Coolier - 新生・東方創想話

東方雀鬼録外伝 ~氷精の闘牌~ (完)

2005/06/24 01:23:29
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四人、それぞれが思いを抱え、始められた最終戦。
勝負の行方やいかに。




東一局


八巡目

「よーむー」

またか、とレティは心の中で舌を打つ。
気にしないと決めたとはいえ、鬱陶しい事自体は変わりはないのだ。
が、その後に続いた言葉が問題であった。
「……お茶持って来て。急がないでも良いわよ」
「え? は、はい」
「(……お茶?)」



「(……限界か。まぁ、仕方ないわね)」
レミリアは横目に幽々子の様子を窺う。
先程までと何ら変わりない、のほほんとした表情。
が、額から零れる脂汗が、いっぱいいっぱいであるという事実を、はっきりと示していた。

前局、猛威を振るった幽々子の暴食。
結論から言うと、それは確かに通しの一つであった。
米類ならば萬子、麺類ならば索子、その他ならば筒子、前後に何かを付け加えたら字牌。
これ以上無いくらい、シンプルなサインである。
しかし、それだからこそ有用である、とレミリアは判断した。
対戦相手であるレティは、黒幕と名乗るように、相当に策謀に長けているのは間違いない。
ならば、下手な小細工を打つより、ストレートに当たるほうが効果的である。
特に、このような冗談みたいな手であれば、ある事無い事まで思いを巡らせて、自滅するであろうとの読みだった。
事実、その通りに事は運んだ。
だが、こうなった以上は、もう通しは使えない。
後は個々の判断で進めていくしか無い。
掴み取った流れと、経験や状況から来る余裕が、二人の最後の武器であった。
「……リーチよ」




「うー……」
言葉を受け、チルノの手が止まる。
当たり前かのように、安牌は無い。
「(えーと、スジは残ってるから……)」
僅かに残った知識から、局面を打開すべく解を導き出す
……否、捻り出すと言うのが正しいだろう。
「……これっ!」
打、9索

間髪入れず、ぱたりと倒される牌。

五六七七八九33789(7)(8)

「当たり。リーチ一発平和に三色。満貫ね」
「なんでよぉーーー!」

まるで、第二戦のリプレイであるかの如き、チルノの振込みによるレミリアの上がり。
氷精組の前には、早くも暗雲が立ち込めていた。




「(うー……苦しい……)」
幽々子は心の中で悲鳴を上げる。
それでも傍目には、優雅にお茶を啜るようにしか見えない辺りは、流石と言った所か。
あれほどの暴食は、いかに幽々子と言えども無茶だった。
もはや、米粒一つすら口にすることが難しい状況である。
「(あー、駄目。思考がまとまらない……)」
ちらりと下家に視線を送る。
点棒を受け取っていたレミリアが、ごく小さく頷くのが見えた。
「(……後は、任せたわよ)」







<厨房>


お茶を届け終えた妖夢は、のっそりと歩みを進める。
フラフラという言葉がこれほどまでに似合う姿も無いであろう。
「……うー……これで……最後みたい」
息も絶え絶えといった感じで、厨房へと転がり込んだ。
「……そう、ご苦労様」
言葉を返したのは咲夜。
彼女も、妖夢程では無いにせよ、疲労している事ははっきりと目に取れた。
「まったく……一人で何人分平らげたのかしら、あいつ」
ちらりと視線を動かす。
厨房は半ば、食い尽くされた食材の残り滓で埋まっていた。
「……でも、これで、荷物も持って帰られる量まで減ったし、むしろ良かったかもしれないわ」
「……どうせ、食べる奴は同じだものね……」
「……それもそうか。……お茶、飲む?」
「……今はいいわ」
「……そう……」
その会話を最後に、厨房内から一切の音声は途絶えた。




どどど、という喧しい音。
それは次第に音量を増しつつ、厨房へと迫っていた。
最大限まで達したと同時に、飛び込んで来る一つの影。
左手には包丁、右手にはお玉、頭に付けるは三角巾、着込むものは割烹着。
どこに出しても恥ずかしくない、立派な主婦スタイル……と言いたい所だが、
生憎、主婦は包丁を持って走り回りはしない。
ともあれ、そんな何かが、効果音付きで華麗にポーズを決めた。

「待たせたなお前達! おさんどん暦(検閲削除)年! 八雲藍が助太刀に来たぞ! 
 さあ! 仏蘭西料理だろうがモッサラベ料理だろうが、何でもかかってこい!」

「「……くー……」」

「って、寝てる!? というか、終了!?」

静寂を豪快にぶちこわしては悶絶する狐様を他所に、
二人の従者は、僅かな休息の時を満喫していた。









<時と精神と雀鬼の間>

南三局

墓石、針、座布団、クナイ、陰陽玉、橙……
それらが無数に散乱している部屋の中心に二人。
……いや、二体と言うべきだろうか。
何しろ、それが人型の生物であるとも断言できないような姿である。
もはや言葉で形容できるものではない。
仮に満身創痍と表現したなら、有機農法の第一人者であるマン・シン・ソーイ氏(28)から
「いえ、私はそのような器ではありません」
と流暢な日本語で辞退の意を示される事は必至だろう。
誰やねんそれ、と言われても困る。
私は忙しいと常々申しておるだろうに!

……さて、そんな二つの何かが、卓へと突っ伏す中、
今ひとつ空気を読んでいない一文が、神々しく浮かび上がった。


『雀鬼流局』


「……じゃんき、りゅう……」
恐らくは人間なのだろう何かが、くぐもった声を漏らす。
黒っぽく見えないことも無いので、仮にこれを魔理沙と呼ぶことにする。
「……なん、だっけ、それ……」
もう片方の何かが、それに答えた。
消去法でアリスかと思われるが、今ひとつ確信が持てない姿である。
「……さぁ……な。……もう、なんでもいい……」
二人はただ、本能のみをもってして牌を積み上げ、賽を振り、そして配牌まで行った。
これぞ雀師魂なり。

