「ああ、平和ねぇ・・・」
言いつつ、ついさっき淹れたばかりのお茶を一口。
もう六月も下旬の半ば。今年は既に日中にいれば汗が吹き出すほどには暑い。どうやら今年の夏は猛暑となりそうだ。
まったく、梅雨は何処へ行ったのやら。どこぞの妖怪が梅雨でも奪っていったのだろうか。井戸が枯れなきゃいいけど。
しかし掃除は今朝に済ませてある。また汚れるようなことがない限りは、夕刻まで掃除はしなくてもいいだろう。
そう、誰かが境内を荒らしたりしないかぎりは。
「厄介事も退屈しなくていいけれど、たまにはこんな静かな日もないとね」
つぶやいてもう一口お茶をすすると、なにやら何かが高速で近付いてくるような音がした。
それは例えるなら、何処かの黒白が高速で突っ込んでくるような、そんな音。
「おぉーーーーーーーっす!元気してるかー霊夢ー!」
・・・そのまんまだった。
魔理沙は神社の上を駆け抜けると、ゆっくりとターンして戻ってきていた。
案の定、境内を見れば魔理沙の起こした風で新しい砂や葉っぱが境内に落ちていた。
端的に言えば、掃除する前に逆戻りだ。
「暇だったんで遊びに来たぜ。取り敢えず茶でも淹れてくれよ」
「アンタ・・・神社に近付く時は減速しろと、いつもいつも言ってるでしょうが!」
取り敢えず、問答無用でブン殴っておく。
「痛ってぇ~・・・くそ、これが遊びに来た友人のもてなし方か!」
「うるさい!掃除の終わった境内を荒らすような奴はブン殴る、それが博麗のもてなし方よ!」
今日はもうしばらくはゆっくり休めたはずなのだ。目の前の黒白が高速で突っ込んできて、境内を荒らすような真似をしなければ。
またこの暑い中で掃除をしなければならないのかと思うと、思わず手がグーの形に握られ
渾身の力を込めた拳が魔理沙の頭に飛んでいくというものだ。
それにしても、普段なら減速するのに(高速で突っ込んでくる度に殴ってきたから)今日はどうしたことだろう。
何か急ぎの用事でもあったのだろうか。
「ったく、おもいっきり殴りやがって。確かに境内荒らしたのは悪かったけどよ・・・」
「そう思うならやめて。頼むから」
「あー、以後気を付けるぜ。・・・おっと、コイツを忘れるところだった」
「ん・・・それは何?」
今の今まで気付かなかったが、箒の先に何やら丸い包みともう一つ包みがくくり付けられていた。
魔理沙がへっへーと得意そうに笑いながら包みをとくと、そこには夏の風物詩とも言える緑の下地に黒の縦縞。
西瓜だった。
「まだ6月だっていうのに・・・どっから手に入れてきたの?」
「ふふふ、あるところにはあるもんだぜ。まぁ、まだ大きいとは言えないがな。
チルノを脅しつけて・・・もとい、頼んでしっかり冷やしてある。きっと美味いぜ」
「あんたねぇ・・・はぁ、後でなだめとかないと、夏真っ盛りの時にヘソ曲げられるかもしれないわよ?」
「む・・・それは困るな。後で何か考えておくか・・・まぁそれはそれとして、ほれ」
魔理沙がさてどうしようかと考えながらも、西瓜を渡してくる。言っていた通り多少小振りではあるが、ひんやりとしていて気持ち良い。
高速で突っ込んできたのも、温くなる前に持ってこようとしていたからだろう。
・・・目的地の近くで減速しても、そう変わりはしないと思うのだが。それに魔法使いなら断熱の魔法とかいう便利な代物はないのだろうか。
かっとばして来るから必要ないとか言いそうだけど、こういうことでなくても用途は広そうなものだが。
なにはともあれ、こんな手土産を持ってきたのだから、きちんともてなしてやらないといけないだろう。
「あーはいはい・・・お茶淹れてくるわ。適当に中でのんびりと待ってて。」
「結構結構。いつもそうなら嬉しいんだがなー」
「そう思うんなら静かにここに来ることと、何かしら手土産でも持ってきなさい。そしたらお茶ぐらい進んで淹れてあげるわよ」
「こいつは手厳しいことで」
「ほら、持ってきたわよ」
「おお、流石は私の持ってきた西瓜。コイツは美味そうだ」
外に臨みながら食べるのが西瓜のスタンダードだ、という魔理沙の主張を受け入れて、縁側で食べることにした。
『おおやっぱり美味いぜ』とか言いながらむしゃぶりつく魔理沙。行儀が悪いというか、魔理沙らしいというか。
そんなことを言えば『わかってないな霊夢。これが西瓜の一番美味い食い方なんだぜ』とかしたり顔で言うに決まっているので、言わない。
「・・・持ってきた人は関係ないんじゃない?」
「いやいや、私みたいな美少女に運ばれたら、西瓜だって美味くなるもんだぜ?」
「それはないし自分で言うな自分で」
「いやまぁ、美味いんだし何でも良いじゃないか。やっぱ冷えた西瓜は格別だぜ」
「まったく・・・あ、美味しい」
「だろー?」
しゃくしゃくと食べていると、魔理沙が不意に肩を叩いた。何事かとそちらを向いてみると、魔理沙は私の方を向いたまま、種を吹き出してきた。
思いっきり不意を突かれて、もろに顔に直撃を喰らう。
「ぷぁっ!?何すんのよ魔理沙!」
「ただ食べるっていうのも面白くないだろう・・・ここはこないだ図書館の本で見た、『西瓜種幕』で勝負だぜ!」
魔理沙が何やら、美鈴書房だかなんだかの本から得た知識を披露しているが、私は顔についた種を落とすのに必死で聞いていない。
何処からか、『そーなのかー』という声が聞こえてきたような気がするが、気のせいだろう。
どうやら話を要約すると、古代中国のなんたらとか言う偉い人が、色々あって考え出した決闘方法だとか。
本当に適当ではあるが、要約するとこんな感じだったはずだ。多分。
「とまぁ、こいつは互いに・・・まぁ今回は半玉ずつだな。それだけ持って、その種を口で吹いての弾幕勝負と言ったところだ。
ちなみに、口で吹く以外の種の発射方法は認められないぜ。よって射程から考えて、飛ぶのもナシだ」
「・・・おっし、受けてたってやろうじゃないの!あんたのその顔、真っ黒にしてやるわ!」
やられっぱなしでいられるもんか。あいつの顔をGの異名にふさわしく黒々と光らせてやるのだ。
