アリス・マーガトロイドの家は、霧雨魔理沙の家よりもさらに魔法の森の奥にある。
「……~♪……~♪」
その家の中のキッチンで、アリスは鼻歌まじりに歓迎の為のお菓子作りをしていた。
実験うまくいった 小悪魔、今からそっち行っから
魔理沙
礼儀の微塵も感じられないその手紙が、伝書鳩によって届けられたのはつい先ほど。まさか、こんなに
も早く来てもらえるとは思わなかったので、準備らしいことは一切していない。大慌てでお菓子作りに取
り掛かる。それと同時に、
「みんな、よろしくね」
何体かの人形を巧みに操作し、リビングの掃除と歓迎の準備をさせる。
最初こそ慌てていたものの、思ったより早く解読の作業に取り掛かれることに、気分は舞い上がり、い
つの間にか、踊るように鼻歌を歌いながら作業を楽しんでいた。人形たちも同調して踊りながら、とても
楽しそうに掃除をしている。
このまま、一曲歌っちゃおうかなと思ったところで、
「アリスいんだろーっ? 出て来いよー。ほら、小悪魔、着いたぞ……小悪魔?」
急に呼ばれて危うく、人形に持たせたお皿を落とすところだった。
(えっ? 今の魔理沙の声!? それに小悪魔って……ちょっ、い、いくらなんでも早すぎっ!)
ちょっと待ってて、と言いつつ、まだ全然準備が済んでいないことに慌てるが、このまま外で待たせる
こともできず出迎える準備をする。アリスはできる限りの数の人形を操作して、
「いい、みんな? 大切なお客様だから、丁重にお出迎えするのよ?」
『シャンハーイ!』
その言いつけに、人形たちは元気良く返事をする。
そして扉の前まで行き、せーので開けた。
「いらっしゃい、小悪魔っ! よう、こ、そ……」
目の前の光景に言葉が止まった。そこには、目を回して気を失っている小悪魔の姿が。
「おお、アリス。聞いてくれ。どういうわけか知らんが、小悪魔の奴が気絶……」
「上海」
アリスがそう言うと、人形が「シャンハーイ!」の掛け声とともに、魔理沙を右ストレートで殴り飛ばした。
「痛っ! たく、殴るこたねーだろ。顎が外れるかと思ったぜ」
ソファに座り、腫れた頬を擦りながら魔理沙が愚痴る。相当痛かったらしく、少し涙目。それに対して
キッチンに立っているアリスが澄ましたように、
「当然ね。全く、私の助手になんてことしてくれてるのよ」
「お前の、じゃないだろうが。私の助手でもあったんだからな」
その助手はアリスのベッドに寝かされている。箒酔いは覚めたようで、今は穏やかな表情で規則正しく
寝息を立てていた。
「大体、なんで殴られなきゃいけないんだよ? 私が原因とは限らんだろうが」
魔理沙は、間違いなく私のせいだろうな、とは思ってはいたが、殴られた手前どうにも引っ込めなくな
っていた。
「どうせ、馬鹿みたいにスピード出したんでしょう? つい夢中になっちゃた、とかいって」
全くその通りで、上機嫌だった魔理沙は全開で飛ばしまくった。小悪魔が悲鳴を出せないくらいに。
「そ、それが原因とは限らないだろ。実は、こいつが高所恐怖症だったとか……」
「へー、この子の羽は一体何の為にあるのかしら? 貴方の高所の基準は? そしてその高所で飛ぶ必要は
あったの? まあ、目を覚ました後にこの子に聞くとするわ」
魔理沙は「ぐっ」と唸り、これ以上は勝ち目がないと判断したのか「すまん」と謝罪する。
犬猿の仲といわれるこの二人はよくこんな感じで口論になる。大抵の場合は魔理沙が負ける。勝つ時と
いえば屁理屈でも言った時くらい。もっともそれも、あきれられて途中退場されてしまうのが常で、
つまりは不戦勝。
「謝罪はこの子に直接言いなさい……とは言っても、今日は無理そうね。目を覚ましそうにないもの。ど
うやら、その原因は貴方の後ろに乗ったから、てわけではなさそうね。貴方、随分無理させたみたいね」
「無理やりってわけじゃないさ。私は休むように言ったんだが聞かなくてな。だから頑張り過ぎちまった
ってところかな」
ベッドで眠る小悪魔を見て、そのまま話を続ける。
「てっきり私さ、今までこいつが頑張っているのは、主人のパチュリーの為にだと思っていた。いや、ま
あ、それもあるんだろうけどな。けど一緒にやってみてさ、ああ、こいつはそういう奴なんだ、頑張るの
が当たり前なんだってのが分かったんだ。だから、逆に私が緊張しちまってな。だって、すげえ、一生懸
命で必死なんだぜ?」
なるほどね、とアリスが呟いたところで時計のベルが鳴った。ケーキが焼きあがったようで、ミトンを
はめてすばやく取り出す。
すると部屋の中はケーキの焼きたての香りが漂う。
「そういうわけだからお前の解読の役には立つだろうよ。ただ、二つの事は守ってくれ」
「守る事?」
「ああ。まずひとつは無理をさせ過ぎないこと。私が言っても説得力がないが、本当に言わないと止まら
ないからな、こいつ。そしてもうひとつは……うまくいったら褒めてやってほしい」
「……言われなくてもそうするわ。成果を上げれば当然のことよ」
アリスはそう言い、串を刺しケーキの焼き加減を確認する。問題ないようでそのまま串を捨てた。
「かー、分かってないな、お前。結果に付いて回るような言い方はやめてくれ。いいか、こいつは……」
うまく伝わっていないことに魔理沙は頭を掻くが、すぐに思い直したように、
「ま、いいや。その時になってみりゃ分かることだしな」
「ご忠告どうも。取りあえず今日は、ゆっくり休んでもらうことにするわ。本当はお話したかったけど、
ま、仕方ないわね」
「ああ、そうしてやってくれ……それじゃ、これ以上うるさくしてもあれだし、行くわ。悪いな、小悪魔
に謝っておいてくれ」
そう言って魔理沙は帽子をかぶり、外に出て行こうとすると、
