この作品は、前編『夜が明けて行く』、中編『星にねがいを』の続き後編になります。
そちらを読まないと話が繋がりませんので、ご了承下さい。
乙女度+200%増量中。
***
始めてあいつに出会ったのは、私がまだ駆け出しの頃だ。
あの頃の私は今以上に不安定な奴で、随分と荒んでいた気がする。
***
心の整理をつけるには、一体どれだけの時間が必要なのだろうか。
少なくとも、私にとっては一週間やそこらでは片付かないほどの難題であったらしい。
「……はぁ」
魔理沙と最後に会ってから、早くも二週間が経過した。
魔界に帰郷した私は、来る日も来る日も考え事をしながら過ごしていた。
悩みが無い事が取り得だったはずなのに、私はこうやって頭を痛めてため息を漏らしている。
結局。私は魔理沙の事をどう思っていたのだろうか。
考えても、考えても、結論は出ないまま。ただ時間だけが過ぎていった。
ただ考えるだけでは埒が空かないかと、手慰みに人形や服を作ろうと試みるが、
出来上がるのは今の私の心情を写したかのように微妙な出来映えのものばかり。
絶好調はまだ続いている感じがするのだが、心ここに在らずの状態ではこんなものだろう。
「……おかしいわよね。もう終わった話のはずなのに」
そう、もう終わった話なのだ。
私が魔理沙の告白にいいえを突き付けた最後の日に。
あるいは、恋心の心得違いを諭されたあの日に。
この話には決着がつき、全てが終わったはずなのだ。
後は互いに心の整理をつけて、今まで通りの関係に戻るだけ。それなのに……
「それなのにどうして、あの子の事がこんなにも頭から離れないのかしら……」
縫い針を机に置き、指先で自分の唇の横をそっと撫でる。
頬と唇のちょうど中間に当たる、そのどちらともつかないそこは、あの日あの時、魔理沙と私が触れあった場所だ。
時間にしてみれば一秒にも満たない短い接触だったが、
あの暖かさと柔らかさは私の心に鮮烈な印象を残してくれた。
しかし、それよりも大事なのは、その短い接触の直後に彼女がチラリとだけ見せてくれた、幸せそうに、はにかむように、ふにゃりと緩んだ、あの笑顔だ。
何よりも、あの笑顔が忘れられない。
あの笑顔を、再現できないものだろうか。
そう思って魔理沙をモチーフに人形作りに精を出すわけだが、結果は先ほど言った通り。
心ここに在らず、だ。
「……ダメね、失敗だわ。こんな人形では、劇に出すのは愚か弾幕ごっこの弾にもできやしない。没ね」
笑っている顔の人形は簡単に作れるのだが、そこに感情を篭めるのがとても難しい。
嬉しくて笑っているのか、楽しくて笑っているのか、悲しみを堪えるために笑っているのか、怒りのあまり笑顔になってしまっているのか。
この人形からは、そのいずれも読み取ることができなかった。
まだ無表情で固定されている上海や蓬莱などの古参人形達の方が、達者な感情表現を見せると言うものだ。
『コンコン』
没作品となってしまった人形を脇に避けて、窓の外へと視線を向ける。
その先には見慣れた魔法の森の風景は無く、代わりにとても懐かしい魔界の空が広がっていた。
魔界の空は、幻想郷の抜けるように青とは違って吸い込まれるような黒い色をしているのが特徴だ。
神綺様が創造した次元の海に浮かぶ世界だから、星の世界が存在しないのだ。
『コンコン』
そう、魔界からは星が見えない。
いつもは見えていた星空を思い出そうとする度に、あの子の事が一緒に思い出される。
ループし続ける思考は、どこに向かうでもなくただただ憂鬱に漂うだけだった。
そんな調子だから、部屋の扉がノックされる音に気が付くまでには大分時間がかかってしまった。
『コンコン アリスちゃん? 起きてる?』
「あ、はーい。ごめんなさいママ。どうしたの?」
ノックの音にハッと気が付いて、慌てて対応に出る。
扉を開けると、そこには予想通り懐かしい顔の人が立っていた。
名前は神綺。この魔界の創造主にして、伝説級の魔法使い。私が目標とする素敵な人だ。
普段は格好良いのだが、どうにも子煩悩が過ぎて過保護になる傾向があるのが玉に瑕だろうか。
「晩ご飯ができたから、呼びに来たのよ。食べなくてもいい体でも、ちゃんと食べないと力が出ないわよ」
「……えっ、もうそんな時間!?」
「そうよ。そろそろ休憩にしなさい」
いつもの癖で外を見るが、星も無いのに時間が分かるわけもない。
改めて時計を見てみると、時刻は午後の6時。確かに夕食の時間だ。
朝起きてからずっとこの部屋に篭っていたため、どうやら半日近くずっと作業しっぱなしだったらしい。
そう自覚した途端、確かに肩が重いような感覚が今更のように自己主張を始めた。
疲労は自覚した瞬間に一気に来るとは、本当の事だ。
「……確か、ちょっと根を詰めすぎたかもしれないわね。
ママの美味しいご飯を食べて、少し休憩しましょうか」
「作ったのは夢子ちゃんだけどね。それにしても……」
私の部屋の中をぐるりと見回した神綺様は、机の上に散乱している人形達と、そのまた横に置いてあるスケッチブックを手に取った。
このスケッチブックは、私が人形を作るためのデッサンを書き留めるために使っているもので、魔界に来てから新しく新調したものだ。
ページ数としては100程度なのだが、その半分の50枚ほどを埋める勢いで魔理沙の似顔絵ばかりが描かれている。
その枚数と同じだけの人形が作られているわけだが、進捗状況は全く芳しく無いのが現状だ。
そんなスケッチブックをぱらりぱらりと捲り、神綺様は感慨深げに頷いた。
「これが、今の魔理沙ちゃんなの?」
「ええ、そうよ。……あれ、ママは魔理沙と連絡を取っていたんじゃないの?」
「お手紙だけでね。幻想郷まで視線を飛ばすのはさすがに骨が折れるし、写真は幻想郷ではそこまで一般的ではないでしょう?
だから、成長した顔は知らなかったのだけれど……そう。これが、アリスちゃんに告白をしてくれた子なのね」
「……あんまり、じっくり見ないで欲しいかな。それ、失敗作だし」
「そうなの? とても良く描けていると思うわよ。こっちの人形さん達だって、どのデッサンを元にしたのかが分かるくらい精巧だわ」
「ダメなのよ。私の技量がではとてもではないけど、私の中にある像を形にできないの。
デッサンが不十分だから、そこから作られる人形達もどこか虚ろで、ただ笑顔の形を作っているだけ。
これなら、能面の方がまだ表情豊かだわ」
そう言われて、吟味するように人形とスケッチブックを眺めていた神綺様だったが、また一つ頷くと言葉を続けた。
「アリスちゃんは自分に厳しいのね。確かに、絶対評価としては不十分でしょう。まだまだ未熟な面が見え隠れするわ。
それでも、私には大きな進歩に見えるの。この人形達には、今までのアリスちゃんには作れなかった特別な感情が篭められているから」
「特別な、感情……?」
「アリスちゃんは、それを表現する方法を知らないだけ。それを学べば、今よりもずっと素敵なアリスちゃんになれるわ。だから、頑張ってね」
「……うん、やってみるわ!」
「力強い元気な返事で、大変よろしい。でも、今は晩ご飯よ。行きましょう」
神綺様が差し出した手を取って、2人並んで食堂へと向かう。
この歳になると少し気恥ずかしいのだが、こうして並んで歩いていると昔に戻ったような気がして、堪らなく嬉しかった。
***
だからかな。最初はあいつの事が大嫌いだった。
才能も、道具も、環境も、技術も、何もかも。私が持っていないものを全部持っていたんだからな。
私が唯一勝っていたのは、実戦経験くらいのものかな。
繰り返し言うぜ。私はあいつの事が大嫌いだったんだ。大嫌いだったから……覚えてた。
***
食堂に到着すると、既に夢子さんが準備を整えて待ってくれていて、三人分の食器が並べられていた。
夢子さんは私達姉妹の中でも一番年長のお姉さんで、神綺様の身の回りの世話やスケジュールの管理などを一任されている。
レミリアに対する咲夜のような立場と言えば分かり易いだろうか。両方ともメイドだし。
ただ、神綺様は夢子さんと一緒にご飯を食べるのがお気に入りらしく、世話役にも関わらず一緒の席について食べる事を要求するのだ。
『魔界の主としての威厳が……』と文句を言う夢子さんだが、内心ではそれを嬉しく思っている事を私は知っている。
「アリス、遅いわよ。ちゃんと晩ご飯には顔を出しなさいって言ったでしょう?」
「ごめんなさい夢子さん。ちょっと夢中になり過ぎていたわ」
「こらこら夢子ちゃん、そんな怖い顔をしないの。さ、席に着いて。……いただきます!」
「「 いただきます! 」」
本日のメニューは夢子さんの得意料理、ビーフシチューと季節の野菜のサラダだ。
簡単な料理だが非常に手が込んでいて、具の美味しさが煮詰められたシチューはトロトロと僅かな粘性が感じられて、私好みだ。
シチューに漬けて食べるパンも夢子さんのお手製で、これがまた美味しいのだ。
この料理を食べると、実家に戻って来たと言う実感が湧く。そんな料理だ。
もぐもぐと料理に舌鼓を打っていると、神綺様が話しかけて来た。
「ところでアリスちゃん。アリスちゃんは向こうで人形劇を上演しているんですって?」
「ええ、そうだけど」
「私も見たいわぁ~ ねぇ、夢子ちゃんもそう思うでしょう?」
「そうですね。私も興味がありますよ。アリス、こっちで上演する事はできる?」
「うーん……。ちょっと難しいかな。主役用の人形を作り直しているんだけど、それが中々上手く行かないのよ」
「ああ、さっき作っていた人形ね。じゃあ魔理沙ちゃんが主役なの?」
「そうよ。劇の主役は、私と魔理沙なの。幻想郷で起こった異変を再現する人形劇ですからね」
「あっちは楽しそうね。やっぱり今度遊びに行こうかしら」
「お止め下さい神綺様。世界の法則が乱れます」
「そのくらい、大した問題でも無いのに……」
ぷくーとむくれる代わりに、パンを口に大きく頬張る神綺様と、それをはしたないと嗜める夢子さん。
どちらの方が年上なのか、これでは全く分からないではないか。
その2人のコントが終わるのを少しだけ待って、今度は私から質問をした。
「ねぇママ。魔理沙と文通していたらしいけど、どうしてそうなったの?」
「ああ、その事? ある日、魅魔ちゃん経由でお手紙が届いたのよ。
あ、魅魔ちゃんと私はお友達で、週一でカラオケに行く仲なのよ」
本当にどう言う繋がりだ。
「魔理沙ちゃんは、アリスちゃんの事を知りたがっていたわ。
好きな食べ物とか、誕生日とか、ちょっとした癖とか、些細な事をね。
一方で、私も幻想郷に送り出したアリスちゃんの様子を知りたかった。
だから、『アリスちゃんと過ごした1日を、包み隠さず詳細にレポートする事』を条件に文通を始めたの。
簡単な事しか教えていないから、安心なさい」
「そこは信頼しているけど……でも、ちょっと恥ずかしいわね」
「魔法使いに……魔法使いを志しただけあって、魔理沙ちゃんのレポートはとても読み易くってね。
まるで、お手紙の向こうから幸せそうなアリスちゃんが手を振っているようにすら感じられたわ」
「意外と文才はあるのよね、あの子」
「だからアリスちゃんが帰省するって聞いた時、てっきり一緒に来るものだと思っていたから少し残念だったわね。今度、私から会いに行ってみようかしら?」
「ですから、お止め下さい」
『いいじゃない』と膨れる神綺様と、『ダメです』と念を押す夢子さん。
そんな変わらない2人の様子を見て、少しだけ笑ってしまった。
「ママは、魔理沙の事を気に入ったのね」
「もちろんよ。だって、魔理沙ちゃんは自慢の愛娘を真剣に想ってくれた恩人ですもの。そう言うアリスちゃんは、どうなの?」
「私? 私も、魔理沙の事は気に入っているわよ。一緒にいて楽しいし、大事な友達ですもの。魔理沙との関係は、大切にしたいわ」
胸元を軽く押さえてみると、そこには魔理沙から貰った彼女の魂が感じられた。
その暖かい魂に触れる度、私の脳裏にある魔理沙の笑顔が改めて輝きを増すように感じられて、私はそのフワフワとした感覚に身を委ねた。
しかし神綺様は軽く片眉を上げると、食べ終わった食器を夢子さんに渡してこちらに向き直った。
「アリスちゃんは、成長してもアリスちゃんなのね。私はそれが嬉しくもあり、悲しくもあるわ」
「……どう言う事?」
「私から見ればまだ子供って事よ。
実力はそれなりに備わってきているようだけど、まだまだ経験不足の可愛い子。
でも、今回の事で一人前のレディとして成長してくれると信じているわ。だから許した」
先ほどまでの緩やかな雰囲気はどへやら。
いつの間にか真剣な、それでいて憂いを帯びた表情を見せてくれている神綺様は、私の顔を見ながら軽くため息をついた。
「……魔理沙ちゃんの予想も、最後の最後で少しだけ外れるのね。アリスちゃんは、もうそろそろ気が付いてしまいそうよ」
「どう言う事?」
「親としての私は、このまま何事も無く終わって欲しいと思っていたの。アリスちゃんに帰郷を促したのそのためよ。
ああでも、アリスちゃんが遠くに行ってしまうかもしれないと考えると、この身が張り裂けそうにもなったわ。
魔理沙ちゃんの企みが成功に終わった事を喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、どちらとも決めかねるわ」
「魔理沙の企み……やっぱり、ママは何か知っているのね!」
「……アリスちゃん。ママはね、アリスちゃんに言わなければならない事があるの。
それはアリスちゃんにも、アリスちゃんの人形作りにも、アリスちゃんのこれからにも深く関係する、とても大事なお話よ」
ただ、私には約束があるから話す事はできないわ。だからアリスちゃん、自分で辿り着いてちょうだい」
「約束? まさか、魔理沙と?」
「そうよ。文通を始める時に約束したの。『アリスちゃんには手紙の内容は秘密にして欲しい』って。だから話せないの。
……ところでアリスちゃん、ご飯のお代わりはいるかしら?」
「え? いえ、もういらないけど……」
「そう。ご馳走様でした」
「……ご馳走様でした」
「アリスちゃんは賢い子だから、もう少ししたら気が付くはずだわ。
その時は、しっかりと自分の行き先を決めてね。退出して良いわよ」
要するに自室に戻れと言う事か。言われるまでも無い。
貰ったヒントを吟味するためにも、私は真っ直ぐ自室へと戻った。
***
春雪異変の事は覚えているか? あの時の私は、自分の進む道に悩んでいてな。
ほら、咲夜の奴が参戦して滅法強かっただろう? どうしても見比べてしまって、軽く落ち込んでた。
……やっぱり、自分には才能が無いんだなって、そんな事を考えていた時期だったのさ。
冬の寒さが心に堪えていたのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。
そんな時さ。あいつに再会したのはさ。
***
自室に戻った私は、室内用のブーツを脱ぎ散らかしてベッドへと倒れ込んだ。
吟味する、と言ったところで、取っ掛かりが無い事には何も分からない。
「私が、自分で気が付かないといけない事……? 何かしら、心当たりがないわね」
ベッドの上で寝返りを打って仰向けになり、天井をボンヤリと見つめる。
言われた事があまりにも抽象的過ぎて、何を考えればいいのかサッパリ分からない。
「って、当たり前か。心当たりがあったら、そもそもこんな事は言われないものね。
……話の流れからして当然、魔理沙に関する事よねぇ。うーん……」
机の上から、比較的マシに作れた人形を取り出してその頬をツンツンとつつく。
「あなたは、ここに居なくても私を困らせるのね。本当に、困った子」
その人形をお腹の上に乗っけると、大の字になって伸びを一つ。
凝り固まった関節が伸ばされる気持ち良い感覚と共に、思考が少しだけクリアになって行くような気がした。
『ふぅ』と息を吐いて、改めて神綺様の宿題に思考を巡らせた。
「私が気が付いていない事。つまりは、今まで想像もしていなかった事。
……私が想像もしなかった、魔理沙の事。魔理沙の……私の知らない、あの子」
ベッドに横たわり、眠るように目を閉じる。もう飽きるくらい描いた魔理沙の顔を。もう一度思い出す。
楽しそうにしている顔、恥ずかしがっている顔、怒っている顔、拗ねている顔と、表情豊かな魔理沙は色んな表情を見せてくれる。
しかし。よくよく考えると不自然に感じられる事もあった。
「魔理沙は色んな表情を見せてくれたけど……改めて思い返すと、ポジティブな表情ばかり。
ネガティブな表情は、一つも無いわ」
改めて魔理沙人形を眺めると、やはりその表情はどこか虚ろだ。
笑顔の形で固定化された人形の顔はいかにも安っぽく、この笑顔が他の表情に変わる様が想像できない。
神綺様には『能面の方が表情豊かだ』と例えたが、正しくその通り。
上っ面の笑顔だけしか見ていないで、その後ろにあってしかるべきな他の顔が見えないのだ。
それを再度確認したところで、再び目を閉じる。
「……魔理沙だって人間なのだから、悲しい時や苦しい時が必ずあったはずよね。
むしろ、人一倍感情に素直なだから、ふとした瞬間にもそれを感じていたに違いないわ。
それでも、私と一緒に居た時は、それを一度も見せなかった。……いえ、見せてくれなかった。
これは、どう言う事?……魔理沙は、何を考えていたのかしら……ん?」
そう言えば。今まで私は自分の事ばかりに頭が行っていて、
肝心の『魔理沙がどう考えているのか』を考えた事が無かった。
こんな滑稽な事があるだろうか?
「魔理沙は、どうして私に告白してくれたのかしら?
私に何を求めて、どうなる事を望んでいた?
魔理沙は……何を考えていたの?」
上体を起こして、ベッドに腰掛けて手を顎に当てる。
今、私は、とても大事な事を考えようとしている。そんな予感がした。
「今までの私は、自分からの視点でしか魔理沙を見ていなかったのね。
これじゃあ、満足できる人形が作れないのも当たり前だわ。
本質を無視した状態で、どうやって心を再現できるって言うのかしら。
……魔理沙の本質は、どこにある?」
一度考え始めると、どうして今まで放って置いたのかと呆れてしまうほど大量の疑問が湧きあがる。
疑問を全て掘り起こすべく、想像を更に先へ先へと進めて行く。
「魔理沙は、私に告白してくれた。それは、私と恋人関係になるため。
親しい友人ではなく、恋人。その差はどこ?
……仮に魔理沙の告白を受け入れて、恋人同士になっていたらどうなっていたのかしら?