へにょん、と力なく打たれた魔理沙の第一打。
それは、南。

「……ああ……」
「……ええ……」

ごごご、という鈍い音と共に訪れたのは、もはや二人にとって慣れきった光景。
そう、お仕置きタイム。
「……ぐ、げ、が、ぎ、ご、ぶへっ!」
複数の道路標識が、魔理沙へと降り注ぐ。
だが、魔理沙は倒れない。
……と言うより、最初から倒れているだけの事であるが。
「……そうか……じはい、さいしょに、すてちゃ……いけないんだな……ははは……」
「……そう、みたいね……おかしいわ……ふふふ………」
「……ははは……」
「……ふふふ……」
二人は、ノイズとしか思えないような荒んだ笑いを上げ続ける。

「ははははははははははははははははははははははは」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

何も映し出してはいなかったその瞳にも、次第に何かが宿り始める。
それは、狂気。

「「なめるなぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」」


魔理沙のアッパーカットと、アリスのバズソーキックが、同時に雀卓へと炸裂した。
魔力に守られていたはずのそれは、いとも簡単に砕かれ、灰燼に帰す。
「ふざけやがって……温厚で通っている私だが、もう我慢の限界だ!! 
 結界だか結核だか知らんが、ぶち破る!! 止めるなよアリス!!」
「止めるもんですか。でも、魔理沙が破るのは無理かもしれないわね。
 だって……壊すのは私だもの!!」
二人は争うように、封印された襖へと無数の魔弾を打ち放ち始めた。
が、流石に霊夢が自信を持って張った結界ではあるようで、その猛烈な弾幕にも、一向に綻びを見せる様子は無い。

「ああああああああ! いい加減吹っ飛びやがれぇ!」
「くうっ……こうなればっ!」
何を思ったのか、アリスは突如として走り出す。
「アリス!?」
「おんどりゃあああああああああ!!」
まっこと下品なる叫びを撒き散らしつつ、襖へと突進するアリス。
その姿は日の丸特攻隊か、ダイナマイトキッドか。
「弾幕はっ! ブレインっ!!」
アリスが、飛んだ。





どぉん、という鈍い音。
それは遠く離れた本殿にも、確かに響いていた。
「な、何? ……まさか!?」
即座に状況を理解した霊夢が、一足飛びで表へと飛び出す。

いつの間にか、外は完全な雨模様へと様変わりしていた。
すでに空は薄暗く、しとしとと振り注ぐ雨もあって視界は最悪である。
だが、そんな状況でありながらも、邪悪極まりない念が二つ、はっきりと感じ取れていた。
「結界が……破られた!?」







「……」
頭から煙を噴出しつつ、アリスはゆらりと起き上がる。
離れを封鎖していた襖の結界は、粉微塵にぶち砕かれていた。
恐るべしはアリスの石頭である。
幻想郷頭蓋骨選手権があるなら、レミリアと優勝争いをするであろう事は間違いないだろう。
「あー、それはブレインじゃなくてヘッドだし、そもそも弾幕でも無いんだが……どうでも良い事だな」
続けて、魔理沙が姿を現す。
「……お待ちかねのようだぜ」
「……ええ」
二人の目が、ぎらりと光る。







「「れ~~い~~む~~!!」」
声の主が誰であるか……それは言うまでも無いこと。
離れから怪しく輝くのは、四つの瞳。
それは、完全に狂気に支配されており、こちらを飲み込まんばかりのオーラを放っている。

「ゆかりぃ……あんた一体何仕込んだのよぉ……」
やはり設計を紫に任せたのは間違いだった。
あの生きる迷惑が、まともな物を作る筈が無かったのだ。
面倒という理由で一任してしまった自分の愚かさに乾杯、いや、完敗だ。
だが、後悔している余裕は無い。
今はとにかく、あの二人を何とかしなければならない。
「ま、魔理沙! アリス! 話せば分かるわ! その為に人は言葉を与えられたのよ!」
「そいつは違うな……」
低く、重い声。
決して大きいものではないそれが、はっきりと霊夢の耳に響く。
「言葉とは……詠唱を紡ぐ為にあるんだぜ」
「そうよ……霊夢、あんたを吹き飛ばすべく、ね」
「(……アカンわ、こりゃ)」
霊夢は早々と説得を諦めた。
今の二人には、何を言った所で通じはしないだろう。
ならば、打てる手段はただ一つのみである。
「あー、もう! 次から次へと面倒を……!」





「……来たわね」
アリスが、何かに反応するように、視線を動かす。
降りしきる雨を切り裂くように迫る二つの影。
「「アリスーーーー!!」」
上海人形と蓬莱人形である。
二体はアリスの両肩に着地すると、ぶるんぶるんと体を震わせる。
当然、水滴がアリスにかかりまくるのだが、今の彼女には大した問題でもなかった。
「上海、蓬莱……分かってるわね?」
「……エート……」
「……ダンマク?」
「ええ、大正解よ」
満足気に頷くと、再び、遠方の霊夢を見据える。
右手にお払い棒、左手にスペルカード。
どうやら向こうも既に臨戦態勢であるようだ。

「行くぜ……出し惜しみは無しだ!」
魔理沙は、懐からミニ八卦炉を取り出し、魔力を込める。
言葉の示す通り、身体に残ったすべてを。
「衛星軌道上まで吹き飛びやがれっ!!」
両の手から放たれたのは、眼も眩まんばかりの光の奔流。
闇を、雨を切り裂いて、一直線に霊夢へと向かう。
「行くわよっ!」
「「ハァイ」」
続けて、上海と蓬莱が怪しげな色のレーザーを打ち放つ。
それに加え、更にアリス自身も一筋の光線を展開する。
都合三本となったレーザーは、魔理沙の魔砲を取り巻くように螺旋を描く。

魔理沙のファイナルスパークとアリスの魔彩光の上海人形&首吊り蓬莱人形の合わせ技。
名前は何にしようと会議を行った所、上海砲あたりでどう? という発言があったが、
蓬莱人形の泣きそうな視線攻撃がクリーンヒットしたため断念。
ならファイナルスパークwitアリスドールでどうだという意見が出たが、
それでは私の立場が無い、とアリスに反論され、またしても紛糾。
間を取って七曜の光線というのはどうかしら? と何者が意見したのだが、それは完膚なきまでにスルーされた。
ついには、もう面倒だから思いついた名前全部混ぜ合わせましょうという投げやりな意見が通る始末である。
その名も、
『続・新ファイナルスパークZダッシュアルファターボ上海蓬莱オブリミテッドエディションアリスもいますよ!』
であった。
長い、長すぎる。