「待ちなさい……こうで、こうすると……はい、魔理沙」
手渡したのは、先ほど焼きあがったばかりのケーキが入った包み。中は温かい。
「お、おい。いいのか? これ、小悪魔の為のじゃないのか?」
「どんな形にせよ、小悪魔を送ってくれたのは変わりないからそのお礼。貴方に借りを作る気はないも
の。あの子の分はまた明日作り直すわ。それじゃ、さっさと帰りなさい」
冷たくあしらわれるものの、手に持ったケーキの温かさがなんとなく心にしみた。魔理沙は顔が少し熱
くなるのを感じ、それを悟られまいと帽子を深くかぶった。
でも、
「サンキューッ そんじゃ、またな!」
最後は笑顔を残し、魔理沙は帰っていった。アリスは見送ったあと、寝ている小悪魔の傍に寄り添い、
そして、
(そんなにすぐ、あの子の後ろに乗れちゃうなんて……少し妬いちゃうかな)
頬を軽くつついた。
チュン、チュン……
小鳥がさえずる清々しい朝。
「……すー、すー……ふへ、ぷぁちり、さまぁ、こあ、は……ひへ」
トントントン……
「……い、へは、せ……ふぁい……こぁ、は……ぱち、り、さま……でし、たら」
トントントン……
「上海、悪いんだけど、そろそろあの子、起こしてきてもらえるかしら」
キッチンでリズム良く、朝食の準備をしていたアリスが人形に指示する。一夜明け、まだ目を覚まさな
い小悪魔。そろそろ起こしても大丈夫と判断した。
「い、い……へすよ、あ、そ……な、いいへ、す」
「シャンハーイ」
「ふぁあ……きもひ、いぃ、です……」
「シャンハーイ」
「もっと……し、てくら、さい……あ、たま、なで、なで、きもひいぃ……ふぇ?」
人形に引っ張られ小悪魔はようやく目を覚ました。
ゆっくりと起き上がり、んーっ! と大きく体を伸ばす。
小悪魔は普段着とは違い、今はピンク色のパジャマ姿。昨日、寝ぼけて意識が朦朧としている彼女をア
リスは着替えさせていた。
まだ開けるとしみる小悪魔の目に、可愛らしい人形の姿が入る。
「…………こあ~?」
「シャンハーイ?」
「こあ~」
「シャンハーイ」
「こあっ!」(クワッ)
「シャンハイッ!」 (キリッ)
「……何、やってるの、貴方たち?」
口を少し吊り上げ、苦笑いのアリスが立っていた。
「……あ、アリスさん、おはよう、ございますー。あれ? なんでここにいるんですかー」
小悪魔はまだ寝ぼけているらしく、自分の今の状況を理解できていない。
「まだ、ちゃんと目が覚めていないようね、上海」
アリスが呼ぶと、人形が冷水で湿ったタオルを持ってきて、小悪魔に手渡した。それを顔にあてて、
「ふあー、気持ちいいですー…………えっと、あれ、アリスさん。ここはどこですか?」
疑問系だが、今度は目は覚めているようだ。きょろきょろと部屋の中を見渡し、頭に? を浮かべて
いる。
「おはよう、小悪魔。ここは私の家よ。覚えていなくても無理ないわ。貴方、ここに来てからずっと寝て
いたから」
「え、マジですか!? す、すいません。何かご迷惑を掛けたようですね……」
「いいのよ。原因は貴方ではなく魔理沙だから」
と言って、もう必要ないだろうと、小悪魔からタオルを受け取る。
(これだけぐっすりだったところをみると、相当疲れていたようね。ある意味、魔理沙に感謝かも……)
そう思いつつ、人形にタオルを片付けさせると、アリスは指を器用に動かし始めた。すると、たくさん
の人形がこちらに飛んでくる。
アリスはゆっくりお辞儀をすると、
「挨拶が遅れたわね。いらっしゃい、小悪魔。貴方を歓迎するわ」
『シャンハーイ』
アリスの挨拶と同時に、人形たちも一斉にお辞儀をする。その可愛らしい姿に小悪魔は笑顔になって、
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
深々とお辞儀をした。
「それじゃあ、一応、予定を伝えておくわね」
小悪魔への歓迎のお茶会の中、アリスは簡単にこれからの予定を説明する。
「えっと、魔理沙の実験が予定よりも早く終わったから、約束の日まで少し時間があるけど……できれば
今日からお願いしたいの。いいかしら?」
もともとの約束。アリスと魔理沙それぞれ一週間ずつ、計二週間。しかし、魔理沙の方が思ったより早
く終わったので、少し繰上げをお願いする。
「もちろん、大丈夫ですよ。アリスさんにはお世話になってばかりなので、是非。それに、早く終わらせ
るに越したことはないですから」
パチュリー様も心配ですし、と小悪魔は少し寂しそうに呟く。
「……ねえ、小悪魔。心配だったら一回、帰ったほうがいいんじゃないかしら? 私は無理を言うつもり
はないわ」
「……いいえ、大丈夫です。ちゃんと、やることはやってきてますから」
そう言って笑顔をみせる。アリスも、これ以上は言っても仕方ないと思い、先を続ける。
「分かったわ。それじゃ、早速説明するわね」
これからやる作業、魔導書の解読。小悪魔は読み方は解るので、それをアリスに教えつつ解読のフォロ
ーもする。アリスも魔法使い。魔導書の解読はそれなりの経験があるので、そこまできつい作業にはなら
ない。魔理沙の実験を先にしたのはこの為で、あとの方を魔法薬の開発という、魔導書の解読よりも精神
的なプレッシャーを必要とするものをもってくると失敗しかねない、とアリスは判断し先を譲った。魔理
沙の遠慮をしない性格も考慮して。
「正直、読み方は解っても、一週間で全ての解読を終わらせるのは難しいと思うわ。だから、必要な部分
だけにしておこうと思うの。えっと、確か、パチュリーの研究で少し解読したのよね。そもそも、その研
究ってどんなものだったの? ヒントだけでもいいから、教えてもらえるとありがたいんだけど」
