黄金《きん》の髪煌かせ、私は優雅に舞い降りた。
舞い降りた先には、黒い髪。
縫い止められた紅白の蝶が一つ揺れるや、そいつはこちらを振り返りざま、
ぱしゃり。
「あ」
盛大に私の顔に水を浴びせてくれた。
「ひどいぜ」
「珍しく音も立てずに降りてくるからよ。涼しくなって何よりでしょ」
タオルを受け取る私の抗議を、霊夢はさらりと受け流した。
「よし解った、次からは盛大に騒々しく降りてくるとしよう」
「もっと涼しくなりたいのなら、遠慮なくどうぞ」
霊夢が冷水を湛えた手桶を構えるより速く、私は社務所へと逃げ込んだ。
「しかし実際、随分な陽気だな。暑くてたまらん」
「この日差しの中その格好で飛んでれば、そりゃ暑いでしょうよ」
ぱしゃり、と柄杓で水を打つ霊夢。今度は私でなく中空に撒かれた井戸水が、一瞬光を弾いてからまだらな染みを白砂に描いた。
「太陽如きで私のポリシーを曲げてたまるか。お前こそ、そんだけ黒くて長い髪なら吸熱効率は抜群だぜ」
「ん、そういえばだいぶ伸びたなぁ」
云いながら霊夢が、毛先を摘まんで陽に透かす。
「暑いだろ。なんなら私が切ってやろうか」
「――――そうね、じゃお願いしようかしら」
……軽い冗談のつもりだったのだが。
霊夢はリボンを解くと、シーツを首に巻いて縁側に座った。
髪に指を入れて軽く梳いてから、櫛を使って丁寧に梳かす。癖のない、流れるような黒髪。私の跳ねっ毛とは大違いだな、と軽く嘆息。
「どうかした?」
「なんでもない」
切り過ぎないでよ、との霊夢の言葉に、私は胸を叩いて応える。前髪に指を入れて、長さを確認。霊夢がお任せとばかりに目を瞑った。
――しゃき、しゃき、しゃき。
――さく、さく、さく。
軽やかな音とともに、白いシーツに、切り落とされた黒い髪が落ちてゆく。
まるで、成長と共に抜け変わる羽毛のようだ。
一房切り落とすごとに、霊夢は少しづつ軽くなる。
そうして重い羽を全て生え変わらせて。
こいつは、いつか何処かへと飛び去ってしまうのか。
私の手の、届かない処へ――。
「……魔理沙」
「わ、悪い。痛かったか?」
知らず握り締めてしまっていた髪を離すと、慌てて櫛を通す。
こちらの顔色を意に介した風でもなく、霊夢はちらと一度だけ私に眼を遣ると、そのまま前を向いてもう一度目を瞑った。私も気を取り直すと黙々と櫛を入れ、鋏を動かす。
――なんで、あんな風に思ったんだろう。
元々こいつには、重さなんてない。羽なんてなくとも、どこまでも高く飛んでいく。私よりも、ずっと高く。
それでも。
少なくとも今は、私の手の中にある。
日に当たった黒髪は暖かく、何故だかほんの少し涙が滲んだ。きっとこの陽気の所為だろう。
昼下がりの神社は静寂そのもの、ただ鋏の音だけが私達の間で鳴っていた。
「ほい、終わったぜお客さん」
最後にもう一度丁寧に髪を梳いてから、鏡を突き出してやる。
霊夢は、動かない。
「な、何だよ。気に入らなかったか? ちゃんと――」
すー。くー。
眠っていた。
白いマントに黒い羽散らせて、ゆらりこっくり眠る少女。
――無防備に、過ぎる。
瞑った目に、長い睫毛。
柔らかそうな頬。
軽い寝息を立てる、桜色の唇。
――このまま、ずっと私の手の中に。
ゆっくりを顔を寄せた。少しだけ躊躇ってから、己の唇に触れた指先を、彼女の唇に――――。
「……ん。あ、終わった?」
「呑気なもんだな。ほれ、鏡」
「うーん、まぁこんなものかしら」
鏡を覗いた霊夢は、納得したのかどうか判らない調子で二、三度頷くと、首に巻いたシーツを取り払った。切った黒髪が、床にはらはらと零れる。
「ふぁ、動かずにいたから肩凝っちゃった」
「思いっきり寝ておいてよく云うぜ」
「だって――気持ち良かったから」
――え。
屈託なくそう云って笑う霊夢の頭には、もういつものリボンが揺れていた。
「お礼に魔理沙の髪も切ってあげる。もう随分長いんじゃないの」
「わ、私はこのままで――」
「いいからいいから。はい、座って」
問答無用で帽子が奪われ、首にシーツが巻かれる。
「ほら、やっぱり長いわよ」
霊夢の指が、私の癖っ毛を梳いてゆく。
――嗚呼、
髪を分け入る指の感触。
――確かにこれは、
私は今、霊夢の手の中にある。
――気持ち良い。
気がつけば、すっかりお任せモードで、目を瞑っていたりする。
――しゃき、しゃき、しゃき。
――さく、さく、さく。
それにしても、お礼ならもう貰ってるんだけどな。
櫛と鋏が髪に通る感触に身を委ねながら、私は微笑む。
どう使おうか。
あれだけの祝福があれば、魔女にはどんな呪《まじな》いだって編める。
そうだな、とりあえず。
――私とこいつが、長い永い友達でありますように。
――ずっと、ずっと。
一陣の風が、床に落ちた髪を攫う。
黒い髪《はね》と、金の髪《はね》が、風に乗って空を舞った。
どこまでも高く、一緒に。
何か、まったりとしていて♪
それはきっと、二人の雰囲気が春風のようなやわらかさがあるように感じられたからだと思います。ふんわり。
床屋さんとかで髪を切ってもらうと、なんか気持ちよくてウトウトしちゃいますよね。
読んでて自分まで思わずその感触が蘇ってきました。
日差しの中、相手に身を任せて心地よさそうに目を瞑る少女…GJです。
元祖、本家、この二人のコンビは永遠ですね。
呪いをまじないと書くと、何かちょっぴりロマンチックで。
いや、特に意味はないんですが。穏やかで、素敵なお話しでした。
堪りません。何より、髪を切るという事自体がエロティック。とはいえ、
(際どく)下品にならないところが良いですね。
切り、梳き整える、こういう事がお互いに任せあえて出来てしまうのは
女の子同士ならではですね、なんとも甘く艶やかな場面。
エロというより艶やか、吸血行為もそうなのですが直接的では無いのに、
エロティックさを感じさせ、下品さがない場面ってのは個人的にツボです♪
いあ、堪能です。どうもご馳走様でした。