Coolier - 新生・東方創想話

共存という名の壁

2005/06/25 15:53:58
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注意:今回この話には、オリジナルキャラが入ってしまってます。
オリジナルキャラというのが駄目な方は、大変お手数をおかけしますが
戻るを押して、画面を戻してくださいますようお願いします。




特に名も無い、夜の森の中。
周りは木々と、薄い霧だけで他には何も無い。
明かりは、木々の間から漏れている星の光しかない。
鳥の鳴き声や、何かの雄叫びも聞こえてくる。

「はぁ、はぁ…っは、はぁ…」

そんな夜の森の中を、一人の少女が息を切らしながら走っていた。
その少女は幼く、背も低く、もんぺを着て、髪の毛は短く整っていた。
そして、走りながら、手には大事そうに、布袋がぎゅっと握っている。


「ここ、さっきも来たような気がする……」
少女は足を止め、周りを見渡す。
しかし見渡しても瞳に映るものは木々だけである。
「どうしよう……道がわからない」
声を震わせ、疲れか迷子の恐怖からか、震えていた膝が折れ、その場に座り込む。
座り込むと次は涙が出てきた。少女は、スンスンと声を漏らしながら、服で涙を拭く。
ついでに額に浮かぶ汗も拭う。ヒュっと風が吹く。
季節的に、今は暖かい季節なのだが、夜の森の中という事と、汗をかいているという事で
とてもその風を冷たく感じる。少女は少しでも風に当たる箇所を少なくするため体を丸くする。
「お父さん、お母さん……」
自分の両親に助けを求め、体を丸めたまま呟くが、返事は返ってこない。
返ってこないだけならまだ良いが、求めてもいないのに、近くから雄叫びが聞こえてきた。
その雄叫びに、ビクッと体を震わせ、その場を勢いよく立つと、また森の中を少女は走り始める。


「お父さん、お父さーん!!」
走りながら、そして泣きながら必死に父を呼ぶ。
すると、少し遠くから近づいてくる影を見つけた。
少女は足を止め、その近づいてくる影が何か確認しようと目を凝らす。
しかし、今の距離からでは少し遠く、そのうえ森の中は暗く、霧も薄くかかっているため
少女の位置からでは、その影をよく確認できない。
影は少女より大きく、こちらに近づいてくる。
少女も「誰?」と尋ねながら、ゆっくりと近づいていく。
近づいていくうちに、その暗い影は、星の光がスポットライトのように、明るく照らしている場所に入る。
光に照らされたその影を見て、少女は立ち止まり、体を震わせながら、ゆっくりとその影の方を
見ながら後ろへ下がる。
その影は、少女が見たことの無い異形の物で、足は無く、ドロドロとした体を引きずるように
こちらに近づいてきていた。


「これ……よ、妖怪」
少女は、次の瞬間、後ろへ振り向き勢いよく走り出す。
異形の妖怪もそれを合図に、その体からは考えられないスピードで追いかけてくる。
後ろを振り向かなくても追いかけてくるのがわかった少女は、追いつかれないよう一生懸命に足を動かす。
しかし、無理にスピードを上げたからか足がもつれ、その場に倒れこんだ。
すぐに立とうとするが、少女の足は恐怖か疲労からか、足が震えいう事をきかなかった。
妖怪は倒れた少女に、そのままの勢いで覆いかぶさろうと、体を波のような形にさせる。。
少女は目を瞑り、頭を抱え、自分でも訳のわからない悲鳴を上げる。

ボコン!

何かはじけた様な、そんな音が聞こえたような気がした。
少女は自分が食べられたのだと思い、そのまま震えながら目を固く瞑る。


「わらべ、もう大丈夫だ。怖いものはもういないぞ」
自分に語りかけている誰かがいる。
少女はその声を聞いて、バッと顔を上げ、その声の主を見る。
その声の主は女性で、髪は長く、服も自分とは違い、かわいい物であった。
だが、よく見るとその少女からは角が生えていた。
しかし、そんな角にはリボンが可愛くついていた。


「…よ…妖怪……」
少女はその女性を見て、座り込みながらも、その妖怪から離れようと一生懸命体を引きずるように地を這う。
「ま、待て! た、確かに妖怪だが……私は人間には何もしない! 本当だ!」
妖怪は、自分に怯えて逃げようとする少女に向かって説得をはじめる。
少女はそんな妖怪の後ろを見る。後ろには、先ほど自分を襲ってきたドロドロの妖怪が
辺りに散らばっていた。


