を模索していくところなのかなとも)。
 また、まだ二作しか見ていないので(動画のほうは見ていないのですごめんなさい)なんともいえないところはあるのですが、蓮子ではなく実は霊夢! というふうにしたり、都会思考でもしれっと外の世界とのつながりを示唆したり(人形探求をしている魔法使い、という事で歴史書にものって外の世界にも知れているそうだ。)と、ごくごく普通の幻想郷や二次創作イメージにのっかるだけではないある種の気概みたいなものも感じられます。そんなつもりとか特になかったら申し訳ない。でも感じます。そして個人的にはこれも、面白い味になっているように思えます。
 ただ、こういうのがよくわからなかったという人もいるかもしれないことは予想できなくもないです。たとえば二郎においては「なんで霊夢がここにいるの? 幻想郷どうなっちゃったの?」というようなことの方を『このお話の主題である、二郎にごはんを食べに行くことよりも』気にしているうちに話が終わっちゃって結局なんだかよくわからなかった、というひともいるかもしれない。
 んで、「評価」というのはそういうのも現れてしまうわけで……正直ここらへんあんまり話したくないので言葉を濁しちゃうのですが……「評価」というものを考えるなら、その本質が何なのかということについてまず考えておかないと泥沼にはまりかねないんじゃないかなと思うのです。そんなことわかってるよ! という感じだったらごめんなさい。
 つらつら書くといいつつそんなに長くもなくてすみませんが、ひとまずこのくらいにさせて頂こうかなと思います。私は料理形の描写には明るくないので細かな巧拙はよくわからないのですが、行ったことが無く噂でしか知らない二郎のイメージが、わりと楽しく流れ込んできてくれたように思います。前述した理由により読みずらかった部分も正直ありますが、しかし、読んでて楽しかったです。あと、個人的に霊夢さんが大好きなので、霊夢さんがところどころ可愛かったり美しかったりするのがとてもよかったです。霊夢さんだとわかってから思わず読み返しちゃうレベルでした。料理描写はよくわかりませんが霊夢さんは間違いなく可愛かったです。ありがとうございました。
 最後に二点ほど野暮なことを。Webの横書き小説において文法事項というのにどのくらいの一般性があるのかはよくわかりませんが、おそらく基本的なところは、二郎ではまだ意識されていなかったであろうことも、都会思考執筆の段階で意識されるようになったのかなと感じられます(文頭一字空けや三点リーダなど)……ただもう一つだけ、「!」や「?」のあとに文章が続くときは一字空けるらしいという噂があるとか無いとか。「あら、ラーメン屋さん?最近出来たのかしら」→「あら、ラーメン屋さん? 最近出来たのかしら」という感じでしょうか。実際何が正しいのかはよくわかりませんし、正直この指摘はわたしの趣味の範疇ですので、作者さん自身で検索などして判断して頂ければと。
 そしてもう一点は名前の誤字。「宇佐美蓮子」→「宇佐見蓮子」ですね。文章において誤字はわりかし付きものですが、名前の誤字なんかはなんとなく怒られる傾向が高い気がしないでもないです。博霊とか宇佐美、加奈子なんかは代表的なトラップかと思います。よくある誤字なだけに目に付きやすい(そして突っ込まれやすい)ので、ここらへんは最低限意識した方がいいかもとほんのり思ったりします。
 それでは、失礼します。
16.90名前が無い程度の能力削除
 文章のテンポよくて面白かったです。
17.100名前が無い程度の能力削除
ひょっとこ霊夢!ひょっとこ霊夢!