「でやぁー!!!」
「うぼぁ!」
ドスンと鈍い音が響き、吹き飛ばされてゆく一つの影。
気合一閃、正拳突き。
紅魔館に正面から入ろうとした妖怪は、その一撃で湖に叩き込まれてしまった。
「さっすが隊長! 実力が違いますね」
「へへへ、何年門番やってると思ってるんですか」
彼女の名は………………紅 美鈴、彼女は『気を使う程度の能力』を持つ紅魔館の門番。
紅魔館のマスターに雇われて以来、一貫して門番を勤めている歴戦の猛者だ。
初めの頃は『なんで自分は門番なんだ』と疑問に思っていた美鈴だが、やはりマスターの目は正しかったというべきか。
紅魔館の門番こそ、彼女の身体能力をフルに発揮できる場所だったのだ。
先程のように毎日やってくる不法侵入者を排除するために欠かせないもの。それは武力。
話せば分かるようなヤツは紅魔館に近づかない。
ココに来るのは大馬鹿者か命知らずか黒白か。とにかく規格外な奴らばかり。
そんなならず者達に手っ取り早くお引取り願うには、ボコボコにしてやるのが一番というのがマスターの考えなのだ。
「さぁ、お昼の時間ですよ~」
「わお、今日も豪華ですね隊長!」
『医食同源』をモットーとする美鈴は食事を大切にしている。
毎日正午になると、紅魔館の門番達(通称・門番隊)は全員揃ってのランチを取る。
美鈴は全員分のランチを毎日のように作っていた。健康に気を配り、栄養のバランスのとれた食事。
これは誰かに頼まれたというわけではなく、昔からの当然のようにやっていることなのだ。
「ところで美鈴隊長、庭師メイド隊の奴ら酷いんですよ!」
ランチを囲みながら、新入りが美鈴に愚痴をこぼす。
彼女は美鈴に憧れて門番隊入りを志願したという、ちょっと変わった新人だった。
「どどどどうしたの、ちょっとは落ち着いてください」
「私たちが命がけで敵を撃退しても『門番に庭を荒らされるくらいなら侵入されたほうがマシ』なんて言ってるんですよ!」
「そ、そうなの?」
「なんで隊長だけ知らないんですか! 他は全員知ってますよ!!」
「ガツンとイってやってください、そうしないといつまでも舐められますよ……ウフフ」
「な、舐めるって……」
ちょっと卑猥な言葉を使う彼女は、仲間内からは『先輩』と呼ばれる最年長の門番隊員。
そんな言葉、何処で学んだのかは分からない。ただその色気は武器として通用する。
「確かに隊長は甘いです。ここはひとつ実力行使をしてでも事を解決すべきかと」
「まぁまぁ……もっと穏便にいきましょ? ね?」
甲冑を身に纏い、威厳の有る彼女は門番隊長代理。
硬い性格と大きな長剣を使いこなすその姿に、他のメイド隊からは『真の門番』と認識されていた。
「ケンカはよくないですよ。話し合ってきます」
というわけで美鈴は庭師メイド隊の詰め所へと出向くことになった。
大体こんな交渉事は隊長同士で行われる。
そこでモノを言うのは強気な態度と巧みな話術。あと少々のカリスマ。
美鈴は……そのうちのどれも持ち合わせていなかった……
「……と、いうわけでもうちょっと言葉を選んでいただきたいなと」
「なに寝言言ってるの。アンタらがもっと手際よく侵入者を撃退すれば良いだけのことじゃない」
「そ、そうですね。おっしゃるとおりですね」
「じゃあもう帰ってくれない? 私たちも仕事が忙しいんだから」
「……説得工作に失敗しました。みなさんごめんなさい」
「このダメ隊長! こうなったらリコールよ!!」
「解任! 懐妊!」
「えええっ!!」
ついに美鈴は門番隊長を解任され――
「敵襲ー 敵襲ー」
「む、隊長の解任は後回し! 全員出撃よ!」
「了解しました隊長代理! 隊長のリコールは後回しですね!」
「は、は~い」
「ぎゃあああああ……」
「この程度か。まったく紅魔館の門番というのも大したことは無いね」
「くっ、このままでは突破されてしまう……」
予想外に力を持った相手に苦戦する門番隊。
このまま全滅か……と思われたとき、美鈴達はやってきた。
「こいつ……一体何者?」
「なにやら氷の妖精のようですが……マスターに会いたいと」
「それでみんな結構やられちゃったというわけね」