「ほ、ほら、可愛いリボンだろ、どうだ? えっと、ど、どうだ? 角…触ってみるか?」
妖怪は、次は身振り手振りで少女に信じてもらおうとする。
妖怪の顔は暗くてよく見えないが、少し赤くなっていた様な気がした。
少女はそんな、一生懸命自分を和ませようとしている妖怪が少しおかしくて、クスっと笑う。
そして次は安堵からか、緊張の糸が切れ、声を出して泣き始めた。
「な!? お、おい? えっと、その…頼むから泣かないでくれ、た、頼む!」
妖怪は、どうしたものかと、その場でおろおろしながら少女を慰めた。


「どうだ? 落ち着いたか?」
妖怪は少女を慰めた後、木をせもたれ代わりにするように座らせて
少し待っていろと言ってどこかへ行った。
帰ってきたときには、水を入れた竹筒を持っていて、それを少女に渡した。
少女は喉が渇いていたのか、それを受け取ると、勢いよく飲む。
そのせいで水が気管に入り、ケホケホと咳き込む。
そんな少女の背中を、妖怪はわたわたと慌てながら優しく叩く。
「あ、ありがとうございます。妖怪さん…じゃなくて、えっと……」
「ん? ああ、私の名前は慧音だ。お主の名前は…?」
「あ、すみません。自分の名前を名乗らずに。小夏といいます」
小夏はペコペコと座りながら頭を下げた。
「いや、構わない。私の方こそ、先に名前を言えばよかった」
慧音も小夏と同じく、ペコペコと頭を下げた。


「それにしても、なぜ小夏はこんな時間、こんな所にいる?
ここは子供が足を踏み入れるような所ではないぞ?お前の住む村は……
森のを抜けて、少し離れたところにある小さな村か?」
慧音は小夏の隣に座り、横にいる子夏に尋ねる。
「はい。小さい村なのに、よくご存知ですね。あと、この森に来た理由は……
これを取りに」
小夏はそう言うと、大事そうに手に握っていた布袋を開け、中身を慧音に見せた。
「これは……何かの薬草か?」
「はい。今、お母さんが病気で。あ、でもそんなにひどい病気ではないんです。
ただ、薬師様が、森の中に生えている、この薬草があれば治りが早いと言っていたんです。
だけど、この薬草、少し高くて。私の家、お金はあまりないので……」
小夏は袋から出した薬草を、また大切に袋の中にしまう。
「なるほど。しかし、小夏。こうしている事を両親は知っているのか?」
「それは…知らないと思います。私、お父さんには、今日は私一人で畑仕事をするから
お父さんはお母さんの側にいてと言って、この森に来たので……」
「そうか。小夏………すまない」
慧音は小夏の前に移動すると、小夏の頬をパシッと叩いた。
小夏は叩かれた頬を自分の手で触り、目の前で自分を真っ直ぐ見つめている慧音を見た。
「小夏。お前が父親と……何より病に倒れている母親を心配させてどうする? 
父親と母親はお前が危険を犯しながらも、薬草を取りにいくことを望むと思うか? 
もしお前に何かあったら、父親と母親がどう思うか、わからなくはないだろう?」
慧音は厳しい表情で小夏を叱る。
小夏は慧音の言葉を聞いて、最初はただ沈黙しているだけだったが
そのうち小刻みに体を震わせ、ポロポロと涙を流し始めた。
そして、慧音と、ここにはいない父親と母親に向かって「ごめんなさい」と謝る。
そんな小夏を見て、慧音の表情は厳しい顔から、ふっと優しい顔に変わり、目の前で泣く
小夏の頭を優しく撫でる。
「すまないな、叩いたり叱ったりして。でも忘れないでくれ。親は子が本当に大事だと言うことを」
優しく言葉を掛けてくれる慧音に、小夏は嗚咽で返事ができず、ただ何度も頷いてみせた。
「ありがとう。でも、小夏。私は今叱ったが、自分の母親のため、こうして薬草を取りに
来た事小夏が、格好よくも思うぞ。よくがんばったな」
「う…うわぁぁぁぁ」
小夏は慧音に飛びつき、もっと大きな声で泣きじゃくった。


