Coolier - 新生・東方創想話

交差する運命、出会いは草木の道に通じる

2005/07/03 06:17:46
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「さて、どうしたものかな。」

誰に言うのでもなく、僕は一人呟いた。
魔法の森の傍らに構える僕の店から出発する事半日、普段ならとっくの昔に目的地に着いているはずだった。
しかし、今回は今の僕の悩みの種のお陰でそうは行かなかった。物を満載した荷車。こいつを引きながらの移動は酷く遅かった。
事の発端は、紅魔館からの大量発注にあった。西洋ガラスの窓や西洋風の調度品、その他色々な物の注文がこの前、紅魔館のメイド長である十六夜 咲夜を通じて大量に来たのだ。
何でも、力加減の知らない連中が弾幕ごっこをヒートアップさせて館の何割かが全壊したらしく、館の修理の為に資材や調度品が大量に必要になったらしい。
しかし、受け渡し当日になって問題が起きた。品物を受け取りに来たメイドが、どう考えてもこれだけの物を持って飛ぶ事は出来なかったのだ。まあ、少し考えれば分かる事なのだろうが、皆が館の修復などに掛かりっきりで人員を割く事が出来なかったそうだ。
困り果てた顔をしているメイドを見て、僕はついつい安請け合いをしてしまった。僕がこの品物を紅魔館まで運ぶと言ってしまったのだ。
持てないのなら荷車に載せて運ぶ。大型の荷車なら何とか一度で運べない事も無かった。僕が紅間館まで納入しに行くとの旨を咲夜さんに伝えるようにメイドに頼むと、メイドは嬉しそうに喜んで頷いた。こうして、僕が馬鹿みたいな労力を費やして紅魔館にこの大量の荷物を運ばなければならなくなったのだ。
そして、品物を荷車に載せて紅魔館に向けて出発したのはいいのだが、その歩みは遅々として進まず、半日経った今でも全行程の半分にも満たなかった。さらに、疲労こんぱいな僕の目の前に、長く険しい上り坂が立ち塞がっていた。
沈みかけている太陽を見ながら天を仰ぎ、自分の馬鹿さ加減を呪った。何故、あの時あんな安請け合いをしてしまったのだろうか。そりゃ今にも泣きそうなメイドを放っとけなかったって事もあるが、それにしても一時の気の迷いも甚だしい。
深い溜息を出し、僕は沈み行く太陽を横目に途方に暮れた。力仕事が得意じゃない僕に、この荷物を満載した荷車を引いてこの坂を上りきる事は出来そうに無かった。



「どうなされた。」

僕が回り道を考えていた時だった。振り向くと、一人の老人が立っていた。

「このような場所で、何かお困りでも。」

身なりは特に目立ったところは無かった。ただ、腰に下げている一振りの刀を除けば。
しかし、服の上からでも筋骨がしっかりしている事が見て取れた。そして、よく見ると幽霊が目立たないように男の傍に浮いていた。半人半霊という奴なのだろうか。

「ええ、情けない話なんですが。荷車が重すぎて、この坂を越えられなくて困っているんですよ。」

そう言うと、老人が荷車を一瞥した。一瞬、この老人を夜盗の類かと思ったが、とりあえず保留にした。夜盗なら話しかるとういような事はせず、いきなり後ろから襲うだろう。

「ふむ、それならば手を貸してもいいが、もう直ぐ日が暮れる。夜に外を歩くと事は、賢明な判断とは言えん。悪い事は言わん、今すぐ里に帰った方が身の為だな。」

ここからだと、人里は丁度紅魔館と正反対の方向にある。僕も里で一休みといきたかったが、そんな事をすれば紅魔館に着く時間が大幅に遅れてしまう。一応、僕はお客を待たしている身なのだ。

「本当は僕もそうしたいところなんですけど、色々とこちらにも事情がありましてね。」

それに、例え里に向かうとしても途中で夜になるうえに、どのみち里から朝一で紅魔館へ向かってもこの分ではやはり一回は野宿する事になるだろう。結局このまま紅魔館へ向かった方がいいという事になる。

