Coolier - 新生・東方創想話

東方雀鬼録外伝 ~氷精の闘牌~ (後)

2005/06/09 00:23:13
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「……早く戻らないと振り出しそうね」
両手に多くの荷物を抱えた咲夜が、博麗神社に向け、ひた駆ける。
まだ日没までには時間があるにも関わらず、既に太陽は姿を隠して久しい。
曇っているだけなれば左程の問題はない。
むしろ、日光を嫌う主人の事を考えると、好ましい天候であると言えよう。
が、この様子では、雨となるのも時間の問題であろう。
それは不味いとばかりに、速度を更に上げるべく前方に視線を凝らした所で、何やら奇妙な物体が目に入った。
最初に浮かんだ感想は、『大きい』の一言だった。
その一言で済ませられるくらい異質な物体が、己の視界をふらふらと飛んでいたのだ。
距離を詰め、それが巨大なる風呂敷包みであることを認識する。
だが、いくらなんでも大きすぎはしないだろうか。
これでは、熱気球が独立して飛んでいるのと変わりない。
「うー、うー、うー」
風呂敷包みから、呻き声らしき物が聞こえる。
それは余りに悲痛……というか放っておけない類の性質を持っていた。
「夜逃げするなら別の運搬手段を薦めたのに、そんなに切羽詰っていたの?」
「うー、まだ昼間だ……」
風呂敷を担いでいた人物……妖夢が、苦悶の表情で振り返った。
「冗談よ、ほら、少し貸しなさい」
「……すまない」
妖夢は風呂敷の中身をいくらか取り分け、咲夜へと託す。
量にして僅かに五分の一程度ではあったが、それでも十分に重い代物であった。
が、その程度でもいくらかは楽になったのか、妖夢が笑顔を見せる。
「助かった。流石に今回は辿り着けないんじゃないかと思った所だったから」
「貴女ねぇ……もう少し考えなさいよ」
手渡された荷物からは、丸々と育った大根が顔を覗かせている。
恐らくは、荷物の大半。もしくはすべてが食材の類なのだろうと咲夜は結論付けた。
「でも、これくらい仕入れておかないと直ぐに無くなっちゃうし……」
「……参考までに聞いておきたいんだけど、白玉楼って食物を摂る住人はどれくらい存在するの?」
「ん? 私と幽々子様の二人だけど?」
「……」
これには咲夜も言葉を失う。
どう見てもこの量は、二人で消費するような域ではない。
恐らく、紅魔館の一月分は軽く賄えるだろう。
常々、妖夢が家計にうるさい理由も頷けるというものだ。
「食いつぶす、とは文字通りこういう事を指すのかしら」
「……何か言った?」
「いえ、何も」


程なく二人は博麗神社へと辿り着いた。
境内へと降り立った妖夢は、よっこいしょ、とおっさん臭く荷物を下ろす。
どかん、という音も、陥没したように見える地面も気のせいだろう。
「ふぇー……疲れたぁ」
「ご苦労様……と言いたい所だけど。貴女、それを家まで持って帰る事を忘れてない?」
「あ」
気付いていなかったのか、妖夢がぽかんと口を開ける。
ここから冥界までは果てしなく遠く、先程の距離の比ではない。
「うぅ……どうしよう……」
妖夢が涙目で咲夜に視線を送る。
二人の身長差が大きい為、必然的に見上げる形となったその視線。
それはは中々に強力であったようで、咲夜に些かの動揺が見られる。
「い、言っておくけど、私はそこまで責任持てないわよ?」
「……うぅ……仕方ない、霊夢に頼むか……」
「そうしなさい。どうせいつも来るんだから問題ないでしょう」
「人の事言えない癖に……」

『……でしょ!』
『……せるか!』

「「ん?」」
諍いの類と思われる声が、二人の耳へと僅かに届く。
その発生源は、本殿の左手に位置する離れであった。
「あんな建物あったっけ?」
「どうだったかしら、記憶に無いわね」
興味を持ったのか、二人は離れへと足を進めた。
……が、何故か同時に、途中で歩みを止める。
「何で止まるのよ」
「貴女だって止まってるでしょう」
「……嫌な予感がするのよ。ここには近づかない方が良いって、漠然とした何かが」
「そうね、同意するわ。恐らくここは不浄な存在が封じられた場所じゃないかしら」
「ああ、違いない」
くるりと向きを変え、本殿へと戻って行く妖夢と咲夜。

