それは三人で仲良く朝ご飯を食べている時だった。
「私、結婚相手が出来たわ」
「ぶふぉっ」
窓から差し込む太陽の光、紅茶とトーストの爽やかな朝食、そして末妹の爆弾発言。
朝食時に似つかわしくないリリカの唐突な告白に、私ことルナサ・プリズムリバーは飲んでいた紅茶を吹き出した。
テーブルに飛び散った紅茶を見てもう一人の妹メルランは「きったねー!あっはっはー!」と大笑いしている。うるさい。
今この子なんて言った?結婚相手が出来た?え、それ何?結婚相手ってなに?そもそも結婚って何?
私には有機生命体の結婚って言う概念が良く理解出来ないんだけど。あ、リリカは騒霊だった。有機生命体じゃないじゃん。私もだけど。てへ。
まあ待つんだルナサ、もしかしたら聞き違えたかもしれないよルナサ。おおぅその可能性は無きにしもあらずだよルナサ。
私は平静を装いつつテーブルをハンカチで綺麗にし、改めてリリカに聞き直した。
「なんて?」
「だから、結婚相手が出来たって」
「…そう」
ジーザス、聞き間違いじゃなかった。リリカのいつになくキラキラとした眼を避けるように私は今度こそ紅茶を飲む。
あれあれ?手が震えているぞ?カップを持った私の手が細かく震えているぞ?おかしいな。あれか。動揺しているのか、私は。
友達すらあまりいないという私たち姉妹の中で一人だけ浮ついた話題を先取りゲッツしたリリカに動揺しているのか。
妹より交友関係が進んでいない姉。ちょっとやばいかも。姉としてのカリスマ(笑)が崖っぷちの大ピンチだ。
待て、クールになれ。出来る女たるもの、不測の事態にだって常に優雅に対応してみせるんだ。まだ慌てるような時間じゃない。
私が頭の中で必死こいて脳内回路を冷却していると、リリカが訊かれてもいないのに勝手にペラペラと口を回し出した。
「それがすっごくカッコいい人なの!本当にカッコいいのよ!背が高いし、整った顔立ちだし、銀髪だし、銀髪だし!」
「かっこえー!あーっはっはっはっはー!」
リリカ、銀髪二回言ってるよ。銀髪そんなに好きなの?銀髪フェチなの?貴方。
メルラン、うるさいよ。どこにそんな笑う要素あったの?銀髪なの?銀髪がツボなの?貴方。
でも、銀髪か。私は頭の中の写真付き人名大辞典をひも解いてみる。
銀髪の男性、銀髪の男性……該当ナシ。私の知り合いに銀髪をした男の人は一人もいない。
つまりリリカの結婚相手は私の知らない人という事が今決定された。私の知らないうちに妹の旦那が出現するとかマジわけわかめ。
あとカッコいいんだって?ふん、別にキョーミないし?別にイケメンとかタイプじゃないし?ぜんっぜん羨ましくないしぱるぱるぱる。
「名前はなんていうの?」
さりげなくその人の情報をリリカから聞き出そうとする私。
あれだから、これはあれだから。妹が惚れちゃったほどのオトコがどんな奴かが気になるだけだから。
断じて未だに好きな人すら出来ない私が焦って少しでも異性の情報を増やそうとか思ってるわけじゃないから。
あわよくばその人のお友達でも紹介してくれないかしらとか思ってるわけじゃないから。断じて。断じて。
だ、誰だ喪女乙とか言ったの。鬱の音で自殺に追い込んでやろうか。性格が暗いわけじゃないの、クールなのよ私は。
どこかの誰かに言い訳しながらも、心にほんのちょっぴり見知らぬ異性へのワクワク感を募らせながら妹からの返事を期待する。
「知らない!」
「……んぅ?」
が、ダメ。ハキハキとげんきよく返された妹の返事に軽くズッコけそうになる。
アーハァン?名前を知らないってどういう事?結婚相手ってゆーてはりましたやん?