パチュリーの研究の内容を深く知ることは、彼女の成果を侮辱すると思い、アリスはあえてこういう言
い方をした。小悪魔もこの意図に気づいたようで、
「ヒント、だけでしたら。えっと、ほら、植物って育て方でいろいろ変わるじゃないですか。例えば、
しゃべりかけたりするとか音楽を聞かせたりとか……」
「ありがとう、もう十分よ」
え、もういいんですか? という顔の小悪魔。彼女的にはもうちょっといいかなと思っていたようだ。
(どうやら、この本で間違いなさそうね……)
アリスは常々、いかに、魂を生成した上で心を育てようかを考えてきた。心の無い魂を人形に入れても
さぞ、恐ろしい動きをするだろう。その過程の中で植物に着目する。植物には魂はあって、もしかしたら
心を持っているんじゃないかと、そう考えた。西行妖のように妖怪になりえる植物だってあるくらいだ。
そして、うまくいけば心を育てた植物からその魂を、人形に移せるんじゃないかと思っていた。閻魔だっ
て植物だったら文句は言わないだろう。
「それじゃ、早速……とその前に。はい、小悪魔。これが今回の貴方への報酬よ」
手渡されたのは小さな箱。それを開けてみると、
「……ちょ、アリスさんっ!? いいんですか、これ、かなり純度の高いルビーですよ! 魔力も……」
「いいのよ、それに見合う仕事さえしてもらえれば。だけど小悪魔、受け取ったんだからしっかり元は取
らせてもらうわよ」
そう言い、人差し指を立てて軽くウィンクをする。
「い、意外とアリスさんて意地悪なんですね……むふふ、いいでしょう。私、頑張っちゃいますから!」
力こぶを作るにはあまりにも細いを右腕をL字に曲げ、小悪魔もアリス同様にウィンクを返す。
「まあほどほどにね。それじゃ、始めましょうか」
「お嬢様、少しよろしいでしょうか」
日が沈み闇が訪れ、吸血鬼にとっての日常が始まるこの時間。咲夜は自分の主、レミリアの髪をクシで
とかしていた。その主といえば顔を洗ってもらったものの、まだ眠そうだ。髪をとかされるタイミングを
合わせるかのように、まぶたを開けたり閉じたりしている。
「何?咲夜」
それでも従者の声は聞こえていたようで、間も無く返事をする。
「実は少し、気になることがございまして。その、パチュリー様なのですが……」
彼女の話だと、どうもパチュリーの様子が最近おかしいらしい。話しかけても上の空。一回で話が通じ
る方が珍しいくらい。紅茶もケーキも手付かずで、粗相があったのかと理由を聞いても「下げていいから」としか答えない。
あと、前までは、休憩ぎりぎりまで本から目を離さないはずのパチュリーが、休憩時間に行くと上を向
いて、ぼーっとしているのだ。そして、よく分からないことを呟いている。
「……と、いうわけでして、お嬢様にお伝えした次第でございます」
伝え終わったあと、レミリアの頭に帽子をかぶせる。
「ふーん、そうなの。それで次の、その休憩はいつかしら?」
「え? は、はい。30分後ですが」
レミリアは椅子から立ち上がり時間を確認する。
「そう。それじゃあ、ちょっと見てくるわ……ああ、咲夜。次の休憩にお茶は用意しなくていいから」
よろしいのですか? という咲夜に振り向かずレミリアは部屋を出て行った。
そして2時間後、
「上を向いていたわね」
図書館から戻ってきたレミリアが、それ以上は何も言わないので、咲夜が疑問を投げかける。
「あの、それだけでございますか?」
「それだけって、何が?」
「ですから、あの、その後どうされたのですか?」
「ああ、一緒に天井を見てたわ」
レミリアの答えに咲夜は思わず「はっ?」と言ってしまい、失礼致しました、とすぐに謝罪をする。
しかし、答えは納得出来ない様で、
「お嬢様、それは一体どういうことでしょうか?」
「ふあ~。だから、一緒に、天井を、見ていたわ。悪くないものね、不思議な中毒性があるわ」
どんな中毒性ですか、と思っている咲夜をよそに、レミリアは再び眠くなってしまったようで、大きな
あくびをした。
「あの、心配ではないのでしょうか?」
さらに若干しつこく聞いてくる従者に、主は逆に、
「……ねえ、どうして気になるの?」
と、質問を返した。
「お嬢様。お言葉でございますが、それは私の台詞ですわ。ご自分のご友人が心配ではないのですか?」
少しだけ口調を強めた咲夜の言葉に、レミリアは軽く笑みを浮かべて答える。
「咲夜。貴方ってホント、人間ね」
「どういう、意味でしょうか?」
咲夜は知っていた。こういう言い方をする主は大体自分を小馬鹿にする時だと。元に口が少し吊りあが
っている。こういう時は下手なことは言わない方がいいことも知っていたが、納得できないことで思わず
聞いてしまった。マズイ、と後悔しても、もう遅い。
「だって、そうでしょう。そんな些細なことを気にするなんて、ちょっとした変化に敏感で、それにびく
びくしている、人間そのものじゃない。ああなるほど、あの時もそうだったかもね。相方がいなくなった
から一応様子を見に行ったけど。なるほど、確かにパチェがあれくらいで動揺するわけないかもね。貴方
のおかげで気づけたわ、ありがとう」
なんとも嫌味っぽくレミリアは答える。そして咲夜の反応を楽しむようにさらに続ける。
「話掛けても通じない? 考え事でもしてたんじゃないの? 紅茶、ケーキが残る? あら、私が残した
とき、いちいち粗相を聞いてきたっけ? 普段の貴方なら、残っていたら伺いを立てて、そのまま下げて
次はより良いものを出す。そうしていたはずだけど?」
「そ、それは、お嬢様ですから……」
集中砲火を避けようと反撃に出ようとするが、すぐに打ち消されてしまう。
「あら、私だからって言ったけど。それはつまり、私だからいちいち粗相を聞く必要がないってこと?