顔にまとわりつく黒い種をはがし終えたところで、そう誓う。食べ物の怨みは恐ろしいのだ。・・・なんか違うか。
「あ、家の中は駄目だからね?片付け大変だし」
「おう、わかったシャクシャク。ほら行くぜっ!」
「不意打ちでなければシャクシャクそうそう当たらないわよ、そんな鈍い種!」
「甘い甘い甘すぎるぜ霊夢!そんな種で私に当てられるとでもっ!?」
・・・かくして側から見れば、何をやっているのかとしか言いようのない、不毛な勝負が始まった。
今になって思えば。
こんな提案をした魔理沙も魔理沙だったけど、それに乗った私もバカだった。そう思う。
お互い服やら顔やらあちこちに種を貼りつかせて向き合っている今、そう思わざるを得ない。
「やるじゃないか、霊夢・・・私をこんなにしたのはお前が初めてだぜ・・・!」
「光栄ね・・・と言いたいところだけど、もうお終いにしない?そろそろ口が疲れてきたんだけど」
この暑い中を散々走り回ったせいで、体中が汗でべっとりしていて気持ち悪い。
さらに言えば種が顔やら髮やらにくっついて気持ち悪い。相乗効果でとにかく気持ち悪い。
私でコレなのだから、魔理沙の暑苦しい服ならなおさら汗をかいていることだろう。
流石にそろそろ向こうもやめたいと思っている頃合だと思うのだが。
「休戦の申し出か・・・つっぱねたいところだが、受けてやる。条件は風呂に入らせてくれればそれで良いぜ」
魔理沙は言いながら残り少ない西瓜を高速で食べはじめる。従来の倍速といったところだろうか。慌てて私も残っていた西瓜を口にする。
案の定、申し出はあっさり受け入れられた。まぁ予想外の反応を取られても困るんだけど。
西瓜の残りがもう少ないので、キリの良いところまでやろうとか言い出すかと思ったが、やはり汗だくで気持ち悪いのだろう。
そんなことを考えながら減ってきた西瓜から魔理沙に目を移すと、もう西瓜を食べ終えていた。
ちょっと早すぎはしないだろうか。
「遅いぜ霊夢。たったそれだけの西瓜、さっさと食っちまえよ」
「あんたと一緒にしないでくれる?まったくもう・・・―――――――――よし、おしまい!」
魔理沙に遅れることしばし、ようやく西瓜を完食。
くれぐれも言っておくが、私が遅いのでなく魔理沙が早いのである。そこのところ間違いのないように。
「食い終わったらさっさと風呂に入ろうぜ、一刻も早く汗を流したい。この感触はもう我慢ならん」
「そうね・・・同感だわ。仕方ない、一緒に入りますか」
「そういや、今日はもっと楽しいものも持ってきてるんだぜ。というわけで泊めてくれ」
「いや話が飛びすぎてる気がするんだけど。大体その楽しいものって何なの?」
「それは後のお楽しみ、だ。とにかく、今日の晩飯は私の分も頼むぜ」
そんなこんなで、なし崩し的に魔理沙に晩飯と宿泊を承諾させられた。
これであいつの言う『もっと楽しいもの』が下らないものだったら、ブン殴ってやろうと思う。
風呂に入ってから掃除をすることになった際、魔理沙に『自分の散らかしたしたところはやれ』と言ったら逃げようとするから
風呂の時に盗っていた箒を人質(箒質?)にして、私の予備の箒で掃除させる、という微笑ましい一幕もあったりした。
ぶーたれている魔理沙に『晩御飯、あんたの嫌いな物だけで作るわよ』と言ったら、血相を変えて掃除をしてくれた。
私ならきっとやる、と思ったのだろう。いや実際やるけど。
そうして終わった後でゆっくり二人でお茶を飲んで、日も落ちたので晩御飯にして今にいたる。
念の為に言っておくが、魔理沙の嫌いなものは外してある。こいつは嫌いな物を出すと、キレイに残すのだ。
そういうわけで、あまり出さないようにはしているのだが、時々バレないように混ぜてみたりもする。
心情は好き嫌いの多い子供を持った母親そのまんまである。今では魔理沙の好き嫌いも随分と減った。
私としては魔理沙の好き嫌いをなくすことよりも、種を明かした時の魔理沙の顔が見たいだけなのだが。
あれはなんとも・・・おっと、話が逸れた。
そしてちょうど今、美味い美味い言いながらバクバク食べる魔理沙に
少し照れながら『物を口に入れながら喋らない』とか言いながら、箸で地獄突きかましたところだ。
ああーこれはちょっとやりすぎたかなー。思いっきりむせてるし。
だけど安心して魔理沙。峰打ちよ(箸の裏で突いただけ、とも言う)
「ってそうじゃないそうじゃない。思いきり忘れてたけど、結局楽しいものってなんなのよ?」
「霊夢、お前・・・私のこの状態を見て、何か言うことはないか・・・?」
息も絶え絶えに、怨みのこもった声で言う魔理沙。どうやら本当に『少し』やりすぎたらしい。
確かに箸で地獄突きはいかに相手が魔理沙といえども、酷かったかもしれない。自粛自粛。
「えぇっと、大丈夫よ魔理沙。傷は浅いわしっかりして」
「それだと私が死ぬみたいじゃないか・・・まったく、箸で地獄突きはやめてくれ。頼むから」
下手したら失神しかねん、と付け足して魔理沙は喉をさすっている。
でもあんたはきっと大丈夫。殺しても死ななさそうだから。言わないけど。
「はいはい、これからは出来るだけやらないように善処しようと思うわ。で、何なの、楽しいものって」
「なんだか微妙な約束だな・・・まぁいいか。ああそうせっつくな。ほら、これだよ」
やはりまだ痛むのか、喉をさする手は休めずにそう言うと、西瓜の包みと一緒に持ってきていた包みを取り出す。
片手で器用に包みを解くと、そこにはそれぞれの本数自体は少ないものの、やたらと種類の豊富な花火があった。
よりどりみどりとはこういうのを言うのだろう。
「こないだちょっと用があったんで、マヨイガ行ったら見つけたからこっそり持ってきたんだ」
確かに見てみると、どうやら外の物であることがわかる。
『夏だ花火だ怒涛のスペシャルファミリーセット』
・・・まだ夏ではないし、ネーミングセンスもかなりいかれてる気がする。
とはいえ、花火なんて久しぶりだ。
随分と昔にやったような憶えがあるのだが・・・その時はどうやって入手したのだったか。
まぁ別にいいか。今目の前に花火がある、それだけで充分だ。
