紅魔館の応接室。
紅を基調とした色彩の中に、きらびやかな装飾が施された一室。
そこに藍と妖夢は通され、仕事中の咲夜を待っていた。
この部屋に案内されてから四半刻。
既に妖夢も目を覚ましている。
もっとも、妖夢は端で見ていてハッキリ分かるほどに不機嫌。
ありていに言えば拗ねていた。
「なあ、おい」
「何です?」
「いい加減に機嫌直せ」
「私はいつもどおりです」
確かに、表情だけはいつもと変わらないように見える。
しかし、藍は髪をクルクルと弄りながら、チラリと妖夢の方を見て……
「やっぱり拗ねてる…」
「あんまりしつこいと嫌われますよ」
「でもさ……」
「?」
「半霊が脹れているんだもの」
「!?」
一瞬、妖夢に朱がさした。
咄嗟に藍から顔を背ける。
そんなことをしても意味はないということは、既に承知していたが。
「お前のそういうところは、可愛いよな」
「……可愛いってゆーな」
「じゃ、愛くるしい」
この狐に口では勝てない。
紫すら分が悪い相手に、妖夢ごとき未熟者が相手になるはずがない。
「第一、何でそんなに怒るんだ?」
「人の頭に剣刺しといてよく言えますね、そんなこと」
「それはちゃんと説明したろうが。お前はまだあの状況の危うさが分かってないのか?」
「そんなことありません。相手の手に乗ってしまっていたことは、もうちゃんと分かってます」
「なら、何で怒ってるんだ?」
「……知りません!!」
それは、藍の前で醜態を晒したことへの気恥ずかしさ。
二人の間には度々、こうした事がある。
だが、妖夢自身それと自覚はしていないし、藍もそれに気付いていない。
もしここに幽々子でもいれば、その辺りを突いて二人をからかったことだろう。
「……」
「……」
しばし、二人の間に沈黙が落ちる。
もっとも、長くは続かなかった。
静寂を引き裂いたのは、重い扉が開く無機質な音。
そして、完璧にして瀟洒なメイドの声。
「お待たせして申し訳ありません。紅魔館で侍従長を務めております、十六夜咲夜と申しますわ。以後、良しなに」
「知らない仲じゃないんだから、普通に喋ってもらえないかな?」
「そういってくれると助かるわね。私も、あんた達に敬語使うのは疲れるし」
そう言って、妖怪と人間が笑いあう。
咲夜と藍は同じ従者としてか、なにかと気があった。
知り合って以来、私的な付き合いは続き、時には酒を飲み交わす間柄である。
「とりあえず、これは返すわね」
「あっ、私の剣!」
「そうがっつくなって…ところで咲夜……」
「何かしら?」
「なんで私は小太刀と油しか帰ってこないんだ?」
藍の獲物は投げ物が丸々抜けていた。
「当然でしょ? 貴女の投げ物は全部銀製だったじゃない。ここでの携帯は許可できません」
「……返す気は、あるんだな?」
「さあ?」
「あ~! 着服する気満々かい!?」
「投げ物は多いに越したことはないのよ。銀製品は希少だしね」
「ま、いいけどさ、別に」
幻想郷において、銀はレアメタルである。
藍は紫を介していくらでも採取できるが、咲夜はそうはいかないのだろう。
「いい仕事してたわね」
「そりゃ、私が丹念に作った奴だからなっとそうだ」
「ん?」
「咲夜。お前、私からナイフを仕入れないか?」
「貴女から?」
「ああ。投げ物はもちろん、オーダーメイドで銀製、高品質の両手剣だって作って見せるぞ」
咲夜は藍が重度の武器蒐集癖を持つことを知っている。
それに飽き足らず、集めたものは複製出来るほどに使い込んで、自分のものにしていることも。
咲夜もナイフの蒐集という趣味がある。
そして、咲夜のお気に入りの中には幾つか、メイド・イン・マヨヒガの物も含まれていた。
「大量注文は出来るのかしら?」
「ん?」
「一般のメイド達の戦力向上にね」
「構わんが、当然納期は考慮してもらうし、適正価格で引き取ってもらう」
「当然親友割引付くのよね?」
「ああ。安くしとくよ」
期せずして、大口の商売相手を見つけた藍。
このまま咲夜から定期的な収入が期待できるとしたら……
(ひょっとして、もう帰っても良いんじゃなかろうか?)
しかしそれでは紫が楽をすることになる。
藍は白玉楼でめそめそ泣きながら箒をかける紫を幻視した。
(……萌え!!)