でも咲夜、私いつ聞かなくてもいいって言ったかしら? いつから貴方の判断でそうするようになったの
かしら?」
お付きになって最初の頃、うまくいかず、その都度レミリアに粗相を聞いてきたが、慣れてからは自分
の判断でやってきた。特に何も言われなかった為、任されたと思っていた。直接、レミリアの許可を貰っ
たわけではない。
咲夜は、これ以上は一方的にいびられると判断し、とりあえず折れる。なにより、この言われ方から自
分が何か怒らせることを言ったのではと考えていた。
「……申し訳ございません、お嬢様。どうやら私は粗相をしてしまった様でございます。ですが、おはず
かしながら見当がつきません。宜しければ、お聞かせ願いますか?」
その言葉に、もう終わり? つまらないわね、と軽く愚痴りつつ、その答えを言った。
「咲夜、貴方は私の親友を、おかしい、と思ったわ」
そう答えるレミリアの瞳から、少なからず不快であることが読み取れる。
「そんなつもりはっ! 私がお嬢様のご友人にそんな……」
全くそんな気は無く、咲夜はどちらかといえばパチュリーのことを尊敬していた。
「そういうことではないのよ。私は、何もおかしいことなんてなかったって、直接じゃないにしろ、態度
で貴方に示したわ。そして分かったはず。お嬢様の気にすることはなかった、てね。なのに貴方はそれが
納得出来なかった、そうでしょ?」
「……仰るとおりでございますわ」
見たことも無い仕草、行動、姿に違和感を覚えないわけがない。人間はそれが当たり前。身近な人なら
それは余計に。
「だから私は人間を例えた。気にしすぎる生き物にね。私と人間では価値観が違うのよ。私が気にしない
ことを、貴方が気にするようにね。けど咲夜。そんな人間の価値観なんて、私には知ったことではない。
そんな物珍しそうに、私の親友を観ないでもらえるかしら?」
「大変、失礼を致しました。申し訳ございません……」
謝罪する咲夜の顔には少し怯えが混ざっている。完璧なメイドで務めてきた彼女にとって、主の叱責は
辛いものがあった。
「いい? 咲夜。貴方がおかしいと感じたパチェの姿は、何てこと無い彼女の一つの姿。私だってパチェ
のあの姿は見たことないわ。彼女がここに来て何十年と経ってるけどね。もしかしたら、ここに来る前の
ものかもしれないわね。まあ、それを知っているかもしれない相方は、ただいま出張中。咲夜、ここまで
ヒントあげたんだから、答えてもらおうかしら? 貴方のやるべきことは、何?」
「気にしない……でしょうか」
若干、パチュリーに失礼を感じながらも答えると、正解のようでレミリアは微笑む。
「そういうことよ。もしかしたらあの二人の間に何かあるのかもしれないわね。でも、その事情を知らな
いならそれまでよ。はい、この話はおしまい」
軽く手を叩いて終了の合図をし、仕事に戻るよう促がす。しかし途中で、少し落ち込み気味で部屋を出
ようとする咲夜を呼び止めた。
「……ねえ、咲夜。もし私が変わったら、今まで以上に気にしてくれるのかしら?」
いたずらっぽく聞いてくるレミリアに、咲夜はそれでも真剣に、
「……当然でございますわ。主のどんな些細なことでも見逃しません。私は従者であり、貴方の人間、で
もありますから。例え、どんなに変わられようとも、それを気にしようとも、お嬢様への忠誠が変わるこ
とはありませんわ」
その答えは自分の本心。例え正反対になろうともその志は絶対に変えない。それが自分のあるべき姿だ
と思っている。そんな従者の想いにも、主は呆れたように、
「馬鹿ね……変わらないわよ。貴方みたいな、人間が生きている間に、なんてね。それが、今の私、に尽
くしてくれる貴方への最低限の報いよ」
「お嬢様……」
この方が主でいてくれることをに誇りに思い、咲夜は部屋をあとにした。
「それじゃ、行って来るわね。でも、小悪魔、本当にいいの?」
解読を始めて、5日間が経ちそれなりに進んだところで、アリスたちはどうしてもその場では解けない
箇所にあたってしまった。仕方なく再び図書館に調べに行こうと思い、どうせならと小悪魔を誘ったのだ
が、
「私はいいですよ。ここで解読の続きをやっています。二人で行っても時間、もったいないですから」
「でも、せっかくだしパチュリーに会えばいいじゃない。寂しいんでしょう?」
ここ数日の小悪魔を見ていると、ぼーっとしていることがあった。
魔理沙の言う通り、彼女の仕事っぷりはかなりのもので、予定よりも相当早く進んでいる。その分疲れ
が出てきたのかと思ったのだが、どうやらそうではないようだった。
彼女は時折、外を眺めていた。その方向は紅魔館。このことから主人が心配ではと、一度帰るように言
っても大丈夫の一点張り。仕方なくそのまま続けてきたので、アリスはこれが良い機会だと思った。
「寂しくないと言われれば、嘘になります……けど、今はアリスさんの助手です。気にしないで下さい。
それに、しっかりと仕事を終わらせてから帰ったほうが、パチュリー様も喜んでくれると思いますし」
「……そう、分かったわ。それじゃ行って来るわね。お留守番よろしく」
この数日で小悪魔は意外と頑固なことを知ったアリスは、それ以上は言わず家を出る。
「いってらっしゃい、お気をつけて」
その言葉に振り向くと、やはり寂しげな表情。
そんな小悪魔を背にアリスは紅魔館に向かった。
紅魔館に着くと、門番である紅美鈴が鍛錬をしていた。
「よ、とうっ、たぁ!! ほ~~……ほあたぁ!!」
掛け声と共に強烈な回し蹴りが放たれた。その力強さ、鋭さは大剣を連想させる。
「あら、珍しいわね。このくらいの時間帯は寝てるんじゃなかったっけ?」
そんな美鈴の姿にも目が留まることはアリスには無いようだ。むしろ、うっとうしそうである。
「あ、アリスさん、こんにちは……って、会って早々何を言ってるんですか!?」
美鈴は昼間によく居眠りをする。そこを見計らってアリスは門をくぐっていた。時には起きてしまい、
仕方なく弾幕勝負をしたこともあったが、最近では、
「だって、貴方が起きていたら、いちいちここに来た理由を、説明しなければならないじゃない」
「それくらいはしましょうよっ!? いくら、多少は信用があるからといって……」
多少の礼儀をわきまえているアリスは一応、ここの出入りの許可を貰っている。もちろん美鈴を通して
だが。
まあ、仕方ないわね、とアリスは理由を説明する。
「そういうことですか、分かりました。貴方の訪問を許可しましょう!」
いかにも「私はしっかり仕事をやっているんだぞ、どうだ!?」という態度で胸を張る美鈴。そんな彼
女を無視してアリスは門を通っていった。
そして、館の扉の前まで行き、扉を開けようとしたところで、
ドカーーーーンッ!!!
