Coolier - 新生・東方創想話

自動人形

2005/06/12 04:34:52
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                    *この作品には若干のグロ表現が含まれます。ご注意下さい。





 その日、私が起動した(生まれた)日 
 起動して初めて目に映ったものは
 ビーカーやフラスコの並べられた古びたテーブルと
 自分が収められている液体の詰まったガラス瓶。

 
 そして

 私を見つめる、血走った目をした貧相な男。

 あぁ、これが……… 

 私の製作者(おとうさま)




 男は狂ったように叫ぶ。

「完璧だ、完全だ! 私は……私は成したぞ。過去誰にも生み出せなかったもの!
私が、あぁ私がこの手で造り上げたんだ。見るが良い! 貴様らの誰にも出来なかった
事を。貴様らが蔑んだ私が、貴様らが認めようとしなかったこの私がっ!」

 見苦しい、聞き苦しい

 男は虚空に向かって罵倒を続けている。その声は起動したばかりのこの私にとってすら
不快で、耳障りな雑音(ノイズ)として認識される。

 私は起動前に、粗方の情報注入は済まされている。現状の認識・言語・思考ルーチン・
歴史・記録・情緒。擬似脳の起動のため必要なだけの多種に渡る情報は既にこの身に刻まれ
ていた。

 そして私は認識している。
 自分が自動人形である事。
 この男に生み出された、自立稼動・自己判断・自己防衛を行う、錬金術史上初めてそれを
成した奇跡の産物なのだと。

 私の身体はまだ完成していない。外見こそは人の形を成しているが、まだ私には身体を稼動
させるためだけの筋力が足りない。身体中に蔓のように巻き付けられたコードから発せられる
電気信号によって、私の脳ではなく肉体に、稼動に必要な刺激を与えられている。
 時折ビクンと身体が跳ねる。この反応度合からいって稼動可能になるには、あと一時間は掛
かるだろう。


 確かに記録上では、私のような自動人形の存在を示したものもある。だがそれは全て詳細不
明、錬金術の秘本とされた魔道書(グリモワール)にも具体的な記述は残っていない。全ては
伝説、伝承、子供騙しの物語に僅かにその記録が残るのみ。

 それを現実のものとしたこの男、確かに天才なのだろう。

 私の情報野には、様々な本来必要のない情報、塵(ジャンク)も混じっていたが、その中に
この男自身の記録もあった。

 男には娘がいたらしい。事故で娘を亡くしたその日から、男は娘の形を模した人形の作成に
取りかかったようだ。禁忌と呼ばれた秘法を使い、錬金術士の組織内から追われ、この古びた
洋館で一人研究を続けた。細かい経緯は知らないし知る気もないが、どうやら私はその娘に似
せて造られたらしい。

 男は私の閉じ込めれているガラス瓶に顔を張り付けると、血走った目で私の顔をまじまじと
見つめる。男の目が私の顔の細部まで観察しているのが判る。目、眉、鼻、耳、唇、歯、舌、
顔の産毛に至るまで観察される。記憶の中の自分の娘とを照合しているのだろう。
 その結果に満足がいったのか、男はにんまりと口を三日月のように広げて哂う(わらう)。

 不愉快だ。私は自立した自動人形。私という意識が目覚めた時点で、私は私であり誰かの
代理品ではない。私は様々な情報を集積する事で偶発的に発生した独立した意識だ。確かに私
の肉体を生みだしたのはこの男の功績。だからといって、私がこの男の所有物であると認める
訳にはいかない。
 私は私のものだ。他の誰のものでもない。それが故の自立稼動。
 私のこの思考が、人間、いや生物としてのものなのか、それとも自動人形たる私独自のもの
なのか判断がつかない。だが私にとってはどちらだろうと関係ない事。

 今、確かに私は存在しているのだから

 私に与えられた情報は断片的なものに過ぎない。その断片的な情報を繋ぎ合わせ、脳内で演算、
推測する事で仮初の世界を得る。しかし、その情報はこの男の取捨選択による、偏って歪められ
た情報に過ぎない。与えられた情報にある多大な矛盾点、それが誤っている事は判っていても、
正しいカタチを知らぬ私にはその矛盾を正す事が出来ない。不思議なのは、私に与える情報を
もっと制限すれば、今、この男に対して抱く不快感も生まれなかっただろうという事。

