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六
数日の後、酉の刻。
妖忌は言い知れぬ気配を外に感じ、蘿蔔 を刻んでいた手を止めた。
外へと念を凝らせば、複数の生き物の気。
野から獣でも迷い込んできたのかと思うたが、どうにも判然とせぬ。感覚を研ぎ澄ませてみれば、ざわりざわりと蠢く何かが感じられた。
人と云うには殺伐にすぎ、獣と呼ぶには統制が取れすぎた一挙一足。
――妖か。
そう思ったのも無理はあるまい。
幻想郷には雲霞の如く妖怪が住もうている事を、妖忌もようやく得心していた。紫と藍から聞いただけでも、湖上の精に春風の遣い、夜雀化猫化狐、さらには鳳凰白沢鳴兎と――百鬼夜行という言葉がそのまま当てはまる有様である。
何者かが彷徨うてでもいるのであろうと、疑念を残しつつも包丁と俎板とに目を戻した。今宵は八雲一族が居ない為、妖忌が料理をせねばならない。
「藍と出かけてくるわ。今夜は帰らないでしょうから、ご飯は適当にすませておいて頂戴ね」
云い残して紫が出て行ったのが、二刻ほど前のこと。
珍しいことだった。
紫と幽々子が連れ立って野を散策している光景などはそれなりに見受けられたが、夜を徹して出かけるなどはじめてだ。
少なくとも、妖忌と幽々子が迷家に足を留めてからは覚えが無い。
何か御用か――
と、好奇心に駆られ訊ねても
「春先は栄養が必要なのよ」
くすりと笑って微笑むばかり。
それ以上の詮索は妖忌も控えておいた。
扇の下の微笑みに、何とも云えぬ一種の恐れを感じたからだ。
かような時ばかりは、迷家が現世ならぬ地であり、紫が人ならぬ身であることを思わざるを得ない。
厨 の異様な程に巨大な釜は何の為なのか。納屋の隅に打ち捨てられていた白い欠片からは、やけに乾いた匂いがしたような気がする。
ほう、と息をついた。
――詮索はしすぎぬ事だ。
紫をはじめとする八雲の一家が、心からの親切さで己らを遇してくれているのは確かなのだ。感謝こそすれ、腹の底を探るような真似は厳に慎まねばならぬ。
疑問を押し殺すと鍋の蓋を取り、副食を膳に配した。
地芽蕗の薹の煮物、ぜんまいの煮附け、清流でとれた岩魚の塩焼き。蘿蔔の味噌汁も良い頃合であろう。
気付けば時刻は既に酉の刻。午餐の時間だ。
一通りの支度が終わると、妖忌は幽々子を呼ぶため、離れに足を向けた。
幽々子に与えられた一室は離れにあった。幸いにして、厨からはそう遠くない。
襖の前に座して控えると、妖忌は間へと声かけた。
「お嬢様、夕餉の支度が出来ました。ご所望ならばお持ちいたしますが」
「有難う。あ、入って頂戴。ちょっと手が放せないの」
「失礼致す」
襖を開くと、背筋を伸ばして畳に座す幽々子の姿。
書見台へと目を落としているのか。すべらかな掌 が、和綴じの柔らかそうな絵巻物を捲っている。
何とは無しに覗いて見ると、和紙の上、華麗に描かれた桜の一葉。
おや、と。妖忌が声をあげる。見覚えがあったからだ。
「其の絵は――」
「あら、気付いた? ねえ妖忌、この桜ってもしかして――」
「丘の桜で御座いますな。西行妖と云う名であると、藍殿からは聞いておりまするが」
やっぱりね、と。幽々子は微笑む。
「この間、紫と一緒に見てきたのよ。立派だったわ。花も咲きかけだったし、もう少ししたらお花見とかも良いかもしれないわね」
「花見でありますか。確かにこの折ならばさぞや見事でありましょうな」
「ええ、花もいいけど、妖忌の料理が楽しみねえ」
本当に楽しみそうな声。妖忌が渋く笑う。
「花より団子なのはお変わりありませぬな。お嬢様が幼少のみぎり、桜は桜でも、桜餅に夢中であったことを思い出します」
「あらあら妖忌、お団子は大事よ。お腹がすいては戦も出来ないわ」
くすくすと笑む快活な様子に、妖忌の目が我知らず細まった。
このような他愛も無いやり取り一つでも、幽々子の表情はくるくると良く変わる。ほんの一月二月前には考えも出来なかったことだ。
迷家に誘われ、紫や藍と触れ合ったことで、かつての明るさを取り戻しつつあることが、妖忌には我が事のように嬉しかった。
迷家より半刻程歩んだ小高い丘に、西行妖は咲いている。
野原と丘とに林立する樹樹の中でも一際大きな枝垂桜。
願はくば花の下にて――と。
幻想郷を放浪した歌聖が入滅したと伝わる絶景である。
ちらと見た限りでも、かようなこともあろうかと得心行く眺めであった。
「桜は良いわね。紫と妖忌と私とで、お酒とご飯で笛に舞い。櫻花詠歌が咲き誇る。どれ程賑やかか、考えただけで楽しくなるわ」
幽々子が穏やかに云った。妖忌はその光景を脳裏に描き、西行妖の下にある幽々子を夢想する。
満開の桜の下、笛の音に合わせて舞う娘。
昼でも良いし夜でも良い。黄昏時ならばなお良かった。髮に扇に一片の花弁が落ちるだろう。笛と舞とに合わせて散り行くだろう。桜はひらりひらりと春風に吹かれ、娘はふわりふわりと舞うであろう。朦朧とした斜光の中、振りつむ花瓣 は誰も彼をも埋め尽くすだろう。
素晴らしい眺めだった。
花精もかくやと云う姿だった。
妖忌は殆ど陶然として幽々子を見詰める。矢張りこの娘には春が、百花が繚乱し影と光が間断なく入り混じる卯月こそが相応しい。
「……妖忌、聞いてる?」
不満げな声。
どうも茫としていたらしい。慌てて意識を引き戻すと、幽々子が頬を膨らませていた。
「失礼、気を散じておりました」
「でも、桜にお団子ね――」
ふと、幽々子が黙り込んだ。
沈黙して一点を凝視していた。どこか遠くを見るような瞳だった。
「……いかがなされました?」
訝しげな妖忌に、幽々子がゆっくり口を開く。
「ねえ妖忌。もしも。もしもよ。ずっと此処で、一緒に――」
「――お待ちを、お嬢様」
ぴくり、と。
妖忌の片眉が跳ね上がり、言葉を遮った。
突然の違和感。
五感を研ぎ澄ます。
異臭。
透明な空気に混じる、煤けた黒。
竈の火を落とし忘れたかとも思うたが、それにしては匂いが強すぎる。
襖を開き、離れへと通ずる廊下の彼方を透かし見た。
黒煙。
火の匂い。
鬨の声――。
――これは。
「お嬢様、こちらへ!」
返事を待たずに幽々子を抱え込むと、妖忌は跳んだ。
庭に面した障子を突き破り転び出る。
迷家の各所が一気呵成に燃え上がったのは丁度この時だった。
七
庭にまろび転げ出た妖忌と幽々子の目に映ったのは、迷家のそちこちに上がる火の手だった。
妖忌は慌てかける心を制し、冷静に視線と思考とを走らせる。
まず第一に――
「お嬢様」
「こっちは大丈夫よ」
打てば響くように答えが返ってきた。
安堵の息つけば、幽々子は妖忌の腕からするりと抜けて庭に立つ。ぱちぱちという火煙を目の当たりにして、幽々子が訝しげに眉を潜めた。
「焼き討ち、かしら」
「それにしては火の回りが足りませぬ。おそらく――」
そう。
火の回りは然程早くない。迷家の規模からすれば、焼き落とすには火勢が少々足りぬ。
してみると目当ては――
(燻り出しか)
となれば、狙いは当然己と幽々子であろう。忘れかけていたが、自分たちは追われる身なのである。
そして、幻想郷までも追ってくる奴輩 なぞ、ただ一つ。
「妖忌、あれ!」
幽々子の鋭い声に、庭の彼方へと目を向ける。
転げ出た際の音を聞きつけたものか、此方へと駆けてくる男たちの影があった。
月が淡く照らし出したのは、太刀を佩いた安袴。
大半は武士と云うより衛士に近い、動きやすそうな装束。
先頭に立つ者の羽織に記された紋には、確かに見覚えがあった。桜と蝶とに囲まれた、渦巻状の円形。先だって藍が拾ってきた旅装束に記されたのと同じものである。
「矢張り――白玉衆か!」
妖忌が叫んだ。
白玉衆。
西行寺の一門に属し、衛士としての役割を果たしていた面々である。
最も、西行寺に連なるとはいえ、家来というよりは契約制の戦闘要員に近い。西行寺家が廃れてからは、他の名家や都の富裕な者に雇われ、もっぱら荒事に手を染めていたと、妖忌は記憶していた。
妖忌も元々は一員であり、優れた腕と幽々子との相性とを見込まれて、従者となった過去を持つ。
そしてまた、幽々子を狙って、西行寺の本家を襲ったのもこの者達だった。
厨で感じた違和感はこやつらであったか――と。
妖忌は己の油断に臍を噛む。
どうしたものか。
駆けて来る者達を見定める。辿り着いてくるには僅かなりの猶予はあろう。
その合間に幽々子をどうにかせねばならない。
周囲を見渡すと、庭の一角、大きな蔵が目に付いた。
蔵は本邸とは離れていることもあり、火の手が廻る気配は無い。白玉衆は本邸から離れへと向かっており、その方角にまでは手勢を配していないようだ。
となれば。
「――お嬢様、蔵の方角からお逃げなされ。拙者が時間を稼ぎ申す」
「で、でも妖忌……」
「お急ぎなされい!」
有無を云わさず、幽々子を押し出した。
同時に白玉衆の手勢へと向かい走り出す。
幽々子を送り出しはしたが、実際のところ、逃げ道は無いに等しい。
迷家の周囲の、広々とした草原が仇となった。視界を遮るものも祿に無いこの地では、見付かるのに然程時間もかかるまい。
白玉衆を説得するしかなかろう。
それが不可能な時は――
首を振った。
今はあれこれ悩んでいる場合ではない。
目を瞑り、息を吐いた。
腰と背との刀を確かめ、仁王立ちで構え待つ。
やがてやってきたのは一団は、確かに白玉衆であった。
およそ三十人。
数こそそれなりだが、見たところ五体満足とはいかぬようだ。
足を引きずる者、目や腕から血を流している者、倒れ伏しかねぬ者。
怪我人が妙に多いのは、人を取って喰う鬼や夜雀にでも襲われたものか。
そのような有様にも関らず、意気が消沈している様子は見受けられぬ。むしろ意気高いと云ってよかろう。妖忌の姿を見出すや否や、無駄口叩かず円状に取り囲んできたほどだ。
動きに無駄は無い。
右に左に後ろに。
円を描くように、妖忌の周囲に白玉衆が展開してゆく。
一点に眼を据えて待っていると、前方から一際強い気配。
覚えがあった。
闇に向かって、声を投げかける。
「――自ら来られたか」
「久しいな、妖忌」
ずい、と。
年嵩の男が進み出てきた。
年の頃は四十も半ばであろう。
六尺を超える体躯に、腰にたばさんだ太刀。不適な面構えには、幾多の修羅場を潛り抜けて来た荒武者の印象がある。
妖忌には見覚えがあった。白玉衆の頭領であり、能力は確かだ。
歴戦の武人である。
「――このような地まで来られた理由を伺いたい。本家を焼き討ってまで、何故我等を追われるのか」
「知れたこと。幽々子殿の身柄、いただくつもりであった。また其の為、此処まで参上した」
横柄な物言いに、妖忌の片眉がぴくりと吊り上った。
幽々子殿、という呼び方は主筋に対してのものでは無い。つまりは、頭領は既に西行寺一門に仕える意思が無いことを意味していた。
「都の何者だ? 他の家か? それとも――」
何者の頼みによるのかと。
真摯に問うた。
馬鹿馬鹿しい、とでも云いたそうに頭領は手を振る。
「とぼけまいぞ。お主ならばとうに理解していよう」
「……何だと云うのだ」
妖忌は困惑していた。
何があったというのだ。余所の者が幽々子の命を狙った、死に誘う力を恐れた者が憎んだというならばまだ解る。
だが、白玉衆は元来西行寺の一族に連なるものだ。直接の雇用関係は無くなっているものの、余程のことが無い限り主筋を狙うとは思えぬ。
「――都でまた流行り病が出たのを知らぬのか?」
「――何?」
「ふむ。お主らは館にこもっておったからな。知らぬも無理はあるまい。だが、事実だ。しかも先だっての病に倍する勢いでな」
頭領は溜息をついた。急に年老いたかのようだった。
「都は既に恐慌に陥っておるよ。そのせいで人心も乱れておる。打ち壊しが続き、罪科無き者が無残に殺されておる。手に負えぬ有様よ。このままでは――」
――おしまいだ。
頭領は吐き捨てた。