「ふむ、どうしてもこの先を急ぐと言うのだな。よほど肝が据わっているのか考え無しなのか。」

老人の物言いは、呆れて物も言えん、というようなものだった。

「どう考えても、僕はただの馬鹿ですよ。こうなったのも、元々僕が馬鹿な提案をしてしまった事にあるんですから。」

僕は後悔の念を吐き出すように言った。見ず知らずに人に愚痴るのもどうかと思うが、愚痴ってなければやってられない状態だった。

「まあ、そう腐るな。このまま進むのならば、とりあえずこの坂を越えねばなるまい。しかし、どう手助けをしたものか。」

荷車は限界以上まで荷を満載しているから、後ろからは持つ場所が無く、後ろから押してもらう事は出来ない。

「そうだな、お主さえ良ければ、わしが坂を超えた所まで荷車を引くが。」

普通なら、僕はこんな話には乗らない。そのまま持ち逃げされたら、それこそ酒を飲んで叫び回らなければならないだろう。
しかし、僕はこの老人を信じてもいいという気になっていた。その理由は、目だ。はっきりと強い意志を感じさせる目。僕が知る限り、こんな目を出来る人はそういるものじゃない。

「では、お手数ですがお願いします。」



坂を超えて少し進んだところで、今日は野宿する事になった。老人は荷車を引いてあの坂をいとも簡単に登ってしまい、そのままこの野宿の場所まで引いてくれた。

「いやあ、見ず知らずの人にこんな事までしていただいて、本当にありがとうございました。」

この場所に着くや否や急に姿を消して、しばらくして何かの肉を持ってきてくれた。もちろん野宿することすら念頭に無かった僕は、食料の持参なぞ無いのでありがたく頂戴した。その際、妙に小骨が多かったような気がしたが、気にしない事にした。

「しかし、何故ここまでしていただけるのですか。坂を超えていただけるだけで十分だったのに。」
「なに、ここで会ったも何かの縁。困ったときはお互い様だ。」
「さしあたり、僕だけが困っていただけなんですけどね。」
「いや、わしも色々あってな。隠居してからかなりの年月が経っているが、人を忘れるには少々隠居する時期が遅すぎた。一人でひっそりと生き
ていこうと思っているが、たまに何かの弾みで世俗に出てきてしまうのだ。そんな時に、丁度いい話し相手が見つかった、という訳だ。」

老人は苦笑しながらそう言った。
僕はこの老人に興味を持ち出していた。強い力を感じさせる目や強靭な肉体から超人的と思いきや、それでいてどこか人間臭いところも感じさせる。今までに会った事が無いような人だった。まあ、半分人じゃないけど。

「ところでご老人。腰に刀を下げていますが、何か剣術でも。」
「ああ、剣もやるが、他にも大抵の物は扱える。まあ、もっぱら人には剣を教えていたが。と言うか、お嬢も孫も剣以外は殆ど駄目だったと言うべきか。」

老人は苦笑いを浮かべた。何でも、孫には色々と苦心して教えたにもかかわらず、剣以外はまったくと言っていいほど適応能力が無かったらしい。その代わりに、剣には相当な才能があったとの事だ。

「すいませんが、ちょっとその刀を見せていただけませんか。」

僕はこの老人の持っている刀にも興味を持った。このような武術師範が持つに相応しい刀を、見てみたいと思ったのだ。
しかし、渡された刀を見て驚いた。この刀には与えられた名が無い。そして、何か特別な用途も無かったし、特殊な作りも無かった。要するに、ただの大量生産品の刀だ。

「ご老人のような方が、何故このような刀を。もっと強力な力を秘めた物や、世に名が知られているような物を扱っていても良い筈では。」
「いや、無用な力は心に迷いを生み、隙を作る。だから、わしはこういう刀を好んで扱っている。」

武人の中の武人。例えこの老人が隠居している身だとしても、そう感じさせるものがあった。僕のような俗っぽい考えは持たず、武に対して忠実である。僕はただ、自分を恥じ入るだけだった。