「なるほど、確かにこれは楽しいものね。けど西瓜に花火ときたら思いっきり夏の風物詩じゃない。早すぎない?」
「今年はちょっと遅れてるが、そろそろ梅雨に入るだろ?梅雨の間はつまらんし、入る前に楽しもうと思ってな。
ま、そういうわけだ。辺りもとっくに暗くなってるし、そろそろやろうぜ」
「そうしましょう。ちょっと使ってない桶取ってくるから、先に行ってて。―――――ああ、線香花火はある?」
「もちろんだぜ。あれがない花火なんて、打ち上げ花火以外は認めない」
「わかってるじゃない」
「そっちこそ」
「おぉーっし、次行くぞー!」
「あーはいはい、火事にはしないでねー」
魔理沙は鮮やかな火花を吹き出している花火を、何故か両手に持って、ブンブン振り回している。
対して私はというと、吹き出す火花をじーっと見ているだけである。もちろん、片手に。
これも結構楽しいと思う。振り回すのは確かに綺麗だけれど、花火自体を純粋に楽しむなら何となくこちらという気がするのだ。
この時期の草木は生なので、燃えうつったりはそうそうしないものの、ちょっと心配ではある。
まぁ今日は風もなく至極穏やかな夜であるので、あまり心配はいらないのだけれど。
「んー・・・なんだこりゃ。始めて見る型の花火だな・・・何々、ねずみ花火?」
手で持つ型の花火を使いきった魔理沙が花火の物色に来て、ある花火の袋を取り出す。
自分の見たことのない形のその花火に興味を持ったのだろうが・・・しかしそれは不味い。
魔理沙は知らないかもしれないが、私は知っている。
それをどんなものかも知らずに使った者は、大抵同じ末路を辿る。
「あ、魔理沙。それはやめといた方が良いと思うわよ」
「なんだ、そんな危ない奴なのか? しかし、やめろと言われるとやりたくなるのが人の性って奴だぜ」
人の忠告も聞かずに持っていって、それに火を点ける魔理沙。ああやっちゃった。後がわかるからやめとけと言ったのに。
だって、絶対に・・・
「のわーーーーーーーーー!?」
絶対に、そうなるもの。
「魔理沙ー、それしばらくしたら弾けるから、頑張ってー」
ねずみ花火に追いかけられて猛ダッシュで逃げる魔理沙に声援を送る。
それはまっすぐにしか進めないから、横に逃げれば良いということは教えてやらない。
だって、見てて楽しいんだからしょうがない。私は止めた。忠告に従わなかった魔理沙が悪い。
「は、薄情者ぉーっ!」
「私の忠告きかないあんたが悪いんでしょー。ほら、追い付いてきてるわよー」
「ぬぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおーーーー!!」
パァーーーン!!!
ネズミ花火は甲高い破裂音を残して、その短い一生を終えた。
面白いものを見せてくれてありがとう。君のことは忘れない、5分ぐらい。
しかし、本当にお約束通りになったものだ。魔理沙は余程堪えたのか、肩で息をしている。
「はぁはぁ・・・くそ、メチャクチャ疲れた上に物凄く暑い・・・」
「お疲れさま。ほら、冷たい・・・とは言えないまでにしても、温いお茶よ。」
「おお、悪いな。あぁー生き返るー・・・そういや、あれがあんなのだって知ってたのか?」
「もちろん。だから止めたんじゃない」
「出来れば、詳しく説明して欲しかったな・・・ああ、本当に疲れたぜ」
心底疲れたという風に息を付いている。流石にさっきのように手に持って振り回す元気はないようだ。
ならば、少し休む意味も含めて、ここはこれの出番だろう。
「ほら、今から設置式のをやるから、これでも見てゆっくり休んでなさい」
「そうさせてもらうぜ・・・なぁ、それいっぺんに全部やっちまわないか?」
「良いけど・・・どうして?」
「そりゃあ、そっちの方が綺麗だからさ。やっぱりこういう花火は豪快に、な」
「仕方ないわね・・・まぁ4つだけだし、一列に並べたらいけるかな。ちょっと待ってなさい」
早速少し離れたところで横一列に並べる。固めて置いてしまうと、次の火を付けてる間に花火を浴びてしまう。
火花の雨、なんてのは遠慮願いたい。髮が縮れてしまうのは、やっぱり嫌だ。
―――――――うん、こんな感じで良いだろう。
一定間隔をあけて設置した花火の一つ一つに火を点けていく。手早く手早く。
大丈夫だとは思うけど、のんびりやる気にもならない。
なんとか火花が吹き出す前に、全ての火種を点けることに成功した。後はさっさとこの場を後にするだけだ。
「おーい、始まるわよー」
言ったそばから、後ろの方でシュボッと音がしたので、慌てて走る速度を上げる。さっさと戻らないと、見逃してしまう。
せっかく魔理沙の発案で太く短くという方針でいったのだから、見逃す時間は短いに越したことはない。
「おお、そうみたいだな、いやはや絶景絶景。やっぱこうでなくちゃな、花火は」
「そうねー・・・これはまさしく、火花の雨ね。とても綺麗だわ」
魔理沙の隣に腰かけて、花火を一緒に眺める。
花火は火花を上に吹き出して、それがゆっくりと落ちて地面に落ちる前に消えていく。
それは言葉通り、雨のようだった。
しばらく呆とそれを眺めていたが、しばらくすると最初に点けた奴から一つずつ勢いが弱くなって、最後には真っ暗になった。
部屋の灯りも落としてあるから、今あるのは手元に揺れる蝋燭の種火とかすかな月明かりだけだ。
「あーあ、終わっちまったな・・・さーて、きれいになくなったことだし。線香花火でもするか?」
「そうね・・・やっぱり最後は、ね」
小さな灯りを頼りに線香花火を袋から取り出して、一本ずつ手に持つ。
線香花火は、たくさんはいらない。一本だけだからこそ、美しいんだと思う。
無言で線香花火に火を点け、じっと眺める。かすかに聞こえる火花の弾ける音だけが、この場にあった。
「・・・なぁ」
「なに?」
「線香花火って、なんでこんなに小さい癖に、他のよりも綺麗に思えるんだろうな。やっぱり小さいからか?」
「そうね、上手くは言えないけど・・・多分、小さいっていうより儚いからだと思うわ」
「儚い、かぁ・・・妖怪とかから見れば私達人間も儚いものなのかね?」