「何か言った?」
「いや、別に」
やはり初志貫徹すべきだろう。
藍にとって、紫は愛でる以上に泣かすものだった。
「ところで、私達の目的は既に聞いているか?」
「ええ。紅魔館での短期就労ね」
「ああ。ポストに空きはあるだろうか?」
「うちは基本的に人手不足だから、働き口はいくらでもあるわ」
「そうか。じゃあ二週間ばかり頼めるかな?」
「二週間……ね」
咲夜の双眸が一瞬鋭くなったのを、藍は見逃さなかった。
どうやら月齢から逆算し、満月が入らない期間に限定したのを察したようだ。
だからといって別に攻められるいわれはない。
紅魔館で働く以上、リスクの回避を考えるのは当然。
藍は咲夜の変化に気付いた素振りも見せずに続ける。
「ああ、紫様と橙を白玉楼に置いて来ているし、妖夢も借りているのでな。あまり長くは空けられん」
「まぁ、いいわ」
妖夢は二人の顔を見比べ、首を傾げる。
何かしらのやり取りがあったのは察したようだが、内容までは読めなかったらしい。
「それじゃあ、二人の配属だけど、希望はあるかしら?」
「えーと、大体のことはこなせると思いますが……」
「そうだな。人手の足りないところに、二人一緒に配置して欲しいんだが」
「人手の足りないところ……妹様の遊び相手が……」
『却下』
このときばかりは完璧にシンクロした二人。
会った事はないにしろ、紅魔館のジョーカー、フランドール・スカーレットの勇名は、既に聞き及んでいる。
「いきなりレッドゾーンに放り込まれてもなぁ」
「咲夜さん、酷いですよ……」
「あら、新人は大抵喜ぶのに」
「それは、大抜擢に見えるものな」
「何人生きて帰ってきてるんですか?」
「新人で生き残ったのは私だけね」
藍と妖夢は思わず顔を見合わせる。
やはり考えることは一緒らしい。
「あのさ、咲夜…」
「何かしら?」
「そんなところで資源を無駄にしてるから、人手不足なんじゃないですか?」
「!?」
能力を使った訳ではあるまい。
藍も妖夢も、咲夜の時が止まったのをはっきりと認識できた。
《気付いてなかったか…》
完璧で瀟洒なメイド長、十六夜咲夜。
彼女は偶に素でボケる。
人は彼女をこう呼ぶ、すなわち『天然』
「とりあえず、貴方達は図書館に入ってもらうわ」
「(立て直したな…)図書館?」
「ええ。あそこも本自体がそれなりの魔力を持って、しかも内部が迷宮化してるから、結構危ないのよ」
「じゃあ、そこの本を管理するんですか?」
「管理は小悪魔がやっているけど、正直一人で出来る量じゃないわ」
「分かった。それでは改めて……よろしく頼む、メイド長殿」
「よろしくお願いします」
「ええ、よろしく……ところで藍?」
「は?」
咲夜の瞳の中に危険な光を見た藍。
背中に嫌な汗を掻いているのを自覚する。
この感覚には覚えがあった。
「貴女、ずいぶん髪が伸びたのねぇ……」
「っ…!」
そう。
紫が藍の髪型を弄って遊ぶとき。
そのときの目つきにそっくりだった。
「……邪魔だと仰るなら、喜んで切りますが?」
「あら、そんなことさせる訳ないじゃない?」
じりじりと後退する藍。
しかし、突如咲夜の姿が掻き消える。
「紫みたいにアップにするだけじゃ勿体無いわね…」
「!?」
その声を、藍は後ろから聞いた。
今度こそ時を止め、背後を取ったのだろう。
「ここはポニーテールとかが良いと思いません?」
「妖夢!?」
咲夜に気を取られた隙に、正面には妖夢が陣取っていた。
「あら、良いわね。十本目の尻尾が出来るわ」
「メイド長殿。何処でやります?」
「私の部屋でいいわよ。とりあえず、機能的な髪型を研究しましょう」
「御意!!」
両サイドの腕を抱えられ、引きずられて行く藍。
「よ、妖夢、ひょっとしてさっきの仕返しか!? 咲夜! これは新人いびりか? そうだな! そうなんだな!?」
「まさかそんな。でもせっかくなんだから遊ばないとね」
「ごめんなさい。行ったらメイド服の藍殿をしっかり撮影してくるようにって幽々子様が……」
「な!? 何する気だあの@幽霊!!」
「紫様に頼まれたって言ってましたよ」
「あのスキマぁ!!」
そんな会話をしているうちに、咲夜の部屋の前まで来ていた。
もはや逃げ道など何処にもない。
目の前にある扉は、藍にしてみれば正に地獄門そのものだった。
「嫌ぁ! 離してぇ!!」
「藍お姉ちゃん可愛い…」
「うっとりするな! 昔に戻るな! 可愛いってゆーな!」
「はいはい、もう決まったことなんだから、諦めなさい」
「嗚呼アアア……」
藍の悲鳴が段々と小さくなり、やがて咲夜の部屋に中に消えていく。
この日、藍は初めて妖夢に弄られる事となった。
* * *
翌日、藍と妖夢は紅魔館のホールに集合していた。
既に二人は朝礼にて、自己紹介を終えている。
紅魔館のメイドは、その殆どが妖怪。
彼女達はとりわけ、同じ妖怪である藍の纏う妖気と、常にない重苦しい雰囲気に圧倒された。
藍の雰囲気の原因は体調不良。
さらにその原因は、枕が替わって寝付けなかったことにある。
妖夢と咲夜はそれを知っていたが、一般のメイドはそんなことを知るわけがない。
こうして、藍はおっかない新入り、として周囲に認知されることになった。