なお、二人がスペルカード無しで合体攻撃を編み出すのは、まだ先の話である。






問答無用で迫り来る魔砲を前に、流石の霊夢も焦りを見せる。
「ば、バカっ! 何考えてんのよあんた達っ!」
咄嗟に二重結界を展開し、寸でのところで直撃を回避する。
「……くぅっ!?」
が、その続・新ファイナ(中略)いますよ。
名前こそアレだが、威力の方はすこぶる強力であったようである。
たちまちの内に、霊夢の結界は軋みを上げ始めた。
防がずに避ける方が利口とも言えたが、それをやると博麗神社がデッドエンドを迎えてしまう。
若い身空でホームレス生活だけは何としても避けたいというのが霊夢の本音である。
中にいる数名の事は微塵も頭に無い辺りは、彼女らしいとも言える。

さて、ただでさえ一対二と不利である上に、今の魔理沙とアリスは加減という物を知らない。
当然、その反則気味のスペルの前に、結界は早くも限界を迎えた。
あと数秒もすれば、霊夢は灰となるだろう。
「(……こんな嘘臭い展開で死ぬなんて……せめて一度くらい賽銭箱が満杯になるのを拝んでおきたかったわ……)」
等と、夢ですら浮かびがたい妄想を展開しつつ、最後の時を待つ。

…………
 …………
  …………

「……ん?」
一向に衝撃が訪れない事を訝しみ、視線を上げる。
今にも掻き消えそうだった筈の結界は、六重にまで増強されて、しっかと魔砲を阻んでいた。
そして、自分を抱くように背後に立つ気配。
「もう、そんな簡単に諦めるんじゃないの。いつもの生き汚さはどうしたの?」
「……紫っ!」
霊夢は思わず歓喜の声を漏らす。
が、ある事実に思い至ると、瞬時に表情を変えた。
「元はと言えばあんたの責任でしょうが!」
「細かい事を気にしなさんな。今はコレを何とかするのが先決でしょ」
「ったく……覚えときなさいよっ!」






魔砲と結界のせめぎ合いは、長く続いた。
結界を操る事にかけてなら、間違いなく幻想郷ツートップである霊夢と紫であるが、
その二人の力を持ってしても、この技を防ぎきる事は困難であった。

「ぬぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」
「あががががががががががががががががががががががががが」
「「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」」

叫びとも言い難い声を上げつつ、魔砲を展開し続ける魔理沙とアリス&上海蓬莱。
もはや読者にお伝え出来ぬレベルの表情である。
だが、それでも魔砲の威力は、微塵も衰えを見せてはいない。
それどころか、更に出力を増しつつあった。

「く……!」
「こ、これは少し不味いかもね……!」
この予想外の粘りの前に、さしもの結界コンビにも、焦りの色が見え始める。
ついには一つ目の結界が、ばちんと音を立てて霧散した。
残る結界は、五つ。

「霊夢っ、これ、貴女一人でどれくらい抑えられそう?」
「……持って5秒。いえ、6秒という所ね」
「いいわ。それで十分よ……という訳で、少しよろしくね」
「え? って、紫ぃ!!」
さっ、と紫が身を翻した。
当然すべての負担が霊夢一人にのしかかった。
結界は、たちまちのうちに、五枚から四枚、四枚から三枚と数を減らして行った。


一端距離を取った紫は、目を閉じては何やら呪文のようなものを口にする。
その表情は、珍しく真剣である。
「左打たれりゃ右を出せ……因果応報目には目を埴輪ハオ……」
……失礼。呪文ではないようだ。
これを呪文と呼んでしまっては、世の魔術師に申し訳が立たない。
「(威力を重視しすぎて範囲が狭くなっている今なら……行けるわね)」


「くっ……うう……」
そして、ついに最後の一枚まで追い詰められた霊夢。
この結果が破られたその瞬間が、終焉の時である。

「準備かんりょー、離れていいわよー」

「……っ!」
声を受けた瞬間に、霊夢は全力で側方へと飛び退る。
その体をかすめるように、ごう、と唸りを上げて魔砲が通過していった。
「(さ、流石にこれはカスりたくは無いわね)」

光はそのまま一直線に、背後にいた紫へと迫る。
「おいでませっ!!」
まさに飲み込まれんとされる直前、紫が前面にスキマを展開した。
間一髪、スキマにより魔砲は受け止められ……否、飲み込まれた。
「そして……いってらっしゃい!!」
と、その時、隣にもう一つのスキマが顔を覗かせた。
魔砲を飲み込んでいるスキマとまったく同じ大きさのそれは、まったく逆の作用を見せた。
そう、魔砲を吐き出したのだ。






「ぬぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……ぎ?」
「あががががががががががががががががが……が?」

それは、トランス状態となっていた二人を、我へと帰す程の出来事。
自分達が放っている筈の魔砲が、何故か自分達に向かってきているという摩訶不思議アドベンチャー。

考える余裕は無かった。
防ぐ余地も無かった。
逃げる暇も、無かった。

「また来週ううううううううううううううううううううう!!」
「自爆はいやああああああああああああああああああああ!!」
「「サヨーナラーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」

少女二人と人形二体は、空のお星様になりました。









<本卓>


表の地獄絵図を他所に、場は黙々と進められていた。
東場は呆気なく終わり、南場へと突入する。



南一局

七順目

「(……来たわね)」

六六六33346(8)(8)(8)西西

レティはツモ西を受け、僅かに心の中で喝采を上げた。

一度失った流れは、ついぞ氷精組には戻らなかった。
既に平で打っている筈の相手に、完全に押されっぱなしとなっていたのだ。
僅かだった筈の点差も、今や大幅に開き、トップのレミリアとの差は30000点近くまで広がっていた。
チルノに至っては更に離れている。
逆転を狙うなら、もはや一発大きいのを当てるしか無い。
そう判断した直後の事であった。