「かもね。まぁ美しいとは思われてないかもしれないけど」
「ははっ、違いない」
二人して笑いあっていると、いつのまにか火花が大きくなってきていた。
大きくなるということは、終わりが近付くこと。
月は、満ちれば後は欠けていって新月になるだけだ。人も年をとって成長するにしたがって、死に近付いていく。
・・・妙に感傷的になってしまった。線香花火は、そういう魔力を持っているような気がする。
「なぁ霊夢。またいつか、花火しような」
魔理沙が口を開く。そして、その言葉は字面通りの意味ではない。そう漠然と思った。
けれどそれは、わかるだけでいいのだろう。反応することは期待されてないし、求められていない。
だから私は、それを字面通りに受け取って、返すだけでいいのだ。
「なによ改まって。私だって花火は好きだし、断るわけないじゃない。喜んで付き合ってあげるわよ」
「いや、なんとなく線香花火を見てたら、そんなことを言ってみたくなってな」
「じゃあ私も何か言おうかしら。えーと・・・『今年』もよろしくね」
今年もよろしく。来年も再来年も、その年になったらそれは『今年』だ。
だからこれは、今年も、これからもよろしく。そういう意味だ。
「それ正月の挨拶じゃないか。それによろしくされなくても、気が向いたらお前が嫌がったって訪ねてくるぜ」
私の言葉の意図を知ってか知らずか、そのままの意味で返す魔理沙。
いや、それをわかってもらえようとわかってもらえまいと、どうでもいいのだ。
結局の所、言いたいことは字面通りでもさして変わりはしないのだから。
「いいの、何となく言いたかっただけなんだから」
「変な奴だぜ、まったく・・・あ、落ちた」
「あんたに変な奴なんて言われたらおしまいね。・・・ああ、私のも落ちちゃった」
再びあたりは種火の灯りだけになる。その灯りもそろそろ燃え尽きようとしている。そろそろ頃合ということだ。
「くそ、今回は私の方が早く落ちたが、今度やる時は負けないぜ」
「そもそもこれは勝ち負けじゃないでしょうに。ふぁぁ・・・もう眠いわ。出る前に布団ひいておいたからもう寝ましょう」
なんとなくこうなるような気がしていたので、桶を持って外に出る前に、客間と自室に布団をひいておいた。
それが見事に役に立った。博麗の巫女の勘はやはり伊達ではない、といったところか。
「おお、道理で桶を取りに行ってるだけなのに遅いわけだぜ。ごちゃごちゃしてて分かりにくいのか、とか思ってたんだが」
「まさか、魔理沙じゃあるまいし。何処に何があるかは倉の中以外はちゃんと把握してるわよ」
「耳の痛い話だぜ・・・あーそういや、朝飯は出るのか?」
「もちろん出してあげるわよ、花火は楽しかったし」
「それは朗報だな、明日の朝が楽しみだぜ」
にこやかに言う魔理沙に、私もつられて笑みで返す。
そして一日の終わりに相応しい言葉で、互いに別れを告げるのだ。
「それじゃあ、おやすみ魔理沙」
「ああ、おやすみ霊夢」
こうして一日は終わり。また明日からいつもの毎日が繰り返される。
いつものように掃除をして、暇な時はお茶を飲んで、時々変な奴等がここに集まる毎日。
それは適度に楽しく、適度に休める幸せな時間の流れ。
今日みたいに、馬鹿みたいな騒ぎに乗ってみるのも、楽しい。
これはまだ失いたくないものだ。もちろん、これからも失うつもりはない。
だからこそ、何か異変が起こったら何が何でも解決してやるのだ。
だから・・・これからもよろしく。私の日常、幻想郷。
言いつつ、ついさっき淹れたばかりのお茶を一口。
もう六月も下旬の半ば。今年は既に日中にいれば汗が吹き出すほどには暑い。どうやら今年の夏は猛暑となりそうだ。
まったく、梅雨は何処へ行ったのやら。どこぞの妖怪が梅雨でも奪っていったのだろうか。井戸が枯れなきゃいいけど。
しかし掃除は今朝に済ませてある。また汚れるようなことがない限りは、夕刻まで掃除はしなくてもいいだろう。
そう、誰かが境内を荒らしたりしないかぎりは。
「厄介事も退屈しなくていいけれど、たまにはこんな静かな日もないとね」
つぶやいてもう一口お茶をすすると、なにやら何かが高速で近付いてくるような音がした。
それは例えるなら、何処かの黒白が高速で突っ込んでくるような、そんな音。
「おぉーーーーーーーっす!元気してるかー霊夢ー!」
・・・そのまんまだった。
魔理沙は神社の上を駆け抜けると、ゆっくりとターンして戻ってきていた。
案の定、境内を見れば魔理沙の起こした風で新しい砂や葉っぱが境内に落ちていた。
端的に言えば、掃除する前に逆戻りだ。
「暇だったんで遊びに来たぜ。取り敢えず茶でも淹れてくれよ」
「アンタ・・・神社に近付く時は減速しろと、いつもいつも言ってるでしょうが!」
取り敢えず、問答無用でブン殴っておく。
「痛ってぇ~・・・くそ、これが遊びに来た友人のもてなし方か!」
「うるさい!掃除の終わった境内を荒らすような奴はブン殴る、それが博麗のもてなし方よ!」
今日はもうしばらくはゆっくり休めたはずなのだ。目の前の黒白が高速で突っ込んできて、境内を荒らすような真似をしなければ。
またこの暑い中で掃除をしなければならないのかと思うと、思わず手がグーの形に握られ
渾身の力を込めた拳が魔理沙の頭に飛んでいくというものだ。
それにしても、普段なら減速するのに(高速で突っ込んでくる度に殴ってきたから)今日はどうしたことだろう。
何か急ぎの用事でもあったのだろうか。
「ったく、おもいっきり殴りやがって。確かに境内荒らしたのは悪かったけどよ・・・」
「そう思うならやめて。頼むから」
「あー、以後気を付けるぜ。・・・おっと、コイツを忘れるところだった」
「ん・・・それは何?」
今の今まで気付かなかったが、箒の先に何やら丸い包みともう一つ包みがくくり付けられていた。
魔理沙がへっへーと得意そうに笑いながら包みをとくと、そこには夏の風物詩とも言える緑の下地に黒の縦縞。
西瓜だった。
「まだ6月だっていうのに・・・どっから手に入れてきたの?」
「ふふふ、あるところにはあるもんだぜ。まぁ、まだ大きいとは言えないがな。