あ、待てよ。亜光速で頭を回転させ、ふと一つの可能性が私の脳裏に閃いた。その可能性を確実な物にすべく私は質問を重ねる。
「その人って妖怪?人間?」
「わかんない」
「その人どこに住んでる?」
「さあ?」
「仕事は?」
「知らない」
「イケメン?」
「うん!」
「……名前は?」
「だから知らないって」
………ああ、分かった。
「…もしかして一目惚れ?」
「うん!」
「あーっはっはっはっはっはー!」
こいつアホだ。
リリカが胸を張って堂々と応える。悲しいかな、キミがそんなに胸を張っても膨らみはまったく見いだせないぞ。
私は知っている。リリカが胸の大きさを気にして毎日牛乳を飲んだり色々と不毛な努力をしている事を。
そして毎晩お風呂上がりにバスタオル一枚になって鏡の中の自分と現実の自分の胸部を交互に見ては凹んでいる事を。
残念だったわね。リリカがクイーンオブちっぱいなのはもはや天地開闢より定められた真理。どうあがいても変わらないのよ。
でもちょっと涙目になって自分の胸をペタペタ触ってるリリカは可愛いんだよなウヘヘヘ
しかし一目惚れって。
リリカ、貴方ってそんなに面食いだったかしら。いや、乙女だったかしら。
一目惚れでなんもかんも分からずに勝手に結婚宣言て完全に乙女回路全開ですやん。お姉さんちょっと衝撃の事実を知ってしまったわ。
私たち姉妹の中では狡猾さに定評のあったリリカちゃんがまさか姉妹随一の乙女だったなんて、天狗に売ればちょっとしたスクープね。
あとメルランがうるさい。爆笑しながらトランペットを片手でぶんぶん振り回している。いいからご飯食えよ。どっから出したのそれ。
「そもそもどうやって知り合ったのよ?」
「知り合ったというかねぇ、お互い名前も知らないわけだし…」
「なに、自分の名前も伝えてないわけ?」
「そうよ、ちょっと話をしたくらい」
「…で、貴方はそのほんの一瞬だけでその人に惚れたの?」
「そうよ!もうほんっと!ほんっとにイケメンで!銀髪で!素晴らしいわあの人!」
「………ふぅん」
「ぶっちゃけ、昨日の夜はあの人との妄想で一夜を明かしてたわ。ずっと奇声をあげながら枕抱きしめてベッドの上転がってた」
「うん、その情報はいらなかったわ」
もうやだこの妹。一本ネジ外れてんじゃないの頭。頭のネジ外れ系乙女。やだ斬新。
話を聞くだけじゃ完全にやっすい恋愛小説とかの惚れ方じゃん、相手がイケメンだから惚れるって。単純か。
わかった。こいつあれだった。パーフェクトに面食いだった。妹が面食いだった、死にたい。いややっぱ死にたくない。
「ということで、姉さん二人には是非私を支援して欲しいわ」
「なにがということでなのかさっぱりよわたしゃ」
「あーはっはっはっはー!」
「とりあえずは私たち二人を末永く暖かく見守ってほしいわね」
「末永くってなによ。なんで結婚前提?名前すら知らないのに結婚前提?ちょっと短絡過ぎじゃないかしら」
「あーっはっはっはっはっはー!」
「おかしいかなぁ、やっぱり」
「おかしいわよ。まずは相手のことをもっと深く知ってからでないと」
「あーっはっはっはっはっはー!」
「……………」
「……………」
「あーっはっはっはっはっはっはー!」
「リリカ、ちょっと待ってね」
「うん」
頭のネジが一本外れたような考えを持っているリリカから会話中断の許可を取ってから私は席を立つ。
向かうは頭のネジが全部外れたもう一人の妹の席。私は彼女の隣に立ってテンションMAXの妹に囁く。
「メルラン、ちょっとめるぽって言ってくれないかしら?」
「えー??なんでー???」
「いいから」
「あっはっはー!めるぽ!めるぽぉー!」
「 ガ ッ ! ! ! ! ! 」
的確な私の右フック一閃がメルランの鳩尾にめり込み、メルランは吹っ飛んでいった。
もちろん妹を弾き飛ばしつつテーブルの上は一切乱さないという淑女の嗜みも忘れてはいない。流石私。
哀れ彼女は壁に叩き付けられ、そのままズルズルと床に崩れ落ちた。これで喧しい妹も少しはお黙りモードになるはずだ。
「あっはっはー!おもしれー!もっとやってー!」
ならなかった。吹っ飛んで壁にぶつかって爆笑してるとは我が妹ながらなんてことだ。何がそんなに面白い。
あまつさえおかわりを要求だなんて。くそ、あいつドMだったのか。知らなかった。メルランのMはドMのMってやかましいわ。
まあいいや。これ以上あっちの妹に付き合ってたら話が進まない。私は席についてリリカと話を進める体勢をとる。
「その人とはいつ会ったの?」
「昨日!」
「…そう。それで、どこで会ったの?」
「無縁塚の辺りよ。会ったんじゃなくて出会ったんだけどね」
「同じじゃないのそれ」
「違うよー!会うっていうのはお互いが待ち合わせで「やぁ!」みたいな感じで、出会うっていうのは偶然「あ…ども」みたいな感じ!」
「あぁそう」
わりとどうでもいい。
「だから、今日は私またあの人に会いにいくわ!そしてもっとお近づきに!」
「…うん。いいんじゃない?いってらっしゃい」
「やったー!となれば早速善は急げで」
「まてーーーーーーーーぃ!!」
出し抜けに平和なリビングに響き渡る声!私とリリカはざわざわと辺りを見回す!
と、部屋の隅の方に一つの人影!それに気づいた私たちは同時に振り向く、そこには今しがたの声の主が!
まさかまさかのその正体に私たちは叫ぶ!
「き…キサマは!私に殴り飛ばされて再起不能になったはずのッ!」
「死んだはずのッ!」
『メルラン・プリズムリバー!(姉さん!)』
「イエス、アイ、アム!」
私たちが振り向いた先には右手で地面を指差し、空いたもう一つの手を握りしめ、親指を立てて上下させているメルランの姿が!