「もっとこう、愛想良く出来ないんですか?」
「駄目。眠くて駄目」
「初日っからそんなで、大丈夫ですか?」
「仕事に支障は出さんよ」
どんよりした空気のまま、藍は廊下を歩む。
寝不足だけではない。
昨日、あれから三時間ほど、様々な髪型を試されたせいでもある。
紆余曲折を経たものの、結局ポニーテールに落ち着いたらしい。
さらに、二人ともメイド服。
その動きの端々に着慣れていない様子が現れている。
「しかし、何でお前は平気なんだ?」
「私、ちゃんと眠れましたもん」
「ふーん。図太いんだな」
「はぁ…」
「そこへいくと、ほら? 私は繊細だからなぁ」
妖夢は自分が図太いかは分からない。
それでも、藍が繊細だというのは納得いかない。
「それ、何の冗談ですか?」
「本気なんだがね」
「またまたぁ」
「あのね…私は昔、お姫様だったんだよ?」
「お姫様ぁ!?」
一瞬、遠い目になった藍に妖夢は気付かなかった。
「そう。だから、紫様も……」
「貴女の主人をやるのも、結構大変だったでしょうね」
「な!?」
続けたのは、この場にいないはずの声だった。
咄嗟に、妖夢は振り返る。
そこには赤い髪の華人・紅美鈴。
「いつから居たんだ?」
「ホールからついてきましたよ」
「そうかい」
藍は特に動揺した様子も無い。
彼女がここに居ることより、藍には気になる事があった。
「私のことを、知っているのか?」
「まあ、向こうじゃずいぶん有名だったでしょう?」
「向こう?」
「ええ、私は大陸出身なんです」
「ふーん」
「ところで、どうして貴女がここに?」
「そりゃあ、新人さんには担当が付くものでしょう?」
「それで、その格好かい?」
「はい、ここの内勤はメイド服着用が義務ですから」
言って、美鈴はスカートの裾を摘まんで礼をする。
中々堂に入っている。
相当着慣れているらしい。
「なんでわざわざ、外回りの責任者が?」
「…ここの外勤って、結構暇なんですよねぇ」
「つまり、退屈な日常にささやかな刺激を求めて、新人教育を買って出た、と?」
「はい! 頑張ります!!」
「うむ、いい心がけだ。励みなさい」
「なんか、反対のような…」
一向は図書館の前に辿り着く。
荘厳な扉。
その向こうから漂う乾いた空気。
歯車の音。
何かの悲鳴。
『……』
「午前中が浮いちゃいましたね。休憩しましょう」
「賛成」
「え!?」
藍と美鈴は踵を返し、妖夢は慌てて後を追う。
「あれは何なんだ?」
「こんな時間に魔理沙さんの来訪も無いでしょうから、たぶん子悪魔ちゃんですね。新薬の実験台か、ただの憂さ晴らしか……その辺でしょう」
「ちょっと!? 止めなくていいんですか?」
「しませんよ? そんな野暮なこと」
「妖夢、お前はこいつが咲夜に何本ナイフ刺されても止めないだろ?」
「はい」
「止めてください!!」
慌てて抗議する美鈴だが、誰も聞いてない。
「それと同じだ。愛情表現には様々な形がある」
「そういうことですね。さて、お茶にしましょうか」
「……」
しきりに首を傾げる妖夢。
納得は出来ないが、反論も出来ないらしい。
「やっぱりまずいんじゃあ……」
「楽して給料もらえるなら、それでいいじゃないか」
「うーん…」
「なにかリクエストってあります?」
『緑茶』
「残念、紅茶しかないんです」
「……リクエストの意味ないじゃないですか?」
「紅茶って言ってくれればお応え出来ますよ」
「……いい性格してるよ」
アウェーで戦うことの厳しさを再確認する藍だった。
* * *
午後に入り、ようやく本の整理を始めたバイトコンビ+一名。
ヴワル図書館は、ひたすらに広い。
そのため、本の所在を確認して記録に残すこと。
違った分野の本が混ざっていたらそれを回収してくること。
それが割り当てられた仕事だった。
藍と美鈴、妖夢と小悪魔の二人一組で作業に当たる。
「しかし、単純作業というのは暇でいかんな」
「そうですねぇ。これじゃ、退屈凌ぎになりませんよ」
そんな会話をしながらも、悪魔辞典から具現した怪物をしばき、対黒い奴用に仕掛けられた致死性のトラップをあっさりと避けていく。
辞典の魔物も、この二人の前ではただの雑魚。
今や、二人はトラップを見つけてはあえて引っかかり、その反応を楽しむ余裕すらあった。
「ここは辞典の類の書庫なんだな」
「油断しないでくださいね? 魔理沙さん返すときは一気に、適当になんですから」
「分かってるよ……っと、仲間はずれのグリモワール発見」
見つけた本を美鈴に渡す。
「とりあえず、持っていきましょう。小悪魔ちゃんじゃないと、どの書庫の本か分かりませんから」
「はいよ」
そうして、巡視と記録を続ける二人。
既に三時間ほど回って見つけた仲間はずれは八冊。
これが魔理沙一人の仕業だとすると、凄まじい読書量になるだろう。
「ねぇ、藍さん」
「ん?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど。いいですか?」
「そうさね……私も一応、聞いておきたいことあるし」
それまでの和やかな雰囲気が嘘のように、二人の周囲の空間が冷めていく。
