村はずれの小高い丘。
そこにあるものは、全てが同じ『モノ』だった。
共同墓地。
滅びに到る過程を踏破した者が、最後に行き着く場所。
かつては笑って、泣いて、愛して、憎んだりしていた者達。
そんな感情も、今は既に過去の遺物。
無数に連なる墓標。
腐敗した大地に根を下ろし、その名も無き主たちを悼むかのように咲いた華がある。
一見すると、それは薔薇に似ていたかもしれない。
しかし毒々しいまでに深紅の花弁と、無数の茨をまとったその華は、さほど想像力に恵まれぬものでさえ、妖しの類を連想させるに十分な妖気を放っていた。
その華がいつからそこに咲き始めたのか、知る者は誰もいない。
ただ気がつけばそこに在り、一年を通して枯れることなく咲き続けた。
やがて、その村が滅び、全ての墓標が朽ち果てた後も、その華は咲き続けた。
いつまでも、いつまでも。
死者の怨念と、生者の無念。
その全てを吸い尽くす日まで。
そして、あらゆるものの終焉を見つめ続けたその華は、最後に枯れる間際、初めて種子を残した。
それは、花弁と同じ紅の髪を持った、美しい妖怪だった……
―――
「こんなとこですかね」
私は森の手入れに回りながら呟いた。
悪魔の住まう紅い館。
その周囲を囲む森。
ここが私の現在の仕事場。
今でこそ明るい森で、泉には妖精も住まう豊かな自然。
よくここまで出来たものだと思う。
お嬢様に見初められ、私が紅魔館に来た当時は酷かった。
荒れ果てた大地にタールのような沼。
ある意味、悪魔の住むところとしては相応しい様相。
しかし、お嬢様の住むところとしては、いささか華がなさ過ぎた。
私は百年近くかけて、この地の緑化を試みた。
植物を起源に持つ私にとっても、それは容易いことではなかった。
この森は私の領域であり、我が子のようなモノだった。
「あ、薬草の収穫頼まれてたっけ」
私は踵を返し、森の奥へと踏み入っていく。
良質の森からは、いい薬草が採れる。
私の育てた薬草は、図書館の引き篭もりに高い需要があるのだ。
もっとも、彼女が本当に興味があるのは私自身らしい。
あの魔女が言うには、私はアルラウネの変種なんだそうだ。
それを聞いたときは、なるほどと納得したものである。
納得したが、その後『錬金術の発展に、その腕一本提供しない? どうせまた生えて来るんだし』と言い出したのは流石に予想しなかった。
あくまでも冗談と言っていたが、私は騙されない。
あれは実験動物を見る目だった。
今では小悪魔がいるため、彼女の関心はだいぶ削がれたようだが、偶に思い出したように実験に付き合う事を強制される。
正直、勘弁してもらいたい。
私の天敵は、魔王なお嬢様でも壊し屋の妹様でも悪魔の狗でもない。
あの魔女の、純然たる知的欲求と好奇心だった。
「今度は何企んでるんでしょうね? あのムラサキもやしさん」
私の育てた植物達が、悪の企みに利用されると思うと、正直心地よくは無い。
それでも、私自身を錬金術の発展、とやらに奉げるつもりも無い。
ここは涙を呑んで、可愛い子供達を差し出すことにする。
「ううう、ごめんね。お母さんが頼りないばかりに……」
……なんて一人芝居をしたところで、現状が変わる訳もなし。
今日も自分の空虚さを眺めるだけの、つまらない一日。
私は懐の鈴をまさぐっていた。
鳴らない鈴。
いつの間にか癖になっていた行為。
この鈴を持っていた巫女は、私から大きなものを奪っていった。
妖怪としてのアイデンティティ。
―――私は妖怪
だから人を喰らうし、いつか人に殺される。
それだけのこと。
しかし、彼女は私の中の無自覚な迷いを、明確に抉り出した。
私が殺して喰ってきたモノは、自分と同じように泣いたり、笑ったりする生き物だということ。
考えなかったわけではない。
それでも、そんな良心などは気の迷い。
一度超えてしまえば、二度と罹らない病気。
その、筈だった。
「あ、いけない……」
いつの間にか、握り締めていた鈴を離す。
口の中に錆びの味がする。
どうやら唇をかみ締めていたらしい。
不愉快だった。
「帰ろっか」
私は空を飛ぶこともせずに歩く。
館に着くまでに、いつもの私に戻らなければならない。
気持ちが悪い。
意志と思考の不一致。
私はそんな不快感に耐えながら歩き続けた。
* * *
―――
深夜、私は自室で異変に気づいた。
私は森の中に侵入者があることを知覚した。
おかしい。
その何者かは、突然森の中ほどの現れた。
外から来るものなら、外周から入ってきそうなものだが……
「考えてても仕方ないか」
私は幾人かの部下に侵入者の所在を告げ、対処を任せた。
ただの迷い人なら、お引取り願えばいい。
そもそも、ここは悪魔の館。
すき好んで近づく者など、そうそういるはずが無い。
私はこのとき、大した危機感を持っていなかった。
森の中で、私の部下が誰かと接触した。
そして、殺された。
「……ふーん」
私は、自分の思考が冷め切って行くのを自覚した。
どうやら、誰かさんはここに喧嘩を売りに来たらしい。
殺されたのは、私の部下の内でも強い方だった。
つまり、それ以下ならば話にならない。
加えて、接触からほぼ一瞬で倒されていることから考えて、相当の腕なのだろう。
「私が出向こうか……」
しばしの悩み、しかし、相手は時間を与えてはくれなかった。
私の森から火の手が上がる。
五箇所同時に。
「な!?」
驚愕した。
森の中にいる手合いは確かに一人。