チルノを脅しつけて・・・もとい、頼んでしっかり冷やしてある。きっと美味いぜ」
「あんたねぇ・・・はぁ、後でなだめとかないと、夏真っ盛りの時にヘソ曲げられるかもしれないわよ?」
「む・・・それは困るな。後で何か考えておくか・・・まぁそれはそれとして、ほれ」
魔理沙がさてどうしようかと考えながらも、西瓜を渡してくる。言っていた通り多少小振りではあるが、ひんやりとしていて気持ち良い。
高速で突っ込んできたのも、温くなる前に持ってこようとしていたからだろう。
・・・目的地の近くで減速しても、そう変わりはしないと思うのだが。それに魔法使いなら断熱の魔法とかいう便利な代物はないのだろうか。
かっとばして来るから必要ないとか言いそうだけど、こういうことでなくても用途は広そうなものだが。
なにはともあれ、こんな手土産を持ってきたのだから、きちんともてなしてやらないといけないだろう。
「あーはいはい・・・お茶淹れてくるわ。適当に中でのんびりと待ってて。」
「結構結構。いつもそうなら嬉しいんだがなー」
「そう思うんなら静かにここに来ることと、何かしら手土産でも持ってきなさい。そしたらお茶ぐらい進んで淹れてあげるわよ」
「こいつは手厳しいことで」
「ほら、持ってきたわよ」
「おお、流石は私の持ってきた西瓜。コイツは美味そうだ」
外に臨みながら食べるのが西瓜のスタンダードだ、という魔理沙の主張を受け入れて、縁側で食べることにした。
『おおやっぱり美味いぜ』とか言いながらむしゃぶりつく魔理沙。行儀が悪いというか、魔理沙らしいというか。
そんなことを言えば『わかってないな霊夢。これが西瓜の一番美味い食い方なんだぜ』とかしたり顔で言うに決まっているので、言わない。
「・・・持ってきた人は関係ないんじゃない?」
「いやいや、私みたいな美少女に運ばれたら、西瓜だって美味くなるもんだぜ?」
「それはないし自分で言うな自分で」
「いやまぁ、美味いんだし何でも良いじゃないか。やっぱ冷えた西瓜は格別だぜ」
「まったく・・・あ、美味しい」
「だろー?」
しゃくしゃくと食べていると、魔理沙が不意に肩を叩いた。何事かとそちらを向いてみると、魔理沙は私の方を向いたまま、種を吹き出してきた。
思いっきり不意を突かれて、もろに顔に直撃を喰らう。
「ぷぁっ!?何すんのよ魔理沙!」
「ただ食べるっていうのも面白くないだろう・・・ここはこないだ図書館の本で見た、『西瓜種幕』で勝負だぜ!」
魔理沙が何やら、美鈴書房だかなんだかの本から得た知識を披露しているが、私は顔についた種を落とすのに必死で聞いていない。
何処からか、『そーなのかー』という声が聞こえてきたような気がするが、気のせいだろう。
どうやら話を要約すると、古代中国のなんたらとか言う偉い人が、色々あって考え出した決闘方法だとか。
本当に適当ではあるが、要約するとこんな感じだったはずだ。多分。
「とまぁ、こいつは互いに・・・まぁ今回は半玉ずつだな。それだけ持って、その種を口で吹いての弾幕勝負と言ったところだ。
ちなみに、口で吹く以外の種の発射方法は認められないぜ。よって射程から考えて、飛ぶのもナシだ」
「・・・おっし、受けてたってやろうじゃないの!あんたのその顔、真っ黒にしてやるわ!」
やられっぱなしでいられるもんか。あいつの顔をGの異名にふさわしく黒々と光らせてやるのだ。
顔にまとわりつく黒い種をはがし終えたところで、そう誓う。食べ物の怨みは恐ろしいのだ。・・・なんか違うか。
「あ、家の中は駄目だからね?片付け大変だし」
「おう、わかったシャクシャク。ほら行くぜっ!」
「不意打ちでなければシャクシャクそうそう当たらないわよ、そんな鈍い種!」
「甘い甘い甘すぎるぜ霊夢!そんな種で私に当てられるとでもっ!?」
・・・かくして側から見れば、何をやっているのかとしか言いようのない、不毛な勝負が始まった。
今になって思えば。
こんな提案をした魔理沙も魔理沙だったけど、それに乗った私もバカだった。そう思う。
お互い服やら顔やらあちこちに種を貼りつかせて向き合っている今、そう思わざるを得ない。
「やるじゃないか、霊夢・・・私をこんなにしたのはお前が初めてだぜ・・・!」
「光栄ね・・・と言いたいところだけど、もうお終いにしない?そろそろ口が疲れてきたんだけど」
この暑い中を散々走り回ったせいで、体中が汗でべっとりしていて気持ち悪い。
さらに言えば種が顔やら髮やらにくっついて気持ち悪い。相乗効果でとにかく気持ち悪い。
私でコレなのだから、魔理沙の暑苦しい服ならなおさら汗をかいていることだろう。
流石にそろそろ向こうもやめたいと思っている頃合だと思うのだが。
「休戦の申し出か・・・つっぱねたいところだが、受けてやる。条件は風呂に入らせてくれればそれで良いぜ」
魔理沙は言いながら残り少ない西瓜を高速で食べはじめる。従来の倍速といったところだろうか。慌てて私も残っていた西瓜を口にする。
案の定、申し出はあっさり受け入れられた。まぁ予想外の反応を取られても困るんだけど。
西瓜の残りがもう少ないので、キリの良いところまでやろうとか言い出すかと思ったが、やはり汗だくで気持ち悪いのだろう。
そんなことを考えながら減ってきた西瓜から魔理沙に目を移すと、もう西瓜を食べ終えていた。
ちょっと早すぎはしないだろうか。
「遅いぜ霊夢。たったそれだけの西瓜、さっさと食っちまえよ」
「あんたと一緒にしないでくれる?まったくもう・・・―――――――――よし、おしまい!」
魔理沙に遅れることしばし、ようやく西瓜を完食。
くれぐれも言っておくが、私が遅いのでなく魔理沙が早いのである。そこのところ間違いのないように。
「食い終わったらさっさと風呂に入ろうぜ、一刻も早く汗を流したい。この感触はもう我慢ならん」
「そうね・・・同感だわ。仕方ない、一緒に入りますか」
「そういや、今日はもっと楽しいものも持ってきてるんだぜ。というわけで泊めてくれ」
「いや話が飛びすぎてる気がするんだけど。大体その楽しいものって何なの?」
「それは後のお楽しみ、だ。とにかく、今日の晩飯は私の分も頼むぜ」