美鈴は俯き、その表情は藍から伺うことは出来ない。
「それでは私から。貴女、誰なんですか?」
「質問の意味が分からんが」
美鈴が顔を上げる。
そこには何の感情も伺えない。
「昨日、貴女を久しぶりに見たとき、誰だか分かりませんでしたよ」
「……」
「昔の貴女は、遠巻きに見ていただけですけど、それでも私は恐怖しました」
「……」
「強くて冷酷で美しくて……ああ、こいつには勝てないなって、心底そう思いました」
「……」
「貴女は、誰? 本当に、あの九尾なの?」
「……お前は、私が弱くなったと思うか?」
「ええ、見る影もありませんね」
「言い切るねぇ」
藍は苦笑して、肩を竦める。
まさか、紫以外に昔の自分と対比できる者に会うとは思っていなかった。
とっくに捨てたつもりでも、なかなか過去を埋葬するのは難しいらしい。
「……昔は孤独に苦痛を感じなかったんだ」
「……」
「その強さを失くしたから、今の私が弱くなったと言うなら、仰せの通り、としか言えん」
「……」
「だけど一つ、今の私だからこそ、分かっていることがある」
「…それは?」
「昔の、特に紫様に会う前の私は、確かに弱くなかったが……」
「……」
「自分が思ってるほど、強くは無かった」
「…そうですか」
美鈴の顔に明らかな失望と、侮蔑が浮かぶ。
そこには、今までのよく笑う彼女とは、全く違う造形美があった。
「それでは、今度はこちらだね?」
「構いませんよ、どうぞ」
今度は藍の顔から表情が消え去り、そのまま徐々に殺気を纏う。
「お前、あの鈴を何処で手に入れた?」
「これですか?」
美鈴は懐から響無鈴を取り出す。
「私はお前は知らないが、その鈴は見たことがある。一体何処……いや、誰から手に入れた?」
「さあ、どうだったでしょう」
「…答えるつもりは無いか」
「別に。今まで自分が食べた者なんて、いちいち覚えてないだけです」
「……そうか」
藍は俯き、小さく息を吐く。
何とか、それだけでいつもの自分に戻ることが出来た。
「憎いですか?」
「……それは筋が違う。彼女は、お前に負けた。幻想郷では、それが全てだ」
「優等生の答えですね。まるでお人形さんみたい」
「……」
「どうして、そんなに我慢するんです?」
「……」
「大切な者を奪った相手を憎むのは、当たり前のことじゃないですか?」
「……」
「そういえば、彼女には娘さんがいましたっけ……」
「……黙れ」
「そろそろ、食べ頃かも知れませんねぇ」
「!?」
瞬間、藍は弾け飛ぶように美鈴に斬りかかっていた。
神速で小太刀を抜き放ち、そのまま振り下ろ……せなかった。
美鈴は一歩、藍に向かって踏み込むと、その手首を掴んで止めていた。
「何の意志もない斬撃ですね。脊椎反射と変わらない」
「…っく」
「妖怪は人を喰らう。人は妖怪を退治する。それだけのことですよ? 何をそんなに拘っているんです?」
「貴様が何処で誰を喰おうと、誰に殺されようと、そんなことは私の知ったことじゃない。だが……」
藍は力ずくで美鈴を振り払う。
美鈴は逆らわずに退いた。
「その鈴は返してもらう。あれは、本来持つべき主がある」
「…はいどうぞ、って訳にはいきませんよ」
「……」
「そろそろ時間ですね。戻りましょうか」
「……そうだな」
二人は顔を背けて踵をかえす。
「最終日の深夜。お会いした森でお待ちしています」
「……」
「続きはそこで、ね」
「いいだろう」
一度も目を合わせずにそれだけ言うと、後は黙して歩む。
その沈黙は、妖夢・小悪魔組みとの合流を果たすまで続いた……
* * *
美鈴は黒衣に深紅の外套を纏い、静かに佇んでいた。
咲夜から借りた懐中時計を覗く。
時刻は、一時。
彼女が仕えるお嬢様も、既に目覚めていることだろう。
美鈴の不在も知れているはず。
それでも、美鈴はよほどのことが無ければ乱入はされないと踏んでいた。
実は、美鈴が館を抜け出すのはいつものこと。
彼女はしょっちゅうレミリアの、「あれが食べたい」「これが見たい」といった我が侭に奔走している経緯がある。
しかも大抵、レミリアは自分が頼んだことを忘れており、また本人にその自覚があるため、美鈴の単独行動は事実上放置されているのだ。
「ハア…」
ゆっくりと、そして深い息をつく。
左手で自分の腰にある一振りの剣を確認する。
それは故郷より持ち出した破山剣。
三尺三寸のこの剣が美鈴の相棒。
常なら、決して使わない。
出し惜しむというより、単なる貧乏性なのだが、今はそうも言ってられない。
今宵の相手は、あの天狐。
かつて三国に渡り妖威をなした、金毛白面・九尾の狐。
それは間違いなく、自分より格上の相手。
「……」
美鈴は右手の中の響無鈴を見つめる。
そして苦笑した。
美鈴は藍に対して弱くなったと言った。
しかしそれは美鈴自身にも言えること。
この鈴の持ち主に掛けられた呪い。
今の美鈴は日中でしか生きられない吸血鬼のようなものだった。
本来ならば滅びは避けられない矛盾を抱えながら、それでも彼女は生きている。
その代償として、美鈴は自身の操気の能力ほぼ全てを、自己治癒に当て続けなければならなくなった。
「…なにむきになってるんでしょうねぇ」