しかし、現実には複数のポイントに放火されている。
相手の狙いは読める。
私は一瞬で状況を検討し、部下達全員に消火を命じて散らす。
残ったのは、私一人。
私はエントランスから、門前へ向かう。
相手の意図は、こちらの戦力の散開。
望みどおりにしてやれば、向こうから来るだろう。
どうも、正直に包囲しても突破されそうな気がした。
「これで裏口とか回られたら私、道化ですねぇ」
思わず苦笑いが漏れた
侵入者も、こちらが手薄になったことを悟ったのだろう。
真っ直ぐ、館に向かいだした。
「あまり、速くない……?」
先ほどの放火の手並みからするに、相手は強力な悪魔か、妖怪の類と思ったのだが。
「まさか、人間?」
その速度は、人が走るくらいの速さ。
悪魔や妖怪には、その身体能力に相当な個体差があるが、人間には大した差は無い。
「だとすると……」
異能力を持った人間。
私は心底うんざりする。
また人間の相手。
つい最近、私は博麗の巫女と死闘を演じていた。
その戦いにおいて、私の能力は大半封じられ、心にも迷いを抱えることとなった。
コンディションは最悪の戦いになるだろう。
「あー…しんど……。超勤付くかしら?」
炎が、少し屋敷に近づいて来た。
熱気を孕んだ風に、私の髪が靡く。
私は正面の闇を見据える。
その闇の中から、小柄な影が躍り出た。
フードを目深に被り、その顔は見えない。
それでも、その背丈は家のお嬢様くらいだろうか。
私は相手の気を探る。
それは、人特有の霊気。
確かに人間の、おそらく子供だった。
(勘弁してよ)
「ここが……紅魔館……なのかしら?」
それは、少女の声色で囁いた。
右手のナイフを握り締めて……
―――
……なんというか、懐かしい夢を見た。
紅魔館の一室。
私用に割り当てられた部屋である。
家具はベッドとクローゼット、そしてテーブルと椅子のみ。
生活感が全く無いこの部屋が、私は妙に気に入っていた。
ぼんやりとした頭をゆっくりと振り、身体を起こす。
私はあまり夢を見ない。
ここ数年、入眠に酒を必要としていた。
それでも一度眠りに落ちれば、夢など見る余地が無いほど、深い眠りに着く事が出来た。
「珍しいな……」
私は窓から月を見る。
高さからして、深夜と言ったところか?
「あれ?」
そこで、私は気づいた。
あの夢の続きはどうだった?
「咲夜さんが来たとき……だっけ」
そうだ。
間違いない。
もう、何年も前のことだが、それは覚えてる。
「それから…?」
なんで、咲夜は生きてるんだっけ?
私が勝ったのなら、当時ただの侵入者だった咲夜が、なぜ生きているのだろう。
「負けたんだっけ?」
……たぶん違う。
負けたなら、私が生きてる道理がない。
彼女に助命されたなら、私は間違いなく覚えている。
忘れたのは、たぶん、私が勝ったから。
つまり、いつものことだから。
「覚えてないなぁ」
私は苦笑する。
昔のことは良く覚えてるのに、最近の記憶はわりと曖昧だ。
ここ何年か、私の周りで物事の急変が相次いだこともある。
人間がここに通いだす、春が来ない、宴が終わらない、挙句に家のお嬢様の我が侭とくれば、何かと忙しいのは仕方あるまい。
それらに主に関わったのは咲夜だが、彼女が抜けた館の穴を、ことごとく埋めて回ったのは私なのだ。
それとも……
「もう年かしら……?」
言ってみてぞっとした。
ありえない。
確かに、私はここでも最年長だけど……その……
止めよう。
へこむから。
私はベッドから起き出して、一つ伸びをする。
「聞いてみようかな」
気配からして、お嬢様はいない。
大方、神社にでも遊びに行っているのだろう。
咲夜が付き添っていないとしたら、この時間は空いているはず。
棚からブランデーとウイスキーのボトルを掴むと、私は部屋を出る。
咲夜がいるかどうかは分からないが、いなければいないで構わない。
そのまま外で月見酒というのも乙である。
私は足取りも軽く、廊下を歩く。
途中、幾人もの夜勤者達と挨拶を交わしながら。
咲夜の部屋からは明かりが漏れていた。
どうやら在室らしい。
「咲夜さーん! あっそびっましょー」
私はドアを叩きながら呼びかける。
暫しの間。
部屋に中から音がする。
聞こえてないということはなさそうだ。
やがて、ゆっくりと扉が開く。
私は同時に一歩、右へずれる。
その時、扉の向こうからナイフが一閃。
それは、先ほどまで私が立っていた空間を引き裂いた。
「こんばんわ、咲夜さん」
「こんばんわ、美鈴」
白々しさ全開の挨拶を交わす私たち。
「咲夜さん、腕落ちたんじゃないですか?」
「……まあ、多少スランプではあるけどね」
「いけませんねぇ。そういう時はドン底まで落ちとくか、お酒でも飲んで忘れるのが一番。ささ、一杯やりましょう」
「……上がって頂戴」
咲夜は私が持っている酒瓶を確認すると、部屋へと招いてくれる。
フリルのカーテンに青いカーペット。
そして、二桁に届かんとするぬいぐるみ。
「相変わらず可愛い部屋ですね」
「でしょう? 貴女も何か作って上げましょうか?」
「遠慮します」
こっちの皮肉をあっさり流しての反撃。
なかなか手強いなメイド長。
「貴女の部屋は殺風景過ぎると思うけど……」
「住めれば良いんですよ。物が増えれば維持しなきゃいけないし、掃除の手間も増えるんですから」
「……まあ、座って」
咲夜はため息をついて私をソファに促した。
そしてグラスを二つ用意する。
