レミリアは満月の夜だというのに起きずに眠っていた。
昼間、博麗の神社に行った為に酷く疲れていたのだ。
だから咲夜は暇つぶしに散歩をしていた。
静かな森を歩くのは気持ちが良かった。
暫く歩くと、がさがさと言う音が聞こえてきた。
その音が気になって音のする方向に進むと、目の前に急に人影が現れた。
「ふはははっははははは、満月の夜にこの私と出会ってしまった事を後悔するがいい 」
瞬間、咲夜の気分は最悪な物へと変わった。
「まったく、変なヤツに会っちゃったわね 」
肩を落として咲夜がぼやく。
「その変なヤツに今からお前は掘られるのだ!! 」
嬉々として応えるワーハクタク。 ・ ・
そう、左右不対称且つリボンが付いた角を振り回し堀まくるあのワーハクタクだ。
つまりは、上白沢 慧音(満月ver)。
「はぁ、満月の夜に散歩でも――と思った私が馬鹿だったわ 」
溜息をつきながら、しかし一瞬の油断も見せずに咲夜が愚痴る。
一瞬でも油断を見せれば即刻掘られることを理解しているのだ。
「覚悟は出来たか? 悪魔の犬よ 」
狂った目で問いかける慧音(満月ver)。
「覚悟? この私が? そんな事する必要なんて無くてよ 」
余裕の表情を崩さずに応える咲夜。
その咲夜に、これまた慧音が余裕の表情で告げる。
「先に言っておくが……ナイフごときでこの私のロングホーンを斬ることは叶わぬぞ!! 」
「貴女、ナイフの使い方知ってる? ナイフは切るだけじゃなくて、刺すことも出来るのよ 」
少々癪に障ったのだろう、咲夜が冷たく告げる。
その手にはいつの間に出したのか、銀のナイフが握られていた。
咲夜の説明に、慧音はさぞ合点がいったのだろう。
フム、と頷いてから言った。
・
「ナルホド……それでお前は私を挿し殺すつもりか!! 」
明らかに曲解していた。
「えっ?いや、私はそんな事言ったつもりは…… 」
即座に意味を理解し、目の前のワーハクタクの誤解を解こうとするが、その言葉を遮ってワーハクタクが言い放つ。
「オモシロイ!!いいだろう、やってみろ。 貴様が私を挿すより早く、私が貴様を掘ってやろう!! 」
もうヤる気MAXな慧音は暴走路線まっしぐら。猫もびっくりする程にまっしぐらだ!!
しかし咲夜も諦めはしない。
ここで認めるわけにはいかない。もし認めてしまえば自分も仲間入りすることになってしまう……変態に。
もうなんか必死になって説明する。
「いや、だから、その、私は貴女を挿すつもりなんて無いワケで―― 」
必死になって説明するのだが、慧音は聞く耳をもたない。
そして心底つまらなそうに告げた。
それが、人間でありながら紅魔館メイド長の名を背負っている咲夜の逆鱗に触れる事にも気付かずに。
「なんだ、怖気づいたのか、ツマランナ。紅魔館のメイド長と言っても所詮は人間、戦う前から許しを請う程度の器か…… 」
やはりと言うべきか、その言葉は余程神経を激しく逆なでしたらしく、咲夜の表情が一気に険悪な物へと変わった。
「誰が、誰に、怖気づいて許しを請ったですって? もう一度言ってみなさいよ 」
まるっきり舐めきった顔で当然の事のように慧音は答える。
「貴様が、私に、だ。それ以外に考えられぬだろうが。 もう少し切れる奴かと思っていたのだが、残念だよ 」
何故に残念がるのか?そんな事はどこぞの隙間にでも置いといて良い。
大切なのは、
――ぶちっ――
そんな音が咲夜の頭の中で響い事だ。
「ふ~ん……どうやら喧嘩売ってるみたいね 」
ちなみに、咲夜の目は既に紅くなっていたりする。
「最初からそのつもりだが? 今更気付いたのか、この愚鈍が!! 」
「こっちが下手に出てりゃぁ粋がりやがって……その喧嘩高くつくわよ? 」
なんか周りに殺気が溢れてきた。
近くを飛んでる蝙蝠やら蛾やら何やらが落ちる位。
ついでに言うと、夜雀も落ちてたりするが、それには誰も気付かなかった。
あと、それまで近くで光っていた異様にデッカイ蛍の光が見えなくなったのにも。
「漸くヤる気になったか、少しは楽しませてくれるのだろうな? 」
・
「えぇ、勿論よ。その左右不均等で不愉快な角、2本とも折ってあげるわ!! 」
・
「ほぅ、我が自慢のロングホーンを掘るだと? ハハハハ!!抜かせ!! 」
どうやら慧音は怒ったようだ。言ってる意味が微妙に良く分からないが……
咲夜も一々突っ込むようなマネはしない。