人里に一緒にお買い物に行ったり、一緒にご飯を食べたり、料理を作ったり、森を散歩したり……それまでと大して変わらないわね。
でも、今までやらなかったような……例えばお互いの家にお泊まりをしたり、一緒にお風呂に入ったり……キスをしたりも、するのかな。
そうしたら……また、あの笑顔が見れたのかしら」
ほんの一時見えた幻のような笑顔を思い出すだけではなく、それを何度も見る。自分の手で笑顔にさせる。
それはとても魅力的な想像で、自然と気分が高揚して行くのが分かった。
想像は……いや、これは妄想だ。それは分かっているが、更に一歩先へ進む。
「でも魔理沙は人間だから、ちょっとした事で風邪を引いて、寝込んでしまうでしょうね。
それを見て、私はいつか魔理沙が私を置いて先に逝く事を連想して、泣くんだわ。
そして……本当にその日が来て、魔理沙は天に還るの。
悲しみに暮れて何も手がつかなくなるでしょうけど、きっと魔理沙は沢山の思い出を……そう、思い出をくれるから。
2人とも笑顔で別れて、私は思い出を胸に生きていく筈よ。
幸せな思い出さえあれば、長い人生の孤独も……」
『怖くない』
考えがそこまで至ったところで目を見開き、魔理沙人形を持ち上げる。
それまでの想像だけで、今まで感じたことの無い、ワクワクするような気持ちが胸の奥底から溢れて来るのが分かった。
強迫観念に囚われていたあの時に感じたそれとは全く違う、ふつふつと心と体が暖かくなるような感覚。
きっとこれが、『恋心』なのだろう。
「……何だ。私、魔理沙の事が好きだったのね」
分かってしまえば何と言うことはない。
私はあの笑顔に心を奪われてしまっていたのだ。
「魔理沙も、こんな気持ちで私に接してくれていたの?
だとしたら……ふふ、それは分かるわよね。
あの焦燥感とは、全くの別物ですもの。これが、恋……」
『私は花が求めているものが分かる。
私が手に入れて、あなたが持っていて、あの子が持っていないもの』
不意にパチュリーの言葉がフラッシュバックする。
発作的に立ち上がり、まるで熊のように部屋の中をグルグルと歩き始める私。
猛烈に嫌な予感がして居ても立ってもいられない。
「私が持っていて、パチュリーが手に入れて、魔理沙が持っていないもの……。
私が理解していなくて、パチュリーが理解している、魔理沙の専門分野!
ママの言っていた、私が自分で気が付かなければならない事! まさか、これ!?」
恐らく、パチュリーが示しているのは『家族』。つまり『心の支え』だろう。
パチュリーの詳しい来歴は知らないが、彼女はレミリアや小悪魔と言った家族を、
恐らく何らかのトラブルの末に手に入れているのだろう。
私には神綺様や夢子さん、ユキ・マイと言うトラブルメイカーの姉、
そして一部付喪神化し始めている人形達がいる。
どれだけ離れても心は常に通じている、大切な家族達だ。
しかし、魔理沙の横には誰もいない。
もちろん近しい人物として霖之助さんや霊夢、魅魔、パチュリー、にとり等々枚挙に暇は無い。
しかし、家族に捨てられた彼女は、本質的には一人だ。
「そもそも、魔理沙が私に求めていたものは?
仲の良い友達? 都合の良い恋人? 寄りかかる相手?
……どれも違う。魔理沙は、私に何も求めなかった。
魔理沙は何も求めなかったし、私も何も返さなかった。
それなのに魔理沙は、最後に『十分なお返しを貰った』と言っていた。
つまり、私がそこにいるだけで返せるもの……『思い出』を魔理沙は受け取り続けていた。
私に『思い出』を求めていた? 何のために、そんな回りくどい事を?」
『私の愛は基本的に重いんだ』
『重荷になると思ったら、素直に捨ててくれ』
これは魔理沙の言葉。
私には経験が無いが、そんな簡単に『思いを捨ててくれ』などと言えるものだろうか?
言い方は悪いが、あの時の私はいわゆる『据え膳』状態。
なし崩しのうちに手篭めにされてもおかしくなかったはずだ。
それをしなかったと言う事に関して、単純に魔理沙が礼儀正しいと言うだけでは説明不足に感じられる。
「どうやら、そもそもの前提が間違っているようね。
魔理沙が私に告白したのが、『思いを遂げるため』ではなく、『思い出を確保するため』だったとしたら?
そんな事がありえるの? かなり限定的な状況に思えるけど……その限定的な状況に、いた?」
『この子は、私にはとてもできないような、素晴らしい偉業を成し遂げたの。
それは失敗に終わってしまったけれど、その結果は功績を貶めるものでは無いわ。
そんな勇者が羽休めをする、止まり木になれたなら……』
こっちは紫の言葉だ。つまり、魔理沙は私への告白と言う大仕事を終えて、何かをしようとしていた事になる。
羽休めとは、そういう言葉だ。では何を?
「魔理沙が私を求めたのは何故? 私との『思い出』を作って何をしたかったの?
魔理沙の告白はかなり急な話だったし、時期も悪かった。
私は人形劇の事でイライラしていたし、前段階の普通に仲良くなる時間も無かった。
それだけ急いだ理由があるはず」
『礼には及ばないわよ。私は医者としてできる事をしたまでですからね』
永遠亭で盗み聞きした永琳との会話を思い出す。
単純に考えれば、魔理沙が何らかの病を患っていたと考えるのが妥当だろう。
しかし仮に闘病生活が待っていたとしても、何となくしっくり来ない感じがする。
普通の病ならば、最初っから素直に入院なり療養なりをした方がいい。
それくらいの潔さと賢さは持ち合わせている子だ。
「『思い出』を必要としていて、極めて限定的な状況にあった魔理沙。
すげなくされても、罵られても、あっさりフられても、
笑顔を繕って『友達でいよう』と言えるだけの……」
『私の力で1000年は保たせて見せるから、その後で修繕をお願いね』
最後に思い出されたのは、輝夜の言葉。
それで私の中にあった疑問のピースは、ピタリと嵌まってくれた。
「……あぁ、そう言う。舐めた真似をしてくれるじゃない……!」
手の平に血が滲むほど強く拳を握り、グラグラと湧き出す怒りを心のうちに押さえ込む。
魔理沙の態度にも腹が立つし、状況が分かっていて何も言わないギャラリー達にも腹が立つ。
それより何より、一番腹が立つのは私自身だ!
「……仮説は立ったわ。これなら、パチュリーや紫の発言の意味も分かる。それと、過去の私の愚鈍さもね!
こうしてはいられないわ。上海、蓬莱、ついて来なさい!」
『ツイテクー』『ハーイ』
神綺様に話を聞かなければならない。
そう判断した私は、家の中を全力で走って神綺様の寝所へと向かうが、
その扉の前で夢子さんに推し止められてしまった。
「待ちなさいアリス。いくらアリスが相手でも、この先へ通すわけには行かないわ」
「いつもは普通に入れるじゃない。それは神綺様からのご命令?」
「そうよ。それに神綺様はお休みになられているから、何か用があるなら明日にしなさい」
「関係ないわ。神綺様に話があるから、通るわよ」
「神綺はお休みになられていると言ったでしょう。ダメよ」
「まるで虎痴ね。でもまかり通るわ! 上海、蓬莱!」
『イツデモ!』『ドコデモ!』
「むっ……!」
命令に反応して腹心2体がポップアップ。私の号令一つでいつでも何でもできるようにその場で待機する。
それに対して、夢子さんも戦闘体勢に移行。
どこからともなく水銀製のショーテルを取り出して、こちらに対して威嚇をするように身構えた。
が、下手をすれば神綺様よりも戦闘力の高い夢子さんをまともに相手にする気は無い。要するに寝所へ入れればいいのだ。
私はその夢子さんを一時的に無力化するべく、人形2体に号令を下した。
「2人とも……夢子姉さんに思いっきり甘えなさい!」
「……ゑ?」
『シャンハーイ!』『ホラーイ!』
私は知っている。いつもはクールで、ある意味咲夜以上に完璧超人の夢子さんが、可愛いものが大好きだと言う事を。
案の定、敵意0で擦り寄ってくる上海・蓬莱を相手に一瞬の躊躇いを見せた。
その隙に私自身は5フィートステップ、扉の横にさりげなく移動した。
「……ええい、そんな事で私を足止めできると!」
「……おねがい夢子さん、その子達を傷つけないで?」
「うっ……!」
続いて私から。上目遣いに夢子さんを見上げて、軽く潤んだ瞳で哀願をする。
夢子さんは基本的に家族には甘いから、一瞬の足止めくらいのお願いなら聞いてくれるし、効いてくれる。
これぞ私の秘儀、『末っ子の特権』だ! 言ってて少し恥ずかしいが気にしない。
現に夢子さんは、子猫のように擦り寄ってくる上海と蓬莱を振りほどけずにいる。
「そして今の内に、ドーン!」
「あっ!」
「な、何? 久しぶりの敵襲!?」
扉に渾身の蹴りを叩き込み、蝶番ごと吹き飛ばす。
中に入ってみると、そこには寝巻きに着替えてベッドの中で丸くなろうとしている神綺様の姿があった。
その上にぴょんと飛び乗り、掛け布団を引っぺがす。
「神綺様!」
「ひゃう!? アリスちゃん、こんな時間にどうしたの?」
「神綺様。あの子は……霧雨魔理沙は、人間を止めたのですか?」
狼狽するのを止めて、真面目な顔になる神綺。
恐らく、その狼狽していたのも私の様子を見るための演技だろう。それくらいの腹芸はしれっとする人だ。
夢子さんを静止して後ろに待機させた神綺様は、椅子に座り直して改めてこちらに向き直る。
「……どうして、その結論に至ったの?」
「そもそも、このシナリオは筋書きがおかしいのよ。
ママや紫みたいな難物にはキチンと根回しをしていた癖に、
肝心の私には前触れも何もなく、いきなり家に来て『好きだ!』って。おかしいでしょう。
唐突過ぎるし、常に準備を怠らない魔理沙らしくないわ。
それで、案の定私に冷たくされたら、今度は『1ヶ月だけ返答を保留して欲しい』と。
交渉術としては基礎通り、難題をふっかけた後の譲歩案よね。
それでも、そもそも『1ヶ月』と区切る必要は無いじゃない。妥協しすぎだわ」
「……続けて」
「うん。1ヶ月なんて区切らず、もっと時間をかけて良かったのよ。
1ヶ月過ごしただけで私は十分魔理沙に惹かれたし、それを少し過ぎたロスタイムで惚れたわ。
だから、時間を区切るのはナンセンス。せめてもう一年……いえ、追加で1ヵ月あれば私を完璧に落とせていた筈よ。
だって、魔理沙はそれくらい魅力的だったから」
物の本によると、『好き』の反対は『嫌い』ではなく『無関心』なのだとか。
それならば。無関心だった私を、敵意を経由して好意を抱いている段階まで持っていった、
魔理沙の手腕はかなりのものと言う事になる。
そんな恋色魔法使いが、そんな見切り発車な事をするだろうか?
「では、何故時間を区切ったのか。……単純に考えて、魔理沙にはその時間が無かったのでは?
私への全身全霊をかけた告白は、本当の意味での命をかけたものだったのでは?
そう考えれば、行き着く先は一つ。魔理沙は、人間を辞めて妖怪になる気だったんだわ」
神綺様が椅子を示したため、私もそこに座る。
未だに濃く残る怒りを静めるために軽く深呼吸をすると、少しだけ話し易くなったような気がした。
「少しだけね。ずっと先の未来の事を考えてみたの。
私はママの娘だし、魔法使いになったから、寿命はとても長いわ。
だからあんまり未来の事なんて考えた事も無かったんだけど……魔理沙は、常に考えている筈よ。
自分のこれからと、将来のことと、自分の才能の限界と……妖怪になったとして、その後どうするかもね。
それで、魔理沙は自分に足りない物を知った。知って欲しくなった」
そうだ。魔理沙が私に求めていたものは、決して安易な逃げの道などではない。
これから先生きていくために、必ず必要になるものを取りに来ていたのだ。
「妖怪にとって、孤独は死に至る病よ。
孤独に慣れると、段々と心が病み始めて、傾いて、転がり落ちて、戻れなくなるの。
だから、みんな縁を大切にするのよ」
『人間は社会的な生き物である』とは有名な言葉だが、私はこれに一つの解釈を加えたい。
人間に限らず、心ある生き物は全て他者が必要なのだ。
孤独が好きなんて、単なる格好付けだ。何なら、一人で泣いてみたらどうかしら?
「スキマ妖怪は式と幻想郷を作って、覚はペットを集めた。
天狗や河童は群れを成し、天人は雲から降りて、蓬莱人は門戸を開き、鬼は地上に恋い焦がれたわ。
じゃあ、人間の魔法使いはどこに行けばいいの?
……いずれは魔理沙もどこかで落ち着くのかもしれない。心の支えを手に入れられるかもしれない。
でも、残念ながらそれは今ではない。だから、魔理沙は私に求めた」
他人の私が、少し想像しただけでも心が押し潰されるような不安に苛まれたのだ。
魔理沙は、どれほどの苦しみを胸に秘めていたのだろうか。
「永い人生を歩むための心の支え。それを魔理沙は『好きな人と過ごした幸せな思い出』に求めたんだわ。
不完全な代用品だけど、私が最後に告白を断ると知っていれば傷も浅い。
あの子は、私に告白する前から失恋の覚悟を全部決めていたのよ! あの夢見る乙女が……!」
椅子に座ったまま、石畳を踏み壊す勢いで力強く地団駄を踏む。
それに神綺様が怯えたような反応をしたのは、多分演技ではない。
「ア、アリスちゃん。どうしてそんなに怒っているの……?」
「魔理沙と私、両方が腹立たしいのよ!
だって要するに、私は『結婚を前提でお付き合いして下さい』って言われたのに、
それに気が付かないでスルーしていたって事でしょう?
大方、ママへの手紙にも『万が一告白が上手く行ったら娘さんを私に下さい』とか書いてあったんじゃない?」
「え……いや、それは、保守義務があるから話せないんだけど……」
「あの子は何事も形から入るから、それくらいはしてもおかしくないわ。
スキマ妖怪とその式じゃないけど、妖怪として永い時を生きるって事はそう言う事じゃない!
更に腹立たしいのは、私がそれに気が付かないで、最後には『ごめんなさい』って言うであろう所まで読まれていた辺りよ!
これじゃあまるで、私が鈍い奴みたいじゃない! 事実そうだったけど!」
「アリス、それは違うわ。鈍い奴じゃなくて、単に鈍感・ニブチン・朴念仁な扱いされていただけよ」
「なお悪い!」
「夢子ちゃん、煽らないで~!」
「はい、失礼しました」
「……とにかく!」
大理石でできた机に拳をダン! と叩きつける。机に罅が入ったが気にしない。
「魔理沙は、何らかの要因で人間を止めざるを得ない状況にあった。
それで助けを求めて私を見たけど、私は条件を満たしていなかった。
だから覚悟を決めて、最低限の代用品だけを持って私から離れた。これでどう!」
これが私の出した結論だ。恐らく間違いは無い。
細かいディティールがかなりあいまいだが、
それは魔理沙と神綺様の手紙を見れば分かる事だ。
私の思惑を看破してか、神綺様は軽くため息をついた。
「それが正解だとして、アリスちゃんはどうしたいの?」
「魔理沙の所に行くわ」
「やめておきなさい。いま、魔理沙ちゃんと会うのは互いのためにならないわ」
「……そんなの、分からないわ」
「分かるわよ。だって、アリスちゃんは魔理沙ちゃんの手を一度振り払っているんですもの。今更、何をしに行くの?
楽しい思い出ができたって事はね。それだけ、『期待させられた』って事なの。
魔理沙ちゃんは、アリスちゃんに想いは届かないと予想していたわ。事実その通りだった」
唯一の誤算があるとすれば、私が最後の最後、ロスタイムに当たるような滑り込みのところで魔理沙に惚れたと言う事だろうか。
魔理沙が自制を働かせて、何もしないで静かに私を送り返していたならば、全ては魔理沙の予定通りに終わっていただろう。
ある意味完璧な計画だったが、詰めを誤るのはよくある事だ。
「でもね。貰ったお手紙から、少しずつ、少しずつ、アリスちゃんが心を開いていく様子が見て取れてね。
これなら、当初の予想を裏切って、想いが届くんじゃないかって、私は思ったの。
魔理沙ちゃんだって、自分の予想が外れて欲しいと切に望っていた筈よ」
「……」
「だけど、運命は変わらず。毎日のように手紙をやり取りしていたのに、ある日突然お手紙が途絶えたの。
そうしたら、アリスちゃんがお手紙を持って来て、魔理沙ちゃんは一緒に居なくて。
それで、『ああ、魔理沙ちゃんは目的を達成してしまったんだな』って分かったわ。
……魔理沙ちゃんは強い子だから、時間をかけて傷を癒やせば、心に整理をつけてアリスちゃんとも元の関係に戻れるわ。
今度は、もっと素敵なレディになってね」
大人魔理沙か。実に興味深い。
「でも、今はダメ。生半可な覚悟で魔理沙ちゃんの前に立っては、魔理沙ちゃんを傷つけるだけよ。
だって、アリスちゃんと一緒にいるだけで、希望を抱いてしまうんですもの。
未練って、そう言う事よ。もちろんそれはアリスちゃんも同じ。
下手な考えでは、魔理沙ちゃんへ差し伸べる手は届かず、後悔と後味の悪さだけが残るわ。
そこまで分かっていて、愛娘を修羅場に送り出せると思う?」
少なくとも、神綺様はそれを望まない。それは分かっているつもりだ。
「アリスちゃんは、もう選択したの。気が付いていなかったとか、知らなかったなんてただの言い訳。結果は出たの。
それを覆して、アリスちゃんから立ち去ろうとしている魔理沙ちゃんを、引き戻す覚悟はあるの?
無いなら……悪い事は言わないわ。やめておきなさい」
真っ直ぐにこちらと目を合わせて、私の気持ちを探ってくる神綺様。
しかし。今聞かれた質問は、私にとっては単なる愚問でしか無い。
己の胸に手を当てて、高ぶり続けている心臓の鼓動を確かめながら、神綺様の目を見つめ返した。
「覚悟は無いわ。私は今、それどころじゃないもの」
「……どう言う事?」
「魔理沙の事を思い浮かべるとね。
心臓の鼓動が激しく高鳴って、ワクワクする感じが止まらないの。
それに気が付いてしまってからは、もう夢中。
今すぐ魔理沙に会いたくなるの。声が聞きたいの。一緒にお話がしたいの。
ううん、それだけじゃないわ。魔理沙の事を何でも知りたいの。
どんな料理が好きなのかしら? 子供の頃は何をして遊んだ? 寺子屋には通っていたの? 無くて七癖、全部見つけられる?
やりたい事も、知りたい事も何もかも多すぎて、眩暈がしそう。
でも、それをどうやって表現したらいいか分からなくって……それどころじゃ、ないの」
心を急かす焦燥感が単なる強迫観念なら、この心を焦がす灼熱感は何だ。
都会派魔法使いだとか、他人に興味が無いだとか気取っている場合ではない。
今動かなければ、私は心に一生ものの禍根を残す!
「私は全力を出す事に決めたわ。
後先を考えて、失敗した時の事を考える余裕はこれっぽっちも無い。今はただ、あの子が欲しい!
