「寿命だって!?」
私の声が決して広くない店内に響き渡った。
今朝起きてどこかに出かけようと思い、いつも通りに箒を手にとって見たら箒の調子が何か変である事に気が付いた。箒から殆ど力が感じられないのだ。
この箒は私が小さい頃からの相棒で、最早私の半身と言っても過言ではなかった。だから手にとって見るだけで、調子が悪い事くらい直ぐに分かるのだ。
しかし、何処がどう悪いのか分からなかった。ちゃんと箒だけは手入れをしているので何処かが傷ついていたり、壊れているという訳でもなかったし、ここ最近は安全運転に勤めていたのでへそを曲げてストライキを起こしたという訳でもなさそうだった。
試しに、箒に魔力を通わせてみた。魔力を通わせ私の意志と同調させる。そして、私は相棒と一体化した。
魔力を通わせ始めたときは良かった。いつも通りの反応だった。だが、すぐに息苦しい感じがしてきた。それにどこか非常に弱々しい。疲れ切っている、という感じもした。
これはただ事ではないと思い、アイテムの事に詳しい奴の意見を聞こう思い香霖堂に向かった。
私はすぐさま香霖に箒を見せ、同調した時に感じた事も全て話した。
「ああ、そうだ。物にだって寿命はある。まあ、この場合は使用限界かな。この箒もその天命を全うしようとしているんだ。」
「そんな、じゃあこいつはもう直ぐ飛べなくなるって言うのか。」
香霖は黙って頷いた。私は、自分の足場が崩れ奈落に落ちるような感覚に襲われた。私が長年付き合ってきた相棒が終わりを迎えているだなんて。
「ん、どうしたの、魔理沙。その箒がもう駄目だって。」
私と同じく香霖堂に来ていた霊夢が暢気に聞いてきた。どうしたらこんなに暢気にしていられるんだ。
「ふうん、箒を買い換えるんだ。じゃあ家でその要らなくなった箒の供養をしてあげるわよ。もちろん有料だけど、今回は特別に格安にしてあげる。」
霊夢の無神経な発言が癪に障った。私はついカッとなって霊夢を怒鳴りつけた。
「馬鹿な事を言うな。こいつは私の相棒なんだぜ。誰が買い換えるもんか!!」
霊夢がびっくりした表情をした。
「な、何よ、急に。人がせっかく気を利かしてあげたのに。」
「ああ、気を利かしただと。いいか、こいつは私が幼い頃からずっと一緒に過ごしてきたんだ。苦しい時や辛い時だってこいつと一緒に乗り越えてきたんだ。だから、こいつは私にとって唯一無二の親友なんだぜ。それをもう駄目だとか、買い換えるだと。ふざけるのもいい加減にしろ!!」
私は怒りを霊夢に吐きつると、霊夢も少し怒った表情になった。一方的に暴言を吐かれて、黙っている性格ではないのだ。
「魔理沙、少し落ち着くんだ。確かに君がその箒を大事にしているのは分かるが、それを他人にぶつけるのは良くないよ。」
香霖に諭されて少し落ち着いた。だが、私はどうしても今の霊夢の発言は許せる気にはなれなかった。
「なあ、香霖。本当に、もう寿命なのか。どうにもならないのか。」
「人が寿命に逆らえられないのと同じく、物だって寿命には逆らえられないし、逆らうべきじゃないんだ。」
香霖が分かってくれと言わんばかりの眼差しを送ってきたが、私は悔しさで一杯だった。
私は箒を担ぎ、まだ私を睨みつけている霊夢を後に店を出た。
家に帰ると大いに散らかっている床を掻き分け、片っ端から本を調べた。私が求める記述は、箒を元気にする方法や使用限界を延ばす方法など。それも、年代物の終わりを迎えかけている魔法の箒のだ。
しかし、いくら調べても徒労に終わった。元々、調子が悪くなったり壊れたりしたら捨てて新しい物を買いなおしたり作りなおしたりするのが当たり前な代物なのだ。一時凌ぎの応急処置程度の記述はいくつかあったが、それは私が求めるものではなかった。
すがる思いで同じくこの森に住むアリスに協力を求めに行った。紅魔館のパチュリーの所の方がはるかに本の数が多いのだろうが、今は相棒を労って乗る事を止めている。
「っと言う訳だ。頼むからなんか知恵を貸してくれ。何ででも良い、どんな些細な事でも良いんだ。」
「そんな事言われても、私は魔法の箒の事は詳しくないし。」
困り果てた顔をしてアリスが言ってきた。確かにアリスを頼るのはお門違いなのは分かっているが、他に頼える人はいなかった。
「そう言わずに、頼むよ。アリスが保管している本を見せてくれるだけでも良いから。」
「分かったわよ。でも、期待はしないでね。私はそんな記述を見た覚えが無いから。それより、私なんかの所に来るよりも紅魔館に行ったほうがいいと思うわよ。」
「今は相棒を休める事にしている。もう年寄りだから大事にしてやらないとな。だから湖を渡る手段が無いんだ。」
「じゃあ、私が連れて行ってあげようか。」
「駄目だ。私は相棒以外で空を飛ぶ事はしない事にしている。相棒に対して失礼だからな。」