さっきいた場所から轟音が響く。
「おーい、アリス。待ってくれよー」
轟音の犯人は魔理沙だったようで、箒に乗ったまま声を掛けてきた。
(はあ。美鈴、運が悪かったわね……)
いちいち待っているのも面倒なのでアリスはそのまま扉を開く。
「ひっでえなー、待っててくれてもいいだろうが」
魔理沙は赤くなった鼻をこする。アリスにあと少しで追いつくというところで、開けていた扉を閉めら
れた為、もろに激突してしまったのだ。
「それは美鈴の分よ。全く毎回毎回、やられる身にもなってみなさい」
地下に続く階段を下りながら、同情からか魔理沙を非難する。魔理沙は強行突破派なので、ほぼ毎回弾
幕勝負になる。しかし、この特殊な勝負に至っては彼女が格段に上の為、美鈴は連戦連敗。しかも、高出
力の魔砲を魔理沙は使うので、あまり無事では済んでいない。
「あいつがシエスタをやめれたらな」
しれっと魔理沙が答えたところで、図書館の前に着いた。
比較的大きめの扉をを開けると中は薄暗い。
図書館の中はかなりの広さを誇るので、すべての場所に明かりが灯っているわけではなく、必要最低限
にしている。基本、パチュリーと小悪魔しかいないのでそれで十分だった。
「パチュリーの奴、どこにいるかな」
今までだったら、パチュリーに何も言わずに図書館に来たらそのまま、ほしい本の探索に入っていた。
しかし今回は二人とも魔法関連の本を探しに来たので、小悪魔の魔導書で事足りる。中には、お目当ての
ものはないかもしれないが。
「いつもの場所にいるんでしょ」
アリスはそう言い、その場所に向かう。魔理沙も同じ意見なのかついてくる。
そして案の定、テーブルのところにその姿を発見した。結構距離は離れているが、遠目でもあの格好は
見間違えない。
「こあ?」
気づいたのかパチュリーは、ゆっくりと立ち上がりこちらに歩いてくる。アリスたちのいる場所が暗く
なっている為、見えないらしい。
魔理沙は別に隠れるつもりはないので、
「残念、魔理沙さまだぜ」
あえて自分をアピールした。途中までこちらに歩いていたパチュリーは立ち止まり、「そう……」と答
えて戻っていく。その表情は離れている為確認できないが、後ろ姿が妙に猫背のような気がした。
「悪いわね、パチュリー。小悪魔は今、私の家でお留守番をしてもらっているのよ」
テーブルに着いてから、アリスが手短に事情を説明する。
それに対しても「……そう」としかパチュリーが答えないので、アリスは少し違和感を持ったが、
「おい、アリス。これマジですげえって」
と、小悪魔の魔導書を使って、次から次へと本を出す魔理沙を見て、まあ、いいか、と思った。
それからしばらくは、お互い本を探す作業。アリスは10冊出し、魔理沙は20冊出したところで、お
目当ての本が見つかった。
魔理沙の本が見つかったと同時に、休憩時間のようで咲夜が現れた。
「あら、貴方たち、来ていたのね」
そう言うと、一人分の紅茶とケーキが三人分に変わる。彼女の能力を使ったのだろうが、はたから見た
ら勝手に増えたようにしか見えない。
「……それではパチュリー様、失礼致します」
全員分の紅茶を淹れたところで、咲夜は仕事に戻っていった。アリスたちは来たばかりだったが、せっ
かくだし、と頂くことにする。
「……それでアリス。こあの様子はどう? 貴方に迷惑を掛けていないかしら」
同様に読書を中断し紅茶を一口飲み、パチュリーは使い魔の現状を聞く。
「迷惑なんてとんでもないわ。あの子のおかげで順調よ」
それを聞いてパチュリーは微笑む。アリスはそれが、前とは少し違う気がした。前に自分の使い魔が褒
められた時は、もっと誇らしげだった様に思えたのだ。
「アリスの言うとおりだぜ、パチュリー。あいつが私の助手をしてくれたから、実験もばっちりうまくい
ったしな」
魔理沙は本を読みながら会話に参加してくる。休憩中にもかかわらず紅茶を飲みながら。本を勝手に持
って行く事以外でいえば、こういうマナーのなっていないところが、パチュリーの反感を買っているのか
もしれない。
しかし、当のパチュリーは今は気にしていないのか、魔理沙の言葉にただ微笑んでいる。
「魔理沙。貴方、行儀が悪いわよ。読むか休むかどちらかにしなさい」
「こっちの方が効率がいいんだぜ」
パチュリーの代わりにアリスが注意するものの、やめる気配はない。アリスもどちらかというとそこら
辺はうるさい方なので、もし私の家でそんなことをやったら、思いっきり注意してやろう、と思いつつ、
やはり、どうも様子がおかしいパチュリーが気になっていた。
「ねえ、パチュリー、どうしたの? どこか調子が悪いとか……」
気になってアリスは聞いてみるが、
「え? ああ、別に何もないわよ。少し頭痛があるくらいで」
だから大丈夫よ、としか言わない。アリスはこの会話に覚えがあった。
(これって小悪魔と……)
そう考えていると、魔理沙が口を挟む。
「馬鹿だなー、アリスは。パチュリーは小悪魔がいなくて寂しいんだって。そんくらい読んでやれよ」
「そうなの? ごめんなさいパチュリー。そうよね、もう10日だものね。ねえ、パチュリー。もう、
終わりにしたほうが良いかしら? あの子には十分やってもらったし……」
本当はまだ解読が終わりそうにないが、無理強いはできない。一応、あと2日期限があるが、残りは自
分でなんとか出来そうではあった。
「…………構わないわ、別に。寂しいなんて思っていないわよ。むしろ静かで清々しているわ」
気を使っても、やはり大丈夫と言う。まるで小悪魔と同じ。しかし二人には決定的な違いがあった。小
悪魔は寂しそうな顔、だが、パチュリーはそんなことはない。むしろ……
アリスはそれが解りそうなところで、また口を挟まれる。
「なんだー? パチュリーお前、まるであいつなんかどうでもいいみたいな言い方するなあ? ひっでえ
な。あっちは一生懸命頑張ってるのに、薄情な主人もいたもんだ」
パチュリーの言い方に魔理沙が反論する。彼女にとって小悪魔はお気に入りになっていたので、腹が立
ったのだ。しかし、顔を上げないところ、そこまで本気ではない様子だったが、
「なあ、パチュリー。なんかお前、自分の使い魔どうでもいいみたいだしさ……」
「一生、借りていいか?」
「……え?」
「なーんてな、じょーだ……」
「帰すわ」
アリスは立ち上がると、そう言った。急に立ち上がったことで、魔理沙も顔を上げる。
「……何だよ? 急に立ち上がったりして」
「帰すわ、今日中に、貴方の元に、帰るように言うから、だから……ごめんなさい、それじゃ」
