雲一つ無い満月の夜
僅かに月光差し込む薄暗い森を歩く影は2つ
片方は吸血鬼
500年の時を生きる永遠に紅い幼き月
片方は人間
主に忠誠を誓う完全で瀟洒な従者
音無き森を、静かに、ただ歩くのみ
主が口を開く
「たまには散歩も良いものね」
従者が答える
「そうですね、お嬢様」
そしてまた静寂が訪れる
お互い、特に喋る事もない
この静かな散歩を楽しむのみだ
静寂を破ったのは、また主だった
「思い出すわね、こうしていると・・・・」
何か感慨深げに、目を閉じてそう言う
「何をでしょうか?お嬢様」
従者が訊ねる
表情は、変わらない。
穏やかなままだ
主は目を開け、振り返る
「あなたと初めて出会ったときの事よ、咲夜」
従者の表情が変わる
驚いたような顔をし、そしてやや呆けたような顔になる
『完全で瀟洒』
今の彼女からは、そんな気配は一切無い
口をややだらしなく開け、空を仰いだ
腹が立つほど爛々と輝く満月を見て、従者はこう呟いた
「ああ、ありましたね、そんな事も・・・」
最早過ぎ去った時間
過去の自分、そして終わりと始まりの日を、ただ思い出す・・・・
化け物
それが私に与えられた呼び名だった
物心ついた頃、ある日突然使えるようになった時を操る能力
初めの内は誰も信じてはくれなかったが子供の頃の私は、嘘ではないと信じてもらいたかった
本当なんだと、認めてほしかったんだ
でも、それがいけなかった
この能力が本当だと認識された時、両親は私にこう言ったのだ
「化け物」と
それ以来、両親は私と会話しようとはしなかった
それどころか、私をあからさまに避けていた
幼いながらに、いや幼いからこそ、両親が私に抱いていた感情が分かったんだろう
明らかな、恐怖だった
愚かで無知な私は、ようやく「化け物」に込められた意味を知った
両親にとって私はいらない娘だったんだろう、近所では化け物の親と言う事で、嫌がらせにもあっていたようだ
追い出せるのなら、追い出したかった
それが両親の本音だろう、だが両親は臆病者だった
報復が怖かったのだ
だから、追い出せなかった
だが皆が皆、両親のような臆病者ではない
小学校では、私はいじめられっ子だった
誰かより上に立っていたいという人間の性質と、子供特有の恐れを知らない行動力、そして好奇心
何より、親から「あの娘は化け物だ」と教わっていれば、いじめの対象にするのは十分過ぎた
学校は見て見ぬ振りをし続けた
問題を表立たせたくなかったのだろうし、何より教師自体が私に対して差別をしていた
最初の方こそ教師に訴えていたが、すぐに諦めた
小学校の頃はまだ良かった
主に道具を隠されたりする程度だったし、隠し場所が単純過ぎて、すぐに見つけることが出来た
数ヶ月もすると、誰も私に構わなくなった
要は、飽きただけ、同じ玩具で何度も遊べばいずれ飽きる、その程度の事だ
私にとっては都合が良かった、わざわざ下らない遊びに付き合うよりは、一人の方が楽だったから
だが中学校になるといじめは再燃した
いじめの内容も変化し、主に暴行になった
私は何をされても何の反応もせず、教師に報告等もしないので、格好のサンドバッグだったんだろう
元より、教師に言っても無駄なだけだったのだが
しかし、痛いのは痛いし、嫌なのは嫌だった
家で一人で泣くのが、日課になっていた
だがそんな思いはは全く関係なく、そのいじめは卒業まで続いた
高校に入ってもそれは変わらなかった
それならば良かった
ある日、私は複数の男子生徒に連れ去られた、いつものように殴られるのか、そう思っていたが、今回は違った
服を破られ、地面に押し付けられた
つまり、強姦だ
内容が違うだけで、やられることには変わらない、不快極まりなかったが、半ば諦めていた
だが、何故だろうか、私はあるものに目が行った
投げ捨てられているナイフだった
それを見た瞬間、ふと思った、きまぐれのような物だった
反抗してみよう
抵抗しないと悟り、腕の拘束が解かれていたのは幸いだった