確かに我侭なのかもしれないが、これが私の相棒との長年の付き合い方なのだ。だから、限界だから昔のように空を飛べないからといって他の手段を選ぶなんて、相棒に対しての冒涜に他ならない。
溜息をついて、アリスが私を書斎に通した。どうやらアリスも手伝ってくれるようだ。
結局、徒労に終わった。アリスと二人がかりで本を調べたが、私の望んでいる記述は無かった。
書斎から出てきたら、一日と半日が経っていた。アリスも私も目の下に凄い隈を作っていた。アリスが文句を言いつつも手伝ってくれた事に感謝したが、私の心はどうしようもない暗さで占められていた。
アリスが気を利かしてくれて泊まっていくように言ってくれてが、また気を乱して何時アリスに暴言を吐くか分からなかったので丁重に辞退した。
アリスの家に行ったのが昨日の昼過ぎだったので、完全に辺りは闇に包まれていた。それでも、月と星の明かりを頼りに自分の家へと向かった。
ふと見上げてみると、丁度真上に月が夜空に浮かび上がっていた。まだ満月ではないので直視しても大丈夫だが。
月を見て、不意に思い出すものがあった。
「何時だったかな、お前と二人で月まで行こうって言っていたのは。」
私は担いでいた相棒に向かって話しかけた。箒で空を飛ぶ事は止めても一緒にいる事は止めるつもりは無いので、こうして傍から見れば無様に見えるだろうが箒を担いで歩いているのだ。
「昔はよくお前と一緒に夜遅くまで駆けずり回ったもんだよな。だから、私達に行けない所なんてないって思っていたよな。」
箒に向かって喋り掛ける私は、傍から見れば危ない人だと思われるかもしれない。
だが、私にとってこの相棒はただの箒ではないのだ。私と苦楽を共にしてきた私の半身。
「だから、今度は月まで行こうって二人で決めたんだよな。だけど今のままじゃあ無理だから、月まで行く事を夢に頑張ろうって。」
相棒が直接何かを言って来る訳ではない。だが、長い付き合いで相棒が言わんとしている事が何となく分かるのだ。
「でも、すっかり昔の事だから忘れちまっていたんだよな、そんな夢。色々在ったからな。」
不意に涙が溢れてきた。慌てて止めようとしたが、一度溢れたものはなかなか止められなかった。
「御免よう、お前がこんなんになるまでお前の事に気が付いてやれなくてさ。私がもっと早くお前の事に気が付いてあんなに乱暴に乗らなかった
ら、お前はもっと長く空を飛べたかもしれないのに。」
後悔の念で一杯だった。私は相棒の事なら何でも知っているつもりだった。だから考え無しにかなり手荒く扱ってきた。たまにへそを曲げても、数日経てば元通りだった。
だけど、こいつは無理をして私に合わせてくれていただけだった。だから、ボロボロになるまであんなに無理をしてくれた。だが、私はそれに気が付く事が出来なかった。
「お前だって、もっと長く飛んでいたかったよな。まだ見ぬ大地を見に行きたかったよな。」
今頃気が付いても、最早手遅れだった。私は私の無茶に付き合ってくれた相棒に報いる事が出来ぬまま、何も出来ずに相棒の最後を見届ける事しかできない。
この相棒の最後。考えもしなかった事だ。いつまでも私の傍に居てくれると信じて疑わなかった。だから、この相棒に相応しい最後なぞ考え付くはずも無かった。
結局、私はただ相棒が朽ちていくのを見ているだけしか出来ないのか。何か、この相棒に相応しい最後があるのではないか。
長年の相棒の雄雄しい最後すら思いつかない私が、堪らなく悔しかった。
「御免な・・・相棒・・・本当に・・・御免・・・」
起きたら、もう夕方だった。ここのところ自分の持っている本を調べていてろくに睡眠を取っていなかった上に、昨日は貫徹までしてしまったのだ。いくら寝ても寝たり無かった。
昨日、とは言っても厳密には今日だが、寝る前に無駄と知りつつ再度数冊の本を読み返した。そして、そのまま寝てしまったのだ。
私は寝ていた机から起きて、枕代わりに抱いていた箒を見つめた。まだ私の温もりが残る柄をそっと撫でつつ、何も考える事なしに時を過ごした。
しばらくそうしていると、不意に相棒が私に語りかけてきた気がした。
行こう。
「お前・・・」
何処へ、とは聞かなかった。私達が行きたいと望み、行く事を夢に掲げた場所は一つしかなかった。
相棒は、夢を叶えに行こうと言っている。最後の力を振り絞り、自分の命と引き換えに月へ行こうと。
私は一瞬迷った。行けば必ず力尽きるが、ひょっとしたら直す方法が有るかもしれない。
しかし、直ぐに迷いを打ち払った。相棒の最後に華を持たせるのは、私の使命だ。
私達の夢。いつか決めた、途方も無い夢。他人から見れば馬鹿馬鹿しい事だが、私達にとって宝にも等しかった夢。だから、相棒は叶える事を望んでいる。自分の為に、そして私の為に。
「ああ、行こう。私達の夢を叶えに、行こう。」
宝は、夢。あの頃は、確かそう考えていたはずだ。どんなに立派な物でも、どんなに貴重な物でも、私の胸に秘めた夢の方が輝いて見えたのだ。