何とも忌々しそうな声だった。
「しかし、それが幽々子様と何の関係があると云うのだ。流行り病は不幸な出来事であろう。だが、貴殿らが家を襲い、この地まで追うてくる理由 にはならぬ」
戸惑いを隠せぬ妖忌に、頭領が視線を向けた。
ぞっとするような冷たい眼だった。
「その通り。幽々子殿には既に縁無きこと。だがな、妖忌――群集とはそうは思わぬものなのだ。彼奴等には、あげつらうべき相手が必要なのだ」
閃くものがあった。
青ざめた妖忌の面に、頭領は重々しく頷く。
「先の流行り病を思い出せ。幽々子殿が死を告げた時からまた、病は勢いをふき帰したではないか。此度の病も幽々子殿の所為と、そう思われておるのよ」
「馬鹿な!」
思わず叫んでいた。
それでは話が逆である。
流行り病があったからこそ、幽々子が死を告げることが出来たのだ。
そもそも、当時の幽々子の力は死霊と意を通ずるのみである。死を操るようになったのはその後のことだ。流行り病をもたらし死へと招くなど、論外であった。
「幽々子殿の力のことは都で知らぬ者は無い。歪められ、恐れられた形でな。真実であろうとそうでなかろうとさして問題ではないのだ。この意味が解らぬお主でもあるまい」
「まさか――」
震える妖忌の声に、頭領は重く頷く。
「そのまさかだ。西行寺幽々子、討つべし。さすれば流行り病も静まり、都も常に復するであろう。これが都の――総意だ」
妖忌の歯がぎりりと鳴った。
何だと云うのだ。
幽々子が己の力にどれほど苦しんでいたか知らぬのか。
いかなる思いで都を出奔したと思うているのだ。
そもそも、幽々子が縁無き者を死に誘ったことなぞ一度も無い。親族の死を予言し、先の流行り病で数人が此の世より去るのを告げただけではないか。
成程、西行寺の両親は幽々子によって死に招かれたのかもしれぬ。
だが――
無性に腹がたった。
都にも。
人々にも。
白玉衆にも。
押し黙った様子をどう見たか、頭領は冷たく告げた。
「――観念せい。手向かえば主従諸共斬る」
この言葉が妖忌を激怒させた。
曲りなりにも一門に連なるものであろう。己はともかく、幽々子まであっさり「斬る」とは何事だ。
かっと頭に血が上った。
瞬時に抜刀し、二刀を手にしていた。
楼観剣を右手に。
白楼剣を左手に。
双刀を振るって疾走ると、あっという間に四人斬った。頭領が反応出来なかったほどだった。
返す刀で二人が倒れた。そこで背中を斬られて目が眩んだが、そのままさらに四人斬った。
「な――」
頭領の顔に驚嘆が浮かんでいた。妖忌がこれ程突然、凄まじい勢いでもって斬りかかるとは思ってもいなかったのだろう。
だが流石に白玉衆の頭領である。即座に飛び退り、さっと手を上げた。矢勢への合図だった。
間髪入れず、円陣から矢が飛んできた。
かわした。
切り払った。
飛び越えた。
頭領に一刀浴びせんとしたところで、すんでの所で切り払われた。
それでもついでとばかりに三人程斬った。
「化物か、お主!」
流石に恐慌の響きがある。
だがそうするうち、肩に衝撃があった。
激痛が走り切先がぶれた。
黒々とした矢が肩に突き刺さっている。
また背中から斬られた。
傷は浅かったが、脳髄がぶれて視界がくらんだ。
蔵の方角を向いた眼が、少女の姿をおぼろげに捉えた。
(幽々子さ――)
ガッ。
鈍い音。
後頭部に重いものがぶつかる感覚がして、妖忌の意識が消えてゆく。
瞼が落ちる直前、駆け寄ってくる幽々子の姿が見えたような気がした。
八
ずきり。
痛みが走った。
ずきり。ずきり。
肩と背中が――やけに痛む。
無意識に肩に手をやっていた。
ぬめり、と。
錆びた鉄の匂いと、生温い水の感覚。
いや、水ではなく――
(――血か)
ぱっと目が覚めた。
身を起こして見回せば、辺り一体は暗闇に覆われていた。
窓は無いようだ。故に、月明かりが差し込むはずも無い。
ひんやりとした空気が辺りを覆っていた。
鼻をひくつかせれば、微かに火と墨の残り香。
人影は無い。
足元の感触がどうにも頼りなかったので触ってみた。
ざらりとしている。心なしか腐臭がした。手触りと香りからして井草であろう。つまりは、古ぼけた畳だ。
さらに、手を伸ばしてみれば木製の格子が行く手を阻んでいる。
囚われの身だ。
となるとここは――
「座敷牢、か」
目が闇に慣れてくるとその判断が正しかったことが解った。
横向きに並べられた二枚の古畳、行く手を阻むは、十文字を形成する木の升目。背を屈めてやっと通れそうな出入り口には、簡素な錠前がかかっていた。
迷家の一角、座敷牢である。
このような場所があるというのは藍から聞いたことがあった。何に使うのか、という問いには苦笑いのみで答えてはくれなかったが――
(まさか己が入る羽目になろうとはな)
苦笑いしてあぐらをかくと、肩の傷が痛んだ。
手をやってみると、矢張り血の感触。誰かが手当てをしたのか、申し訳程度の包帯こそ巻いてあるが、気休め程度のものであろう。事実、血と痛みとが止まる気配は無い。
苦い思いを禁じ得ない。
自分の居場所が判明すると、思考はどうしても幽々子へと向かう。
蔵の方から逃げよと送り出してからどうなったか。
素直に逃げたか。逃げ切れたか。
いや。
幽々子のことだ。
妖忌にああ云われ、はいそうですか、と逃げ出している可能性はまずない。また、そうだとしても、直ちに追手がかかったであろうことは疑い様がなかった。
白玉衆に囚われていると考えているのが妥当であろう。
幸いにしてあの者たちは野盗ではない。幽々子に対し不埒な振る舞いに及ぶことはあるまいが――
(お命が無事であれば良いが)
まずはそこである。
白玉衆としては、幽々子を生きたまま都に連れ帰りたいところであろう。だが、頑強に抵抗なぞするとしたら――
舌打ちした。
嫌な想像を振り払う。善後策を考えるのが先だ。
(とまれ、此処から抜け出ねば――)
そこまで思念が流れた時。
突如。
絶叫が響いてきた。
芯からの恐怖に満ち満ちた叫びだった。
(何事……!)
鋭く跳ね起きる。
座敷牢に続く道行には、明かりは殆ど無い。見透かそうとしても、猫の子一匹見当たらない暗がり。
声の元は座敷牢の階上、おそらくは広間の方角。
耳を澄ますと恐怖の叫びに重なって異音。
ぺた。
音だけではない。妖忌の感覚は近づいて来る他者の存在を告げている。
ぺた、ぺた。
木の床を踏む音が近づいてくる。
ぼう、と。
廊下の奧に浮かび上がったのは、一人の男。
裾がほつれた安袴。白玉衆の若衆であろう。見廻りかとに思ったが、何処か様子が妙である。
虚ろな眼。
手足はふらふらと揺れ、挙動が定まっていない。
ずるずると足を引きずり、男は座敷牢の前に辿り着く。
「――何用か」
押し殺した声で尋ねるも、返答は無い。
尋常な様子ではなかった。何か用があるというわけではなく、妖忌の姿が目に入っているかどうかも疑わしい。
男の全身が痙攣した。腹に刀を刺し込まれたようなわななきだった。
そのまま二、三度と身を震わせて。
ごぼりと血の塊を吐き出し。
物も云わずに――倒れた。
「此れは一体――む?」
ちゃり、と。
金属質な音が妖忌の耳に届いた。
男の腰には、錠前に対する鍵の束があった。
妖忌の脳髄がぶんぶんと唸りをあげる。
何が起こっているのか。
この男の身に何があったのか。
疑問は尽きぬ。だが、今成すべきことは只一つである。
格子の隙間から手を伸ばし、鍵をむんずと掴み引き寄せた。
がちゃり。
錠前を解き、扉を潜り抜ける。体を伸ばすとあちこちが悲鳴をあげたか、構っていられるはずもない。
屍骸は捨て置き、声が響く方向へと走り出した。
九
――傷が痛む。
肩に受けた矢傷から血が流れ出続けていた。矢毒でも塗ってあったものか。血が止まる気配は一向に無い。
意に介さず走る。
ずきん。
振動が伝わるたび、脳天を揺さぶられるような激痛が全身を襲う。
ずきん。ずきん。
走る。
走る。走る。
ずるりと足がぬめった。
見下ろすと、ねっとりとした赤い液体が足元に絡み付いていた。
何時の間にか目的の広間前に着いていたらしい。
目の前には巨大な襖。
つんとした異臭を放つ粘つく液は、襖の向こうより流れ匂うてきている。
既に絶叫は静まっていた。
うう、ううと。呻きのような声ならぬ声が低く流れている。
一枚隔てた先は大広間。頭領が、白玉衆の大半が、そして幽々子は其処に居るのであろうと、そう思う。
となればおそらく――
何が起こっているか、どんな状況になっているかは考えたくなかった。
考えが及ばないわけではない。
此処に走り来るまでに、大方の予想はついていた。襖の前に立ったところで、推測は確信へと変わっていた。
何が起きるであろうか解っている。
どのような光景が目に入るか知っている。
だが。
それでも――
雑念を振り切るように、襖に手をかけた。
「幽々子様、失礼致す!」
思い切り。
引き開く。
鬼娘が。
富士見の娘が。
――西行寺幽々子が立って居た。
妖忌が。
茫然として立ちすくんだ。
幽々子が。
ゆっくりと振り向いた。
「お――お嬢様」
声が声とならぬ。
やっと絞り出したのは、己のものとも思えぬ掠れた響き。
思うたより遥かに凄惨であった。
想像に倍する情景であった。
十と数畳、井草も香る一室に山と積まれし柔な肉。積み重なる肉へと目を凝らせば、喉を掻き毟る、苦悶の表情を浮かべる、救いを求めて手を伸ばす人。人だった残骸。青々とした畳に沈着するのはどろりとした黒と赤の塊。
ずきり。
ずきり。ずきり。
全身が軋み痛む。頭が眩眩 した。
倒れ込みそうな身体を、すんでの所で持ち直す。
見覚えがある姿に、眩んだ瞳の焦点が合わされた。
西行寺の紋附羽織。
六尺を超える体躯。
白玉衆の頭領だ。
妖忌に気づく様子も無く、かっと目を開いて喉をかきむしり叫んでいた。
ごぼごぼと嫌な音を立てて血を吐き出し続けている。
声も出ず立ちすくむ妖忌の前。
男は一際高く叫ぶと、血を大量に吐き出し事切れた。
その鮮血が宙を飛ぶ。
周囲の骸にぶつかり、四散する。
ぴ、と。
柔らかそうな頬が赤く染まり。
幽々子の口元が奇妙に歪む。
飛散した血が、幽々子の透き通って白い肌を彩っていた。
ずきずき。
ずきずき。
肩にも頭にも、耐え難い程の痛みが襲ってくる。頭の中がじんじんと鳴って、脳髄は揺さぶられているようだ。
「やっぱり――」
誰に語りかけるのでもない、幽々子のか細い声だけが響く。
「やっぱりこうなるのよ。所詮私は不死視の家の忌み子。只自のみが何も負わず、咎無き者を死にへと誘う鬼娘」
――どうしてこうなのかしらね。
自嘲めいた嗤い。
「お嬢様、繰言はお止めくだされ。今は一刻も早く此処より離れねばなりませぬ」
呼びかけた。
反応が無い。
ぎり、と歯が鳴った。恐怖と苛立ちと忠信とがない交ぜになっていた。
「さあ、こちらへ――」
一歩進み、また呼びかけた。
少女が首を振った。
静かで達観して、それなのに子供がいやいやをするような首の振り方だった。
頭に血がのぼった。
肩の熱は既に耐え難い。眩暈もひどく、幽々子の姿もはっきりとは見えない。自分の身体が本当に自分のものであるかどうかも不明瞭だ。
「何故です!?」
叫んだ。
何故このような真似を。
何故己がついていながら。
何故こんなことになってしまったのか――
視界が暗い。
何も見えぬ。
声しか聴こえぬ。
矢毒が回ったせいか、自分の体が自分のものではない様だ。
それとも、血の匂いに酔うたか。
醜く陰惨なこの地獄に。
それでもよろよろと歩み、幽々子らしき影に手を伸ばした。
幽々子が悲しげに微笑んだ気がした。
目元にはぬらりと光る何かが見えた。
繊手が首筋へと触れたように思えた。
そして。
「御免なさいね、妖忌」
言葉が聞こえたのを最後に、妖忌の意識は闇に沈んでいった。
十
あら、紫じゃない。
待っててくれたんだ。貴方なら気付いていると思ってたけど、やっぱりそうだったわね。
道程 ?