「化け物」と言われた日から、一度も使わなかった能力
時を操る能力を数年ぶりに使用した
私以外の全てが止まった世界
私だけの世界
心地よかった
誰も私を疎まない世界、誰も私を苛めない世界
最高だった
だが、当初の目的を忘れてはいない
ナイフを持った
重くも無ければ軽くも無い、普通の重さだった
そして私を押し倒した生徒に近づき、腕を振り上げる
時を、動かした
その男子生徒は何が起こったか訳が分からなかっただろう
何せ、今の今まで目の前にいた女がいなくなり
いつの間にか後ろから切られていたのだから
その生徒はそのまま倒れ、動かなくなった
他の生徒も、状況確認をするのに精一杯だったみたいだが、それが終わると私に向かってきた
後は、ただの作業だった
時を止め、後ろに回り、切りつける
何度か繰り返していると、生徒の一人が言った
「化け物」と
恐怖に歪んだ醜い顔で、そう言った
何かが、溢れた
違う
私は・・・
「私は・・・・化け物じゃない!!!」
思いっきり、切りつけた
そして、誰も動かなくなった
そう、誰も動かない
それで分かった
死んだんだ、と
殺したんだ、と
そう分かってしまえば、あとは罪悪感と恐怖が襲ってきた
ここで狂ってしまえるほど、私の心は冷めきってはいない
その場所からすぐに走り去った
どこか遠くへ、誰にも見つからない場所へ、ただ走った、そのナイフを、手放すことなく
それからの生活も、つらかった
行く当ても無く、ただ歩き続けるだけ
お風呂にも入れなければ、食べるのにも困った
手持ちの金はすぐに底をついた、ゴミ箱から残り物を漁るのは、最早日常だ
警察に補導されそうになったら、時間を止めて逃げた
生きるのが、つらかった
でも、死ぬのは嫌だった、何故かは分からない
それだけで、私は生きていた
何日、何ヶ月経っただろう
既に周りの風景は無機質な街ではなく、暗い森になっていた
何時の間に迷い込んだのかなんて覚えていない、どうでも良い事だ
だが、どうでも良くないことはすぐに起こった
突然、目の前に見たことのないものが現れた
人ではなく、かと言って私の知っている動物の類でもない
私の知識外の異型、人の世にあってはならぬ存在
私は、それをどう呼ぶかを知っている
「化け物」だ
嬉しかった
心の底から喜んだ
私なんかよりもっと化け物らしい化け物が、ここにいる
この化け物にとっては、私も脆弱な人間に過ぎない
人間として、見てくれるのだ
でも、それと大人しく食われるのは話が違う
やっと私を人として見てくれる場所にたどり着いたんだ
だから私は、死にたくない
だから、殺した
人よりは硬かったが、それでも呆気ないことには変わりなかった
化け物が柔らかかったのか、このナイフが切れすぎるのかは、あまり興味の湧く問題でもない
それからの日々は充実していた
「化け物」を相手に、『人』としての生を謳歌する日々
以前からは考えられないほど気分が高揚した毎日だった
ある考えに、囚われるまでは
化け物を殺し続ける毎日
気がつけば段々数が減ってきた
遠巻きに私を見る目は減ってはいない、だが襲ってくる数は確実に減っていた
そして、その遠くから見る目が表す感情を私は知っている
明らかな、恐怖だ
そこでやっと気付いた
化け物から恐れられる私は、この化け物たちよりももっと化け物らしい
人でいたつもりだったのに、本当はまったく逆の方向を歩いてしまっていたのだ、と
それが分かってしまうと、私は一気に絶望に突き落とされた
つまり、私は既に狂ってしまっていた
最初に化け物を見たときから、殺したときから、私は狂ってしまっていた
より化け物らしく、狂ってしまっていたのだ
そして、私は遂に、化け物すら認める化け物になってしまったのだ
もう嫌だった
こんな事になるなら、いっそ殺されておけばよかった
殺してほしかった
誰でもいいから、殺してほしかった
殺してくれる相手を求めて、私は彷徨った
だが、誰も殺してくれなかった
化け物が襲ってきても、体が勝手に動き、化け物を殺してしまう