美鈴自身、あまりこの鈴自体に思い入れがあるわけではない。
ただ食料が持っていて、なんとなく気に入ったというだけの事。
本来なら、藍に渡したところで構わないはずだった。
しかし……
「こんな機会は二度と無い。貴女ほどの妖怪の関心を、独り占め出来る機会は……」
美鈴は俯き、そして嗤った。
「そうでしょう? 八雲藍」
美鈴はゆっくりと振り返る。
いつの間にか、その視線の先には、待ち望んだ相手の姿。
金色の髪と、同じ色の九尾を持った大妖怪が音も無く歩んできた。
底冷えするような微笑みを浮べながら……
* * *
「お待たせ」
「ううん。今来たところ」
「あっそ」
「……お約束を流すのは無粋ですよ」
そんなことを言いながらも、美鈴は破山剣を抜き放つ。
対する藍が選んだのは、大陸出身であるという美鈴に合わせた矛。
「蛇矛ですか。本物?」
「残念ながらレプリカだよ。本物は家」
「なんだ。つまんない」
「贋作といえど、長さ、重さ、重心。全て私に誂えて作り直した一品だ。私が使うなら、この方が強いよ」
藍も矛を担いで構える。
そこには、所々に隙が伺えた。
(……踏み込めない……待たれてる)
「妖夢ちゃんは、どうしたんです? 連れて来ると思ったんですが」
「あいつは冥界に強制転送した。せっかくの逢瀬に、子連れでは無粋だろう?」
「そう…格好いいとこ見せたかったのに」
「恥をかかせないようにしてやったんだ。感謝してくれ」
じりじりと、二人の間合いが詰まる。
「あいつが言うには、私とお前は似てるんだと」
「不本意ですね」
「全くだ。気が合うな」
美鈴は藍の間合いの半歩外で止まる。
身長が同じくらいなため、獲物の長さはそのままリーチの差になっている。
藍の間合いに踏み込まなければ、美鈴の剣は届かない。
「どうした? かかって来ないのか」
「一応、私が挑まれてるんですけどね」
「ああ、そういえばそうだったな」
藍の構えが変わる。
今度は中段で、まっすぐに引いた。
切り払うための構えではなく、穿つための構え。
先手を取るべく構えた藍の威圧感は、先ほどと桁が違う。
(来る……最初の一閃さえかわして踏み込めば)
「それじゃ、いくよー」
藍は軽く宣言さえして、無造作に踏み込んだ。
美鈴の予測通り。
しかし、そこまでだった。
「!?」
美鈴の目に映った矛の影は九つ。
それに反応出来たのは、美鈴の功夫によるものだろう。
咄嗟に身を低くしつつ、体勢を半身にし、剣の腹で自分の身体を全て同時にカバーする。
幾つかは美鈴の身体を掠め、幾つかは剣に遮られて耳障りな音を立てた。
「やっぱり、これくらいは防ぐよな」
「当然ですね」
自分の技が防がれたにも関わらず、あっさりと言う藍。
内心の冷や汗をおくびにも出さず、藍と対峙する美鈴。
(顔・喉・胸・腹に二発……それと四肢……か?)
「それでは本番だ。…ちゃんと着いて来いよ?」
「っち」
藍は先ほどよりは遅い連撃の中に、先ほどよりも早い一撃を織り交ぜる。
美鈴は防戦一方。
遅いとしても、それは全て美鈴の攻撃の起点を穿っている。
反撃すれば、そのままカウンターになるように。
美鈴は顔面を襲う一撃をかわし、胸を狙う突きを流す。
だが、藍の矛先は次第に早く、強く、巧くなる。
緩やかに、しかし確実に美鈴の視力で追える域ではなくなっていった。
美鈴は藍の立ち位置、目線、肩の動きから、次の動きを予測して対応する。
一歩間違えば即死の綱渡り。
明らかに、藍の方が余裕である。
二人の周囲には、互いの武器がぶつかる度に火花が弾ける。
それは殺しあう妖怪達を、死の間際にしかありえない美しさで彩った。
「そろそろ全部使っていくぞ?」
「……」
藍は突きの中に、今度は払いまで使い出した。
点の攻撃に慣らされた美鈴は、その変化には対応できない。
次第に藍の矛先は美鈴の身体を捕らえだす。
ここまでの戦いから、既に美鈴は藍の動きをかなりの精度で予測出来る。
ただの偶然か、それとも故意か。
藍の槍術は美鈴にとって馴染みのある故郷のものだった。
その癖は美鈴の予測に正確さを与え、ここまで美鈴の命を支えてきた。
しかし、世の中には判っていてもどうしようもないものがある。
美鈴にとって目の前の妖孤の速度はまさしくそれだった。
《後三手で詰み……》
認識は同時だった。
藍はそこで勝利を、美鈴はそこで敗北を、それぞれに悟った。
一撃目。
藍は逆風から一気に切り上げる。
美鈴は剣で押さえ込むも、長物についた遠心力に力負けした。
二撃目。
藍は矛先を翻し、石突で美鈴に剣の握りを打つ。
既に腕を跳ね上げられた美鈴は、なすすべも無く破山剣を取り落とす。
惨劇目。
無手となった美鈴を蛇矛が貫く。
美鈴はもう守れない。
腕で防ごうものならその腕ごと貫き、半端に避けても間に合わない。
……はずだった。
「ぁ!?」
藍は呼気と吸気がぶつかる痛みに顔をしかめる。
その視線の先に在るのは美しい鈴。
藍の反射神経は、響無鈴に届く寸前でその矛を止めていた。
美鈴が嗤う。
賭けに勝った。
藍の中に人間臭さを感じたときから、おそらく成功すると踏んだ賭け。
もしも立場が逆なら、例えば咲夜が盾にされても美鈴は止めを刺したろう。