「すみません……」
「みんな下がって。私がやります」
「一人歯ごたえのありそうなのが出てきたね。楽しませてちょうだい!」
「私の拳を受けて生き延びた妖怪は……あんまりいません!」
「ぎゃっ、なにこの門番は……」
「さすか隊長!」
「ヤっちゃってください」
疾風怒濤。そんな表現がピッタリな攻撃を繰り出す美鈴の前に敵は圧倒されていた。
突く、薙ぐ、蹴る、払う、打ち下ろす……
基本に忠実な体術も、美鈴の圧倒的な身体能力により組み合わせだけで立派な必殺技となり得る。
美鈴は息を切らせぬ攻撃を繰り出す中でも、相手の意識を断ち切るタイミングを計っていた。
「……今だ! 秘技・彩光乱舞!!」
「ま、まって話せば分か……ひぎぃ!」
「分かるわけないじゃないですか……そんな頭の良い妖怪はココに来ませんっ」
「やった! 隊長の勝ちだ!」
「さすが美鈴隊長! 一生付いていきます!!」
こうして、今日も門番隊は紅魔館の(対外的な)平穏を守ったのであった。
ただ、この後で庭を荒らされた庭師メイド隊との壮絶な戦いが控えていることは言うまでも無い……。
「でも、隊長ってなんであんなに性格が変わるんですか?」
「戦闘時のハイテンションと平常時の低姿勢は別人ですよね」
「……私にもいろいろあるんですよ」
昼下がりのランチタイム、いつものように警備をほっぽってランチを取る門番隊。
今日は『勝手に美鈴悩み事相談室』が開催されているところだった。
「隊長、もっとガツンと言ってやらないと他のメイド隊に舐められっぱなしですよ!」
「で、でも色々と後で揉めるとイヤだし……」
「揉めたら揉み返せばいいんですよ。あんなことやこんなこと……ムフフ」
「先輩は黙って。とにかく! 今日はマスター親衛隊のヤツラが私たちを侮辱したのでなんとか言ってやってください!」
「確かにあいつら実戦を殆ど経験したことのない割には、私達を見下しているな」
「親衛隊……?」
親衛隊長、それは紅魔館のメイド長。
月の懐中時計で時を止め、銀のナイフで敵を仕留める魔性の女。それが新入りのメイド長に対する認識だった。
「みなさん、私に死ねと言うんですか?」
「YesYesYes!」
「隊長、一花咲かせてイってくださいな」
「カンベンしてくださいよ~」
美鈴は死地へ赴く、紅魔館のメイド長の元へ……
「なに美鈴、私に何か?」
「あのー咲夜さん、ひとつお願いが……」
「却下」
「い、痛いです……」
いつの間にやら美鈴の額にナイフが刺さっていた。
有無を言わせず部下を黙らす。このメイド長はやはり只者ではない。
美鈴は痛みを堪えてナイフを抜くと、門番隊が親衛隊にイビられていることを咲夜に話した。
「……というわけで、私たちもあんまり嫌味ばっかり言われると精神衛生上よくないので……」
「別に聞き流せばいいじゃない。そんなこといちいち気にしてたら人生大損よ」
「そ、そうですか?」
「そうよ、もっと自分に自信を持ちなさい美鈴」
「そうですね、そうですよね! なんか気が楽になりました! ありがとうございます」
「単純で助かるわ……門番はこうでなくてはね」
スキップで詰め所へと戻っていく美鈴を見て、咲夜はニヤリと笑みを浮かべていた。
「それで、自分の人生相談だけして戻ってきたと?」
「……はい」
「……隊長、お覚悟!」
長剣と正拳、その二つが交わるとき門番詰め所は修羅場と化す。
ゴキン、と鈍い音が門番詰め所に響き渡ったのはその直後。
「暴力はよくないです。暴力反対!」
「あのー隊長代理、生きてますか?」
「ふふふ、今月も満月がやってきたね……」
今宵は満月、月に一度だけ幻想郷が狂う夜。
そんな特別な日を待ち望んでいた者が一人居た。
「今日も楽しい夜が過ごせそうだ」
「隊長、なんだか痩せました?」
「ええ……ちょっと最近忙しくて……」
「あら? 最近特に強い妖怪が攻めてきた訳でもないのに……夜の遊びが過ぎるんじゃない?」
「あなたと一緒にしないでくださいっ」
今宵は満月だというのに、普段から体調に気を使う美鈴にしては珍しく元気が無い。
外敵の撃退、隊員の体調管理に咲夜のイジメ等、肉体的にも精神的にも疲れがたまることばかり続いたことが原因だった。