傷一つ付けられず、殺してしまうのだ
それでも諦めずに、殺してくれる相手を探し続けた
「こんばんは、愚かで惨めな半端者」
そして
腹が立つほど爛々と輝く満月の夜
私達は、出会った
月を背に空に浮かぶ一人の少女
外見だけを見れば幼い子供にしか見えないだろう、だが、違う
知れば誰もが思うだろう、あれは誰より忌まわしいと
感じれば誰もが思うだろう、あれは何より恐ろしいと
見れば誰もが思うだろう、あれは何より美しいと
その紅い眼に視られれば、恐れない者など誰もいない
だが、恐怖と言う感情すらも恐怖で凍りつき、残るのはヒトとしての敵対心のみとなる
我を忘れ、その不条理から逃れたいがために、敵わぬと分かっていながら、立ち向かい、死んでいく
誰もがそれを理解しながら、同じ事をする
理解できたとして、それは何の意味も無い
絶対的な恐怖の前に理性如き塵程度の価値も無い
そして理性を無くした人間などはただの醜い肉塊に過ぎない
屍として、少女の美をより映えさせるのみ
一瞬で、それが理解できた
『アレ』に殺された全てのヒトと、また同じように
そして私も、それを一つになるのみだ
・・・・嗚呼、狂うとは、こう言う事を言うんだろう
『アレ』が、地上に降りてくる
「アァァァァァァァァァァァ!!!!」
時を止める事すら忘れ駆け出す、本能のままに、ただ、獣のように
そして、気がつけば私は地面に叩き付けられていた
何が起こったかは全く分からない
だが理解しようとは思わない、理解する理性が無い
『アレ』は何事も無かったかのように、私を見ていた、見下していた
腹は立たない、腹を立てる暇があれば、殺しにかかる
そしてまた気付いたときには、地面に叩きつけられている
それを数度繰り返したとき、ようやく私は見えた
駆ける私の腹部に、『アレ』から発せられた光の塊が当たるのが
どおりで、さっきからお腹が痛いわけだ、それに、熱い
その熱さとは対照的に、頭が冷めていくのが分かる
狂気の中の幻影により形作られていた『アレ』の絶対的で完璧な恐怖のビジョンが、消えていく
直接的な攻撃手段を見たせいだろうか、分かってしまった
『アレ』は絶対的ではない、と
何もしなくともこちらを殺せるような、不条理な存在ではないのだ、と
相変わらず、圧倒的な威圧感や、恐怖感は消えないが、所詮は「圧倒的」だ
絶対と圧倒では、天と地以上の差がある
100%と99%は、あまりにも違いすぎるのだ
やっと、真っ当な恐怖が戻ってきた
訳も分からず挑むのではなく、怖いから、挑む
戦う理由としては、幾分かマシだ
立ち上がる
すぐに駆け出さない私を見て『アレ』の表情が変わる
どうでもいい塵屑から、僅かな興味対象へと
「ふぅん・・・ただの愚か者じゃないようね、少しは面白いわ、次はどう来るのかしらね」
自らの勝利を疑わない、圧倒的な強者としての言葉
私はただの暇潰しの道具だと言わんばかりに、僅かな笑みを浮かべてそう言った
増長なのだろう
分不相応にも、私は思ってしまった
その笑みを、今すぐ塗り替えてやる、と
「期待していただき光栄の極み、次は・・・・・こうよっ!!」
時を止める
私には、この能力がある
忌まわしいことこの上ないこの能力が、今はとても魅力的だ
いつものように後ろに回りこみ、腕を振り上げる
さあ、どんな顔をするのだろう
愉しみで仕方が無い
腕を振り下ろすの同時に、時を、動かした
ナイフに手応えは無かった
当然だ、振り下ろしきる前に、吹き飛ばされたのだから
だが、私は満足だった
たった一瞬だが見えた、振り向き様に、驚愕に歪むその顔が
そして、『アレ』に直接殴らせるに至った事実が
体のあちこちは痛いし、口の中は鉄の味でいっぱいだ。でも、それに見合う価値はあった
「はは・・・・ざまあみろ」
思わず、声に出た
それくらい、嬉しかった
だが、所詮そんなものは一時の夢、儚く消える幻想に過ぎなかった
体が、不自然に浮いた
「御満悦ね、褒めてあげる、私を焦らせた人間はあなたが初めてよ」