魔理沙の言葉は耳に入っていないようにアリスはそれだけ言うと、出した本はそのまま早足で帰ってい
った。魔理沙も「お、おい、待てよ!」と彼女のあとを追う。
「……」
ただ一人になった図書館はいいようの無い静けさに包まれた。
嫌な予感。虫の知らせとはまた別の、形容しがたい感覚に魔理沙は襲われていた。
「おい、美鈴っ! アリスは何処行った!?」
アリスを追いかけたものの思いのほか速く、館を出たときにはその姿を見失っていた。太陽はすでに西
の方角に大きく傾いており、あと小一時間で沈むことだろう。それが余計、魔理沙を焦らせた。
「い。いきなりどうしたんですか? アリスさんでしたら、あちらの方に行かれましたけど……」
その方角を指差す美鈴に「サンキュー」と、軽く礼を言いその方向に飛ぶ。アリスのさっき言ったこと
は本当のようで、その方角は魔理沙の家もある魔法の森。家に向かっていることは間違いなさそうだ。
(たくっ、何だよ急に、帰すとかどうとか言いやがって……)
アリスは基本、落ち着きのある性格をしているので、急に態度が変わるなんてことは、ほとんどない。
しかし、さっきの言い方はかなり動揺していたように思える。心なしか、声が少し震えていたような気が
した。
「……っ! おーいっ、アリス!! 止まれっ、待てって!!」
前方に見知った姿を捉え、魔理沙は大声で呼ぶ。
しかし気づいていないのか……いや、それは無い。なぜなら、5メートル程度の距離に近づいても止ま
る気配が無いからだ。耳栓でもしていない限り聞こえないわけがない。
つまり、完全に無視。
いくら声を掛けても振り向きもしないアリスに、魔理沙はいい加減、頭にきて、、
「くっ、仕方ねえ。安心しな、当てはしないぜっ!……恋符、マスタースパークッ!!」
アリスの左側になるように体を逸らし、その前方にミニ八卦炉を構えスペルカードを発動した。
激しい轟音と光がアリスの前方を翔けていく。条件反射のようにアリスはその場に止まった。急に止ま
ったため若干追い抜くも、取りあえず魔理沙はため息を出して安心する。正面に回ったことで表情は見え
る位置だが、うつむいている為、分からない。
「まったくよ、無視することはないだろ! おかげでスペルカード、一枚損しちまったぜ」
「……」
そんな魔理沙の言葉にも何の反応も示さないアリスに、一度はおさまりかけた苛立ちが再び顔を出す。
「おい、何か言えってっ!? 一体、どうしたって……」
反応が無いアリスの左腕をむりやり掴んで、事情を聞きだそうとした少女の言葉は途中で止まる。
彼女はそれに気づいた。自分にとっては絶対にありえないその光景に。
「おい、アリス……お前……」
「……」
「……何で、泣いてんだ?」
こいつとは仲良くはなれんだろうな、これが魔理沙にとってのアリスの第一印象だった。実際付き合っ
てみるとそうでもない……なんてことはなく空気が合わない、意見も合わないなど合わないだらけで、よ
く口論が起こる。その上で趣味が一緒なので、取り合いなど日常茶飯事。
でもそれなりに付き合ってみると、彼女の良いところにも気づくわけで。その一つが落ち着いていると
ころ。よく一緒に異変の解決に向かったりするが、魔理沙はこのおかげで何度となく助けられ、異変を解
決してきた。まあ、恥ずかしいから礼なんて言わないが。
だからアリスが感情的になるのは、自分との口論かものすごい発見をしたときか、それくらいだと思っ
ていた。だから……どうしても目の前のことが信じられなかった。
そんな落ち着きがあるはずの少女が、感情をあらわにして泣いているのだから。
(……なんだよ、これ)
本当に貴方って自分勝手ね
(だって、こいつ、だぜ……?)
ほーら、ぼーっとしてるからよ? 集中しなさい
(ありえ、ない、だろ……)
貴方に借りを作る気はないもの
(なあ、頼む、から……)
「やめ、ろよ……」
それは声に出ていた。普段は冷たくて、けど時折、優しいところがあるそんな彼女の今の姿に、魔理沙
は耐えられなくなっていた。嫌いなはずなのに、どうしようもないくらい、苦しい。胸が何かに締め付け
られるようで、この場から逃げ出したくなる。
「なあ、アリス……何か、あったのか?」
出来る限り優しく、魔理沙は聞いてみる。もう隠す必要がなくなったのか、アリスの嗚咽は先ほどより
も大きい。
「な? 言ってみ。聞くぜ?」
「……私、パチュリーに、酷いこと……したわ……」
魔理沙の問い、ようやくアリスは口を開く。その口調は普段とは逆に少し子供っぽい。
「何を、したんだ?」
でも決してそれを笑わず、魔理沙は真剣に受け止める。
「……パチュリーの、気持ち、考えずに、軽率なこと、した……のよ」
「どんな、ことを?」
「私の勝手な欲で、ひき離した、あの二人のこと……ごめん……パチュリー……ごめんね」
ただ謝りながら一層、涙を流すアリス。そんな彼女に魔理沙はハンカチを渡した。
「大体、事情は分かったぜ。小悪魔に助手を頼んだのがいけなかった、てことだろ。だったら、私も同罪
だ。むしろ私の方が駄目だろ。言い出したの私だしな」
「私の方が、悪い……あの子の隙をみつけて、追い込んだ……なによお願いって……私、ほんとに馬鹿」
「そんなこと言うなって。そ、それにだ、そんな素振りなかったじゃないか。小悪魔は乗り気だったし、
パチュリーはなんだかんだ言っても、結局許してくれたしな」
だからそんな気にすんな、と言い軽く肩を叩く。しかし、アリスはそんな慰めにも首を振って、
「……違うのよ、魔理沙、そういうんじゃない……小悪魔は、それが当たり前だから、主人の為に、なる
から……だから、私は大丈夫って……結果的にパチュリーも喜ぶ、て勝手に思った」
「実際そうだろ? あいつ、小悪魔の成果を普通に喜んでいたし……まあ、さっきのあれはえっと……
照れ、だろ。まあ、言い方が気に入らなかったから、私も思わず冗談を……」
「それよ、魔理沙……貴方の、あの言葉で、パチュリーの……」
アリスの言葉に思わず魔理沙はぎょっとした。あの時の言葉、そういえばあれを言ってからアリスは何
かおかしくなったな、と思い、
「つ、つまりあれがいけなかったってことだなっ? よしっ、今から謝ってくる! だから、もう……」
そのまま、魔理沙は飛んで行こうとするのをアリスは呼び止める。
「違うのよ、違う……貴方の言葉で、わかった、だけで、あの言葉のせいじゃない……」
「どういう、ことだ?」
「多分、彼女も、ちゃんと分かっていなかった、て思う……けど、本当は、ずっと、そうだった」