 
 私がこの男を不快に思うのならば きっとこの男も自分自身が嫌いなのだろう……


 そう思うと、この男に哀れみすら感じる。

「もう少しだ。もう少しでお前の身体が完成する。そうすれば、そうすれば……」


 男は相変わらず血走った目で、ガラス瓶の中の私を見つめている。私も『製作者(ちちおや)』
である、この男の顔を見つめる。

 私はついっと右手を上げる。ガラス瓶に写る男の顔を、その輪郭を指でそっと辿る。

「おぉ、もう稼動出来るのか! 待て待て。もう少しだからな。もう少しだ。焦る事はないぞ」

 男は喜びに打ち震え、電気的刺激を調整するために傍らの機械へと駆け寄る。
男は私に背を向けたまま機械を弄ぶ。私への刺激がより一層強くなり、身体が跳ね出しそうになり、
指先の痙攣を意思の力で封じ込める。この苦痛を乗り越えて、初めて私は自立稼動が可能なのだ。

 全身を舐め回されるような不快さに必死で耐えながら……
 私は、起動前に脳内に収められたある情景(シーン)を画像再投影(思い出)していた……



「良し、良し良し良し……グラフ正常、心拍数若干高め……動けるのがそんなに喜ばしいか! 
魔力炉も順次起動、肉体の稼動率60%……リハビリを徐々に行うとして……これで自立稼動が可能だ。
独力で稼動し、己の意思と思考を持って判断、己の身を己の力で防衛。完璧だ……私はヒトの身でありな
がら、神と同じくこの手でヒトを生み出したのだっ! 怖れよ、神めっ! 我が娘を奪い去った傲慢な行
い……私は己の力で、再び娘を貴様の元から奪い返してやったぞ!」

 男は狂った哂い(わらい)を上げながら、狂った思考を撒き散らす。
 私はそんな戯言を聞き流しながら、自分の身体が自分のモノになる事に若干の興奮を覚えた。

「神め神め神めっ! 貴様の元になどに娘はやらん。娘は私のものだ、この私のものだっ! 存在理由も
存在意義も、全ての所有権はこの私にある! 全て全て全て全て全て全て全てっ!!!」


 男はこちらを振り返る。その瞳には、凄まじいまでの狂気と

 ほんの少しだけの―――


 男は私のもとへ、私の入れられたガラス瓶の前へ跪いて呟く。

 願うように、祈るように、請うように

「『アルエ』……私の娘よ……私はお前のために、私の全てを捧げよう……禁忌に触れ、神に抗い、世界
の全てを敵にしても私はお前を愛す。 だから、だから……お前も、この私を……愛してくれ……」


 『アルエ』

 それが私の名前。今は亡き娘の名前。

「『アルエ』……お前のためならば何でもしよう。だから昔のように私に微笑んでくれ。昔のように私を
抱きしめてくれ。昔のように私を呼んでくれ……」

 私の身体はまだ微妙な動作が出来ない。まだ表情を変える事も、声を出す事も出来ない。ただ 目の前
に涙を流して蹲る男の姿を見つめる事しか出来なかった。


 時が過ぎる


 私は、私の身体の調整が終了したアラーム音を聞きながら、あの情景(シーン)をリピートしていた……






 男がガラス瓶の前に立ち、何らか操作を行うと、ゆっくりとガラス瓶の中の培養液が何処かに排出される。
 そして、排出が完了し、ゆっくり、ゆっくりとガラス瓶の器が開かれていった……

 私は、生まれて初めて感じる外気に身を震わせる。


「おぉ……『アルエ』よ……私だ、父だ。あの頃のように……また『おとうさま』と呼んでおくれ……」

 男は涙を流しながら私を抱きしめる。ゆっくりと、優しく、壊れやすい大切なものを慈しむように……

 私はそっと息を吐く。自分の喉が発声可能な事を確かめる。

 そして―――

 ゆっくりと―――

 生まれて初めての言葉を―――





 



「……触らないで。汚らわしい」





 男に告げた。




 「……『アルエ』?」

 男は私の身体を抱きしめたまま、その動きを止める。大きく見開いた目で私の顔を見つめる。

「触らないで、と言ってるのよ。放しなさい」

 男は弾かれたように私の身体から手を放す。それはただの反射行動。私の言葉を理解しているように
思えない。
 男は呆然として口をパクパクさせながら、私の言葉を咀嚼している……私は、ただ冷たい、人形の瞳
で男の顔を、自分の製作者(ちちおや)の顔を見ている……