断言しよう。
彼女らの判断は正しい、と。










<本卓>


レミリアと幽々子は連れ立って戦いの場へと姿を現した。
既に卓へと着いていたレティが、特に驚いた様子も無く出迎える。
「随分遅かったじゃない。逃げ出したのかと思ったわ」
「ホントホント、まるで一月くらい経ったような……もがもが」
チルノの不吉な発言は辛うじてレティの手により遮られた。
「こほん……戻ってきたという事は、再開でいいのかしら」
「ええ、勿論よ」
いつになく神妙な面持ちで、幽々子が席に着く。
「確認しておくけど」
「何かしら」
「お前達のいずれかが私と幽々子を点数で上回るかで勝敗を決める……これで良かったわね?」
「その通りよ。何か問題あるかしら?」
「別に、確認しただけよ」
ぶっきらぼうに答えつつ、レミリアも腰を下ろした。
「さーて、うぐぅの音も出なくなるまで叩き潰してあげましょーかね、っと」
チルノは相変わらず上機嫌である。
「それを言うならぐうの音よ」
「……そうとも言うわね」
「そうとしか言わないわよ」
この辺りも相変わらずだったりする。
そんなこんなで、第二戦開始である。





東一局

これまで通りに、一切の表情を消して淡々と理牌するレティ。
それと同時に、対戦相手である幽々子とレミリアの様子を観察する事にも余念が無かった。
二人の様子に、特に変わった点は見られない。
が、むしろそれは二人の間で何かがあった事を結論付けるものであった。
あのいがみ合いは、間を置いたからといって、直ぐに落ち着くレベルのものではないだろう。
意図的に平静を装っているというのも考えられる。が、そうする理由は何か?
考えられるのは……一つ。
「(まさかあいつらが組むとはね、利害が一致したという所かしら)」
ともあれ、これで条件的には五分と五分になった訳である。
しかし、レティはさして不安を感じてはいなかった。
コンビ打ちとは、そう簡単に実行出来る物ではない。
チルノとは、麻雀暦こそ皆無ではあるが、それ以上に長い付き合いを持っている。
故に僅かな仕草ややり取りからサインを送る事など容易い。
が、それがレミリアと幽々子に出来るとは、どうしても思えないのだ。
「(でもね、所詮は付け焼刃に過ぎないのよ)」


8順目

二三六六七234(2)(3)(4)(8)(8)

レティ、イーシャンテン。
まさにタンピン三色一直線である。
が、4萬はドラであるため、出る事は考えづらかった。
もし123萬の形になってしまうと、ピンフのみに急落してしまう。
最初の一局からその形に受けるのは、避けたい事であった。
「(チルノは持ってるかしら……)」


「お腹が空いたわ」


それは、これまで黙して語らなかった幽々子からの、あまりにも唐突な一言であった。
「(な、何のつもり? これがサインなの?)」
さしものレティも、これには僅かに思考を乱した。
もっとも顔には出していない……筈である。
「マスター、おにぎりを……そうね、8個ほど頂けるかしら」
「(は、8個?)」
その言葉に、さらに動揺を覚えるレティ。
仮に、それが明確なサイン……例えば8筒を指しているという可能性はある。
だが、しかし、だ。
それでは、毎回サインを出す毎に大量の注文をする事になってしまう。
どこの世界にそんな無茶な事をする奴がいるというのだ。
「(これはブラフ……恐らくは別の何かにサインを交えているはずよ……)」

「嫌よ。というか、面倒」
場に返って来たのは、余りにも投げやり極まりない言葉であった。
見ると霊夢は、椅子へとふんぞり返り、目線を虚空へと向けていた。
やる気ゼロである。
「え、え、え、ここで作ってくれないと凄く困るんだけど……」
「そんな事言われてもねぇ、私はマスターであって料理人じゃないし。
 ……そもそもマスターという自覚も無いんだけど」
「あー、うー」
幽々子は助けを求めるように紫へと視線を向けた。