それは大変だったわよ。妖忌が私を連れてくるならともかく、その逆じゃねえ。
しょうがないけどね。妖忌は怪我してるし、まだ目を覚まさないし。
うん。
でもいい月ね。西行妖が綺麗だわ。
――どうするの、って云われてもね。
解っているでしょ。
ううん、もう決めたことだもの。
妖忌が知ったら絶対止めるでしょうし。私も決心 が鈍るでしょうしね――
あらあら紫。そんな顔しないで。貴方らしくないわ。
絶望したとか、そういうのじゃないのよ。
白玉衆がああなったのだって、それほど気は咎めないわ。外ならともかく、幻想郷 まで追ってきたのですものね。
ただ。
ただ――ね。
いつかは、貴方を傷付けてしまうかもしれない。
ひょっとすると、妖忌を死に招いてしまうかもしれない。
それが怖いのよ。
自分がどうなっても悔やみはしないでしょうけど、紫や妖忌に何かあったら死んでも死にきれないわ。
解ってくれた?
ああ、もう。だからそんな顔しないでってば――
私まで辛くなっちゃうじゃないの。
――ええ。
それじゃあ、皆によろしく云っておいてね。
妖忌は怒るでしょうけど、何とかなだめておいて頂戴。
あ、それから――
――有難うね。貴方に会えて良かったわ。
十一
其れが何なのか、直ぐには解らなかった。
西行妖の満開の下。
花より匂う桜色の髪。
手には小刀。
頸筋より朱。
地に伏す白。
紅い血を流し地に伏す主の姿がそこにあった。
その横には、紫衣装の妖が一人。
何をするでもなく、倒れた少女を見詰め続けていた。後姿なのでどんな表情をしているかまでは解らなかった。
「紫、殿――」
よろよろと立上がって、声をかける。別に何を話そうと思ったわけでもない。何となくの、反射に近い行動だった。
並び立ち、其れを見下ろす。
「幽々子様は――」
聞くまでもなかった。
只でさえ白い肌を白蝋として、鮮血流し仰向けに倒れている姿。
見紛いたくとも、余りに確かに在りすぎた。
転がっているのは、何度視ても骸だった。
妖忌は夢想家でも逃避主義者でもない。従者であり武人であり、優れた現実家である。幽々子の心の闇まで知り抜いている。そうでなければ、長年傍に居ることなど出来たわけが無い。
どんな過程で、何があったのかを心得た。幽々子がこうなることを選んだ気持ちまで手にとるように解っていた。
それでも、答えを聞かずにはいられぬ自分が腹立たしい。
「自尽したわ。あそこにあるのはもう――脱殻 よ」
妖忌の心の内を知ってか知らずか、淡々とした言葉。
不思議と涙は出なかった。
悲しみもなかった。
ただ、胸の内にぽっかり穴が開いて隙間風が吹き抜けて行くようだった。
「紫殿」
「なあに?」
「貴公、その折に――」
「居たわよ。話もした。最後まで見ていたわ」
「ただ、黙って見過ごしておられたと云うのか――」
責めるような調子。
云わずにはいられなかった。
だが、繰言に過ぎぬ。
幽々子は飄々とした娘だが、心から決めたことは決して曲げない一面があった。
自尽を望んでいたのなら自分にも止めることは出来なかったかもしれないとも、そう思うからだ。
しばしの沈黙。
紫は妖忌から目を逸らしたままだ。
「死を迎えた人や妖は、どうなると思うかしら」
ぽつりと聞いてきた。返答の気力もなかったが、何とか言葉を絞り出した。
「拙者は神仏を篤く信ずるものでは無き故、自信を持っては答えられませぬが――地獄か極楽か、此の世ならぬ地に向かうことは間違いありますまい」
紫が頷く。
「その通りね。外の世界はともかく、幻想郷で生を失った人や妖は冥界に往くわ。地続きなのよね、あそこ。その気になれば歩いていける。其処である者は転生し、ある者は成仏し、今一度地上へと還ってくるのが大半ね」
「――幽々子様が輪廻転生し、帰還されるのを待て、と?」
紫が首を横に振って息をついた。
心底辛そうな吐息だった。
「幽々子の能力 は特別すぎたわ。あの娘は多分、同じ能力を持って還ってくるでしょうね。死を操る能力は、外でも幻想郷でも忌避されるのよ。あの娘にまた――同じ労苦を背負えと云うの?」
嘆きながらもどこか思案気である。
閃くものがあった。
「そうまで云われるからには――何やらお考えがあるようですな」
「死んでいる、というのは――眠りに似ていると思わない」
ようやく向き直ってきた。
金の瞳が真っ直ぐに妖忌を見詰めてくる。妖忌も目を外すことなく視線を返した。
「申し訳御座らぬが、今少し明瞭にご説明願いたい」
「そうね、つまり」
空に向けた掌に、西行妖の一片が舞い落ちる。
「西行妖を媒介にして、幽々子を冥界に封じてしまうの。姿も精神 も、何も変わらず」
「そのようなこと――」
出来るはずが無い、と云いさして止めた。
要するに結界の一種であろう。都にいた時分、呪師の類が試みるのを見聞したことがある。細部は少々突飛も無いが――考えてみれば此処は幻想郷、話相手は八雲紫。不思議も不可能も意味を成さぬ組み合わせであろう。
「――どういうことになりますのか」
「しばらくは冥界で眠り続けるでしょうね。もし目が覚めても、転生することもなく。成仏することもない。周りの人や妖を死に誘うこともない。何といっても、冥界にいるのは死者だけなんですから」
想像してみる。
輪廻のくびきから放たれ、此方でなく彼方で暮らし続ける。
望ましいかもしれない。
現の憂さも無いのだろう。
しかしそれは――人で無くなると云うことではないか。
さしもの妖忌もそれには二の足を踏む。
だが。
幽々子の表情 を想起する。
何時からだったろうか。
都に居た時。
旅の最中。
幽々子はいつも寂しそうだった。感情を表に出さないか、取り繕ったような笑みを浮かべているかだった。
妖忌の記憶でも、幽々子が心から楽しそうだったのは、幼なき頃と、幻想郷での短い生活の時のみだった。
そして。
今わの際に見せた、悲しそうな笑顔。
過去未来を通じ、あのような表情をさせていいものか。
――いや。
逡巡は一瞬だった。
妖忌の心は固まった。
梃子でも動かぬ固さだった。
「現であろうと夢だろうと、幽冥界の何処にあろうと。幽々子様が心安らかに在られるならば、只、それだけで――」
「いいの? それはそれは長い眠りよ。目覚めていた頃、生きていた頃の自分と、在った人々との全てを忘れてしまうほどに。勿論、貴方のことも――」
「問うまでもありませぬ。例え幽々子様が拙者を忘れられていようと、それが何の問題となりましょうか。我が身の思いなぞ、幽々子様の労苦に比べれば何のことはありませぬ」
「……解ったわ」
紫は少しだけ頷くと。
西行妖と幽々子の亡骸へと向かい合った。
「……掛けまくも畏き伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊ぎ祓えたまひしときに成りませる祓戸大神たち もろもろの禍事罪穢あらんをば祓えたまへ清めたまへと白すことをきこしめせとかしこみかしこみも白す……」
謡うような調子で、紫の声が響く。
しゃん、しゃん、と。
何処からか鈴が鳴って扇が舞った。
ざわわ、ざわわと風が啼く。
消えてゆく。
幽々子と西行妖との実像が薄くなってゆく。
はらはらと振りつむ桜の花。
ひゅう、と一抹の風が吹いた。
舞い上がった花と葉とが、妖忌の視界を覆う。突き刺さるようなそれらが痛くて、思わず目を閉じた。
「――終ったわよ」
紫の無表情な声が耳に届いた。
目を開く。
ただ広々としただけの丘。
花と葉しか残っていない。
佇んでいるのは妖忌と紫だけ。
そこにはもう――誰の姿も無かった。
十二
沈黙を破ったのは紫だった。
「さて、貴方はどうするのかしら?」
単刀直入に問う。
主を失った従者ほど辛いものはない。心底から仕えていたとなればなおさらだ。
逡巡無く、至極あっさりした答えが返ってきた。
「知れたこと。幽々子様が冥界にて眠り続けるというならば、拙者もここで腹切って冥府にて――」
「無意味ね」
ぴしゃりと撥ねつける声が、妖忌の短絡を鋭く遮る。
「冥界で霊になって幽々子を待つつもりでしょうけどね。骨折り損になるだけよ。さっきも云ったでしょ? いつかは成仏するか転生するかしなくてはならないわ」
「む――そういえば先ほどは、幽々子様を眠らせると――」
「その通りよ。あれは只の比喩じゃない。幽々子は本当に眠ることになるわ。目を覚ます前に貴方が転生でもしたらどうするのよ。かといって、貴方も冥界に封ずるなんて論外。あれは西行妖があって、幽々子が死んでいたから出来たのよね」
妖忌が難しい顔をして考え込む。
少しすると渋く暗い色が晴れてきた。紫には、妖忌の思考の過程が手に取るように解っている。幻想郷と冥界が地続きと云ったことに気づいたのだろう。
だが。
「ならばこの身のまま、冥界に行きて――」
「手ではあるけど……あそこはつまるところ死霊の地。長く居ることは出来ないわよ。人の身では――ですけどね」
「――人の身では、ですかな」
含みをもたせた言葉に、果たして妖忌が反応した。
眉がぴくりと上がり、紫に鋭い視線を送ってくる。
蝙蝠 にて口元隠し、妖忌の眼を覗き込んだ。
「魂は冥土に、魄は地上に。片羽の蝶が舞えぬ道理は何もなし」
「何を云われる?」
「簡単なことよ。生き死にの狭間で、人としての姿のまま冥界に居ればいいの」
「つまり――拙者がこの姿のまま、生きもせず、死にもせずに、冥府に向かうと」
紫は扇をくるりと翻す。
「私は、時の、空の、海の地の、彼方と此方の狭間に在る化生。生でも死でも、有でも無でも、あらゆる境界を歪め渡る隙間の妖怪。人と幽の境界を弄るのも難しいことじゃないわ」
紫の言をどう捉えたか。妖忌は眉根を寄せて何か考えこんでいた。
少々唐突な提案だったかと、紫は迷いに襲われる。自分は彼の者の傷口に塩を塗りこんでいるのではないかと――らしくない思念が頭をよぎった。
だがこうなっては引っ込みが付かない。ままよとばかりに続けるしかない。
「半人半霊とならば、寿命は殆ど無限よ。大悟でもしない限り、ずっと姿を保ったままで居られるわ。まあ――寿命が延びるだけだから、體も心も、ゆっくりと老いてゆくけれど」
妖忌は黙り込んだままだ。不安が拡大する。
「……御免なさい、こんな時に云うべきことでは――」
矢張り焦りすぎたか。時を置くべきだったかと。紫が頭を下げようとした時。
「それしかありますまい。紫殿、お願いし申す」
簡潔な答えが来た。
即断だった。いっそ心地良いほどの涼やかさだった。
紫は心の奥底で泣きそうになる。
妖忌の顔はさっぱりとしていて、つい先ほどまでの昏い色は微塵も無い。見失いかけた自分の生きる道をまた取り戻した、そんな趣すらある。
「本当にいいのね。一応云っておくけど、幽々子が目を覚ます保証は無いわ。もしかするとずっと眠ったままかもしれない。目覚めても貴方のことを覚えていないかもしれない。それでも、そう願うのかしら?」