そんなこんなで、なし崩し的に魔理沙に晩飯と宿泊を承諾させられた。
これであいつの言う『もっと楽しいもの』が下らないものだったら、ブン殴ってやろうと思う。
風呂に入ってから掃除をすることになった際、魔理沙に『自分の散らかしたしたところはやれ』と言ったら逃げようとするから
風呂の時に盗っていた箒を人質(箒質?)にして、私の予備の箒で掃除させる、という微笑ましい一幕もあったりした。
ぶーたれている魔理沙に『晩御飯、あんたの嫌いな物だけで作るわよ』と言ったら、血相を変えて掃除をしてくれた。
私ならきっとやる、と思ったのだろう。いや実際やるけど。
そうして終わった後でゆっくり二人でお茶を飲んで、日も落ちたので晩御飯にして今にいたる。
念の為に言っておくが、魔理沙の嫌いなものは外してある。こいつは嫌いな物を出すと、キレイに残すのだ。
そういうわけで、あまり出さないようにはしているのだが、時々バレないように混ぜてみたりもする。
心情は好き嫌いの多い子供を持った母親そのまんまである。今では魔理沙の好き嫌いも随分と減った。
私としては魔理沙の好き嫌いをなくすことよりも、種を明かした時の魔理沙の顔が見たいだけなのだが。
あれはなんとも・・・おっと、話が逸れた。
そしてちょうど今、美味い美味い言いながらバクバク食べる魔理沙に
少し照れながら『物を口に入れながら喋らない』とか言いながら、箸で地獄突きかましたところだ。
ああーこれはちょっとやりすぎたかなー。思いっきりむせてるし。
だけど安心して魔理沙。峰打ちよ(箸の裏で突いただけ、とも言う)
「ってそうじゃないそうじゃない。思いきり忘れてたけど、結局楽しいものってなんなのよ?」
「霊夢、お前・・・私のこの状態を見て、何か言うことはないか・・・?」
息も絶え絶えに、怨みのこもった声で言う魔理沙。どうやら本当に『少し』やりすぎたらしい。
確かに箸で地獄突きはいかに相手が魔理沙といえども、酷かったかもしれない。自粛自粛。
「えぇっと、大丈夫よ魔理沙。傷は浅いわしっかりして」
「それだと私が死ぬみたいじゃないか・・・まったく、箸で地獄突きはやめてくれ。頼むから」
下手したら失神しかねん、と付け足して魔理沙は喉をさすっている。
でもあんたはきっと大丈夫。殺しても死ななさそうだから。言わないけど。
「はいはい、これからは出来るだけやらないように善処しようと思うわ。で、何なの、楽しいものって」
「なんだか微妙な約束だな・・・まぁいいか。ああそうせっつくな。ほら、これだよ」
やはりまだ痛むのか、喉をさする手は休めずにそう言うと、西瓜の包みと一緒に持ってきていた包みを取り出す。
片手で器用に包みを解くと、そこにはそれぞれの本数自体は少ないものの、やたらと種類の豊富な花火があった。
よりどりみどりとはこういうのを言うのだろう。
「こないだちょっと用があったんで、マヨイガ行ったら見つけたからこっそり持ってきたんだ」
確かに見てみると、どうやら外の物であることがわかる。
『夏だ花火だ怒涛のスペシャルファミリーセット』
・・・まだ夏ではないし、ネーミングセンスもかなりいかれてる気がする。
とはいえ、花火なんて久しぶりだ。
随分と昔にやったような憶えがあるのだが・・・その時はどうやって入手したのだったか。
まぁ別にいいか。今目の前に花火がある、それだけで充分だ。
「なるほど、確かにこれは楽しいものね。けど西瓜に花火ときたら思いっきり夏の風物詩じゃない。早すぎない?」
「今年はちょっと遅れてるが、そろそろ梅雨に入るだろ?梅雨の間はつまらんし、入る前に楽しもうと思ってな。
ま、そういうわけだ。辺りもとっくに暗くなってるし、そろそろやろうぜ」
「そうしましょう。ちょっと使ってない桶取ってくるから、先に行ってて。―――――ああ、線香花火はある?」
「もちろんだぜ。あれがない花火なんて、打ち上げ花火以外は認めない」
「わかってるじゃない」
「そっちこそ」
「おぉーっし、次行くぞー!」
「あーはいはい、火事にはしないでねー」
魔理沙は鮮やかな火花を吹き出している花火を、何故か両手に持って、ブンブン振り回している。
対して私はというと、吹き出す火花をじーっと見ているだけである。もちろん、片手に。
これも結構楽しいと思う。振り回すのは確かに綺麗だけれど、花火自体を純粋に楽しむなら何となくこちらという気がするのだ。
この時期の草木は生なので、燃えうつったりはそうそうしないものの、ちょっと心配ではある。
まぁ今日は風もなく至極穏やかな夜であるので、あまり心配はいらないのだけれど。
「んー・・・なんだこりゃ。始めて見る型の花火だな・・・何々、ねずみ花火?」
手で持つ型の花火を使いきった魔理沙が花火の物色に来て、ある花火の袋を取り出す。
自分の見たことのない形のその花火に興味を持ったのだろうが・・・しかしそれは不味い。
魔理沙は知らないかもしれないが、私は知っている。
それをどんなものかも知らずに使った者は、大抵同じ末路を辿る。
「あ、魔理沙。それはやめといた方が良いと思うわよ」
「なんだ、そんな危ない奴なのか? しかし、やめろと言われるとやりたくなるのが人の性って奴だぜ」
人の忠告も聞かずに持っていって、それに火を点ける魔理沙。ああやっちゃった。後がわかるからやめとけと言ったのに。
だって、絶対に・・・
「のわーーーーーーーーー!?」
絶対に、そうなるもの。
「魔理沙ー、それしばらくしたら弾けるから、頑張ってー」
ねずみ花火に追いかけられて猛ダッシュで逃げる魔理沙に声援を送る。
それはまっすぐにしか進めないから、横に逃げれば良いということは教えてやらない。
だって、見てて楽しいんだからしょうがない。私は止めた。忠告に従わなかった魔理沙が悪い。
「は、薄情者ぉーっ!」
「私の忠告きかないあんたが悪いんでしょー。ほら、追い付いてきてるわよー」
「ぬぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおーーーー!!」
パァーーーン!!!
