この物語は、
花咲き乱れる幻想の中、
世に知られることなく現れ消えた、
とある日の、
泡沫の馬鹿騒ぎである――――
――東方花宵塚――
影が飛ぶ。
花天井を一気に抜けると、遥かに眼下、広がる世界が見渡せた。
白、赤、黄色。緑、紫、ゆかりにあらず。
極彩ともいうべき花の世界。空は雲もなく、地上の華やかさを盛り立てるように青を広げていた。
気分も悪くなろうというものだ。
まさに春地獄だった。日傘を手離せば瞬く間に、この身体は花弁の嵐に消えるだろう。
その地上。
「どこに行っても花の香りが取れないわね」
「ほんとほんと」
花薫る大平原。
「材料にも肴にも困らなくていいわね」
「何のよ」
一面の春。
「ジャスミン茶……風のお茶」
一陣の風。
巻き上がる花弁。
その最中、飛び抜ける少女達。
そして、始まる。
咲くは弾幕、開くも弾幕。
弾幕の春。
「……ふぅん」
不機嫌を隠すでもなく、その影は姿を消した。
後に続く、炸裂音。
「ところで……ジャスミン茶って、何?」
竹林を歩く。天井は茂る薄闇、透かして見える太陽は、笹の葉まみれの地面を照らす。
春を遠くに感じる。森は、林は、湖は、はぐれものか何かに思えた。
枯れた緑。盛る緑。緑一面の世界を歩く。
そんな中、
「竹の花が……」
「珍しいでしょ?」
見慣れた風景に映る、僅かな変化。
「といっても、花は珍しくないけど」
「これだけ咲いてれば、今夜は竹の花ご飯ね」
手に取ってみる。
小さな花だった。
「私は筍ご飯のほうがいくばくか良いわ」
竹がしなる。笹が散る。
木々の切れ間、縫うように舞う少女達。
それを見つめる。
「……むー」
ちぇっと舌打ち、歩き出す。
傍らの竹が一本、燻されたように弾けた。
響く高い破音。そして遠く、それを掻き消す爆発が、竹を波とし林を巡る。
「珍しい食材の方が、何故美味しいのか判る?
それは人間は舌で味を感じるのではなく、脳で味を感じるからなのよ」
「あ」
少し前、ほんの少し前までは、ここは野原のはずだった。
夜の光に浮き出た地平の、その彼方まで続く一面を、丈の低い草が覆い、輝かす。
しかし、
「あ」
今。
「あんた」
空を染め上げようと挑むかのように、それは月まで包むかのように、
「お前は」
舞い、散り、揺れる、
花吹雪。
『誰だっけ』
春の中。
「まだ冬みたいね」
はらはらと、白くない雪が降りてくる。
「そうね。でも、この雪あったかいから、春ね」
ざあっ、と風が丘を抜ける。
花が、天へと昇っていく。それはあたかも幕のように、幻想を照らし、映す、花色の幕。
そこで初めて、ふたりはお互いの姿を見た。
「弾幕りますか?」
ぼわんとひとつ、赤羽が鳴く。
「弾幕ろうじゃない」
ばさりとひとつ、紅翼が打つ。
そして、
「不死『火の鳥」
「神罰『幼き」
絡み合う。
「-鳳翼天翔-』」
「デーモンロード』」
喰らい合う。
突如として空間が爆ぜた。
うなる圧倒的な破壊。
もがく絶対的な崩壊。
さけぶ超絶的な滅壊。
炎を越えた炎。
星を越えた星。
絡み合う。絡み合う、絡み合い、
突如として消えた。
「つまらないわ」
「つまらないか」
地を蕩かすマグマがあった。
夜を焦がすフレアがあった。
世界が奇妙に歪んで見えた。
世界が奇矯にのたうっていた。
ふたりは静かに笑っていた。
「ねぇ、面白いことを考えたわ」
「へえ、そりゃあ奇遇だ私もだ」
紅翼をなびかせ少女が、
赤羽をなびかせ少女が、
手を掲げ、手を伸ばし、