場には既に、6萬が3枚と西が1枚切られている。
四暗刻を狙うならば、ここで西を暗刻にしておかないと、上がり目を失いかねない。
「嫌な雨ね……雷でも落ちて来そう」
外を眺めつつの、何気ない独り言。
無論、通しの一つである。
「やめてよ! 私が雷苦手なの知ってるくせに!」
チルノが言葉を返す。
それの意味する所は、持っている。の意であった。
「(これでテンパイね)」
レミリアがツモる瞬間を見計らい、そっと左手を伸ばす。
レティの手に握られているのは、6筒。

「こらっ」
一つの声。
それに加え、ぱしん、という鋭い音が行為を遮った。
声の方向に顔を向けると、幽々子が険しい表情で睨みつけているのが映った。
先程の音は、扇で卓を叩いた音であったようだ。
「大人しく左手を戻しなさい。今なら不問にしてあげるわ……うぷっ」
鋭い視線も、語尾の前に台無しであった。
「……」
レティは無言で手を引っ込める。
ついに、直接的手段まで防がれた事になる。
「(迂闊だったわ……奴らがいつまでも好きにさせるはずがなかった)」


「ツモ、七対子ドラ2」
2順後、倒牌したのはレミリアだった。
大逆転のチャンスは潰え、さらに点差が開くという最悪の結果である。









南二局


「(……やるしか無いわね)」
レティは、手牌を睨みつけながら、静かに決意する。

一四七258(3)(6)(9)東南西北

何かの冗談としか思えない、最低の配牌。
これを目の当たりにして、レティの最後の良心は失われた。
見れば、レミリアも幽々子も、満足そうな表情である。
「(さぞかし良い配牌なんでしょうね……でも、すぐにその面を驚愕へ変えてあげるわ!)」
そして、何を思ったか、卓の縁へと両手をかけた。





<解説席>

「ま、まさかあれは!」
「知っているの紫!?」
いつの間にか、席へと戻っていた二人が、形通りの掛け合いを見せた。
以外と律儀である。
「ええ、聞いたことがあるわ……あれこそ伝説の奥義、怪力『テーブルターン』!」



 テーブルターン……
 古代中国の虚陣国の皇帝、帆死逝哲が編み出したとされる秘技。
 当時、虚陣が会談において常に優位に立つことが出来た理由は、
 国力ではなくこの秘技一つに場を支配する力があったからだ。
 単純極まりなく映る手法とは裏腹に、繰り出す機会を見極める眼力、確実に決める為の腕力
 そして、事後に備えての胆力の三つを兼ね備えて、初めて効果を発揮する高等技術である。
                              美鈴書房刊 
                            『ゴーゴーに至る病』より抜粋



「……要するに、卓ひっくり返して有耶無耶にするだけでしょ?」
「……それを言っちゃ実も蓋も無いんだけどね」






<本卓>

「(ふふふ……私は破壊の神となるのよっ!!)」
どこかへ飛びつつある思想と共に、レティの手に力が込められる。
これで、すべては終わりだ。
後は、どうやってこの場から逃げ出すかを考えれば良い。
「くら……え?」
今まさに、卓が浮かんとした瞬間、手に冷たい感触がある事に気が付く。
「……駄目だよ」
「……チルノ……」
そっと、抑えるように添えられる手。
簡単に折れてしまいそうな小さいものである。
だが、その中に込められた意思は大きく、そして強固だった。
「……」
レティはそっと、手から力を抜く。
それを見て、満足そうに笑顔を見せるチルノ。
「(チルノ……どうして貴方はこんな状況で笑顔が出来るの?)」
恐らくは、馬鹿だからだろう。
決して、チルノを揶揄しての言葉ではない。
運も、力量も、すべてにおいて劣っていると言わざるを得ないこの状況。
ならばせめて後悔の無いように、馬鹿になって突き進む。
それが間違いであると、誰が言えるのだろう?
少なくとも、レティには言えなかった。
「チルノ、貴方が馬鹿で本当に良かったわ」
「ば、バカって言うなっ!」


テーブルターンを諦めたレティは、ただひたすらに降りの一手に回った。
4順目にレミリアが、6巡目に幽々子がリーチをかけるも、幸運にも当たることなく降り回す。

「それロンっ! タンピンドラ1っ!」
「……ちっ」

そして、チルノは独力で道を切り開いた。
暗雲が立ち込めていた二人の視界に、僅かながらの光明が見えた気がした。


だが、現実はかくも非情であった。









南三局

七順目

「(よーし……来た来た)」
ツモを手に取ったチルノが、内心で笑みを浮かべる。

一二三四五六六六八八九九九

面前でのチンイツで跳萬確定。
欲を言えば九連でも狙いたい所であったが、流石にこの局面で動くほどまではバカでもなかった。
「(これを上がれば……まだ逆転できる!)」
意図を伝えるべく、上家に顔を向ける。
「ねーレティ、しばらく雨みたいだし……」
そこで、不意にチルノの言葉が途切れた。

「……はぁ……はぁ……はぁ……」
レティは苦しげに息を漏らしていた。
これまでのポーカーフェイスは消えうせ、苦悶そのものの表情である。
声を聞く余裕すら無かったのか、チルノの方を向く事もしない。
「れ、レティ!?」
「……くっ……」
ついには、頭を抑え、椅子から崩れ落ちた。
チルノは慌てて倒れこんだレティへと駆け寄る。
「……あ、ご、ごめんね。少し、疲れた、みたい」
「嘘つかないでよ! それが少しなわけないでしょ!」
半泣きになりながら、怒鳴りつける。
レティはそれに対しても、弱々しい笑みを浮かべるだけであった。


最初から、全部分かっていた事だった。
でも、あえて考えないようにしていた。
考えても、楽しい事にはならなかったから。
毎年それで、後悔しているというのに。
進歩が無い。
「(だから私は、バカって言われるんだ……)」