「今日は私達だけで見回りますから、隊長は休んでも良いですよ」
「……咲夜さんにバレたら刺されます」
「バレなきゃ良いんですよ。私たちがうまくやっときますから」
満月は妖怪の力を増大させると同時に、回復力も飛躍的に高めてくれる。
そのことを知る隊員たちは美鈴を強引に休ませ、自分達だけで見回りに出かけていった。
「お言葉に甘えて、今日はお休みしちゃいますか♪」
「満月といっても退屈ね、なーんにも無いわ」
「あんまり油断してると後ろからナイフが飛んで来て、花を散らせることになるわよ」
ドキッとして後ろを振り向く新入り。敵は外だけにあらず。
……幸い親衛隊の姿は無かった。
「もう! ビックリさせないでくださいよ!」
「ごめんごめん」
「みんな、静かに」
隊長代理が不思議な光を発見し、全員に知らせる。
光は湖の向こうから、かなりのスピードで紅魔館へと向かってきていた。
一人は敵襲を知らせるべく美鈴の下へ飛んで行き、残りの門番達はすぐさま戦闘態勢に入る。
「これは……マスタースパーク!」
隊長代理は敵の攻撃を瞬時に判断すると、他の隊員たちの前に出た。
彼女は長剣に魔力を込め、マスタースパークを全力でいなしに掛かる。
いなされたことで進路を変えた光はそのまま館壁にぶち当たり、大きな穴を開けた。
有無を言わせぬ強硬手段。敵もどうやら相当キてる奴らしい。
「黒白……か?」
「いや、どうやら違うみたいですね」
マスタースパークを放った妖しい影はすぐそこまで迫っていた。
その身長・体格から察するに、いつものすばしっこい黒白ではない。
「何者だ!」
「こんばんわ。そこを通してくれないかな?」
「名を名乗れ、話はそれからだ」
妖しい影は門番達の前で止まり、その正体を現した。
真っ赤な褌を締めた逞しい肉体。
周囲の空間が歪むほどに漲る狂気。
それこそまさに『幻葬郷』が具現化した姿といっても過言ではなかった。
「君達、門番だね?」
直後、まばゆい光が妖しい敵を包み込む。
先手必勝とばかりに新入りが攻撃を仕掛け、先輩がそれに続く。
先手必勝……これが門番隊の戦い方。
新入りが高速で突撃して敵をひるませ、そこへ先輩の大火力を叩き込み敵を粉砕するのがいつもの作戦。
「行きますッ!」
「イかせてあげましょう!」
「野蛮だね、でもそこもまた可愛いかな」
「寝言は寝てから言ってください。華符・セラギネラ2!」
「おいたが過ぎるよ、子猫ちゃん♪」
「えっ!?」
まさに一瞬の出来事だった。
先陣を切って突撃したはずの新入りが撃ち落され、次に続いた先輩も叩き落されてしまった。
あまりの戦力差に、思わず後退りする隊長代理。
敵は、一歩も動いてはいない。
「そういえばまだ名乗らせてもらっていなかったね」
「……そういえばそうだな。貴様何者だ?」
敵に動揺を悟られてはならない……隊長代理は冷静なフリをして敵の名前を聞く。
その手には聖剣と呼ばれた一本の長剣、返答次第で即座に切り捨てる準備は出来ていた。
「僕の名前は森近 霖之助。紅魔館の宝物を貰いに来たよ」
「隊長! 敵襲ですッ!!」
「……うーん、許してくださいよさくやさ~ん……むにゃむにゃ」
「起きろ中国ッ!!」
隊長の名前を呼ぶ時は、本名で呼ばなければならない。
その禁を破る時、詰め所は血の海と化す……
「敵襲ね、分かったわ今行きます!」
意識を失った隊員をベッドに寝かせ、美鈴はすぐさま他の隊員の救援へと向かっていった。
「ハァハァ……こいつ、強すぎる!」
「どうしたんだい、もう打ち止めなのかな?」
既にボロボロの隊長代理に対し、霖之助は褌をなびかせながら余裕の表情を浮かべていた。
「聞くところによると、君達のマスターは満月の夜に素敵な姿に変身するらしいね」
「……それがどうしたというのだ?」
「是非愛でたい。これでもかというほどにね」
「させるかっ!」
隊長代理は即座に目の前の生物の恐ろしさを悟った。
……コイツは危険だ。生かしておくわけにはいかない。
霖之助を一刀両断すべく彼女は手に持った長剣を構え、それにありったけの魔力を込める。
「これでも食らえ、変態!」