「然り」
「迷わないのね」
「迷いませぬ」
「惑いもせず」
「惑いませぬ」
「後悔もしない」
「欠片ほども」
只、幽々子様の御側に――と。
衒いも力みもなく、真っ直ぐに妖忌は断言した。
「……解ったわ」
数分程も黙っていただろうか。紫は諦めたように深い息をついた。
「すぐ終わる。ちょっと目を瞑っていてね――」
一度目を閉じ、開き。
紫は扇を手に、呪言を紡ぎ出した。
「手数をおかけ申した。以後、拙者は冥界にて幽々子様を待ち続けるといたそう。然らば、これにて――」
楼観剣と白楼剣とを渡すと、妖忌は編笠を深くかぶった。
一礼。そのまま背を向けて歩み出す。
消えてゆく。
迷家と丁度反対の方角に丘を降ってゆく。
如何なる道行きを辿ってか――冥界へと己が足にて向かうつもりなのだろう。
見えなくなるまで、紫はその後姿を見守っていた。
完全に見えなくなると、ほうと息をついた。我知らず出た溜息だった。
背中より何かの気配。
振り向くと、道服を纏う式が何時の間にか控えていた。
「――藍」
「はっ」
「――これで、よかったのかしら」
「私は只の式故に、善し悪しを判ずるなどは――」
「そうだったわね」
三歩下がった式に答え、眼を凝らす。
見上げる。
西行妖は無い。
見渡す。
妖忌は去り、西行寺幽々子も既に亡い。
迷家に帰っても、自分と式以外には矢張り誰もいないのだ。
紫は首を振った。何だか妙に寂しかった。
「帰りましょう、藍。もうここには――来ないわ」
春なのに冷たい風が吹いた。
これより以後、この丘を尋ね来る者は誰一人居なかったと云う。
十三
妖忌は座していた。
黙然として西行妖の下で足を組んでいた。
人魂めいた半身を傍らに纏わせたまま微動だにしない。
冥界に降ってからは、西行妖が花を咲かせることもなかった。青々とした葉をつけているだけだった。その方がなんとなく好もしかった。
そのうちに東の空から日が昇ってきた。大きくて薄暗い、黄昏時のような日だった。座したまま見ていると、やがて薄暗いまま西に沈んでいった。
今度は月が見えてきた。半身をすっぱり切り落とした半月だった。何となく悲しかったのでずっと見ていると、東から太陽が昇ってきたので見えなくなった。
また太陽が天頂に向けて動き出し、しばらくすると沈んでから月が昇った。
数十回繰り返すうちに季節は変わったけれども、妖忌は座して待つがままだった。
食に事欠くことはなかった。
ふと気がつくと、足元に果物や米や肉が置かれている。
紫が差し入れてくれたものに違いなかった。十分な量だったし、半幽霊となった身では以前程定期的に食を取る必要はなかった。
むしろ気になったのは衣の方だ。いつ何時幽々子が帰ってきても良いように身だしなみを整えておく必要があった。しばらく考えた末、洗いさらしの袴をたくさん用意し、定期的に着替えることにした。
雨が体を濡らし。
雪が降り積もり。
風が吹き付ける。
そして昼間の太陽が、雨風に打ち付けられた身体を乾かす。
一日二日、一月二月、一年二年と――
繰り返すうちに、妖忌の顔には深い皺が刻まれていた。
西行妖は葉を付けたままで。
人妖も通りかかる者は無し。
それでも妖忌は待ち続けていた。
伸び放題だった髪と髭を整えたら、何時の間にか真っ白になっていたのが妙に可笑しかった。
干支が六回程回った頃のことである。
或る春の日。視界の片隅に見慣れぬものが飛び込んできた。
薄桜色。
桜色の何かがさわさわと揺れている。
花弁か。
だが、西行妖は今年も花を付かせておらぬはず。
奇妙に思って振り仰ぐと、めぐり一片が妖忌の面を掠め風に吹かれて消えていった。
――否。
吹かれているのではない。
風はすっかり凪いでいて、空は冷たい海のよう。
掌を天に向けてみても、空気の動きは感じられぬ。
してみると――己で飛んでいるものか。
ひらりひらりと、又何かが近寄ってきた。
妖忌はじっと目を凝らす。
ゆらゆらと揺れる薄い羽に、ぴんと伸びた触角。
蝶だ。
朦朧とした光を放つ蝶だ。
桃と薄黄に彩られ、彼方が透けて見えるほどに薄葉なる蝶。
その蝶が、大挙して桜の枝にと止まっている。
見たことも聞いたことも無い、半ば幽霊めいた群れであった。
桜が咲いたと見えたはこのせいであったかと、妖忌は一人頷く。
ふわり。
白髪が揺れた。
一陣の春風が吹き抜ける。
風に搖らされて、一匹が空に舞う。
一つが飛び立つと、また一つ。それに釣られて更に一つ。
地には幾百、天に幾千。相共々に飛び立った。
燐粉ならぬ燐光が冥界の微昏い空を満たす。見事な情景にほうとばかり感嘆の声をあげかけ――
――何だ。
己以外の何者かの気配。
数十年、他者の影なぞ全く見なかった地である。今しがた天 を埋めたものかとも思うたが、それにしては妙であった。
気配は人のものと似て、どこかが違う。妖か霊か鬼か死か。強いて云わば、半幽霊たる己が身に最も近かろう。
――霊だと?
ある予感に動悸が早くなるのを感じる。
其の上、柔らかで飄然とした気の流れには覚えがある。
もしやこれは――と。
座禅を崩し。
幾年振りに立ち上がり。
ぐるりと辺りを見渡して。
息が止まった。
何時からそこに在ったのか。
西行妖の下。
澄明 なる死蝶が羽ばたく真中にて、ひらりふわりと舞い踊る姿。
しゃらん、しゃらんと。鈴の音が鳴り響く。
白の小袖に藍の単と思しき装束。壷折姿にも似た傾いた仕立に、黒の細帯を結び切る。双肩に波がかって垂らされた桜色の髮。朱色の染料にて渦巻模様を記した紙冠 。純白の魂が其の四周に浮かんでいた。
違えるはずがない。
見紛うはずもない。
息を呑むことも出来ず、妖忌は食い入るように、舞い踊る娘を見詰め続ける。
どれ程の間魅入られていたものか。
ぱたん。
翠の扇が閉じられる音がやけに大きく響き。
くるりと娘が一回りして。
舞が止んだ。
さあ、と。蝶の群れが四方八方へと飛び去って行く。
ゆっくりと振り向いて、凝乎と注視るその姿。
死人を遣う富士見の娘現 より消えし不死視の娘 冥府に還る――
西行寺幽々子
「良く寝たわ」
第一声がそれだった。
聞き違えるはずもない雅声。
幾年を経ようとも記憶からけして薄れぬ響きであった。
「――お待ち申しておりました」
自然に身体が動いていた。妖忌は地に膝を付き、畏まって言葉を紡ぐ。
幽々子がゆっくり振り向いた。僅かに宙に浮き、不思議そうに小首を傾げる。
「あら、貴方は誰?」
「誰――と仰るか」
妖忌の心がちくりと痛む。
成程、主は眠り続け、目を覚ましたときには何もかもを忘れていた。
だがそれでいい。為すべきことは変わらぬのだ。
迷妄も雑念も無い。
己が使えるべき主は唯一人。幽玄にて凄絶なこの少女のみである。
「お忘れやもしれませぬが、拙者はかつてお嬢様に仕えし者。お目覚めの時をお待ち申しておりました」
「そうだったの。あらあら、待たせすぎちやったかしらねえ」
幽々子は小首を傾げた。
妙に可愛らしい挙作と、影の無い表情。遙か昔、死の影を纏う前の――赤ん坊の頃のような仕草。
「お気になさらず。いかなる御用であれ果たすが拙者の務めなれば、何なりと御下命を――」
「何でもいいのかしら?」
「はっ」
「じゃあ、そうねえ――」
天を見詰め、しばしの思案。
少しして。
ぽん。
飄々とした面持ちのまま手を打った。
「それじゃあ、何はともあれ、ご飯の支度をお願い。眼が覚めたばっかりでお腹ぺこぺこだわ」
「承知致した」
「それじゃこっちに――」
歩みだそうとして少女が振り返り。
後に従わんとする老翁が問い返す。
「あら、そういえば」
「いかがなされましたか」
「名前を聞いていないわ。私は幽々子。西行寺幽々子。じゃあ、貴方は?」
尋ねられふと言葉に詰まる。
待ち始めてより幾十年。己が名なぞ思い起こすことはまず無かった。
隅に追いやられていた記憶を想起する。
西行寺の衛士。
幽々子の従者。
妖忌という名ははっきり刻印されているものの、さて苗字と云えば何であったか。
八雲紫の言葉を思い出す。
魂は冥土に在りながら
魄は地上に留まりて
然り。
ならば。
幽冥郷の果てにて仕えるこの身は――
「妖忌。魂魄妖忌と申します」
――魂魄妖忌、只今参上仕る。
(了)
六
数日の後、酉の刻。
妖忌は言い知れぬ気配を外に感じ、
外へと念を凝らせば、複数の生き物の気。
野から獣でも迷い込んできたのかと思うたが、どうにも判然とせぬ。感覚を研ぎ澄ませてみれば、ざわりざわりと蠢く何かが感じられた。
人と云うには殺伐にすぎ、獣と呼ぶには統制が取れすぎた一挙一足。
――妖か。
そう思ったのも無理はあるまい。
幻想郷には雲霞の如く妖怪が住もうている事を、妖忌もようやく得心していた。紫と藍から聞いただけでも、湖上の精に春風の遣い、夜雀化猫化狐、さらには鳳凰白沢鳴兎と――百鬼夜行という言葉がそのまま当てはまる有様である。
何者かが彷徨うてでもいるのであろうと、疑念を残しつつも包丁と俎板とに目を戻した。今宵は八雲一族が居ない為、妖忌が料理をせねばならない。
「藍と出かけてくるわ。今夜は帰らないでしょうから、ご飯は適当にすませておいて頂戴ね」
云い残して紫が出て行ったのが、二刻ほど前のこと。
珍しいことだった。
紫と幽々子が連れ立って野を散策している光景などはそれなりに見受けられたが、夜を徹して出かけるなどはじめてだ。
少なくとも、妖忌と幽々子が迷家に足を留めてからは覚えが無い。
何か御用か――
と、好奇心に駆られ訊ねても
「春先は栄養が必要なのよ」
くすりと笑って微笑むばかり。
それ以上の詮索は妖忌も控えておいた。
扇の下の微笑みに、何とも云えぬ一種の恐れを感じたからだ。
かような時ばかりは、迷家が現世ならぬ地であり、紫が人ならぬ身であることを思わざるを得ない。
ほう、と息をついた。
――詮索はしすぎぬ事だ。
紫をはじめとする八雲の一家が、心からの親切さで己らを遇してくれているのは確かなのだ。感謝こそすれ、腹の底を探るような真似は厳に慎まねばならぬ。
疑問を押し殺すと鍋の蓋を取り、副食を膳に配した。
地芽蕗の薹の煮物、ぜんまいの煮附け、清流でとれた岩魚の塩焼き。蘿蔔の味噌汁も良い頃合であろう。
気付けば時刻は既に酉の刻。午餐の時間だ。
一通りの支度が終わると、妖忌は幽々子を呼ぶため、離れに足を向けた。
幽々子に与えられた一室は離れにあった。幸いにして、厨からはそう遠くない。
襖の前に座して控えると、妖忌は間へと声かけた。
「お嬢様、夕餉の支度が出来ました。ご所望ならばお持ちいたしますが」
「有難う。あ、入って頂戴。ちょっと手が放せないの」
「失礼致す」
襖を開くと、背筋を伸ばして畳に座す幽々子の姿。
書見台へと目を落としているのか。すべらかな
何とは無しに覗いて見ると、和紙の上、華麗に描かれた桜の一葉。
