Coolier - 新生・東方創想話

~癒されし傷魂~

2005/06/23 14:12:06
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    1:十三夜~禁断


 これまで、何回お嬢様に血を捧げたのだろう?
ふと、そう思い、数えられない自分がいた。
その度に私の奥から引きずり出される得体の知れない感情。
抑えきれぬ凶暴な何かが私を乗っ取ろうとして、その何かに抗おうとして、私の意識は途切れてしまう。
始めはそれが何なのかわからなかった、だが、次第に慣れた。
何回目かに血を捧げたとき気を失わなくなった。
 代償は熱っぽい体と、熱っぽい心。
以前は1日ぐらいでおさまった熱は微熱のようにしつこくまとわりつく。
2、3日すれば収まるものの、その事を思い出すだけで体が熱を帯びる。
 お嬢様は最近よく笑うようになった。
私の体が熱っぽいとよく気にかけて下さる。
私が「大丈夫ですよ」と返すと、そっけなく「そう?」と返事をしてからクスクスと笑い出す。
「何がおかしいんです?」
 と聞いたら。
「時が近づいてるから、ね」
 とはぐらかされた。
 そして今年。
年に1度の契約の証としてお嬢様に血を捧げた時にわかってしまった。
体が、心が欲している、――お嬢様を。
自覚してしまった。

 私は、お嬢様を愛している。

 お嬢様の言っていた「時」とはこの事だったのだろうか?
だけどそれがわかったところでなんだというのだろう?
私はもうこの鎖から逃れる事はできない。
気付かないうちに私は紅い鎖に絡め取られてしまった。

 銀の鎖は私の時間を縛り、
 紅の鎖は私の心をしばった。

 幾重もの鎖は私をがんじがらめに縛り上げ、私を拘束する。
だが、逃れようと思わない。
全ての鎖に、私は、望んで、身を投げ出したのだから。
ただ、お嬢様に全てを捧げる事はできない。
切り裂き魔にはふさわしい最期があるのだから……。


    2:十四夜~戻らぬ時計


 夜空に輝く月はわずかに欠け、心なしか光も弱い。
そのかわりに夜空を彩る星々は勢いづいて輝く。
星達は知らない、明日の満月のために月が輝きをわざと抑えている事を。

 いつも血を捧げた日は仕事を休みにしてもらっている。
微熱が体にまとわり付き、仕事に身が入らないからだ。
こんな事は紅魔館のメイド長たる私、十六夜咲夜にしては情けないと思う。
もちろん休みは休みでしっかり休まさせて頂くつもり。
そして休みの日はお嬢様と館のテラスで紅茶を飲みながらおしゃべりに興じる事がほとんどだ。
この日ばかりはお嬢様も博麗神社に行かずに私の傍にいてくれる。
時たまパチュリー様や妹様が訪れて一緒にお茶をして、図書館なり魔理沙の家だったりに離れていく。
門番は忙しく積極的に侵入者を排除しているだろう。
満月が近くなると自分の力量もわからない馬鹿と雑魚が増えるから。

 そろそろ夜も白み始める頃合、お嬢様を含め、館のほぼ全てが眠りに落ちようとする時。
本日最後の紅茶を飲みながら私はかねてから考えていた計画を実行に移す。
「お嬢様、明日は満月ですけれども予定はございますか?」
「ん~、特にないよ、博麗の神社にでも行こうかしらね?」
 また神社ですか、あんな冬でも頭の中が春な巫女のどこに興味があるのだろう。
思考をまわし、私の願う通りなるように会話を進める。
「では私もご一緒しますので、たまには別の場所に言ってみませんか?」
「別の場所? 面白くもないところには行きたくないけど……どこに行くのかしらね?」
「それは秘密です、ですが面白い事だけは保証しますわ」
「ふぅん、咲夜が連れてってくれる場所、ねぇ……」
 そう言って言葉を切り、何かを考え込みながらこちらの目を覗き込んでくる。
ここが1番危ない、この時点で先の運命を読まれれば私の用意した仕掛けも台無しになってしまう。
「いいわよ、面白ければどこだって」
「ありがとうございます、楽しめる場所を用意しておきますわ」
 バレたかな? 背筋に冷や汗が伝う感覚。
「ところで場所が秘密ってどういう事? そこで何をしてくれるのかしら」
「そうですね、多くは秘密ですが強いて言えばサプライズ・パーティーですかね」
「何の事だかさっぱりわからないんだけど……」
「明日のお楽しみです」
 よし、バレてない。
お嬢様はそうそう簡単に運命の行く末なんて見ないからこの様子では大丈夫だろう。
「それでは私も下がらせていただきますわ」
「あぁ、いいよ、私も眠くなってきた所だし」
「それでは失礼させていただきます、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
 時間を止めて紅茶の道具一式を持って部屋から出たところで時間を戻す。
これで後は明日の満月を待つだけだ、明日を思うと楽しみで仕方無い。