万難を排してでも、またあの……私が惚れさせられた、可愛らしい笑顔を自分のものにして見せるわ!」
傲慢だとか、自分勝手だとか言うのなら勝手に言えばいい。
例えどんな結果になったとしても、後悔だけはしたくない。魔理沙にも後悔はさせたくない。
私に告白してくれた事を、悲しい思い出の一部になどさせてなるものか。
最終的には『Happy ever after』じゃないと困るでしょうが!
「……なんだ。アリスちゃん、ちゃんと覚悟を決めていたんじゃない」
「ママが心配していたのは、私の想いが中途半端だった場合の話よね。
いつも通り『本気を出さないで』とか気取っている余裕があるようだったら、お互いに深く傷ついて終わる最悪の結果になってしまう筈だから。
大丈夫よ。私は絶対に魔理沙を振り返らせる。魔理沙が私の事を諦めているなら溢れる愛情で埋め尽くす。
三途の川の向こうにいるなら黄泉路を駆けて連れ戻す。既に誰かの手の中にあるなら……幻想郷全てを敵に回す事も辞さないわ。
パチュリーだろうと、紫だろうと、魅魔だろうと、全部纏めてどんと来いってものよ!」
「ちょ、ちょっと本気を出し過ぎな気もするけど……まあ、それくらいの気概があれば大丈夫でしょう」
「と言うわけで神綺様。魔理沙の手紙、見せてくれる?」
「……私に、約束を破れって言うのね。これじゃあ、契約不履行で魔理沙ちゃんに大きな貸しができちゃうわ」
「今度は連れて帰ってくるから、たっぷりともてなしてあげてね。私は行くわ」
魔界から幻想郷の間は、特急便を使っても一週間くらいかかる旅路を行く事になる。
急がなければ、何もかも手遅れになってしまう。
しかし、慌てて部屋を出て行こうとした私を神綺様が引きとめた。
「アリスちゃん。ちょっと待って」
「何?」
「ちょっとこっちにいらっしゃい」
言われた通り神綺様に近寄ると、正面から抱き締められた。
神綺様の……いや、母の愛情がたっぷりと感じられる暖かい抱擁は、いつか魔理沙から感じた暖かさとよく似ていた。
思えば、魔理沙に抱き締められていた時も、私はこの感覚を思い出していたのかもしれない。
「アリスちゃん、私の可愛い末娘。いつか巣立って行くとは思っていたけど、まさかこんなに早いなんて。
必ず成功させて、宝物を増やして帰ってきなさい」
「……うん。ありがとう、ママ」
「魔理沙ちゃんに会ったら、これを渡して。私からお手紙の返信よ。
幻想郷までは遠いでしょう。私が送ってあげるから、頑張ってらっしゃい。……目を閉じて、三つ数えて」
言われた通り目を閉じて、ママの腕に身を任せて深呼吸を一つ。心の中でゆっくりと数を数えた。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
そして目を開けると、そこは幻想郷にある私の家だった。
魔界に持っていった荷物も一緒に送り込まれており、今まで魔界に居た事が夢の中の事だったかのようにすら思えた。
しかし、未だに暖かさは残っている。今度は私がこれを魔理沙に届ける番だろう。
居間にある机の上を見てみれば、綺麗にまとめられた便箋の束が置いてあるのが分かった。
「次元間移動と同時に、精密なテレポートまで……めったに見ない大魔法ね。これは、期待に応えないといけないわ。
でもその前にっと。総員整列! 偵察に行ってきなさい!」
家に待機している人形全てに命令を下し、一斉に起動。
京人形や試作の方のゴリアテ、ティターニアに至るまで全ての人形を偵察要員として幻想郷中にばら撒いた。
なりふりなど構っていられない。早く情報を集めなければ。
上海と蓬莱には魔理沙の家に持って行く手土産を作らせる。後は準備が整うのを待つだけだ。
改めて紙束を最初に手に取った私は、逸る気持ちを抑えてジックリとそれを読む事にした。
***
顔を見た瞬間、ピンと来た。これは魔界に攻め込んだ時に見たあのあいつだってね。
そして驚いたよ。見違えたんだ。
元からあったものを鍛え上げて、足りないものを補って、見た目まで綺麗に成長して。
不覚にも、素直に凄い奴だと思ってしまった。でも、私はそのあいつに再び勝ったんだ。
もちろん手加減されていたさ。でも、それで思ったんだよ。『私もあいつに追いつけるかな』ってな。
それ以来、あいつは私の目標になった。
もちろん大嫌いだったのに変わりは無い。つまり、興味深々だったって事さ。
***
悶え死ぬかと思った。
「ぐぐぐぐ……ぐあぁぁぁ……!」
最初のうちは居間で魔理沙の手紙を読んでいた私だったが、途中からいたたまれなくなって寝室へと逃げ込んでしまった。
枕を抱えてゴロゴロと転がってしまったのも一度や二度ではないし、頭を壁に叩きつけたくなる衝動を抑えるのには大変な苦労が伴った。
もしも可能ならば、過去の自分を蹴り殺してやりたい所だ。あるいは豆腐の角でもぶつけに行くか。壁殴りは上海に代行してもらった。
「何これ、ものすっごく恥ずかしい! もどかしい! 過去の私は何をしていたのよ!
ああもう、私は自分で自分をもう少し常識のある奴だと思っていたのに……」
私の事をよく観察していただけはあって、魔理沙のレポートは極めて詳細なものだった。
確かに、それを読んでいるだけで私が段々と魔理沙に対して心を開いていく様子が手に取るように分かり、
当事者の私としては、恥ずかしいやら苦しいやらでわけが分からない。
例えば、紅魔館に本を借りに行った日の事だ。
私にとっては単に『魔理沙が来て変な事を言い出した日』だったのだが、
魔理沙から見れば『始めて何も言わなくてもお茶を提供してくれた日』となっていた。
……確かに、あの辺りから気遣いをするようになっていたのはそうなのだが……。
他にも『目線を合わせて会話をするようになった』だの、『背中を見せるようになった』だの、『人形に触らせてくれた』だのと、
言われて見ればそういえば? と思うような細かい所まで観察されていた。
スケッチの時、急に機嫌が悪くなった理由もキッチリしたためられていて、
『最初に手を繋ごうと思ってたのに、文の奴に先を越された』とあるのを読んだ時はベッドから転がり落ちてしまった。
何と些細な理由か! 乙女か! 乙女だった。しかも夢見てた。
中でも私に一番の打撃を与えたのが、『始めてのデート』だった。
それは当然、永遠亭で人形劇の許可を貰ったあの日の事だ。
「そ、そうよね。あれはデートよね。
一緒に人里に出て、ご飯を食べて、そのご飯を互いに食べさせあって、手を繋いでお買い物して、一緒に帰って夕食……あー! もー!」
じたばたゴロゴロ。壁殴りには蓬莱も参戦してくれた。
過去の自分を、違った視点から眺めるのがこんなにも精神的にクルものだとは全く思いもしなかった。
知りたくは無かったけど、自業自得だろう。
それでも何とか体勢を立て直してジックリと手紙を読んでいけば、自然と魔理沙が今どのような状況にいるのかが見えてきた。
決定的なのは、人形劇の前日に送られた手紙で、そこに全てが書かれていた。
『神綺へ。明日はアリスの一世一代の大舞台だ。
この日のためにアリスは夜を徹して準備を進めていて、私の入り込む余地は無い。
だから今のうちに、私の方も準備を進めておこうと思う。
……私の体は、もうあまり長くは持たない。最初から分かっていた事だが、この森の瘴気は人間の身には辛すぎる。
それでも足りない魔力を補ってくれるならと我慢して来たが、それも限界のようだ』
「瘴気に負けた、か。考えてみれば、普通の人間なら森に踏み込んだ時点であっさりと気が触れて、そのまま死んでもおかしくないのよね。
そう言う意味では、才能はあったと思うのだけど」
『これから私がする事は、瘴気負けた、普通の魔法使いがする最後の足掻きだ。
アリスから大切な思い出を借りて、心を強く持って今を乗り切る。その先の事は、上手くいった時に考える。
成功率は極めて低いだろうが、アリスなら何とかしてくれると期待している。
もしもそんな私を哀れんでくれるなら、この事はアリスには内緒にしておいて欲しい。
私の身勝手な恋心をアリスの心に残したくない。アリスの心を縛りたくない。ただ、いつの間にか風化するくらいでありたい。
それが私の最期の意地だ』
「何が意地だ、よ。格好つけちゃって。私がそれくらいの事を引きずるとでも……多分、引きずってたわね。
悲劇のヒロイン気取りで、『ああ魔理沙、何で死んでしまったの!』とか何とか言うの。うわ、気持ち悪い。
そうならないためにも、早いところ行動を起こさないとね」
窓の外を見てみると、時刻は既に夕方にさしかかろうとしていた。
方々に散っていた人形達も適当帰還しつつあり、着々と情報が集まっていった。
その中でも特に目を引いたのは、数日前に発行された天狗の新聞だ。
モノクロ印刷にも関わらず派手な見出しで彩られたその一面には『恋色魔法使い、妖怪デビュー!』と大きく印刷されていて、にこやかに笑う魔理沙の顔があった。
その中には一枚のチラシが同封されており、見てみると宴会のお誘いだった。
日付は明日の夜、場所は博麗神社、主催はパチュリーとなっている。
「パチュリーは本気みたいね。さて、まずは魔理沙に会いに行きましょうか」
偵察部隊の報告によると、魔理沙は家にいるらしい。
手早く準備を終わらせた私は、逸る気持ちを抑える事無くそちらへ向かう事にした。
***
そんな感じだったから、永夜異変の時に誘われた時は……心が躍ったよ。
もちろん大嫌いだと思っていたからその踊る心の意味が分からなくて、無意味に競ったり、意地を張ったりしてたな。
ついつい前に出すぎて怒られたり、逆に前に出なさ過ぎだと怒ったり。そんな関係だったよ。
けれども、あいつと肩を並べて戦うのは悪くない気分でな。
特にあいつと協力して放つ魔法は、普段の私のそれよりも遥かに強力だったんだ。
それで相性がいいんだと気が付いたら、嫌悪感は消えてた。
異変を解決する頃には、自信を取り戻していたよ。
***
魔理沙の家の前に到着すると、雰囲気が覚えのあるそれと違う事に気が付いた。
何だろうと思って観察してみると、家の周囲に張られていた防御結界の質が向上しているのだ。
どうやら人間をやめて妖怪になったのは本当のようで、とても高い精度と魔力で構成し直されている。
その差が雰囲気の違いとなって現れているのだろう。ここから先は魔理沙のテリトリーだと明確に示されていた。
しかし、それだけなら大した違和感の元にはならない。
もっと根本的に……物が無いのだ。
家の外まで溢れていたはずの大量の物が、全てなくなっているのだ。
結界と人形の報告が無ければ、魔理沙が引っ越した可能性を疑っていたかもしれない。
それとは別に、何者かに見られているような気配を感じる。
敵意は感じられないが、何かあったら即座に飛び出して来そうな感じだ。
それが分かった上で、気にせず前進。家の前まで行って呼び鈴を鳴らした。
そのまましばらく待っていると、懐かしい声が中から聞こえてきた。
「誰だ?」
「私よ。アリス・マーガトロイドよ。開けて頂戴」
「……アリスは実家に帰省していて、もう一ヶ月くらいは帰ってこないはずだ。
他人を化かしたいんなら霊夢の所にでも行くんだな」
「本人よ。神綺様の魔法で送って貰ったの。何なら証拠を示しまょうか?」
言って私が取り出したのは、ミニ八卦炉だ。
それを魔理沙に見えるように扉の方へと突き出すと、その向こう側から息を呑むような音が聞こえてきた。
「預かっていたアイテムを返しに来たわよ。扉を開けて頂戴」
「……分かった」
やっと扉が開くと、そこには愛しの魔理沙がいた。
服装こそ黒を基調としたエプロンドレス姿だったが、予想通りその身にまとっている雰囲気は妖怪のそれで、
いつも通りの服装がしっくりと来るようになっていた。
寝ようとしてところだったのか、上着は着ておらず、代わりに薄手のカーディガンを羽織っていた。
お風呂にも入った後らしく、近くに寄るとまだ完全に乾ききっていないふわふわの髪の毛から、
石鹸の良い匂いが漂ってくるような気がして少し胸が高鳴った。
片手にはいつでも弾幕を放てるように魔力が集約されていたが、私の顔を確認してそれは収めてくれた。
「こんばんは」
「こんばんは。……どうしたんだアリス? 何でここにいる?」
「言ったでしょ、神綺様に送って貰ったって」
「そうじゃなくて。何で帰ってきたんだ?」
「魔理沙に会いたくなって帰ってきちゃった。魔界土産のお菓子もあるから、一緒に食べましょう」
「……私はもう、寝るところだったんだけどな」
「人間をやめたんでしょう? それなら先輩魔法使いさんに少しは付き合いなさい」
「どうしてもか?」
「どうしてもよ」
目線を逸らす魔理沙をじっと睨み付けて、逃さない。
身長の差を利用して上から圧力をかけ、黙ったままジリジリと近付いて有無を言わせない雰囲気を作る。
奇しくも、いつかの意趣返しの形になった。
しばしの睨み合いの後、折れたのは魔理沙だった。
「分かったよ。入れ、今お湯を沸かす」
「それには及ばないわ。私が淹れるから、魔理沙は座ってて」
「いや、これは譲れないな。アリスが座ってろ。茶葉もある」
そうまで言われてしまうと、流石にごり押すのは難しい。
大人しく居間で待っていようと中に入ると……そこには何も無かった。
部屋一面を埋め尽くしていたガラクタ・マジックアイテム・その他よく分からないもの類が全て消えうせており、
残っているものと言えば簡素な作りの机と一揃いの椅子くらいのものだった。
後は本当に何も無くて、本当に空き家のようだった。
「これ、どうしたの……?」
「ああ、家具か? 全部使っちまったよ」
「使うって、何に?」
「妖怪になるための儀式にさ。対価を要求するタイプの術式だったから、持っているものをありったけ全部捧げたんだ。
残ったものと言えば、ほんの一握りさ。それも全部寝室に持って行っちまったから……私の家って、こんなに広かったんだな」
魔理沙はあっさりと言うが、それは並大抵の苦痛では無かった筈だ。
だって考えても見て欲しい。いくら生き残るためとは言え、
ここにあったのは魔理沙が今までの人生の中で必死に貯めてきた、大事な蒐集品達だったのだ。
それが全部無くなったと言う事は、それまでの人生を一度否定して、新しく生まれ変わった事を示しているのだろうか。
「随分と無茶な事をしたのね。他に方法は無かったの?」
「これが一番、私に合っていたんだ。他にも色々あったけどどうにも条件が合わなくてな。
幸いにも代償は足りてたみたいで、『持って行かれた!』とはならずに五体満足で済んだから良しとしたよ。
不幸中の幸いとしては……台所が無事だった事かな。はい、お待ちどう様」
「あ、いい匂い……」
魔理沙が出してくれたのは、緑茶ではなく紅茶だった。
横に添えるシナモンも、ハーブも、お砂糖すらも入っていないシンプルな構成が、少し匂いを嗅いだだけで分かる。これは私の好きな銘柄だ。
それを受け取った私は、熱が逃げる前にとカップを傾けた。
とても美味しい。匂いだけじゃない。お茶の濃さも、喉越しも、温度も、蒸らし方も、何もかも私好みだ。
横に添えられているクッキーも、サクサクとした歯ごたえと控えめの甘さが実にバランスよくできていて、よく研究されていると関心してしまった。
「美味しい。どうしたの、これ?」
「咲夜に頼んで、茶葉の目利きから全部教えてもらったんだよ。
いつか、落ち着いたらアリスを招待しようと思っていたんだぜ?」
「ひょっとして、私のために練習してくれたのかしら?」
「まあな。結局お披露目するには機会が無かったんだけど」
「……嬉しいわ。この紅茶からは、魔理沙の優しい味がするような気がするの」
「おいおい何だよ、照れるじゃないか」
苦笑とも照れ笑いとも付かない、含みを持たせた笑みを浮かべる魔理沙。
「こうやってノンビリするのも久しぶりだな。あの時の私はがっついてばかりで、こうやって話をする余裕は無かったものな」
「そうねぇ。こんな風にゆっくりとお話しをしたのは、初日と最終日だけかしら。
それ以外の日はと言えば、あっちに行ったりこっちに行ったり。毎日が忙しかったわね」
「ああ。楽しかったな」
「ええ。楽しかったわね」
部屋の中に漂う湯気と、静かな雰囲気。
私好みの、しっとりとした優しい時間だ。
こんな空気の中、魔理沙と会話をできる事が堪らなく嬉しかった。
まだ大丈夫、間に合った。そう思えるのだ。
「それじゃあ、本題に入ろうか。紅茶を飲みに来ただけじゃないんだろう?」
「そうね。大事な用が幾つもあるわ。でも、まずはこれを返すわね。私の心の整理はもう終わったから」
ミニ八卦炉を机の上に置き、そっと差し出す。
少しの間躊躇を見せていた魔理沙だったが、それは受け取ってくれた。
「今までありがとうな。アリスが預かっていてくれたお陰で、これを失わずに済んだぜ」
「お役に立てて何より。やっぱりそれは魔理沙の手の中にあってこその宝物だわ。
それと、これがお母様からの手紙よ。じっくり読んでね」
「ありがとう。今読んでも?」
「もちろん。感想を聞かせて頂戴」
それじゃあ、と一言断って、手紙の封を切る魔理沙。
しばらくは手紙の文面を眺めていた魔理沙だったが、不意にその表情が困惑に歪み、
同封されていた手紙とは別の紙を眺めてその困惑を更に深めていた。
「どういう風の吹き回しだ……?」
「何て書いてあったの?」
「えっと、アリスに聞けば分かるって書いてあるな。これは何だ?」
「これは……あら、推薦状じゃない。神綺様の直筆よこれ」
中に入っていたのは、魔界にある魔術学校への推薦状だった。
かつての私も所属していたその学校は、神綺様の肝煎りで作られた魔界でも最大級の教育機関だ。
外の世界で言うならば大学か大学院が近いだろうか。
「推薦状? 私にか? ……青田買いでもする気かな?」
「神綺様は気紛れな方だから、そういった打算ではこんなものは書かないわよ。
単純に気に入られたんだと思うわ。実力が認められたのよ」
「そうか……。はは、何だ嬉しいな」
「……ねぇ魔理沙。良かったら、一緒に行かない?」
神綺様からの援護は貰えた。後は私が押すだけだ。
話題を振るのに合わせて、そっと距離を縮めてゆく。
残念ながら魔理沙の手は机の端に添えられていて、対面に座ったままでは届かない。
以前はできなかった大胆な行動も、自然としたくなる。
「アリスとか?」
「そうよ。私はもうそこを卒業した身だけど、研究機関としてもかなり優秀だし、戻る事もやぶさかではないわ。どうかしら?」
「アリスと一緒にかぁ……。うん、悪くないなぁ。でも、私に勤まるかな?」
「大丈夫よ。あなたならきっとできる。あなたには才能があるのよ」
距離は十分。私は魔理沙の手を取るべく、そっと手を伸ばした。
「でも、やめておくよ。今の私には、そんな重責は背負えないからさ」
魔理沙の手が引っ込められて、私の手は空を切る。
偶然などではない。魔理沙は私の動きをしっかりと見て、気勢を制するようなタイミングで手を引いたのだ。
「魔理、沙……?」
「アリス。私に才能なんて無いよ。私にできる事と言えば、泥臭くて、地味な事だけだ。
……この味を出すのにも、一週間かかった。
咲夜やパチュリーにも手伝って貰って、時間をかけて準備して、やっとだ」
紅茶を一啜りし、クッキーを齧る魔理沙。
「私は、何でもそうさ。弾幕ごっこも、魔法の研究も、人をもてなすのも、事前の準備無しでは何もできないんだ。
だからアリス、すまない。そのお茶を飲んだら帰ってくれないか?」
「……どう言う事?」
「私からは、もう何も渡せるものが無いんだよ。今の私は抜け殻さ。
ガワだけは大きくできたが、中身は全部出し切っちまったし、補充もできてない。
今の私じゃあ、アリスの望むものは渡せない。だから帰ってくれ。ガッカリさせたくない」
「待って、あなたは何か勘違いを……っ!」
ここで、始めて魔理沙と目が合った。
そこには……何も無かった。
いつもキラキラと輝いて、私を真っ直ぐ見つけてくれた力強い光は失われて、空虚な暗がりだけがそこにあった。
表情こそ笑っているものの、無理をして造詣だけ整えているのがおぼろげに透けて見えて来て、そこで漸く彼女が虚勢を張っていたのだと気が付いた。
先ほどまでの静かな雰囲気は雲散霧消して、耳が痛いほどの静寂がやって来た。同じ静けさでも、その差は苦しいほどに大違いだ。
「私は言ったよな? まだ私には未練があって、アリスの事を諦めきれてないって。
こうやって話をしていると、考えちまうんだよ。
アリスがこっちを向いてくれるんじゃないか、とかアリスは私に会いに来てくれたんじゃないか、とかさ。
今だってさ、手を取ろうとしてくれたよな。でも、そういう気は無いんだろう? 分かってるんだよ」
違う! そういう気でやったのだ!