「こ、これは一体どういうこと……!?」
美鈴が戦場に駆けつけたとき、戦いは既に終わっていた。
ある者は白目を剥き、またある者は口から泡を吹いている。
その中には血まみれの隊長代理もいた。
全滅……門番隊はたった一人の侵入者によって全滅させられてしまった。
「たいちょう……申し訳ありません……ゴフッ」
「シッカリして新入りさん!」
「マスターの身に危険が迫っています……私に構わずマスターを……」
新入りはそこで意識を失ってしまった。
美鈴は彼女をそっと寝かせると、急いで紅魔館の館内へと飛んでいった。
「許さない……許さないぞ!」
「時よ……止まれ!」
紅魔館4階、既に敵はそこまで侵入していた。
霖之助と相対しているのは精鋭揃いの『メイド親衛隊』。
彼女達はマスターを守るためならば、死をも恐れない最強のメイド達。
……だが、その精鋭の力をもってしても変態の侵攻を食い止めることはできなかった。
「そして、時は動き出す」
「おっと危ない」
ノータイムで投げつけられるナイフを、まるで予知していたかのような動きで避ける霖之助。
満月とはここまで人を狂わせるものなのか。その動きはもはや人間のものではない。
「咲夜さん! これ以上は持ちません、5階まで撤退しましょう!」
「ダメよ、5階に上がられてはお嬢様に危険が及ぶわ」
「そんなこと言われても、あんな化け物どうやって倒すんですか!」
「……下がっていなさい」
親衛隊のうち、すでに半数が霖之助の狂気の力によってやられてしまっている。
残る親衛隊のダメージも少なくない。このままでは全滅も時間の問題。
そう判断した咲夜は霖之助と一対一で戦う決断を下した。
「アナタ、一体何者……」
「僕はしがない香霖堂の店主、それだけさ」
「それは知ってる。なぜここまでしてお嬢様を狙うの?」
「僕はこの幻想郷の全ての子猫を愛でたい。ただそれだけさ」
「……あら、私は子猫じゃないとでも?」
「当然さ。君は年を取りすぎている」
凍てつく空気、止まる時間、そして燃え上がる怒りの炎。
「あなたの命は私のもの……死ね!」
咲夜は大量のナイフを投げつけると同時に、両手に持った二本のナイフで敵を切り刻む。
前者は殺人ドールと呼ばれる、咲夜お得意の殺人技。
後者はインスクライブレッドソウルと呼ばれる、咲夜お気に入りの拷問技。
その二つが同時に繰り出された時、後に残るのは肉片のみ……
「ふう、まさか僕の褌に傷をつけるとは思わなかったよ」
「まさか……ここまでとはね」
咲夜は目を疑った。先程の技はどちらも必殺。
それを受けて……いや、避けられてしまったのだろう。霖之助は生存していた。
「参ったわね、今のを避けられたんじゃ打つ手が無……」
咲夜は眼を疑った。両手に持ったナイフはボロボロに刃がこぼれ、使い物にならなくなっていたのだ……
ヤツは避けたのではない。全てを受け止めたのだ。
「なかなか素敵な愛情表現だね。あと5年早く会いたかったよ」
咲夜の頬を、冷や汗が滴った。
「咲夜さーん!!」
「美鈴? あなたやられたんじゃなかったの!?」
「いろいろ事情があって生きてます。それよりも敵ってコイツなんですか?」
美鈴は眼前の褌……霖之助を睨みつける。
仲間を酷い目に合わせた張本人。こいつを許すわけにはいかない。
「君も……いや、残念ながら君は愛でる対象にはなり得ないね」
「結構です。私は貴方を殴り飛ばすだけですから」
「何故か分からないけどコイツは強いわ。私のナイフが効かないのよ」
「咲夜さん、怒りにまかせた攻撃では敵を倒すことは出来ません」
「なっ……」
美鈴の言葉があまりにも的確すぎて、反論する言葉を失う咲夜。
「大切なのは落ち着きです。相手に次の一手を読ませないことで先手先手を取っていくんです」
「簡単に言わないで。それが出来るのは白玉楼の剣豪くらいなもの……」
「見ててください」
「はっ!」
「むむ、いつの間にこんな近くに!?」
一瞬のうちに美鈴は霖之助の懐に潜り込み、気を込めた拳を繰り出す。
しかし霖之助は冷静に美鈴の攻撃をいなし、体のひねりを利用してそのまま反撃に移る。
「その程度では僕を倒すことなど……うぼっ!」