おや、と。妖忌が声をあげる。見覚えがあったからだ。
「其の絵は――」
「あら、気付いた? ねえ妖忌、この桜ってもしかして――」
「丘の桜で御座いますな。西行妖と云う名であると、藍殿からは聞いておりまするが」
やっぱりね、と。幽々子は微笑む。
「この間、紫と一緒に見てきたのよ。立派だったわ。花も咲きかけだったし、もう少ししたらお花見とかも良いかもしれないわね」
「花見でありますか。確かにこの折ならばさぞや見事でありましょうな」
「ええ、花もいいけど、妖忌の料理が楽しみねえ」
本当に楽しみそうな声。妖忌が渋く笑う。
「花より団子なのはお変わりありませぬな。お嬢様が幼少のみぎり、桜は桜でも、桜餅に夢中であったことを思い出します」
「あらあら妖忌、お団子は大事よ。お腹がすいては戦も出来ないわ」
くすくすと笑む快活な様子に、妖忌の目が我知らず細まった。
このような他愛も無いやり取り一つでも、幽々子の表情はくるくると良く変わる。ほんの一月二月前には考えも出来なかったことだ。
迷家に誘われ、紫や藍と触れ合ったことで、かつての明るさを取り戻しつつあることが、妖忌には我が事のように嬉しかった。
迷家より半刻程歩んだ小高い丘に、西行妖は咲いている。
野原と丘とに林立する樹樹の中でも一際大きな枝垂桜。
願はくば花の下にて――と。
幻想郷を放浪した歌聖が入滅したと伝わる絶景である。
ちらと見た限りでも、かようなこともあろうかと得心行く眺めであった。
「桜は良いわね。紫と妖忌と私とで、お酒とご飯で笛に舞い。櫻花詠歌が咲き誇る。どれ程賑やかか、考えただけで楽しくなるわ」
幽々子が穏やかに云った。妖忌はその光景を脳裏に描き、西行妖の下にある幽々子を夢想する。
満開の桜の下、笛の音に合わせて舞う娘。
昼でも良いし夜でも良い。黄昏時ならばなお良かった。髮に扇に一片の花弁が落ちるだろう。笛と舞とに合わせて散り行くだろう。桜はひらりひらりと春風に吹かれ、娘はふわりふわりと舞うであろう。朦朧とした斜光の中、振りつむ
素晴らしい眺めだった。
花精もかくやと云う姿だった。
妖忌は殆ど陶然として幽々子を見詰める。矢張りこの娘には春が、百花が繚乱し影と光が間断なく入り混じる卯月こそが相応しい。
「……妖忌、聞いてる?」
不満げな声。
どうも茫としていたらしい。慌てて意識を引き戻すと、幽々子が頬を膨らませていた。
「失礼、気を散じておりました」
「でも、桜にお団子ね――」
ふと、幽々子が黙り込んだ。
沈黙して一点を凝視していた。どこか遠くを見るような瞳だった。
「……いかがなされました?」
訝しげな妖忌に、幽々子がゆっくり口を開く。
「ねえ妖忌。もしも。もしもよ。ずっと此処で、一緒に――」
「――お待ちを、お嬢様」
ぴくり、と。
妖忌の片眉が跳ね上がり、言葉を遮った。
突然の違和感。
五感を研ぎ澄ます。
異臭。
透明な空気に混じる、煤けた黒。
竈の火を落とし忘れたかとも思うたが、それにしては匂いが強すぎる。
襖を開き、離れへと通ずる廊下の彼方を透かし見た。
黒煙。
火の匂い。
鬨の声――。
――これは。
「お嬢様、こちらへ!」
返事を待たずに幽々子を抱え込むと、妖忌は跳んだ。
庭に面した障子を突き破り転び出る。
迷家の各所が一気呵成に燃え上がったのは丁度この時だった。
七
庭にまろび転げ出た妖忌と幽々子の目に映ったのは、迷家のそちこちに上がる火の手だった。
妖忌は慌てかける心を制し、冷静に視線と思考とを走らせる。
まず第一に――
「お嬢様」
「こっちは大丈夫よ」
打てば響くように答えが返ってきた。
安堵の息つけば、幽々子は妖忌の腕からするりと抜けて庭に立つ。ぱちぱちという火煙を目の当たりにして、幽々子が訝しげに眉を潜めた。
「焼き討ち、かしら」
「それにしては火の回りが足りませぬ。おそらく――」
そう。
火の回りは然程早くない。迷家の規模からすれば、焼き落とすには火勢が少々足りぬ。
してみると目当ては――
(燻り出しか)
となれば、狙いは当然己と幽々子であろう。忘れかけていたが、自分たちは追われる身なのである。
そして、幻想郷までも追ってくる
「妖忌、あれ!」
幽々子の鋭い声に、庭の彼方へと目を向ける。
転げ出た際の音を聞きつけたものか、此方へと駆けてくる男たちの影があった。
月が淡く照らし出したのは、太刀を佩いた安袴。
大半は武士と云うより衛士に近い、動きやすそうな装束。
先頭に立つ者の羽織に記された紋には、確かに見覚えがあった。桜と蝶とに囲まれた、渦巻状の円形。先だって藍が拾ってきた旅装束に記されたのと同じものである。
「矢張り――白玉衆か!」
妖忌が叫んだ。
白玉衆。
西行寺の一門に属し、衛士としての役割を果たしていた面々である。
最も、西行寺に連なるとはいえ、家来というよりは契約制の戦闘要員に近い。西行寺家が廃れてからは、他の名家や都の富裕な者に雇われ、もっぱら荒事に手を染めていたと、妖忌は記憶していた。
妖忌も元々は一員であり、優れた腕と幽々子との相性とを見込まれて、従者となった過去を持つ。
そしてまた、幽々子を狙って、西行寺の本家を襲ったのもこの者達だった。
厨で感じた違和感はこやつらであったか――と。
妖忌は己の油断に臍を噛む。
どうしたものか。
駆けて来る者達を見定める。辿り着いてくるには僅かなりの猶予はあろう。
その合間に幽々子をどうにかせねばならない。
周囲を見渡すと、庭の一角、大きな蔵が目に付いた。
蔵は本邸とは離れていることもあり、火の手が廻る気配は無い。白玉衆は本邸から離れへと向かっており、その方角にまでは手勢を配していないようだ。
となれば。
「――お嬢様、蔵の方角からお逃げなされ。拙者が時間を稼ぎ申す」
「で、でも妖忌……」
「お急ぎなされい!」
有無を云わさず、幽々子を押し出した。
同時に白玉衆の手勢へと向かい走り出す。
幽々子を送り出しはしたが、実際のところ、逃げ道は無いに等しい。
迷家の周囲の、広々とした草原が仇となった。視界を遮るものも祿に無いこの地では、見付かるのに然程時間もかかるまい。
白玉衆を説得するしかなかろう。
それが不可能な時は――
首を振った。
今はあれこれ悩んでいる場合ではない。
目を瞑り、息を吐いた。
腰と背との刀を確かめ、仁王立ちで構え待つ。
やがてやってきたのは一団は、確かに白玉衆であった。
およそ三十人。
数こそそれなりだが、見たところ五体満足とはいかぬようだ。
足を引きずる者、目や腕から血を流している者、倒れ伏しかねぬ者。
怪我人が妙に多いのは、人を取って喰う鬼や夜雀にでも襲われたものか。
そのような有様にも関らず、意気が消沈している様子は見受けられぬ。むしろ意気高いと云ってよかろう。妖忌の姿を見出すや否や、無駄口叩かず円状に取り囲んできたほどだ。
動きに無駄は無い。
右に左に後ろに。
円を描くように、妖忌の周囲に白玉衆が展開してゆく。
一点に眼を据えて待っていると、前方から一際強い気配。
覚えがあった。
闇に向かって、声を投げかける。
「――自ら来られたか」
「久しいな、妖忌」
ずい、と。
年嵩の男が進み出てきた。
年の頃は四十も半ばであろう。
六尺を超える体躯に、腰にたばさんだ太刀。不適な面構えには、幾多の修羅場を潛り抜けて来た荒武者の印象がある。
妖忌には見覚えがあった。白玉衆の頭領であり、能力は確かだ。
歴戦の武人である。
「――このような地まで来られた理由を伺いたい。本家を焼き討ってまで、何故我等を追われるのか」
「知れたこと。幽々子殿の身柄、いただくつもりであった。また其の為、此処まで参上した」
横柄な物言いに、妖忌の片眉がぴくりと吊り上った。
幽々子殿、という呼び方は主筋に対してのものでは無い。つまりは、頭領は既に西行寺一門に仕える意思が無いことを意味していた。
「都の何者だ? 他の家か? それとも――」
何者の頼みによるのかと。
真摯に問うた。
馬鹿馬鹿しい、とでも云いたそうに頭領は手を振る。
「とぼけまいぞ。お主ならばとうに理解していよう」
「……何だと云うのだ」
妖忌は困惑していた。
何があったというのだ。余所の者が幽々子の命を狙った、死に誘う力を恐れた者が憎んだというならばまだ解る。
だが、白玉衆は元来西行寺の一族に連なるものだ。直接の雇用関係は無くなっているものの、余程のことが無い限り主筋を狙うとは思えぬ。
「――都でまた流行り病が出たのを知らぬのか?」
「――何?」
「ふむ。お主らは館にこもっておったからな。知らぬも無理はあるまい。だが、事実だ。しかも先だっての病に倍する勢いでな」
頭領は溜息をついた。急に年老いたかのようだった。
「都は既に恐慌に陥っておるよ。そのせいで人心も乱れておる。打ち壊しが続き、罪科無き者が無残に殺されておる。手に負えぬ有様よ。このままでは――」
――おしまいだ。
頭領は吐き捨てた。
何とも忌々しそうな声だった。
「しかし、それが幽々子様と何の関係があると云うのだ。流行り病は不幸な出来事であろう。だが、貴殿らが家を襲い、この地まで追うてくる
戸惑いを隠せぬ妖忌に、頭領が視線を向けた。
ぞっとするような冷たい眼だった。
「その通り。幽々子殿には既に縁無きこと。だがな、妖忌――群集とはそうは思わぬものなのだ。彼奴等には、あげつらうべき相手が必要なのだ」
閃くものがあった。
青ざめた妖忌の面に、頭領は重々しく頷く。
「先の流行り病を思い出せ。幽々子殿が死を告げた時からまた、病は勢いをふき帰したではないか。此度の病も幽々子殿の所為と、そう思われておるのよ」
「馬鹿な!」
思わず叫んでいた。
それでは話が逆である。
流行り病があったからこそ、幽々子が死を告げることが出来たのだ。
そもそも、当時の幽々子の力は死霊と意を通ずるのみである。死を操るようになったのはその後のことだ。流行り病をもたらし死へと招くなど、論外であった。
「幽々子殿の力のことは都で知らぬ者は無い。歪められ、恐れられた形でな。真実であろうとそうでなかろうとさして問題ではないのだ。この意味が解らぬお主でもあるまい」
「まさか――」
震える妖忌の声に、頭領は重く頷く。
「そのまさかだ。西行寺幽々子、討つべし。さすれば流行り病も静まり、都も常に復するであろう。これが都の――総意だ」
妖忌の歯がぎりりと鳴った。
何だと云うのだ。
幽々子が己の力にどれほど苦しんでいたか知らぬのか。
いかなる思いで都を出奔したと思うているのだ。
そもそも、幽々子が縁無き者を死に誘ったことなぞ一度も無い。親族の死を予言し、先の流行り病で数人が此の世より去るのを告げただけではないか。
成程、西行寺の両親は幽々子によって死に招かれたのかもしれぬ。
だが――
無性に腹がたった。
都にも。
人々にも。
白玉衆にも。