しかし時間が経つにつれ夢は薄れ、忘却の彼方へと押しやられていった。だが、相棒は覚えていたようだ。私達があの日に掲げた夢を。
私は出そうになった涙を堪えた。相棒との最後の冒険には、涙は要らない。
私は最後の力を振り絞る相棒に跨り、夜空を上昇して行った。空を上っている間に夜になってしまったが、これで月の位置を見失う恐れが無くなった。
ある高度に差し掛かると、何かに上昇が阻まれた。博麗大結界だ。こいつをどうにかしなければならないのだが、本来なら私にその力は無い。
だが、ある予感を胸にしばしの間その高度に留まった。
「あら、馬鹿は高い所が何とやら。こんな所で何しているの、魔理沙。」
予感的中。八雲紫だ。
「紫を待っていたんだぜ。ここにいればきっと現れると思ってな。」
紫がおやっと言う表情をした。
「ふふ、ご期待にそえられて私も来た甲斐があったわ。でも、どうして私が来ると。」
「ふん、乙女の勘は当たる物だぜ。」
紫が呆れた表情をした。今、絶対に私の事を馬鹿にしたな。
「で、ご用件は。ただ世間話をする為にその箒でここまで来た訳じゃないわよね。」
「大体のところは分かっているようで、説明する手間が省けて助かるぜ。頼む、紫の力を借りたい。」
「私に博麗大結界を超える為にどうにかしてくれ、と。」
「ああ、頼む。」
紫が私を計るような表情をした。
「私がそんな大仕事をする義理が、貴方にあって。」
「私の家の井戸の底に、取っておきの酒が隠してある。」
紫の、探るような眼差しが強くなった。
「貴方、死ぬ気?」
「当たり前だろ。私の相棒の一世一代の最後の大冒険だ。私が体を張らなくてどうする。」
束の間、沈黙がこの場を支配した。
「霊夢が怒っていたわよ。」
「すまん、もう一つ頼まれてくれ。霊夢に伝言だ。悪かった、てな。」
紫が大きな溜息をついて、降参といったように手を上げた。
「分かったわ、私が貴方達を博麗大結界の外に連れて行ってあげる。もし私が断りでもしたら、貴方は力ずくで結界を破ろうとするでしょうからね。」
仕事を増やされたら堪らん、といった感じで同意してきた。紫、お前他に仕事なんかしてないだろ。
「ありがとう、紫。頼む。」
いよいよだぜ、相棒。ここからが本番だ。
雲の遥か上を更に昇ってゆく。月が丁度私達の真上に来ていた。
さすがにここまで来ると寒くて仕方が無かったが、それでも黙々と高度を上げて行った。
こんなに高くまで上ったことは無かった。だから、驚きの発見の連続でもあった。
本で読んだとおり、地球は丸かった。何処までも続く地平線が、綺麗な弧を描いていた。そして眼下を見渡すと、地上の方は明るかった。人工の無機質な光があちらこちら見えた。
しかし、私が用があるのは下ではなく上である。何時までも下に気を取られている訳にはいかなかった。
上を見上げると、心なしか大きく見える月があった。
私は目を閉じ、相棒に話しかけた。
「なあ、相棒。私達は色んなところ飛び回ったよな。私達に行けない所は無かったよな。だから、私達には不可能の文字は無かったよな。」
この箒と駆け抜けた記憶がまざまざと思い浮かんで来た。
「どんな強敵でも、私達に掛かれば敵じゃなかった。どんなに激しい弾幕でも、私達に擦り抜けれない事は無かった。」
相棒と過ごした日々。思い浮かんでは消えていった。
「でも、私達は時間の流れには勝てなかった。夢を忘れ、お前の大事さを忘れた。お前ももう昔のように飛ぶ事が出来ない。」
あの時、気がついていれば。この数日、何度そう悔やんだ事か。
「せっかく、私達に敵無しだと思っていたのにな。最後の最後で負けちまったな。」
泣くまい。そう誓ったのに、気がつけば涙が溢れそうになっていた。
「だから、最後はその負けを帳消しするくらいの大きな事をやり遂げようぜ!!」
こんなに高いところまで昇ったことは初めてだった。私が知る限りでも、この高度まで上った事を記述した本は無かったと思う。まあ、パチュリーの所には在るかも知れないけど。
だから、ここがこんなに空気が薄いなんて知らなかった。
確かに雲を抜けたあたりからだんだん息苦しくなってきたが、それでも何とか歯を食いしばって色々と私の知る限りの知識を動員して耐えた。眼下に聳え立っていた一際高かった山が、遥か彼方に見える頃にはいくらいい加減、耐えるのも限界に来ていた。
それに、この寒さである。上空は寒いという事は知っていたが、持ってきた毛布一枚じゃとてもじゃないが耐えられる寒さじゃなかった。
が、それでも耐えて昇った。私も苦しいが、相棒はもっと苦しいんだ。だから、どんな辛さでも耐えてみせる。
しかし、ここが限界だという所に来た。雲の遥か遥か上空。これ以上行けば、私は確実に死ぬ。
目眩で倒れそうになる自分を叱咤しつつ、私は相棒に話しかけた。