    3:十五夜~紅い夜の始まり


 今夜は満月、雲も少なく、煌々と輝く月の光に星の瞬きさえも霞んでいた。
「咲夜、ここは幻想郷ではないわ、どういう事?」
 私の横を飛ぶレミリアお嬢様が厳しい目で私を見る。
そう、私とお嬢様が今いるのはイギリスの郊外にある小さな街。
主要都市と離れているため過疎化が進み、人口も大分少なくなっているはず。
 ……そして、忌々しい、私の生まれた街。
「とりあえず、街の中心にあるところに行きましょう」
「街の中心って、教会じゃない」
「まぁまぁ、いいものをプレゼントさせていただくにはそれなりの場所も必要ですわ」
 そう言って教会の屋根の上に降り立つ。お嬢様は教会の十字架の上に滞空しているままだ。
街はすでに眠りに落ちていて、いくつかの明かりが窓から漏れるだけになっていた。
 私はゆっくりとお嬢様が月を背負う位置に歩き、跪くとお嬢様を見上げる。
「我が主、レミリア・スカーレット様にお仕えさせていただいておりますこの十六夜咲夜、
僭越ながら今宵はお嬢様にプレゼントをさせていただきたく思います」
 私のかしこまった態度に悠然と微笑むお嬢様が言葉を返す。
「いいわ、続けて」
「は、今宵私めから捧げさせていただきますのはこの街1つです」
 軽く目を見張るお嬢様。
「この街1つとは?」
「この街1つです」
「もっと具他的に言いなさい、漠然としすぎた答えは答えではないわ」
 腕を組んで苛立つようにお嬢様が聞く。
「は、今宵お嬢様に捧げさせていただくのはこの街1つの人間すべて、です。
 この街の人間を全てお嬢様へ捧げさせていただきます。
 ただし、ここは幻想郷の外。
 お遊びになられるのは今宵限りになってしまいますが、時間の方はある程度私が操作させていただきます。
 ですので、今宵は恐怖に怯える人々の血を頂くもよし、戯れにて殺すもよし、全てはお嬢様のご意思次第でございます」
 なお、目標は夜明けまでに人間の全滅となっております」
 顔を伏せたまま淡々と今夜のルールを説明していく。
同時に、もっと早くこうすれば良かった、と心の片隅で自分を嘲笑う。
「ククッ! アハハハハハハハハハハハッ!」
 夜空に大きな笑い声が響く。
「いい! 素晴らしいプレゼントだわ! 咲夜!
 夜と恐怖の王としてこれほど嬉しいプレゼントは初めてよ!」
 満月をバックに十字架を見下ろし、紅いお嬢様が夜空に笑う。
「気に入っていただけて身に余る思いですわ」
 お嬢様はまだ夜空に笑い声を響かせている。
「僭越ながら、この十六夜咲夜もお手伝いさせて頂いてよろしいでしょうか?」
「へぇ、あなたに手伝って貰えるの? それは素晴らしい! ぜひともお願いするわ、ククッ! アハハハ! 咲夜! アナタは最高だわ!」
「ありがとうございます、お嬢様」
 跪いた姿勢のまま頭を下げる。
「それで、私はどうすればいいの? アナタがルールを決めていいわ」
「では、お嬢様は街の南端から、私は北端から行きます。
 どちらかがこの教会まで戻ってきたら教会の鐘を鳴らして、その時点で合流、残りは2人で。ではどうでしょう?」
「それでいいわ、楽しい夜の始まりね」
「それではお嬢様、始まりの鐘を打ち鳴らして貰ってよろしいでしょうか?」
「構わないわ」
 スラリとした手が教会の鐘に向かって伸ばされる。
紅い大きな魔力弾が華奢な手のひらから打ち出され、教会の鐘を派手に打ち鳴らす。
「咲夜! 遅れるんじゃないよ!」
 そう言ってお嬢様は南に向かって放たれた矢のように飛んでいった。
私はスカートの端を少し持ち上げ、膝を少し折って挨拶を返す。
街中に響き渡る轟音、夜空には満月、懐には銀光のナイフ。