美鈴は響無鈴を離すと、間髪入れずに藍の懐に飛び込む。
そして……抜き手で藍の胸の真ん中を貫いた。
「妖夢ちゃんも、見る目がありませんね」
「あ……」
「私と貴女が似てる?」
「っが……」
「笑えない冗談ですよ。私は……」
「……」
「いつでも独りに還れます」
藍の喀血を浴びながら、呟く美鈴。
そこには悲しみも、蔑みもない。
淡々と、そして侵しがたい、それは事実だった。
「苦しいですか?」
「……ああ」
個人差はあるものの、妖怪は人間よりも遥かに高い生命力と再生能力を持つ。
藍程の妖怪なら、胸を貫かれた位では致命傷にはならない。
しかし、貫かれたまま再生は出来ないし、当然痛みもある。
「そうですか。なら、悲鳴を上げてのたうつとか、もっと可愛げのある反応してくれません?」
「すれば……助けてくれるのか?」
「ええ、貴女の主人を罵って唾棄すれば、私の気も変わるかもしれませんよ?」
「そう言いながら心臓握り潰したな……」
「今楽にしてあげますね。人間だったら弄りますけど、妖怪じゃつまんないし」
「人間なら……か」
藍の顔に、苦痛以外のものが浮かぶ。
寂寥か、憐れみか、あるいはその両方か。
「お前にとって、人間って何だ?」
「食料ですよ? 何です? 今更」
「なら、どうして、お前は咲夜を喰わなかったんだ?」
「彼女はお嬢様のお気に入りですから」
「…そっか」
藍は俯き、深いため息をつく。
「もういいですか?」
「お前は大切なものが無いから、お前を大切にするものに気づかない」
「は?」
「お前は判らないかもしれない。けれど、お前がいなくなって、誰も何も思わないなんてことは無い」
「何言って……」
「……ちゃんと、背負うから」
「えっと……」
「お前を奪われた者達の憎しみは、私が背負うから……」
「……」
「だから、お前は殺すね」
「!?」
―――八方鬼縛陣・八雲式
その変化は唐突だった。
藍の身体が黒い球体へと変貌し、美鈴を徐々に侵食する。
「な…に? これ……は、霊夢さん……の?」
「別に、あいつの専売特許じゃないんだよ」
「!?」
闇色をしたその球体の中から、藍の声が響く。
身体を徐々に蝕まれながら、美鈴はその声を聞いていた。
「歴代の博麗の中でも、これを使えた者はいた。それに八雲と博麗の付き合いも、霊夢から始まったわけじゃない」
「だけど!! 紫さんならともかく、貴女に結界なんて使える筈が……」
「確かに、範囲を対人レベルまで限定した結界を、依り代無しで速射なんて、才能がないと出来ない」
「なら、どうして!?」
「だけど、そんな制限が無ければ、結界は誰にでも張れる。依り代と、広ささえあればな」
「依り代と広さ……あっ」
「そう。仕込んでおいたんだよ。来る前に、館の周辺にな」
「……」
「さようなら、紅の華」
「あ……」
一方的に宣言すると、球体は一気に膨れ上がり、美鈴を完全に飲み込んだ。
そして、ゆっくりと収縮する。
中からは、血染めの藍が歩み出る。
深手のせいか、その足取りは頼りない。
藍が響無鈴を拾い上げて振り向いたとき、闇の球体は完全に消滅していた。
決着は着いた。
藍の勝ちだ。
* * *
いつの間にか、辺りには虫の声が戻っていた。
三日月の照らす淡い光りだけが唯一の光源。
薄暗い森の中にあって、藍の持つ響無鈴だけは白金に輝いている。
「お前のせいで、大変だったんだぞ……」
聞くものなど誰もいない。
それでも、藍は語らずにはいられなかった。
「いや、むしろこれからが大変なんだろうなぁ」
藍はうんざりした様子で呟く。
どんな理由があろうと、少なくとも咲夜は藍を許さないだろう。
そして、おそらくは紅の姉妹も。
藍は鈴を懐にしまう。
「どうしたもんだろうな」
既に答えは出ている。
藍は美鈴にこれを背負うと言ったのだ。
その代償に勝利を得ると。
覚悟はしている。
それを違えるつもりなどない。
しかし、それでも気が重い事ではある。
「行くかね……」
それでも、しばらくは動けない藍だった。
帰るなら、空間転移すればいい。
「紫様に、なんて言おうか」
なんとなく、悪戯がばれた童の気持ちでそういった。
だが、いつまでもここにいても仕方ない。
藍はきびすを返す。
そして、意識を転移のために研ぎ澄ましていく。
藍の手は、意識せずに懐の響無鈴をまさぐっていた。
そのとき……
―――夢か、現か、幻か……
藍は確かに聞いた。
自分の懐から響く。
綺麗な、だが、無機質な鈴の音を……
「!?」
咄嗟に、藍は振り返る。
そして見た。
ボロボロになった黒衣と、外套。
虚ろな瞳で藍を眺める、紅の髪の女。
「な……んだと?」
藍は驚愕を隠せなかった。
自分の結界を破られたことに……ではない。
驚愕の正体は目の前の妖怪が纏う気そのもの。
それは妖気、霊気、魔気。
その全てが歪に混ざり合ったものだった。
「お前は……なんだ?」
「ただのしがない妖怪さんですよ」
凄まじい疲労を滲ませて、美鈴は呟く。
浮べる笑みは空っぽ。
そこには常の余裕や活気は全くない。
その水源が干上がり、根底がむき出しになった印象だった。
