「あぢー、溶けるー」
「ちょっと、私のアイスまで食べないでよチルノ」
紅魔館をぐるりと囲む、通称『紅魔湖』
ギンギンと照りつける太陽の下、湖の畔で二匹の妖精が暑さと戦っていた。
「全くなんだってんのこの暑さは。まだ夏には早いのに」
「ジメジメしてる上にギラギラ照りつける日差し。参ったわ」
チルノがぼやくのも無理はない。今日の温度は7月のような高温なのだ。
おまけに昨日の大雨で多湿。ムシムシムラムラ不快指数は100%オーバー間違いなし。
山ほど買ってきたアイスキャンディーもすでに溶けてしまい、暑さを凌ぐ手段はとうの昔に潰えてしまった。
冬型の妖精チルノにとっては死活問題。高温は死に繋がりかねない危険なものなのだ。
「ほら私が言った通りじゃない。アイスの纏め買いは危険だって」
「だいよーせー、それをもっと早く言って欲しかったな」
「香霖堂に行くまでに4回は話したじゃないの!」
キレる大妖精。チルノのおばかっぷりは今に始まったことではないが、暑さのせいで誰もがイライラしている。
大妖精は全季節対応型の妖精なのでチルノほど暑さに弱いわけではないのだが、それでもこの異常な暑さに参っていた。
「まぁまぁ、こんな時は私のぱーふぇくとふりーずで特大アイスキャンディーを作り出せばいいのさ」
「……やってみなさい。期待はしていないわ」
チルノは渾身の力を込め、その右手に冷気を集める。
溶けてしまったアイスの替わりに自分でアイスを作る気なのだろう。
――チルノの力じゃカエルが凍るかどうか分からない程度の能力ね。とてもじゃないけどアイスなんて作れない。
大妖精はぺろぺろとアイスの棒を舐めながら冷静に分析していた。
案の定、チルノの試みは失敗に終わる。
……あまりの暑さにスペル自体が発動しなかったのだから。
「だめだめだめ、そんなヘッポコ魔力じゃ全然アイスなんてできないよ!」
「あたいじゃ魔力が足りませんから、ざんねん!」
「自分で言うな……魔力が足りない?」
大妖精はふと思った。それなら魔力が高ければ涼しくさせられるのでは?
すごい魔力の持ち主ならこの暑い空気を一気に吹き飛ばせるのかもしれない。
黒白魔法少女、紫もやし魔法少女、人形使いの魔法少女。
一応大妖精にも心当たりはあったが、敢えてチルノに聞いてみた。
「ねぇチルノ。この辺でとんでもない魔力を持った魔法使いとかを知らない?」
「魔法使い……あー、そういえばひきこもりな魔法少女なら居たね」
チルノも役に立つ時があるんだ。大妖精はこのとき初めてチルノに対し感心していた。
「よしっ、行き先は魔法の森? それとも図書館?」
「魔法少女って言ったらアイツに決まってんじゃない」
ξ・∀・)ξ・∀・)ξ・∀・)ξ・∀・)ξ・∀・)ξ・∀・)
「へぇ~。アイスキャンディーを作る魔法かぁ、面白そうだね!」
「でしょ? アンタなら絶対出来るって!」
(たしかに魔法少女だけど……コイツかよ!)
心の中でツッコむ大妖精を余所に、チルノはフランに対してアイスの間違った作り方を教えている。
「なるほどー、さっそくやってみよう!」
「OKそれでこそ我が弟子。思う存分アイスを作るがいいさー」
「程ほどにね。人が死なない程度に……」
フランは魔力を高め、右手に冷気を集める。
――ちょっと待って、アイス作るだけだよね?
その魔力たるや黒白や紫の比ではない。桁が違うとはこのことか。
先程までのムシムシジメジメしていた空気が一変。空気が一気に冷却されて霧が発生する。
「ちょっとチルノ、寒いんですけど……」
「なに言ってんだよだいよーせー。まだ暑いよ」
大妖精は持っていた温度計をチラと見る。現在温度5℃。
もうアイスなんて必要なくなっていた。
「うんうん、飲み込みが早いな」
「あひゃっ、冷たくて気持ちいい~」
「いや……冷たいどころか痛いんですけど……」
氷を肌に当て続けると、冷たいのを通り越して痛くなる――
今の大妖精はまさにその状態に陥っている。
既に温度計は0℃を下回り、普通の妖精である大妖精には厳しい寒さになっていた。
間断なく吹き付ける吹雪。魔力を高めるだけでそんなものを発動させるフランはやはり恐ろしい……
大妖精は自分がアイスになる場面を想像し、背筋が凍った。
「ねぇ、そろそろ魔法使っていい?」
「まだだ、まだアイスには程御遠いぞ弟子!」
「ちょっと待て! それ以上頑張らんでいい!」
ガタガタ震える大妖精を余所に、魔力を高め続けるフランとそれをけしかけるチルノ。
温度計は既に-20℃を指していた。すでに大気中の水分は凍り、氷粒になってしまっている。
忍び寄る死、逃れられない運命。そういった言葉が大妖精の脳裏をよぎる。
「やっぱやめようチルノ。もう十分涼んだよ!」
「よしいいぞ弟子! いまこそ魔力を解き放つのだー!!」
「パーフェクトフリーズ!!」
フランはその手に集めた冷気を一気に開放し、周囲に大寒波を発生させる。
もはや彼女は吸血鬼などという生易しいものではない。災害だ、自然災害そのものになっていた。
「このおバカ! 人の話を聞……」
「おっけい! 作戦大成こぉぉぉぉぉーーーーー……」
「師匠、これでよかった……って、どこいったの?」
大妖精とチルノは吹き飛ばされ、温度計もあまりの低温に弾けてしまった。
その直後、紅魔館が超特大アイスキャンディーへと姿を変える。
数多くの儚い命を巻き込んで……
ξ・∀・)ξ・∀・)ξ・∀・)ξ・∀・)ξ・∀・)ξ・∀・)
「……やっぱり夏は暑いのに限るねだいよーせー」
「……そ、そうだねチルノ」
命からがら紅魔館を脱出し、雪見大福を食べながら夕日に向かって黄昏るチルノ。
毛布にうずくまっているものの、ガタガタと震えが止まらない大妖精。
「そそそんなことよりもももも、さささ寒くて寒くて死にそうなんですけどどど」
「まったくだいよーせーは弱いなぁ。こんなに暑いのに風邪引くなんて」
誰のせいで風邪引いたと思ってるんだ。
大妖精が怒鳴りかけたその時、チルノは次なる野望を大妖精に明かす。
「今夜は満月だし、この溶けたアイスの歴史を戻してもらって月見アイスを戴こうじゃないか!」
チルノの両手には、溶けてなくなったアイスキャンディーの棒がしっかりと握り締められていたのだった。
「もうアイスはカンベンして!」
何はともあれ、大妖精頑張れ
何この秘密道具の小賢しい扱い方だけには頭が回るの●太くんみたいな知能www