首を掴まれ、持ち上げられていた
私のほうが背が高いはずなのに、足は地面から離れている
あまり力を入れてないのか、あまり苦しくは無かった少なくとも、呼吸する分には支障は無い、少し痛いけど
『アレ』の顔は、先程よりも興味の度合いを増していた
暇潰しの道具から、玩具くらいには格が上がったらしい
投げ飛ばされた
起き上がる私をみて、さぞ楽しそうに言ってくる
「さあ、まだ終わりじゃないでしょう?早く来なさい」
完全に舐めている
今回はちゃんと腹を立てられた
「こんのぉ・・・・!!」
時を止め、今度は違う角度から切りかかる
吹き飛ばされた
何度も角度を変えて切りかかった
左右と言わず、上下といわず、何度も切りかかり、吹き飛ばされた
「っ、まだまだ・・・あれ・・・?」
そして、限界が訪れた
立てない、足が言う事を聞かない
そして、やっと気付いた。足の感覚が麻痺していることに
足だけではない、体全体そうだった、何度も殴られ、地面に叩きつけられていれば、当然だ
体が殆ど動かない、辛うじて右腕から先の部分が動く程度だった、握られたナイフは勿論離していない
仰向けの格好で、全く動けなくなった
足音がする
『アレ』が近づいてきた
倒れている私の前で、止まった
「中々に面白かったわ、あなたの能力、時間を止められるなんて、人間にしては上出来よ」
声が出なかった
何も言ってないのに能力が見破られたのは初めてだった
気付かれるはずが無いと思っていた、端から見ればあれは瞬間移動のように見えるはずだった
「不思議そうな顔ね、簡単よ、仮にあなたの能力が超高速移動だったとしたら、あなたのその下手な動きでは速度に振り回される、転移だとしたら、頑丈なあなたの事だもの、吹っ飛ばされてる最中に転移して切りかかるくらいのことはするはずよ」
御託はどうでも良かった、バレたと言う驚きだけでいっぱいだった
「だからあなたは、一人でこんなところにいるのね」
何を言ってるんだろう、何の話をしているんだろう
「外の人間は狭いものねぇ、その能力のせいでどれくらいつらい思いをしたのかしら」
外の人間、つらい思い
過去の記憶が、頭を駆け巡る
どれもこれも嫌な思い出
「あなたにとって、他人は敵でしかなかった、一人でいるときが一番好ましかった、そうでしょう?」
他人といるのは嫌だった、いつでも、一人でいたかった
他人は、私を苛める、私を疎う
それなら、ずっと一人でいたかった
誰にも、触れられたくなかった
無意識に、頷いていた
「なら、あなたのその力はあなたにとって好都合ね、その願いを叶えてくれるんだもの」
願いを叶える?あの、忌まわしい能力が?
「時間を止めていれば、ずっとあなたは一人でいれるものね」
確かに、そうだった
時間を止めている間は、誰も、何も動かない、私だけの世界だった
「誰もあなたを苛めない、誰もあなたを疎まない、誰もあなたが分からない、誰もあなたを見ない、誰もあなたを感じない、常に一人、ずっと一人、死ぬまで独り、あなたしかいない、あなただけしかいない、あなた以外の全てが死んでいるのと同じ、あなたの望む永遠の孤独の世界・・・・あなたの能力は、それを叶えてくれる」
「永遠の・・・・孤独・・・・・」
その言葉が、何故かとても苦しかった
一人でいたいはずなのに
誰にも触れてほしくないはずなのに
その言葉を聞くと、何故か心が痛くなる
「一人でいたいんでしょう、触れてほしくないんでしょう?なら、行き着く先は結局そこよ」
たしかにそうだ、全ての他人を拒み、ずっと一人で生きるのなら、当然のこと
ならこれはなんなんだろう
このもやもやとした、不思議な気持ちはなんなのだろう
この、頬を流れるものは、なんなのだろう
「そして誰とも関わらず、たった独りで生きて、そしてたった独りで、誰にも知られずに、死んでいくのね」
死んでいく
誰にも知られずに、たった独りで・・・・
たった・・・・独りで・・・・
流れるものの勢いは、さらに増している