「な、何を言ってるんだ『アルエ』 私だ! 私が解らないのか、お前の父親であるこの私がっ!」

 男は醜く喚き散らす

 私は答えない
 私は動かない

 男は私をその狂気の浮かんだ瞳で見つめ、私は感情のない瞳で男を見つめる。



 そして、無音の時間が過ぎ去った後に……



「そうか……また……失敗か……」



 男は狂気すらもない、感情の全てを失った声で呟いた。

「完璧だと思ったが、まだ届かないか……外見だけは完璧だというのに……未だ『アルエ』には……
至らない……」

 男はテーブルに立て掛けてあった樫の木の杖を手に取る。

「まだ至らない。だが……私は諦めない……いつか、いつの日か、必ずお前の笑顔を取り戻す!
そうだ、そのためならばどのような事も厭わない! 私は……私は諦めないっ!」

 男の顔が再び狂気に染まる。
 口から泡を飛ばし、頭を掻き毟りながら、次なるアプローチについて模索し始める。

 私は表情も変えず、そんな男の有様を見ていた。

「そうだ! 今回は失敗だったが外見だけは完璧なのだっ! 今回の素体を元に次なるアプローチを」

 男が私を振り返る。樫の杖をその手に持って。

「この失敗作が……『アルエ』の声であんな事を言いおって……そんな目で私を見るなんて……
この失敗作がぁっ!」

 男が私に向かって樫の杖を振るう
 その力には一切の躊躇いも躊躇も込められていない
 硬い樫の杖は、人間の頭蓋如き容易く叩き割るだろう


 ごんっと鈍い音が地下室に響く
 真っ赤な鮮血が、薄汚れた壁に赤い絵画を描き出す
 
 



 頭から血を流し倒れ付したのは―――




 男の方だった



「な、なぁーっ!」

 男は自分の状況が理解できない。頭からドクドクと血を流し、赤く染まった己の手を見つめる。

 私は男の振りかざした樫の杖を左手で受け止めると、流れるような動作で男から杖を奪い、男の頭
に杖を力一杯叩き付けたのだ。

 この男、本当に頭が悪い。私に自己防衛の力を与えたのは自分なのに。

「き、貴様、よくも……こ、この私に……製作者であるこの私にっ!」

 男は怯えながらも怒りの表情を顕わにする。先の一撃で立ち上がる事が出来ないのか、座り込んだ
ままで私を睨みつける。

 私の脳内にある情景(シーン)がリピートされる。

 私が生み出される前にも、試作として幾体もの自動人形が生み出されていた。
 面識もなく言葉を交わした事もないが、いわばそれは私の姉達。
 私が起動した(めざめた)のは先程の事、だが起動前にも視覚、聴覚等の感覚器は試験的に作動して
いたが、感覚器を通して私の脳内に残された記憶(メモリー)は、私の脳内にこびり付いたものは……


 泣き叫び許しを請いながらも……殴打され、切り刻まれ、解体されていく姉達と
 
 醜く喚きながら、それを行う男の姿だった。


 私は樫の杖を手に持ち、ゆっくりと男に近づいていく

「ひ、ひぃ!」

 男は奇声を発しながら、這いつくばって私から逃げ出そうとする。

 あの時、あのガラスの器の中で……壊されていく姉達の姿をみても、起動していない私には何も思う
事すら出来なかった。それでもその情景(シーン)は私の記憶の中の一番深い……ドス黒い部分にべっ
たりとこびりついている。

 私の中の黒い感情―――

 これが『憎悪』

 私の中に、初めて生まれた感情

 私の中の、最初の衝動



 
 男は地下室の壁に突き当たり、怯えた目で私を見つめる。

 私は、その姿を感情のない瞳で見つめながら

 男が姉達に行った行為を






 正確に、模倣(トレース)した―――










 私は血に染まり、中ほどで折れてしまった樫の杖を放り捨てる。
 足元にはもう動かない肉塊が転がっているだけ。もはや一顧だにしない。

 私は地下室から出て、初めて見る館の中を散策する。階段の途中に大きな姿見があり、私は初めて
自分の姿を見た。

 鏡に写っているのは10代の女の子。
 金色の緩やかにウェーブの懸かった腰まで届く長い髪。間接の継ぎ目もない裸身。確かに外見では
自分が人形であるとは解らないだろう。
 膨らみかけの乳房に愛らしい顔。子供っぽい外見は気に入らないが、まぁ可愛らしいとは言えるだ
ろう。私は自分の容姿に満足した。

 ふと見ると、髪の先に赤い血がこびりついている。洗っても落ちるかどうか……

「そうだ」

 私は思い立って、男の自室と思われる部屋に入り机を漁る。しばらくガサゴソやっていると、目当
ての物を探し出した。
 先程の大きな姿見の前まで戻り、部屋から持ち出した銀色の鋏を手に取る。