<解説席>

「……限界のようね」
「どういう事?」
いつに無く神妙な面持ちの紫に、霊夢が問いかける。
「(……つーか、今日の私ってどう見ても生徒役よね。
  すると、紫が先生? ……うわぁ、学級閉鎖起きそうね)」
まぁ、内心はこんな物なのだが。
「……彼女は冬の妖怪。文字通り、冬の間にか存在する事が出来ないのよ」
「って事は……」
「ええ、タイムリミットよ。むしろ、よくこの季節まで持ったと言えるわ」
「そういえば、さっきから気になってたんだけど、あんたとあいつって知り合いなの?」
「……長い話になるわよ?」
「あっそ、じゃいいわ」
気持ち良いくらいあっさりとした引き下がりっぷりである。
「って! ここで頷いてくれないと話が進まないじゃないの!」
「んー、それじゃ三十文字以内なら許可」
「……昔打ち合って散々に負けました。消えたんで清算は有耶無耶です」
「おー凄い、本当に三十文字以内だ。やれば出来るじゃないの」
「うう……感動秘話が台無しよぅ……」
そもそも、彼女らの存在自体が場違いであるのだが、
二人は気付く事なく、延々と漫才を繰り広げるのだった。






<本卓>

「……大丈夫よ。まだ、やれるわ」
チルノの心情を察してか、レティはすっくと立ち上がり、再び席に着く。
だがそこに、これまでのような毅然とした様子は無い。
誰の目からも、無理をしている事は明らかであった。
「手加減はしない。そう言った事、覚えてるわね?」
レミリアが無表情で言葉を送る。
「……ええ、分かってるわ。下らない情けなんてかける程、あんた達が甘い連中じゃないって事もね」
「……なら良い。続けるぞ」

「……」
チルノは、無言で席へと戻る。
そして、顔をくしゃくしゃに歪めつつ、牌を切り出した。
そうすることで、すべてを忘れるように。


重苦しい空気の中、淡々と進む場。
だが、もはやレティが限界であろうことは、誰の目にも確かと映っていた。
「……ロン。タンピン三色ドラ1」
見え見えであった幽々子の手にあっさりと振り込んでしまう。
この振込みにより、レティはチルノと同等までに点を失った。
傍目にも、絶望的と言わざるを得ない点差である。



「レティ。もうやめようよ……ね?」
泣き笑いのような表情で、チルノが縋り付く。
もはや勝ち負けどうこうは彼女の頭には無かった。
「……」
レティはゆっくりと顔を向ける。
その表情は、笑顔。
「……チルノ、一つ、助言してあげる」
「え……な、何よっ」
「貴方は、自分の思うとおりにやればいいのよ。そうすれば、すべて上手く行くわ」
「……え……」
話はお仕舞い、とばかりにレティが卓上に手を伸ばす。
思わず何かを口にしようとしたチルノも、その儚げな横顔に言葉を失う。
「……オーラス。始めましょう」








南四局


これまで以上に、重苦しくなった場。
だが、それでも麻雀は進んでゆく。
洗牌、牌積み、賽振り、配牌……
その中には、苦悶の表情のままである、レティの姿もあった。




五順目

レミリアは、じっと、手牌を睨みつける。

一一一二三五七八九九九東東

最終局面にしてこれ。
今の運気を如実に表している手牌である。
以前、幽々子が自分を倒したあの役ですら狙える手だ。

「ポン」

一一一二三七八九九九 東東東

だがレミリアは、あっさりとその夢を切り捨てた。
「(上がれば勝ちのこの局面……役満なんて必要無いわ)」
どこまでも彼女は冷静だった。
紅冥組、勝利まであと一手。






六巡目

「(……テンパイ、した)」
チルノは、じっくりと手牌を確認する。
局面は絶望的。慎重になるのも止むを得ない所ではある。
だが、それ以上に、レティの事が気にかかって仕方が無かった。
こんな勝負に巻き込んでしまったせいで、負担がかかっていたのかもしれない。
そう思うと、焦りを抑え切れなかった。
「(大丈夫! 私がれんちゃんすればいいんだ! まだ、まだ行ける!)

「……リーチっ!」
意を決して、チルノが点棒を叩きつける。
まさに背水の陣である。
幸いというべきか、切り捨てた牌には、誰も反応しない。




七巡目

チルノは、焦りを隠すことなく、牌をツモる。
「まだ終わってないんだから! そうだよね、レ……」
己を鼓舞するかのような言葉は、力なく掻き消えた。

チルノの瞳に映ったもの。
それは一枚の黒シャツが、ぱさり、と椅子へ落ちる瞬間であった。

「……あ……」

理解したくない。
だが、理解してしまった。
それほどまでに、状況は明確だった。
レティはもういないのだと。

「ふざけやがって……何も言わずに消えたりするんじゃないわよ、バカっ!」






「……」
「……」
レミリアも幽々子も、何も行動を起こしはしなかった。
ただ、一人少なくなった場を、静かに見据えるのみ。
「……どうするの? 代打ちが必要なら誰か入れるけど?」
呆然自失のチルノに、冷酷とも言える幽々子の声がかけられる。
だが、それも仕方の無いこと。
これが勝負の世界なのだ。
「そんな事、言われたって……」
掠れた声で、何とか言葉を紡ぎ出す。
もはやチルノの頭からは、麻雀などすべて消し飛んでいた。

『貴方は自分の信じる通りにやればいいのよ』

「!?」
それは、幻聴か。
最後に言ったレティの言葉が、明確にチルノの脳裏に再生された。
「(……分かったよ、レティ……)」





「(……まだ、やる気なの?)」
レミリアは内心驚きの声を上げる。
沈みきっていたはずのチルノの瞳に、明らかに光が宿り始めたのだ。
冷静に状況を見るならば、自分達の勝利は明白である。
代打ちが入ろうと何だろうと、一度チルノ以外が上がれば終了だ。
可能性があるとすれば、このチルノのリーチが役満である事だが、それも有り得ない。
この局面で役満など夢物語であろう。

そんな考察を他所に、チルノが口を開いた。
「……代打ちなんて、いらないわよ」
「……貴方の気持ちは分からないでもないけど、一人足りないんじゃ進めようが無いでしょう?」
諌めるように優しく、だが、はっきりと事実を口にする幽々子。
それに対し、チルノはキッと視線を上げる。
「違う! これで全部終わるからよっ! ……カン!」
手牌から三つの発を取り出し、ツモった発と合わせて場に晒す。
とてもオーラスの親とは思えない暴挙である。
だが、チルノに迷いは無い。
自分の信じるとおり……なら、ここでカンするのは当たり前である。
リスクなど関係ない。一つでも多く、可能性を掴み取る為に。