 ――さぁ夜霧の殺人鬼、今宵限りの再来だ。


    4:十五夜~傷魂の行き先


「ひっ、やめ」
 最後までその男は喋る事ができない。
空気は全て裂かれた喉から逃げていった。
空気の漏れる音はばしゃばしゃとした水音にかき消された。
足元には川の如く流れる血、むせ返るような血の匂いに吐き気を覚えたのは始めの5分程でしかなかった。
 体が覚えてる。血の匂い、血の色、血の狂気を。
どこまで行っても所詮殺人鬼は殺人鬼、人を殺す事が存在を証明する事だと証明するように人の命を、赤い血を奪う。
ならば、殺人鬼最期の夜に最高の血と狂宴と殺しを繰り広げよう。

 今夜この街からは誰も逃げ出せない、この街全体の空間には細工が施してある。
まぁその代わりに時間を止められる時間が短くなってしまったが、大した問題でもない。
今夜は一方的な殺戮しか行われないのだから。

「そこまでだ!」
 警官の制服に身を包んだ男が3人通路から飛び出す。
彼らは一様に銃を構えてこちらに向けて狙いを定める。
さすがに撃たれてからでは回避は不可能。
もちろん、撃てればの話だが。
認識から停止までのタイムラグは無い。
今日はとても調子がいいし、気分も最高だ。
停止した時間に現在から過去、そして未来に至るまでの空間がよじれ、1つのナイフは幾重にもなる。
直線軌道状に増えたナイフは狙い違わず左右の2人に吸い込まれる。
 ――時が、動く。
ナイフが刺さり、鮮血がほとばしる。

    「極意『デフレーションワールド』」

 囁く私は真ん中に立っていた警官の後ろに立っている。
呆然とした警官に後ろから抱きつく。
「切り裂きジャック……」
「あら、憶えていて頂けたとは光栄ですわ」
「信じられん、まさか、そんな……」
 警官はガクガクと震えている。
「でも残念。私は女ですもの、正解は切り裂きジル、ですわ」
「この赤い目の魔女め!」
 言い終わると同時に後ろから左手のナイフで喉を切り裂く。
かろうじて空気の漏れる音を聞いたような気がするが、もう興味は無い。
 周囲に訪れる静寂。
周りにはさながら地獄絵図が繰り広げられている。
手足をバラバラに切り裂かれた子ども。
壁にナイフで縫い付けられた女は腹から内臓をこぼしている。
切り裂かれた喉から未だに血を吹き出し続ける男。
逃げ遅れた老紳士だった物体は、失った首を求めるかのように手を伸ばして倒れている。
ナイフで埋め尽くされて人間らしい部分がどこにも見当たらない、元老婦人。
思いつくままの方法で彼らを奪い尽くした。
体や服に返り血なんて一滴も浴びていない、さすがに足元は血に濡れてやや不快ではあるのだが。
「さて……」
 1人血まみれの街に向かって呟く。
あとは今日の一番の目的を果たすだけ。
この目的が果たせたなら、それこそ切り裂きジル最期の夜が終わる。