「……くー……」

それは、天使のような安らかな顔だった。
無論、寝顔である。
「……あー、うー、あー……」
ここに、おにぎりへの道は閉ざされたかのように思われた。


「只今戻りましたー」
救いの声とはまさにこの事だろう。
幽々子は入り口に向けて、躊躇することなく叫んだ。
「妖夢っ! 今すぐおにぎり8個作ってきなさいっ! 1分以内よ!」


「……?」
当の妖夢はと言うと、イマイチ事態が飲み込めないのか、ぽかんとした表情で突っ立っていたのだが、
それも一瞬の事だった。
「……! 霊夢っ! 台所借りるわよっ!」
「え?」
そして返事を待つことなく、ばびゅーんとすっ飛んでいった。






10秒経過


厨房へとたどり着いた妖夢は、間髪入れずに必要なものを集め回る。
皿、塩、梅干、海苔等。幸いにもこれらはすぐに見付かった。
そして一番大事なものである白米だが、これも妖夢は既に当たりを付けていた。
台所の片隅にひっそりと置かれている、丸っこい金属製の置物。
その蓋を開けると、大量の白飯が湯気を立てていた。
紫が何処より持ち込んだらしい文明の利器、電子炊飯器という物だ。
どういう原理なのかは良く分からないが、今はそんな事を考えている場合ではない。


20秒経過


「あち、あち、あち、あち」
お櫃と違い、この炊飯器というものは熱がまったく逃げる事が無い。
よって非常に熱いのだ。
「く……熱いから何だ、ごはんはあったかいほうが良いに決まってる……」
涙目になりつつも、妖夢が手を止める事は無かった。


30秒経過


「料理は愛情、料理は愛情、料理は愛情……」
急ぎつつも、一つずつ丁寧に握っていく。
時間が無いので適当にやりました、等という甘えは許されない。
制約の中で、いかに質を落とさずに作れるか……料理人として腕の見せ所ではないか。
「……本当は料理人じゃないんだけどなぁ」


40秒経過


3つ、4つ、5つと、次々に完成していくおにぎり。
最後の追い込みに入るのを見計らい、半身を使って皿に沢庵を並べる。
具が梅干だけなので、これくらいはしておくべきと考えたのだ。


50秒経過

「……できたっ!」
形も大きさも見事なまでに統一されたおにぎりが8つ、皿の上に並べられた。
「間に合うか……!?」
皿を両手で抱え、居間へと超高速歩行で向かう。
あまりに速すぎるその歩法は、もはや走っているのと区別が付かないのだが、
妖夢自身が歩いていると思っているのだから、これは歩きなのである。






「幽々子様、お待たせしましたっ!」
すぱーん、と勢い良く襖が開けられた。
「うわ、本当に1分だ……」
チルノが感嘆とも呆れともつかない声を上げる。
「遅いわよ。私が1分と言ったら30秒で持ってくる気概が欲しい所ね」
「う、申し訳ありません。以後精進致します」


「(無茶苦茶言うわねこいつ……)」
その無慈悲な言葉に、レティは僅かながらの憤りを覚える。
が、それを不満とも感じていない様子の妖夢を見ると、直ぐに落ち着いた。
「(……ま、こういう主従の形もアリって事かしら)」
適当に結論付け、思考を麻雀へと切り替えた。
先程のやりとりの間に、チルノが4萬を抱えている事は確認済みである。
ならば、他家にテンパイの様子が無い今のうちに役を確定させておくべきであるとレティは判断した。
「チー」
当然の如くチルノから出た4萬を鳴く。