なんか隣でリリカが「ドドドドド」とか言ってる。メルランは手を動かしながら「チッ♪チッ♪」とか言ってる。
私はそんなノリの良い妹達が大好きです、まる。まあ仕掛けたというか最初にボケたのは私なんですけどね。
でもよく考えたらメルラン別に再起不能になってなかった。おかわり要求してた。そうだコイツドMだったんだった。
とまあ小芝居はここまで。さっさと素に戻ったリリカがメルランに詰問した。
「で、何がまてーいなの?」
「あっはー!私たちお姉様の許可も取らずにリリカとお付き合いするなどその男不届き千万なり!」
「メルラン、まだお付き合いとかそう言うレベルじゃないんだけど」
「なのでまずは私自らがそやつの元に出向いて直々に鑑定をしてくれるのだー!それまでリリカはお留守番ー!」
「ええーっ!?そ、そんな殺生な~」
トランペットをぶん回しながら声高に宣言するメルランにぶーぶー文句を言うリリカ。
私はそんなバカ妹たちを眼を細めて見つめていた。嗚呼、平和とはかくもこのようなことをいふのだなァ。
やや現実から眼を背ける形で思索にふける。しかし、リリカの想い人を鑑定するねぇ。四六時中笑い上戸のメルランがこんなことをいうなんて。
そもそも一目惚れした男にホイホイついていくっていうのも危ないよね。リリカはその辺の危機管理がいまいち甘い気がする。
メルランなりのリリカへの心配というか気遣いというか。メルランもメルランでちゃんと妹のことを考えてやってるのかなぁ。
私だって仮にも可愛い妹達に変な虫が寄り付かれたら困る。一応私もそのリリカの想い人とやらを見に行ってみようかしら?
「お代官様、おねげぇですだ!あの人を奪われちまったらオラもう生きていげねぇだ!」
「ええいうるさいわ!百姓風情が、無礼であるぞ!控えおろう!」
っておいおいおい、ちょっとアナタ達少し目を離したスキになにやってんの?
なにやらリリカがメルランの膝の当たりにすがりついて涙ながら懸命に訴えかけているぞ?
メルランはそれを振り払うようにして見下すような視線と台詞。え、一昔前の時代劇かなんか?誰か黄門様、黄門様を呼んで来なきゃ。
なんでこの娘たちこんなに息が合ってるのよ。姉妹だから?姉妹だからなの?じゃあ私は何をすればいいの?というか何かしなきゃいけないの?
あれかしら。悪代官にすり寄って賄賂を渡す悪商人。「黄金色の菓子です」「お主も悪よのぉ」的な展開をお望みなのかしら?
そうなればお姉ちゃんちょっと張り切っちゃおうかしら。
げしっ。
「ふぎゃっ!」
「あ……」
その必要はなかった。
自分に取り付く無礼者を振り払おうとして足をジタバタさせていたメルランの右足がリリカの顔面にクリーンヒットした。
そりゃそうだ。足元の辺りに人がいるのに足を下手に動かしたら普通はぶつかるに決まってる。
リリカは猫がしっぽを踏まれたような声を出してそのままバッタリと力尽きた。おおリリカよ、しんでしまうとはなさけない。
メルランはしばらく床に倒れ伏した妹とそれを呆れた視線で見守る姉を見比べていたが、やがて、
「……あはっ!じゃあ私例の男のところいってくるから!あっはっはー!!」
と捨て台詞を吐いて空の彼方へ飛び出していった。あいつめ、こっちに丸投げしやがった。
とりあえず私は気絶したリリカをベッドまで運んでやった。朝食を食べたばかりだというのに寝床まで逆戻りとは怠惰だなぁ。
さて、メルランがいないとアンサンブルも出来ないし、今日は屋敷で個人レッスンでもしようっと。
「っもう!メルラン姉さんったらひどいよ!ルナサ姉さんもそう思わない!?」
「あーはいはい、そうねそうね」
もうすっかり夕方となってしまった。メルランはまだ戻って来ない。
朝から程なくして目覚めたリリカは一日中メルランに対する愚痴を飽きる事なく言い募っていた。
私はそれを聞き流しつつヴァイオリンの練習に励む。極力脳を通さないよう努力しているとはいえ、聞かされる身にもなってほしい。
「それでねそれでね!その男の人なんだけど、本当にオーラが全身から滲み出てるというか」
「あーそうでしたっけ、うふふ」
聞かされる身にもなって欲しい。今の言葉、テスト出るくらい重要だよ。だから二回言ったんだよ。
ひとしきり文句を言いまくったと思ったら今度は例の男の話へシフトする。それが済んだらまたメルランへの愚痴。
リリカの愚痴と惚気からなる波状攻撃ッ!私に逃げ場はないッ!神は、救いの神はこの世におられないのか!