「だから、何が……」
「私……パチュリーの、あんな顔、見たことない……見たこと、ない……ごめんね、パチュリー……ごめ
んね……」
いつまでも止まらない涙に、魔理沙はどうすることもできなくて……でも、離れずに傍にいた。
「どうだ、落ち着いたか?」
「うん、ありがとう……」
あれから、とりあえずこのまま飛んでいるのも何だったんで、休めそうな所を探すと、すぐ近くに大き
な木があった。二人は今、その枝に腰掛けている。
日はすでに沈みかけているので、辺りは薄暗くなってきていた。アリスは落ち着いたようで涙は止まっ
ている。
「……ねえ、魔理沙」
「え? あ、ああ、なんだ?」
魔理沙的には、少々居辛い空気の中で急に話掛けられたもので、少しどもってしまう。
「貴方はあの二人のこと、どこまで知っている?」
魔理沙は腕を組み考える素振りをするが、大した答えは浮かばなかったのかすぐに返事をした。
「うーん、そうだな。まあまあ仲のいい、主人と使い魔ってところくらいかな」
「私もそれくらいかしら。付け加えるなら多分、あの二人は今まで離ればなれになったことがない、ずっ
と一緒だったんじゃないかって思うの」
「ほう、どうしてだ?」
「ほら、さっき私、多分パチュリーも分かってない、て言ったじゃない? あれがそういうことだと思う
の。今まで離れたことがなかったから、てね」
「なるほどな……」
魔理沙は納得したようでうなずいている。
「私たちが知っていることはそれくらい。だから、どういう風に出会って、契約して、どういう風に過ご
してきたか全然知らなかった。なのに……なんて軽率なことしたんだろう」
「……うん、そうだな」
離ればなれになった事の無い二人。小悪魔はまだ良かったかもしれない。主人の為になるって思えば気
も紛れる。逆にパチュリーの場合は、ただ結果でしか分からない。終わるまでは心配もする。目の前で直
接その姿でも見ない限り、安心も出来ないし納得もいかないだろう。
「まったく。パチュリーも、嫌ならもっとはっきり言えばいいじゃないか」
「それは、さっき言ったでしょ? 彼女にはその自覚がなかったのよ。だから、良いって言ってくれたん
だと思う」
だけどよー、と言う魔理沙は断らなかったことが、まだ納得できないらしい。非は認めるものの、その
部分は煮え切らないようだ。
「それで私、パチュリーがあんな顔するものだから動転しちゃってね。すぐにでも帰って小悪魔を連れて
来なくちゃって、そう思ったのよ」
「……どんな顔だったんだ?」
アリスが慌ててしまうほどの表情。魔理沙はそれに少し恐怖を持っていたが、自分が引き起こしたこと
なので、聞かない訳にはいかなかった。
「……目を見開いて絶望している、魂の抜けた無表情……そんな感じ」
「マジでかっ!? やっべぇ、悪いこと言っちまった……そこまで真にうけんでも……」
相当アリスの表現がショックだったのか、魔理沙は頭をかかえて唸っている。
「普段から貴方が、死んだら返す、なんて言ってるからよ」
「うっ、それは……」
本を借りていく時の決め台詞。その言葉が拍車をかけるとは思わなかった。
「……それで、その途中ね、思わずあの二人と、自分のことを重ねちゃったのよ」
「……どんなことを?」
「あの二人と、私と人形たち。もちろん、全然違うんだけどね。でも、もし人形たちがどこか行ってしま
ったらって、そう思ったら急にパチュリーの気持ちが、分かったような気がして、涙、出ちゃって……こ
んな、ことにも、気づけないなんて……人形たちに、魂を、持たせる、資格なんて……グスッ」
「だーっ!? やめてくれ、頼む! これ以上は勘弁してくれっ!」
再び泣きそうになるアリスを魔理沙は必死で慰める。もうあんな苦しいのはたくさんだ、そう思って
いた。
アリスもこれ以上はと、目元を魔理沙のハンカチで拭い、涙が溢れるのを止めようとする。
その甲斐があって涙も心情も治まったようだ。
「……大丈夫よ。なんか、ごめんなさい。貴方が来てくれなかったら、大変だったと思う」
「まあ、あのまま帰ったら小悪魔の奴、すげービックリしただろうな」
「ふふ、全くね……だから、本当に助かったわ。ありがとう、魔理沙」
微笑んで素直にお礼を言われたので、魔理沙は思わず顔をそらしてしまう。そんな彼女の耳は赤い。単
純に照れているのだが、そんな自分を振り払うように勢いよく立ち上がった。
「ダ、ダメだ、ダメだ! 何だ、この空気は!? 全然私たちらしくない! アリス、私らは犬猿の仲、
そうだろっ!?」
「あら、いいんじゃない? 嫌いじゃないわよ、こういうのも……魔理沙は、嫌?」
思わぬ返答に、魔理沙の顔は真っ赤になっている。アリスはその反応を楽しむように、少しにやにやと
している。普段の彼女に戻ったようだ。
「嫌に決まってんだろうがっ!!」
「……そう」(ショボーン)
「え?……あ、いや、そ、そうだな……たまにだったら、い、いいぜ?」
「ふーん、たまにって、どれくらい?」
(こ、こいつ落ち込んだふりを……!)
手玉に取られていることに気づいたものの、引くに引けない。魔理沙は仕方なくといった感じで、
「だーっ! 1年に1回くらいだろっ! そんじゃ、私は帰るからな!!」
そう残し、魔理沙は箒にまたがり、ロケットスタートのように最初から全開で飛んでいった。
アリスはその姿を見送りながら、
「それは多いか少ないか、どちらになるのかしらね……」
なんとなくそんな言葉を呟き、帰路を急いだ。
アリスが家に着いた頃には、月がはっきり見える頃になっていた。
すぐに、適当に理由を言って小悪魔を帰らせようとするも、「気を使わなくとも大丈夫ですよ」と言わ
れてしまう。はっきり先ほどの出来事を伝えようか迷ったが、パチュリーの威厳に関わるので言えない。
どうしようかとアリスは迷っていると、
「……あの、アリスさん。パチュリー様、どうでした?」
「あ、やっぱり気になるっ? そ、そうよね、もう、10日近くも離れているものね! 私が見る限り、
パチュリー、結構寂しそうだったわよ! いや、凄く寂しそうだった。直接、聞いていないから分からな
いけど。うん、少なくとも私からはそう見えたわ!」
小悪魔が気になっているようなので、ここぞとばかりに伝える。パチュリーの体裁を考えて、あまり直
接的なことは言えない。だが、どうやら小悪魔に思いが通じたようで、
「そうですか……それじゃあ、早く終わらせないといけませんね。頑張りましょう、アリスさん!」
(ち、違うのよ小悪魔!)
