何時の頃からだろう。私が周囲との関わりを気にしなくなったのは。
何時の頃からだろう。私が他者と僅かな距離を置くようになったのは。
何時の頃からだろう。私が孤独を苦痛に感じなくなったのは。
『博麗神社の珍しく静かな一日』
昼下がりの博麗神社。境内の掃除を終えた霊夢は、神社の縁側でゆっくりと日本茶をすすっていた。今日に限っては珍しく、口やかましい黒白魔法使いも、紅魔館の吸血鬼とその従者も、その他諸々の人妖も、この日は博麗神社に来訪してきていない。
―――たまにはこんな日もあるか。
心の中で呟くと、飲み終わった日本茶の湯飲みを脇へ静かに置いて、空に目を移した。
雲一つない快晴である。蒼という蒼がそのまま空に投影され、その中に一点だけ、強く輝く太陽が煌いている。
そのような空から、飽きることなく霊夢は目を外さない。霊夢自身も何故、目を外せないのかは解らなかった。
ふと、思う。
―――何故、私は一人でも平気なのだろう?
少なくても、博麗神社の巫女を継いだ当初はそうではなかった筈だ。むしろ、全くの正反対だと言っても過言ではなかった。
家族以外の存在と親しくなりたくて、来る日も来る日も、霊夢は参拝客を待ち続けた。
雨が降ろうが、雪が降ろうが、突風が吹き荒ぼうが、霊夢のそういった行動は変わらなかった。
誰かと、親しくなりたい。当時の霊夢はそれだけを願っていた。
そして霊夢は、ある一人の少女と出会うことになる。
少女は里に住んでいる普通の人間であった。しかし、物心ついた時には既に父親が他界しており、唯一、少女にとって心の支えであった母親も、重い病に倒れていた、
何とか母親を助けようと少女は、出来る限りのことをした。しかし少女の行為も虚しく、母親の病は徐々に重くなっていった。少女に残された手段は、神に祈る事のみであった。
そんな事情で博麗神社に参拝に来た少女を、霊夢は何としてでも救ってやりたかった。
霊夢は少女へ博麗神社秘伝の薬と護符を渡し、
「お母さんの病気が治ったら、また来てね」
と、約束を交わした。
……その約束が、永久に果される事も知らず。
約束を交わしてから三ヶ月が経った頃、たまたま里へ来た霊夢は、少女の名を里の人間に尋ねてみた。里の人間は重い表情で、
「その子は先日、妖怪に襲われて―――」
その言葉が耳に届いた時、霊夢の心が、砕けた。
親しくなれると思っていたのに。また話が出来ると思っていたのに。何故? どうして?
それから里で何をしたのか、霊夢は覚えていない。
気が付くと、霊夢は博麗神社の自室にいた。
月明かりが襖を通して霊夢を照らす。霊夢の頬を、一筋の光が伝って落ちた。
少女との別れを経験した霊夢の周りには何時の間にか、数多くの人妖が集うようになっていた。
しかし、霊夢は交友関係を進んで深めようとしなかった。
怖いのだ。関係が深まれば深まるほど、失った時の哀しみを味わうのが。
霊夢は少女の事を今でも覚えている。だからこそ、他者と一定の距離を置くようになったと、彼女は思っている。
つまるところ、博麗 霊夢とは太陽のような存在ではないだろうか。
太陽は全ての生ある者に恩恵を与え、限りなき感謝をされる。
しかし、太陽に近付ける者はいない。太陽自身の生み出す莫大な高熱が、他者の接近を拒むからだ。
霊夢もそのような存在なのかもしれない。
人間、妖怪を問わずして平等に接し、それらから好意的な感情を受け取る。
だが、霊夢はそれを拒絶する。
その感情を受け取ってしまうと、自らの心が砂塵の城の脆さを持ってしまいそうだから。
昼下がり、博麗神社の珍しく静かな一日。巫女は一人、空を仰ぐ。
次も美味しい茶を出せるように精進したいと思います。緑茶か紅茶か珈琲か分かりませんが。
それと、この作品に点数を付けてくださった匿名の皆様にも、感謝の意を表します。