 この街の教会のすぐ近くにある一際大きな館、通いなれたかのように足取り軽く館の門をくぐる。
護衛の人間は銃を構えていたが気にはならない。
気付いたら死んでいた、というのが彼らの最期なのだから。
1階から生き残りが居ないように丹念に使用人を殺していく。
2階のパーティーホールとゲストルームも丹念にチェックする。
3階、最上階。
この街の市長のいるフロアに到達。
数人の護衛は銃を手にしたまま背中にナイフを生やしてその仕事の失敗を悟る。
最奥、この館でもっとも大きなドアを開ける。
「止まれ!」
 右横合いから銃が突きつけられる。
 残念、近すぎる。
 銃を右手のナイフで跳ね上げ、銃口をそらす。
パン、と軽い音がするが時は遅い。
左手の袖口から新たなナイフがその手に滑り落ちる。
掴みながら体を右に1回転。
その勢いで相手の腹を開き、回転の終わり際に右手のナイフを逆手のまま相手の首に叩きつける。
それだけでこの街の市長はその生涯を終えた。
「止まりましたわよ、あなたの時が」
 一瞥をくれ、吐き捨てる。
 あと、1人。
奥にはガタガタと振るえる市長夫人が震える手で銃を構えていた。
銃口を見ればわかる、これでは当たらない。
「だ、誰なの? あなた、こんな事をしてどうするつもり?」
 舌の根が恐怖に震えているのだろう、上擦った声で夫人が喋りだす。
「お久しぶりです、といってもあなたは私を覚えていらっしゃるかしら?」
 自分でも驚くほど優しい声で私は問い掛ける。
「今宵は満月、狂気の連続殺人鬼があなたとこの街を殺しに参りましたわ」
「誰なの? ここから出ていって!」
「あら、憶えてないのね、先ほどの巡査さんは覚えていてくれたのに……」
「いいから出て行って頂戴!!」
 夫人は錯乱しかけているのか声が大きく、ヒステリックになってきている。
「困りましたわ。私はあなたに今までの人生を後悔しながら死んでいただくつもりなんですけど、当人が過去の罪を憶えていらっしゃらないなんて……」
「何の事?」
「私は今夜あなたをどう殺して差し上げようか、それだけを考えて街を紅く染め上げてきましたのよ?」
 夫人に構わず話を続ける。
「私は誰も知らないはずのあなたの過去を知るもの、あなたが葬り去ってきた闇の塊。
 誰も私を知るものはなく、孤独に1人暗い独房で過ごしてきた忌々しい過去です。その節はお世話になりましたわ」
 夫人は必死になって何かを思い出そうとしている。
もう少し。
「その昔にあった切り裂きジャック事件の犯人は主にどんな獲物を殺していたのかしらね?」
「まさか、あなたは……。いいえ、そんなハズはないわ」
 右手の袖口から新たなナイフが私の手に滑り落ちる。
この時のために取っておいた、古ぼけたナイフ。
長年に渡って使い込んだナイフは手にしっくりとなじみ、その刀身はどんなに磨いても紅く曇っている。
左手でスカートのポケットから懐中時計を出し、夫人に見えるように掲げる。
「これに見覚えが無いとは言わせないわ」
「それは、まさかあの時の!」
 やっと思い出した。
でも、もう遅い。
「改めて、あなたを殺させて頂きますわ」
「ヒッ!いや!」
 みっともなく背を向けて奥に向かって走り出そうとする。
 時間が――止まる。
懐中時計をポケットにしまい直すと左手にもナイフを取り出して夫人の前に移動する。
時間が動き出す。
夫人は驚愕の表情で凍りつく。
私は体を折り曲げ、できる限りに自分の時間を早める。
「あなたは――!」