前が歪んで、よく見えない
「ぐす・・・っく・・・えぐ・・・」
なんだろう、この声は
「誰もあなたの死に気付かない、誰も弔ってはくれない」
「ひっ・・・・っくぅ・・・っ・・はふ・・」
いやだ・・・・
「誰もあなたを覚えていない、あなたなんて、初めからいなかった」
「ぇぅ・・・は・・・ひぅ・・・」
そんなのは、いやだ・・・・
「そう言う生き方、そう言う結末、あなたの望みでしょう?」
「・・・・ち・・・がう・・・」
そんな事、望んでいない
「違う?どこが?あなたの生き方は、そう言うものでしょう?」
「・・・・ちがう・・・ちがう・・・ちがう・・・・」
「何が違うの?どう違うの?」
「そんなの・・・いや・・・そんなのは・・・いやなの・・・いやぁ・・・・・」
止まらない
もう歯止めが利かない
もう抑えられない
限界が、近い
「そう・・・・何が、いやなの?」
「いやぁ・・・・独りはいやぁ・・・独りで死ぬのは・・・いやぁ・・・・ずっと・・・独りは・・・・いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
壊れた
ずっと閉じ込めてきた感情が、爆発した
本当に、止まらない
尽きることなど知らぬとばかりに、頬を伝うものが勢い良く流れる
今更、これが涙だと気付いた
上半身が持ち上げられ、間の前が、暗くなる
暖かい
要は、抱きしめられている
『アレ』に、抱きしめられている
動く右腕で、精一杯しがみついた
先程までの威圧感はどこにも無い
とても優しく、穏やかで
まるで、母親のようだった・・・・
「独りは嫌・・・・そう言ったわよね」
ひとしきり泣いた後、『アレ』はそう言ってきた
声も無く、頷いた
さぞ情けない声しか出せなかったろうから
「なら、私と一緒に来なさい」
「・・・・え?」
突然のことに、思わず声が出た
意外と、しっかり発音できていた
「私があなたと一緒にいてあげる、そうすれば、独りじゃないでしょう?」
一瞬頭が混乱する
だが、答えはすぐに決まった
結局誰でも良かったんだろう、私にとっては
それがたまたまこいつだっただけの話だ
私は、すぐに頷いた
「よろしい、ならあなたは、そうね・・・・・十六夜・・十六夜咲夜と名乗りなさい、今までのあなたとは、これでお別れ、良い?」
完全な過去との決別
臆病だった自分、殺されるのを望んでいた、愚かな自分
今思えば、自分で死ぬ勇気が無かっただけでなく、独りで死ぬのが嫌だから、自殺を拒んだのかもしれない
そんな嫌な自分は、捨て去ってしまったほうが良い
私は、何のためらいも無く、頷いた
「それから、あなたは私の従者をやってもらうわ、私のことはお嬢様と呼ぶこと、良い?」
頷く
別にどうでも良かった
従者だろうがなんだろうが、構わなかった
「よろしい、なら、自己紹介と行きましょうか、私はレミリア・スカーレット、よろしくね」
「私は、十六夜咲夜と申します、以後、よろしくお願いします、お嬢様」
『アレ』・・・・お嬢様は、満足したように、こう言った
「よろしい」
「今だから言うけれど、あの時は、あなたよりも時間を止める能力の方が欲しかったのよ」
不意に、お嬢様が言い出した
「別にあなたでなくても良かった、その能力さえあればね」
普通ならば、やはり頭に来ただろう
だが、お嬢様のその、申し訳なさそうな顔を見れば、そんな気持ちは飛んで行った
「許してくれる?」
そんな事、答えは決まっている
「ええ、勿論ですよ、お嬢様」
そんな事は、最早些細なこと
今、お嬢様は私を大切にして下さっている
それだけで、十分
そんな昔のことは、もうどうでも良い
でも、あの時、言ってなかった言葉がある
ちょうど良いから、言ってしまおう
「お嬢様」
「なぁに?」
「ありがとうございました」
「・・・・・・ふん」
そのときのお嬢様の顔が赤かったのは、きっと目の錯覚ではなかったはずだ
素材の生かしかたをもっと意識すれば良い作品になると思います。