私達は向かい合って座ると、それぞれ別のボトルを手に取った。
咲夜はブランデー、私はウイスキー。
「それで? 何の用?」
「あら、用がないと来ちゃいけませんか?」
「いけなくないけど、貴女は用が無ければ来ないでしょう?」
「そうでしたか?」
「そうよ」
それは無自覚なことだった。
だが、咲夜が言うならそうなのだろう。
だからどうという事はないが。
「……ちょっと、懐かしい夢を見たんですよ」
「夢?」
「ええ。貴女が、紅魔館に来たときの夢」
「貴女、夢なんて見ないって言ってなかった?」
「はい。ちょっとした珍事ですね」
本当に珍しい。
だからこそ、その続きを、私自身が覚えていないのが気になった。
「あの時、どっちが勝ったか覚えてます?」
「貴女でしょ、って言うか私はあんたに勝った事ないじゃない?」
「そうですよねぇ……」
これは事実。
私は咲夜に負けたことは無い。
一時間と区切っての勝負なら、私は手も足も出ない。
だが、私の全身をハリネズミにしようと、咲夜にはそれ以上の決定打が無い。
そして、咲夜には能力の連続使用には限界がある。
私達が殺しあえば、最後に立っているのは私の方。
それは、共通の認識である。
「その生命力は絶対に反則だから」
「これしか取り柄無いもんで」
「っち。根野菜が」
んだと、貧乳が!!
でも言わない。
怖いから。
「私、そのとき何か言いましたっけ?」
「は?」
「いや、あの時は敵だった咲夜さんを殺さなかったのは何でだったかなと……」
「……覚えてないんだ?」
「うぇ!? あっと……あんまり」
いきなり不機嫌になる咲夜。
なにかまずいことだったか。
「何があったか教えてくれます?」
「絶対に嫌。自分で思い出して頂戴」
まぁ、そういうと思ったが。
ともかく、これで用事は済んだ。
「それでは、失礼しますね」
「……もう帰るの?」
「はい。用事も済みましたから」
私はソファを立ち、ウイスキーのボトルだけ持って部屋を後にする。
最後に見た咲夜の表情は曇っていた。
疲れているのだろう。
そんな彼女の時間を割いてしまったことに、幾ばくかの罪悪感があった。
「結局、解らなかったな……咲夜さんは覚えてるみたいだけど」
程なくして、私は自室につく。
それほど気になるものでもない。
明日には忘れていると思う。
私はベッドに腰掛けると、ボトル三分の一ほど残ったウイスキーを飲み干した。
アルコールが胸郭を焼く感覚が心地よい。
しかし、自分の中の空洞を強く認識させられる瞬間でもある。
―――満たされていない しかし何が欲しいかも解らない
今夜は、眠れそうもない。
私は憂鬱にため息をついた。
* * *
―――
炎が辺り一面を覆っていた。
私はその中に佇んでいる。
そこに倒れた、私の森を焼いた少女を見下ろして。
「結構楽しめましたよ? 貴女の手品」
「……ぐ」
「でも、残念でしたね。ナイフなんていくら刺さっても、私は殺せません」
「……」
「まだ、何か手があるなら、今のうちに試した方がいいですよ?」
「…ック」
不可思議な軌道のナイフを使う少女。
私はその全てを避けることが出来ず、何本かは確かに刺さっていた。
しかし、それだけ。
彼女にはナイフ以上の破壊力が無い。
ただ、当てるのが上手いだけ。
狙いは全て急所であるものの、あくまでも人間の急所。
妖怪相手に同じ事をするのは経験不足の証拠だろう。
「それまでみたいですね」
私は辺りを見回した。
私の部下達が現在必死に消火活動に当たっている。
火の勢いはだいぶ衰えてきている。
もう鎮火は時間の問題だろう。
森を焼かれたことに対する憎しみは、あまり無い。
この辺りでは知らぬ者など無い、悪魔の屋敷に単身で乗り込んできた少女。
それは彼女の事情があるのだろう。
だからといって、見逃す事情はこちらに無い。
後は、私がこの放火魔兼不審者を始末してお仕舞い。
私は無造作に歩み寄る。
「顔くらい見せてくださいね?」
私は少女を抱えると、フードを引き剥がした……
―――
「……」
目を覚ます。
殆ど眠れていない。
また、何かの夢を見ていたようだが、内容は思い出せなかった。
少々身体が重いが、酒気は無い。
そもそも、私は酔ったことがなかった。
咲夜には酒豪と言われるが、そうじゃないと思う。
酔わないのではない。
酔えないだけだ。
私は気だるい身体を、無理やり起こす。
「……ったるい」
それでも、仕事はちゃんとある。
屋敷の警備は人任せで良いとしても、森は私が見なければ。
かつて、私は殆ど一人でこの館を切り盛りしていた。
実を言えばこの館の中では、お嬢様と妹様と私の三人で暮らした時期が一番長かったりする。
働き手が増え、私の苦労も大分減ったが、この森の管理だけは私にしか出来ないことなのだ。
私は着替えを済ますと、自室の窓から空に舞う。
「いい天気ですねぇ」
この時間、内勤ならばホールで、外勤なら中庭で朝礼がある。
私は殆ど出てないが。
現在、実質的に外勤を纏めているのは副長である。
とりあえず、私が抜けても問題ないシステムで、外勤は回っている。
私は森の中に降り立った。
「おはよう。みんな」
本日の巡回範囲を回りながら、木々の手入れを済ましていく。
特に異変が無ければ、私は三日かけて森を一周する。
最近では、侵入者もほぼ顔見知りになっていたため、異変というのも少ないが。
「ん?」
森の反対側に気配が二つ。
片方は以前会った半霊の庭師のもの。
もう一つは……?