 「傷魂『ソウルスカルプチュア』」

 自分の時間を早めた上でさらに限界のスピードで両手のナイフを振るう。
まず、おしゃべりな口をふさぐ為に喉を裂いた。
次に両手の指を全て落とした。
さらに手首を切り落とし、肘まで細切れにした。
肩口を切断、二の腕はバラバラに飛ばされていった。
両足を太腿から切り落とし、切り離された足は輪切りにする。
下腹を切り開き、内蔵をぶつ切りにする。
上半身と下半身が切り離される。
ろっ骨の隙間にナイフを滑り込ませ、あがくように鼓動していた心臓の動きを完全に止める。
首が上半身だった肉片から飛ぶ。
すでに体は原型をとどめていない。
能力の酷使に私の脳が悲鳴を上げ、神経が焼け付きそうな痛みが駆け巡る。
腕はすでに筋肉が張り、いつ千切れてもおかしく無さそうだ。
それら全てを無視して眼前の全てを切り払う。
 最後に高く跳ね上がった頭部に向かって右手のナイフを投げる。
ナイフは狙い違わず眉間に吸い込まれた。
「チェックメイド、ですわ」
 返り血を全身に浴びながら私は最高の微笑を浮かべた。

 そして、外から鐘の音が響いた。


    5:十五夜~往きすぎた満月


 お嬢様の前で時間停止を解除。
教会の上でお嬢様と落ち合う。
お嬢様は全身を紅く染め上げ、満足したような表情で空中にたたずんでいた。
「おまたせいたしました」
「ずいぶんと返り血を浴びているわねぇ、洗濯しておちるのかしら?」
「お嬢様だって盛大に血をこぼしてますわよ、お楽しみになられました?」
「あぁ、こんなに楽しい夜は何十年、いや何百年ぶりだったかしらね。感謝するわ」
「楽しんで頂けたのならご案内したかいがありましたわ」
「じゃあ帰ってお茶をしよう、あなたの紅茶も飲みたくなったわ」
「あ、お待ちください」
 帰りかけたお嬢様を引き止める。
「今宵最後のプレゼントがございます」
「プレゼント? へぇ……何かしら」
 面白がるように私を覗き込む。
「それは、私自身です」
 何でもないように言い放った私をお嬢様は驚きの表情で聞き返す。
「あなた自身がプレゼント? どういう事かしら?」
「お嬢様、どうぞ私の血をお飲み下さい。私を吸血鬼の末裔として迎え入れてください。
 私はこの先もずっとお嬢様の為の十六夜咲夜である為に、今日を持ちまして人間である事をやめます。
 そしてこれからもお嬢様のお傍に仕えさせていただきたいのです」
 お嬢様からキビシイ視線が突き刺さる。
「あなた、人間である事にこだわりを持っていたんじゃなくて?」
「はい」
「それなのに今日になったら吸血鬼の下僕として私に仕えたい、と」
「はい」
「そのこだわりを捨て、私に仕えたい、という心持ちはすばらしいわ、でも……」
「何でしょうか?」
「納得がいかないわ、あなたはこれまで私の申し出をずっと断ってきた。それこそ命令、という形ですら。
 それほどまでの強い思い、何故今日になってひるがえすのかしらね?」
「お嬢様にはおわかりになられているのでしょう?」
 そう、運命ですらその手中に弄ぶ永遠に紅い幼き月なのだから。
これまでの、そしてこれからの私も全てがこの方の手中に収められているのだから。
「ククッ! アハハハハハハハハハハハ!!」
 生あるものが途絶えた街にお嬢様の高笑いがこだまする。
「いいわ、咲夜! あなたは最高よ! やっとこの時が来たのね!」
 言われて納得した。
お嬢様が言っていた「時」とは今のこの時だったのだ。
「ならば咲夜、あなたの心を、体を、魂を。存在の全てを捧げなさい」
「かしこまりました」
 厳かにお嬢様が言うと私は右手にナイフを取り出し、自分の左首筋にあてがう。
「愛してますわ、お嬢様」