「出すぎた話し、失礼しました。しかし、何故ご老人は隠居を。貴方のような方なら、力を必要とされる場所が無いはずが無いでしょう。」

ふと、老人は目を細め、何かを思い出すような表情になった。

「これもまた、色々ある。」

そう、短く答えた。どうやら、余り詮索しないほうがよさそうだ。話題を変えよう。

「ところで、今更という気はしますが、ご老人の名前は。僕は森近 霖之助。香霖堂という古道具屋を営んでいます。」

人に名を聞くときは自分から名乗る。それが礼儀だと僕は思っていた。老人も名乗り返してくれた。

「わしの名は、魂魄 妖忌。先ほども言ったが、故あって隠居の身だ。」



翌日、日が昇ると同時に出発した。今日中には紅魔館に着きたかったので、妖忌さんに今日一日助力を求め、妖忌さんはそれを了承した。
僕が主に荷車を引いたが、疲れてきたら妖忌さんに換わってもらった。しばらく歩いて疲れが少し取れたら、また荷車を引く。そんな繰り返しを昼まで続けた。
道中、僕は妖忌さんといろんな事を話した。妖忌さんは武芸や昔の事を話してくれ、僕は商売の事や今まで扱った道具の事を話した。その時、僕は店に来る人や知人などの人間関係についてかなり愚痴ってしまったが、妖忌さんは嫌な顔をせずに同情の眼差しを送ってくれた。どうやら、何か似たような境遇の経験をした事があるようだ。
丁度僕達が一休みして昼食を取っている時だった。人が宙から舞い降りてきた。

「まだこんな所に居るんですか。いくら待っても来ないから、香霖さんの探索命令が私に下されたんですよ。」
「やあ、誰かと思えば、たまに僕の店に買出しをさせられている紅魔館の美鈴さんじゃないですか。こんな所までご苦労様。」

美鈴さんはムッとした表情になったが、気を改めて荷物の点検に入った。

「これが家で発注した品物ですね。どれどれ、うわ、これじゃあいくらなんでも持って運べませんね。まったく、妹様と魔理沙さんは酷く壊してくれたもんですよ。」

魔理沙の名前が出てきたので、僕は内心深い溜息をついた。魔理沙、僕の店以外でもしっかり迷惑を掛けているんだな。

「ん、あれ、これは何の箱ですか。うわ、これ中身全部が銀製のナイフじゃないですか。ちっくしょう、咲夜さんの奴。どさくさにまぎれて経費で私物購入しちゃってますよ!?」

・・・あのメイド長ならやりかねないかもしれない。

「うう、何か見てはいけないものを見ちゃった気がしますが、一応荷物は全部無事なようですね。ここからは私が荷車を引きましょう。こういう力仕事は慣れていますし、いい加減咲夜さんが痺れを切らしていましたから。」

そして、ようやく気がついたのか妖忌さんの方を見る。

「ああ、こちらは妖忌さんと言って、僕が助力を求めた人ですよ。一応、紅魔館まで一緒に行く事になっています。」

美鈴さんはどこか納得がいかない顔をしたものの、これ以上は何かを聞いてくる事は無かった。



二人が、そろって歩みを止めた。美鈴さんが荷車の前に、妖忌さんが後ろに行き、辺りを警戒しだした。

「二人とも、どうかしたのかい。」

どうやら、僕だけがまだ事態に気がついていないようだ。

「香霖さん、荷車から離れないでください。囲まれています。」
「囲まれているって、誰に?」
「誰にって、こういう時は賊に決まっているじゃないですか。もう少し緊張感を持ってくださいよ。」

緊張していた美鈴さんの顔に、一瞬呆れた表情が浮かんだ。妖忌さんも、やれやれといった感じで溜息をついている。
僕は黙って美鈴さんの指示に従った。僕には荒事は無理なので、率直にこの二人に任せようと思った。
ここは、森の間道。美鈴さんの提案で時間短縮を図ったのだが、それが裏目に出てしまったようだ。
しばしの時が流れ、賊が正体を現した。驚いた事に、人と妖怪が一緒だ。十人程度の人と妖怪。どうやら、食いっぱぐれての賊徒というよりも、生粋の物取り集団のようだ。
同じ目的の為なら人と妖怪は手を結べるんだな、と僕は場違いな感想を抱いた。
その後、御座なりのオリジナリティーのない脅し文句が幾つか浴びせられたが、僕はもう少し頭を捻った言葉を考えろと言ってやった。連中は憤慨したが、二人は苦笑していた。
連中は頭の号令の下、一斉に襲い掛かってきた。
美鈴さんが真っ先に襲い掛かってきた賊を打ち倒し、妖忌さんは打ち掛けられた棒を掴み、逆にその棒で賊を打ち倒した。この二人の動きには、まったく無駄が無かった。
美鈴さんが数人固まっている場所に飛び込み、回るように動いた。次の瞬間、その場に立っているのは美鈴さんだけになっていた。
妖忌さんは奪った棒で、二人三人となぎ払っていった。妖忌さんの操る棒は何か別の生き物のように見え、その牙に掛かった者は皆宙高く舞い上がった。
この二人は圧倒的だった。敵の人間はともかく、妖怪ですら相手になっていない。格が違うというものか。
最後の一人が美鈴さんに打ち倒された。襲い掛かられてから、さほど時間が経っていない。