少しして小夏は落ち着ちつきを取り戻した。
小夏が落ち着いてから、慧音は疲労している小夏の足を揉み始める。
小夏を担いで村まで飛んで送って行こうとしたのだが、それを小夏に言うと
どうしても高い所は駄目らしい。何でも、前に家の屋根の修理をする際に誤って屋根から
落ちたのが原因だとか。
なら担いで走ると提案したのだが、何でも小夏は、おんぶされたりして走られると
すぐに酔うとかで、その意見も流れてしまった。
そして残るは、自力で帰るという方法だけになったのだが、小夏の足は思っていた以上に
疲労していたらしく、足が震えて立てない状態だった。
それに少し前より霧が濃くなっていたので、とりあえず、もう少しこの場に留まろうと
いうことになった。


ぎゅむ、ぎゅむ、と慧音は小夏の足を揉む。小夏は幼い癖に、揉まれる度、年寄りのような
顔をして、目を細め「ああ~」と声を漏らした。そんな小夏を見て慧音は笑った。
「あの、慧音さん」
「ん? 何だ?」
手を動かしながら慧音が返事をする。
「慧音さんは本当に妖怪なんですか?」
「…え?」
小夏の問いに、慧音は足を揉んでいた手を止める。
「お父さんやお母さん、それに村の人から聞いてるんです。妖怪は人を食べちゃうって……
でも、慧音さんは妖怪だけど私を食べないし……どうしてですか?」
「うーん……どうしてと言われても…人間が好きだからというのは、理由にはならないか?」
止まっていた手をまた動かし始める。
「人間が…好き?」
「そうだ。人間は面白い。一人一人が、いろいろな歴史を創りだす。
もちろん妖怪も歴史を創るが、それより遥かに人間の創る歴史の方が奥深いのだ。
そして、創りだしている人間はとても一生懸命だ。そんな人間を見ていると私は…」
慧音は小夏を見て、そこで言葉を止めた。
小夏は話についていけないのか、とても難しい顔をしていた。
「すまない、少し難しかったか?」
「いえ、私が上手く理解できないだけで…とにかく人間が好きだということは
よくわかったような気がします」
「それはよかった」
慧音は少しでも伝わってくれた事に、安堵して笑う。


「あともうひとつ。信じてもらえるかわからないが、私は半獣といってな。
今日のような満月の夜は獣の妖怪になってしまうのだが、普段は人間なんだ」
「え?」
小夏は目を丸くして慧音を見る。そして、慧音の顔と角を交互に見た。
「ははは。まあ、初対面で今の私の姿を見たんだ。これで人間の姿なんて想像できないか。
いや、その前に、普段は人間と言っても、こうなってしまうのでは人間ではないな」
慧音は少し悲しそうな顔をした。小夏は何かを言おうと思ったのだが、良い言葉が浮かばない。
そんな気を使おうとしている小夏に気づいて、慧音は微笑む。
「気にしなくていいのだ。私は大丈夫だ。私は今の自分は嫌いではない。
さっきのように、人を守る力もあるしな」
「……慧音さん! 私、慧音さんが、優しくて、格好よくて、可愛くて……
すごく大好きです! 嘘じゃないですよ、本当です!」 
突然大きな声を出して言う小夏に、慧音は口を少し開いて固まる。
そして次の瞬間、足を揉んでいた手が小夏の頭の上にいき、わしゃわしゃと音をたてながら
頭を撫で始めた。
小夏は、その撫でられ方がちょっとくすぐったくて笑う。
慧音も頭を撫でながら笑った。


しかし、慧音が急に、バっと立ち上がり周りをキョロキョロと見る。
小夏は、そんな慧音の行動にびっくりしながらも、立ち上がり、慧音と同じように周りを見渡す。
話しているうちに霧はまた薄くなっていた。
しかし、薄くなった所で見えてくるのは木々ばかりである。
慧音は周りを見渡す行動をやめ、次は狙いを絞ったかのように、一方だけを見つめた。
小夏も慧音に習ってそちらを見るが、木しか見えない。


「慧音さん、どうしたんですか?」
慧音の行動がわからないため、慧音と、慧音の向いている方向を交互に見ながら尋ねる。
「…妖怪がこちらに近づいている。……複数だ」
慧音の返事を聞いて、小夏は慧音に素早く寄り添う。
震えて、寄り添ってくる小夏の頭を、慧音は優しく撫でる。
「大丈夫だ。私は負けない」
そう言って、小夏を勇気付ける。