ネズミ花火は甲高い破裂音を残して、その短い一生を終えた。
面白いものを見せてくれてありがとう。君のことは忘れない、5分ぐらい。
しかし、本当にお約束通りになったものだ。魔理沙は余程堪えたのか、肩で息をしている。
「はぁはぁ・・・くそ、メチャクチャ疲れた上に物凄く暑い・・・」
「お疲れさま。ほら、冷たい・・・とは言えないまでにしても、温いお茶よ。」
「おお、悪いな。あぁー生き返るー・・・そういや、あれがあんなのだって知ってたのか?」
「もちろん。だから止めたんじゃない」
「出来れば、詳しく説明して欲しかったな・・・ああ、本当に疲れたぜ」
心底疲れたという風に息を付いている。流石にさっきのように手に持って振り回す元気はないようだ。
ならば、少し休む意味も含めて、ここはこれの出番だろう。
「ほら、今から設置式のをやるから、これでも見てゆっくり休んでなさい」
「そうさせてもらうぜ・・・なぁ、それいっぺんに全部やっちまわないか?」
「良いけど・・・どうして?」
「そりゃあ、そっちの方が綺麗だからさ。やっぱりこういう花火は豪快に、な」
「仕方ないわね・・・まぁ4つだけだし、一列に並べたらいけるかな。ちょっと待ってなさい」
早速少し離れたところで横一列に並べる。固めて置いてしまうと、次の火を付けてる間に花火を浴びてしまう。
火花の雨、なんてのは遠慮願いたい。髮が縮れてしまうのは、やっぱり嫌だ。
―――――――うん、こんな感じで良いだろう。
一定間隔をあけて設置した花火の一つ一つに火を点けていく。手早く手早く。
大丈夫だとは思うけど、のんびりやる気にもならない。
なんとか火花が吹き出す前に、全ての火種を点けることに成功した。後はさっさとこの場を後にするだけだ。
「おーい、始まるわよー」
言ったそばから、後ろの方でシュボッと音がしたので、慌てて走る速度を上げる。さっさと戻らないと、見逃してしまう。
せっかく魔理沙の発案で太く短くという方針でいったのだから、見逃す時間は短いに越したことはない。
「おお、そうみたいだな、いやはや絶景絶景。やっぱこうでなくちゃな、花火は」
「そうねー・・・これはまさしく、火花の雨ね。とても綺麗だわ」
魔理沙の隣に腰かけて、花火を一緒に眺める。
花火は火花を上に吹き出して、それがゆっくりと落ちて地面に落ちる前に消えていく。
それは言葉通り、雨のようだった。
しばらく呆とそれを眺めていたが、しばらくすると最初に点けた奴から一つずつ勢いが弱くなって、最後には真っ暗になった。
部屋の灯りも落としてあるから、今あるのは手元に揺れる蝋燭の種火とかすかな月明かりだけだ。
「あーあ、終わっちまったな・・・さーて、きれいになくなったことだし。線香花火でもするか?」
「そうね・・・やっぱり最後は、ね」
小さな灯りを頼りに線香花火を袋から取り出して、一本ずつ手に持つ。
線香花火は、たくさんはいらない。一本だけだからこそ、美しいんだと思う。
無言で線香花火に火を点け、じっと眺める。かすかに聞こえる火花の弾ける音だけが、この場にあった。
「・・・なぁ」
「なに?」
「線香花火って、なんでこんなに小さい癖に、他のよりも綺麗に思えるんだろうな。やっぱり小さいからか?」
「そうね、上手くは言えないけど・・・多分、小さいっていうより儚いからだと思うわ」
「儚い、かぁ・・・妖怪とかから見れば私達人間も儚いものなのかね?」
「かもね。まぁ美しいとは思われてないかもしれないけど」
「ははっ、違いない」
二人して笑いあっていると、いつのまにか火花が大きくなってきていた。
大きくなるということは、終わりが近付くこと。
月は、満ちれば後は欠けていって新月になるだけだ。人も年をとって成長するにしたがって、死に近付いていく。
・・・妙に感傷的になってしまった。線香花火は、そういう魔力を持っているような気がする。
「なぁ霊夢。またいつか、花火しような」
魔理沙が口を開く。そして、その言葉は字面通りの意味ではない。そう漠然と思った。
けれどそれは、わかるだけでいいのだろう。反応することは期待されてないし、求められていない。
だから私は、それを字面通りに受け取って、返すだけでいいのだ。
「なによ改まって。私だって花火は好きだし、断るわけないじゃない。喜んで付き合ってあげるわよ」
「いや、なんとなく線香花火を見てたら、そんなことを言ってみたくなってな」
「じゃあ私も何か言おうかしら。えーと・・・『今年』もよろしくね」
今年もよろしく。来年も再来年も、その年になったらそれは『今年』だ。
だからこれは、今年も、これからもよろしく。そういう意味だ。
「それ正月の挨拶じゃないか。それによろしくされなくても、気が向いたらお前が嫌がったって訪ねてくるぜ」
私の言葉の意図を知ってか知らずか、そのままの意味で返す魔理沙。
いや、それをわかってもらえようとわかってもらえまいと、どうでもいいのだ。
結局の所、言いたいことは字面通りでもさして変わりはしないのだから。
「いいの、何となく言いたかっただけなんだから」
「変な奴だぜ、まったく・・・あ、落ちた」
「あんたに変な奴なんて言われたらおしまいね。・・・ああ、私のも落ちちゃった」
再びあたりは種火の灯りだけになる。その灯りもそろそろ燃え尽きようとしている。そろそろ頃合ということだ。
「くそ、今回は私の方が早く落ちたが、今度やる時は負けないぜ」
「そもそもこれは勝ち負けじゃないでしょうに。ふぁぁ・・・もう眠いわ。出る前に布団ひいておいたからもう寝ましょう」
なんとなくこうなるような気がしていたので、桶を持って外に出る前に、客間と自室に布団をひいておいた。
それが見事に役に立った。博麗の巫女の勘はやはり伊達ではない、といったところか。