先の経験から、今目の前にいる慧音には何を言っても無駄だと言うことが良く解っているのだ。
両者の目が合い、睨み合う。
そして数秒後、いや数瞬後に両者が吼えた。
「その体に決して消えぬキズと快ラックを刻みつけてやろう、紅魔のメイド!! 」
「その身を痴れ!!この変態ワーハクタク!! 」
こうして幻想郷の森で挿すか掘られるかの貞操をかけた戦いの火蓋が切って落とされたのだった。
先手は慧音。
「過去に私が掘った者達の記憶、篤と味わえ!! 旧史『旧秘境史 - オールドヒストリー- 』!! 」
わらわらと弾幕が咲夜に向かって来る。
それを咲夜は少しずつ移動しながら避ける。勿論ナイフでの攻撃も忘れない。
「そんな弾幕でこの私が落とせると思ったら大間違いよ!! 」
ちょうど、慧音を中心とした円上を半周したところで咲夜のセリフと同時に『オールドヒストリー』の効果が切れた。
「なかなかヤルではないか。ならば、これならどうだ!! 転世『一条戻り橋』!! 」
咲夜の後ろから弾幕が迫る。
「無駄無駄無駄無駄!! 」
軽やかに避ける咲夜。
時々ありえないスピードで避けているので時間を操っているのは間違いない。
そして、まさかこうまで自分のスペルカードが通用しないとは思っていなかったのだろう。
慧音に焦りの表情が浮かんだ。
暫くして、咲夜が被弾することなく『一条戻り橋』が終わる。
「くっ、新史『新幻想史 -ネクストヒストリー-』!!これならどうだ!! 」
弾幕の見た目は違うが、実質的な避け方は『オールドヒストリー』とほぼ同じ。
咲夜は少しずつ横にずれながら避けていく。『ネクストヒストリー』の効果が切れるころには慧音を中心とした円上を一周し、元の位置へと戻っていた。
そして、『ネクストヒストリー』の効果が完全に切れたことを確認してから静かに告げる。
「さて、そろそろ私からもやらさせてもらうわよ。……狙った獲物がこの私だったことを後悔しなさい!! 『デフレーションワールド』!! 」
咲夜の宣言と同時に周囲の時空が縮小し、小さくなった時間が短期間の過去と未来を同時に映し出す。
慧音のスペルカードを直球とするなら、『デフレーションワールド』は変化球と言うべきスペルカードだ。
――短期間の過去と未来を同時に映し出す――
つまり、『デフレーションワールド』が発動した今、戦闘開始から今まで咲夜が投げたナイフが全て出現している。
そして、咲夜はナイフを投げながら、慧音を中心とした円上を進んでいた。
しかも慧音は当初の位置から動いていない。
要するに慧音の周りには満遍なく、それこそ避けることが不可能なくらいにナイフが出現しているのだ。
一瞬後、ナイフが慧音に向かって動き出す。
「ナニィッ そんなバカな事が―― 」
それが今宵最後の慧音の言葉となった。
「まったく、手間とらせんじゃないわよ 」
変態ワーハクタクとの戦闘は終わった。
しかし、こいつをこのまま野放しにしていて良いものか?
しばし悩んだ後、咲夜は紅魔館に気絶した慧音を運ぶことにした。
この際だ、この色ボケ色情狂を更生させてやる。
たとえそれが出来なくとも利用方法はいくらでもある。
慧音が気付くとそこは窓が無い、小さな部屋だった。
体は縄でぐるぐる巻きの状態で、とても抜け出せそうに無い。
そして、目の前には十六夜 咲夜の姿があった。
「昨夜は良く寝られたかしら? 」
「おかげ様で、よく眠れたよ 」
体の節々が悲鳴を上げているが、それは言わない。
お約束は守らねばならないのだ。
「そう、ならいいわ。ところで一つ質問があるんだけどいいかしら? 」
「別にかまわんよ。私は負けた身だ、掘るなり挿すなり質問攻めにするなり好きにすればいい 」
「掘る気も刺す気も、私には最初からこれっぽっちも無いんだけど……まぁいいわ。それじゃぁ質問、貴女は何故掘るの? 」
慧音の体が僅かに強張る。
数秒経ってから慧音は語りだした。
「昔から私は人間が好きだ。だからよく里に下りては人間達と遊んだり、仕事を手伝ったりしていた。
人間達も最初は不信の念を抱いていたようだったが、それは時間が解決してくれた。
長い間、私は人間達と旨く付き合っていたよ。
しかし、ある時問題が起こった。満月の夜の姿を一人の男に見られてしまったのだ。
このままでは私は人間達に嫌われてしまうのではないか?