私の心の叫びもむなしく傍らでは壊れたテープレコーダーのように延々とリリカが喋り続けている。
ああメルラン、早く帰って来て。普段は喧しい貴方でも私のリリカへの防護壁ぐらいにはなってくれるはずだわ。
貴方の帰還だけが今の私のカンダタロープ並みの一握の希望なのよ。お願いだからとっととカムホーム。
こんこんこん。
ん。なんの音だろ。
「ルナサ姉さん、窓、窓」
「窓?」
ああ、窓に。窓に。リリカに指し示されて広い部屋の上の方に設置された窓の方を向く。
そこにはメルランが帰って来ていた。右手でグーを作ってこんこんと窓を小刻みに叩いている。
「…開けて欲しいのかしら?」
「さあ。いつもなら窓なんてぶち破って入ってくるのにね」
言いつつもリリカがふわりと浮き上がって上空の窓の鍵をカチャリと外し、するすると開けた。
メルランはそこから部屋の中に入り込み、俯きがちにゆっくりと私の前に降り立った。
なんだろう、心無しかメルランにいつもの元気というか煩さがない。朝はあれだけ騒ぎ立てて飛び立っていったのに。
まさか、あのメルランがどん引きする程に例の男がダメ男だったというのだろうか。そうなれば私もお姉ちゃんとして判断を下しに行かねば。
しかしまずは今日の報告から聞くとしようか。
「お帰り。どうだったの、その人」
「スゴイでしょ?カッコいいでしょ?姉さんもきっと納得してくれるわよね?」
メルランの前に立つ私とメルランの後を追って地面に着地したリリカが交互に質問する。
私は好奇心と投げやりの気持ちを半分ずつ、リリカは完全にわくわくといった感じで。
MAXテンションもどこへやら、ずっと俯いていたメルランはやがて顔をスッと上げて言い放った。
「私、今日から真面目になるわ。あの人にふさわしい女になるために」
HAHAHA。Nice joke.
翌日、私は幻想郷の空を飛んでいた。目的はもちろん、例の男に会いにいくため。
私を溜め息をつきつつ力なくふわふわと風に揺られながら移動する。そして昨日の顛末を思い返す。
メルランが落ちた。
何に?…恋に。
誰に?…リリカの想い人。
どうやって?…一目惚れ。
「どういうことなの……」
リリカに引き続きメルランがやられた。まさかあのメルランが。
しかも相手はリリカと同じ人。手段は一目惚れ。チョロすぎだろ、ウチの姉妹達。そんなにイケメンが好きか。そんなに銀髪が好みか。
またしても会った場所は無縁塚。メルランが男を捜してキョロキョロと歩き回っていたところ、後ろから声を掛けられたらしい。
それで振り向いたところ……まあ落ちたと、被弾したと、そういうわけですな。
展開が至極あっさりとしている。まるで余計な脂分を極限まで取り除いたラーメンのスープの如く。軽やかな舌触り。うーん実にマイルド。
改めて名前をメルランから聞き出そうとしたところ、彼女もまた名前は聞いてこれなかったというのだ。
その人と幾らか会話はしたけれど、途中で何かに耐えられなくて逃げて来たらしい。何かってなんだよ。
その人のことを思い出して霧の湖のほとりで一日中ボーッとしてて昨日は帰りが遅かったということらしい。乙女かお前。
ばか騒ぎと躁の音しか取り柄が無いようなメルランでも恋に落ちるということがあったんですね。ルナサは驚いています。
名も顔も知らぬ誰かさん、貴方は一体何者なんだ。色気話とは無縁のウチの妹達二人を乙女に変えてしまうなんて。
昨日の夜、私は見てしまった。たまたま空いていたメルランの部屋のドアのスキマから。
顔を枕に埋めて「きゃー!きゃー!」とか言いながらベッドの上で転げ回っている彼女の様を。
キャラ変わり過ぎじゃないか、君は。どれだけその男に夢中にさせられたっちゅうねん。
枕抱いてベッドの上で転がって奇声とかリリカと同じですよね。完全に妄想中でしたよね。どうもお邪魔いたしました。
でもぶっちゃけ少し頬を染めて枕をぎゅっとしながら転がり回ってるメルランはちょっと可愛かったなフヒヒヒ
ともあれ、こうなってはいよいよ私が出ないわけにはいかない。今度は私が件の男を見定めてやる番だ。
しっかりと第三者の目線で評価を下すため、私はメルランとリリカの二人に大人しくお留守番をしておくように言いつけておいた。
彼女達がついて来てしまったら両隣でどんなことを言われるかわかったもんじゃない。惚気の波状攻撃はもうお腹いっぱい。
真面目宣言をしたメルランはひとつも騒がずに私の言いつけをあっさり了承したが、リリカはそうもいかなかった。
二日連続で外出禁止令を出されてたまったものではないらしく、随分長い事文句を言い並べていた。
いざ私が出陣しようとした時もずっと煩かったので、黙らせる為に後ろから優しく抱きすくめて首筋を一舐めしてやった。