(しかし、複数……確かに私は負けないが、小夏を完全に守りながらというのは…)

「小夏、落ち着いて聞くんだ」
慧音は、しゃがんで目線を小夏に合わせる。
「私は負けない。だがお前を完全に守りながら戦うというのは少し難しいかもしれない
だから、お前はここから一人で村まで帰るんだ」
「え……」
慧音に一人で帰れと言われて小夏は戸惑う。
「む、無理です! 私、一人じゃ帰れません! 迷子になるし、弱いし!」
「小夏、落ち着くんだ! いいか? 少し見えにくいかもしれないが、あのうっすらと
輝いている星は見えるか?」
取り乱している小夏よりも大きな声で慧音は叫び、空の方へ指を差す。
小夏は慧音の指差す方向を見た。木々の葉で見えにくかったが、確かに慧音の
指差す方向には、うっすらと輝いている星があった。
「見えたな? 小夏、あの星に向かって走るんだ。あの星の方向にお前の村はある。
お前のお父さんとお母さんがいるんだ」
「……あっちに村が…お父さん、お母さんが?」
小夏は星を見ながら小さく呟いた。
「そうだ。小夏、だから行くんだ!」
「で、でも、無理です! もし、途中で妖怪が出たら、私……」
「大丈夫だ」
慧音は小夏の両肩を掴む。そして小夏を見て微笑む。
「お前の歴史はこんな所で終わらない。お前はまだまだ、歴史を創っていくんだ」
「歴…史?」
「そうだ。私を信じろ。お前は帰れる」
そう言って、両肩から手を離し、慧音はまた先ほど向いていた方を向く。
そして大きな声で小夏の背中を押す。
「さあ! 行け!」
「慧音さん……また、会えますよね? 会いにきてくれますよね?」
「ああ。約束する」
慧音は小夏のほうを向いて返事をしなかった。
「慧音さん、ありがとう! 私……行きます!」
地を蹴る音が聞こえ、その足音は慧音から遠ざかって行った。
足音が完全に聞こえなくなって、慧音は小夏の走って行った方へ向いた。
「小夏……この姿を見ても喋ったり、笑ったりしてくれ……ん?」
慧音が、独り言を言っている際に、途中で何かに気づいて言葉を止める。
その気づいたものに近づき、しゃがんで手に取る。小さい布袋。中を開けると薬草が入っていた。
慧音の思考が止まる。


「………なっ!? こ、小夏!!」
既にこの場にはいない小夏の名を呼ぶ。もちろん何の返事も返ってこない。
「こ、こんな大事なものを落として…くっ!」
慧音は追いかけようと一歩、小夏の走って行った方向へ足を動かすが、すぐに止まって
また方向を変えた。もう、妖怪がすぐそこまで来ていたからだ。
今追いかけて小夏に追いついても、妖怪も追いついてきて、結局小夏を走らせた
意味が無くなってしまう。
「こ、小夏…人間に…しかも今日会ったばかりの人間にこんなことを、言いたくはないが……」
歯を食いしばり、慧音は時間が惜しいと、自分からこちらに向かってくる妖怪の方へ駆けていく。
「小夏の…馬鹿者が!」

ドーン

「ひっ!」
走っていた小夏は、突然爆音が森の中に響いて、それに驚いて立ち止まる。
音は自分の後ろから聞こえてきた。その音は慧音が戦いを始めた音だとすぐにわかった。
「慧音さん…」
慧音が心配になり、振り返る。
また新たな爆音が響いてくる。
その音が聞こえる度、小夏はびくりと体を震わせ反応した。
そして実感する。自分がここで振り返っても、戻っても、何もできないのだと。
だから、自分が唯一、慧音に言われてできること……村に帰ること。
それを実行するため、上を見上げ、星を確認すると、その方向へまた走り始めた。
「慧音さん…がんばってください。お父さん、お母さん、待ってて。あと少しで薬草を…」
そこで小夏は何かに気づいたのか足を止める。そして何も握られてない両手を広げる。
「あ、あれ?」
だんだん顔が青ざめていく。もんぺの胸元やポケットを探るが何も出てこない。
「あれ、や……薬草が…ない!?」
バっと自分が走ってきた道を振り返り、地面をよく見る。
だが、地にあるのは、落ち葉や草であり、少し遠くのほうは暗くてよく見えない。