「やるじゃないか、娘。格闘術の方は相当な物と見える。」
「いえ、妖忌殿こそ。あれだけの人数相手に、刀を抜かないとは。わざわざ得意な武器を使うまでもなかった、という事ですか。」
「名を、聞いておこう。」
「私は紅魔館の警備部隊長、紅 美鈴です。妖忌殿、以後お見知りおきを。」

そう言うと、二人は何事もなかったように荷車を移動させ始めた。今度は、妖忌さんが荷車を引いた。

「しかし、香霖さんは肝が据わっていますね。全然動じた感じがしませんでしたよ。」
「はは、ただ単に鈍いだけさ。それより二人は凄いな。見ていて胸がすく様な感じがする戦いだったよ。」

そう言うと、美鈴さんは苦笑した。

「私は妖忌殿に比べたら、まだまだですよ。一杯一杯だった私に比べて、妖忌殿は本気ですらなかった。あの人には、やはり敵いませんね。」



遂に、紅魔館の前の湖に到着した。後はこの湖を渡ってこの荷物を渡して代金を貰えば、この旅も終わりだ。

「あの、香霖さん、一ついいですか。どうやってこの湖を渡るつもりですか。」
「そうだな、いくらわしでもこの荷物を抱えて飛ぶ事だけは嫌だぞ。」

まあ、この二人が懸念するのも分からないでもない。僕も嫌だ。それに、分担して持って飛んでも、何回往復しなければならない事か。

「まあまあ、ここは僕に任せてくれよ。悪いけど妖忌さん、ここら辺に生えている木を十数本、切り倒してくれないかい。」

僕がそう頼むと、妖忌さんが何か木を切り倒して美鈴さんが余計な枝などを剥いでくれた。
そして、僕は予め用意しておいたロープを使って筏を組み立てた。簡単な作りだが、一応これなら荷車を載せても沈みそうに無かった。
筏を湖に浮かべ、それに荷車を載せた。そして、ついでに作った櫓を二人が持って漕ぎ出した。僕は邪魔にならないように荷を固定させている仕事を担当した。

「さて、これでようやく品物を紅魔館に届ける事が出来そうだよ。しかし、何で今回に限って紅魔館は半壊したんだい。別に魔理沙がお宅で暴れたのは今回に限っての事じゃないんだろう。」
「それはですね、今までは咲夜さんが紅魔館の内部の空間を操作して出来るだけ被害を最小限に抑えていたんですよ。それが、今回は咲夜さんが風邪を引いて倒れていたものですから、もろに影響が出たという訳です。パチュリー様も喘息を再発させていましたから、防護の力も弱まっていましたし。」

美鈴さんは疲れたように笑った。紅魔館を直すために、皆が身を粉にして働いていると聞く。美鈴さんの苦労は計り知れない物なのだろう。
しばらくして、美鈴さんが意を決したかのような表情をして、妖忌さんに話しかけた。

「妖忌殿、少しいいですか。」

妖忌さんは少し頷き、先を促して来た。

「半人半霊の豪傑と言えば、白玉楼の魂魄 妖忌。この幻想郷で武芸を磨く者ならば、貴方の存在を知らぬ者はおりません。私も扱う獲物こそ違えども、貴方のように強くなる事を目指して武術に励みました。」

僕は妖忌さんがそんなに凄い存在だったとは知らなかった。

「でも、音にまで聞こえた妖忌殿は、ある日突然姿を消した。私は当時、それを信じる事が出来ませんでした。私たちの間では貴方は絶対の存在で、常に心の拠り所だったんです。貴方を目指せばいい。貴方の武人たるその姿を手本にすればいい。しかし、貴方はどこかへ消えてしまった。」

美鈴さんの妖忌さんへの眼差しが鋭くなった。

「私は別に妖忌殿を恨んでいる訳ではありません。ですが、せめて隠居をご決意された理由をお聞かせください。」

一瞬、美鈴さんの目に、悲しみにも似た光が灯った。

「お主の技はもはや完成されているじゃないか。お主にはわしという存在の必要性は無かったんじゃないのか。」
「一時期、他人を心の拠り所にするような惰弱な奴が増えたから、それに失望して姿を消したのではないかと思った事があるからです。それ以来、私は自分を見つめ直して修行に打ち込みましたし、近頃は危険な黒白が現れますから。」