知らない、いや、知っている。
相反する認識が、私の中でせめぎあう。
私は全力で走り出した。
木々の間をすり抜け、地上を疾走する。
焦りに近い感覚が、私を苛んでいた。
「あれか?」
未だに二人を視認出来ない距離。
だが、私の感覚はここが相手の索敵可能範囲ぎりぎりと告げている。
どうやら、未知の相手は只者ではなさそうだ。
もっとも、ここ最近、只者の来訪など無きに等しい紅魔館だが。
「どれ……」
私は気配を森とシンクロさせる。
おそらく、これで相手の目を誤魔化せる。
私は殆ど歩く早さで、その気配を追う。
「しかし……この感じ、どこかで……」
近づくにつれ、私の中に妙な既視感が生まれた。
もどかしい。
何か、忘れてはいけないものを忘れてしまったような。
そんな感じ。
やがて二人の姿が見えてくる。
片方はやはり、以前見た銀髪の庭師。
もう一人は……
―――いつの間にか、狐に化かされたのかと思った
かつて、大陸で一度だけ見た大妖怪。
あの時と同じ貌、同じ妖気、同じ九尾。
私が、こうありたいと、憧れた妖怪の姿。
「……」
気がつけば、私は嗤っていた。
見つけた。
こんなにも近くにいる。
かつての自分に戻るきっかけ。
彼女と闘えば、きっと納得できる。
そうすれば、還れる筈だ。
人と妖怪の境界を気にも留めないでいられた、無邪気で傲慢だったあの頃の私に。
「彩光乱舞」
淡々と私は二人に術を放つ。
その発動はここ五百年の間で一番速かった。
それでも、彼女はかわして見せた。
傍らの妖夢を庇いながら。
「あれぇ? 外れちゃいましたね」
別に意外でも何でもないが、声には意外さを強調してやる。
どうしたものだろう。
このまま殺り合えば、彼女は妖夢という枷を嵌めたまま。
そんな彼女に勝っても納得出来るか?
私の葛藤を他所に、彼女は辺りを警戒していた。
「他には誰もいないんで、大丈夫ですよ?」
「ふふ、それは助けを呼んでも無駄だということか?」
「目撃者はでないぞってことかも知れませんよ」
「そんなに物騒な意味じゃないですってば」
うん。
ここでは止めよう。
とりあえず、自己紹介。
今では『八雲藍』と名乗っているらしい。
途中、少し凹むことを聞いたが、そこはスルー。
……後で決着つけようね、咲夜。
「ところで、私達は紅魔館に短期間の就労を希望しているものだ。侍従長の十六夜殿に、取り次いでいただきたいのだが」
好都合だ。
「ここに就労? あんまりお勧めしませんが……」
おそらく、藍の中では既に決定しているはず。
なら、後はさりげなく、普段の私を装うだけ。
何か、彼女が私を生かしておけないような、そんな理由を作ってやらねばならない。
ここで働くというなら、いくらでも機会はあるだろう。
普通に案内するか。
私は二人の武器を預かる。
藍は素直に渡してくれる。
しかし、妖夢の方はそれを拒否した。
「それでも、貴女のような人にこれを預けるわけにはいきません」
「貴女のような人…ねぇ」
苦笑が洩れる。
確かに、私はいい加減だ。
彼女のような真面目さんとは馬が合うまい。
どうやら本当に武器を預ける気は無いらしい。
丁度いい。
殺そう。
その後は、話の持って行き方しだいで、藍とは対立出来るだろう。
彼女の枷も無くなって一石二鳥。
「大した腕もなしに腕ずくなんてしたら、怪我しちゃいますよ?」
「!? よく言ったぁ「はいそこまで」
っち。
止められたか。
私が殺る気である可能性は、傍目から見れば低かったはずである。
にもかかわらず、手を打ってきたことから考えて、どうやら相当ご執心らしい。
まぁいいか。
「それでは、行くとしようか」
「はい、ついてきて下さい。ご案内しますよ」
私は先頭で歩き出す。
既に紅魔館は目と鼻の先。
程なくして、紅い館が見えてくる。
同時に向かってくる影。
副長が私達を見つけたらしい。
私はお客様を案内を彼女に任せ、咲夜へ報告に行く。
「この時間だと掃除ですね。すぐ掴まるといいけど……」
私は森で集めたハーブを散らかしながら廊下を歩く。
こうすると、咲夜は自分から来てれる。
便利だが、その代償に……
「なに舐めたことしてんのよ!」
私の額にナイフが刺さる。