「逃しませんよ!」
霖之助の脇腹に命中する美鈴の拳、たまらず霖之助は後ろへ飛びのいた。
このチャンスを逃すまいと、美鈴は一気に攻撃を畳み掛ける。
「せいやっ! そりゃっ!」
「くっ、この僕が押されているとはね……」
見事なまでの体術を駆使した美鈴コンビネーションが霖之助の体力を削っていく。
狂気のオーラ、それを練り上げた気で中和することによってダメージを与えていたのだ。
シールドを無効化され、その上に先の手が読めず後手後手に回らざるを得ず防戦一方の霖之助。
「これなら……勝てるかもしれないわ!」
だが、彼女の攻勢は3分と持たなかった。
もともとの体調不良に加え、霖之助からの威圧感によって精神力を消耗していく美鈴にとってこの攻防は過酷過ぎたのだ。
体力の回復と気の練成を行うため、すぅ、と一呼吸する美鈴。
「隙を見せたね!」
「うぐっ」
だがそのわずかな隙すらも霖之助は見逃さなかった。
蹴りを打ち込まれた美鈴は、たたらを踏んで咲夜の所まで後退していく。
十分な間合いを確保した霖之助の眼が妖しく光る。
「僕の能力を知っているかい? お二人さん」
「確か……『未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力』とかじゃなかったかしら」
「ご名答」
咲夜の答えに満足げな表情を浮かべながら、何処からともなく八卦炉を取り出し頭上に掲げる霖之助。
「それがどうしたの?」
「アイテムの用途が分かる……つまり、この八卦炉の使い方も僕は熟知しているんだよ」
「……! 危ない咲夜さんっ!」
それは魔理沙が持つミニ八卦炉より一回り大きい、文字通りミニではない八卦炉だった。
いち早く危険を察知した美鈴は、咲夜を部屋の壁際まで押し飛ばした。
その直後に八卦炉が光り、マスタースパークが発射される。
それは先程まで咲夜が立っていた場所を通過し、美鈴を直撃していた。
「め、美鈴?」
その光の渦に飲み込まれていく美鈴を、咲夜はただ見ているしかなかった……
バキィン、と音を立ててナイフが砕ける。
霖之助の纏った狂気のオーラ。それを打ち破るべく犠牲となったナイフは既に30本を超えていた。
「……君は一体いくつ凶器を持ち歩いているんだい?」
「アナタの狂気ほどじゃないわ。そろそろ家に帰ったらどうなの」
「まだお土産を貰っていないから帰るわけにはいかないね」
(ちっ、何故私のナイフがヤツまで届かないんだ……)
咲夜は体から滴り落ちる血などお構いなしにナイフを振るう。
その度に砕けるナイフ、痛みで悲鳴を上げる体。
……既に体力など残っていなかった。『お嬢様を守る』という精神力のみで体を動かす咲夜。
とうに肉体の限界を超えていることなど咲夜自身も承知している。それでもここで引くわけにはいかなかった。
親衛隊が全滅し、美鈴も敗れ去った今、咲夜の敗北は紅魔館の敗北に直結する。
体面を気にするレミリアのことだ。さらわれた上にそんなことになれば自殺すらやりかねない。
レミリアの居ない世界で生きることなど咲夜にとっては考えられない。後を追うだけだ。
それに幻想郷の狂気に負けるなど咲夜自身のプライドが許さなかった。
此処で死ぬか後で死ぬか。結果は同じ。
「しぶといね……いっそのこと楽にしてあげようか?」
「お心遣い感謝するわ、でも楽になるのはアナタだけでどうぞ。」
「それならば遠慮なく」
一歩、また一歩と間合いを詰める霖之助。
力の差は歴然としていたが、咲夜に退路は残されていない。
咲夜は覚悟を決め、ナイフを握る両の手に力を込める。
(次が最後の一撃になる……私もここまでか……)
「では、これで終わりにしようか」
霖之助は魔砲を撃つべく、八卦炉の出力を全開にする。
咲夜はその場に留まり、魔砲の発射を待つ。
「おや、観念したのかな? 逃げるなら今のうちだよ」
「ご忠告感謝するわ」
(魔砲が発射される瞬間、直接八卦炉を叩き斬ってやるわ)
「そうはいかないよ」
「!?」
霖之助は咲夜の考えを読み、一計を案じた。
咲夜が瞬きをしたその瞬間に、霖之助は後ろに飛んで咲夜の射程圏外へと移動していたのだ。