 一気にナイフを引いた。

 視界が真っ赤に染まる。
冗談のように首筋から血が流れまるで噴水のよう。
お嬢様が目の前に立っている。
「だからあなたは往きすぎた満月……十六夜なのよ」
 お嬢様が私に向かって両手を差し出すように近づいてくる
「あなたの血、いただくわよ」
 そう言うと私の首筋の傷口にお嬢様が口付ける。
心臓の鼓動に合わせて自分の生命が抜けていくよう。
お嬢様が私の血を、命を飲み込む音がする。
耳元で囁くこえ。
「あなたの血、絶望の味がしてとてもおいしいわ」
 もうおじょうさまがなにをいってるのかわからない。
「でも、それは許さないわよ」
 おじょうさまがわたしにくちづけをする。
なにかがくちにながしこまれる。
もうおじょうさまがよくみえない。
「わたしも愛してるわ、咲夜」
 いしきがたもてない、くらくて、あかくて、わから、な。
あ、いして、る、わ。

 ――レミィ。


    6:十六夜~包み込む


 目が覚めると紅魔館の自室にいた。
「起きたわね」
 隣にはお嬢様が椅子に腰掛けてこちらを覗き込んでいた。
「何故、私はここにいるんですか……?」
「大変だったわよ、あの後。放っておけば咲夜はあのまま死ぬところだったのよ」
 お嬢様は少々ご立腹のようだ、腕組みをして私を睨みつける。
「私は人間の血を飲んだ後だったからそれほどお腹はすいてなかったの。
 だけど咲夜の申し出だから咲夜の血は飲ませてもらったわ。……でもあなた気を失っていて起きないんだもの。
 仕方ないから咲夜を背負って帰ろうとしたところに霊夢と紫が来てね、なんで幻想郷の外に出たんだってお説教よ。
 私の意思で出たんじゃないのに……。あの2人、私を連れ戻しに来たんだって。帰りながらもずーっとお説教よ、嫌になっちゃう」
「はぁ、それはどうも」
 突然始まったお嬢様の猛烈な早口に気が抜けてしまう。
何がなんだかさっぱりわからない。
「まぁ今回はお説教だけで済んだけどね、もし次に幻想郷の外に出たら問答無用で退治するって言われちゃったわよ」
「はぁ」
 まぁお嬢様がこっぴどく怒られたのはよくわかった。
「それと、あなたは人間よ」
「はい?」
 一瞬、お嬢様の言葉の意味が理解できずに固まってしまう。
だって前々からお嬢様は私を吸血鬼の下僕になって欲しかったのだし、私はそれを受け入れたのだし、
お嬢様が今さら私を吸血鬼にするのに何の問題があるのだろう。
「何故ですか、お嬢様がそうお望みになり、私もそれを受け入れたのに……」
 疑問は口から自然とこぼれだす。
お嬢様が私を見て溜息をつく。
「あなた、死にたいのでしょう」
 ギクリ、とする。
今まで自分にも解らなかった本当に私が欲しかったもの。
お嬢様に言われて初めて納得した。
背筋を冷や汗が流れ、心の奥底まで覗き込まれた気分。
誰にも理解されず、誰にも、それこそ自分にも理解される必要のない、自らの深層心理。
それをお嬢様に見抜かれていたなんて。
「どうやら図星のようね。
 それなら吸血鬼になったら死ねなくなるじゃないの、それでは私は咲夜の願いを聞き届けられないわ。
 かといってあのまま咲夜を死なせるのはもったいない。だからね?」
 お嬢様が私のベッドの上に乗り、顔を近づけてくる。
「あなたは私が殺してあげるわ」
 そう言って私に口付けをした。
「んっ」
 あまりの出来事に何も考えられなくなってしまう。
「今の所、あなたには死ぬ運命がよく見えないのよ、何故だかわからないけど。
 だから、あなたは人間のまま生きて、生きる理由が全て無くなったら殺してあげる。それまでは私があなたの生きる理由よ」
 何故だか視界が歪み、私の目から大粒の涙がこぼれていた。
お嬢様が生きる理由で、お嬢様が私を殺してくれる。
これほど幸せなことがあるだろうか。
暖かい何かが私の心から溢れ出し、涙となって零れ落ちる。
その時、お嬢様が私を両手に抱いてくれた。