少し痛い。
「あ、咲夜さん。お客様がお見えになってます」
「客?」
「はい、短期就労希望だそうです」
「それは助かるわね」
紅魔館はいつも人手不足だ。
それは咲夜と、私に原因がある。
かつて、入ったばかりの咲夜に、私が最初に命じたのが妹様の遊び相手。
無論冗談のつもりだったが、彼女は本当に地下へ行き、そして生きて帰ってきたのだ。
以来、彼女が新入りに最初に任す仕事がそれになった。
私も咲夜にそうした手前、文句を言うわけにもいかないでいる。
妹様も、咲夜に勝てなかった鬱憤を晴らすように、その後はパーフェクトなスコアを出していた。
「……どうしたの?」
「は?」
「貴女……何かこう、雰囲気が……」
「違います?」
「ええ」
いけない。
どうやら、気が高ぶっていたらしい。
それも仕方ないと思う。
難病で苦しんでいるところに、特効薬が舞い込んできたのだ。
「知った顔に会いましてね。これから、きっと楽しくなります」
「そうなの?」
「はい。あっとそうだ、これ預かってます」
私は咲夜に武器を渡す。
「ああ、あの二人がね。今何処かしら?」
「応接室でお待ちですよ」
「そう」
私は、それだけ言うと、踵を返して歩き出す。
考えることは多い。
どんなシナリオを作ろうか。
相手は私の初恋の相手といっても過言ではない。
手を抜くわけには……
突然、上着の裾を引っ張られた。
「何?」
「何処へ行くの?」
「部屋に帰るんですよ。決まってるでしょう」
「そう」
咲夜はまだ離さない。
どうしたのか。
私は意外に思いつつ振り向いた。
そこには、咲夜の顔がある。
いつだったか見た表情。
置いていかれた子供の顔。
「……どうしました?」
「あ……なんでもない。ただ……」
「?」
「貴女が遠くに行っちゃいそうだって……」
それは……どうなのだろう。
確かに、貴女の知らない私になろうとしているが。
「私はここにいますよ」
「……ええ、そうよね」
私が微笑むと、咲夜も笑ってくれた。
客を待たせている咲夜はいつまでもここにいられない。
私達はそれぞれの目的のために分かれる。
妙に、冷めた心地だった。
先ほどまでは、久しぶりに熱くなれたのに。
咲夜が見せたあの表情が、私の心の片隅に引っかかっていた。
* * *
―――
フードの下にあったのは、まだあどけない顔。
銀色の髪が印象的な少女。
この年で、『可愛い』ではなく、『綺麗』という方が似合っている。
間違いなく、数年後には美人になれたろう。
「……」
無言で、少女がナイフを閃かす。
既に無駄だと解っているはずだが。
ナイフは私の皮膚を貫けず、へし折れた。
「あ」
「無駄な足掻きでも、そろそろ気が済みましたかね?」
この期に及んでも、少女の顔には絶望の影が無い。
そのことに、私は酷く違和感を覚えた。
それでも、関係ないか。
私は少女の首に手をかけ、そのまま立ち上がる。
身長差から、少女は宙吊りになった。
「さようなら」
私はそのまま締め上げる。
だが……
「……なに笑ってるんです?」
「か……は」
私は少女をその場に落とす。
激しく咳込む少女。
その瞳に憎しみを宿して、私を睨みつけていた。
「なんで、殺さないの?」
「死にたいんですか?」
少女は答えず、黙り込む。
それは肯定。
ふざけてる。
死にたがりの命など背負ってたまるものか。
「家に帰りなさい、小娘さん」
「……嫌」
「……そんなに死にたいんですか?」
「うん」
迷いの無い口調。
しかし、握り締めて震える、小さな拳が痛ましかった。
「だって……」
「……」
「誰も優しくないもの」
「……」
「何処にも……居場所なんて無いもの」
淡々と、しかし泣きそうな顔で呟く少女に、私の心は暗澹とした。
この子にどんな事情があるかは、私は知らない。
だが、死にたがっているわけじゃないと思う。
だから、生きる理由を探している。
それでも、見つからなかったのだろう。
この世界は、十歳かそこらの少女が、死を選ばされるほど残酷なのだろうか?
―――そうなんだろうな
世界は優しくない。
そして、不公平だ。
この少女は何を見て絶望し、どんな現実から立ち上がれ無いだろう?