「(カンですって? この局面で一体何の得が……まさか!?)」
幽々子は、一つの可能性に思い当たる。
露骨な積み込みを行わず、かつ一撃で勝負を決める、ある方法を。
慌てたように、下家へと視線を送る幽々子。
「……」
一足先に気が付いたのだろう。
レミリアは、苦虫を噛み潰したかのような表情で、今は誰も座っていない対面を睨みつけていた。
「(これも……お前の策略の内だとでも言うのか?)」

果たして、めくられたカンドラは、白。






「これがレティの……そして、あたいの意地だっ!」
勢いそのままに、リンシャン牌を場へと叩き付けるチルノ。
「ツモ! リーチとリンシャンカイホー! ……それにっ!」
そして、確信を持って、裏ドラをひっくり返す。

何故ならそこは、レティが積んだ山だから。


「……ああ……」
「……やはり、か」
場に晒される2つの裏ドラ。
その両方が、何も刻み込まれていない純白の牌であった。


456678(1)(1)(2)(3)(4)  発発発発

「ドラ12! 数え役満よっ!!」

それは、一介の氷精の意地が、幻想郷の巨頭を打ち砕いた瞬間であった。






「……やれやれ、仕方ないな」
どこか、さっぱりした表情で、レミリアが伸びをする。
「ええ、そうね」
今の一局は、言ってみれば、三重に裏をかかれた結果であろう。
こんな状況でもなければ、気付く事も可能だったかもしれない。
だが、仮定の話は無意味である。
重要なのは、結果のみなのだ。
「私達の、負けよ」


興奮が収まらないのか、はあはあと肩で息をつきつつ、チルノが立ち上がる。
「そうよっ! あたいの……あたいとレティの勝ち! 
 だから、約束どおり、言う事を聞いてもらうわよ!」
「……ええ、分かってるわ。望みは何?」
「……」
一拍置いて、チルノが搾り出すように言葉を紡ぐ。
これまでの興奮が、まるで嘘だったかのように。


「……レティに……会わせてよ」


場が、しん、と静まり返る。
幽々子も、レミリアも、霊夢も、紫も、
誰もが、一切の語る言葉を持たなかった。

そんな沈黙を打ち破ったのは、生み出した本人であるチルノだった。
「どうしたのよ! 何でも言う事聞くんじゃなかったの!?」
再び興奮を露にすると、憤るままに吐き捨てる。
「……ふん。偉そうにしてたって、こんな事も出来ないんじゃないのさ!
 ばーか! 死んじゃえっ!」
吐き捨てると同時に、チルノは外へと飛び出していった。
「あ! 場代!」
場違い極まりない声が聞こえるが、それはどうでも良い事であった。




場に取り残された形となった幽々子とレミリア。
開け放たれた襖の向こう側を、苦々しい表情で見つめている。
「まったく、私はもう死んでるんだって、何回言えば良いのかしら」
「あんたほど生気に溢れた亡霊なんて、どこ探したって居やしないわよ」
「そうかしらね……で、どうします? 私は一つ、悪巧みが浮かんだ所なんだけど」
「あら、奇遇ね。多分私も同じ事を考えていたわ」
「なら……やりますか」
「ええ」
二人は、同時に頷いた。














強風、そして豪雨。
今の天候を現すのにもっとも適した言葉は、嵐であろう。
そんな中を、チルノは飛んでいた。
時折風にあおられては、吹き飛ばされそうになるが、
それでも確実に、前へ前へと進む。
「……えぐっ……」
身を打ち付ける豪雨も、チルノは好都合と考えていた。
これなら、泣いている事に気が付かれないだろうから、と。
もっとも、こんな天候で誰かに会う筈も無いのだが。
要は心の問題なのである。


湖へと差し掛かった辺りで、雨は嘘のようにぴたりと止んだ。
夜の帳も完全に降りた時間帯であるが、星はまったく見えない。
依然として、不安定な天候であるのは確かなようだ。

「……な……」

「なによこれぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

目指す場所へと辿りついたチルノ。
その第一声がこれだった。

えぐれた地面、薙ぎ倒された木々、一部蒸発した湖の跡……
まさに破壊の集大成と呼べるものが、チルノの眼前に広がっていた。
周囲の風景から、ここが我が家の存在していた場所なのだろうと理解する。
……否、理解せざるを得なかった。
即ち。
氷の家、通称アイスパレスは、塵一つ残さず消し飛ばされたという事だ。
「酷いよ、こんなの……これが殴ったり蹴ったりって奴?」
無論、突っ込む声は無い。
チルノの心は、ますます落ち込む一方であった。

「あ、いたいた。チルノちゃーん!」
「……?」
背後から発された聞き覚えのある声に、辛うじて反応を見せるチルノ。
ニコニコ笑顔で現れたのは、チルノと同系の服装をした一人の妖精だった。
付き合いそのものはレティと同じか、それ以上に長いかもしれない相手である。
……が、チルノは今だに彼女の本名を知らない。
なので、自分より大きいという理由から、単純に大妖精と呼んでいた。
本人が気にしていないので、問題は無い……という事にしている。

実のところ、彼女にはもう一つ呼び名があるのだが、以前その呼び名を使用したところ、
この湖が誕生して以来、最大最悪と言われる血の惨劇が沸き起こった。
被害者の一人であった妖精曰く。
『あれは……輝いていたわ!』
だそうだ。
それからは、決して発してはいけない禁句としてチルノの脳裏に刻み込まれていた。

「さっきから、何をぶつぶつ言ってるの?」
「あ、いや、何でもないわよ」
「……変なチルノちゃん。 あ、そんな事より、早く行こっ」
「え、ど、どこへ?」
「どこって、いつもの所よ。今日はレティさんが何か大掛かりなものをやるとか言ってたよ」


「……え?」


おかしい。
今、出るはずのない単語が含まれていた気がした。
確かめる必要がある。

「だ、大妖精! 今の台詞、もっかい言って!」
「え? いつものところ……?」
「違う! その後!」
「え、えーと、レティさんが大掛かりな……」
「!!」
台詞を最後まで聞く事無く、チルノは爆音と共に飛び出した。
「あ、ま、待ってよチルノちゃーん!」