妖忌さんは、美鈴さんをじっと見つめ、そして僕も見つめた。僕も、妖忌さんをじっと見つめ返す。
しばらくの沈黙の後、妖忌さんが分かったと小さく頷いた。



「簡単に言えば、わしはお嬢には必要なくなったからだ。」

妖忌さんの目は、真剣そのものだった。どうやら包み隠さずに教えてくれる気になったようだ。

「いや、少し違うか。元々、西行寺 幽々子にはわしなんか必要なかった。」
「何故、妖忌殿のような方を。」
「わしはお嬢の過去を知っている。お嬢がまだ人であった時の事もだ。だが、お嬢は一度死に、それまでの記憶を全て失っている。」

妖忌さんは目を閉じ、何かを思い出すような表情をした。

「だから、お嬢は過去のしがらみから解き放たれて、ようやく安息の日々を迎える事が出来るようになったのだ。」

死に誘う程度の能力。それは、彼女が全てに絶望し、自らの命を絶つには十分すぎるほどの力だった。
いくら彼女が目を閉じても、記憶の脳裏に人の死がこびりついている。親しかった者、そうではなかった者。彼女の人生は、人の死によって彩られていた。それを、まだそれほど生を受けてから年月が経っていない娘に、耐えれるはずがなかった。
死ぬ事により、全てから解き放たれる。それが、逃げ道のない絶望の闇に捕らわれた彼女に出来る全てであった。

「今のお嬢には、生前の暗い過去は必要ない。必要なのは、安息に満ちた今であり、希望が持てる未来なのだ。だがわしは、言ってみればお嬢の過去そのものだ。」
「妖忌さんが、幽々子さんの、過去。」
「ああ、そうだ。だから、わしはお嬢の幸せを願って、お嬢の最後の過去として消える事を選んだ。無論、お嬢がそうしてくれと望んだわけではない。しかし、どれだけ恨みを買おうとも、どれだけ自分の忠義に背く事になろうとも、男には決断しなければならない時があるのだ。」

妖忌さんの目には、迷いの色も後悔の色も無かった。自分が選んだ道。それを疑っていなかった。

「しかし、当時はわし以外にお嬢を守る事が出来る者がいなかった。だから、わしは待った。妖夢がある程度成長するまでな。」
「私には、妖忌殿のご決断が分かりません。幽々子さんの事情も、妖忌殿の苦悩も理解は出来ます。でも、妖忌殿の勝手とも思えるそのご決断は、やはり分かりません。」

美鈴さんの表情は、暗かった。信じていた者。それを信じる事が出来ないのだ。

「美鈴さん、これは理屈じゃないんだよ。妖忌さんは幽々子さんの幸せを願って、あえて忠義に背いたんだ。自分の武人としての在り様を捻じ曲げてまで、幽々子さんの事を思っていたんだ。だから、少しは分かってあげようよ。」

美鈴さんは俯いたまま、顔を上げようとしなかった。



無事に紅魔館に到着し、ようやく品物を届けれる事が出来た。途中、チルノさんの襲撃を受けたが、こんな時の為に幾つか持参しておいたお土産を渡して、無事平和的に事を終えた。噂通りに扱いやすい性格で助かった。
品物を引き渡す際、咲夜さんが到着が遅れた事を理由に値切ってきた。交渉の末、三割引を一割引で合意に至った。なるほど、どうして中々抜け目が無かったが、交渉術に関しては僕の方が一日の長であった。
その後、僕と妖忌さんは紅魔館の門の前で別れる事になった。名残惜しいが、ここまでの約束だったのだから、仕方が無かった。
別れ際に、妖忌さんは見送りに来ていた美鈴さんに声を掛けられた。

「先ほどは、取り乱してしまってすいませんでした。妖忌殿の苦労を露とも知らずに、身勝手な事を言ってしまいました。」
「いや、構わんよ。わしも、他人に理解されようとは思っていなかったからな。そうだ、お主の腕前を見込んで頼みがある。」
「妖忌殿が私に。何でしょうか、私にできる事ならば何でも。」

美鈴さんの顔が、輝いた。妖忌さんに腕を認められて、嬉しくて仕方が無いのだろう。

「今、お嬢を警護しているわしの孫の妖夢の事なのだが、あれを頼む。」
「妖夢さんが、何か。確か妖夢さんは、昔妖忌殿が使っていた二振りの刀を持っていますよね。あれは後継者として妖忌殿が認めたという事ではないのですか。」
「いや、未熟者だからわしが贈った。少しでもお嬢を守る力になればと思ったし、あれは試練でもある。」