リリカが「ひゃぅん」と可愛い声を上げて顔を真っ赤にしてぐったりとなったのでメルランに預けてとっとと家を出る。流石私。スマートだ。
「見つかるかしら…」
呟きながらふよふよと漂う。現在得ている情報は無縁塚で遭遇したということのみ。
聞けばメルランもリリカもそこで出会ったらしい。となると私も彼女達に倣って無縁塚へ行くしかない。
「もし見つけたら、一回とっちめてやらなくちゃ」
私のカワイイ妹達をことごとく撃墜するなんて。銀髪イケメンがなんぼのもんよ。
私の目の黒いうちは妹達には指一本触れさせてたまるものか。私はこれでも結構シスコンなんだ。
どこの馬の骨か知らないけどきっと大した事ないに違いない。少しは異性の知り合いが欲しいとは思ってたけど、そんな男は願い下げだ。
そんなことを考えてスピードをぐんぐんあげる。見える景色がだんだんと高速で流れていく。
そら、無縁塚の近くまで来たぞ。もう少しで目的地だ。情報通りならそこに奴がいるというわけである。しかし三日連続で今日もいるかどうか。
「よっ、と」
無縁塚の上空に着いた私は地面に向けて下降し、綺麗に着地を決めた。うん、十点満点。
人影を探して辺りをキョロキョロと見渡す。彼岸花が咲き乱れていてまるでレッドカーペットだ。一面が赤い。
と、視界のはしっこに何やらしゃがみ込んで作業をしている何者かを捉えた。その隣にはリヤカーが置いてある。道具が積んであるのかな?
しかしそんな事はどうでもいい。重要なのはそいつがどうやら男性で、髪の毛が見事な銀色をしていたということである。
ヤツだ!私の双眸が獲物を見つけた猛禽類のようにギラリと輝く。この好機、逃す手はない!
「殺らいでかっ!」
小さく鋭く呟いて強く地面を蹴って私は飛び上がる。その時の私の最大瞬間速度は天狗をも余裕で凌ぐ!
あんのスケコマシめ、ウチの妹に手ぇ出して五体満足で帰れると思うなよぉ。
鑑定だけをするはずだった私はその場の勢いで殺意のコスモを身に滾らせ、猛スピードで空からターゲットに突進する。
「ちょっと、そこの貴方!」
「……ん?」
一息で距離を詰めようと空中を駆ける私の声に振り向く銀髪の男。
私は勢いを殺しながらそいつのすぐ近くに両手をついて華麗に着地。地面がズダンと音を立てる。
そして男に文句の一つや二つや三つでも言ってやろうとしてキッと顔を上げてそいつと目と目を合わせた瞬間。
私は、自分が何かに落ちる音を確かに聞いた。
その晩私は自室に引きこもり、枕を抱きかかえて奇声をあげてベッドの上でずっとゴロゴロ転がっていた。
やばかった。銀髪やばかった。流石は銀髪。一撃で残機を全部持ってかれた。舐めてたね。正直銀髪舐めてたね私。
もうね、あれだね。妹達の気持ちがわかったね。あれはしょうがない。落ちてもしょうがない。私たち何も悪くない。悪いのはあの銀髪だったわ。
銀髪イケメンがなんぼのもんよとか言ってた昼の私を問いつめたい。小一時間問いつめたい。お前はなんもわかっちゃいなかったんだ。
ええ、落とされましたとも。一目で落とされましたとも。いとも簡単に落っこちていきましたよわたくしは。
何にって?恋にだよ。一目見ただけで即アウトのパッと見フォーリンラブだよ。あっさりピチュッて満身創痍のこんてぬーだよ。
チョロかった。チョロい妹達の姉はやっぱりチョロかった。血は争えなかった。三姉妹揃いも揃ってチョロかったよプリズムリバー。
まさか三人が三人とも隠れ乙女系女子だったとは見抜けなんだ、このルナサの目をもってしても。
「~~~~~っ!!」
昼間の出来事を思い返し、声にもならない声を上げてベッドで転がりまくるルナサ・プリズムリバー(独身)。
なんで文句を言おうとして開いた口から飛び出た言葉が「こ、こんなところで何をしているの?」なんだよ。
なんで少し上ずったような声なんだよ私。なんで少し上目遣いなんだよ私。なんで少し頬を染めてたんだよ私。乙女ですか?乙女なんですか?
「ここに流れ着いた道具を集めてるんだよ」とか返さなくてもいいんだよお兄さんも。スルーしてくれて結構だったんだよ。
いくら私が取り繕っても私がアナタに怒鳴って飛びかかった事実は何ら変わらないのよ名も知らないお兄さん。
それを気にせず会話を続けるなんてアナタはもしかして現人神かなにかなのでせうか?銀髪の現人神。やだかっこいい。
そのまま少しだけ話をしたけど結局途中でこみ上げる何かに耐えられなくて逃げてしまった私です。おかげで名前も聞けなかった。
笑いたければ笑いたまえ。だらしなくニヤついた顔が戻んなくてずっと魔法の森で時間をつぶしてた私を笑うが良い。
でもこれは不可抗力なんです。あんな顔で妹達にあったら姉としての威厳がごっそりと削り取られる。
妹の惚れた相手を否定するつもりで鑑定に出かけてあっけなくソイツに惚れてニヤニヤしてるだらしねえ顔を妹に見せるわけにはいかなかったんや!