(慧音さんと一緒にいるときまではあった。そのあと私…どうしただろう)

慧音と別れるとき、袋を持って走ってきたか、そうでないかも思い出せない。
小夏は、しばらく、村の方角と自分が走ってきた道を何度も見返した。
探しに戻るべきか、それとも諦めるべきか……

考えた末に村の方向を選んで走り出した。

(お母さん、ごめんなさい! だけど、慧音さんに言われてちゃんとわかったから。
これ以上心配させちゃいけないって、わかったから!)

歯を食いしばり、悔し涙を浮かべながら小夏は走った。
何度か木の根や、土の泥濘に足を取られて転ぶが、すぐに起き上がり走り出す。
走りながら、周りの風景を見て、何となくだが迷っているのではなく、しっかりと自分が
村に向かっていると感じ、その嬉しさが走るペースを上げる。


「あと少し、あと少し!」
「そうだ、あと少しだ。頑張ったな」
自分を励ましながら走っていた小夏だが、自分以外に、自分を励ましてくれる声が聞こえ
足を止める。声の聞こえた方へ振り返ると、慧音は小夏のすぐ後ろに立っていた。
「け、慧音さん!」
「ふう、追いついた。しっかり走ったな、小夏」
驚く小夏の顔の前に、「忘れ物だ」といって、薬草の入った袋をふらふらと揺らす。
「まったく…これを取りにきたのに、忘れてしまうとは…さっそく会いに行くという
約束を果たさなければいけなくなるとは思わなかったぞ?」
「す、すみません。ありがとうございます」
笑いながら袋を差し出す慧音に、小夏は苦笑して、頭を何度か下げて、それから袋を受け取った。
「さあ、あと少しだ。そこまで見送ろう」
「はい! ありがとうございます」
二人は村の方へと走った。


二人一緒に走り出して、少し遠くに、いくつかの明かりが見えて立ち止まる。
その明かりのある方から、小夏の名前を呼んでいる声が聞こえた。


「この声…村のみんなの…お父さんの声もしたような気がする!」
小夏は、自分の父や村のみんなが来てくれていることに、はしゃいで声の方へ駆け出そうとする。
しかし、慧音は小夏と違ってその場で止まる。
「小夏、私はここまでだ」
「え?」
小夏は慧音に突然そう言われ、振り返る。
「どうしてですか!? 一緒に最後まで来てください。お礼もしたいし。
それに、お父さんやお母さんにだって会ってもらいたいです!」
「小夏……」
慧音に詰め寄りながら言う小夏。そんな詰め寄ってきた小夏の顔から慧音は目を背けた。
「それはできない。私は妖怪だ。人間の姿の状態ならまだいいかもしれない。
だが、今の状態では、お前のお父さんやお母さん。それに村の人達を怖がらせてしまう」
「そんな!? そんなこと!」
「小夏。何も言うな。これは仕方がないことなんだ。人間が妖怪を恐れるのはよくわかっている……
わかっているんだ」
慧音は苦笑して、近くにある小夏の頭を優しく撫でる。
そんな慧音の顔はなんだか悲しそうだった。
「それに、お礼なら私が言いたいくらいだ。小夏は私の今の姿を見ても、笑ってくれたり
話をしてくれたり…私のことを想ってくれている。小夏、お前は私のことを好きでいてくれるか?」
慧音の顔から悲しそうな顔は消え、真っ直ぐと真剣なまなざしで小夏に問う。
「当たり前です! 私と慧音さんは、もう友達じゃないですか! なんでそんなこというんですか! なんで……」
感極まってそこで小夏は泣く。慧音はしゃがむと小夏を優しく抱いた。
「ありがとう。小夏、覚えておいてくれないか? 妖怪にも私のように人間と仲良く
したいと思っている者がいるということ。
そして、小夏の今の心、妖怪と仲良くなれるという心も…忘れないで欲しい」
そう言って、慧音は小夏の背中をポンポンと叩く。
小夏は服で涙を拭くと、慧音から離れる。
「慧音さん! やっぱり私、慧音さんをみんなに教えてあげたい! 待っててください!」
「あ、こ、小夏!」
小夏を引き止めるが、小夏は勢いよく走って行ってしまった。
小夏が明かりの方へ走っていくと散らばっていた明かりが一点に集中した。
上手く村の人達と合流したようだ。
それを確認して、慧音は自分のことのように嬉しそうに微笑む。
「よかったな、小夏」
そして、くるりと振り返る。
「小夏…ありがとう」