でも、そうだとしても……
「止めを刺す義理はありませんね。自分で何とかしてください」
少女は唇をかみ締める。
「ただ、一つおせっかい言いますとね……」
「?」
「死は手を伸ばせば、誰にでも届きます。でも逆に、生きることは、今ここに在る者にしか出来ないことです」
「……」
私は多くの死を見つめてきた。
常に看取る側だった。
ただの華だった原初から。
そして今に到るまで。
だから、こう思うのだ。
「仮初の楽園に逃げ込んで、今ここに在ることの奇跡に気づかないのは……」
「……」
「なんというか、勿体無いです」
彼女には私の言葉は届くまい。
人の意見が聞ける内は、ここまで追い詰められたりしないだろう。
「お嬢様は、私より強いですよ」
「関係ないわ。だけど……」
少女は無言で、私の横に並ぶ。
「どうせなら、貴女に終わりにして欲しかった……」
そのまま、私を素通りして屋敷に向かう。
自分を殺す気の無い私は、彼女にとって無価値になったのだ。
この子はお嬢様の元に辿り着くだろう。
運命を統べる吸血鬼の元へ。
彼女は、そこでどんな運命を見つけるのだろう。
言いたい事は言った。
私は自分の経験から忠告し、彼女はそれを拒んだ。
ただ、それだけのこと。
しかし、彼女が最後に見せた顔。
何か、大切なものに置き去りにされたようなその顔は、しばらく忘れられそうに無かった。
―――
そうだった。
あの時見たんだ。
あんなに頼りない、咲夜の顔。
私はここ最近で、彼女との出会いは殆ど思い出していた。
目を開く。
そこは、見慣れた自室の天井。
八雲藍が出稼ぎに来て二週間。
私は彼女にしっかりと、闘う理由を作っていた。
もっとも、大したことはしていない。
彼女はこの鈴を、本来の持ち主に返そうとしている。
本来、母親の手から渡されるはずだった物を。
もし、今日私が勝ったら、これは私から霊夢に渡そう。
これを手に入れた経緯も添えて。
想像すると嗤いが止まらない。
楽しい娯楽になりそうだ。
時刻は二十二時。
「行くか」
私は黒衣に深紅の外套を羽織る。
さらに、壁に立てかけた一振りの剣。
これも持っていかないと。
折角の逢瀬だ。
ちゃんとおめかししとかなきゃ。
「飛んで行ったら、少し速いな……」
歩くか。
私は気配を絶って、館の内部を疾走する。
ここは夜の方が人通りが多い。
私は内勤のメイドたちをやり過ごす。
やがて、エントランスホールに辿り着く。
ここに居るのは外勤、私の部下だ。
ここまでくれば……
「何してるのよ。そんな格好で?」
うかつ。
これは、油断だった。
よりにもよって一番会いたくない相手。
「ちょっと散歩に行ってこようかと思いまして」
「……そう」
私は振り向けない。
振り向いて咲夜の顔を見れば……
そこにもし、あの寂しそうな表情があったら……
私は進める自信が無い。
だが幸いにも、彼女はあっさり解放してくれた。
「行ってらっしゃい」
「はい」
短い挨拶を交わし、私達は別れる。
「美鈴!」
突然、、背後から投げられた物を、私は反射的に受け取った。
彼女は既に後ろを向いていた。
咲夜の背中を見つめながら、私が受け取った物。
それは愛用の懐中時計。
「えっと?」
「貸してあげる。あんまり遅くならないようにね」
「あ、はい」
「それと、貸すだけよ」
「?」
「ちゃんと、返してね」
「はぁ」
咲夜はさっさと行ってしまった。
何だったんだろう。
「……まぁいいか」
私は館を抜け出し、待ち合わせの場所に向かう。
夜の森は、昼間とはまた別の雰囲気がある。
それを楽しみながら、私は歩く。
目指すは、私が藍と会った場所。
どんな森でも迷わないのは、私の特技の一つだ。
一刻ほどで歩いてそこに着く。
相手はまだ来ない。
そもそも、具体的な時間は決めていない。
しばし待つ。
これは、あまり慣れる事が出来ない類の時間だと思う。
緊張する。
私は、いつの間にか響無鈴を弄っていたのに気づく。
右手のそれを眺め、そして苦笑した。
「なにむきになってるんでしょうねぇ」
鈴のことはどうでもいい。
ただ、咲夜に見つかったのは不本意だった。
先ほど、彼女はどんな顔をして見送ったのだろう。
なんとなく、咲夜に謝りたかった。
だが、それ以上に私の身体に走る熱い感覚。
これを無視することは出来ない。
「こんな機会は二度と無い。貴女ほどの妖怪の関心を、独り占め出来る機会は……」
私の全身が総毛だった。
近くにいる。
おそらく、そこまで転移してきたのだろう。
その瞬間、私の中から咲夜のことは消え去った。
自然俯き、そして嗤った。
「そうでしょう? 八雲藍」
振り向けばそこにいた。
待ち望んだ相手の姿。
「お待たせ」
「ううん。今来たところ」
「あっそ」
「……お約束を流すのは無粋ですよ」
既に勝負は始まっている。
お互いに有利な状況を作ろうと探りを入れる。
この技術においては、私は彼女に及ばない。
私のこれは、所詮足掻きに過ぎない。
私は自分が強い妖怪ではないことを、よく知っている。
悲観するほど弱くは無いつもりだが。
「どうした? かかって来ないのか」
「一応、私が挑まれてるんですけどね」
「ああ、そういえばそうだったな」
彼女は私を脅威とは見ていまい。
それは正しい。
彼女に比べ、私はなんと非力なことか。
私は守勢から入ることにした。
当たってもいい。
相手の攻撃を喰らいながらでも、相打ちなら打ち勝てる。
「それじゃ、いくよー」
……見えなかった。
しかし、何処を狙ったかは予測がつく。
冗談ではない。
(顔・喉・胸・腹に二発……それと四肢……か?)
ばらばらにされようとも死なないが、再生にかかる時間をくれるとは思えない。
洒落にならない。
おそらく、こいつにとっては洒落なのだろうが。
そこからは、ひたすら我慢の時間だった。
私にとって、彼女は実体化した死そのもの。
その矛をひたすら凌ぐだけ。
反撃は出来ない。
私に見える隙は、全て誘い。
私はひたすら守を固める。
しかし、やはり彼女は化け物だった。
常識を遥かに超えた速度。
それは私が限界と予測した所を、さらに上回っていく。
藍の使う槍術に見覚えが無ければ、何度死神と接吻したか解らない。
「そろそろ全部使っていくぞ?」
とうとう、藍は決めに来た。
突きに払いまで混ぜられれば、もはや不可避だ。
死の矛が、一気に近くなる。
もはや剣一枚、間に挟むことすら出来なくなっていた。
切っ先が、私の身体を削っていく。
鮮血が、私達の周囲に舞い散る。
私の血だけ。
(不公平です……)
それでも、私に出来るのは守るだけ。
既に私の対処出来る限界を超えている。
私は藍の動きを予測して、ここまで凌いできた。
この先も予測している。
それは敗北。
私の予測の二手、三手先に死がチラついてきた。
そして……
ついに、私の手から剣が弾かれた。
これで、私を守るモノは無い。
藍の蛇矛が私に迫る。
(来……た!!)