声を大にしてそう叫びたかった。しかし、どうして彼女がこのような考えに至ったのかを考えると、とてもではないが口にすることはできない。
これは、私の自業自得なのだから。
「分かってるんだ。そんなわけは、無いのにな。でも、でもさ、優しくされると……
堪らなく、期待しちまうんだよ。
やめてくれよ。期待させないでくれよ。もう、諦めたいんだよ……」
「待って、どこに行くの!」
声に嗚咽が混じり始めた魔理沙は、そのままフラフラと外へと歩き出した。
「心配しないでくれ。ちょっと頭を冷やしてくるだけだ。
だから……その間に、帰ってくれ。ごめんな、相手をしてやれなくて」
「待って、待ってってば!」
地面を蹴り、空の彼方へと飛び去る魔理沙。
そのスピードは人間の頃の比ではなく、私がその背中を追いかけて外に出る頃には、もう豆粒のように小さな背中しか見えなかった。
後に残された私は、自分の体重を支える事ができずにその場に跪いてしまう。
また、やってしまった。
「待って、待ってよ……」
愚かな私は、いつも通り魔理沙に接しようとした。
その結果、限界まで消耗していた魔理沙に『いつも通り振舞う』事を強要していたのだ。
それがどれだけの重荷を背負わせる結果になるのかを考えもしないで。
何と言う身勝手、何と言う我侭。魔理沙を必ず振り向かせると誓ったあの言葉は嘘だったのか。
深い深い絶望感がそろりそろりと心のうちから湧いてきて、それを振り払うように拳を地面に叩きつけるが、血が滲むだけで何の効果も無かった。
「あなた、何をしているの?」
「え?」
後ろを振り返ると、森の暗がりの中からパチュリーが姿を現すところだった。
魔理沙の家に入る前に感じていた視線は彼女のものだったのだろう。
手に双眼鏡が握られているのが、何となく場にそぐわずシュールだった。
「そんなところで大地と対話? いつからドルイドに鞍替えしたのかしら」
「……見ていたのなら、分かるでしょう」
「分かるわよ。それで、逃げた野花を追わないの?」
「私には、そんな資格は……」
「……ふんっ!」
『ゴスッ!』
パチュリーの拳が、私の右頬に突き刺さる。
無防備に呆然としていた私はどうする事もできず、地面の上に打ち倒されてしまった。
「ぐっ! 何をするの!?」
「全く。ねんねのくせに、粋がるからそうなるのよ。
目が覚めたなら、馬鹿な事を言っていないで、早く追いかけなさい。
今ならまだ、あの子の心を捕まえる事ができる筈よ」
「まだ、間に合う……?」
「あの子が本気だった時、あなたは本気ではなかった。今はどうなの?」
「!」
そうだった。この程度の拒絶は想定されてしかるべき事じゃないか。
一緒に会話をして、少しずつ……などと言った、恋の駆け引きができる身でもないのに、
賢しく立ち回ろうとした罰が当たったんだ。
「私は、本気よ。本気で魔理沙の事が好きになったわ」
「なら、その本気を伝えに行きなさい。あの子が手に入れた紛い物を、本物に変えて来なさい!」
「分かったわ!」
立ち上がり、気合を篭め直す。
しかし、ふと思い当たってパチュリーの方へと向き直る。
「でもパチュリー、あなたはいいの? あなたも魔理沙の事が好きだったんじゃあ……」
「他人の事に目が行くなんて、大した余裕ね。
心配されなくとも、私は私の目的を果たすわ。ただ、そうね」
近寄ってきたパチュリーに抱き締められる。
神綺様や魔理沙のそれとは違う、親愛と応援の篭められた強いハグは、パチュリーの思いを明確に伝えてくれた。
額にキスをされて、強く押し出される。
「先輩としての格は見せつけられたかしら?」
「……パチュリーには適わないわね」
「年季が違うわよ。もしも念願が叶ったら、また2人で図書館にいらっしゃい。歓迎するわ」
「うん。ありがとうパチュリー」
「行ってらっしゃい。勝ちなさいよ」
「言われなくとも!」
魔理沙を追うべく空へと飛び上がり、方向だけ定めて勘で走り出す。
今はとにかく、なりふり構わず追いかけるだけだ!
***
あいつとの共闘で自信を取り戻した私は、それを確固たるものにするために賭けに出た。
次の異変には、得意技の『マスタースパーク』を少しだけ封印して挑む事にしたんだ。
何でもかんでもこれに頼ってばかりじゃあ、上達しないからな。
その結果、霊撃だけで神奈子達と渡り合う事ができたんだから、賭けは成功だ。
昔と比べて、相当な実力がついたと始めて実感できた。
実感って大事だぜ。それが無いと、自分が今どこにいるのかすら分からなくなる。
全部上手く行った。これもあいつのお陰だ。
そう考えていたら、自然とあいつの事を目で追うようになっていた。
***
「はぁ、はぁ、はぁ……。追っては来ては、いないみたいだな」
フラフラと墜落するように着陸した私は、地面に体を投げ出して荒い息をつき、涙の後を拭った。
止まらないと思っていたそれは、案外あっさりと止まってくれて、でも油断すると幾らでも溢れてくるような予感もした。
グチャグチャと形を定めてくれない心を気力で押さえつけて、何とか立ち上がる。
「あれ、ここって……」
あたりを見回してみると、そこは天体観測をしたあの丘だった。
少し歩いて天辺まで上がると、私がアリスに告白をした思い出の場所に辿り着く事ができた。
手頃な岩に腰を降ろして夜風に当たっていると、色んな事が思い出されてきた。
私にとって、ここは特別な場所だった。
魔法使いになろうと決意した天体観測の日に始まって、家を追い出されてから始めて泣いたのも、
始めて空を飛んだのも、弾幕ごっこで始めて霊夢に勝ったのも。全部ここだ。
私にとって一番大切な思い出の場所が、この丘なんだ。
「はは……。結局、ここに戻ってきちまったのか。私もワンパターンだな」
アリスに告白をするのにここを選んだのも、それが理由だ。
私にとって特別な場所だから、特別な事をするのには最適だと思った。
「……止めておけば、良かったかなぁ」
後悔はしたくなかったけれど、どうしても考えてしまう事もある。
アリスと別れて以来、事ある毎にアリスの笑顔が思い出されて、胸を万力で押し潰すような鈍痛が襲ってくる事があった。
それはこの場所に来ると特に顕著で、あれからもう一ヶ月近く経とうとしているのに、
まだ耳元で『ごめんなさい』の一言が繰り返されているような気になる。
未練は、深い。
「でも、あの時のアリスは綺麗だったなぁ……。
真剣な態度なのにすっごく可愛くて、いつもの人形みたいな顔がどっかに行って、人間らしい表情が垣間見えて。
……やっぱり、告白して良かったよな、うん」
少しずつ落ち着いて冷静になってくると、先ほどやらかした大失態の事が思い出されてしまう。
ああいう風にしたくなかったから色々ゴチャゴチャと根回しをしたり、隠し事をしたりしたのに、これじゃあ台無しだ。
早く心に整理をつけて、謝ろう。早く諦めよう。早く……。
「諦められるわけなんて、無いじゃないか……!」
再び涙が溢れ出して来る。もう止められない。
心を気力で押さえるだって? そんなものはとっくの昔に無くなっているのに、一体どうするつもりだったんだ。
それでも諦めなければ、私の精神はどんどん衰弱して行く。
そうなってしまえば、後は一度免れたはずの死が足音を立てて迫ってくるだろう。それも嫌だった。
「何で……。何で帰ってきたんだよアリス。私はお前に会いたくなかった。
後少し、後少しで完全に諦められたのに。何でこんなに早く戻ってきたんだよ……」
「それは、あなたに会いたかったからよ」
「!」
***
地霊騒ぎが起こって、あいつから声をかけられた時は胸が嬉しさで舞い上がったよ。
卑下するのは好きじゃないが、こんな私でもちゃんとあいつに認められていたんだと思えたんだ。
地底は恐ろしい場所だと知っていたから、怖くなかったと言えば嘘になる。
でもあいつの支援を受けて、一緒に喋りながら奥を目指して、物騒な妖怪達と渡り合って、それで確信した。
私のパートナーは、こいつしかいないってな。
***
「後少し、後少しで完全に諦められたのに。何でこんなに早く戻ってきたんだよ……」
何となく、ここにいるような気がした。
理由としてはたったそれだけなのだが、それでも私は魔理沙に追いつくことができた。
驚かせないようにそっと近付くと、魔理沙の慟哭の声が聞こえてきた。
今まで一切見せてくれなかった彼女の本音だ。
これ以上、一秒たりともこんな悲しい声は出させたくない。
意を決した私は、胸を張って声を張り上げた。
「それは、あなたに会いたかったからよ」
「!」
驚かせないようにと言う配慮は全く無駄になってしまったが、代わりに奇襲に成功した。
不意を付かれてしばらくの硬直を見せた魔理沙だったが、それが解けるや否や弾かれたようにその場を退き、再び空へと飛び上がろうとする。
……二度目も逃してさせるものか!
「上海! 蓬莱!」
『Yes,mam!』 『マリサ ホカクー!』 「あ、こら、放せ!」
「逃すわけないでしょう。よくもさっきは逃げてくれたわね」
「……何の用だよ」
「あなたに言わなければならない事があるの。今度は逃げないで聞いて頂戴ね」
「聞きたくない。私はもう家に帰って……」
魔理沙がグダグダと何か言っているが、関係ない。恋愛はパワーだ!
「魔理沙、愛しているわ」
「寝たいんだけ、ど……な?」
「魔理沙、愛しているわ。もう絶対に放さない」
「お前、何を言って……」
「魔理沙、愛しているわ。私と一緒に、未来永劫死ぬまで添い遂げなさい!」
言い切った。
本当は顔から火が出るほど恥ずかしいのだけど、それ以上に爽快感が溢れてきた。
やっと、声に出して言う事ができた。それが最高に嬉しい。
脳と思考が停止しているらしい魔理沙を胸元に引き込んで、力一杯かき抱く。
私の存在が疲れきった魔理沙の魂に刻まれるように願って、ただ強く強く、愛情を篭めて抱き締める。
魔理沙の吸う空気が、全て私の色に染まるように、ギュッと抱え込む。
物理的には全て同じ動作だが、精神的には違う。彼女から貰ったものを、こうやって返すのだ。
「ア、アリス、胸が顔に当たってる……」
「当ててんのよ。……ねぇ魔理沙、聞いてくれる?」
「う、うん。何だ?」
「魔界に帰ってからも、あなたの事をずっと考え続けたわ。遠く離れた場所から、冷静に自分の事を見つめ直したわ。
それで分かったの。あなたが考えていた計画と、私の素直な気持ちにね。
あなたは私が惚れる事は無いと考えていたみたいだけど、その予想は外れたのよ。
最後の最後、ギリギリのところで間に合ったの。あなたの事が好きだって。
……魔理沙は、私の事をまだ好きでいてくれているかしら?」
「あ、ああ……。でも、大丈夫か? 勘違いしていないか? 気が早いんじゃないか? 間違いならまだ訂正が効くぜ?」
「……私ね。魔理沙の事を何も知らないの。
魔理沙は普段、どんな事を考えて生活しているの?
好きな料理は? 嫌いな食べ物は? 動物では何が好き? 子供は何人欲しい?」
「え、ええっと……」
「どんな些細な事でも構わない。私はあなたの事が知りたい。
良い所も、悪い所も、全部全部知りたいの。
……知りたいと思う度に心が熱くなって、あなたを求める声が、強く強く響いてくるの。
好きな人の事は、何でも知りたくなる。これって、恋よね?」
「……信じて……」
「ん?」
「……信じていいのか? 期待してもいいのか? 諦めなくていいのか?」
魔理沙の目に、輝きが戻ってくる。
悲しげな表情はどこかに消え去って、おずおずと、しかししっかりとこちらの目を見て私の想いを受け入れてくれる。
でも、それだけではダメだ。魔理沙が私にくれた以上の想いを、それこそ倍にして返す。
告白してくれたあの日よりも、更に高いところに押し上げる。もちろん、私も一緒に行く!
「ええ、もちろんよ。あなたの期待は絶対に裏切らない。絶対に放さない。
死が2人を別っても、それは肉体が無くなるだけ。幽霊として楽しくやりましょう。
なんなら、来世まで一緒に行ってもいいわ。転生しても、きっと巡り会えるから」
「……随分と重い愛だな」
「あら、あなたの愛だって重かったわよ。まるで重石みたいに私の心を惹き止めて、放してくれないの。
それとも、こんな重さはお嫌かしら?」
「嫌じゃない。嫌じゃないぜ……」
私に抱き締められたまま、グリグリと頭を摺り寄せてくる魔理沙。
まるで小動物のように愛くるしいその動作で、私の心にはまた一つ強い衝動が生まれたが、それは何とか押さえ込む。
「魔理沙。何して欲しい?」
「……頭を撫でてくれ」
言われなくても。いい匂いのする魔理沙の髪を梳くように優しく撫でると、
魔理沙は目を細めてうっとりとした表情を見せてくれた。
また一つ、魔理沙の新しい顔が見れた。
「他には?」
「手、握ってくれ」
適当な岩に座り、魔理沙を膝の上に乗せて向かい合う。
頭を撫でるのは止めず、手を取り、強く握る。握り返される。もっと強く握る。
「これだけ?」
「うん、満足だ。ずっとこうしていたいなぁ……」
「これだけでいいの? もっともっと貪欲になっていいのよ?」
「想像だけしかしてなかったから、分かんないんだよ。もっと教えてくれ」
「もちろんよ。あ、でも……」
天蓋を見上げてみれば、もう夜半も過ぎて夜明けに向かう頃合いだ。
しかし、まだ朝は来ないで欲しい。この星空の下で、もっと魔理沙と話をしたい。
「ねぇ、魔理沙」
「ん?」
「夜を止めるわ。手伝いなさい」
「……おう、分かったぜ!」
永夜異変の時のように、夜を止める魔法を発動させる。
2人で使う魔法はやはり強力で、天体の動きはおろか、
偶然通りがかった流れ星すらその場に停止してしまった。
これはきっと、幻想郷中が大騒ぎになるに違いない。
「見ろよ、あの止まった流れ星をさ。願い事し放題だぜ?」
「私の願いは既に叶っているから、別にいいわよ。
それより、妖怪になって始めて起こす異変のご感想は?」
「あー……そっか。これは忙しくなるかな?」
「明日の宴会は、異変解決の宴会に決まりね。……魔理沙」
「何だ?」
邪魔者が来る前に。
「目を閉じて」
「……うん」
忘れられない思い出を、刻んでおきましょう。
***
目で追っていたら、自然と好きになっていた。
人を好きになるのって、そんなものだよな?
いつかきっと、あいつの横に並ぶんだ。
一緒に居て、恥ずかしくないようになってな!