「お父さん、みんな、こっち!」
小夏は村の人達と合流して少しすると、自分の父親と、探しに来てくれた村のみんなを
慧音とさっきまでいた場所まで強引に連れて行く。


「慧音さん、慧音さん?」
先ほど慧音と別れた場所まで来たがそこには誰もいない。
「小夏…誰もいないじゃないか」
小夏の父親が自分の娘と一緒にキョロキョロと回りを確認する。
村の人々も探すが、やはり誰もいない。
「小夏、お前、きっと妖怪に化かされたんだ!」
村の若い者が小夏を驚かそうとからかうが、小夏はその若者に振り返って怒鳴りつける。
「違う! 私は慧音さんのおかげで今ここにいるの! 化かされてなんかいない!!」
怒鳴りつけられた若者は、戸惑って「なんだよ」と言って、舌打ちをして周りをまた見渡す。
すると何かに気づいたのか「あっ」と小さく声を上げる。
「あれ……あそこの木の枝に何か付いてるぞ。何だ、あれ?」
若者が指差し、みんながそこに目を向ける。その指差した少し高い木の枝には、赤い布の
ようなものが付いていた。
「リボン!あれ、慧音さんのリボン!」
小夏はその木に駆け寄りよじ登る。
「小夏、お前!」
小夏の父親は、木によじ登る娘を見て驚いた。高い所が苦手なはずなのに自分から
そのリボンのために、木に登っていくからだ。
小夏は、無我夢中でよじ登って、その枝まで来ると、枝に結んであったリボンを取った。
しかし、取った瞬間に気が抜けて木から落ちた。
「小夏!? 大丈夫か!」
落ちた小夏の周りに、父親と村のみんなが駆けつける。
駆けつけると小夏は泣いていた。
「小夏! どこか痛いのか?」
泣いている姿を見て、みんながおろおろとしているが、小夏は違うと言って首を振った。
「慧音さん……待っててっていったのに…別れるとしても、ちゃんと挨拶だってしてないよ…」
そしてリボンを涙に濡らしながら、小夏は泣いていた。


「ここも異常なし」
今は昼時。
慧音は今日も空を飛び、人里に変わった事がないかをチェックしていた。
小夏と出会った夜から、一ヶ月経っていた。
あの夜から慧音は小夏に会っていない。会いに行きづらかった。
小夏の村の上空から、小夏を見るだけならある。
小夏は自分が置いていったリボンを使い、髪の毛をてっぺんで、ちょんまげのように立たせていた。
そして笑っていた。母親であろう人間も、元気そうに小夏と父親と三人で畑仕事をしていた。
それを確認しただけでも、慧音は十分に嬉しかった。
「さて、次の人里を見に行かなければ」
慧音は次の人里へ向かおうとする。


「いつもいつも、本当によくやるわね」
「ん?」
「慧音。いつもご苦労様」
どこからともなく、妹紅が飛んでくる。
「妹紅。珍しいな、こうして出てくるなんて」
「あら? 失礼ね。最近はちょこちょこ、こうして外に出てるんだから」
妹紅は少し頬を膨らませて怒った素振りを見せたが、すぐにケロッと笑って
手に握っていたものを差し出す。
「はい、これ。小夏からあなたにって。お手紙よ」
「……な!? 妹紅! 小夏に会いに行ったのか?」
手紙と妹紅を交互に見て慧音は慌てふためいた。
妹紅にはあの夜のことも、小夏のことも話していた。
「会いにいったわよ。あなたがリボンまで置いてくるくらいだったし。良い子じゃない? 
私とも普通に友達になってくれたし。やっぱり子供はいいわよね。素直だし。
というか、さっさと驚いてないで手紙受け取りなさいよ。いらないの?」
「ば、ばかもの!」
妹紅がふざけて手紙を捨てようとすると、慧音が怒って手紙を妹紅から奪い取った。
そして妹紅と少し距離を置き、くるっと背中を向けて、いそいそと手紙を読む。
そんな慧音を見て妹紅はくすくすと笑う。