音速を突破するかの勢いで辿りついた場所は、日頃から妖精達の溜まり場となっている湖畔。
今日も当然例外ではなく、むしろ普段にもまして盛況の様子である。
「あ、チルノだー!」
「ずぶ濡れじゃん、どうしたのー?」
たちまちの内に妖精達に取り囲まれる。
世間的な評判はともかくとして、同族達からは慕われている証拠である。
だが、今のチルノには、ある一点の光景しか目に映ってはいなかった。

中心に置かれた巨大な鍋の前に立ち、中身を一掬いしては、味見などをしている女性。
その人物はチルノに気が付くと、笑顔を見せつつ、のたまった。

「あら、おかえりなさいチルノ」
「どうして普通にいるのよぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



全力で叫んだ。
その後、泣いた。
レティの胸で、ひとしきり泣いた。
泣いて、泣いて、泣き疲れて、今度は怒った。
気の済むまで、罵詈雑言を叩きつけた。
そして、怒鳴り疲れて、また泣いた。



「……落ち着いた?」
「……うん」
「ごめんね。黙っていなくなるなんて」
「本当よ……私がどれだけ……あれ?」
ここで、チルノは最初の疑問に行き着いた。
どうして、レティがここにいるのか。
問い詰めるべく、視線を上げると、先手を打つようにレティが言った。
「チルノ。今の季節って、何だと思う?」
「季節って、そんなの春に決まってるじゃ……あ、あれ?」
自らの言葉に疑いを持つ。そんな矛盾。
だが、それも止むを得ない事である。
今、チルノが肌に感じているのは、明らかな寒気であったからだ。
恐らくは、妖精達が妙にはしゃいでいるのも、そのせいだろう。
そして、何よりも、自分を抱いているレティの存在が、ある一つの事象を指し示していた。

「あいつら……約束、守ったんだ……」











「こらぁーーーっ!! 大人しく縄に付けぇーーーっ!!」
すでに氷点下近くまで下がった寒空を切り裂かんばかりの怒鳴り声。
紅白と称される衣装を上回る勢いで、顔を真っ赤にするのは博麗の巫女。
溜め込んだストレスを吐き出すかのように、次から次へと攻撃を繰り出していた。

「おお、怖いこと。あんなのに捕まったら何されるか分かったものじゃないね」
「まったくね。ここは一晩中でも逃げるしか無さそうよ」
そんな霊夢の射撃を、踊るようにかわすのは、紅き悪魔と華宵の亡霊。
状況とは裏腹に、二人の様子は実に楽しげである。
「それにしても、今日はついてない日だこと。
 勝負に負けて、試合に負けて、更に労力を使わされた挙句、
 逃亡劇まで演じる事になるなんて。とんだ三文悪役ね」
「ふふ、何を今更な事を」
唸りを上げて迫り来る四辺形のアミュレットを、器用にもバレルロールで回避するレミリア。
表情には何処か余裕すら感じられた。
「私達は、元々悪役でしょう?」
「……違いないわね」
幽々子は神妙に頷きつつ、飛来する針弾を、手にした扇で払い落とす。
そして再び背を向けては、逃亡の速度を上げた。
「ま、今宵限りの春泥棒第弐幕。せいぜい華麗に演じてみせましょう」
「私は初犯なんだけどなぁ」
どこか暢気な会話を交わしつつ、幽々子とレミリアは空を舞う。
二人の回りには、季節外れの桜の花弁が舞っていた。













一通りの状況を確認した後は、盛大な鍋大会と相成った。
多種多様の鍋料理の中には、通しに使用したみぞれ鍋まで含まれている。
この分なら冷やし中華も出て来そうな勢いである。
他の妖精達も、皆一様に楽しげな様子で鍋を突付いていた。
……雑食なのだろうか。

「あ、そうだ! 家吹っ飛んじゃったんだよ! 知ってる?」
チルノが、口から葱を撒き散らしつつ問いかけた。
「ええ、何しろ第一発見者は私だもの。
 ……アレに関しては、彼女達が説明してくれるそうよ」
「彼女達?」
レティの指差す先には、やや気まずそうな様子で鍋をつつく魔理沙とアリスがいた。
何故か二人とも全身ボロボロの見るも無残な姿である。
「勘弁してくれ。私達は被害者なんだぞ」
「そうよ。文句があるなら博麗神社に言ってほしいわね」
訂正しよう。
素晴らしく堂々とした態度である。
「ま、再建は手伝わせる事になったから、許してあげて頂戴」
「あ、うん、レティがそう言うなら、別にかまわないけど……」
一端言葉を切ると、視線を二人の魔女へと向ける。
「今度の家は、『ネオアイスパレスオルタネイティブ~そして伝説へ』よ! 気合入れて行きなさい!」
「「……」」
そのネーミングセンスを笑う資格は、魔理沙にもアリスにも無かった。




妖精達の饗宴は、混沌の一言に尽きた。
飲み比べを行っては、盛大にぶっ倒れる者。
鍋奉行の資質を示しては、白い目で見られる者。
火種を飛ばしあっては、湖に飛び込む者。
逆アキレス腱固めを極められては、失神する者。

そして、また、一人。
「やっほぉ~、ちるのちゃぁ~ん。のんでるぅ~~?」
赤ら顔の大妖精が、背後から突如としてチルノに抱きついてきた。
「うわ、酒臭っ! あんた酔ってるでしょ!」
「しっつれ~ねぇ、わたしはよってなんか、いませんよぉ~」
呂律の回らない言葉では、説得力など皆無である。
「酔っ払いは皆そう言うのよっ!」
「そんなことど~でもいいからぁ、ほらぁ、あっちでにんぎょうげきやってるよぉ、いこうよぉ~」
「い、行くから、首、じめないでっ」
大妖精の言う通り、前方には人だかり……もとい、妖精だかりが出来ていた。
その中で、何やらアリスが色々な人形を操っては喝采を浴びている。
まんざらでもないのか、アリスの表情は今日一番の笑顔であった。
「ちるのちゃん、らぶぅ~~」
「うわわっ! 噛むなぁっ!」 
絡み酒は始末に終えない。
また一つ、チルノの対大妖精リストに項目が付け加えられた。