「ただの妖怪なら妖気しか持てない。人間なら霊気、悪魔なら魔気しか持てないようにな」
「……」
種族には特有のカラーとして、本来持っている気がある。
その気を、別の力に変えることは出来る。
しかし、根源の気そのものを変えることは出来ない筈である。
ましてや、その全てを持っているなどありえない。
「仮にそんな気があったとしても、反発して肉体が崩壊するはず……」
「その通りです。今の私は病気のようなもの」
「自然になった訳じゃないよな? 誰にやられたんだ?」
「人間です」
「は!?」
「別に以外では無いでしょう? 私は人食いの妖怪です」
いつか、自分より強い食料が現れれば、退治される。
これまでにも、美鈴はその境界線を越えてきた。
それを藍は理解した。
そして、改めて思う。
自分は橙を、彼女のようにはしたくなかったのだと。
「割と最近なんですよ、こうなったの」
「最近?」
「はい。咲夜さんが来る少し前かな?」
「なるほど……強かったろう、あいつは」
「そうですね……うん、強かった」
期せずして、二人は同時に苦笑した。
「さて、今夜はお開きにしましょうか」
「帰るのか?」
「はい。咲夜さんに気づかれました。もう森に入ってますね」
「そんなこと分かるんだ?」
「彼女は館の中が、そして私はこの森が領域ですから」
自身満々に宣言する美鈴。
「それではお暇するかね」
「ぜひ、またいらしてくださいね?」
「考えとくよ。それじゃあな」
藍の姿が、一瞬にして掻き消える。
残されたのは美鈴一人。
「負けちゃった……ぐっが」
突然、美鈴は身体を追って咳き込んだ。
口元を押さえた指の間を鮮血が伝う。
藍の結界の正体は無限回廊。
四組八枚の札を起点に入り口を作り、発動させる。
対象を結界に閉じ込めると同時に、対の扉同士が連結してループを作る。
さらに時間間隔を狂わせ、中にいるものの精神を破壊する。
無理やりこじ開けるのに、美鈴は治癒に回していた力を使わざるを得なかった。
「えげつない事しますね、ほんとに」
美鈴は呟きながら立ち上がる。
彼女の感覚では、既に何十年も結界内をさまよっていた。
「咲夜に、会わなきゃ」
おぼつかない足取りで、それでも美鈴は歩き出す。
自己治癒が途切れれば、それが僅かな時間でも命の保障は無い。
それでも、咲夜の死に目くらい見ようと、無理をしたのだ。
「ああ……眠いなぁ」
酷く眠い。
徐々に重くなるまぶたの向こうに、銀色の髪が写る。
自分を真似てやり出した三つ編みも。
そこが限界だった。
もう倒れてもいい。
咲夜は、倒れた美鈴を運んでくれるだろう。
一気に気が抜けた美鈴は、激しい睡魔に身を委ねた。
眠りに落ちる寸前。
最後の意識で美鈴が知覚したのは聞きなれた、幼い頃よりなぜか、自分に懐いた人間の声。
それは、泣きそうな声だった。
* * *
マヨヒガの八雲屋敷。
その玄関に出現した藍は、首を傾げる。
「何で明かりがついてんだろ?」
疑問に思いつつも、警戒はせずに家に上がる。
招かれざる不審者がここまで入れよう筈はない。
殺気も感じないため、大方顔見知りだろう。
藍はとりあえず、来客の顔を見ようと居間へ向かう。
そこにはいつもの紅白の衣装を纏った巫女の姿。
博麗霊夢は藍に背を向けて、お茶を飲んでいた。
藍の気配を察したのか、ゆっくりと振り向く。
いつもの、やる気のなさそうな表情で。
「お帰んなさい……とりあえず、痛くないの?」
「気になるか? お前も胸の真ん中ぶち抜かれて、心臓を愛撫されてみればきっと判るぞ?」
「遠慮しとくわ。まだ死にたくないし」
「ところで、どうした? 私の帰りを待っていてくれたのなら、光栄だがね」
「ああ、あんたでもいいわ。とりあえず。家の神社掃除しなさい」
「は?」
藍は首を傾げる
いきなりそんなことを言われる理由が思いつかない。
「な、なんで?」
「従者は主の不始末の責任を取るもんでしょ?」
藍の顔がまともに引き攣る。
「……あの、家のバカが、またお宅にご迷惑を?」
「ああ、こないだと一緒。今度は木の葉と花びらだけど、ご丁寧に社務所の中まで埋めてくれたわ」
「はぁ……あの、なんとお詫びをすればいいか……」
「まあ、いいんだけどさ」
「あれ? 怒らないのか?」
「いや、怒ってたんだけどね。流石に三日も待ちぼうけくうとね?」
「それは、重ね重ね悪かったな」
藍はそういうと、表情を改める。
そこには、いつもの彼女の姿があった。
「とりあえず、今夜もここに泊まってくれ」
「そうするわ」
「明日…いや、既に今日だな。朝一で私が掃除に行くから」
「私は紫のお仕置きね? 腕が鳴るわぁ……」
「ああ。もう好きにやってくれ。気の済むようにな」
「オッケー」
二人は阿吽の呼吸で互いの役を決める。
共通の敵を抱えたものの結束は非常に強固である。
「それじゃ、お休みなさい」
「応。明日はきついぞ。よく休めよ」
「わーってる~」
霊夢は欠伸をかみ殺し、踵を返して客間に向かう。
「あ!? ちょっと待て」
「あん?」
肩越しに振り向く霊夢。
彼女は顔面めがけて放られた何かを受け止める。
「なにこれ? 響無鈴じゃない。珍しいもの持ってんのね」