慧音さんへ
慧音さん、あの夜から随分たったような気がしますがお元気ですか?
私は元気です。
慧音さんのおかげで、お母さんは薬草を飲むことができて、それからすぐ元気になりました。
あ、そうだ! 慧音さんのリボン、私、毎日つけてます。
髪がぴんと垂直に伸びるようにして。慧音さんの角を真似したつもりなんです。
慧音さん。今度、妹紅さんと一緒に遊びに来てください。
お父さんもお母さんも、慧音さんのことを話したら、是非会ってみたいといっています。
私も会いたいです。手紙には書ききれないほど、たくさんの事をお話したいです。
だから、絶対に遊びに来てください。いつでも待っています。
慧音さんの友達 小夏より


「小夏…」
手紙を読み終えて、手紙から目を離し、慧音は手紙を胸に抱く。
「慧音、よかったわね」
横に振り向くと、覗き読みをしていたらしく、妹紅の顔がすぐ側にあった。
「……妹紅。気づかなかった私も何だが、もう少し、気を使うという事を覚えた方が
いいと思うが?」
「いいじゃない、別に。それに、誰がこの手紙をもってきてあげたのかしら?」
「う…」
そう言われると慧音はぐぅの音も出なかった。


「慧音」
「ん、なんだ?」
「本当に良かったわね」
妹紅がニッコリと笑いながら言う。
「……ありがとう」
カリコリと頭を少しかきながら、照れくさそうに慧音は答えた。
「この先、こうした事がたくさんあって、未来の歴史の中に、妖怪も人間も…不老不死の人間も
みんな仲良く共存するっていうのができたらいいわね」
「そうだな」
慧音と妹紅、お互い、どちらからともなく手を握り、二人はしばらくそうして、空から眼下に広がる里を
静かに見つめていた。


「は!? 少々ここに留まりすぎた! 早く次に行かなければ、今日中に頭の中にある
里を全部見れない!」
「は? いいじゃない、今日ぐらい。ゆっくりすれば?」
「そういうわけにはいかん!」
「ちょっと! ったく、待ちなさいよ! 今日は私も付き合ってあげるわ!」
そして二人は次の目的地に向かって飛んでいった。
こんにちは、つぼみんです。
まず最初にここまで読んでくれた方とてもありがとうです(嬉
小夏というオリキャラが入っていて萎えたりしませんでしたでしょうか(汗
当初はギリギリまで少女とか村人Aとかで行こうと思ってたのですけど
何かそれだと切ない気持になり、名前をつけてしまいました。
ちなみに小夏というのは、今の季節を考えてつけました(苦笑

今回、前の作品に、ある方様(名前を書くとまずいのかな?)が
コメントに「道徳」という言葉を書いて下さいまして
ああ、道徳の時間の話題になるような話を作りたいなと思って
結果がこれです。どの辺りが道徳?と聞かれると非常に困ります。
わからないんです。はい。ごめんなさい…(汗
読んでいただいて道徳の風味と楽しさがあったら幸いです。
では。
あと、題名が上手く考えられなかったのは秘密です。

つぼみん
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コメント



0.1160簡易評価
1.80沙門削除
「上白沢彗音はどうしようもないくらい人間が好きなんだ。でも彼女はワーハクタク。満月の夜になるとその能力が覚醒しちまう。あの角がその証拠だ」とか、「なあ、聞いてくれるか。わたしは、み・か・た・だ」とか、「上白沢卍キイイイィィィィィツク!! 」とか、脳内妄想してしまいました。(元ネタ・仮面ライダースピリッツ1巻より)本当に良かったです。
12.80名前が無い程度の能力削除
これは良い慧音さんと小夏ですね~
慧音さんと里の子供って構成だと不思議とオリキャラは気にならないですね。
16.30匿名削除
この作品で好きだったのは慧音の「お前は私のことを好きでいてくれるか?」です。
強くて優しい慧音の見せる小さな弱さ。
一見完璧に見えるキャラクターの意外に脆い一面は惹かれますね。
慧音は小夏に会いに行ったのでしょうか。
この後の慧音の行動をあれこれと想像しながらつい、にやりとしてしまいました。
28.80nofix削除
この妹紅と慧音の関係はいいなぁ。あったかい感じがします。