互いが互いを、握り拳で指し示す。
「あれでいきましょう」
「あいつらみたいにって?」
「そう。面倒だけど、楽で良いわ」
「矛盾してる気もするけどね」
「いいじゃない」
取り出す霊符は無色の無含。
「いいけどね」
こちらも無色の符を握る。
久方ぶりに、冷めた大地を風が巻いた。
その風に、わずかに混じる白くない雪。
突如として、花吹雪。
止む。
そこにはすでに花と花弁の海がある。
「不思議ね」
呼び水の声。ふわりふわりと、花の波間、羽根の化生が身を起こす。
「どうなってるのかしらね」
警鐘はなく、警戒もなく、はたまた警告もない。たちまちに、あたりを覆い尽くす羽根の化生。
地平が埋もれ、蠢く壁が作られる。
妖精の壁。
「じゃ、まあとりあえず」
「ええ、こいつらが相手」
刹那。
斉射。
風に拠らない、破壊の痕が花弁を散らす。
ふたりは消えた。
瞬間、
包囲の左右が決壊する。
「む」
「は」
壊した数だけ、落とした数だけ、互いが互いを薙ぐように、ふたりをそれぞれ包み込み、無数の弾が雨と嵐と降りそそぐ。
なるほど。
敵は脆弱な存在ではなく、あくまで離れたあの相手。
襲い、迫り、囲み、包み、ひたすらに来る弾はまさに弾幕。
その中最中、躊躇悔恨後悔憐憫、一切持たずに笑みすら浮かべ、荒み、勇み、遊み、飛び込み、
苦もなく抜けた。
「面白いわね、こりゃ」
「こういう不思議も悪くないわ」
同時に無色の符を握る。同時に包囲が光を放つ。同時に握った符を放つ。
「まあ」
「こんなものでしょ」
発光。
炸裂。
包囲が波打ち、孔を開ける。
無色の符をして庫となし、零から汲み入れ力を放つ。近頃の流行らしかった。
「もいっちょ」
「更に続けてっ」
ひときわ強く、
ひときわ閃く、
ひときは眩く、
「あでっ」
「痛っ」
時折はたかれ、
「こンの、」
「喰らえっ」
応酬し、
交錯し、
混在し、
「そこだぁ!」
「観え見え!」
終には果たし、
「あ、やべ」
「しまっ、」
空に舞う。
「っは、」
「あはは」
静かだった。どこまでも静か。少なくとも、この夜空の下だけは。
「ねえ、昼間なにしてるの?」
「物見」
静寂が幾度目かの風に消え、さざなみが雪を散らし、葉を揺らし、頬をくすぐる。
「そっちこそ、なにをしてる?」
「見物」
月が天頂に差し掛かる。大地は大きく雄々しく見えて、視界の端を輪状に囲み、光っている。
「どっちも、たいして変わってないじゃない」
「どっちも、大いに暇してるってことでしょ」
花の丘にふたり、着かず離れず寝転ぶ。その上を星が飛ぶ。流れ星。
「アレ落とせる?」
「黒白じゃないのよ。流石に届かないわ」
視界を横切る軌跡、尾を引き、彼方へそっと消えていく。輪郭が消え、輝きが失せ、闇に溶け、
消える。
「さて、明日は何をしたものか」
「お前の好きにすればいいわ」
見飽きた。計らずも同時に身を起こす。
「じゃあ、明日も」
「ええ、ここで」
踵を返し背中を向ける。共に背中に火が燈る。
「私は藤原妹紅」
「私はレミリア・スカーレット」
紅翼。
赤羽。
「じゃ」
「それじゃあ」
そして消える。
夜はまだ宵の口で、後にはただの花と風が舞い、そして浮かんだ月と雲があり、白くもない雪が舞い、
その中最中、小さく積んだ、花の塚だけ照らされる。
この物語は、
花咲き乱れる幻想の中、
世に知られることなく現れ消えた、
とある日の、
泡沫の馬鹿騒ぎである――――
――東方花宵塚 了――
くれる事を期待しつつ夏を待ちましょう。