「どうやら、ここが私の限界のようだぜ。御免な、相棒。私はここでリタイアだ。」
悔しさで一杯だった。せっかく相棒が夢を叶えようって誘ってくれたのに。しかし、私は相棒を何とか月にまで行かせたかった。
「ここから先はお前一人で行くしかないのかよ。ちくしょう、私もお前と一緒に行きたいぜ。」
言ったものの、私には分かっていた。ここからは先は相棒一人じゃなければ行けない事を。
「もう少し長くお前の傍にいたかったんだがな。これじゃあ、しょうがないか。」
もう、私は心を決めた。私の分の夢、相棒に託すと。
「お前だけなら行けない場所なんか、無いはずだぜ。だから、月まで駆け抜けてくれよ。」
予想よりも早くなった、別れ。だが、私達の最後はいつも通りでいたいと思った。相棒もそう望んでいるはずだ。
体中からありったけの魔力を集め、相棒に注ぐ。そして、一気に爆発させた。
「彗星:ブレイジングスター!!」
私の周りの景色が一瞬引き伸ばされたようになり、閃光を伴った一本の光の奔流となって月へと垂直に昇りだした。
このままなら一緒に月に行けるかもしれない。一瞬そういう考えが浮かんだが、直ぐに撤回した。私がいれば、多分途中で落ちる。だから、ここからは全て相棒に任せるべきだ。
さようなら、相棒。お前との時間、絶対に忘れないから。
私は箒から手を離し、重力に身を任せた。
「行けー!! 昇れー!!」
私の相棒は光の彗星となり、月へと一直線に昇って行く。
いつの間にか私は泣いていた。私の半身。それが閃光と共に私の元から離れて行く。
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
そして、見えなくなった。
重力に任せるがままに、私は落ちていた。しかし、私にはどうでもいい事だった。
満足半分、悔しさ半分。本当は、私は相棒と一緒に月に行きたかった。しかし月に行く為は私が余分だった。だけど相棒の最後の冒険を失敗に終わらせたくなかった。だから、私が下した判断は間違いじゃなかったはずだ。
相棒なら、きっと月に辿り着ける。だけど頭では分かっていたが、どうしようもなくやり切れない思いに包まれていた。
私達の夢。私の分を相棒に託した、夢。叶えられても、どこか虚しさを感じる。
そして、喪失感。もう、相棒は私の傍にいない。いくら求めても、相棒に私が乗る事は出来ない。目を閉じれば、相棒の姿を鮮明に思い出せるというのに。
「おっかしいな、あいつとの別れの時は泣かないって決めたのにな。」
さっきから涙が止まらなくて仕方が無かった。失って、初めて相棒の存在感の大きさに気がついた。
「くそ、これじゃああいつに笑われるぜ。」
涙が私から見て昇っていく。それでも、涙が尽きる事は無かった。
どれだけ落ちた時だろう。いきなり腕に掴まれて、何かに引きずり込まれた。
気がつくと紫に抱きとめられていて、眼下には私がよく知る風景が広がっていた。
「よう、紫。お前がアフターケアーだなんて、珍しいな。」
「魔理沙の秘蔵のお酒、美味しかったから。それに、貴方言ったじゃない。」
紫が、月を見上げた。
「頼む、って。」
そう言えば、そんな事を言っていた気がする。そんなつもりで言った訳じゃなかったのだが。
「ところで貴方の箒、ちゃんと月まで行けたの?」
「当たり前だろ、誰の相棒だと思っているんだ。」
私はニヤリと笑って紫を見た。紫はやれやれといった表情だった。
「それと、明日辺り霊夢に会いに行くように。霊夢が珍しく貴方の事を気にしていたから。」
「へいへい、明日から忙しそうだな。とりあえず、香霖の所であいつに代わる私の足を捜さないとな。」
「あら、意外とあっさりしているのね。私はてっきり飛ぶ事を止めるものかと思ったのに。」
「何時までもくよくよしていたら、あいつに馬鹿にされるからな。」
私は月を仰ぎ見る。
「あいつはあそこで私を見守っていてくれる。だから、寂しいだなんて思わないことにした。見上げれば何時でもあいつに会えるんだからな。」
相棒の分まで飛ぶ事。それが、力尽きる事と引き換えに私達の夢を選んだ相棒に対する敬意だ。
それに相棒は私の心の中で生きている。心の中で、私を乗せて今も飛び続けている。だから、相棒は真の意味で死んでいない。私の心の中で生き続ける限りは。
月に刺さっていた旗が吹き飛ばされて、代わりに朽ち掛けた箒が刺さっている事を知った某アメリカ大統領が、テロだアルカイダだ戦争だとか、宇宙人の襲来だ正義だ自由だとか言って、かなり騒いだとかなんとか。
私の声が決して広くない店内に響き渡った。
今朝起きてどこかに出かけようと思い、いつも通りに箒を手にとって見たら箒の調子が何か変である事に気が付いた。箒から殆ど力が感じられないのだ。
この箒は私が小さい頃からの相棒で、最早私の半身と言っても過言ではなかった。だから手にとって見るだけで、調子が悪い事くらい直ぐに分かるのだ。