「はい、ごちそうさま」

「は?」
思わず顔を上げたレティの目に入ったのは、空になった皿を置く幽々子の姿であった。
「え、な、何? もう食べ終わったの!?」
動揺するのも無理は無いだろう。
妖夢がおにぎりを持って来てから、時間にして30秒と経過していないのだから。
「嫌ねぇ、人をそんな化け物みたいな目で見ないで頂戴」
「……いや、十分化け物じゃないかしら」
直接食べる現場を見ていない事が惜しまれる。
もしや噛まずに丸呑みしているのではないだろうか。
「(……と、そんな事はどうでもいいわね)」
逸れまくる思考を、再び麻雀へと引き戻した。
そしてテンパイを取るべく、迷わず6萬を切り落とす。

「ロン」

ぱたりと倒牌したのは、対面のレミリアだった。

二二六七七八八東東東北北北

「ホンイツイーペイコー東、満貫ね」



「……」
レティは無言で点棒を投げ渡す。
表情はというと相変わらずのポーカーフェイスを保っていた。
が、内心は穏やかではない。
今の局面、レミリアがテンパイしていた様子は無かった。
にも関わらず上がったという事は、どこかでイカサマをしていた事は明確である。
握りこみ、すり替え、ぶっこ抜き……可能性はいくらでもあった。
幽々子の奇行に惑わされ、注意を払っていなかった自分が悪いだけに、なお腹立たしくあった。
「(……冷静になるのよ。こんな奇策は何度も出来るものではないわ)」







東二局

2順目


「食べ足りないわね……」


レティの結論は、その暢気な言葉にあっさり覆された。
「貴女、まだ食べるつもりなの……」
「いいでしょ、食べる子は育つって言うじゃない。
 妖夢、今度はカレーよ。3分以内に5皿お願いね」
「はい! ただちにっ!」
まるで、先程のリプレイのように、妖夢が部屋を飛び出して行った。
「(やっぱりこれはサインの一種? すると3分や5皿というのも何かを示しているのかしら……
  でも、それだと前局の説明が付かない……)」





「(まったく……妙な事ばかり考え付くものね)」
レミリアはちらり、と左手に視線を送る。
それに対して幽々子は、視線を返さずに軽く笑みを浮かべる事で答えた。
「……」
視線を前方に切り替える。
レティの表情は依然として変わる事はない。
が、レミリアにはその内心が手に取るように分かっていた。
「(ふふ、訳がわからないといった態でしょうね……無理もない事だけど)」
そして、改めて自分の手牌へと視線を戻す。
そこに5の数字は存在しない。
「(それにしても、カレーって3分で作れるものなのかしら)」






<台所>

もはや歩く事は諦めたのか、縮地を使いコンマ以下で厨房へと辿り着いた妖夢。
どこから持ち出したのか、エプロンなどを身に付けており、その気合の入りようが伺える。
材料は問題ない。
肉、人参、玉葱、じゃが芋、スパイスの数々……全て揃っている。
買出しの際、カレー用にと買ってきたものが功を奏したようだ。
「さて、まずは玉葱を……!!」
鍋を火にかけたその時、ようやく彼女は気が付いた。

時間が、足りない。

ただ切って混ぜるだけならば可能かもしれないが、カレーだけは絶対に無理だ。
この料理には、炒めて煮込む時間が絶対的に必要なのだから。
「ど、どうしよう……」
出来ませんでしたでは済まされない、自分で引き受けた事なのだから。
とは言え、時間の問題ばかりはどう考えても解決方法が存在しない。
こうして思案に暮れる間にも、時間は刻一刻と進んで行くばかりだ。
「……」
やがて、結論が出た。
「済みません幽々子様……私はダメな従者でした……」
妖夢は床へと座りこむと、腰に挿していた白楼剣を抜く。
切っ先を腹部へと当て、一気に……