厳しい事を言っているが、妖忌さんの顔はどこか緩んでいた。何だかんだと言うが、やはり孫が可愛くて仕方が無いんだろう。

「力は剣にあらず。わしは最後にそう妖夢に教えたが、お主ならその意味が分かるだろう。」
「力の源は、心。」
「そうだ。妖夢には基礎は全て教えてある。だから、わしの言葉を理解し、強力な剣に頼る事を止め、あの二振り刀を卒業して手放す時が来たとき、初めて妖夢は一人前になる。そうなれば、お嬢の未来を切り開く刀として、己の役割を果たす事が出来よう。」
「でも、理解できなかったら。」
「その時を、お主に頼むと言っているのだ。武が何たるかを何時までも理解できない馬鹿の尻を、後ろから蹴り飛ばしてやってくれ。」
「そんな大任。私以外にももっと適役がいます。」
「いや、お主なら出来る。先ほど、お主の武をこの目でしかと見届けた。武が何たるかを理解できている、腕の立つ人材に出会えたのだ。これをめぐり合わせと思わずして、何とする。」

妖忌さんは頭を下げて、頼むと言った。

「わ、分かりましたから、頭を上げてください。私なんかでよかったら、いつでも妖夢さんの力になりますよ。」
「では、魂魄 妖夢を頼むぞ。紅魔館の紅 美鈴よ。」



僕達は紅魔館を後にしたが、しばらくは道が同じなので一緒に道を行った。そして、別れる場所に来た。

「それにしても、今回は色々と世話になったな、森近 霖之助。あの時の助け舟は、ありがたかったぞ。」
「いえいえ、僕の方こそ全面的にお世話になりました。後、僕の事は香霖と呼んでください。」
「しかし、お主は面白い男だな。最初見かけた時はひょろひょろっとして頼りないようにしか見えなかったのだが、中々如何して肝が据わっている。」
「ははは、美鈴さんと同じ事を言いますね。僕は非力でも、こうやって色々と生きてきましたからね。だから、ちょっとした事に動じなくなっただけですよ。」
「ふん、賊の襲撃をちょっとした事と言うか。やはり、面白い男だ。」

妖忌さんは僕を見て、にやりと笑った。やれやれ、どうやら過大評価されたみたいだな。

「では、ここで別れだな。楽しかったぞ、香霖。」
「ええ、僕もです。そうだ、もし良かったら、いつか僕の店に遊びにでも来てくださいよ。外界の珍しいお酒なんかを一緒に飲みませんか。」

それは面白そうだと言いって笑った後、妖忌さんは片手を挙げて去っていった。
僕も、振り返る事をせずに再び帰路に着いた。魂魄 妖忌という男の存在を胸に。
お久しぶりです。
グハ、何やら同じような登場人物を使って私よりも面白い作品を作っている人が、すぐ下に多数投稿しているよ。
どうしよう、今更変えようが無いし、せっかく八割がた作ったのに。まあ、いいや。今回は運と私の実力が無かっただけの事だし、投稿しちゃえ。
まあ、こんな感じで半分自棄になって投稿しました。あーうー、下の面白い作品と比較されと、立つ瀬が無いな。
と言うわけで、今回はたまには暗くないような話を作ってみようと思って頑張ってみました。結局、暗かったらどうしよう。
ここで、お詫びを。香霖堂で取り扱っている品物については、気になさらないで欲しいです。お願いします。
ニケ
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コメント



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2.70おやつ削除
いやー氏の暗いお話も好きなんですけど……
カッコいい妖忌さんでした。
美鈴と妖夢の今後も、いろいろと妄想させられますな!!
ちなみに、
>>私よりも面白い作品を作っている人が、すぐ下に多数投稿しているよ。
すげーよく解ります、その気持ち……(T^T)
10.無評価名前が無い程度の能力削除
まともな妖忌を始めて見たような気がする・・・・
ゆゆようむ萌え~ とか
ふんどしとか・・・

記憶に無いだけかなぁ・・・
格好いい妖忌じんちゃん万歳
18.60沙門削除
魔界サイトで日々「漢」達の暑いふれ合いを見て、瘴気を溜め込んでいる私には、とても新鮮で眩しい二人でした。ご意見を少々。改行後の文頭等を一個ずらすと、もっと読みやすくなると思います。でわでわ。