「邪魔をする」
軽やかな呼び鈴の音と共に、凛とした声が続く。
手元の小物から、視線をそちらに移す。
入ってきたのは、背の高い少女だった。
青と赤で太陽を象った帽子。青と銀の髪。そして奇妙な、無数の目のような切れ込みの入った藍色の服。
入ってきたのは、そんな少女だった。
加えていうならその特徴は、昨日来た店の常連から聞いたそれと全く同じである。その常連について多くは語らないが、客として来店して欲しいと切に願っている。
「いらっしゃい」
そう声をかける霖之助に彼女、上白沢慧音は軽く会釈した。頭上の帽子は小揺るぎもしない。
そのまま彼女は店内の物色をはじめた。
こちらから声をかける必要はなさそうだ。何かあれば、あちらから声をかけてくるだろう。
「店主殿、よろしいか?」
さして広くない店内を一通り見て回ってから、慧音は勘定台の彼に声をかけた。
「何をご所望でしょうか」
その声に霖之助は拡大鏡で子細に観察していた何か……どうやら懐中時計のようだ……を作業台の上に置き、返答する。
「照明用の油を捜しているのだが、あるだろうか」
「ああ、申し訳ない。余計な時間をとらせてしまったね。そういう実用品は、そこに陳列していないんだ」
「……文句をいうわけではないが、変わった経営方針だな」
彼の返事に、慧音は奇妙な表情になる。
「お恥ずかしい。何しろこの店の常連は客ではなく、略奪者なものでね。表には役に立たないものか、役には立つが僕には必要のない物しか置いていないんだ」
万が一にも売り物をだめにされると困るからね、などという店主の告白に、
「……心中お察しする」
と、彼女は気の毒げに頷いた。
「そんなわけだから、倉庫から持ってくる。少し待っていてくれ」
「承知した。代金はきちんと払うので安心されよ」
「ありがたい」
代金は払うという客の言葉に、ありがたいと返す店主。
店としてどうなのだろうかと裏へと回る彼の背を見送りつつ、そんなことを思う。
手持ちぶさたとなった慧音が、視線を飛ばす。
そういえば勘定台付近のものは見ていなかった。
ふと、彼女の視線が静止する。
慧音の目にとまったのは、一振りの剣だ。
他の品々と何ら変わらず、無造作に壁に立てかけられた剣。それに歩み寄り、取り上げる。
そして一瞬だけ躊躇してから鞘走らせた。
曇り一つ傷一つない、澄んだ白銀の刀身があらわとなる。
声もなく、彼女はただ穏やかにそれを見つめる。
「お待たせしたね……おや」
戻ってきた自分に気付かずに剣を見つめている少女に、正確にはそれに目を付けた少女に驚いたような声をあげた。
「それを手に取るとはお目が高い。それは……」
「草薙の剣、だな」
店主の言葉の中途を、慧音が受ける。
「失礼。他者のこれを見るのは初めてだったものでな。つい見入ってしまった」
剣を鞘に戻しつつ、彼女は言う。
「……妙なことを言うね」
手にした油袋を勘定台の上に置きつつ、霖之助は訝しげに眉をひそめた。
「その言い方だと、他にも草薙の剣があるように聞こえるが」
「その通り」
彼の疑念に、慧音は何でもないことのように頷いた。
呼称は何にせよ、と前置いて、
「三種の神器が一つの剣は、私も所有している」
「しかしそれは……」
もとあった場所にそれを立てかける彼女に、霖之助は言葉を続ける。
「それは本物だよ、間違いない。失礼だが貴女の剣は……」
はばかるように言う彼に、慧音は軽く手を翳した。
そのたおやかな指先に、一振りの剣が握られる。
先ほど彼女の戻した剣には、芸術と称しても何ら問題のない精緻な装飾が施されていた。
しかし今彼女が手にしたそれは、優美さなどかけらもない、無骨なただ剣としてある剣。
似ても似つかぬ二つの剣。
しかし。
「それは……」
声もなく、ただそれに視線が釘付けとなる。
本物だ。
彼女の掲げるその一振りは、彼の目にも真作と認められた。
しかし、もとよりここにあった壁際の剣が贋作かというとそうでもない。
彼女の剣を見てもなお、霖之助には同様に本物と映っていた。
双方共に、本物。
鑑定眼が狂ったか。
「三種の神器とは、力の形だ」
そんな猜疑にかられ、困惑している店主に慧音は語りかけた。
