産まれた時から強い者など、この世には存在しない。
ソレが知性を持つ者なら直の事である。
博麗の巫女も、普通の魔法使いも、瀟洒な従者も、半人半霊も。
更に言うなら紅き悪魔も、亡霊の姫も、その親友のすきま妖怪も。
強力な力を持った者でも、幼い頃は弱者・無力・非力。
これは、今では強者の一人である、永遠に紅い幼き月の昔の話……
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「さらばだレミリア…… 私は行かねばならない。
今日からお前が紅魔館の主だ」
それが私、レミリア・スカーレットが聞いた父・クライブ・スカーレットの最後の言葉だった。
父は吸血鬼という種族でありながら、“吸血鬼らしくない吸血鬼”であった。
基本的に吸血鬼という種族は自己中心的。
その中で父は他人の事を優先する人物であり、畏怖や力で相手を従えず、その気高くも親しみやすい心で多くの妖怪や人間を紅魔館へと惹きつけた。
そんな父を、今は亡き母・ソフィア・スカーレットは尊敬していたみたいだし、その反面とても嫌っていた。
でも、誰より父を愛していたのを私は知っている……
私も父は好きだ。でも、私も母の様な吸血鬼らしい吸血鬼だという事も解かっている。
「何故ですか、お父様!!
人間……。 しかも、幻想郷とは何も関係無い遠き故郷の者達の為に、お父様が命を捨てるなど……」
「だからだよ。
いいかいレミリア?私達が無事にこの幻想郷に来れたのも、全ては私達を信じ、その命を投げ打ってでも私達を逃がしてくれた同胞と人間達のお陰なのだ。
だがその性で、今その者達が私の身代わりに死の淵に居る。
……かつてその者達の上に居た者として、やはり私は外の世界に戻らなければならない。」
「ですが、私はまだお父様の足下にも及ばない未熟者です。
それに…… 正直、何の力も持たない私が妹のフランを止められるとは思いません」
フラン……
私の可愛い妹。
そして、私が最も恐れている存在。
フランは無邪気に全てを破壊する。
“ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”を持っている。
以前暴走した時、フランはお母様を壊した。
吸血鬼の強力な再生力を破壊し、冷静な思考力を破壊し、実の母親の体を塵一つ残さず破壊しつくした。
それに比べ私は、吸血鬼の身体能力と魔力しか持たない存在。
お父様やフランのように、“自分だけ”の能力を持っていない。
「……いいや、私はそうは思わない。
お前もいつかきっと、自分だけの能力が目覚める時が来る筈だ。
それを見れないのが心名残ではあるがね……」
「お父様!!」
「フランを頼むぞ、レミリア・スカーレット。
この紅魔館の新しき主よ!
おまえ達の無事をずっと願っているからな」
紅魔館の門が閉じる。
今この時をもって紅魔館の全権限は、私の物になった。
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月。
頭上には、目が痛くなるように巨大な満月が浮かんでいる。
その中を私は駆ける。
目指す場所は、海の様に巨大な湖の中央。
幻想郷の住民も決して近づかない、異端の紅魔が住む館……
紅魔館
名高い紅魔は、私に何を見せてくれるのだろう?
………考えるな。
そんな事は考えなくていい。
例えどのような人物でも、私がやる事に変わりは無いのだから……
さぁ、紅い悪魔に会いに行こう……
一人の少女が夜空を駆け抜ける。
薄汚れた布で隠した身体。
うっすらと見える瞳は、剛き光と濁った輝きを放っていた……
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レミリアが紅魔館の新たな主となって、数日過ぎた。
といっても、特別何か変わる事も無かった。
元々メイド達は館を空けがちなクライブより、レミリアの命令(八割わがまま)ばかりに付き合わされていた為である。
が……
「そ、それはどういう意味ですか。レミリア様?」
一人のメイドがレミリアに進言する。
勿論、そのメイドとはこの紅魔館のメイド長である。
「どういうって、言葉通りよ?
紅魔館の全住民は二~三日の間、この館から出ていってもらうわ」
それは、あまりにも突然な宣告。
わがままを言うのが日常茶判事でも、ここまで突拍子の無い事を言ったのは初めてだ
当然理由を聞くが、それに対してレミリアはこう答えた。
「……自信が無いのよ。
この館を背負っていけるかどうか、ね。
お父様から譲り受けたこの館。やっぱり、今の私には広すぎるの……
貴方達を信頼してないわけじゃない。だから……」
そこでレミリアは言葉を一旦区切り、彼女をみつめて言った。
「だから、たった一人でこの館に残って感じたい。
お父様の大きさを、生き様を感じたいの。
……おかしいかしら?」
「………お嬢様」
「ん?