押し黙った様子をどう見たか、頭領は冷たく告げた。
「――観念せい。手向かえば主従諸共斬る」
この言葉が妖忌を激怒させた。
曲りなりにも一門に連なるものであろう。己はともかく、幽々子まであっさり「斬る」とは何事だ。
かっと頭に血が上った。
瞬時に抜刀し、二刀を手にしていた。
楼観剣を右手に。
白楼剣を左手に。
双刀を振るって疾走ると、あっという間に四人斬った。頭領が反応出来なかったほどだった。
返す刀で二人が倒れた。そこで背中を斬られて目が眩んだが、そのままさらに四人斬った。
「な――」
頭領の顔に驚嘆が浮かんでいた。妖忌がこれ程突然、凄まじい勢いでもって斬りかかるとは思ってもいなかったのだろう。
だが流石に白玉衆の頭領である。即座に飛び退り、さっと手を上げた。矢勢への合図だった。
間髪入れず、円陣から矢が飛んできた。
かわした。
切り払った。
飛び越えた。
頭領に一刀浴びせんとしたところで、すんでの所で切り払われた。
それでもついでとばかりに三人程斬った。
「化物か、お主!」
流石に恐慌の響きがある。
だがそうするうち、肩に衝撃があった。
激痛が走り切先がぶれた。
黒々とした矢が肩に突き刺さっている。
また背中から斬られた。
傷は浅かったが、脳髄がぶれて視界がくらんだ。
蔵の方角を向いた眼が、少女の姿をおぼろげに捉えた。
(幽々子さ――)
ガッ。
鈍い音。
後頭部に重いものがぶつかる感覚がして、妖忌の意識が消えてゆく。
瞼が落ちる直前、駆け寄ってくる幽々子の姿が見えたような気がした。
八
ずきり。
痛みが走った。
ずきり。ずきり。
肩と背中が――やけに痛む。
無意識に肩に手をやっていた。
ぬめり、と。
錆びた鉄の匂いと、生温い水の感覚。
いや、水ではなく――
(――血か)
ぱっと目が覚めた。
身を起こして見回せば、辺り一体は暗闇に覆われていた。
窓は無いようだ。故に、月明かりが差し込むはずも無い。
ひんやりとした空気が辺りを覆っていた。
鼻をひくつかせれば、微かに火と墨の残り香。
人影は無い。
足元の感触がどうにも頼りなかったので触ってみた。
ざらりとしている。心なしか腐臭がした。手触りと香りからして井草であろう。つまりは、古ぼけた畳だ。
さらに、手を伸ばしてみれば木製の格子が行く手を阻んでいる。
囚われの身だ。
となるとここは――
「座敷牢、か」
目が闇に慣れてくるとその判断が正しかったことが解った。
横向きに並べられた二枚の古畳、行く手を阻むは、十文字を形成する木の升目。背を屈めてやっと通れそうな出入り口には、簡素な錠前がかかっていた。
迷家の一角、座敷牢である。
このような場所があるというのは藍から聞いたことがあった。何に使うのか、という問いには苦笑いのみで答えてはくれなかったが――
(まさか己が入る羽目になろうとはな)
苦笑いしてあぐらをかくと、肩の傷が痛んだ。
手をやってみると、矢張り血の感触。誰かが手当てをしたのか、申し訳程度の包帯こそ巻いてあるが、気休め程度のものであろう。事実、血と痛みとが止まる気配は無い。
苦い思いを禁じ得ない。
自分の居場所が判明すると、思考はどうしても幽々子へと向かう。
蔵の方から逃げよと送り出してからどうなったか。
素直に逃げたか。逃げ切れたか。
いや。
幽々子のことだ。
妖忌にああ云われ、はいそうですか、と逃げ出している可能性はまずない。また、そうだとしても、直ちに追手がかかったであろうことは疑い様がなかった。
白玉衆に囚われていると考えているのが妥当であろう。
幸いにしてあの者たちは野盗ではない。幽々子に対し不埒な振る舞いに及ぶことはあるまいが――
(お命が無事であれば良いが)
まずはそこである。
白玉衆としては、幽々子を生きたまま都に連れ帰りたいところであろう。だが、頑強に抵抗なぞするとしたら――
舌打ちした。
嫌な想像を振り払う。善後策を考えるのが先だ。
(とまれ、此処から抜け出ねば――)
そこまで思念が流れた時。
突如。
絶叫が響いてきた。
芯からの恐怖に満ち満ちた叫びだった。
(何事……!)
鋭く跳ね起きる。
座敷牢に続く道行には、明かりは殆ど無い。見透かそうとしても、猫の子一匹見当たらない暗がり。
声の元は座敷牢の階上、おそらくは広間の方角。
耳を澄ますと恐怖の叫びに重なって異音。
ぺた。
音だけではない。妖忌の感覚は近づいて来る他者の存在を告げている。
ぺた、ぺた。
木の床を踏む音が近づいてくる。
ぼう、と。
廊下の奧に浮かび上がったのは、一人の男。
裾がほつれた安袴。白玉衆の若衆であろう。見廻りかとに思ったが、何処か様子が妙である。
虚ろな眼。
手足はふらふらと揺れ、挙動が定まっていない。
ずるずると足を引きずり、男は座敷牢の前に辿り着く。
「――何用か」
押し殺した声で尋ねるも、返答は無い。
尋常な様子ではなかった。何か用があるというわけではなく、妖忌の姿が目に入っているかどうかも疑わしい。
男の全身が痙攣した。腹に刀を刺し込まれたようなわななきだった。
そのまま二、三度と身を震わせて。
ごぼりと血の塊を吐き出し。
物も云わずに――倒れた。
「此れは一体――む?」
ちゃり、と。
金属質な音が妖忌の耳に届いた。
男の腰には、錠前に対する鍵の束があった。
妖忌の脳髄がぶんぶんと唸りをあげる。
何が起こっているのか。
この男の身に何があったのか。
疑問は尽きぬ。だが、今成すべきことは只一つである。
格子の隙間から手を伸ばし、鍵をむんずと掴み引き寄せた。
がちゃり。
錠前を解き、扉を潜り抜ける。体を伸ばすとあちこちが悲鳴をあげたか、構っていられるはずもない。
屍骸は捨て置き、声が響く方向へと走り出した。
九
――傷が痛む。
肩に受けた矢傷から血が流れ出続けていた。矢毒でも塗ってあったものか。血が止まる気配は一向に無い。
意に介さず走る。
ずきん。
振動が伝わるたび、脳天を揺さぶられるような激痛が全身を襲う。
ずきん。ずきん。
走る。
走る。走る。
ずるりと足がぬめった。
見下ろすと、ねっとりとした赤い液体が足元に絡み付いていた。
何時の間にか目的の広間前に着いていたらしい。
目の前には巨大な襖。
つんとした異臭を放つ粘つく液は、襖の向こうより流れ匂うてきている。
既に絶叫は静まっていた。
うう、ううと。呻きのような声ならぬ声が低く流れている。
一枚隔てた先は大広間。頭領が、白玉衆の大半が、そして幽々子は其処に居るのであろうと、そう思う。
となればおそらく――
何が起こっているか、どんな状況になっているかは考えたくなかった。
考えが及ばないわけではない。
此処に走り来るまでに、大方の予想はついていた。襖の前に立ったところで、推測は確信へと変わっていた。
何が起きるであろうか解っている。
どのような光景が目に入るか知っている。
だが。
それでも――
雑念を振り切るように、襖に手をかけた。
「幽々子様、失礼致す!」
思い切り。
引き開く。
鬼娘が。
富士見の娘が。
――西行寺幽々子が立って居た。
妖忌が。
茫然として立ちすくんだ。
幽々子が。
ゆっくりと振り向いた。
「お――お嬢様」
声が声とならぬ。
やっと絞り出したのは、己のものとも思えぬ掠れた響き。
思うたより遥かに凄惨であった。
想像に倍する情景であった。
十と数畳、井草も香る一室に山と積まれし柔な肉。積み重なる肉へと目を凝らせば、喉を掻き毟る、苦悶の表情を浮かべる、救いを求めて手を伸ばす人。人だった残骸。青々とした畳に沈着するのはどろりとした黒と赤の塊。
ずきり。
ずきり。ずきり。
全身が軋み痛む。頭が
倒れ込みそうな身体を、すんでの所で持ち直す。
見覚えがある姿に、眩んだ瞳の焦点が合わされた。
西行寺の紋附羽織。
六尺を超える体躯。
白玉衆の頭領だ。
妖忌に気づく様子も無く、かっと目を開いて喉をかきむしり叫んでいた。
ごぼごぼと嫌な音を立てて血を吐き出し続けている。
声も出ず立ちすくむ妖忌の前。
男は一際高く叫ぶと、血を大量に吐き出し事切れた。
その鮮血が宙を飛ぶ。
周囲の骸にぶつかり、四散する。
ぴ、と。
柔らかそうな頬が赤く染まり。
幽々子の口元が奇妙に歪む。
飛散した血が、幽々子の透き通って白い肌を彩っていた。
ずきずき。
ずきずき。
肩にも頭にも、耐え難い程の痛みが襲ってくる。頭の中がじんじんと鳴って、脳髄は揺さぶられているようだ。
「やっぱり――」
誰に語りかけるのでもない、幽々子のか細い声だけが響く。
「やっぱりこうなるのよ。所詮私は不死視の家の忌み子。只自のみが何も負わず、咎無き者を死にへと誘う鬼娘」
――どうしてこうなのかしらね。
自嘲めいた嗤い。
「お嬢様、繰言はお止めくだされ。今は一刻も早く此処より離れねばなりませぬ」
呼びかけた。
反応が無い。
ぎり、と歯が鳴った。恐怖と苛立ちと忠信とがない交ぜになっていた。
「さあ、こちらへ――」
一歩進み、また呼びかけた。
少女が首を振った。
静かで達観して、それなのに子供がいやいやをするような首の振り方だった。
頭に血がのぼった。
肩の熱は既に耐え難い。眩暈もひどく、幽々子の姿もはっきりとは見えない。自分の身体が本当に自分のものであるかどうかも不明瞭だ。
「何故です!?」
叫んだ。
何故このような真似を。
何故己がついていながら。
何故こんなことになってしまったのか――
視界が暗い。
何も見えぬ。
声しか聴こえぬ。
矢毒が回ったせいか、自分の体が自分のものではない様だ。
それとも、血の匂いに酔うたか。
醜く陰惨なこの地獄に。
それでもよろよろと歩み、幽々子らしき影に手を伸ばした。
幽々子が悲しげに微笑んだ気がした。
目元にはぬらりと光る何かが見えた。
繊手が首筋へと触れたように思えた。
そして。
「御免なさいね、妖忌」
言葉が聞こえたのを最後に、妖忌の意識は闇に沈んでいった。
十
あら、紫じゃない。
待っててくれたんだ。貴方なら気付いていると思ってたけど、やっぱりそうだったわね。
それは大変だったわよ。妖忌が私を連れてくるならともかく、その逆じゃねえ。
しょうがないけどね。妖忌は怪我してるし、まだ目を覚まさないし。
うん。
でもいい月ね。西行妖が綺麗だわ。
――どうするの、って云われてもね。
解っているでしょ。
ううん、もう決めたことだもの。
妖忌が知ったら絶対止めるでしょうし。私も
あらあら紫。そんな顔しないで。貴方らしくないわ。
絶望したとか、そういうのじゃないのよ。
白玉衆がああなったのだって、それほど気は咎めないわ。外ならともかく、
ただ。
ただ――ね。
いつかは、貴方を傷付けてしまうかもしれない。
ひょっとすると、妖忌を死に招いてしまうかもしれない。
それが怖いのよ。
自分がどうなっても悔やみはしないでしょうけど、紫や妖忌に何かあったら死んでも死にきれないわ。
解ってくれた?