「この……お馬鹿っ!」

あと少しという所で、白楼剣があらぬ方向へと吹っ飛んで行った。
顔を上げるとそこには、表情に明らかな怒気を浮かべた咲夜の姿があった。
「不都合があれば切って解決……いい加減その短絡思考は止めなさい」
「で、でも」
「デモもストラテジックチョイスも無いの。今の貴女がするべきなのは何?」
「……カレーを作る事」
「分かってるんじゃないの。だったらハラキリなんてしてる場合じゃないでしょ」
「……だから無理だ。どう考えても時間が足りない」
顔を伏せる妖夢。
それに対し咲夜は、はぁとため息をついた。
「あのねぇ、何の為に私が来たと思ってるのよ」
「え?」
いつの間に用意していたのか、咲夜は薄切りにした玉葱を鍋へと入れ、炒め始める。
「私には時間の概念なんて……」
かちん、という音がした。
「無意味よ」
鍋の中の玉葱は、既に狐色のペースト状へと変貌を遂げていた。
呆然と見ていた妖夢の表情が、ぱぁ、と明るくなる。
「ほら、ぼーっとしてないで貴女は他の工程を進めなさい。あまり余裕は無いわよ」
「あ、ああ!」
慌てて立ち上がると、調理に戻るべく行動を開始する。
「その、ありがとう。色々と世話をかける」
「気にしないで。これはお嬢様の意思でもあるんだから」
「え?」
それは意外な返答であった。
幽々子の料理を作る事が、何かレミリアの得になるのだろうか。
「(……っと、そんな場合じゃないわね)」
逸れんとする思考を、即座に調理へと引き戻す。
妖夢の前に並べられたのは、丸のままであるいスパイスの数々。
コリアンダー、クミン、カルダモン、ターメリック、クローブ……
これらを挽き、調合するのだ。
流石に今回ばかりは、出来合いのカレー粉を使わない自分の性格を、恨めしく思わないでもなかった。







<時と精神と雀鬼の間>

一方その頃。
離れの一室では、魔理沙とアリスが相対していた。
卓上は既に準備万端。後は賽を振れば対局開始である。
「そういや、ランダム生成ルールって言うのは何の事だろうな」
「さあ? とりあえず始めてみれば分かるんじゃないの?」
「……それもそうか。うし、振るぜ」
魔理沙が手に持った賽を、宙へと放り投げる。
が、何故か賽は、見えない壁に当たったかのように跳ね返り、魔理沙の元へと戻って来た。
「ん、なんだぁ?」
「……?」
その空間から、何やら文字らしきものが浮かび上がる。


『英語禁止局』


「「はぁ?」」
その突拍子も無い一文に、二人は呆れた声を漏らした。
「訳が分からんぞ、麻雀と英語に何の関係があるって言うんだ」
「……酷い話ね。私達をどこぞの芸人と間違えてるんじゃないの?」
口々に愚痴るも、今の二人に選択肢が存在しないのも確か。
魔理沙は諦めたように、賽を振りなおした。



6順目

牌をツモった魔理沙の口元が、ニヤリと歪んだ。
「へ、どうやら今日の運は私に向いてるようだぜ」

三三66678(4)(4)(4)東東東

東のツモで、テンパイとなったこの手。
3萬か6筒なら三暗刻が付いてくるし、9筒でもドラが乗るので悪くない。
さて、ここで問題なのが、リーチをかけるか否か。
何しろ一対一の麻雀である。
互いに気にするべき相手が一人しかいないのでは、引っ掛けも何もあったものではない。
結局はツモる運に左右されるであろう。
そう魔理沙は結論付けると、千点棒を場に置いた。
「むぅ……」
手が上手く進んでいないのか、アリスの機嫌はイマイチよろしくないように見えた。
「悪いな、こういうチャンスを逃すような私じゃ……」

あ、と思った時にはもう遅かった。

頭上から迫り来る巨大な墓石。
右方からじんわりと接近してくる大玉。
左方から無数のクナイ。
後方から目視できない飛行体……

「みぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」

それまで魔理沙と呼ばれていたものは、一介のぼろ屑と成り果て、地に伏した。



「ごめんね魔理沙……」
謝りつつも、決して魔理沙に視線を送らずに、黙々と手を進めるアリス。
非情と言うなかれ、彼女も必死なのだ。

程なくアリスの手は完成した。
一人でツモるだけなので、完成しないほうがおかしいとも言えるが。
「リーチよ」
誰も聞いていないにも関わらず、アリスは宣言した。
そして、直ぐにその表情が引きつる。
何故なら、四方から不穏極まりない気配が迫っているのを感じ取ってしまったからである。
「え、な、なんで!? リーチって英語じゃな……」
悲しいかな、アリスは回避より先に弁解を試みてしまった。
意思の通じる相手では無い、というのに。

「はにゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」

時と精神と雀鬼の間に、二体の屍もどきが転がった。

東一局、強制流局也。










<本卓>


10順目

二三六七4578(5)(5)(6)(6)中

「……」
己の手牌を前に苦悶するレティ。
見ての通りというのだろう、手が序盤からまったく動いていない。
しかも、この局面になって危険極まりない中まで抱えていた。
既に流れは自分から離れた……そうとしか思えないツモである。
無論、ツモのみならず、判断力そのものも鈍っているのは確かだった。
その理由は……

「はむ、はむ、はむ」
絶え間なくスプーンを口へと運ぶコレのせいであろう。
「む、あによ、あげにゃいわよ」
「……いらないわ。というか全部飲み込んでから喋りなさい」
「はむ、はむ、はむ」
「(……聞いてないし)」

命を受けてからきっかり3分。
従者の娘とメイドがお盆に皿を載せてやって来た時は心底驚いたものだ。
まさか本当に3分で作ってくるとは。
それも、出来合いの物ではない。
独自の手法が凝らされたと一目で分かる一品であった。
日頃、辛いものを好まないレティですら、僅かに食欲をそそられたくらいだ。
とは言え、目の前の暴食っぷりに、それは軽く掻き消えたのだが。
どうやらそれはレミリアも同じだったようで、気分悪そうに口元を押さえていた。

「うー、かっらー……でも止まんない……」
「って、どうして貴女まで食べてるのっ!?」
「いやぁ、美味しそうだったから」
あっけらかんと答えるチルノ。
口回りに付いたカレーが実に愛らしかった。
普段なら有無を言わさずに抱き寄せてペロペロする所であったが、今はその時では無い。
「もう……晩御飯食べられなくなっても知らないわよ」
「あはは、大丈夫大丈夫」
ごく自然な会話だが、実はこれも通しの一種だった。
返答からして、チルノにも意図はしっかり伝わっている、抜かりはない。
そして、カレーの皿を床へ置くと見せかけ、その隙にチルノと牌を交換する。
エレベーターと呼ばれる、基本的なイカサマの一つである。

一二六七4578(5)(5)(6)(6)(7)       

手は余り進展が無いようにも見えるが、これは問題ではない。
今回は、下り回しつつも、あわよくばチルノに上がらせるというのが目的であるからだ。






「(さーて、と)」
口周りに付いたカレーを舐めとりつつ、手牌を確認するチルノ。

二三四四五六22(4)(5)(6)中中

「(……りゃんぴんとチュン待ちね)」

チルノは深く考えずにリーチをかけた。
無論、そうしないと役が無いからなのだが。






11順目

「(中あたりのシャボ待ちかしら。ま、いずれにせよ大した役でも無いわね)」
既に全部のカレーを平らげた幽々子が、重ねた皿を妖夢へと手渡しつつ思考する。
概ねそれは正しかった。
「まったく、よく食べるわね。小食の私には考えられないわ」
「あら、そんな事だから育たないんじゃないの?」
「……余計なお世話だ」
普段であれば激昂しかねない台詞にも、左程の反応を見せないレミリア。
何故なら……
「(なるほど。それなら……)」
幽々子、一考の後に白切り。
そして、ありうべからざる発言をした。
「ようむー、今度はお蕎麦よ。6枚くらいお願いね」




「ま、まだ食べるつもりなの……?」
この蛮行には、さしものレティも驚きを隠しきれなかった。
もはや物理的に食せる量ではない。
まさか、こうやって周囲の気力を奪ってゆく作戦なのだろうか。
だとしたらそれは、まことに効果的であったと言わざるを得ない。
「(だ、ダメよ。気にしてはだめ。アレが何を食べようが私達には関係ない……
  そう、6枚というのもただの誇張表現に過ぎない……)」
レティは沈み込まんとする思考を何とか振り払うかのように牌を切る。
それは、8索。