この瞬間。
私が待ち望んでいたもの。
私の敗北と、藍の勝利。
この二つが重なる時。
私は矛の軌道上に響無鈴をはさむ。
彼女が止めなければ、本当に私の負け。
こんな鈴では、藍の矛は止められない。
普通なら。
「ぁ!?」
しかし、止まった。
そうだと思った。
だって、藍は私を見ていない。
彼女が見ていたのは、この鈴だけ。
やはり、彼女は私を侮ったな……
私は藍に勝ちたかった。
藍は、私の持ち物を取り返したかった。
それが、私の見つけた唯一の勝機。
互いの目的の相違を、私の有利さにすること。
「妖夢ちゃんも、見る目がありませんね」
「あ……」
「私と貴女が似てる?」
「っが……」
「笑えない冗談ですよ。私は……」
「……」
「いつでも独りに還れます」
そうだ。
これが私。
声に出してみれば、とても納得がいった。
藍が無くしたと言う強さ。
それを代償にして得たというもの。
その全てを、私はここで否定してやる。
だが……
「なら、どうして、お前は咲夜を喰わなかったんだ?」
殴られるより衝撃だった。
ここで、その名を聞くとは思わなかった。
「彼女はお嬢様のお気に入りですから」
そう答えたのは反射。
聞いたのがお嬢様や咲夜なら、私の動揺に気づいたろう。
私の中で凍てつかせた何かが、溶け出そうとしている。
十六夜咲夜という、人間の小娘のために。
私は、既に軽い混乱状態だった。
おそらく、藍に悟らせはしなかったが。
そして……
―――八方鬼縛陣・八雲式
なすすべも無く、私の身体が闇に飲まれた。
―――そこは、一面の闇だった。
この世界に飲み込まれて、どれ位の時が流れただろう。
二十年を数えたところで、私はそれを考えるのを止めていた。
既に私は取りうる手段の、殆どを試しきっていた。
それでも、ここから抜け出すことは出来なかった。
当たり前である。
結界は中から出られるようなら意味を成さない。
ここに閉じ込められた以上、もはや脱出の術は無い。
いや、在るか。
この類の結界はおそらく安全装置があるはず。
制御に失敗して、自分まで飲み込まれる可能性は低くない。
私の操気の能力。
これで藍の妖気と同調した妖気を用いれば、あるいは……
しかし、私は躊躇う。
私は、この力を殆ど自己治癒に当てている。
そうしなければ生きていられない。
私の身体には、様々な『気』が渦巻いている。
中には凄まじい反発を起こす気も在る。
この瞬間も、それは私の身体を破壊し続けていた。
それを全力で修復する、ある種の綱引き。
それに敗れれば、私は崩壊するだろう。
「どうしたものかな……」
私は生き汚い。
別に悪いことではないはずだ。
まずは自分の命を守る。
華々しく散るなんて趣味じゃない。
死んだらそれまで。
そのことを、私は良く知っている。
しかし……
「別に、出れなくてもなぁ」
特に、後顧の憂いは無い。
森には自然の浄化作用がある。
部下も副長に任せて問題ない。
お嬢様と妹様には、もう少しついていたかったが。
それでも、二人ともだいぶ角が取れてきた。
友人も増えたようだし、既に私がいなくても平気だろう。
「まぁ、いいかな」
座り込んだ。
そして、非常に疲れていることを自覚した。
このまま眠れば、もはや目覚めまい。
身体は死ななくても、精神は死ぬだろう。
こんなところで、まともな思考を維持し続けるのも限界がある。
諦観が、私の肩にのしかかる。
別に、理不尽なことではない。
私は多くの命を奪いながら生きてきた。
その負債を払うときが来ただけだ。
「……ったるい」
私は目を閉じる。
そして、二度と醒める事のない眠りへ堕ちていく。
時計の音を聞きながら……
―――ちゃんと、返してね
「!?」
跳ね起きた。
寝てる場合じゃない。
ここに来て、どれくらい経った?
それはもう解らない。
紅魔館は、まだあるだろう。
中で働いているものも、まだ見知った顔があるだろう。
だが、咲夜は?