あれ、良く考えたらこれメルランと全く同じコースじゃね。
しかしどうしよう。これで三人が揃って同じ人を好きになってしまった計算になる。
私たちは三人、あの人は一人。さあどうするんだ。姉妹で一人の男を争うという昼メロが展開されるというのだろうか。
嗚呼、悲劇。仲睦まじかった姉妹はたった一人の男の存在によっていとも容易く引き裂かれる。誰だ、こんなチープな脚本を書いたのは。
だが良く考えろ。ここは姉として可愛い可愛い妹に譲ってやるというのがベストな判断なのではないだろうか。
そうだ、最初にあの人のことを発見したのはリリカなんだしまずリリカにチャンスがあってしかるべきなのだ。
ああでもあの人のために生き方を変える事を決意したメルランにもスポットを当ててやりたいなぁ。
だけど最終的にはやっぱり自分の物にしたいという気持ちもあり。ちくしょう、一体どうすれば良いんだ!
知るか馬鹿、そんな事より妄想だ。
とりあえず私は色んなややこしい考え事を放棄して自分だけの世界にダイブした。
一目惚れした人との妄想に耽ってたら一夜明けてた。死にたい。
あれっきりずっと妄想してました、はい。ずっと布団の上をゴロゴロしてました。乙女回路作動しっぱなしでしたよ。
これじゃメルラン達のことをとやかく言えない。でもそれも全部銀髪の仕業だ。責任は全部銀髪が取ってくれるに違いないさ。
あれから私は考え、結局私の想いをメルランとリリカに素直に打ち明ける事にした。姉妹で争う道を私は選び取ったのである。
朝の食事が終わったポイントで私は二人に自らの気持ちを素直に語り、一切譲る気はないという意の宣戦布告もオマケしてやった。
結果として私たちは多いに荒れた。
あれだけ目が攻撃的なリリカは初めてだった。あれだけ気迫が圧倒的なメルランも初めてだった。そしてあれだけ私が全力を出したのも初めてだった。
私たちは争った。三日三晩争った。ものすごい勢いで弾幕を撃ちまくり、相手を倒す事ただそれだけを考えて私たちは空を舞い、飛び回った。
私たちは自らが操ることが出来る音楽を全身全霊で演奏し、相手を苦しめた。それはもうこの世のモノとは思えないものすごい有様だった。
なにせ私たちは合奏したのではなく、ソロで好き勝手に演奏しまくったのだからその威力は尋常ではない。
私の演奏する鬱の音、メルランの演奏する躁の音、リリカの演奏する幻想の音。
いつもは、リリカの演奏する幻想の音のおかげで私たちの精神的に危ない音を中和してくれてるわけなんだけど、今回リリカはキレてた。
原因は私とメルラン。そりゃ、惚れたオトコを姉二人にぶんどられそうになってるってんだからリリカも怒髪天を突くって感じですよね。
そのせいか、普段は精神に影響を持たないはずの幻想の音がなんか変なパワーを持って襲いかかって来た。まるで意味が分からんぞ。
例えるなら…そう、「音楽界のシュールストレミング」とでも言っておこうか。マジでヤバかった、あの音は。
そこに私たちの躁鬱の音が加わり、それを三人が全力で演奏して戦ったってんだからもう大変。
後から聞いた話になるけど、私たちの知らない間で幻想郷にある異変が発生していたそうだ。
謎の音が響き渡り、あらゆる建造物が音波によって破壊される異変。同時に、幻想郷中の人妖たちが情緒不安定になる異変。
原因はまったくの不明とされ、未だに一部の噂好きたちの間でまことしやかに真相が囁かれているそうだ。
この異変の影響で博麗神社の鳥居が壊れ、巫女が怒り狂っているらしい。しかし原因が不明なため、その辺の妖精に八つ当たりしているという。
ごめんなさい、原因は私たちの姉妹喧嘩です。理由はオトコを取り合ってるからです。
私たちは戦った。
自分達の弾幕で屋敷が壊れる事も厭わず、一心不乱の大戦争を執り行った。
私たちのその頭の中にいるのは唯一人。あのほんの一瞬で私たちを恋のズンドコに叩き落とした憎いアンチクショウを求めてひたすら戦った。
姉を傷つけ、妹を傷つけ、自分を傷つけてまでも私たちは限界まで己の力を出し切って自分の欲望を貫き通した。
姉妹の争いは幾日も続き、やがて屋敷は完全に自分達の手によって破壊され、私たち三人もボロボロになって三人同時に地面に倒れ込んだ。
息が上がりきっていてもう一歩も動けない。そんな身も心も極限の世界の中で誰だったか、私たちの中の誰かがポツリと呟いた。
「……別に幻想郷って一夫多妻制はダメだっていう法律なかったよね?」
恋する乙女…やはり天才か……
「私、結婚相手が出来たわ」
「ぶふぉっ」
窓から差し込む太陽の光、紅茶とトーストの爽やかな朝食、そして末妹の爆弾発言。
朝食時に似つかわしくないリリカの唐突な告白に、私ことルナサ・プリズムリバーは飲んでいた紅茶を吹き出した。
テーブルに飛び散った紅茶を見てもう一人の妹メルランは「きったねー!あっはっはー!」と大笑いしている。うるさい。
今この子なんて言った?結婚相手が出来た?え、それ何?結婚相手ってなに?そもそも結婚って何?