「さよならだ! 届け僕のファイナルマスタースパーク!!」
「しまった! 私の攻撃はとどかな……」
「させるかぁぁーーー!!!」
「美鈴!?」
天井を打ち破って落ちてきた美鈴が、八卦路にありったけの気を込めた拳を叩き込む。
その勢いを利用して美鈴は一気に下の階まで落ちて行き、霖之助から離れた。
すでに魔力でいっぱいになっていた八卦炉は、美鈴の気を受け止めきれず暴発をはじめる。
「なんてことを……僕の大切な八卦炉がぁ!」
「今です咲夜さん、攻撃を!!」
これなら直接斬らなくても壊せる……咲夜は決断した。
「さようなら、変態さん」
「う、うわあああぁぁぁ!!」
咲夜の手から投げつけられたナイフが突き刺さり、八卦炉が弾け飛ぶ。
それは猛烈な光熱と爆風を発生させ、紅魔館の一部をふき飛ばしていく。
その光と風が収まった時、そこにはボロボロのメイドとズタズタの門番だけが残されていた……
「隊長、元気にしてますか?」
「あ、いらっしゃいました」
新入りが療養中の美鈴を訪ねてやってきた。
あれから一週間、マスタースパークの直撃を受けた美鈴は紅魔館の医務室で治療を受けていた。
ようやく明日から門番として復帰できることになり、新入りに着替えを持ってきてもらったのだった。
「さすが隊長ですよね。あんなバケモノを倒しちゃうんですから」
「まぁ倒したというか、なんとか追い返したというか……」
「死人が出なくてなによりでしたよ」
あれだけの壊滅的打撃を受けたにもかかわらず、紅魔館に死者は一人も出なかったらしい。
中には死にかけたメイド長もいたのだが……
「そうだ! 隊長に言わなきゃいけないことが」
「な、なんですか突然」
「隊長解任の話、無くなりましたよ」
「……え?」
「みんな覚えてますよ。あの戦いの後ボロボロの体で私たちを介抱してくれたこと」
そういえばそんなことした記憶が……美鈴はすっかり忘れていた。
「あそこまで部下に気を配れる人は他に居ない、って隊長代理も言ってましたし」
「そ、そうかな? えへへへ」
「美鈴隊長、これからも隊長として頑張ってくださいね!」
「はいっ!」
「それでは美鈴隊長さんがあなたの悩み事に答えてあげましょう!」
「じゃあ、さっそく隊長にお願いしたいことが……」
「?」
もじもじと恥ずかしがる新入り。
「む、胸を大きく見せるアイテムとか知りませんか? 先輩に買ってこいと命令されて……」
「胸を大きく……」
「……美鈴、それだけの胸を持ちながら私の胸パッドを何処で手に入れたか聞くなんて偉くなったものね」
「違うんです咲夜さん! 決して咲夜さんの胸がまがい物だなんてことは一言も……」
「へぇ……」
「あ、ち、違うんですこれには深い訳がががが」
「あなたの胸は私のもの……死ね!」
「た、たすけてー」
紅 美鈴、彼女は『気を使う程度の能力』を持つ紅魔館の門番。
部下にも上司にも敵にも気を使う。それが彼女の能力だった。
しかし、『気を使う能力を気配りと解釈する』コンセプトが既出だった為、30点とした。しました。
そんな貴女にこれどうぞ
つ胃薬
個人的には他人を血まみれにして省みない霖之助はどうかと思いました。
これヒット賞です。
大変面白かったです。
しかし、それ以外は既出ネタと言えど楽しませてもらいました。特に咲夜さんが素敵過ぎる
>あなたの命は私のもの……死ね!
正直いりません(笑)。
あたしゃこーりんでも大丈夫な人ですが(下手にオリキャラにされるよりは
よっぽどいいので)。むしろ褌一丁とか藍さまのてんこーとか「中国」連呼
するネタに引きますね。いじめかっこわるい的不愉快な感じで。
四分の一さんもおっしゃってますが既出の視点だったため点数きびしめで。
あとがきで性格設定しなくとも、読んでいればそのぐらいはわかりますよ。
しかし芋夢草のパッチで明らかになってしまう彼女性格と紅魔館のヒエラルキー。
でもどんな結果になるにせよ、この東方二次創作の至宝とも言える弄られキャラはずっと大切にしていたいなあ……本人にとっては地獄から逃げ出すチャンスなんだろうけどw
あとシリアスとギャグの境界がなんともあいまいだと思います。