しかし、何処がどう悪いのか分からなかった。ちゃんと箒だけは手入れをしているので何処かが傷ついていたり、壊れているという訳でもなかったし、ここ最近は安全運転に勤めていたのでへそを曲げてストライキを起こしたという訳でもなさそうだった。
試しに、箒に魔力を通わせてみた。魔力を通わせ私の意志と同調させる。そして、私は相棒と一体化した。
魔力を通わせ始めたときは良かった。いつも通りの反応だった。だが、すぐに息苦しい感じがしてきた。それにどこか非常に弱々しい。疲れ切っている、という感じもした。
これはただ事ではないと思い、アイテムの事に詳しい奴の意見を聞こう思い香霖堂に向かった。
私はすぐさま香霖に箒を見せ、同調した時に感じた事も全て話した。
「ああ、そうだ。物にだって寿命はある。まあ、この場合は使用限界かな。この箒もその天命を全うしようとしているんだ。」
「そんな、じゃあこいつはもう直ぐ飛べなくなるって言うのか。」
香霖は黙って頷いた。私は、自分の足場が崩れ奈落に落ちるような感覚に襲われた。私が長年付き合ってきた相棒が終わりを迎えているだなんて。
「ん、どうしたの、魔理沙。その箒がもう駄目だって。」
私と同じく香霖堂に来ていた霊夢が暢気に聞いてきた。どうしたらこんなに暢気にしていられるんだ。
「ふうん、箒を買い換えるんだ。じゃあ家でその要らなくなった箒の供養をしてあげるわよ。もちろん有料だけど、今回は特別に格安にしてあげる。」
霊夢の無神経な発言が癪に障った。私はついカッとなって霊夢を怒鳴りつけた。
「馬鹿な事を言うな。こいつは私の相棒なんだぜ。誰が買い換えるもんか!!」
霊夢がびっくりした表情をした。
「な、何よ、急に。人がせっかく気を利かしてあげたのに。」
「ああ、気を利かしただと。いいか、こいつは私が幼い頃からずっと一緒に過ごしてきたんだ。苦しい時や辛い時だってこいつと一緒に乗り越えてきたんだ。だから、こいつは私にとって唯一無二の親友なんだぜ。それをもう駄目だとか、買い換えるだと。ふざけるのもいい加減にしろ!!」
私は怒りを霊夢に吐きつると、霊夢も少し怒った表情になった。一方的に暴言を吐かれて、黙っている性格ではないのだ。
「魔理沙、少し落ち着くんだ。確かに君がその箒を大事にしているのは分かるが、それを他人にぶつけるのは良くないよ。」
香霖に諭されて少し落ち着いた。だが、私はどうしても今の霊夢の発言は許せる気にはなれなかった。
「なあ、香霖。本当に、もう寿命なのか。どうにもならないのか。」
「人が寿命に逆らえられないのと同じく、物だって寿命には逆らえられないし、逆らうべきじゃないんだ。」
香霖が分かってくれと言わんばかりの眼差しを送ってきたが、私は悔しさで一杯だった。
私は箒を担ぎ、まだ私を睨みつけている霊夢を後に店を出た。
家に帰ると大いに散らかっている床を掻き分け、片っ端から本を調べた。私が求める記述は、箒を元気にする方法や使用限界を延ばす方法など。それも、年代物の終わりを迎えかけている魔法の箒のだ。
しかし、いくら調べても徒労に終わった。元々、調子が悪くなったり壊れたりしたら捨てて新しい物を買いなおしたり作りなおしたりするのが当たり前な代物なのだ。一時凌ぎの応急処置程度の記述はいくつかあったが、それは私が求めるものではなかった。
すがる思いで同じくこの森に住むアリスに協力を求めに行った。紅魔館のパチュリーの所の方がはるかに本の数が多いのだろうが、今は相棒を労って乗る事を止めている。
「っと言う訳だ。頼むからなんか知恵を貸してくれ。何ででも良い、どんな些細な事でも良いんだ。」
「そんな事言われても、私は魔法の箒の事は詳しくないし。」
困り果てた顔をしてアリスが言ってきた。確かにアリスを頼るのはお門違いなのは分かっているが、他に頼える人はいなかった。
「そう言わずに、頼むよ。アリスが保管している本を見せてくれるだけでも良いから。」
「分かったわよ。でも、期待はしないでね。私はそんな記述を見た覚えが無いから。それより、私なんかの所に来るよりも紅魔館に行ったほうがいいと思うわよ。」
「今は相棒を休める事にしている。もう年寄りだから大事にしてやらないとな。だから湖を渡る手段が無いんだ。」
「じゃあ、私が連れて行ってあげようか。」
「駄目だ。私は相棒以外で空を飛ぶ事はしない事にしている。相棒に対して失礼だからな。」
確かに我侭なのかもしれないが、これが私の相棒との長年の付き合い方なのだ。だから、限界だから昔のように空を飛べないからといって他の手段を選ぶなんて、相棒に対しての冒涜に他ならない。
溜息をついて、アリスが私を書斎に通した。どうやらアリスも手伝ってくれるようだ。
結局、徒労に終わった。アリスと二人がかりで本を調べたが、私の望んでいる記述は無かった。