「剣にて拓き」
彼女の言葉に、剣が彼女の右手の先に浮かび上がる。
「鏡にて遷し」
左手の先に、鏡が浮かぶ。
「玉にて照らす」
彼女の首に、かかる玉。
「もって其が地を郷とせん」
一瞬の、淡い輝き。
その輝きと共に剣が、鏡が、玉が消える。
「慕う者達を護るためにふるわれる、力の形。三種の神器とは、そういうものだ」
だから、どれもが原型。真贋の区別など、ありはしない。
「さて、店主殿」
呆気にとられていた霖之助が我に返った。
立てかけられた剣を彼女は再び手に取り、
「先ほど、役には立つが店主殿には役に立たないものと言っておられたな」
勘定台に置く。
「これは、あるべきところにあるものだ」
つまりは、護るべきもののあるところに。
護るべきもの。
柄にもない言葉と共に脳裏に浮かんだのは。
どばん。
開け放たれた扉の剛毅な音に、彼の思考が霧散する。
「よう香霖相変わらず暇してるか? 潤い無き閑古鳥堂に満を持してわたしが登場だ。といっても昨日言ってたやつが来るだろうから、今日はあり得ないほどの華やかな一日になるかもなってもう来てるー!」
入ってくるなり滑りこけたのは白黒の魔法使い、霧雨魔理沙。
「邪魔をしている」
魔理沙の、淀みないというか忙しない挨拶へ返答したのは慧音だ。内心を見透かしたかのような彼女の登場に、一瞬言葉を詰まらせた霖之助から台詞を奪う。
「……別にここはわたしの家じゃないぜ」
立ち直った魔理沙が、頭をさすりながら言う。
「そうか、まだ違ったのか」
意味ありげに流し見る。
ただそれだけで頬にぱっと朱が散るのが、彼女の純情なところだ。
「なっ、あっ、まだって……か、勘違いするな、べ、別にわたしと香霖は」
「店主殿」
魔理沙の、言い訳というには首をひねらざるを得ない言葉を無視して、慧音は彼に言葉を向ける。
「まだ仕事が残っている。せっかくだがお茶のお誘いは、またの機会とさせてほしい」
「……は?」
話についていけず、間の抜けた声をあげる霖之助。
その隙に慧音は勘定台の油袋を手にとって、くるりと彼に背を向けた。
それとは逆に、魔理沙が霖之助に飛びつく。
「なんだ香霖どいうわけだ?! わたしには頼んでも煎れてくれないくせに、誰ともしれない初対面の相手を茶の席に誘うってのはどんな了見だ?!」
「落ち着け魔理沙、彼女は君が紹介した人物だし、そもそもそんな事実はな……って八卦炉は人に向けるなって言」
ばたん。
後ろ手に扉を閉じる。
今の彼は、彼女を護るどころの話ではあるまい。むしろ自分を護るべき状況といえるだろう。彼女を護らなければならないという事態が、もとより希ではあるだろうが。
そんな事態に仕向けた彼女はほくそ笑んだ。これでいつぞやの満月での一件の借りを返した。霖之助を巻き込んだことについては多少思うところもあるが、彼も多分おそらくきっと幸せであると思う。
喧騒どころか爆発音すら轟いているが、幸せだと思う。
更に言うなら、ああいうのを野放しにしないでほしいと思う。
耳を塞ぐ。もう聞こえない。
人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえ。
馬は彼女が兼ねている。じゃじゃがつくが。
勝手な感想を抱きつつ、彼女は飛ぶ。
護るべき者達の所へ。
否。それは彼らを見くびりすぎだ。彼らにも、剣がある。
彼らあっての自分。そして……自分あっての彼ら。
その程度の自負はある。
だから、と彼女は心中で言い直した。
彼女はかえる。
背中合わせる彼らの所へ。
今日も香霖堂の収益は零でありましたとさ。
……おや、まぁ。(この作品を読み込み中)
……むぅぅ。(読了+冷や汗)
すると慧音スレの868がSHOCK.Sさんな訳で。
特にレスが無かったのでちょっと拝借と思った自分が879な訳で。
……さぁどうしよう。完成させて出すか、完成させずに蔵に入れるか……
あとになってスレを見返してみたら、ああなっていたんですよね。
申し訳ないです。
でも是非お蔵入りさせずに完成させて送り出していただきたいと思いたく。
けれども、了解しました。寛大な処遇に感謝します。
数少ない半公式のカップリングですしね。