人間にとっては、決して短くない時間。
もしかしたら、既に咲夜は……
「あ……あ」
―――ちゃんと、返してね
その約束が、私を苛む。
もう守れないかもしれない約束が。
「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!」
私は肺が空になるまで呻いた。
呻きながら取り出す、十文字の懐剣。
私はそれにありったけの妖気を込める。
握り締めた柄から、私の茨が巻き付いて行った。
それは徐々に刀身に絡みつく。
「がっ、ぐぅ……」
喀血した。
身体が壊れていく。
それでも構わない。
約束は守らなければならない。
だって……
―――咲夜は、ちゃんと守ってくれたのだから
巻きついた茨が、私の手を切り裂いた。
懐剣に血が伝う。
やがて茨から華が芽吹く。
正確には、華を象った炎が。
これが私の切り札。
紅魔館の三つの紅。
流血のお嬢様。
炎の妹様。
そして華の私。
その象徴として編み出した技。
ああ、藍よ。
確かに、私達は似ていたかもしれない。
これが、私が得たものだ。
私は剣を振りかぶった。
「緋閃・ドライロット」
深紅の閃光が、辺りの闇を切り払う。
そこは確かに、私が最後に見た森の中。
私はようやく、帰って来れた。
* * *
―――
「待ちなさい」
「!?」
私が投げたものを、少女は受け止める。
十文字の懐剣。
私のお気に入りだ。
吸血鬼の館に住むものが、十字架を象った剣を持つのも皮肉だが。
「それ、持っていきなさい」
「え?」
「何? まさか、素手で行くつもりだったんですか?」
「……」
少女のナイフは、全て私が折っていた。
「だけど……」
「どうせ、結果は変わりませんよ。ただの短剣です」
それは何の概念も無い。
ただ、いい品というだけ。
「招かれざるお客様を通すのに、素手で行かせたとあっては、お嬢様に叱られますからね」
少女は懐剣を見つめる。
これを持っていくことに、意味を測りかねているのだろう。
「でも、悪いから……」
また妙なことを言う。
微笑ましい少女だ。
だけど、それなら……
「じゃあ、貸しときます」
「は?」
「ちゃんと返してくださいね?」
そうだ。
生きる理由なんて、こんなものでもいいはずだ。
私は少女に背を向けた。
そしてまだ火の消えない森へと舞い上がる。
早く消してあげないと。
途中、私は一度だけ振り返る。
丁度、少女が館に入っていくところだった。
彼女の右手には、私の懐剣があった。
「頑張ってね、小娘さん。お嬢様は私より強いけど、私より優しい子ですから……」
私は虹色の雨を森に降らせた。
―――
妙な息苦しさで目を覚ました。
そこは私の部屋。
理解に苦しむ。
「私……どうしたんだっけ」
私は起きようとして、それに気づく。
ベッドサイドでは咲夜が眠っていた。
私の胸に頭を乗せて。
……思い出した。
「負けたんだっけ」
悔しくは無い。
それどころか、妙に晴れた気分だった。
何とか、約束は守れそうだ。
ベッドを抜ける。
そして、咲夜を起こさないようにベッドへ移す。
彼女から借りた時計をテーブルに置いた。
「ちゃんと、返しましたからね」
普段と違い、寝顔にはまだあどけなさがある。
私は咲夜の額に軽く、キスした。
「ありがとう」
私は椅子に腰掛けて窓を見る。
月が高い。
どうやら、私は丸一日眠っていたらしい。
「もっとか?」
それは咲夜に聞けば解るだろう。
とりあえず、咲夜が起きたらなんて言おうか。
まぁ、何を言ったところで……
「どうせ怒られるんだろうな」
苦笑する。
まだ二十年も生きてないくせに。
人間は本当に、あっという間に人外を追い越していく。
化け物は、そんな人間の生き方に惹かれるのだろう。
そして僅かな時間で失って、気づくのだ。
人とは一緒に歩くことが、永久に出来ないという事実に。
私はその事実を知り、そこで諦めた。
「だけど……」
―――貴女の時間は私のもの
貴女が生きている間くらい、私の時間を全部あげる。
だから、もう一度夢を見させて。
お嬢様がいて、妹様がいて、パチュリー様がいて、小悪魔ちゃんがいて……
そして、私と貴女がいる。
穏やかで優しいこの時間が、ずっと、続いていく夢を……
【了】
まずこの一言を貴方に伝えたい!
間違いなく、私が読んだ美鈴SSの中での最高傑作となりました
数年たってもこの物語を覚えている自信があります
あんたは最高だ!100点!!!(つДT)b
ついつい読み耽ってしまいました。もちろん評価は満点で。
いささか説明不足だった箇所が美鈴サイドから見ることによって読者の懐に
すとんと落ちるようになりましたね。流石です。
さあ、この調子でメイドルックの藍さまと妖夢ちゃんのメイド体験記も補完してくださ(狐狸妖怪レーザー)
堪能しました。
これは美鈴の話だ。中国の話じゃない!
本編でダークな印象を受けためーりんですが、寂しがり屋なだけだったんですね(´ω`)
筆者感想で、蛇足…とありますが、この場合は「必要な蛇足」だったと思います。
なのでこの点数は本編と併せて、と形で…。
ブラヴォー!
美鈴の葛藤って言うかなんていうかもう、とにかくブラヴォー!
きちんと補完にもなってるし言う事はありません。
堪能しました。
これはいい。
相反する二を巧みに融合させるその術。
お見事です。
本編よりもこちらの方が好きでした。
この格好良い美鈴は当分頭から離れそうにありません。
ご馳走様でした。
これを読んだ後に本編を読んだらまたさらにおもしろく・・・!!
すばらしいです~!
この後の美鈴と咲夜の関係も想像させるいい話でした。
オープニングから引き込まれてしまいました。
作品の度、いただいたレスに返信したいと思ってるんですが、手が回りませんorz
本当に申し訳ございませんが、挨拶で代えさせてください。
ここまで評価をいただけるとは思いませんでしたいやまじで。
正直、好きなキャラのために書いてるところがあるので、読者を置いてけぼりになってないか、いつも心配しているんですが……
技術不足も……うん、愛でカバーだ。
いただいたご意見、ご感想は今後に生かして生きたいと思います。
この作品を前に足を止めてくださった皆様に感謝を……
それでは、失礼します。
最高に格好良い二妖に燃え燃えの萌え萌えです。
これで妖夢編も。と言ったら贅沢なのでしょうね。
全部読ませていただきました。総じて面白かったです。どうもありがとうございました。
美鈴怖いけどかっこいい