「ああ、お前にやるよ。本来、巫女の持ち物だしな」
「まぁ、くれるってんなら貰うけど」
霊夢は鈴を懐にしまう。
「どういう風の吹き回し?」
「いや、前回と今回の迷惑料だと思ってくれればいいさ」
「ふーん」
今度こそ霊夢は背を向け、歩き出す。
しかし、襖を開き廊下に出たところで、彼女はふと立ち止まった。
「藍」
「あん?」
「……ありがと」
「ああ」
霊夢の姿が見えなくなると、藍は深く息をついた。
負債を一つ返した。
そんな安堵と、疲労があった。
時刻は既に三時近い。
今から眠れるのは一刻ほどか。
「ったく、紫様は、また要らん仕事増やしてくれて……」
ぼやきながらも、顔が綻ぶのを自覚する藍だった。
やっと帰ってこれた。
やっぱり家が一番。
そして、明日は家族を迎えに行く。
これが嬉しくないはずはない。
(もう寝よう……明日は霊夢と白玉楼へ跳んで、橙を回収して神社。紫様は霊夢に任せば問題ないな。橙と二人で掃除して、午前中には終わるか……ああ、無理かな? 橙も掃除じゃ役に立たないだろうしな……)
布団に入る気力も無く、柱にもたれかかるように崩れ落ちる藍。
近未来の予想図を描く彼女は、とりあえず、心からの笑顔を浮べることができる。
そんな、時間の中に在った。
【了】
ツワモノの話は好きです。 欲を言えば、もっと残忍で狡猾で凶暴なバケモノの戦いを見て居たかったので、筆主殿には是非ともこのままこの路線突っ走って頂きたいです。 その道わずかも迷うことなく。
気に入った事が書けない、読み返すと自分の書いた物が凄く安っぽく見える。
こんなに苦しいものだとは思いませんでした。
感想です。楽しく読ませていただきました。妖夢と藍様の制服姿も脳内補完してしまいました。後半は燃えました。藍様、玉藻の前の方だったの!!
そして、苦しみながら作品を生み出している方達に対して、自分がずいぶん浅はかな事をしてきたと、改めて思い直しました。次回作期待してます。個人的には藍と美鈴の過去の話、私は読みたいです。それでは失礼いたします。
美鈴がかっこいいのと、前編でもそう思いましたがウイットに富んだ会話がとてもステキです。
うほっ、良いダーク系めーりんですね。意外な展開。
ところで響無鈴ってなんd(グーグル先生
つか、もうね_| ̄|○∠)) バンバン
藍様も美鈴もかっこよすぎそして一撃必殺の中でも穏やかさを感じる
藍様素敵杉
昔の藍さまが封神演技のダッキに見えました(字忘れちゃったorz
難産だったおかげで(?
最後までとても楽しみながら読めました
点は今後のために取っておかさせてもらいます
書き忘れがあったので
読み終わってもどきどきしっぱなしです
途中まではおもしろかっただけに残念。
本当に藍が封神演義の妲己だとしたら下手をすれば紫よりも遙かに年上ですね。
そして当然、美鈴も同じぐらいの年齢だということに。
ちゃんと橙のことも気にかけているのですね。
博麗との過去も楽しみにしております。お疲れ様でした。
前編からの路線の変化、あった伏線の未消化、本来後編で出番があった(と思われる)妖夢がほぼスルーされていたり、前編からの『間』がこの作品の完成を阻んだ、と思います。
続きモノを書く時は、最初にストーリーの全構想を纏めておいたほうが宜しいかと。
でも各登場人物の表現は的確でわかりやすかったので、次も期待してます。
すごいインパクトでした。
中国(美鈴じゃないよ)の伝記物って、流麗で陰惨でそれでいて物悲しい…
そんな物語が多いですが、藍や美鈴の未だ語られていない『歴史』を是非
読みたいです。頑張ってくださいませ。
途中の紫様が掃除しているのを幻視するあたりでは思わず吹きました
強い美鈴も良いなぁ・・・
でも強い藍様はもっと好きです(ぉ
とか
「……ありがと」
とかとかその他の文から考えるに、美鈴が霊夢の母を喰ったようで、霊夢の母で藍と交流があったということは、先代博麗の巫女のようで。
その巫女をただの食料呼ばわり。腹が減ったから襲った程度の相手と・・・
先代の力の程は分かりませんが
何ぼ何でも強すぎでねえですかい?
そ・れ・に、何故に霊夢に退治されてないわけ?博麗の巫女を襲ったんだから、親の仇ということを抜きにしても、博麗の巫女に討たれるには十分の理由だと思うのですが???現在の力の差を比べるに、十分可能でしょう。(そもそも、霧の事件時に勝敗ついてるし)
犯人を知らなかった?じゃあ、この後に美鈴死亡ですね
そもそも、紫と藍にばれずにどうやったんだか
何ていうか性格の問題ではなく、他の部分でお・か・し・い
文章力で押し切った感はありますがやはり釈然としないものがあります。
ところで、銀製で高品質なら値段は10倍ですねw
大変面白かった。タイトルに美鈴のめの字も無かったのでスルーするところでしたよ。
博麗の巫女は中立。
私怨で行動することは無い。
それに、妖怪は人食うっていう本能あるし。
おもしろい美鈴設定に+10でこの点数です
一般人がトラに素手で挑むようなものだろ。
娘がいたならそいつが継承するし、人間食べるのが妖怪だからなー。
霊夢が騒がなかったのも、犯人はわかってたからじゃないのー?