ああ、もう。だからそんな顔しないでってば――
私まで辛くなっちゃうじゃないの。
――ええ。
それじゃあ、皆によろしく云っておいてね。
妖忌は怒るでしょうけど、何とかなだめておいて頂戴。
あ、それから――
――有難うね。貴方に会えて良かったわ。
十一
其れが何なのか、直ぐには解らなかった。
西行妖の満開の下。
花より匂う桜色の髪。
手には小刀。
頸筋より朱。
地に伏す白。
紅い血を流し地に伏す主の姿がそこにあった。
その横には、紫衣装の妖が一人。
何をするでもなく、倒れた少女を見詰め続けていた。後姿なのでどんな表情をしているかまでは解らなかった。
「紫、殿――」
よろよろと立上がって、声をかける。別に何を話そうと思ったわけでもない。何となくの、反射に近い行動だった。
並び立ち、其れを見下ろす。
「幽々子様は――」
聞くまでもなかった。
只でさえ白い肌を白蝋として、鮮血流し仰向けに倒れている姿。
見紛いたくとも、余りに確かに在りすぎた。
転がっているのは、何度視ても骸だった。
妖忌は夢想家でも逃避主義者でもない。従者であり武人であり、優れた現実家である。幽々子の心の闇まで知り抜いている。そうでなければ、長年傍に居ることなど出来たわけが無い。
どんな過程で、何があったのかを心得た。幽々子がこうなることを選んだ気持ちまで手にとるように解っていた。
それでも、答えを聞かずにはいられぬ自分が腹立たしい。
「自尽したわ。あそこにあるのはもう――
妖忌の心の内を知ってか知らずか、淡々とした言葉。
不思議と涙は出なかった。
悲しみもなかった。
ただ、胸の内にぽっかり穴が開いて隙間風が吹き抜けて行くようだった。
「紫殿」
「なあに?」
「貴公、その折に――」
「居たわよ。話もした。最後まで見ていたわ」
「ただ、黙って見過ごしておられたと云うのか――」
責めるような調子。
云わずにはいられなかった。
だが、繰言に過ぎぬ。
幽々子は飄々とした娘だが、心から決めたことは決して曲げない一面があった。
自尽を望んでいたのなら自分にも止めることは出来なかったかもしれないとも、そう思うからだ。
しばしの沈黙。
紫は妖忌から目を逸らしたままだ。
「死を迎えた人や妖は、どうなると思うかしら」
ぽつりと聞いてきた。返答の気力もなかったが、何とか言葉を絞り出した。
「拙者は神仏を篤く信ずるものでは無き故、自信を持っては答えられませぬが――地獄か極楽か、此の世ならぬ地に向かうことは間違いありますまい」
紫が頷く。
「その通りね。外の世界はともかく、幻想郷で生を失った人や妖は冥界に往くわ。地続きなのよね、あそこ。その気になれば歩いていける。其処である者は転生し、ある者は成仏し、今一度地上へと還ってくるのが大半ね」
「――幽々子様が輪廻転生し、帰還されるのを待て、と?」
紫が首を横に振って息をついた。
心底辛そうな吐息だった。
「幽々子の
嘆きながらもどこか思案気である。
閃くものがあった。
「そうまで云われるからには――何やらお考えがあるようですな」
「死んでいる、というのは――眠りに似ていると思わない」
ようやく向き直ってきた。
金の瞳が真っ直ぐに妖忌を見詰めてくる。妖忌も目を外すことなく視線を返した。
「申し訳御座らぬが、今少し明瞭にご説明願いたい」
「そうね、つまり」
空に向けた掌に、西行妖の一片が舞い落ちる。
「西行妖を媒介にして、幽々子を冥界に封じてしまうの。姿も
「そのようなこと――」
出来るはずが無い、と云いさして止めた。
要するに結界の一種であろう。都にいた時分、呪師の類が試みるのを見聞したことがある。細部は少々突飛も無いが――考えてみれば此処は幻想郷、話相手は八雲紫。不思議も不可能も意味を成さぬ組み合わせであろう。
「――どういうことになりますのか」
「しばらくは冥界で眠り続けるでしょうね。もし目が覚めても、転生することもなく。成仏することもない。周りの人や妖を死に誘うこともない。何といっても、冥界にいるのは死者だけなんですから」
想像してみる。
輪廻のくびきから放たれ、此方でなく彼方で暮らし続ける。
望ましいかもしれない。
現の憂さも無いのだろう。
しかしそれは――人で無くなると云うことではないか。
さしもの妖忌もそれには二の足を踏む。
だが。
幽々子の
何時からだったろうか。
都に居た時。
旅の最中。
幽々子はいつも寂しそうだった。感情を表に出さないか、取り繕ったような笑みを浮かべているかだった。
妖忌の記憶でも、幽々子が心から楽しそうだったのは、幼なき頃と、幻想郷での短い生活の時のみだった。
そして。
今わの際に見せた、悲しそうな笑顔。
過去未来を通じ、あのような表情をさせていいものか。
――いや。
逡巡は一瞬だった。
妖忌の心は固まった。
梃子でも動かぬ固さだった。
「現であろうと夢だろうと、幽冥界の何処にあろうと。幽々子様が心安らかに在られるならば、只、それだけで――」
「いいの? それはそれは長い眠りよ。目覚めていた頃、生きていた頃の自分と、在った人々との全てを忘れてしまうほどに。勿論、貴方のことも――」
「問うまでもありませぬ。例え幽々子様が拙者を忘れられていようと、それが何の問題となりましょうか。我が身の思いなぞ、幽々子様の労苦に比べれば何のことはありませぬ」
「……解ったわ」
紫は少しだけ頷くと。
西行妖と幽々子の亡骸へと向かい合った。
「……掛けまくも畏き伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊ぎ祓えたまひしときに成りませる祓戸大神たち もろもろの禍事罪穢あらんをば祓えたまへ清めたまへと白すことをきこしめせとかしこみかしこみも白す……」
謡うような調子で、紫の声が響く。
しゃん、しゃん、と。
何処からか鈴が鳴って扇が舞った。
ざわわ、ざわわと風が啼く。
消えてゆく。
幽々子と西行妖との実像が薄くなってゆく。
はらはらと振りつむ桜の花。
ひゅう、と一抹の風が吹いた。
舞い上がった花と葉とが、妖忌の視界を覆う。突き刺さるようなそれらが痛くて、思わず目を閉じた。
「――終ったわよ」
紫の無表情な声が耳に届いた。
目を開く。
ただ広々としただけの丘。
花と葉しか残っていない。
佇んでいるのは妖忌と紫だけ。
そこにはもう――誰の姿も無かった。
十二
沈黙を破ったのは紫だった。
「さて、貴方はどうするのかしら?」
単刀直入に問う。
主を失った従者ほど辛いものはない。心底から仕えていたとなればなおさらだ。
逡巡無く、至極あっさりした答えが返ってきた。
「知れたこと。幽々子様が冥界にて眠り続けるというならば、拙者もここで腹切って冥府にて――」
「無意味ね」
ぴしゃりと撥ねつける声が、妖忌の短絡を鋭く遮る。
「冥界で霊になって幽々子を待つつもりでしょうけどね。骨折り損になるだけよ。さっきも云ったでしょ? いつかは成仏するか転生するかしなくてはならないわ」
「む――そういえば先ほどは、幽々子様を眠らせると――」
「その通りよ。あれは只の比喩じゃない。幽々子は本当に眠ることになるわ。目を覚ます前に貴方が転生でもしたらどうするのよ。かといって、貴方も冥界に封ずるなんて論外。あれは西行妖があって、幽々子が死んでいたから出来たのよね」
妖忌が難しい顔をして考え込む。
少しすると渋く暗い色が晴れてきた。紫には、妖忌の思考の過程が手に取るように解っている。幻想郷と冥界が地続きと云ったことに気づいたのだろう。
だが。
「ならばこの身のまま、冥界に行きて――」
「手ではあるけど……あそこはつまるところ死霊の地。長く居ることは出来ないわよ。人の身では――ですけどね」
「――人の身では、ですかな」
含みをもたせた言葉に、果たして妖忌が反応した。
眉がぴくりと上がり、紫に鋭い視線を送ってくる。
「魂は冥土に、魄は地上に。片羽の蝶が舞えぬ道理は何もなし」
「何を云われる?」
「簡単なことよ。生き死にの狭間で、人としての姿のまま冥界に居ればいいの」
「つまり――拙者がこの姿のまま、生きもせず、死にもせずに、冥府に向かうと」
紫は扇をくるりと翻す。
「私は、時の、空の、海の地の、彼方と此方の狭間に在る化生。生でも死でも、有でも無でも、あらゆる境界を歪め渡る隙間の妖怪。人と幽の境界を弄るのも難しいことじゃないわ」
紫の言をどう捉えたか。妖忌は眉根を寄せて何か考えこんでいた。
少々唐突な提案だったかと、紫は迷いに襲われる。自分は彼の者の傷口に塩を塗りこんでいるのではないかと――らしくない思念が頭をよぎった。
だがこうなっては引っ込みが付かない。ままよとばかりに続けるしかない。
「半人半霊とならば、寿命は殆ど無限よ。大悟でもしない限り、ずっと姿を保ったままで居られるわ。まあ――寿命が延びるだけだから、體も心も、ゆっくりと老いてゆくけれど」
妖忌は黙り込んだままだ。不安が拡大する。
「……御免なさい、こんな時に云うべきことでは――」
矢張り焦りすぎたか。時を置くべきだったかと。紫が頭を下げようとした時。
「それしかありますまい。紫殿、お願いし申す」
簡潔な答えが来た。
即断だった。いっそ心地良いほどの涼やかさだった。
紫は心の奥底で泣きそうになる。
妖忌の顔はさっぱりとしていて、つい先ほどまでの昏い色は微塵も無い。見失いかけた自分の生きる道をまた取り戻した、そんな趣すらある。
「本当にいいのね。一応云っておくけど、幽々子が目を覚ます保証は無いわ。もしかするとずっと眠ったままかもしれない。目覚めても貴方のことを覚えていないかもしれない。それでも、そう願うのかしら?」
「然り」
「迷わないのね」
「迷いませぬ」
「惑いもせず」
「惑いませぬ」
「後悔もしない」
「欠片ほども」
只、幽々子様の御側に――と。
衒いも力みもなく、真っ直ぐに妖忌は断言した。
「……解ったわ」
数分程も黙っていただろうか。紫は諦めたように深い息をついた。
「すぐ終わる。ちょっと目を瞑っていてね――」
一度目を閉じ、開き。