書斎から出てきたら、一日と半日が経っていた。アリスも私も目の下に凄い隈を作っていた。アリスが文句を言いつつも手伝ってくれた事に感謝したが、私の心はどうしようもない暗さで占められていた。
アリスが気を利かしてくれて泊まっていくように言ってくれてが、また気を乱して何時アリスに暴言を吐くか分からなかったので丁重に辞退した。
アリスの家に行ったのが昨日の昼過ぎだったので、完全に辺りは闇に包まれていた。それでも、月と星の明かりを頼りに自分の家へと向かった。
ふと見上げてみると、丁度真上に月が夜空に浮かび上がっていた。まだ満月ではないので直視しても大丈夫だが。
月を見て、不意に思い出すものがあった。
「何時だったかな、お前と二人で月まで行こうって言っていたのは。」
私は担いでいた相棒に向かって話しかけた。箒で空を飛ぶ事は止めても一緒にいる事は止めるつもりは無いので、こうして傍から見れば無様に見えるだろうが箒を担いで歩いているのだ。
「昔はよくお前と一緒に夜遅くまで駆けずり回ったもんだよな。だから、私達に行けない所なんてないって思っていたよな。」
箒に向かって喋り掛ける私は、傍から見れば危ない人だと思われるかもしれない。
だが、私にとってこの相棒はただの箒ではないのだ。私と苦楽を共にしてきた私の半身。
「だから、今度は月まで行こうって二人で決めたんだよな。だけど今のままじゃあ無理だから、月まで行く事を夢に頑張ろうって。」
相棒が直接何かを言って来る訳ではない。だが、長い付き合いで相棒が言わんとしている事が何となく分かるのだ。
「でも、すっかり昔の事だから忘れちまっていたんだよな、そんな夢。色々在ったからな。」
不意に涙が溢れてきた。慌てて止めようとしたが、一度溢れたものはなかなか止められなかった。
「御免よう、お前がこんなんになるまでお前の事に気が付いてやれなくてさ。私がもっと早くお前の事に気が付いてあんなに乱暴に乗らなかった
ら、お前はもっと長く空を飛べたかもしれないのに。」
後悔の念で一杯だった。私は相棒の事なら何でも知っているつもりだった。だから考え無しにかなり手荒く扱ってきた。たまにへそを曲げても、数日経てば元通りだった。
だけど、こいつは無理をして私に合わせてくれていただけだった。だから、ボロボロになるまであんなに無理をしてくれた。だが、私はそれに気が付く事が出来なかった。
「お前だって、もっと長く飛んでいたかったよな。まだ見ぬ大地を見に行きたかったよな。」
今頃気が付いても、最早手遅れだった。私は私の無茶に付き合ってくれた相棒に報いる事が出来ぬまま、何も出来ずに相棒の最後を見届ける事しかできない。
この相棒の最後。考えもしなかった事だ。いつまでも私の傍に居てくれると信じて疑わなかった。だから、この相棒に相応しい最後なぞ考え付くはずも無かった。
結局、私はただ相棒が朽ちていくのを見ているだけしか出来ないのか。何か、この相棒に相応しい最後があるのではないか。
長年の相棒の雄雄しい最後すら思いつかない私が、堪らなく悔しかった。
「御免な・・・相棒・・・本当に・・・御免・・・」
起きたら、もう夕方だった。ここのところ自分の持っている本を調べていてろくに睡眠を取っていなかった上に、昨日は貫徹までしてしまったのだ。いくら寝ても寝たり無かった。
昨日、とは言っても厳密には今日だが、寝る前に無駄と知りつつ再度数冊の本を読み返した。そして、そのまま寝てしまったのだ。
私は寝ていた机から起きて、枕代わりに抱いていた箒を見つめた。まだ私の温もりが残る柄をそっと撫でつつ、何も考える事なしに時を過ごした。
しばらくそうしていると、不意に相棒が私に語りかけてきた気がした。
行こう。
「お前・・・」
何処へ、とは聞かなかった。私達が行きたいと望み、行く事を夢に掲げた場所は一つしかなかった。
相棒は、夢を叶えに行こうと言っている。最後の力を振り絞り、自分の命と引き換えに月へ行こうと。
私は一瞬迷った。行けば必ず力尽きるが、ひょっとしたら直す方法が有るかもしれない。
しかし、直ぐに迷いを打ち払った。相棒の最後に華を持たせるのは、私の使命だ。
私達の夢。いつか決めた、途方も無い夢。他人から見れば馬鹿馬鹿しい事だが、私達にとって宝にも等しかった夢。だから、相棒は叶える事を望んでいる。自分の為に、そして私の為に。
「ああ、行こう。私達の夢を叶えに、行こう。」
宝は、夢。あの頃は、確かそう考えていたはずだ。どんなに立派な物でも、どんなに貴重な物でも、私の胸に秘めた夢の方が輝いて見えたのだ。
しかし時間が経つにつれ夢は薄れ、忘却の彼方へと押しやられていった。だが、相棒は覚えていたようだ。私達があの日に掲げた夢を。
私は出そうになった涙を堪えた。相棒との最後の冒険には、涙は要らない。
私は最後の力を振り絞る相棒に跨り、夜空を上昇して行った。空を上っている間に夜になってしまったが、これで月の位置を見失う恐れが無くなった。