何かしら?」
「おじょぉぉぉぉぉぉぉおさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
私、感服いたしましたわ!!!!」
「うひゃぁ!?」
突如、うつむいていた顔を上げ、レミリアに向かって飛び掛ってくる。
レミリアは『こんな性格だったか?コイツは……』と心の中で思い、ガゼルパンチのモーションでメイド長の顎を跳ね上げる。
「アウチッ!」
カウンター気味に入ったレミリアの拳が、血で染まる……
勿論、メイド長の鼻血である
「うっわ、汚い……」
「お嬢様~ 酷いです~…(泣)」
ハンカチを取り出して手と鼻を抑える二人。
メイド長という肩書きだが、彼女はレミリアの実力に一番近く、この程度で死ぬほど軟ではない。
「と、兎も角。二~三日この館に立ち入り禁止よ!
これはもう決定事項なんだから!!」
メイド長を退室させ、ふぅっと一息つくと自室にあるイスに腰掛けて目を瞑る。
「……何故かしら。
この数日で何かが変わる……
そんな気がする」
彼女が持ってきた紅茶を口に含み、そう呟いた。
今は黄昏時。
もうすぐ彼女の時間がやって来ようとしている。
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夜。
急遽メイド長から、レミリアの命令を聞いた各部門の人妖達は、
すぐさま数日分の衣類を整え、紅魔館から一時的に離れていった。
「あ~あ……
休みって言えばそれで済むけど、私達は何してよっかな~」
役職上、最後まで館に残っていた警備部の少女たち。
その職質から、館から外に出ると言う事もあまり無く、これから約3日間の時間の潰し方を思案していた。
「いいですよね~ 他の人達は。
私達なんか暇で暇で…… はぁ、どうしましょうか?」
「これを機に、里に遊びに行くのも良いわね♪
警備部は余程の事が無いと暇がないから」
「あ、それ賛成です!
隊長は兎も角、私は人間ですから青春を謳歌したいです!!」
「なに?その言い方は……
私が老けてるみたいじゃない~!」
二人の少女はケタケタ笑った。
明日からの休みの事を考え、心を躍らせていた。
……これから起こる事を知らなかったから。
「……聞くわ。
此処が紅魔館ね?」
「「ッ!!」」
二人の少女が身構える。
今二人が聞いた声は、警備部の者の声ではなかった。
そして、現在この館に居るのは極少数。主・レミリアと最終確認を行なっているメイド長。
あとはメイドが数名での筈である。
ならば弾き出される答えは一つ……
「もう一度聞くわ。
この館が紅魔館。紅き悪魔が住む館……
間違ってないわね?」
妖怪かもしれないが、声からは若く感じた。
人間で言うなら10代後半から20代半ばといった所か、妖怪は寿命が長い者が多いので、あくまで人間換算だが。
……声の元はすぐに見つかった。
ほんの少し離れた湖上に、一つの影が見える。
「何者だ、お前は!!」
部下の少女… 名を飛鳥と言うが、彼女が叫んだ瞬間、影が動いた。
「…質問を質問で返さないで。
私の問いに答えなさい」
影がその手に握っていたのは、無数の苦無。
ソレを一斉に二人へと投げつける。
だが、紅魔館の門番として生きて来た二人にとって、この程度の攻撃は平均以下。
降り注ぐ苦無を捌き、弾き、避け、受け止める。
だが攻撃が止んだ時
「どう……って、消えた!?」
謎の影は姿を消していた。
「気配も見失っ! 飛鳥、うし……」
だが、最後の言葉が出なかった。
「ん……。貴女、人間なの?
なら、力の加減を間違ってしまったわね」
何故なら、振り向いた時には遅かったから。
「あ、ああぁ……!」
一撃。
悲鳴を出させない程速く、正確に、敵対者の腕が飛鳥の胸を貫いていた。
「あすかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「……質問の続きよ、此処が紅魔館。
違いは無いわね?」
「…す」
「何?聴こえないわ?」
「お前は絶対に私が殺す!!
紅魔館の門番の名に賭けて!!!」
「ああ、ヤッパリ此処が紅魔館だったのね。
そして、貴女は門番として私に向かってくる……か」
少女は怒りに震え、もう一人は喜びに震える。
弾幕は不要と始まる殺し合い。
紅魔の館の夜は、始まったばかり……