「おお、道理で桶を取りに行ってるだけなのに遅いわけだぜ。ごちゃごちゃしてて分かりにくいのか、とか思ってたんだが」
「まさか、魔理沙じゃあるまいし。何処に何があるかは倉の中以外はちゃんと把握してるわよ」
「耳の痛い話だぜ・・・あーそういや、朝飯は出るのか?」
「もちろん出してあげるわよ、花火は楽しかったし」
「それは朗報だな、明日の朝が楽しみだぜ」
にこやかに言う魔理沙に、私もつられて笑みで返す。
そして一日の終わりに相応しい言葉で、互いに別れを告げるのだ。
「それじゃあ、おやすみ魔理沙」
「ああ、おやすみ霊夢」
こうして一日は終わり。また明日からいつもの毎日が繰り返される。
いつものように掃除をして、暇な時はお茶を飲んで、時々変な奴等がここに集まる毎日。
それは適度に楽しく、適度に休める幸せな時間の流れ。
今日みたいに、馬鹿みたいな騒ぎに乗ってみるのも、楽しい。
これはまだ失いたくないものだ。もちろん、これからも失うつもりはない。
だからこそ、何か異変が起こったら何が何でも解決してやるのだ。
だから・・・これからもよろしく。私の日常、幻想郷。
次回作も楽しみにしています。
なんというか、とてもこの二人らしさがあったように感じます。
次回も楽しみにさせていただきます。
近頃気が向かなくて全く小説を書いていなかった上に、東方は初めてなので
不味い所がないか不安でしたが、今は安堵と嬉しさでいっぱいです。
そろそろ実力テストとかで大変ですが、なんとか7月中に何か書こうと思ってます。
読んでくださった皆さん。本当に、ありがとうございました
霊夢らしく魔理沙らしく、しかし忙しなくふんわりゆる~りとした
まったり空間に、一足先に夏の風物詩を楽しむ少女達を幻視しました。
こういうの大好きです♪(特に花火の場面が、お気に入りです^^)
ちょっとだけ早い幻想郷の夏、堪能させて頂きましたm( )m
こういった何気ない日常をいかにも彼女達らしく描き、かつ面白さをも兼ね備えた作品は私の目標とする東方SSであります。
夏の風物詩達が待ち遠しくなる。そんな一作でした。
西瓜が食べたくなりましたなw
一列に並べた吹き上げ式花火が全部倒れて魔理沙に一斉射撃とか
花火が元で神社全焼とか
そんなオチしか幻視できなかったわたしがわるうございましたorz
>ありがとうございます。書いてる時にのんびりしてたからですかねー?書き手の心情が出るという話もありますし。
それにしても、やっぱりほのぼのいいですよねー。書いてて楽しいのが、特に。
>口調がどんな風なのかわからない、という『おいそれ書く書かない以前の問題だろ』といった事態があったりもしましたが
彼女達らしく書けていると感じられたのなら、とても嬉しいです。
次回作は、as well as I can…なんか違うっぽい気もしますけど、そんな意気ごみで頑張りたいと。
>二人らしく書けているというのが、初めて書いた東方小説なだけに、とても嬉しいです。
根性込めて、次回作書いてみます。書き方が書き方なだけに、出来栄えにムラがありまくりなんですけど…根性で!
>西瓜の所は『魔理沙ならきっと吹くに違いない』という独断と偏見で吹かせてみました。
花火の最後に線香花火っていうのは、実は自分の嗜好だったりします。
掛け合いはこんなのだったら楽しいなぁという願望がこもってるので、それが伝わったみたいで嬉しいです。
>自分はあなたのコメントに癒されたりしてました。
ここの小説を読みあさった結果定着された二人の人物像だったんですが、この空気を気に入ってもらえたようで幸いです。
まったりとした空間は、いいものですよねー
>二人らしいというのが、上にもあるようにやっぱり嬉しいんですよね。ありがとうございます。
いやはやしかし、家は兵庫なんですけど…あっついです、ほんと。6月下旬ってこんな暑かったっけ、と思わせるほどの暑さでした。
しかし明日からは7月、堂々と猛暑を振るってもらいましょう。…あ、その前に雨降ってもらわないと断水になりかねない!?(汗)
>楽しんでもらえたみたいで、嬉しいです。
実はプロットとかを考えるのが苦手で、いつもいきあたりばったりで書いてるので
短篇以外書けないという、致命的な特徴があるんです…シリアスも、今のところ苦手でして。
だからこういうのが書けるんでなくて、こういうのしか書けないということだったりします。(苦笑)
自分的に待ち遠しい夏の風物詩には、さらにかき氷が加わるんですが、それはちょっと無理でした。
>自分は風流を解する人間とは言い難いですが、思い浮かべるのは好きなんです。もちろん小説にそういうのを加えるのも好きです。
だから、最後の方の線香花火なんかは趣味丸出しだったりします(笑)
西瓜…今年はまだ食べてないですねー…食べたいですね、やっぱり。
>いやいや、自分が完璧と称されるのは十万光年ぐらい早いですよ(お約束)
まだまだ描写も拙いですし…これからいっそう精進せねばと。お誉めの言葉を動力源に、頑張ります、はい。
>…それも面白いとか思った自分がいます(笑)
でも実は書くときの癖で、小説の終わり付近はまったりと良い話っぽくしめたがる、というのがありまして。
今回の最後の方が意図通りに出来てるかどうかは自分ではよくわからないんですけども。
だから、どうしてもそういうオチっていうのが出来ないんですよね…いつかそんなのも書けるようになりたいものです。
……欲張りはいけないぞ、という神の声が聞こえた気がしました(笑)
わー…確認が遅れてしまって申し訳ないです。
そんな風に評されるのは初めてですが、もの凄く嬉しいです…感謝。
いつぞやの作品での、もう一度萃香ものを書く宣言、密かに楽しみにさせていただいてます。