「ろーん!」

満面の笑みで倒牌する幽々子。
その手の前に、レティの混迷は更に深まることとなる。

五五五345(3)(3)(3)(6)(6)(6)(8)

「三暗刻、タンヤオ、ドラ3。親の跳萬で18000点……ごちそうさま」
「く……」
何という事だろう。
あったのだ。
5萬も、3索も、そして6索も……
「(ま、まさかアレは本当にストレートな通しだったの!?)」
有り得ない話ではない。
自分の必要牌さえ伝えられる事が出来るなら、それを手に持ってくる事は不可能ではないだろう。
何しろ、先程自分達もやっていたのだから。
しかし、しかしだ。
これを続けるということは、延々と料理を平らげ続けるということと同義である。
いくら急造コンビで手が少ないとは言え、果たしてそのような無茶な通しを採用するものであろうか?
「(分からないわ……奴らならやりかねないもの……)」
この思考をレミリアが聞いていたのなら、『私をあいつとひとくくりにするな』と答えたであろう。
何にせよ、確かなのは、
レティは既に術中に嵌りつつあるという事である。








南三局


目も当てられない、とはこういう状態を言うのであろう。
既に、幽々子の横に積み上げられた皿は、レティの席近くまで侵食しつつあった。

「よーむー、親子丼が食べたいわ。3杯頼んだわよ」
「よーむー、お餅焼いて頂戴。9個よろしくね」
「よーむー……」

幽々子の食欲は留まる事を知らなかった。
それに比例するように氷精組の気力は減退の一途を辿る。
もはやそれが通しであるかなど、どうでもいい。
今はただ、何も食べ物を見たくなかった。
「……気持ち悪い……」
「ふん、どうした。もう降参か?」
そして、更に追い討ちをかけるかの如く、レミリアがリーチをかけた。



……さて、只今の得点状況を記しておこう。

一位 レミリア 47300点
二位  幽々子 44600点
三位  レティ  8300点
ケツ  チルノ  600点

まるで、一戦目の状況が、そのままひっくり返ったかのような点差である。
チルノに至ってはもはやリーチもかけられない有様だ。




「う~~~」
リーチを受けたチルノが、唸り声を上げる。
「そ、そんなリーチなんかでびびるとでも思ってんの? ふん、分かってるわよ。
 捨て牌が索子だらけだからそこが安全と見せかけて実は索子待ち……と見せかけて字牌、単騎?
 という可能性も否定できないから最初に捨てた1萬……だとチョンボになるから……う~~」
そう、これが逆転を許したもう一つの原因である。
「(不味いわね……やはり暗示だけでは無理があったかしら……)」
確かにチルノはこの一週間。麻雀のありとあらゆる知識について学習を受けていた。
が、あくまでもそれは、『知識』だけに過ぎない。
休むことなく変動して行く場の流れ……それは実際に体験しないと掴み取れるものではないのだ。
それはレティにも分かっていた。
だからこそ、早い決着を望んでいたのだが、それも幽々子の奇策の前に阻まれた。
先行きは、まことに険しいと言わざるを得ない。
「ち、チルノ。やっぱり今夜は冷やし中華にでもしましょう」
「でも中が捨ててあるから……ああ、うん、だからこれも引っ掛けで……
 えーと、う~、要は私が上がればいいわけで……でも4筒は全部出てるから……」
レティの必死のサインもチルノには届かない。
完全にいっぱいいっぱいの様子である。
「あー! もういい! これは通るったら通る!」
吹っ切れたのかヤケになったのか、チルノは勢い良く牌を切り捨てた。

「ところがそれは通らない、と」

無慈悲にも、レミリアが牌を倒した。
「リーチ、一発、タンヤオで3900点……ああ、点数なんてどうでもいいか。これでハコだものね」
「くっ……ちくしょう……」
チルノは屈辱に顔を歪めつつ、箱ごと点棒を放る。
第二戦、決着である。