***
大規模な転移魔法を発動させて、少し疲れた。
しかし、旅立つ愛娘の背中を押せた事がとても嬉しくて、そんな疲労の事などすぐに忘れてしまった。
ずっと控えてくれていた夢子ちゃんに労いの言葉をかけてから、私は部屋の隅に置いてあった一枚の絵画の元へと向かった。
アリスちゃんには言わなかったが、私が魔理沙ちゃんに要求した対価はレポートだけではない。
『思い出を形にして、私の所に送るように』とも言っておいたのだ。
そして届いたのが、この絵。手製の額縁に入った、一枚の水彩画だ。
包装を取り払い、部屋に飾る。後ろで夢子ちゃんが息を呑むのが分かった。
そこに描かれていたのは、アリスちゃん。
大自然を前に、キャンバスに向かって一生懸命に絵を描くアリスちゃんの肖像画だった。
写真や活版印刷では作り出す事のできない作者の想いが篭められた作品で、
絵の中のアリスちゃんはとても幸せそうに、のびのびと絵を描いている。
彼女を見ているだけで、こちらも一緒に幸せになれる。そんな万感の想いが伝わってくるようだった。
風景画としては失敗作。でも、人物画としては最高の逸品だ。
私は、これを寝室に飾る事にした。
近い将来。あの2人が私を訪ねてくれた時に、思いっきり恥ずかしがらせてやるために。
その時が、実に楽しみだ。
そちらを読まないと話が繋がりませんので、ご了承下さい。
乙女度+200%増量中。
***
始めてあいつに出会ったのは、私がまだ駆け出しの頃だ。
あの頃の私は今以上に不安定な奴で、随分と荒んでいた気がする。
***
心の整理をつけるには、一体どれだけの時間が必要なのだろうか。
少なくとも、私にとっては一週間やそこらでは片付かないほどの難題であったらしい。
「……はぁ」
魔理沙と最後に会ってから、早くも二週間が経過した。
魔界に帰郷した私は、来る日も来る日も考え事をしながら過ごしていた。
悩みが無い事が取り得だったはずなのに、私はこうやって頭を痛めてため息を漏らしている。
結局。私は魔理沙の事をどう思っていたのだろうか。
考えても、考えても、結論は出ないまま。ただ時間だけが過ぎていった。
ただ考えるだけでは埒が空かないかと、手慰みに人形や服を作ろうと試みるが、
出来上がるのは今の私の心情を写したかのように微妙な出来映えのものばかり。
絶好調はまだ続いている感じがするのだが、心ここに在らずの状態ではこんなものだろう。
「……おかしいわよね。もう終わった話のはずなのに」
そう、もう終わった話なのだ。
私が魔理沙の告白にいいえを突き付けた最後の日に。
あるいは、恋心の心得違いを諭されたあの日に。
この話には決着がつき、全てが終わったはずなのだ。
後は互いに心の整理をつけて、今まで通りの関係に戻るだけ。それなのに……
「それなのにどうして、あの子の事がこんなにも頭から離れないのかしら……」
縫い針を机に置き、指先で自分の唇の横をそっと撫でる。
頬と唇のちょうど中間に当たる、そのどちらともつかないそこは、あの日あの時、魔理沙と私が触れあった場所だ。
時間にしてみれば一秒にも満たない短い接触だったが、
あの暖かさと柔らかさは私の心に鮮烈な印象を残してくれた。
しかし、それよりも大事なのは、その短い接触の直後に彼女がチラリとだけ見せてくれた、幸せそうに、はにかむように、ふにゃりと緩んだ、あの笑顔だ。
何よりも、あの笑顔が忘れられない。
あの笑顔を、再現できないものだろうか。
そう思って魔理沙をモチーフに人形作りに精を出すわけだが、結果は先ほど言った通り。
心ここに在らず、だ。
「……ダメね、失敗だわ。こんな人形では、劇に出すのは愚か弾幕ごっこの弾にもできやしない。没ね」
笑っている顔の人形は簡単に作れるのだが、そこに感情を篭めるのがとても難しい。
嬉しくて笑っているのか、楽しくて笑っているのか、悲しみを堪えるために笑っているのか、怒りのあまり笑顔になってしまっているのか。
この人形からは、そのいずれも読み取ることができなかった。
まだ無表情で固定されている上海や蓬莱などの古参人形達の方が、達者な感情表現を見せると言うものだ。
『コンコン』
没作品となってしまった人形を脇に避けて、窓の外へと視線を向ける。
その先には見慣れた魔法の森の風景は無く、代わりにとても懐かしい魔界の空が広がっていた。
魔界の空は、幻想郷の抜けるように青とは違って吸い込まれるような黒い色をしているのが特徴だ。
神綺様が創造した次元の海に浮かぶ世界だから、星の世界が存在しないのだ。
『コンコン』
そう、魔界からは星が見えない。
いつもは見えていた星空を思い出そうとする度に、あの子の事が一緒に思い出される。
ループし続ける思考は、どこに向かうでもなくただただ憂鬱に漂うだけだった。
そんな調子だから、部屋の扉がノックされる音に気が付くまでには大分時間がかかってしまった。
『コンコン アリスちゃん? 起きてる?』
「あ、はーい。ごめんなさいママ。どうしたの?」
ノックの音にハッと気が付いて、慌てて対応に出る。
扉を開けると、そこには予想通り懐かしい顔の人が立っていた。
名前は神綺。この魔界の創造主にして、伝説級の魔法使い。私が目標とする素敵な人だ。
普段は格好良いのだが、どうにも子煩悩が過ぎて過保護になる傾向があるのが玉に瑕だろうか。
「晩ご飯ができたから、呼びに来たのよ。食べなくてもいい体でも、ちゃんと食べないと力が出ないわよ」
「……えっ、もうそんな時間!?」
「そうよ。そろそろ休憩にしなさい」
いつもの癖で外を見るが、星も無いのに時間が分かるわけもない。
改めて時計を見てみると、時刻は午後の6時。確かに夕食の時間だ。
朝起きてからずっとこの部屋に篭っていたため、どうやら半日近くずっと作業しっぱなしだったらしい。
そう自覚した途端、確かに肩が重いような感覚が今更のように自己主張を始めた。
疲労は自覚した瞬間に一気に来るとは、本当の事だ。
「……確か、ちょっと根を詰めすぎたかもしれないわね。
ママの美味しいご飯を食べて、少し休憩しましょうか」
「作ったのは夢子ちゃんだけどね。それにしても……」
私の部屋の中をぐるりと見回した神綺様は、机の上に散乱している人形達と、そのまた横に置いてあるスケッチブックを手に取った。
このスケッチブックは、私が人形を作るためのデッサンを書き留めるために使っているもので、魔界に来てから新しく新調したものだ。
ページ数としては100程度なのだが、その半分の50枚ほどを埋める勢いで魔理沙の似顔絵ばかりが描かれている。
その枚数と同じだけの人形が作られているわけだが、進捗状況は全く芳しく無いのが現状だ。
そんなスケッチブックをぱらりぱらりと捲り、神綺様は感慨深げに頷いた。
「これが、今の魔理沙ちゃんなの?」
「ええ、そうよ。……あれ、ママは魔理沙と連絡を取っていたんじゃないの?」
「お手紙だけでね。幻想郷まで視線を飛ばすのはさすがに骨が折れるし、写真は幻想郷ではそこまで一般的ではないでしょう?
だから、成長した顔は知らなかったのだけれど……そう。これが、アリスちゃんに告白をしてくれた子なのね」
「……あんまり、じっくり見ないで欲しいかな。それ、失敗作だし」
「そうなの? とても良く描けていると思うわよ。こっちの人形さん達だって、どのデッサンを元にしたのかが分かるくらい精巧だわ」
「ダメなのよ。私の技量がではとてもではないけど、私の中にある像を形にできないの。
デッサンが不十分だから、そこから作られる人形達もどこか虚ろで、ただ笑顔の形を作っているだけ。
これなら、能面の方がまだ表情豊かだわ」
そう言われて、吟味するように人形とスケッチブックを眺めていた神綺様だったが、また一つ頷くと言葉を続けた。
「アリスちゃんは自分に厳しいのね。確かに、絶対評価としては不十分でしょう。まだまだ未熟な面が見え隠れするわ。
それでも、私には大きな進歩に見えるの。この人形達には、今までのアリスちゃんには作れなかった特別な感情が篭められているから」
「特別な、感情……?」
「アリスちゃんは、それを表現する方法を知らないだけ。それを学べば、今よりもずっと素敵なアリスちゃんになれるわ。だから、頑張ってね」
「……うん、やってみるわ!」
「力強い元気な返事で、大変よろしい。でも、今は晩ご飯よ。行きましょう」
神綺様が差し出した手を取って、2人並んで食堂へと向かう。
この歳になると少し気恥ずかしいのだが、こうして並んで歩いていると昔に戻ったような気がして、堪らなく嬉しかった。
***
だからかな。最初はあいつの事が大嫌いだった。
才能も、道具も、環境も、技術も、何もかも。私が持っていないものを全部持っていたんだからな。
私が唯一勝っていたのは、実戦経験くらいのものかな。
繰り返し言うぜ。私はあいつの事が大嫌いだったんだ。大嫌いだったから……覚えてた。
***
食堂に到着すると、既に夢子さんが準備を整えて待ってくれていて、三人分の食器が並べられていた。
夢子さんは私達姉妹の中でも一番年長のお姉さんで、神綺様の身の回りの世話やスケジュールの管理などを一任されている。
レミリアに対する咲夜のような立場と言えば分かり易いだろうか。両方ともメイドだし。
ただ、神綺様は夢子さんと一緒にご飯を食べるのがお気に入りらしく、世話役にも関わらず一緒の席について食べる事を要求するのだ。
『魔界の主としての威厳が……』と文句を言う夢子さんだが、内心ではそれを嬉しく思っている事を私は知っている。
「アリス、遅いわよ。ちゃんと晩ご飯には顔を出しなさいって言ったでしょう?」
「ごめんなさい夢子さん。ちょっと夢中になり過ぎていたわ」
「こらこら夢子ちゃん、そんな怖い顔をしないの。さ、席に着いて。……いただきます!」
「「 いただきます! 」」
本日のメニューは夢子さんの得意料理、ビーフシチューと季節の野菜のサラダだ。
簡単な料理だが非常に手が込んでいて、具の美味しさが煮詰められたシチューはトロトロと僅かな粘性が感じられて、私好みだ。
シチューに漬けて食べるパンも夢子さんのお手製で、これがまた美味しいのだ。
この料理を食べると、実家に戻って来たと言う実感が湧く。そんな料理だ。
もぐもぐと料理に舌鼓を打っていると、神綺様が話しかけて来た。
「ところでアリスちゃん。アリスちゃんは向こうで人形劇を上演しているんですって?」
「ええ、そうだけど」
「私も見たいわぁ~ ねぇ、夢子ちゃんもそう思うでしょう?」
「そうですね。私も興味がありますよ。アリス、こっちで上演する事はできる?」
「うーん……。ちょっと難しいかな。主役用の人形を作り直しているんだけど、それが中々上手く行かないのよ」
「ああ、さっき作っていた人形ね。じゃあ魔理沙ちゃんが主役なの?」
「そうよ。劇の主役は、私と魔理沙なの。幻想郷で起こった異変を再現する人形劇ですからね」
「あっちは楽しそうね。やっぱり今度遊びに行こうかしら」
「お止め下さい神綺様。世界の法則が乱れます」
「そのくらい、大した問題でも無いのに……」
ぷくーとむくれる代わりに、パンを口に大きく頬張る神綺様と、それをはしたないと嗜める夢子さん。
どちらの方が年上なのか、これでは全く分からないではないか。
その2人のコントが終わるのを少しだけ待って、今度は私から質問をした。
「ねぇママ。魔理沙と文通していたらしいけど、どうしてそうなったの?」
「ああ、その事? ある日、魅魔ちゃん経由でお手紙が届いたのよ。
あ、魅魔ちゃんと私はお友達で、週一でカラオケに行く仲なのよ」
本当にどう言う繋がりだ。
「魔理沙ちゃんは、アリスちゃんの事を知りたがっていたわ。
好きな食べ物とか、誕生日とか、ちょっとした癖とか、些細な事をね。
一方で、私も幻想郷に送り出したアリスちゃんの様子を知りたかった。
だから、『アリスちゃんと過ごした1日を、包み隠さず詳細にレポートする事』を条件に文通を始めたの。
簡単な事しか教えていないから、安心なさい」
「そこは信頼しているけど……でも、ちょっと恥ずかしいわね」
「魔法使いに……魔法使いを志しただけあって、魔理沙ちゃんのレポートはとても読み易くってね。
まるで、お手紙の向こうから幸せそうなアリスちゃんが手を振っているようにすら感じられたわ」
「意外と文才はあるのよね、あの子」
「だからアリスちゃんが帰省するって聞いた時、てっきり一緒に来るものだと思っていたから少し残念だったわね。今度、私から会いに行ってみようかしら?」
「ですから、お止め下さい」
『いいじゃない』と膨れる神綺様と、『ダメです』と念を押す夢子さん。
そんな変わらない2人の様子を見て、少しだけ笑ってしまった。
「ママは、魔理沙の事を気に入ったのね」
「もちろんよ。だって、魔理沙ちゃんは自慢の愛娘を真剣に想ってくれた恩人ですもの。そう言うアリスちゃんは、どうなの?」
「私? 私も、魔理沙の事は気に入っているわよ。一緒にいて楽しいし、大事な友達ですもの。魔理沙との関係は、大切にしたいわ」
胸元を軽く押さえてみると、そこには魔理沙から貰った彼女の魂が感じられた。
その暖かい魂に触れる度、私の脳裏にある魔理沙の笑顔が改めて輝きを増すように感じられて、私はそのフワフワとした感覚に身を委ねた。
しかし神綺様は軽く片眉を上げると、食べ終わった食器を夢子さんに渡してこちらに向き直った。
「アリスちゃんは、成長してもアリスちゃんなのね。私はそれが嬉しくもあり、悲しくもあるわ」
「……どう言う事?」
「私から見ればまだ子供って事よ。
実力はそれなりに備わってきているようだけど、まだまだ経験不足の可愛い子。
でも、今回の事で一人前のレディとして成長してくれると信じているわ。だから許した」
先ほどまでの緩やかな雰囲気はどへやら。
いつの間にか真剣な、それでいて憂いを帯びた表情を見せてくれている神綺様は、私の顔を見ながら軽くため息をついた。
「……魔理沙ちゃんの予想も、最後の最後で少しだけ外れるのね。アリスちゃんは、もうそろそろ気が付いてしまいそうよ」
「どう言う事?」
「親としての私は、このまま何事も無く終わって欲しいと思っていたの。アリスちゃんに帰郷を促したのそのためよ。
ああでも、アリスちゃんが遠くに行ってしまうかもしれないと考えると、この身が張り裂けそうにもなったわ。
魔理沙ちゃんの企みが成功に終わった事を喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、どちらとも決めかねるわ」
「魔理沙の企み……やっぱり、ママは何か知っているのね!」
「……アリスちゃん。ママはね、アリスちゃんに言わなければならない事があるの。
それはアリスちゃんにも、アリスちゃんの人形作りにも、アリスちゃんのこれからにも深く関係する、とても大事なお話よ」
ただ、私には約束があるから話す事はできないわ。だからアリスちゃん、自分で辿り着いてちょうだい」
「約束? まさか、魔理沙と?」
「そうよ。文通を始める時に約束したの。『アリスちゃんには手紙の内容は秘密にして欲しい』って。だから話せないの。
……ところでアリスちゃん、ご飯のお代わりはいるかしら?」
「え? いえ、もういらないけど……」
「そう。ご馳走様でした」
「……ご馳走様でした」
「アリスちゃんは賢い子だから、もう少ししたら気が付くはずだわ。
その時は、しっかりと自分の行き先を決めてね。退出して良いわよ」
要するに自室に戻れと言う事か。言われるまでも無い。
貰ったヒントを吟味するためにも、私は真っ直ぐ自室へと戻った。
***
春雪異変の事は覚えているか? あの時の私は、自分の進む道に悩んでいてな。
ほら、咲夜の奴が参戦して滅法強かっただろう? どうしても見比べてしまって、軽く落ち込んでた。
……やっぱり、自分には才能が無いんだなって、そんな事を考えていた時期だったのさ。
冬の寒さが心に堪えていたのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。
そんな時さ。あいつに再会したのはさ。
***
自室に戻った私は、室内用のブーツを脱ぎ散らかしてベッドへと倒れ込んだ。
吟味する、と言ったところで、取っ掛かりが無い事には何も分からない。
「私が、自分で気が付かないといけない事……? 何かしら、心当たりがないわね」
ベッドの上で寝返りを打って仰向けになり、天井をボンヤリと見つめる。
言われた事があまりにも抽象的過ぎて、何を考えればいいのかサッパリ分からない。
「って、当たり前か。心当たりがあったら、そもそもこんな事は言われないものね。
……話の流れからして当然、魔理沙に関する事よねぇ。うーん……」
机の上から、比較的マシに作れた人形を取り出してその頬をツンツンとつつく。
「あなたは、ここに居なくても私を困らせるのね。本当に、困った子」
その人形をお腹の上に乗っけると、大の字になって伸びを一つ。
凝り固まった関節が伸ばされる気持ち良い感覚と共に、思考が少しだけクリアになって行くような気がした。
『ふぅ』と息を吐いて、改めて神綺様の宿題に思考を巡らせた。
「私が気が付いていない事。つまりは、今まで想像もしていなかった事。
……私が想像もしなかった、魔理沙の事。魔理沙の……私の知らない、あの子」
ベッドに横たわり、眠るように目を閉じる。もう飽きるくらい描いた魔理沙の顔を。もう一度思い出す。
楽しそうにしている顔、恥ずかしがっている顔、怒っている顔、拗ねている顔と、表情豊かな魔理沙は色んな表情を見せてくれる。
しかし。よくよく考えると不自然に感じられる事もあった。
「魔理沙は色んな表情を見せてくれたけど……改めて思い返すと、ポジティブな表情ばかり。
ネガティブな表情は、一つも無いわ」
改めて魔理沙人形を眺めると、やはりその表情はどこか虚ろだ。
笑顔の形で固定化された人形の顔はいかにも安っぽく、この笑顔が他の表情に変わる様が想像できない。
神綺様には『能面の方が表情豊かだ』と例えたが、正しくその通り。
上っ面の笑顔だけしか見ていないで、その後ろにあってしかるべきな他の顔が見えないのだ。
それを再度確認したところで、再び目を閉じる。
「……魔理沙だって人間なのだから、悲しい時や苦しい時が必ずあったはずよね。
むしろ、人一倍感情に素直なだから、ふとした瞬間にもそれを感じていたに違いないわ。
それでも、私と一緒に居た時は、それを一度も見せなかった。……いえ、見せてくれなかった。
これは、どう言う事?……魔理沙は、何を考えていたのかしら……ん?」
そう言えば。今まで私は自分の事ばかりに頭が行っていて、
肝心の『魔理沙がどう考えているのか』を考えた事が無かった。
こんな滑稽な事があるだろうか?
「魔理沙は、どうして私に告白してくれたのかしら?
私に何を求めて、どうなる事を望んでいた?
魔理沙は……何を考えていたの?」
上体を起こして、ベッドに腰掛けて手を顎に当てる。
今、私は、とても大事な事を考えようとしている。そんな予感がした。
「今までの私は、自分からの視点でしか魔理沙を見ていなかったのね。
これじゃあ、満足できる人形が作れないのも当たり前だわ。
本質を無視した状態で、どうやって心を再現できるって言うのかしら。
……魔理沙の本質は、どこにある?」
一度考え始めると、どうして今まで放って置いたのかと呆れてしまうほど大量の疑問が湧きあがる。
疑問を全て掘り起こすべく、想像を更に先へ先へと進めて行く。
「魔理沙は、私に告白してくれた。それは、私と恋人関係になるため。
親しい友人ではなく、恋人。その差はどこ?
……仮に魔理沙の告白を受け入れて、恋人同士になっていたらどうなっていたのかしら?
人里に一緒にお買い物に行ったり、一緒にご飯を食べたり、料理を作ったり、森を散歩したり……それまでと大して変わらないわね。
でも、今までやらなかったような……例えばお互いの家にお泊まりをしたり、一緒にお風呂に入ったり……キスをしたりも、するのかな。
そうしたら……また、あの笑顔が見れたのかしら」
ほんの一時見えた幻のような笑顔を思い出すだけではなく、それを何度も見る。自分の手で笑顔にさせる。
それはとても魅力的な想像で、自然と気分が高揚して行くのが分かった。
想像は……いや、これは妄想だ。それは分かっているが、更に一歩先へ進む。
「でも魔理沙は人間だから、ちょっとした事で風邪を引いて、寝込んでしまうでしょうね。
それを見て、私はいつか魔理沙が私を置いて先に逝く事を連想して、泣くんだわ。
そして……本当にその日が来て、魔理沙は天に還るの。
悲しみに暮れて何も手がつかなくなるでしょうけど、きっと魔理沙は沢山の思い出を……そう、思い出をくれるから。
2人とも笑顔で別れて、私は思い出を胸に生きていく筈よ。
幸せな思い出さえあれば、長い人生の孤独も……」
『怖くない』
考えがそこまで至ったところで目を見開き、魔理沙人形を持ち上げる。
それまでの想像だけで、今まで感じたことの無い、ワクワクするような気持ちが胸の奥底から溢れて来るのが分かった。
強迫観念に囚われていたあの時に感じたそれとは全く違う、ふつふつと心と体が暖かくなるような感覚。
きっとこれが、『恋心』なのだろう。
「……何だ。私、魔理沙の事が好きだったのね」
分かってしまえば何と言うことはない。
私はあの笑顔に心を奪われてしまっていたのだ。
「魔理沙も、こんな気持ちで私に接してくれていたの?