紫は扇を手に、呪言を紡ぎ出した。
「手数をおかけ申した。以後、拙者は冥界にて幽々子様を待ち続けるといたそう。然らば、これにて――」
楼観剣と白楼剣とを渡すと、妖忌は編笠を深くかぶった。
一礼。そのまま背を向けて歩み出す。
消えてゆく。
迷家と丁度反対の方角に丘を降ってゆく。
如何なる道行きを辿ってか――冥界へと己が足にて向かうつもりなのだろう。
見えなくなるまで、紫はその後姿を見守っていた。
完全に見えなくなると、ほうと息をついた。我知らず出た溜息だった。
背中より何かの気配。
振り向くと、道服を纏う式が何時の間にか控えていた。
「――藍」
「はっ」
「――これで、よかったのかしら」
「私は只の式故に、善し悪しを判ずるなどは――」
「そうだったわね」
三歩下がった式に答え、眼を凝らす。
見上げる。
西行妖は無い。
見渡す。
妖忌は去り、西行寺幽々子も既に亡い。
迷家に帰っても、自分と式以外には矢張り誰もいないのだ。
紫は首を振った。何だか妙に寂しかった。
「帰りましょう、藍。もうここには――来ないわ」
春なのに冷たい風が吹いた。
これより以後、この丘を尋ね来る者は誰一人居なかったと云う。
十三
妖忌は座していた。
黙然として西行妖の下で足を組んでいた。
人魂めいた半身を傍らに纏わせたまま微動だにしない。
冥界に降ってからは、西行妖が花を咲かせることもなかった。青々とした葉をつけているだけだった。その方がなんとなく好もしかった。
そのうちに東の空から日が昇ってきた。大きくて薄暗い、黄昏時のような日だった。座したまま見ていると、やがて薄暗いまま西に沈んでいった。
今度は月が見えてきた。半身をすっぱり切り落とした半月だった。何となく悲しかったのでずっと見ていると、東から太陽が昇ってきたので見えなくなった。
また太陽が天頂に向けて動き出し、しばらくすると沈んでから月が昇った。
数十回繰り返すうちに季節は変わったけれども、妖忌は座して待つがままだった。
食に事欠くことはなかった。
ふと気がつくと、足元に果物や米や肉が置かれている。
紫が差し入れてくれたものに違いなかった。十分な量だったし、半幽霊となった身では以前程定期的に食を取る必要はなかった。
むしろ気になったのは衣の方だ。いつ何時幽々子が帰ってきても良いように身だしなみを整えておく必要があった。しばらく考えた末、洗いさらしの袴をたくさん用意し、定期的に着替えることにした。
雨が体を濡らし。
雪が降り積もり。
風が吹き付ける。
そして昼間の太陽が、雨風に打ち付けられた身体を乾かす。
一日二日、一月二月、一年二年と――
繰り返すうちに、妖忌の顔には深い皺が刻まれていた。
西行妖は葉を付けたままで。
人妖も通りかかる者は無し。
それでも妖忌は待ち続けていた。
伸び放題だった髪と髭を整えたら、何時の間にか真っ白になっていたのが妙に可笑しかった。
干支が六回程回った頃のことである。
或る春の日。視界の片隅に見慣れぬものが飛び込んできた。
薄桜色。
桜色の何かがさわさわと揺れている。
花弁か。
だが、西行妖は今年も花を付かせておらぬはず。
奇妙に思って振り仰ぐと、めぐり一片が妖忌の面を掠め風に吹かれて消えていった。
――否。
吹かれているのではない。
風はすっかり凪いでいて、空は冷たい海のよう。
掌を天に向けてみても、空気の動きは感じられぬ。
してみると――己で飛んでいるものか。
ひらりひらりと、又何かが近寄ってきた。
妖忌はじっと目を凝らす。
ゆらゆらと揺れる薄い羽に、ぴんと伸びた触角。
蝶だ。
朦朧とした光を放つ蝶だ。
桃と薄黄に彩られ、彼方が透けて見えるほどに薄葉なる蝶。
その蝶が、大挙して桜の枝にと止まっている。
見たことも聞いたことも無い、半ば幽霊めいた群れであった。
桜が咲いたと見えたはこのせいであったかと、妖忌は一人頷く。
ふわり。
白髪が揺れた。
一陣の春風が吹き抜ける。
風に搖らされて、一匹が空に舞う。
一つが飛び立つと、また一つ。それに釣られて更に一つ。
地には幾百、天に幾千。相共々に飛び立った。
燐粉ならぬ燐光が冥界の微昏い空を満たす。見事な情景にほうとばかり感嘆の声をあげかけ――
――何だ。
己以外の何者かの気配。
数十年、他者の影なぞ全く見なかった地である。今しがた
気配は人のものと似て、どこかが違う。妖か霊か鬼か死か。強いて云わば、半幽霊たる己が身に最も近かろう。
――霊だと?
ある予感に動悸が早くなるのを感じる。
其の上、柔らかで飄然とした気の流れには覚えがある。
もしやこれは――と。
座禅を崩し。
幾年振りに立ち上がり。
ぐるりと辺りを見渡して。
息が止まった。
何時からそこに在ったのか。
西行妖の下。
しゃらん、しゃらんと。鈴の音が鳴り響く。
白の小袖に藍の単と思しき装束。壷折姿にも似た傾いた仕立に、黒の細帯を結び切る。双肩に波がかって垂らされた桜色の髮。朱色の染料にて渦巻模様を記した
違えるはずがない。
見紛うはずもない。
息を呑むことも出来ず、妖忌は食い入るように、舞い踊る娘を見詰め続ける。
どれ程の間魅入られていたものか。
ぱたん。
翠の扇が閉じられる音がやけに大きく響き。
くるりと娘が一回りして。
舞が止んだ。
さあ、と。蝶の群れが四方八方へと飛び去って行く。
ゆっくりと振り向いて、凝乎と注視るその姿。
死人を遣う富士見の娘
西行寺幽々子
「良く寝たわ」
第一声がそれだった。
聞き違えるはずもない雅声。
幾年を経ようとも記憶からけして薄れぬ響きであった。
「――お待ち申しておりました」
自然に身体が動いていた。妖忌は地に膝を付き、畏まって言葉を紡ぐ。
幽々子がゆっくり振り向いた。僅かに宙に浮き、不思議そうに小首を傾げる。
「あら、貴方は誰?」
「誰――と仰るか」
妖忌の心がちくりと痛む。
成程、主は眠り続け、目を覚ましたときには何もかもを忘れていた。
だがそれでいい。為すべきことは変わらぬのだ。
迷妄も雑念も無い。
己が使えるべき主は唯一人。幽玄にて凄絶なこの少女のみである。
「お忘れやもしれませぬが、拙者はかつてお嬢様に仕えし者。お目覚めの時をお待ち申しておりました」
「そうだったの。あらあら、待たせすぎちやったかしらねえ」
幽々子は小首を傾げた。
妙に可愛らしい挙作と、影の無い表情。遙か昔、死の影を纏う前の――赤ん坊の頃のような仕草。
「お気になさらず。いかなる御用であれ果たすが拙者の務めなれば、何なりと御下命を――」
「何でもいいのかしら?」
「はっ」
「じゃあ、そうねえ――」
天を見詰め、しばしの思案。
少しして。
ぽん。
飄々とした面持ちのまま手を打った。
「それじゃあ、何はともあれ、ご飯の支度をお願い。眼が覚めたばっかりでお腹ぺこぺこだわ」
「承知致した」
「それじゃこっちに――」
歩みだそうとして少女が振り返り。
後に従わんとする老翁が問い返す。
「あら、そういえば」
「いかがなされましたか」
「名前を聞いていないわ。私は幽々子。西行寺幽々子。じゃあ、貴方は?」
尋ねられふと言葉に詰まる。
待ち始めてより幾十年。己が名なぞ思い起こすことはまず無かった。
隅に追いやられていた記憶を想起する。
西行寺の衛士。
幽々子の従者。
妖忌という名ははっきり刻印されているものの、さて苗字と云えば何であったか。
八雲紫の言葉を思い出す。
魂は冥土に在りながら
魄は地上に留まりて
然り。
ならば。
幽冥郷の果てにて仕えるこの身は――
「妖忌。魂魄妖忌と申します」
――魂魄妖忌、只今参上仕る。
(了)
この妖忌からは鬼気迫る覚悟を感じ、
幽々子の、紫の、妖忌の、それぞれがそれぞれを想う様など
感服いたしました。
そのための説明が殺陣の尺をずっと上回ってしまってしまったのが残念。
不可避の事実を見直すよりも、願わくばもう少し妖忌の侠気を見ていたかった。
しかし作者殿の疾風怒濤の言の葉の使い廻し、大器に繋がる剛の筆。
次回作を是非、是非にまた書いてくださいますようお待ちしておりまする。
僕も負けじと拙作を書いています。これからも日々精進していきましょう。
んで。いきなり完璧に余韻をぶっ壊す発言をしますが、・・・妖夢はいないのでしょうか。この後に生まれるのかもしれませんが、妖夢は妖忌の孫。しかし妖忌は高齢。と言うことは、息子なり娘なりいないと計算が合わなくなるような・・・? ま、まさか寿命が長いからと言ってこの年から嫁を探し始めたとか!? ・・・いやまぁ、この話はこれで簡潔なので瑣末事なんですけどね。
あと、どうにも展開が速すぎたような感も否めません。
前半がしっかり読めたと感じた分、特にそう感じたのでしょうか・・・
しかしながら、妖忌等のキャラ設定や文書力は魅せられるものがあります。
次の作品にお目にかかれることを期待しております。では失礼しました。
あんた最高だよ!
恐らくは私のようなうるさがたが何か言うのではないかという思いからの原作準拠かとは思いますが、折角前編であれだけの舞台設定をなさったのだから、そのまま「この話」なりの結末を設けても良かったと思うし、また妖忌ファンのみなさまにしてみれば中段を設けて剣神としての活劇を見たいと思ったかもしれません。藍との絡みもあれだけでは寂しいですし。
少し、もったいないお話でした。
前編にあった圧倒的な雰囲気、威圧感のようなものが弱くなっているように感じます。
その分、前編よりも読みやすくなっていると思いますが……
やはり急な展開なのも気になりました。
未完の前編を公表しておいて間が開いてしまったことのプレッシャーは、自分も解るつもりですが……
皆様も仰ってますが、中篇を挟んでもよろしかったかと思います。
それにつけても、憧れざるを得ない描写力でした。
ぜひとも、貴方の幻想郷をもっと見せていただきたく思います。
――魂魄妖忌、只今参上仕る。
うぉぉ!妖忌かっちょええよ!!鳥肌がでちまったよ!
これぞ妖忌という素晴らしい雰囲気でした。
もっと評価があっても良いと思えるほどに。