三戦目までの僅かな休息の間、レティは一人考えを巡らせていた。

「(何とか流れを引き戻さないと……)」
状況はいかにも厳しい。
いざとなったら、禁断の最終奥義を使う必要があるかもしれない。
「(でも、あれは使うべきでは無いわ……せめてチルノだけでも何とか……)」
「あ」
ここでチルノの事を思い出す。
自分の不甲斐無さで、またしても屈辱的な敗北を味あわせてしまったのだ。
「ごめんね、チルノ。私の考えが足りなかったわ……」
「……」
「……チルノ?」
「……んー……」
さぞかし落ち込んでいるのだろうと思ったが、
何やら、点数表とにらめっこしているだけで、別段重い空気は感じ取れなかった。
「……よし、出来た!」
チルノは勢い良く振り返ると、手に持った紙をレティへと突きつけた。

 赤いの +18
 レティ +14
  @  -2
  私  -30

「これで合ってる?」
「あ、ああ、計算してたのね……うん、正しいわよ」
「へっへぇ、これなら十分逆転できるわね」
その、能天気極まりない様子は、普段と何ら変わったものはない。
「チルノ、貴女まだ……」
そこでレティは言葉を止めた。
「(何を弱気になっているの私は……そうよ、私達は勝つこと以外を考えてはいけない……!)」
こういう時、チルノのプラス思考には本当に助けられる。

もう、惑わされたりなどしない。
私とチルノの絆が、あいつらに劣る等ということはありえないのだから。
「……ええ、すべては私の手の平の上の出来事よ」
だから私は、黒幕として、出来る事をするまでだ。



<続劇>



どうも、YDSです。
随分と間が空いてしまいましたが、後編お届けします。

Q 終わってないのだが?
A そうとも言うね

ええ、やはり無理でした。
そりゃカレーの作り方とか罰ゲームとか入れてたら終わる訳無いですね。ハハハ!

……ごめんなさい。
そういう訳で完結編へと続きます。もう暫くお付き合い下さいませ。

(氷精、主人公なのに一番台詞少ないな……)
YDS
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コメント



0.2960簡易評価
9.80他人四日削除
気になる、続きが気になる。
そして幽々子の胃の限界も・・・
続きを楽しみにして待ってます。
10.70悪仏削除
蛇足では有りますが、冒頭の指摘を。
「……早く戻らないと振り出しそうね」
「……早く戻らないと降り出しそうね」かと。
14.90no削除
まず何より幽々子さまの食生活が・・・。
幻想卿食い尽くされかねん・・・。
18.90シゲル削除
しかし物凄い量だなぁ。。
まぁ、さすが幽々子様だ。
次回も食べ続けるのだろうか、気に成る。。
20.90名無しさん削除
ストラテジックチョイスに吹きました。
幽々子様の通しは某や哲の奴ですねー
21.100空欄削除
チルノがんがれ。君の⑨さが絶対道を開く
そしてそれを主に対面から見守るレティがんがれ。
そして幽々子もがんがれ。胃袋通しで食いまくれ。
後魔理沙とアリスもファ(墓石陰陽玉物体スキマ針標識結界藍玄爺橙)
24.無評価七死削除
つまりどんなに大量の料理が出てこようが、幽々子にとってはだたのお通しでしかないと言う事ですk(バツン!!
29.100X1号削除
たくさん食べる幽々子様もすごいけれど作る妖夢もすごい。
37.無評価鬼瓦嵐削除
この作品を見て、『勝負師伝説 哲○』の作中で
一トン爆弾のリキが使用した食い物ローズが頭に浮かんできました。
リキはカツ丼12杯、ラーメン4杯、天丼3杯、うな丼6杯、カレーライス7杯、ワンタンメン6杯の合計38杯を脂汗掻きながら食っていましたけれど、
幽々子様はそれの3倍は楽に食いそうだ……。恐ろしい……。
47.無評価名前が無い程度の能力削除
麻雀好きなので、好きくないけど指摘を。
魔理沙の手牌、[三三66678(4)(4)(4)東東東]
6-9で三暗刻(出上がり可)、三ツモで三暗刻かと。
また、東2で(6)が5枚存在してます……

立直日本語なのに…アリス南無(笑)
完結編楽しみにしてます。
68.100名前が無い程度の能力削除
カレー食いたくなった