「あ、そうだ。ちょっと聞いておきたいんだけど」
「ん、何?」
「今日の勝負さ。私、最後に役満上がって勝ったんだけど……アレってやっぱりレティが積み込んだんだよね?」
大妖精に張り付かれたままのチルノが、首だけを向けて問いかける。
質問というよりは、確認の意なのだろう。
だが、それに対して、レティの顔には明らかな疑問符が浮かんでいた。
「……何の事?」
「へ? だ、だって、積み込みがあったから届いたわけで……あれ?」
言っているうちに訳がわからなくなったのか、チルノまで疑問符を浮かべ始めた。
「こう言っちゃ何だけど、あの状況で積み込みが出来る程、余裕なんて無かったわよ」
あっけらかんと答えるレティ。
流石のチルノも、これには言葉を失う。
「(えーと、それって……積み込んでないってことは……)」
しばらくの間、頭から煙を噴出しつつ考え込んでいたチルノであったが、
結論が出たのか、ポンと手を打った。
「よーするに、私の実力って事?」
「そうなるわね」
何でやねん。とは誰も突っ込まない。
「……凄いじゃないの私! 
 みんなー! これからはまーじゃんくいーんって呼んでいいわよ!」
「わぁ~、ちるのちゃんがめざめたぁ~」






「……相変わらず単純な奴だな」
チルノが妖精達の輪へと飛び込んでいったのを見計らい、魔理沙がぼそりと呟いた。
「別に良いじゃないの。チルノはああでなくっちゃ」
何の衒いも無く言い放つレティ。
その表情からは、どこか慈愛のようなものが感じられた。
「まあ、な。……で、本当の所はどうなんだ?」
「さあ、どうでしょうね。
 ……ところで、私の愛称が何というか知ってる?」
「あ? 随分と今更な事を聞くもんだな。黒幕だろ」
「その通り。さて、その言葉の意味する所は?」
そこで僅かに、レティの表情に変化があったのを、魔理沙は見逃さなかった。
傍目には分からないであろう、ごく僅かな変化。
「……成る程な」
魔理沙は、オーバー気味のジェスチャーをもって返答とした。




「自ら表に立つ事無く、影で物事を操るから、黒幕って言うのよ」



<完>

どうも、YDSです。
長らくお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
今度こそ東方雀鬼録完結です。多分。
開始当初はまだ肌寒い季節であったのに、今やすっかり夏模様。
花映塚発売まで延びなかったのがせめてもの救いでしょうか。

えー、麻雀部分について少し。
毎回役満で決着を付けるのは麻雀話としては失格かもしれません。
が、元々私が書きたかった話は、東方キャラを使った麻雀話にあらず、麻雀を題材にした東方SSですので、
そういう意味では、これで良かったんじゃないかとも思っています。
やはり彼女らには派手な一撃が似合うのではないか、と。
ただ、麻雀部分そのものが薄くなってしまったのは反省点ですね……

今回もやはり、何人かの出番の少ないキャラが出てしまいましたが、
その度に外伝を作るというのも何か間違ってる気がしますので、
反省点として心に止めておきつつドロンさせて頂きます。
YDS
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コメント



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2.100削除
12.90他人四日削除
面白かったっス
……雀鬼、昔ニ○ース・ステーシ○ンに出てたのを見たことがある。
14.100no削除
いやこれはなんとも大団円。
裏ストーリーもなんとラストで表に合流というウルトラC。
熱く、萌えもあり、笑いもあり、最高のエンターテインメントでした。
それと、藍さまにコインいっこ進呈を(笑)。
17.100っお削除
弾幕はっ ブレイン!!
ええ、頭脳でした。
お疲れ様です。最後まで綺麗に終わっているところがさすがだと思います。
18.100名前が無い程度の能力削除
アリスがチョーカッコイイ!!サイッコーっす。
やっぱり弾幕はブレイン!
・・・えぇ、ツッコミマセンヨ?Headだとか、魔理沙目立ってねーとか・・・
24.100てーる削除
長らくお疲れ様でした
アリスと魔理沙・・もう少しで勝てたのにな・・w(残念!
いやぁ、幽々子とレミリア様も粋なことを・・

最後に、チルノのがんばりに乾杯
29.100707削除
純粋にスゲー(;´Д`)話がめっちゃキレイですね。

こういうSSかけるようになりたいと思えます。お疲れ様でした。
面白いものをありがとう。
35.90削除
待ってました!笑いの部分も充分で、ラストは何とも綺麗な締め。二度目の春泥棒、実に粋じゃあありませんか。本当にお疲れ様でした。
41.90名前が無い程度の能力削除
お見事。
後編でやや失速したかと不安でしたが、まったくの杞憂でした。
44.100ABYSS削除
すっげー、面白かったです。
テンポもよく、しっかりと笑わせ、しっとりとさせて、綺麗に纏める。
実力のある証拠ですね。

別にラストが役満で終わるのはいいと思いますねー。気持ち良いしー。
こういうのは読んでいて気持ちいいほうがいいですし。

本当、面白かったです。
51.80名前が無い程度の能力削除
これぞエンターテイメント。楽しませて頂きました。

しかしいかなる雰囲気にも縛られずに、隅の方で本筋とあんまり関係ないことばっかりしてる霊夢はさすが無重力の巫女ですな。「空気嫁」とか突っ込まれてそうですが、そこが萌える。

あと、藍様は頑張ったと思う。
54.無評価no削除
あ、「華宵」ではなく「華胥」ですな。
「華宵」で検索したら画家がひっかかってびっくりしたりしたことは内緒です。
56.80TAK削除
楽しませて頂きました。
アリス…それ、ブレイン使っていると言えるのか…?
最後は見事に大団円。本当に、お見事です。
68.90名前が無い程度の能力削除
藍頼もしいですね
84.100名前が無い程度の能力削除
流石だな、黒幕者。
86.100名前が無い程度の能力削除
お見事。
黒幕者サイコーです。
それにしても、幽々子様の満腹がみられるとは。なんか感動です。
93.100自転車で流鏑馬削除
最初レティが九連あがって消えるのかと思った。
99.100名前が無い程度の能力削除
いい終わり方だったと思う
105.90名前が無い程度の能力削除
チルノが最後感動させてくれました
108.90名前が無い程度の能力削除
悪役を引き受けた2人と、黒幕がなんともかっこよかった