ある高度に差し掛かると、何かに上昇が阻まれた。博麗大結界だ。こいつをどうにかしなければならないのだが、本来なら私にその力は無い。
だが、ある予感を胸にしばしの間その高度に留まった。
「あら、馬鹿は高い所が何とやら。こんな所で何しているの、魔理沙。」
予感的中。八雲紫だ。
「紫を待っていたんだぜ。ここにいればきっと現れると思ってな。」
紫がおやっと言う表情をした。
「ふふ、ご期待にそえられて私も来た甲斐があったわ。でも、どうして私が来ると。」
「ふん、乙女の勘は当たる物だぜ。」
紫が呆れた表情をした。今、絶対に私の事を馬鹿にしたな。
「で、ご用件は。ただ世間話をする為にその箒でここまで来た訳じゃないわよね。」
「大体のところは分かっているようで、説明する手間が省けて助かるぜ。頼む、紫の力を借りたい。」
「私に博麗大結界を超える為にどうにかしてくれ、と。」
「ああ、頼む。」
紫が私を計るような表情をした。
「私がそんな大仕事をする義理が、貴方にあって。」
「私の家の井戸の底に、取っておきの酒が隠してある。」
紫の、探るような眼差しが強くなった。
「貴方、死ぬ気?」
「当たり前だろ。私の相棒の一世一代の最後の大冒険だ。私が体を張らなくてどうする。」
束の間、沈黙がこの場を支配した。
「霊夢が怒っていたわよ。」
「すまん、もう一つ頼まれてくれ。霊夢に伝言だ。悪かった、てな。」
紫が大きな溜息をついて、降参といったように手を上げた。
「分かったわ、私が貴方達を博麗大結界の外に連れて行ってあげる。もし私が断りでもしたら、貴方は力ずくで結界を破ろうとするでしょうからね。」
仕事を増やされたら堪らん、といった感じで同意してきた。紫、お前他に仕事なんかしてないだろ。
「ありがとう、紫。頼む。」
いよいよだぜ、相棒。ここからが本番だ。
雲の遥か上を更に昇ってゆく。月が丁度私達の真上に来ていた。
さすがにここまで来ると寒くて仕方が無かったが、それでも黙々と高度を上げて行った。
こんなに高くまで上ったことは無かった。だから、驚きの発見の連続でもあった。
本で読んだとおり、地球は丸かった。何処までも続く地平線が、綺麗な弧を描いていた。そして眼下を見渡すと、地上の方は明るかった。人工の無機質な光があちらこちら見えた。
しかし、私が用があるのは下ではなく上である。何時までも下に気を取られている訳にはいかなかった。
上を見上げると、心なしか大きく見える月があった。
私は目を閉じ、相棒に話しかけた。
「なあ、相棒。私達は色んなところ飛び回ったよな。私達に行けない所は無かったよな。だから、私達には不可能の文字は無かったよな。」
この箒と駆け抜けた記憶がまざまざと思い浮かんで来た。
「どんな強敵でも、私達に掛かれば敵じゃなかった。どんなに激しい弾幕でも、私達に擦り抜けれない事は無かった。」
相棒と過ごした日々。思い浮かんでは消えていった。
「でも、私達は時間の流れには勝てなかった。夢を忘れ、お前の大事さを忘れた。お前ももう昔のように飛ぶ事が出来ない。」
あの時、気がついていれば。この数日、何度そう悔やんだ事か。
「せっかく、私達に敵無しだと思っていたのにな。最後の最後で負けちまったな。」
泣くまい。そう誓ったのに、気がつけば涙が溢れそうになっていた。
「だから、最後はその負けを帳消しするくらいの大きな事をやり遂げようぜ!!」
こんなに高いところまで昇ったことは初めてだった。私が知る限りでも、この高度まで上った事を記述した本は無かったと思う。まあ、パチュリーの所には在るかも知れないけど。
だから、ここがこんなに空気が薄いなんて知らなかった。
確かに雲を抜けたあたりからだんだん息苦しくなってきたが、それでも何とか歯を食いしばって色々と私の知る限りの知識を動員して耐えた。眼下に聳え立っていた一際高かった山が、遥か彼方に見える頃にはいくらいい加減、耐えるのも限界に来ていた。
それに、この寒さである。上空は寒いという事は知っていたが、持ってきた毛布一枚じゃとてもじゃないが耐えられる寒さじゃなかった。
が、それでも耐えて昇った。私も苦しいが、相棒はもっと苦しいんだ。だから、どんな辛さでも耐えてみせる。
しかし、ここが限界だという所に来た。雲の遥か遥か上空。これ以上行けば、私は確実に死ぬ。
目眩で倒れそうになる自分を叱咤しつつ、私は相棒に話しかけた。
「どうやら、ここが私の限界のようだぜ。御免な、相棒。私はここでリタイアだ。」
悔しさで一杯だった。せっかく相棒が夢を叶えようって誘ってくれたのに。しかし、私は相棒を何とか月にまで行かせたかった。
「ここから先はお前一人で行くしかないのかよ。ちくしょう、私もお前と一緒に行きたいぜ。」
言ったものの、私には分かっていた。ここからは先は相棒一人じゃなければ行けない事を。