そう思ったらツイ、その男を掘ってしまっていた。そいつを殺してはいない。
まぁ、証拠隠滅のためにそいつを食人鬼にでも渡して消すつもりだったが……
しかしその男は私の一瞬の隙を突いて里へと逃げてしまったのだ。そしてその男は私の隠れた本性を里の人間全てに話してしまった。
それからは酷いものだったよ。人間達は私を見るたびに逃げるようになった。それだけならまだ良かったが、私を退治しようと言う者まで現れた。
人間達は私を恐れ、憎む。しかし私は人間が好きだ。
それからだよ、私が満月の夜に人型の生物を掘るようになったのは…… 」
語り終えた慧音はスッキリとした顔だった。
胸のうちに溜め込んでいた物を吐き出したからだろう。
「くだらない理由ね 」
それは咲夜の、大変素直な意見だった。
「確かにお前にとってはくだらないかもしれない。しかし私にとっては大問題だったのだ!! 」
「嫌われたのならば、諦めてしまえば良かったのに。人間の寿命は短いわ、時間が経てば貴女のことを覚えいる人間なんてすぐにいなくなる 」
静かに諭すように咲夜が告げた。
「あぁ、確かにお前の言う通りかもしれない……だが、どうしても私は、人間を愛することだけはやめられないんだ。今も、そして多分これからも 」
それは暗に、これからも掘りまくるぜ!と言っているのと同じだった。
しかし、咲夜はその事をスルーし、小さくつぶやいた。
「……気安く愛を語るんじゃないわよ。そんなに愛がほしいのなら連れて行ってあげるわ 」
「連れて行くとは……どこへ? 」
「貴女を好いてくれる人のところよ 」
咲夜は慧音をある部屋へと連れて行った。
そこは階段を幾度となく降りた所だった。
まぁ、あれだ。地下室と呼ばれるところだ。
「さぁ、着いたわよ 」
「この部屋の中にいるのか?私を好いてくれるという人が……? 」
「御託はいいからさっさと入んなさい 」
咲夜に促されて部屋に入った瞬間、ドアが勢いよく閉じた。
開けようとしても開かない。閉じ込められたようだ。
部屋の奥には誰かいるようだった。
近づこうとすると相手から話しかけてきた。
「あなた、だぁれ?私と遊んでくれる人? 」
ふむ、どうやら奥にいるのは声からして少女だろう。
「一緒に遊べばお前は私を好いてくれるか? 」
「うん!!もちろんだよ!!! 」
嬉々として答えてくる。
その口調で、なんだかこっちまでうれしくなってくる。
「なら一緒に遊ぼうか。何して遊ぶ? 」
「えっとねぇ――弾幕ごっこ!! 」
「わかった、弾幕ごっこだな……ってちょっと待て―― 」
その発言は却下されたようだった。
少女はもう魔力弾を出し始めている。
「あ、そうそう。一つ忘れてたわぁ~。私すぐに壊れちゃう物って大嫌いなの。あなたは壊れる物?それとも壊れない物?今からそれを確かめ―――― 」
その先のセリフは一言たりと頭に入ってくることは無かった。
なぜなら目の前に狂った弾幕が展開されていたから。
「ぎゃぁーーーーーーーーーーーhelpes!!helpes me!!!!!!!! 」
その悲鳴は誰にも相手にされることは無かったとか……
ほぼ同時刻、レミリアの部屋にて
「咲夜、今日はフランがいやに静かだけれど、魔理沙が遊びにでも来たの? 」
「いいえ、ただ玩具を一つお渡ししたのですよ 」
「そう。……今日の紅茶いつもと味が違うようだけど、葉を変えたの? 」
「はい、前のが古くなっていたので新しい葉に変えさせていただきました 」
「……美味しいわ 」
「ありがとうございます 」
レミリアと一緒に紅茶を飲みながら咲夜は思った。
(これでしばらくはあの変態の被害者は出ないでしょうね)
フランに与えた玩具と言うのは……もちろんアレのことだ
事実それからしばらくの間、幻想郷に掘られた者の悲鳴は響かなくなった。
変わりに紅魔館の地下室で悲痛な悲鳴が断続的に響くようになったのだが……
それに気付いているのは一人だけだった。
尤も、気付いていても助ける気など毛頭ない様だったが……
――終――
直しました。
>helpesじゃ(ry
デフォです。
確かにhelpがどう考えても正しいのですが、
慧音の“壊れ”を表現したかったのでesをつけてみました。
>変体は「変態」が~
体→態に直しました。
今回ご指摘くださった御三方、本当にありがとうございました。
これからもどうぞよしなに。
まだ直ってない部分もあったり