だとしたら……ふふ、それは分かるわよね。
あの焦燥感とは、全くの別物ですもの。これが、恋……」
『私は花が求めているものが分かる。
私が手に入れて、あなたが持っていて、あの子が持っていないもの』
不意にパチュリーの言葉がフラッシュバックする。
発作的に立ち上がり、まるで熊のように部屋の中をグルグルと歩き始める私。
猛烈に嫌な予感がして居ても立ってもいられない。
「私が持っていて、パチュリーが手に入れて、魔理沙が持っていないもの……。
私が理解していなくて、パチュリーが理解している、魔理沙の専門分野!
ママの言っていた、私が自分で気が付かなければならない事! まさか、これ!?」
恐らく、パチュリーが示しているのは『家族』。つまり『心の支え』だろう。
パチュリーの詳しい来歴は知らないが、彼女はレミリアや小悪魔と言った家族を、
恐らく何らかのトラブルの末に手に入れているのだろう。
私には神綺様や夢子さん、ユキ・マイと言うトラブルメイカーの姉、
そして一部付喪神化し始めている人形達がいる。
どれだけ離れても心は常に通じている、大切な家族達だ。
しかし、魔理沙の横には誰もいない。
もちろん近しい人物として霖之助さんや霊夢、魅魔、パチュリー、にとり等々枚挙に暇は無い。
しかし、家族に捨てられた彼女は、本質的には一人だ。
「そもそも、魔理沙が私に求めていたものは?
仲の良い友達? 都合の良い恋人? 寄りかかる相手?
……どれも違う。魔理沙は、私に何も求めなかった。
魔理沙は何も求めなかったし、私も何も返さなかった。
それなのに魔理沙は、最後に『十分なお返しを貰った』と言っていた。
つまり、私がそこにいるだけで返せるもの……『思い出』を魔理沙は受け取り続けていた。
私に『思い出』を求めていた? 何のために、そんな回りくどい事を?」
『私の愛は基本的に重いんだ』
『重荷になると思ったら、素直に捨ててくれ』
これは魔理沙の言葉。
私には経験が無いが、そんな簡単に『思いを捨ててくれ』などと言えるものだろうか?
言い方は悪いが、あの時の私はいわゆる『据え膳』状態。
なし崩しのうちに手篭めにされてもおかしくなかったはずだ。
それをしなかったと言う事に関して、単純に魔理沙が礼儀正しいと言うだけでは説明不足に感じられる。
「どうやら、そもそもの前提が間違っているようね。
魔理沙が私に告白したのが、『思いを遂げるため』ではなく、『思い出を確保するため』だったとしたら?
そんな事がありえるの? かなり限定的な状況に思えるけど……その限定的な状況に、いた?」
『この子は、私にはとてもできないような、素晴らしい偉業を成し遂げたの。
それは失敗に終わってしまったけれど、その結果は功績を貶めるものでは無いわ。
そんな勇者が羽休めをする、止まり木になれたなら……』
こっちは紫の言葉だ。つまり、魔理沙は私への告白と言う大仕事を終えて、何かをしようとしていた事になる。
羽休めとは、そういう言葉だ。では何を?
「魔理沙が私を求めたのは何故? 私との『思い出』を作って何をしたかったの?
魔理沙の告白はかなり急な話だったし、時期も悪かった。
私は人形劇の事でイライラしていたし、前段階の普通に仲良くなる時間も無かった。
それだけ急いだ理由があるはず」
『礼には及ばないわよ。私は医者としてできる事をしたまでですからね』
永遠亭で盗み聞きした永琳との会話を思い出す。
単純に考えれば、魔理沙が何らかの病を患っていたと考えるのが妥当だろう。
しかし仮に闘病生活が待っていたとしても、何となくしっくり来ない感じがする。
普通の病ならば、最初っから素直に入院なり療養なりをした方がいい。
それくらいの潔さと賢さは持ち合わせている子だ。
「『思い出』を必要としていて、極めて限定的な状況にあった魔理沙。
すげなくされても、罵られても、あっさりフられても、
笑顔を繕って『友達でいよう』と言えるだけの……」
『私の力で1000年は保たせて見せるから、その後で修繕をお願いね』
最後に思い出されたのは、輝夜の言葉。
それで私の中にあった疑問のピースは、ピタリと嵌まってくれた。
「……あぁ、そう言う。舐めた真似をしてくれるじゃない……!」
手の平に血が滲むほど強く拳を握り、グラグラと湧き出す怒りを心のうちに押さえ込む。
魔理沙の態度にも腹が立つし、状況が分かっていて何も言わないギャラリー達にも腹が立つ。
それより何より、一番腹が立つのは私自身だ!
「……仮説は立ったわ。これなら、パチュリーや紫の発言の意味も分かる。それと、過去の私の愚鈍さもね!
こうしてはいられないわ。上海、蓬莱、ついて来なさい!」
『ツイテクー』『ハーイ』
神綺様に話を聞かなければならない。
そう判断した私は、家の中を全力で走って神綺様の寝所へと向かうが、
その扉の前で夢子さんに推し止められてしまった。
「待ちなさいアリス。いくらアリスが相手でも、この先へ通すわけには行かないわ」
「いつもは普通に入れるじゃない。それは神綺様からのご命令?」
「そうよ。それに神綺様はお休みになられているから、何か用があるなら明日にしなさい」
「関係ないわ。神綺様に話があるから、通るわよ」
「神綺はお休みになられていると言ったでしょう。ダメよ」
「まるで虎痴ね。でもまかり通るわ! 上海、蓬莱!」
『イツデモ!』『ドコデモ!』
「むっ……!」
命令に反応して腹心2体がポップアップ。私の号令一つでいつでも何でもできるようにその場で待機する。
それに対して、夢子さんも戦闘体勢に移行。
どこからともなく水銀製のショーテルを取り出して、こちらに対して威嚇をするように身構えた。
が、下手をすれば神綺様よりも戦闘力の高い夢子さんをまともに相手にする気は無い。要するに寝所へ入れればいいのだ。
私はその夢子さんを一時的に無力化するべく、人形2体に号令を下した。
「2人とも……夢子姉さんに思いっきり甘えなさい!」
「……ゑ?」
『シャンハーイ!』『ホラーイ!』
私は知っている。いつもはクールで、ある意味咲夜以上に完璧超人の夢子さんが、可愛いものが大好きだと言う事を。
案の定、敵意0で擦り寄ってくる上海・蓬莱を相手に一瞬の躊躇いを見せた。
その隙に私自身は5フィートステップ、扉の横にさりげなく移動した。
「……ええい、そんな事で私を足止めできると!」
「……おねがい夢子さん、その子達を傷つけないで?」
「うっ……!」
続いて私から。上目遣いに夢子さんを見上げて、軽く潤んだ瞳で哀願をする。
夢子さんは基本的に家族には甘いから、一瞬の足止めくらいのお願いなら聞いてくれるし、効いてくれる。
これぞ私の秘儀、『末っ子の特権』だ! 言ってて少し恥ずかしいが気にしない。
現に夢子さんは、子猫のように擦り寄ってくる上海と蓬莱を振りほどけずにいる。
「そして今の内に、ドーン!」
「あっ!」
「な、何? 久しぶりの敵襲!?」
扉に渾身の蹴りを叩き込み、蝶番ごと吹き飛ばす。
中に入ってみると、そこには寝巻きに着替えてベッドの中で丸くなろうとしている神綺様の姿があった。
その上にぴょんと飛び乗り、掛け布団を引っぺがす。
「神綺様!」
「ひゃう!? アリスちゃん、こんな時間にどうしたの?」
「神綺様。あの子は……霧雨魔理沙は、人間を止めたのですか?」
狼狽するのを止めて、真面目な顔になる神綺。
恐らく、その狼狽していたのも私の様子を見るための演技だろう。それくらいの腹芸はしれっとする人だ。
夢子さんを静止して後ろに待機させた神綺様は、椅子に座り直して改めてこちらに向き直る。
「……どうして、その結論に至ったの?」
「そもそも、このシナリオは筋書きがおかしいのよ。
ママや紫みたいな難物にはキチンと根回しをしていた癖に、
肝心の私には前触れも何もなく、いきなり家に来て『好きだ!』って。おかしいでしょう。
唐突過ぎるし、常に準備を怠らない魔理沙らしくないわ。
それで、案の定私に冷たくされたら、今度は『1ヶ月だけ返答を保留して欲しい』と。
交渉術としては基礎通り、難題をふっかけた後の譲歩案よね。
それでも、そもそも『1ヶ月』と区切る必要は無いじゃない。妥協しすぎだわ」
「……続けて」
「うん。1ヶ月なんて区切らず、もっと時間をかけて良かったのよ。
1ヶ月過ごしただけで私は十分魔理沙に惹かれたし、それを少し過ぎたロスタイムで惚れたわ。
だから、時間を区切るのはナンセンス。せめてもう一年……いえ、追加で1ヵ月あれば私を完璧に落とせていた筈よ。
だって、魔理沙はそれくらい魅力的だったから」
物の本によると、『好き』の反対は『嫌い』ではなく『無関心』なのだとか。
それならば。無関心だった私を、敵意を経由して好意を抱いている段階まで持っていった、
魔理沙の手腕はかなりのものと言う事になる。
そんな恋色魔法使いが、そんな見切り発車な事をするだろうか?
「では、何故時間を区切ったのか。……単純に考えて、魔理沙にはその時間が無かったのでは?
私への全身全霊をかけた告白は、本当の意味での命をかけたものだったのでは?
そう考えれば、行き着く先は一つ。魔理沙は、人間を辞めて妖怪になる気だったんだわ」
神綺様が椅子を示したため、私もそこに座る。
未だに濃く残る怒りを静めるために軽く深呼吸をすると、少しだけ話し易くなったような気がした。
「少しだけね。ずっと先の未来の事を考えてみたの。
私はママの娘だし、魔法使いになったから、寿命はとても長いわ。
だからあんまり未来の事なんて考えた事も無かったんだけど……魔理沙は、常に考えている筈よ。
自分のこれからと、将来のことと、自分の才能の限界と……妖怪になったとして、その後どうするかもね。
それで、魔理沙は自分に足りない物を知った。知って欲しくなった」
そうだ。魔理沙が私に求めていたものは、決して安易な逃げの道などではない。
これから先生きていくために、必ず必要になるものを取りに来ていたのだ。
「妖怪にとって、孤独は死に至る病よ。
孤独に慣れると、段々と心が病み始めて、傾いて、転がり落ちて、戻れなくなるの。
だから、みんな縁を大切にするのよ」
『人間は社会的な生き物である』とは有名な言葉だが、私はこれに一つの解釈を加えたい。
人間に限らず、心ある生き物は全て他者が必要なのだ。
孤独が好きなんて、単なる格好付けだ。何なら、一人で泣いてみたらどうかしら?
「スキマ妖怪は式と幻想郷を作って、覚はペットを集めた。
天狗や河童は群れを成し、天人は雲から降りて、蓬莱人は門戸を開き、鬼は地上に恋い焦がれたわ。
じゃあ、人間の魔法使いはどこに行けばいいの?
……いずれは魔理沙もどこかで落ち着くのかもしれない。心の支えを手に入れられるかもしれない。
でも、残念ながらそれは今ではない。だから、魔理沙は私に求めた」
他人の私が、少し想像しただけでも心が押し潰されるような不安に苛まれたのだ。
魔理沙は、どれほどの苦しみを胸に秘めていたのだろうか。
「永い人生を歩むための心の支え。それを魔理沙は『好きな人と過ごした幸せな思い出』に求めたんだわ。
不完全な代用品だけど、私が最後に告白を断ると知っていれば傷も浅い。
あの子は、私に告白する前から失恋の覚悟を全部決めていたのよ! あの夢見る乙女が……!」
椅子に座ったまま、石畳を踏み壊す勢いで力強く地団駄を踏む。
それに神綺様が怯えたような反応をしたのは、多分演技ではない。
「ア、アリスちゃん。どうしてそんなに怒っているの……?」
「魔理沙と私、両方が腹立たしいのよ!
だって要するに、私は『結婚を前提でお付き合いして下さい』って言われたのに、
それに気が付かないでスルーしていたって事でしょう?
大方、ママへの手紙にも『万が一告白が上手く行ったら娘さんを私に下さい』とか書いてあったんじゃない?」
「え……いや、それは、保守義務があるから話せないんだけど……」
「あの子は何事も形から入るから、それくらいはしてもおかしくないわ。
スキマ妖怪とその式じゃないけど、妖怪として永い時を生きるって事はそう言う事じゃない!
更に腹立たしいのは、私がそれに気が付かないで、最後には『ごめんなさい』って言うであろう所まで読まれていた辺りよ!
これじゃあまるで、私が鈍い奴みたいじゃない! 事実そうだったけど!」
「アリス、それは違うわ。鈍い奴じゃなくて、単に鈍感・ニブチン・朴念仁な扱いされていただけよ」
「なお悪い!」
「夢子ちゃん、煽らないで~!」
「はい、失礼しました」
「……とにかく!」
大理石でできた机に拳をダン! と叩きつける。机に罅が入ったが気にしない。
「魔理沙は、何らかの要因で人間を止めざるを得ない状況にあった。
それで助けを求めて私を見たけど、私は条件を満たしていなかった。
だから覚悟を決めて、最低限の代用品だけを持って私から離れた。これでどう!」
これが私の出した結論だ。恐らく間違いは無い。
細かいディティールがかなりあいまいだが、
それは魔理沙と神綺様の手紙を見れば分かる事だ。
私の思惑を看破してか、神綺様は軽くため息をついた。
「それが正解だとして、アリスちゃんはどうしたいの?」
「魔理沙の所に行くわ」
「やめておきなさい。いま、魔理沙ちゃんと会うのは互いのためにならないわ」
「……そんなの、分からないわ」
「分かるわよ。だって、アリスちゃんは魔理沙ちゃんの手を一度振り払っているんですもの。今更、何をしに行くの?
楽しい思い出ができたって事はね。それだけ、『期待させられた』って事なの。
魔理沙ちゃんは、アリスちゃんに想いは届かないと予想していたわ。事実その通りだった」
唯一の誤算があるとすれば、私が最後の最後、ロスタイムに当たるような滑り込みのところで魔理沙に惚れたと言う事だろうか。
魔理沙が自制を働かせて、何もしないで静かに私を送り返していたならば、全ては魔理沙の予定通りに終わっていただろう。
ある意味完璧な計画だったが、詰めを誤るのはよくある事だ。
「でもね。貰ったお手紙から、少しずつ、少しずつ、アリスちゃんが心を開いていく様子が見て取れてね。
これなら、当初の予想を裏切って、想いが届くんじゃないかって、私は思ったの。
魔理沙ちゃんだって、自分の予想が外れて欲しいと切に望っていた筈よ」
「……」
「だけど、運命は変わらず。毎日のように手紙をやり取りしていたのに、ある日突然お手紙が途絶えたの。
そうしたら、アリスちゃんがお手紙を持って来て、魔理沙ちゃんは一緒に居なくて。
それで、『ああ、魔理沙ちゃんは目的を達成してしまったんだな』って分かったわ。
……魔理沙ちゃんは強い子だから、時間をかけて傷を癒やせば、心に整理をつけてアリスちゃんとも元の関係に戻れるわ。
今度は、もっと素敵なレディになってね」
大人魔理沙か。実に興味深い。
「でも、今はダメ。生半可な覚悟で魔理沙ちゃんの前に立っては、魔理沙ちゃんを傷つけるだけよ。
だって、アリスちゃんと一緒にいるだけで、希望を抱いてしまうんですもの。
未練って、そう言う事よ。もちろんそれはアリスちゃんも同じ。
下手な考えでは、魔理沙ちゃんへ差し伸べる手は届かず、後悔と後味の悪さだけが残るわ。
そこまで分かっていて、愛娘を修羅場に送り出せると思う?」
少なくとも、神綺様はそれを望まない。それは分かっているつもりだ。
「アリスちゃんは、もう選択したの。気が付いていなかったとか、知らなかったなんてただの言い訳。結果は出たの。
それを覆して、アリスちゃんから立ち去ろうとしている魔理沙ちゃんを、引き戻す覚悟はあるの?
無いなら……悪い事は言わないわ。やめておきなさい」
真っ直ぐにこちらと目を合わせて、私の気持ちを探ってくる神綺様。
しかし。今聞かれた質問は、私にとっては単なる愚問でしか無い。
己の胸に手を当てて、高ぶり続けている心臓の鼓動を確かめながら、神綺様の目を見つめ返した。
「覚悟は無いわ。私は今、それどころじゃないもの」
「……どう言う事?」
「魔理沙の事を思い浮かべるとね。
心臓の鼓動が激しく高鳴って、ワクワクする感じが止まらないの。
それに気が付いてしまってからは、もう夢中。
今すぐ魔理沙に会いたくなるの。声が聞きたいの。一緒にお話がしたいの。
ううん、それだけじゃないわ。魔理沙の事を何でも知りたいの。
どんな料理が好きなのかしら? 子供の頃は何をして遊んだ? 寺子屋には通っていたの? 無くて七癖、全部見つけられる?
やりたい事も、知りたい事も何もかも多すぎて、眩暈がしそう。
でも、それをどうやって表現したらいいか分からなくって……それどころじゃ、ないの」
心を急かす焦燥感が単なる強迫観念なら、この心を焦がす灼熱感は何だ。
都会派魔法使いだとか、他人に興味が無いだとか気取っている場合ではない。
今動かなければ、私は心に一生ものの禍根を残す!
「私は全力を出す事に決めたわ。
後先を考えて、失敗した時の事を考える余裕はこれっぽっちも無い。今はただ、あの子が欲しい!
万難を排してでも、またあの……私が惚れさせられた、可愛らしい笑顔を自分のものにして見せるわ!」
傲慢だとか、自分勝手だとか言うのなら勝手に言えばいい。
例えどんな結果になったとしても、後悔だけはしたくない。魔理沙にも後悔はさせたくない。
私に告白してくれた事を、悲しい思い出の一部になどさせてなるものか。
最終的には『Happy ever after』じゃないと困るでしょうが!