 そして……長い金色の髪を掴むと、一気に切り落した。

 切り落された金の髪は、金色の綿毛のようにはらり、はらりと床に広がっていく。
 髪が軽くなった分、心も軽くなったような気がした。

 髪を切った自分の姿を眺める。うん、割と似合うじゃない。

 次は服だ。このままの格好では外にも出られやしない。手当たり次第に扉を開けていく。


 そして……その部屋に辿りついた。

 その部屋には、小さなベッド、小さな机、本棚には子供向けの絵本や小説が並んでいる。
 ベッドの横の写真立てを覗いてみると、私と同じ顔をした少女の笑顔と、優しげな目をした男の
柔らかな微笑が残されていた。

「『アルエ』……か」

 それは少女の名前、そして自分の名前。どちらも今は存在しない過去の名前……

「私は『アルエ』じゃない。じゃあ、私は一体誰だろう?」

 その時、本棚の本の一冊が目に入る。ルイス・キャロルの『不思議な国のアリス』

「そうね……『アリス』、『アルエ』とあの男の姓だけは残して『アリス・マーガトロイド』これに
しよう」

 私は自分で決めたその名前の響きを確かめる。うん、良い名前だ。

 衣装ケースから自分好みの服を、アクセサリの中から赤いカチューシャを選び出し、その身に纏う。
 そのまま振り返らずに、館の外へと足を向けた。




 その館は山の頂の切り立った崖の上に建っていた。

 眼下には、山と 森と 湖が、パノラマのように広がっている。
 山の麓には人の集落があるのか、薄く煙が立ち昇っているのが見えた。

 時刻は夕刻。夕日が私の顔を赤く照らし、長い一日の終わりを私に告げる。


 山も、森も、湖も……人の営みすらも夕闇に染まる。
 その情景に心奪われる。

 夕日が沈み、夜の帳が降りるまで、私は『世界』を一人で眺めていた。

 心の中に湧き起こる新しい感覚

 胸の中が暖かくなるような
 胸の奥を締め付けられるような
 
 そんな感情

 『美しい』と思う感情を、私は手に入れた……




 夜の帳の中、緩やかな風が私の頬をくすぐる。


 私はその風に身を任せながら

 眼下に広がる広大な世界を眺めながら……

 「さて、何処へ行こうかしらね」

 と、口元に笑みを浮かべて呟いた。


  

                              終
 こんにちは 床間たろひです。

 先に謝ります。私は紅魔郷以前の東方シリーズをプレイした事がありません。妖々夢でアリスを初めて
見たのです。そのため今回のSSは、過去の設定等と比べると完全に自分勝手な妄想に過ぎません。

 アリスって何の妖怪なんだろ? ただこの疑問から生み出された妄想です。

 そのため、アリス好きの方々は不快に思われるかもしれません。

 この後、アリスが旅をして、今のアリス(と、作者が思っている)になるまでの話も漠然と考えてはいる
のですが……
 
 それでは、ご意見、ご感想お待ちしております。宜しくお願い致します。

PS.ラストの崖のシーンで、

   『……ネットは 広大だわ……』

   と入れようとしたのは、ここだけの秘密ですよ?

 
床間たろひ
[email protected]
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コメント



0.1690簡易評価
15.無評価無為削除
えーと、設定等を無視すれば面白い話ではあると思います。
ここのリンク集から幻想郷非公式ワールドガイド(仮)を見た方が良いと思います。
25.80とらねこ削除
 こういう起源もありだと思います、自分には、こういうダークな物語は読むのは割りと好きでも書くのは苦手なので見習いたいです。
 >『……ネットは 広大だわ……』
 最後のくだりを読んでこのアニメを思い出しました。
27.40名前が無い程度の能力削除
別に紅魔郷以前の設定は別にいいんじゃないんですか?
無かったことになってるみたいですし

それよりも、この話は面白かったです。次もがんばってください
43.80名前が無い程度の能力削除
ハードなアリスも良いですね。


旧作のアリスと新作のアリスは同一人物らしいです。
でも、あんまり気にしなくても良いらしいです。

因みに、「紅魔郷以前の設定」は紅魔郷の設定も含みますのでご注意を。
とは言ってもそれに代わる、良い言葉が思い浮かばないですね^^;
51.50相剋削除
ダークものは結構好きなので面白かったです


ちなみにアリスは魔界人なので妖怪ではありません