 私は生まれて初めて誰かの腕に抱かれて大声で泣いた。


    7:十七夜~充実した日々


 空には欠け始めた月が架かっている。
紅魔館のテラスではいつもの言葉といつものやりとりが繰り返される。
「咲夜ー、紅茶が飲みたいのだけど」
「はいはい、直ちにお持ちいたしますね」
 そう言われてお茶の用意をする。
 あれからお嬢様は博麗神社に行く回数が減った。3日に1回ぐらいに。
そして神社に行くときは必ず私を連れていかれるようになった。
その分私の仕事が溜まるようになってしまったが、時間なんて全然かからないから気にする程でもない。
紅茶の用意を整え、お嬢様のいるテラスに戻る。
お嬢様の前でゆっくりと、幽雅に紅茶をカップに注ぐ。
「咲夜」
「はい、なんでしょう?」
 もう1つ変わった事がある。
お嬢様は滅多に私のことを「あなた」と呼ばなくなった。
呼ぶときは常に名前で呼んでくれる。
些細なことだが私にとってはとても嬉しいことだった。
「今度から2人だけの時はレミィ、と呼びなさい」
「いいんですか?」
「命令よ」
 クスッっと笑って私にそう命令するお嬢様がたまらなく愛しい。
「わかりましたわ」
 そう言ってから紅茶のカップをお嬢様の前に差し出す。
「愛してるわ、レミィ」
「!!」
 ふんっ、と言ってそっぽ向いてしまうお嬢様。
心なしか顔が赤いように思えるのは今夜の月が紅いせいだろうか。
もう一度、今度は心の中で繰り返す。

    ――愛してるわ、レミィ。




    ――――了――――
お待たせ致しました。
誰も待ってないですかそうですか。
それでもお届けさせていただきました~癒されし傷魂~ですが……。
これ、受け入れて貰えるんだろうか……。というのが一番の心配です。
一部細かい部分で自分の拙作である、
~完全で瀟洒な悪魔の狗~と、~1つの終わり、そして1つの始まり~の設定が使われています。
まぁ読んで無くても伝わるようになっているとは思いますが。
今回は自分の遅筆っぷりにヘコみました。もっと早く書け、と。
性分なんで笑って見逃してもらえると幸いです。
それでは。

05/06/29修正
「切り裂きレダ」→「切り裂きジル」に修正
うろ覚えで書くと痛い目を見る、という事を実践してしまいました。
下調べしても身についてないんじゃ意味が無かったですね……。orz
河瀬 圭
[email protected]
簡易評価

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コメント



0.1320簡易評価
4.60削除
文章も内容も好きなのですが、ひとつだけ。いくら何でも、幻想郷の妖怪が外に出てこうまで大々的な行動をやらかしたら、さすがに霊夢以前に紫が黙っていないのではないかと思います。その分の疑問を引いて、この点数を。
9.70星野又三郎削除
なかなかおもしろかったです。
咲夜さんの長年の引導を果たし終えたという感じがしてよっかたです。
それに明るくなった咲夜さんって少し珍しいです。
それにしても咲夜さんて何歳なんだろう?
17.70SETH削除
><b
20.無評価河瀬 圭削除
コメントいただきありがとうございます
>翼さま
お説教というより真面目にこの2人に消滅されかかって、咲夜さんにキッツ~イ制約が課せられてその制約をレミリアが代わりに受ける、という展開を考えていたのですが、咲夜さんの一人称という前提があったのでどうしても他の部分より浮いてしまう為に泣く泣くカットするハメに……。その辺は本編に関係無い、と割り切ってぼかしました。……完全に蛇足で失礼。
>星野さま
個人的に18~9ぐらいで止まってるんでは無いかと。止まっている理由は長くなるんで前々作を読んで頂けたら幸いです。
ヒント:切り裂きジャック事件って何年ま(殺人ドール
>SETHさま
ありがとうございます。出現率は他の方より少なめですが、また懲りずに読んで頂けると嬉しく思います。