「……なんだ。アリスちゃん、ちゃんと覚悟を決めていたんじゃない」
「ママが心配していたのは、私の想いが中途半端だった場合の話よね。
いつも通り『本気を出さないで』とか気取っている余裕があるようだったら、お互いに深く傷ついて終わる最悪の結果になってしまう筈だから。
大丈夫よ。私は絶対に魔理沙を振り返らせる。魔理沙が私の事を諦めているなら溢れる愛情で埋め尽くす。
三途の川の向こうにいるなら黄泉路を駆けて連れ戻す。既に誰かの手の中にあるなら……幻想郷全てを敵に回す事も辞さないわ。
パチュリーだろうと、紫だろうと、魅魔だろうと、全部纏めてどんと来いってものよ!」
「ちょ、ちょっと本気を出し過ぎな気もするけど……まあ、それくらいの気概があれば大丈夫でしょう」
「と言うわけで神綺様。魔理沙の手紙、見せてくれる?」
「……私に、約束を破れって言うのね。これじゃあ、契約不履行で魔理沙ちゃんに大きな貸しができちゃうわ」
「今度は連れて帰ってくるから、たっぷりともてなしてあげてね。私は行くわ」
魔界から幻想郷の間は、特急便を使っても一週間くらいかかる旅路を行く事になる。
急がなければ、何もかも手遅れになってしまう。
しかし、慌てて部屋を出て行こうとした私を神綺様が引きとめた。
「アリスちゃん。ちょっと待って」
「何?」
「ちょっとこっちにいらっしゃい」
言われた通り神綺様に近寄ると、正面から抱き締められた。
神綺様の……いや、母の愛情がたっぷりと感じられる暖かい抱擁は、いつか魔理沙から感じた暖かさとよく似ていた。
思えば、魔理沙に抱き締められていた時も、私はこの感覚を思い出していたのかもしれない。
「アリスちゃん、私の可愛い末娘。いつか巣立って行くとは思っていたけど、まさかこんなに早いなんて。
必ず成功させて、宝物を増やして帰ってきなさい」
「……うん。ありがとう、ママ」
「魔理沙ちゃんに会ったら、これを渡して。私からお手紙の返信よ。
幻想郷までは遠いでしょう。私が送ってあげるから、頑張ってらっしゃい。……目を閉じて、三つ数えて」
言われた通り目を閉じて、ママの腕に身を任せて深呼吸を一つ。心の中でゆっくりと数を数えた。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
そして目を開けると、そこは幻想郷にある私の家だった。
魔界に持っていった荷物も一緒に送り込まれており、今まで魔界に居た事が夢の中の事だったかのようにすら思えた。
しかし、未だに暖かさは残っている。今度は私がこれを魔理沙に届ける番だろう。
居間にある机の上を見てみれば、綺麗にまとめられた便箋の束が置いてあるのが分かった。
「次元間移動と同時に、精密なテレポートまで……めったに見ない大魔法ね。これは、期待に応えないといけないわ。
でもその前にっと。総員整列! 偵察に行ってきなさい!」
家に待機している人形全てに命令を下し、一斉に起動。
京人形や試作の方のゴリアテ、ティターニアに至るまで全ての人形を偵察要員として幻想郷中にばら撒いた。
なりふりなど構っていられない。早く情報を集めなければ。
上海と蓬莱には魔理沙の家に持って行く手土産を作らせる。後は準備が整うのを待つだけだ。
改めて紙束を最初に手に取った私は、逸る気持ちを抑えてジックリとそれを読む事にした。
***
顔を見た瞬間、ピンと来た。これは魔界に攻め込んだ時に見たあのあいつだってね。
そして驚いたよ。見違えたんだ。
元からあったものを鍛え上げて、足りないものを補って、見た目まで綺麗に成長して。
不覚にも、素直に凄い奴だと思ってしまった。でも、私はそのあいつに再び勝ったんだ。
もちろん手加減されていたさ。でも、それで思ったんだよ。『私もあいつに追いつけるかな』ってな。
それ以来、あいつは私の目標になった。
もちろん大嫌いだったのに変わりは無い。つまり、興味深々だったって事さ。
***
悶え死ぬかと思った。
「ぐぐぐぐ……ぐあぁぁぁ……!」
最初のうちは居間で魔理沙の手紙を読んでいた私だったが、途中からいたたまれなくなって寝室へと逃げ込んでしまった。
枕を抱えてゴロゴロと転がってしまったのも一度や二度ではないし、頭を壁に叩きつけたくなる衝動を抑えるのには大変な苦労が伴った。
もしも可能ならば、過去の自分を蹴り殺してやりたい所だ。あるいは豆腐の角でもぶつけに行くか。壁殴りは上海に代行してもらった。
「何これ、ものすっごく恥ずかしい! もどかしい! 過去の私は何をしていたのよ!
ああもう、私は自分で自分をもう少し常識のある奴だと思っていたのに……」
私の事をよく観察していただけはあって、魔理沙のレポートは極めて詳細なものだった。
確かに、それを読んでいるだけで私が段々と魔理沙に対して心を開いていく様子が手に取るように分かり、
当事者の私としては、恥ずかしいやら苦しいやらでわけが分からない。
例えば、紅魔館に本を借りに行った日の事だ。
私にとっては単に『魔理沙が来て変な事を言い出した日』だったのだが、
魔理沙から見れば『始めて何も言わなくてもお茶を提供してくれた日』となっていた。
……確かに、あの辺りから気遣いをするようになっていたのはそうなのだが……。
他にも『目線を合わせて会話をするようになった』だの、『背中を見せるようになった』だの、『人形に触らせてくれた』だのと、
言われて見ればそういえば? と思うような細かい所まで観察されていた。
スケッチの時、急に機嫌が悪くなった理由もキッチリしたためられていて、
『最初に手を繋ごうと思ってたのに、文の奴に先を越された』とあるのを読んだ時はベッドから転がり落ちてしまった。
何と些細な理由か! 乙女か! 乙女だった。しかも夢見てた。
中でも私に一番の打撃を与えたのが、『始めてのデート』だった。
それは当然、永遠亭で人形劇の許可を貰ったあの日の事だ。
「そ、そうよね。あれはデートよね。
一緒に人里に出て、ご飯を食べて、そのご飯を互いに食べさせあって、手を繋いでお買い物して、一緒に帰って夕食……あー! もー!」
じたばたゴロゴロ。壁殴りには蓬莱も参戦してくれた。
過去の自分を、違った視点から眺めるのがこんなにも精神的にクルものだとは全く思いもしなかった。
知りたくは無かったけど、自業自得だろう。
それでも何とか体勢を立て直してジックリと手紙を読んでいけば、自然と魔理沙が今どのような状況にいるのかが見えてきた。
決定的なのは、人形劇の前日に送られた手紙で、そこに全てが書かれていた。
『神綺へ。明日はアリスの一世一代の大舞台だ。
この日のためにアリスは夜を徹して準備を進めていて、私の入り込む余地は無い。
だから今のうちに、私の方も準備を進めておこうと思う。
……私の体は、もうあまり長くは持たない。最初から分かっていた事だが、この森の瘴気は人間の身には辛すぎる。
それでも足りない魔力を補ってくれるならと我慢して来たが、それも限界のようだ』
「瘴気に負けた、か。考えてみれば、普通の人間なら森に踏み込んだ時点であっさりと気が触れて、そのまま死んでもおかしくないのよね。
そう言う意味では、才能はあったと思うのだけど」
『これから私がする事は、瘴気負けた、普通の魔法使いがする最後の足掻きだ。
アリスから大切な思い出を借りて、心を強く持って今を乗り切る。その先の事は、上手くいった時に考える。
成功率は極めて低いだろうが、アリスなら何とかしてくれると期待している。
もしもそんな私を哀れんでくれるなら、この事はアリスには内緒にしておいて欲しい。
私の身勝手な恋心をアリスの心に残したくない。アリスの心を縛りたくない。ただ、いつの間にか風化するくらいでありたい。
それが私の最期の意地だ』
「何が意地だ、よ。格好つけちゃって。私がそれくらいの事を引きずるとでも……多分、引きずってたわね。
悲劇のヒロイン気取りで、『ああ魔理沙、何で死んでしまったの!』とか何とか言うの。うわ、気持ち悪い。
そうならないためにも、早いところ行動を起こさないとね」
窓の外を見てみると、時刻は既に夕方にさしかかろうとしていた。
方々に散っていた人形達も適当帰還しつつあり、着々と情報が集まっていった。
その中でも特に目を引いたのは、数日前に発行された天狗の新聞だ。
モノクロ印刷にも関わらず派手な見出しで彩られたその一面には『恋色魔法使い、妖怪デビュー!』と大きく印刷されていて、にこやかに笑う魔理沙の顔があった。
その中には一枚のチラシが同封されており、見てみると宴会のお誘いだった。
日付は明日の夜、場所は博麗神社、主催はパチュリーとなっている。
「パチュリーは本気みたいね。さて、まずは魔理沙に会いに行きましょうか」
偵察部隊の報告によると、魔理沙は家にいるらしい。
手早く準備を終わらせた私は、逸る気持ちを抑える事無くそちらへ向かう事にした。
***
そんな感じだったから、永夜異変の時に誘われた時は……心が躍ったよ。
もちろん大嫌いだと思っていたからその踊る心の意味が分からなくて、無意味に競ったり、意地を張ったりしてたな。
ついつい前に出すぎて怒られたり、逆に前に出なさ過ぎだと怒ったり。そんな関係だったよ。
けれども、あいつと肩を並べて戦うのは悪くない気分でな。
特にあいつと協力して放つ魔法は、普段の私のそれよりも遥かに強力だったんだ。
それで相性がいいんだと気が付いたら、嫌悪感は消えてた。
異変を解決する頃には、自信を取り戻していたよ。
***
魔理沙の家の前に到着すると、雰囲気が覚えのあるそれと違う事に気が付いた。
何だろうと思って観察してみると、家の周囲に張られていた防御結界の質が向上しているのだ。
どうやら人間をやめて妖怪になったのは本当のようで、とても高い精度と魔力で構成し直されている。
その差が雰囲気の違いとなって現れているのだろう。ここから先は魔理沙のテリトリーだと明確に示されていた。
しかし、それだけなら大した違和感の元にはならない。
もっと根本的に……物が無いのだ。
家の外まで溢れていたはずの大量の物が、全てなくなっているのだ。
結界と人形の報告が無ければ、魔理沙が引っ越した可能性を疑っていたかもしれない。
それとは別に、何者かに見られているような気配を感じる。
敵意は感じられないが、何かあったら即座に飛び出して来そうな感じだ。
それが分かった上で、気にせず前進。家の前まで行って呼び鈴を鳴らした。
そのまましばらく待っていると、懐かしい声が中から聞こえてきた。
「誰だ?」
「私よ。アリス・マーガトロイドよ。開けて頂戴」
「……アリスは実家に帰省していて、もう一ヶ月くらいは帰ってこないはずだ。
他人を化かしたいんなら霊夢の所にでも行くんだな」
「本人よ。神綺様の魔法で送って貰ったの。何なら証拠を示しまょうか?」
言って私が取り出したのは、ミニ八卦炉だ。
それを魔理沙に見えるように扉の方へと突き出すと、その向こう側から息を呑むような音が聞こえてきた。
「預かっていたアイテムを返しに来たわよ。扉を開けて頂戴」
「……分かった」
やっと扉が開くと、そこには愛しの魔理沙がいた。
服装こそ黒を基調としたエプロンドレス姿だったが、予想通りその身にまとっている雰囲気は妖怪のそれで、
いつも通りの服装がしっくりと来るようになっていた。
寝ようとしてところだったのか、上着は着ておらず、代わりに薄手のカーディガンを羽織っていた。
お風呂にも入った後らしく、近くに寄るとまだ完全に乾ききっていないふわふわの髪の毛から、
石鹸の良い匂いが漂ってくるような気がして少し胸が高鳴った。
片手にはいつでも弾幕を放てるように魔力が集約されていたが、私の顔を確認してそれは収めてくれた。
「こんばんは」
「こんばんは。……どうしたんだアリス? 何でここにいる?」
「言ったでしょ、神綺様に送って貰ったって」
「そうじゃなくて。何で帰ってきたんだ?」
「魔理沙に会いたくなって帰ってきちゃった。魔界土産のお菓子もあるから、一緒に食べましょう」
「……私はもう、寝るところだったんだけどな」
「人間をやめたんでしょう? それなら先輩魔法使いさんに少しは付き合いなさい」
「どうしてもか?」
「どうしてもよ」
目線を逸らす魔理沙をじっと睨み付けて、逃さない。
身長の差を利用して上から圧力をかけ、黙ったままジリジリと近付いて有無を言わせない雰囲気を作る。
奇しくも、いつかの意趣返しの形になった。
しばしの睨み合いの後、折れたのは魔理沙だった。
「分かったよ。入れ、今お湯を沸かす」
「それには及ばないわ。私が淹れるから、魔理沙は座ってて」
「いや、これは譲れないな。アリスが座ってろ。茶葉もある」
そうまで言われてしまうと、流石にごり押すのは難しい。
大人しく居間で待っていようと中に入ると……そこには何も無かった。
部屋一面を埋め尽くしていたガラクタ・マジックアイテム・その他よく分からないもの類が全て消えうせており、
残っているものと言えば簡素な作りの机と一揃いの椅子くらいのものだった。
後は本当に何も無くて、本当に空き家のようだった。
「これ、どうしたの……?」
「ああ、家具か? 全部使っちまったよ」
「使うって、何に?」
「妖怪になるための儀式にさ。対価を要求するタイプの術式だったから、持っているものをありったけ全部捧げたんだ。
残ったものと言えば、ほんの一握りさ。それも全部寝室に持って行っちまったから……私の家って、こんなに広かったんだな」
魔理沙はあっさりと言うが、それは並大抵の苦痛では無かった筈だ。
だって考えても見て欲しい。いくら生き残るためとは言え、
ここにあったのは魔理沙が今までの人生の中で必死に貯めてきた、大事な蒐集品達だったのだ。
それが全部無くなったと言う事は、それまでの人生を一度否定して、新しく生まれ変わった事を示しているのだろうか。
「随分と無茶な事をしたのね。他に方法は無かったの?」
「これが一番、私に合っていたんだ。他にも色々あったけどどうにも条件が合わなくてな。
幸いにも代償は足りてたみたいで、『持って行かれた!』とはならずに五体満足で済んだから良しとしたよ。
不幸中の幸いとしては……台所が無事だった事かな。はい、お待ちどう様」
「あ、いい匂い……」
魔理沙が出してくれたのは、緑茶ではなく紅茶だった。
横に添えるシナモンも、ハーブも、お砂糖すらも入っていないシンプルな構成が、少し匂いを嗅いだだけで分かる。これは私の好きな銘柄だ。
それを受け取った私は、熱が逃げる前にとカップを傾けた。
とても美味しい。匂いだけじゃない。お茶の濃さも、喉越しも、温度も、蒸らし方も、何もかも私好みだ。
横に添えられているクッキーも、サクサクとした歯ごたえと控えめの甘さが実にバランスよくできていて、よく研究されていると関心してしまった。
「美味しい。どうしたの、これ?」
「咲夜に頼んで、茶葉の目利きから全部教えてもらったんだよ。
いつか、落ち着いたらアリスを招待しようと思っていたんだぜ?」
「ひょっとして、私のために練習してくれたのかしら?」
「まあな。結局お披露目するには機会が無かったんだけど」
「……嬉しいわ。この紅茶からは、魔理沙の優しい味がするような気がするの」
「おいおい何だよ、照れるじゃないか」
苦笑とも照れ笑いとも付かない、含みを持たせた笑みを浮かべる魔理沙。
「こうやってノンビリするのも久しぶりだな。あの時の私はがっついてばかりで、こうやって話をする余裕は無かったものな」
「そうねぇ。こんな風にゆっくりとお話しをしたのは、初日と最終日だけかしら。
それ以外の日はと言えば、あっちに行ったりこっちに行ったり。毎日が忙しかったわね」
「ああ。楽しかったな」
「ええ。楽しかったわね」
部屋の中に漂う湯気と、静かな雰囲気。
私好みの、しっとりとした優しい時間だ。
こんな空気の中、魔理沙と会話をできる事が堪らなく嬉しかった。
まだ大丈夫、間に合った。そう思えるのだ。
「それじゃあ、本題に入ろうか。紅茶を飲みに来ただけじゃないんだろう?」
「そうね。大事な用が幾つもあるわ。でも、まずはこれを返すわね。私の心の整理はもう終わったから」
ミニ八卦炉を机の上に置き、そっと差し出す。
少しの間躊躇を見せていた魔理沙だったが、それは受け取ってくれた。
「今までありがとうな。アリスが預かっていてくれたお陰で、これを失わずに済んだぜ」
「お役に立てて何より。やっぱりそれは魔理沙の手の中にあってこその宝物だわ。
それと、これがお母様からの手紙よ。じっくり読んでね」
「ありがとう。今読んでも?」
「もちろん。感想を聞かせて頂戴」
それじゃあ、と一言断って、手紙の封を切る魔理沙。
しばらくは手紙の文面を眺めていた魔理沙だったが、不意にその表情が困惑に歪み、
同封されていた手紙とは別の紙を眺めてその困惑を更に深めていた。
「どういう風の吹き回しだ……?」
「何て書いてあったの?」
「えっと、アリスに聞けば分かるって書いてあるな。これは何だ?」
「これは……あら、推薦状じゃない。神綺様の直筆よこれ」
中に入っていたのは、魔界にある魔術学校への推薦状だった。
かつての私も所属していたその学校は、神綺様の肝煎りで作られた魔界でも最大級の教育機関だ。
外の世界で言うならば大学か大学院が近いだろうか。
「推薦状? 私にか? ……青田買いでもする気かな?」
「神綺様は気紛れな方だから、そういった打算ではこんなものは書かないわよ。
単純に気に入られたんだと思うわ。実力が認められたのよ」
「そうか……。はは、何だ嬉しいな」
「……ねぇ魔理沙。良かったら、一緒に行かない?」
神綺様からの援護は貰えた。後は私が押すだけだ。
話題を振るのに合わせて、そっと距離を縮めてゆく。
残念ながら魔理沙の手は机の端に添えられていて、対面に座ったままでは届かない。
以前はできなかった大胆な行動も、自然としたくなる。
「アリスとか?」
「そうよ。私はもうそこを卒業した身だけど、研究機関としてもかなり優秀だし、戻る事もやぶさかではないわ。どうかしら?」
「アリスと一緒にかぁ……。うん、悪くないなぁ。でも、私に勤まるかな?」
「大丈夫よ。あなたならきっとできる。あなたには才能があるのよ」
距離は十分。私は魔理沙の手を取るべく、そっと手を伸ばした。
「でも、やめておくよ。今の私には、そんな重責は背負えないからさ」
魔理沙の手が引っ込められて、私の手は空を切る。
偶然などではない。魔理沙は私の動きをしっかりと見て、気勢を制するようなタイミングで手を引いたのだ。
「魔理、沙……?」
「アリス。私に才能なんて無いよ。私にできる事と言えば、泥臭くて、地味な事だけだ。
……この味を出すのにも、一週間かかった。
咲夜やパチュリーにも手伝って貰って、時間をかけて準備して、やっとだ」
紅茶を一啜りし、クッキーを齧る魔理沙。
「私は、何でもそうさ。弾幕ごっこも、魔法の研究も、人をもてなすのも、事前の準備無しでは何もできないんだ。
だからアリス、すまない。そのお茶を飲んだら帰ってくれないか?」
「……どう言う事?」
「私からは、もう何も渡せるものが無いんだよ。今の私は抜け殻さ。
ガワだけは大きくできたが、中身は全部出し切っちまったし、補充もできてない。
今の私じゃあ、アリスの望むものは渡せない。だから帰ってくれ。ガッカリさせたくない」
「待って、あなたは何か勘違いを……っ!」
ここで、始めて魔理沙と目が合った。
そこには……何も無かった。
いつもキラキラと輝いて、私を真っ直ぐ見つけてくれた力強い光は失われて、空虚な暗がりだけがそこにあった。
表情こそ笑っているものの、無理をして造詣だけ整えているのがおぼろげに透けて見えて来て、そこで漸く彼女が虚勢を張っていたのだと気が付いた。
先ほどまでの静かな雰囲気は雲散霧消して、耳が痛いほどの静寂がやって来た。同じ静けさでも、その差は苦しいほどに大違いだ。
「私は言ったよな? まだ私には未練があって、アリスの事を諦めきれてないって。
こうやって話をしていると、考えちまうんだよ。
アリスがこっちを向いてくれるんじゃないか、とかアリスは私に会いに来てくれたんじゃないか、とかさ。
今だってさ、手を取ろうとしてくれたよな。でも、そういう気は無いんだろう? 分かってるんだよ」
違う! そういう気でやったのだ!