手伝ってもらった手前、無理やり帰すこともできない。そのもどかしさに頭を抱えていると、ふと小悪
魔のリュックが目に入る。
あら、小悪魔。そのリュック、随分と可愛らしいわね。
あ、分かります!? えへへ、やっぱり可愛らしいお人形さんをつくるアリスさんとは、趣味が合うと
思っていましたよ!
小悪魔が起きてから、二人でそんな話をしたのは数日前。その時にリュックの秘密も、アリスは聞いて
いた。
(……やむをえないわね)
アリスは軽くため息をつき、小悪魔に、
「……ああ、そうそう。さっき紅魔館から出ようとしたところで、咲夜が焦ったように話掛けてきてね。
なんでも、貴方のリュックに仕込んだスペルカードに欠陥があるらしくて……」
「欠陥、ですか? 一体、どんな」
解読をしていた小悪魔が顔を上げる。しかし、その顔に不安の色は無い。大したことではないと思って
いるのだろう。
アリスはちらり、とその顔を見て罪悪感を持ったものの、それを我慢して続ける。
「なんでも明日0時、きっかりに……」
「爆発するらしいわ」
「マジですかっ!!?」
小悪魔は思いっきりビックリして飛び上がり、椅子からひっくりかえりそうになった。
それを堪えて自分のリュックに猛ダッシュ。
「だ、駄目よ! 無理やり取ったらその場で爆発するわ!」
リュックからスペルカードを取り出そうとする小悪魔を制止する。実際アリスの言っていることは間違
っていなかった。あの中には魔理沙から返してもらった本が入ったまま。取ったら即、効力が切れてリュ
ックが破裂してしまうだろう。
「そ、そんなっ!! 早くこの子を助けたいのに!!」
その事実が分かっていないようで、リュックを抱きしめて離さない。
「安心しなさい、大丈夫よ。ちゃんと咲夜の元に持っていけば直せるわ」
刺激を与えないようにアリスは出来る限り穏やかに伝える。しかし内心は焦っていた。まさかここまで
の反応をするとは思っていなかった。相当あのリュックがお気に入りなのだろう。
それからアリスの説得もあって小悪魔は少し落ち着きを取り戻した。、
「うう、ひどいです、咲ちゃん。危うく私の猫ちゃんが、木っ端になるところだったじゃないですか。
大体、咲ちゃんがここに来て直すべきですよ! そう思いませんかっ?」
むきーっ、と言わんばかりに目をつぶって頭を抑える小悪魔の姿が、やけに可愛いのでアリスは思わず
吹きそうになったが、それを押さえ、咲夜の名誉を守るように説得する。
「誰だってミスはする。咲夜だって千回に一回はするはずよ。それが偶然にも今回だった、それだけよ」
「偶然でもダメです! これは帰ったら、咲ちゃんを捕まえてくすぐりの刑を与えねば」
(ごめん、咲夜。もう無理)
アリスは普段、絶対嘘をついたりしないので、状況的に仕方なかったにしろ罪悪感がかなりひどく、気
分が悪くなっていた。
小悪魔はとりあえずは帰ることに納得したようで、リュックを置いてアリスに向き直り、
「あ、もちろん、直ったら戻ってきますので、安心してくだ」
「それはダメッ!!!」
「!?」
思わず声を張り上げてしまったアリスに、小悪魔は目を見開いて固まっている。
「お願い小悪魔……私の方はもう十分だから、ね? 今まで本当にありがとう。すごく助かったわ。だか
ら、パチュリーのところへ帰ってあげて……」
そう、ですか、と少し悲しそうにする小悪魔の姿にアリスは、ただ、罪悪感だけが募っていた。
帰り支度が終わり、今は二人でお茶を飲んでいる。アリスはさっきのことでそのまま帰すのに気が引け
たので一応、タイムリミットまでは余裕があるので引き止めた。
「ごめんなさい、小悪魔。さっき怒鳴った上に引き止めたりして」
「いえ、気にしないでください。こちらこそすいません、私、空気が読めないところがあるので……ほん
と、私ってダメですね……」
落ち込んでいる小悪魔に、全部本当のことを言いたくなるのを堪え、アリスはフォローをする。
「そんなことないわ。貴方ほど優秀な使い魔はこの幻想郷で中々いないわ。自信を持って。パチュリーも
貴方が自分の使い魔で良かったって、きっと思っているはずよ」
「あ、ありがとうございます」
褒め言葉に照れて、微笑む小悪魔。アリスは魔理沙が言っていたことが分かったような気がした。悪魔
とは思えないほどのあまりに純粋なその笑みに、アリスは癒されるのを感じた。
そして、忘れかけていた先ほどの一つの疑問が頭をよぎった。
「どうしたんですか?」
考え事をしていたアリスが気になって、小悪魔は声を掛けた。
「……ねえ、小悪魔。貴方とパチュリーって……その、どういう出会い方をしたの?」
気になっていた思いを言葉にして、アリスは尋ねた。
「私とパチュリー様、ですか?」
「え、ええ。ちょっと、気になっちゃってね。あ、もちろん言いたくなければいいの……」
「……すいません。それはちょっと」
目を伏せて断る小悪魔にアリスは、いいのよ、とフォローする。気にはなってもこればかりは仕方ない
本来、それは秘密でなければならないのだから、断られて当然。アリスはそう思い、話を変えようとした
ところで、
「……でも、パチュリー様、ではなくて、一人の女の子と私のお話でしたら、大丈夫ですよ」
顔を上げ、そう言う小悪魔の目は少し力が入っているように見えた。
「いいの? 無理に話さなくても……そういうことあまり良くないんでしょ?」
自分で聞いておきながらも、さっきの彼女の顔を見たアリスは気が引けた。それに、小悪魔の様子から
その女の子というのは……
「いいんです。パチュリー様、ではないですから……このお話は、アリスさんには聞いてほしいかなっ
て、人形を大切にする貴方ならって思いまして……聞いて、もらえますか?」
「ええ、貴方がいいなら……是非」
アリスにとっては願ってもないこと。これでわかるかも知れない、あの理由が。
「それでは、お話しますね。あれは……」
小悪魔は目を閉じて、あの頃の記憶を拾うように、ゆっくりと語り始めた。
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