私には有機生命体の結婚って言う概念が良く理解出来ないんだけど。あ、リリカは騒霊だった。有機生命体じゃないじゃん。私もだけど。てへ。
まあ待つんだルナサ、もしかしたら聞き違えたかもしれないよルナサ。おおぅその可能性は無きにしもあらずだよルナサ。
私は平静を装いつつテーブルをハンカチで綺麗にし、改めてリリカに聞き直した。
「なんて?」
「だから、結婚相手が出来たって」
「…そう」
ジーザス、聞き間違いじゃなかった。リリカのいつになくキラキラとした眼を避けるように私は今度こそ紅茶を飲む。
あれあれ?手が震えているぞ?カップを持った私の手が細かく震えているぞ?おかしいな。あれか。動揺しているのか、私は。
友達すらあまりいないという私たち姉妹の中で一人だけ浮ついた話題を先取りゲッツしたリリカに動揺しているのか。
妹より交友関係が進んでいない姉。ちょっとやばいかも。姉としてのカリスマ(笑)が崖っぷちの大ピンチだ。
待て、クールになれ。出来る女たるもの、不測の事態にだって常に優雅に対応してみせるんだ。まだ慌てるような時間じゃない。
私が頭の中で必死こいて脳内回路を冷却していると、リリカが訊かれてもいないのに勝手にペラペラと口を回し出した。
「それがすっごくカッコいい人なの!本当にカッコいいのよ!背が高いし、整った顔立ちだし、銀髪だし、銀髪だし!」
「かっこえー!あーっはっはっはっはー!」
リリカ、銀髪二回言ってるよ。銀髪そんなに好きなの?銀髪フェチなの?貴方。
メルラン、うるさいよ。どこにそんな笑う要素あったの?銀髪なの?銀髪がツボなの?貴方。
でも、銀髪か。私は頭の中の写真付き人名大辞典をひも解いてみる。
銀髪の男性、銀髪の男性……該当ナシ。私の知り合いに銀髪をした男の人は一人もいない。
つまりリリカの結婚相手は私の知らない人という事が今決定された。私の知らないうちに妹の旦那が出現するとかマジわけわかめ。
あとカッコいいんだって?ふん、別にキョーミないし?別にイケメンとかタイプじゃないし?ぜんっぜん羨ましくないしぱるぱるぱる。
「名前はなんていうの?」
さりげなくその人の情報をリリカから聞き出そうとする私。
あれだから、これはあれだから。妹が惚れちゃったほどのオトコがどんな奴かが気になるだけだから。
断じて未だに好きな人すら出来ない私が焦って少しでも異性の情報を増やそうとか思ってるわけじゃないから。
あわよくばその人のお友達でも紹介してくれないかしらとか思ってるわけじゃないから。断じて。断じて。
だ、誰だ喪女乙とか言ったの。鬱の音で自殺に追い込んでやろうか。性格が暗いわけじゃないの、クールなのよ私は。
どこかの誰かに言い訳しながらも、心にほんのちょっぴり見知らぬ異性へのワクワク感を募らせながら妹からの返事を期待する。
「知らない!」
「……んぅ?」
が、ダメ。ハキハキとげんきよく返された妹の返事に軽くズッコけそうになる。
アーハァン?名前を知らないってどういう事?結婚相手ってゆーてはりましたやん?