声を大にしてそう叫びたかった。しかし、どうして彼女がこのような考えに至ったのかを考えると、とてもではないが口にすることはできない。
これは、私の自業自得なのだから。
「分かってるんだ。そんなわけは、無いのにな。でも、でもさ、優しくされると……
堪らなく、期待しちまうんだよ。
やめてくれよ。期待させないでくれよ。もう、諦めたいんだよ……」
「待って、どこに行くの!」
声に嗚咽が混じり始めた魔理沙は、そのままフラフラと外へと歩き出した。
「心配しないでくれ。ちょっと頭を冷やしてくるだけだ。
だから……その間に、帰ってくれ。ごめんな、相手をしてやれなくて」
「待って、待ってってば!」
地面を蹴り、空の彼方へと飛び去る魔理沙。
そのスピードは人間の頃の比ではなく、私がその背中を追いかけて外に出る頃には、もう豆粒のように小さな背中しか見えなかった。
後に残された私は、自分の体重を支える事ができずにその場に跪いてしまう。
また、やってしまった。
「待って、待ってよ……」
愚かな私は、いつも通り魔理沙に接しようとした。
その結果、限界まで消耗していた魔理沙に『いつも通り振舞う』事を強要していたのだ。
それがどれだけの重荷を背負わせる結果になるのかを考えもしないで。
何と言う身勝手、何と言う我侭。魔理沙を必ず振り向かせると誓ったあの言葉は嘘だったのか。
深い深い絶望感がそろりそろりと心のうちから湧いてきて、それを振り払うように拳を地面に叩きつけるが、血が滲むだけで何の効果も無かった。
「あなた、何をしているの?」
「え?」
後ろを振り返ると、森の暗がりの中からパチュリーが姿を現すところだった。
魔理沙の家に入る前に感じていた視線は彼女のものだったのだろう。
手に双眼鏡が握られているのが、何となく場にそぐわずシュールだった。
「そんなところで大地と対話? いつからドルイドに鞍替えしたのかしら」
「……見ていたのなら、分かるでしょう」
「分かるわよ。それで、逃げた野花を追わないの?」
「私には、そんな資格は……」
「……ふんっ!」
『ゴスッ!』
パチュリーの拳が、私の右頬に突き刺さる。
無防備に呆然としていた私はどうする事もできず、地面の上に打ち倒されてしまった。
「ぐっ! 何をするの!?」
「全く。ねんねのくせに、粋がるからそうなるのよ。
目が覚めたなら、馬鹿な事を言っていないで、早く追いかけなさい。
今ならまだ、あの子の心を捕まえる事ができる筈よ」
「まだ、間に合う……?」
「あの子が本気だった時、あなたは本気ではなかった。今はどうなの?」
「!」
そうだった。この程度の拒絶は想定されてしかるべき事じゃないか。
一緒に会話をして、少しずつ……などと言った、恋の駆け引きができる身でもないのに、
賢しく立ち回ろうとした罰が当たったんだ。
「私は、本気よ。本気で魔理沙の事が好きになったわ」
「なら、その本気を伝えに行きなさい。あの子が手に入れた紛い物を、本物に変えて来なさい!」
「分かったわ!」
立ち上がり、気合を篭め直す。
しかし、ふと思い当たってパチュリーの方へと向き直る。
「でもパチュリー、あなたはいいの? あなたも魔理沙の事が好きだったんじゃあ……」
「他人の事に目が行くなんて、大した余裕ね。
心配されなくとも、私は私の目的を果たすわ。ただ、そうね」
近寄ってきたパチュリーに抱き締められる。
神綺様や魔理沙のそれとは違う、親愛と応援の篭められた強いハグは、パチュリーの思いを明確に伝えてくれた。
額にキスをされて、強く押し出される。
「先輩としての格は見せつけられたかしら?」
「……パチュリーには適わないわね」
「年季が違うわよ。もしも念願が叶ったら、また2人で図書館にいらっしゃい。歓迎するわ」
「うん。ありがとうパチュリー」
「行ってらっしゃい。勝ちなさいよ」
「言われなくとも!」
魔理沙を追うべく空へと飛び上がり、方向だけ定めて勘で走り出す。
今はとにかく、なりふり構わず追いかけるだけだ!
***
あいつとの共闘で自信を取り戻した私は、それを確固たるものにするために賭けに出た。
次の異変には、得意技の『マスタースパーク』を少しだけ封印して挑む事にしたんだ。
何でもかんでもこれに頼ってばかりじゃあ、上達しないからな。
その結果、霊撃だけで神奈子達と渡り合う事ができたんだから、賭けは成功だ。
昔と比べて、相当な実力がついたと始めて実感できた。
実感って大事だぜ。それが無いと、自分が今どこにいるのかすら分からなくなる。
全部上手く行った。これもあいつのお陰だ。
そう考えていたら、自然とあいつの事を目で追うようになっていた。
***
「はぁ、はぁ、はぁ……。追っては来ては、いないみたいだな」
フラフラと墜落するように着陸した私は、地面に体を投げ出して荒い息をつき、涙の後を拭った。
止まらないと思っていたそれは、案外あっさりと止まってくれて、でも油断すると幾らでも溢れてくるような予感もした。
グチャグチャと形を定めてくれない心を気力で押さえつけて、何とか立ち上がる。
「あれ、ここって……」
あたりを見回してみると、そこは天体観測をしたあの丘だった。
少し歩いて天辺まで上がると、私がアリスに告白をした思い出の場所に辿り着く事ができた。
手頃な岩に腰を降ろして夜風に当たっていると、色んな事が思い出されてきた。
私にとって、ここは特別な場所だった。
魔法使いになろうと決意した天体観測の日に始まって、家を追い出されてから始めて泣いたのも、
始めて空を飛んだのも、弾幕ごっこで始めて霊夢に勝ったのも。全部ここだ。
私にとって一番大切な思い出の場所が、この丘なんだ。
「はは……。結局、ここに戻ってきちまったのか。私もワンパターンだな」
アリスに告白をするのにここを選んだのも、それが理由だ。
私にとって特別な場所だから、特別な事をするのには最適だと思った。
「……止めておけば、良かったかなぁ」
後悔はしたくなかったけれど、どうしても考えてしまう事もある。
アリスと別れて以来、事ある毎にアリスの笑顔が思い出されて、胸を万力で押し潰すような鈍痛が襲ってくる事があった。
それはこの場所に来ると特に顕著で、あれからもう一ヶ月近く経とうとしているのに、
まだ耳元で『ごめんなさい』の一言が繰り返されているような気になる。
未練は、深い。
「でも、あの時のアリスは綺麗だったなぁ……。
真剣な態度なのにすっごく可愛くて、いつもの人形みたいな顔がどっかに行って、人間らしい表情が垣間見えて。
……やっぱり、告白して良かったよな、うん」
少しずつ落ち着いて冷静になってくると、先ほどやらかした大失態の事が思い出されてしまう。
ああいう風にしたくなかったから色々ゴチャゴチャと根回しをしたり、隠し事をしたりしたのに、これじゃあ台無しだ。
早く心に整理をつけて、謝ろう。早く諦めよう。早く……。
「諦められるわけなんて、無いじゃないか……!」
再び涙が溢れ出して来る。もう止められない。
心を気力で押さえるだって? そんなものはとっくの昔に無くなっているのに、一体どうするつもりだったんだ。
それでも諦めなければ、私の精神はどんどん衰弱して行く。
そうなってしまえば、後は一度免れたはずの死が足音を立てて迫ってくるだろう。それも嫌だった。
「何で……。何で帰ってきたんだよアリス。私はお前に会いたくなかった。
後少し、後少しで完全に諦められたのに。何でこんなに早く戻ってきたんだよ……」
「それは、あなたに会いたかったからよ」
「!」
***
地霊騒ぎが起こって、あいつから声をかけられた時は胸が嬉しさで舞い上がったよ。
卑下するのは好きじゃないが、こんな私でもちゃんとあいつに認められていたんだと思えたんだ。
地底は恐ろしい場所だと知っていたから、怖くなかったと言えば嘘になる。
でもあいつの支援を受けて、一緒に喋りながら奥を目指して、物騒な妖怪達と渡り合って、それで確信した。
私のパートナーは、こいつしかいないってな。
***
「後少し、後少しで完全に諦められたのに。何でこんなに早く戻ってきたんだよ……」
何となく、ここにいるような気がした。
理由としてはたったそれだけなのだが、それでも私は魔理沙に追いつくことができた。
驚かせないようにそっと近付くと、魔理沙の慟哭の声が聞こえてきた。
今まで一切見せてくれなかった彼女の本音だ。
これ以上、一秒たりともこんな悲しい声は出させたくない。
意を決した私は、胸を張って声を張り上げた。
「それは、あなたに会いたかったからよ」
「!」
驚かせないようにと言う配慮は全く無駄になってしまったが、代わりに奇襲に成功した。
不意を付かれてしばらくの硬直を見せた魔理沙だったが、それが解けるや否や弾かれたようにその場を退き、再び空へと飛び上がろうとする。
……二度目も逃してさせるものか!
「上海! 蓬莱!」
『Yes,mam!』 『マリサ ホカクー!』 「あ、こら、放せ!」
「逃すわけないでしょう。よくもさっきは逃げてくれたわね」
「……何の用だよ」
「あなたに言わなければならない事があるの。今度は逃げないで聞いて頂戴ね」
「聞きたくない。私はもう家に帰って……」
魔理沙がグダグダと何か言っているが、関係ない。恋愛はパワーだ!
「魔理沙、愛しているわ」
「寝たいんだけ、ど……な?」
「魔理沙、愛しているわ。もう絶対に放さない」
「お前、何を言って……」
「魔理沙、愛しているわ。私と一緒に、未来永劫死ぬまで添い遂げなさい!」
言い切った。
本当は顔から火が出るほど恥ずかしいのだけど、それ以上に爽快感が溢れてきた。
やっと、声に出して言う事ができた。それが最高に嬉しい。
脳と思考が停止しているらしい魔理沙を胸元に引き込んで、力一杯かき抱く。
私の存在が疲れきった魔理沙の魂に刻まれるように願って、ただ強く強く、愛情を篭めて抱き締める。
魔理沙の吸う空気が、全て私の色に染まるように、ギュッと抱え込む。
物理的には全て同じ動作だが、精神的には違う。彼女から貰ったものを、こうやって返すのだ。
「ア、アリス、胸が顔に当たってる……」
「当ててんのよ。……ねぇ魔理沙、聞いてくれる?」
「う、うん。何だ?」
「魔界に帰ってからも、あなたの事をずっと考え続けたわ。遠く離れた場所から、冷静に自分の事を見つめ直したわ。
それで分かったの。あなたが考えていた計画と、私の素直な気持ちにね。
あなたは私が惚れる事は無いと考えていたみたいだけど、その予想は外れたのよ。
最後の最後、ギリギリのところで間に合ったの。あなたの事が好きだって。
……魔理沙は、私の事をまだ好きでいてくれているかしら?」
「あ、ああ……。でも、大丈夫か? 勘違いしていないか? 気が早いんじゃないか? 間違いならまだ訂正が効くぜ?」
「……私ね。魔理沙の事を何も知らないの。
魔理沙は普段、どんな事を考えて生活しているの?
好きな料理は? 嫌いな食べ物は? 動物では何が好き? 子供は何人欲しい?」
「え、ええっと……」
「どんな些細な事でも構わない。私はあなたの事が知りたい。
良い所も、悪い所も、全部全部知りたいの。
……知りたいと思う度に心が熱くなって、あなたを求める声が、強く強く響いてくるの。
好きな人の事は、何でも知りたくなる。これって、恋よね?」
「……信じて……」
「ん?」
「……信じていいのか? 期待してもいいのか? 諦めなくていいのか?」
魔理沙の目に、輝きが戻ってくる。
悲しげな表情はどこかに消え去って、おずおずと、しかししっかりとこちらの目を見て私の想いを受け入れてくれる。
でも、それだけではダメだ。魔理沙が私にくれた以上の想いを、それこそ倍にして返す。
告白してくれたあの日よりも、更に高いところに押し上げる。もちろん、私も一緒に行く!
「ええ、もちろんよ。あなたの期待は絶対に裏切らない。絶対に放さない。
死が2人を別っても、それは肉体が無くなるだけ。幽霊として楽しくやりましょう。
なんなら、来世まで一緒に行ってもいいわ。転生しても、きっと巡り会えるから」
「……随分と重い愛だな」
「あら、あなたの愛だって重かったわよ。まるで重石みたいに私の心を惹き止めて、放してくれないの。
それとも、こんな重さはお嫌かしら?」
「嫌じゃない。嫌じゃないぜ……」
私に抱き締められたまま、グリグリと頭を摺り寄せてくる魔理沙。
まるで小動物のように愛くるしいその動作で、私の心にはまた一つ強い衝動が生まれたが、それは何とか押さえ込む。
「魔理沙。何して欲しい?」
「……頭を撫でてくれ」
言われなくても。いい匂いのする魔理沙の髪を梳くように優しく撫でると、
魔理沙は目を細めてうっとりとした表情を見せてくれた。
また一つ、魔理沙の新しい顔が見れた。
「他には?」
「手、握ってくれ」
適当な岩に座り、魔理沙を膝の上に乗せて向かい合う。
頭を撫でるのは止めず、手を取り、強く握る。握り返される。もっと強く握る。
「これだけ?」
「うん、満足だ。ずっとこうしていたいなぁ……」
「これだけでいいの? もっともっと貪欲になっていいのよ?」
「想像だけしかしてなかったから、分かんないんだよ。もっと教えてくれ」
「もちろんよ。あ、でも……」
天蓋を見上げてみれば、もう夜半も過ぎて夜明けに向かう頃合いだ。
しかし、まだ朝は来ないで欲しい。この星空の下で、もっと魔理沙と話をしたい。
「ねぇ、魔理沙」
「ん?」
「夜を止めるわ。手伝いなさい」
「……おう、分かったぜ!」
永夜異変の時のように、夜を止める魔法を発動させる。
2人で使う魔法はやはり強力で、天体の動きはおろか、
偶然通りがかった流れ星すらその場に停止してしまった。
これはきっと、幻想郷中が大騒ぎになるに違いない。
「見ろよ、あの止まった流れ星をさ。願い事し放題だぜ?」
「私の願いは既に叶っているから、別にいいわよ。
それより、妖怪になって始めて起こす異変のご感想は?」
「あー……そっか。これは忙しくなるかな?」
「明日の宴会は、異変解決の宴会に決まりね。……魔理沙」
「何だ?」
邪魔者が来る前に。
「目を閉じて」
「……うん」
忘れられない思い出を、刻んでおきましょう。
***
目で追っていたら、自然と好きになっていた。
人を好きになるのって、そんなものだよな?
いつかきっと、あいつの横に並ぶんだ。
一緒に居て、恥ずかしくないようになってな!
***
大規模な転移魔法を発動させて、少し疲れた。
しかし、旅立つ愛娘の背中を押せた事がとても嬉しくて、そんな疲労の事などすぐに忘れてしまった。
ずっと控えてくれていた夢子ちゃんに労いの言葉をかけてから、私は部屋の隅に置いてあった一枚の絵画の元へと向かった。
アリスちゃんには言わなかったが、私が魔理沙ちゃんに要求した対価はレポートだけではない。
『思い出を形にして、私の所に送るように』とも言っておいたのだ。
そして届いたのが、この絵。手製の額縁に入った、一枚の水彩画だ。
包装を取り払い、部屋に飾る。後ろで夢子ちゃんが息を呑むのが分かった。
そこに描かれていたのは、アリスちゃん。
大自然を前に、キャンバスに向かって一生懸命に絵を描くアリスちゃんの肖像画だった。
写真や活版印刷では作り出す事のできない作者の想いが篭められた作品で、
絵の中のアリスちゃんはとても幸せそうに、のびのびと絵を描いている。
彼女を見ているだけで、こちらも一緒に幸せになれる。そんな万感の想いが伝わってくるようだった。
風景画としては失敗作。でも、人物画としては最高の逸品だ。
私は、これを寝室に飾る事にした。
近い将来。あの2人が私を訪ねてくれた時に、思いっきり恥ずかしがらせてやるために。
その時が、実に楽しみだ。
おいパチュリーww
個人的にはバッドエンドも見たかったかも。
良いマリアリをありがとうございました
>おそらくドツボでしょう
あの歌詞いいですよね。
3部作読ませて頂きました。
前2作品がもっと影のあるダークな作品というイメージが強かったので
この話の雰囲気は少し意外だったのですが全編通してきちんと筋が通っていて
一つの物語としてすごく面白かったです。
この二人がいつまでも幸せであることを。
魔理沙が妖怪になってからがちょっと短い気もしますが、魔理沙もアリスも輝く、いい構成だったと思います。
僕にとってなじみ深い永夜のことも多かったのでとてもたのしませていただきました
GJ
魔理沙の想いやアリスが少しずつ恋していく流れがとても良かった。
パチュリー様に少し感動してたら…後書きwww
> 子供は何人欲しい?
ガタッ!
その辺りの話をあちらで詳しく聞かせていただこうか。
素晴らしいマリアリだった!
100点じゃ足りない!
後書きのぱっちぇさん自重してw
心の移り変わり、不自然なところがなかったのが本当に凄い。
面白かったです。
期待してます
フラグが凄い・・いや、凄すぎる・・・・・・
傑作と言わざるを得ない
マリアリに永遠の幸せを!
それでは感動作をありがとうございました!
心理描写や行動などが自然で話にのめり込んでしまい、いつの間にか時間が消えていました… 初めて小説で泣いた…
マリアリが末永く幸せでありますように!