「もう少し長くお前の傍にいたかったんだがな。これじゃあ、しょうがないか。」
もう、私は心を決めた。私の分の夢、相棒に託すと。
「お前だけなら行けない場所なんか、無いはずだぜ。だから、月まで駆け抜けてくれよ。」
予想よりも早くなった、別れ。だが、私達の最後はいつも通りでいたいと思った。相棒もそう望んでいるはずだ。
体中からありったけの魔力を集め、相棒に注ぐ。そして、一気に爆発させた。
「彗星:ブレイジングスター!!」
私の周りの景色が一瞬引き伸ばされたようになり、閃光を伴った一本の光の奔流となって月へと垂直に昇りだした。
このままなら一緒に月に行けるかもしれない。一瞬そういう考えが浮かんだが、直ぐに撤回した。私がいれば、多分途中で落ちる。だから、ここからは全て相棒に任せるべきだ。
さようなら、相棒。お前との時間、絶対に忘れないから。
私は箒から手を離し、重力に身を任せた。
「行けー!! 昇れー!!」
私の相棒は光の彗星となり、月へと一直線に昇って行く。
いつの間にか私は泣いていた。私の半身。それが閃光と共に私の元から離れて行く。
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
そして、見えなくなった。
重力に任せるがままに、私は落ちていた。しかし、私にはどうでもいい事だった。
満足半分、悔しさ半分。本当は、私は相棒と一緒に月に行きたかった。しかし月に行く為は私が余分だった。だけど相棒の最後の冒険を失敗に終わらせたくなかった。だから、私が下した判断は間違いじゃなかったはずだ。
相棒なら、きっと月に辿り着ける。だけど頭では分かっていたが、どうしようもなくやり切れない思いに包まれていた。
私達の夢。私の分を相棒に託した、夢。叶えられても、どこか虚しさを感じる。
そして、喪失感。もう、相棒は私の傍にいない。いくら求めても、相棒に私が乗る事は出来ない。目を閉じれば、相棒の姿を鮮明に思い出せるというのに。
「おっかしいな、あいつとの別れの時は泣かないって決めたのにな。」
さっきから涙が止まらなくて仕方が無かった。失って、初めて相棒の存在感の大きさに気がついた。
「くそ、これじゃああいつに笑われるぜ。」
涙が私から見て昇っていく。それでも、涙が尽きる事は無かった。
どれだけ落ちた時だろう。いきなり腕に掴まれて、何かに引きずり込まれた。
気がつくと紫に抱きとめられていて、眼下には私がよく知る風景が広がっていた。
「よう、紫。お前がアフターケアーだなんて、珍しいな。」
「魔理沙の秘蔵のお酒、美味しかったから。それに、貴方言ったじゃない。」
紫が、月を見上げた。
「頼む、って。」
そう言えば、そんな事を言っていた気がする。そんなつもりで言った訳じゃなかったのだが。
「ところで貴方の箒、ちゃんと月まで行けたの?」
「当たり前だろ、誰の相棒だと思っているんだ。」
私はニヤリと笑って紫を見た。紫はやれやれといった表情だった。
「それと、明日辺り霊夢に会いに行くように。霊夢が珍しく貴方の事を気にしていたから。」
「へいへい、明日から忙しそうだな。とりあえず、香霖の所であいつに代わる私の足を捜さないとな。」
「あら、意外とあっさりしているのね。私はてっきり飛ぶ事を止めるものかと思ったのに。」
「何時までもくよくよしていたら、あいつに馬鹿にされるからな。」
私は月を仰ぎ見る。
「あいつはあそこで私を見守っていてくれる。だから、寂しいだなんて思わないことにした。見上げれば何時でもあいつに会えるんだからな。」
相棒の分まで飛ぶ事。それが、力尽きる事と引き換えに私達の夢を選んだ相棒に対する敬意だ。
それに相棒は私の心の中で生きている。心の中で、私を乗せて今も飛び続けている。だから、相棒は真の意味で死んでいない。私の心の中で生き続ける限りは。
月に刺さっていた旗が吹き飛ばされて、代わりに朽ち掛けた箒が刺さっている事を知った某アメリカ大統領が、テロだアルカイダだ戦争だとか、宇宙人の襲来だ正義だ自由だとか言って、かなり騒いだとかなんとか。
魔理沙の、箒への思い入れがあまり見えないのが原因かと。
「苦しい時や辛い時だってこいつと一緒に乗り越えてきた」などというお仕着せの言葉ではなく、自分の言葉で描写してくれたらよかったのかもしれません。
最後の二行がセンス技ありってとこですかね。
後半、充分愛を感じた。宇宙葬かっちょ良い。です。
全体、しんみりとした空気だったので、月に届いたかどうか「どうなったんだろう」で終わらせた方が余韻が残ってよかった気がします。
物に愛着持つ人には印象深い話。でした。
ともあれ、物を棄てられない自分にとって、魔理沙の行動は充分に感情移入できました。
この魔理沙からは単車乗りの匂いがする。 好き。
ミニ八卦炉ごと月行きかw