あ、待てよ。亜光速で頭を回転させ、ふと一つの可能性が私の脳裏に閃いた。その可能性を確実な物にすべく私は質問を重ねる。
「その人って妖怪?人間?」
「わかんない」
「その人どこに住んでる?」
「さあ?」
「仕事は?」
「知らない」
「イケメン?」
「うん!」
「……名前は?」
「だから知らないって」
………ああ、分かった。
「…もしかして一目惚れ?」
「うん!」
「あーっはっはっはっはっはー!」
こいつアホだ。
リリカが胸を張って堂々と応える。悲しいかな、キミがそんなに胸を張っても膨らみはまったく見いだせないぞ。
私は知っている。リリカが胸の大きさを気にして毎日牛乳を飲んだり色々と不毛な努力をしている事を。
そして毎晩お風呂上がりにバスタオル一枚になって鏡の中の自分と現実の自分の胸部を交互に見ては凹んでいる事を。
残念だったわね。リリカがクイーンオブちっぱいなのはもはや天地開闢より定められた真理。どうあがいても変わらないのよ。
でもちょっと涙目になって自分の胸をペタペタ触ってるリリカは可愛いんだよなウヘヘヘ
しかし一目惚れって。
リリカ、貴方ってそんなに面食いだったかしら。いや、乙女だったかしら。
一目惚れでなんもかんも分からずに勝手に結婚宣言て完全に乙女回路全開ですやん。お姉さんちょっと衝撃の事実を知ってしまったわ。
私たち姉妹の中では狡猾さに定評のあったリリカちゃんがまさか姉妹随一の乙女だったなんて、天狗に売ればちょっとしたスクープね。
あとメルランがうるさい。爆笑しながらトランペットを片手でぶんぶん振り回している。いいからご飯食えよ。どっから出したのそれ。
「そもそもどうやって知り合ったのよ?」
「知り合ったというかねぇ、お互い名前も知らないわけだし…」
「なに、自分の名前も伝えてないわけ?」
「そうよ、ちょっと話をしたくらい」
「…で、貴方はそのほんの一瞬だけでその人に惚れたの?」
「そうよ!もうほんっと!ほんっとにイケメンで!銀髪で!素晴らしいわあの人!」
「………ふぅん」
「ぶっちゃけ、昨日の夜はあの人との妄想で一夜を明かしてたわ。ずっと奇声をあげながら枕抱きしめてベッドの上転がってた」
「うん、その情報はいらなかったわ」
もうやだこの妹。一本ネジ外れてんじゃないの頭。頭のネジ外れ系乙女。やだ斬新。
話を聞くだけじゃ完全にやっすい恋愛小説とかの惚れ方じゃん、相手がイケメンだから惚れるって。単純か。
わかった。こいつあれだった。パーフェクトに面食いだった。妹が面食いだった、死にたい。いややっぱ死にたくない。
「ということで、姉さん二人には是非私を支援して欲しいわ」
「なにがということでなのかさっぱりよわたしゃ」
「あーはっはっはっはー!」
「とりあえずは私たち二人を末永く暖かく見守ってほしいわね」
「末永くってなによ。なんで結婚前提?名前すら知らないのに結婚前提?ちょっと短絡過ぎじゃないかしら」
「あーっはっはっはっはっはー!」
「おかしいかなぁ、やっぱり」
「おかしいわよ。まずは相手のことをもっと深く知ってからでないと」
「あーっはっはっはっはっはー!」
「……………」
「……………」
「あーっはっはっはっはっはっはー!」
「リリカ、ちょっと待ってね」
「うん」
頭のネジが一本外れたような考えを持っているリリカから会話中断の許可を取ってから私は席を立つ。
向かうは頭のネジが全部外れたもう一人の妹の席。私は彼女の隣に立ってテンションMAXの妹に囁く。
「メルラン、ちょっとめるぽって言ってくれないかしら?」
「えー??なんでー???」
「いいから」
「あっはっはー!めるぽ!めるぽぉー!」
「 ガ ッ ! ! ! ! ! 」
的確な私の右フック一閃がメルランの鳩尾にめり込み、メルランは吹っ飛んでいった。
もちろん妹を弾き飛ばしつつテーブルの上は一切乱さないという淑女の嗜みも忘れてはいない。流石私。
哀れ彼女は壁に叩き付けられ、そのままズルズルと床に崩れ落ちた。これで喧しい妹も少しはお黙りモードになるはずだ。
「あっはっはー!おもしれー!もっとやってー!」
ならなかった。吹っ飛んで壁にぶつかって爆笑してるとは我が妹ながらなんてことだ。何がそんなに面白い。
あまつさえおかわりを要求だなんて。くそ、あいつドMだったのか。知らなかった。メルランのMはドMのMってやかましいわ。
まあいいや。これ以上あっちの妹に付き合ってたら話が進まない。私は席についてリリカと話を進める体勢をとる。
「その人とはいつ会ったの?」
「昨日!」
「…そう。それで、どこで会ったの?」
「無縁塚の辺りよ。会ったんじゃなくて出会ったんだけどね」
「同じじゃないのそれ」
「違うよー!会うっていうのはお互いが待ち合わせで「やぁ!」みたいな感じで、出会うっていうのは偶然「あ…ども」みたいな感じ!」
「あぁそう」
わりとどうでもいい。
「だから、今日は私またあの人に会いにいくわ!そしてもっとお近づきに!」
「…うん。いいんじゃない?いってらっしゃい」
「やったー!となれば早速善は急げで」
「まてーーーーーーーーぃ!!」
出し抜けに平和なリビングに響き渡る声!私とリリカはざわざわと辺りを見回す!
と、部屋の隅の方に一つの人影!それに気づいた私たちは同時に振り向く、そこには今しがたの声の主が!
まさかまさかのその正体に私たちは叫ぶ!
「き…キサマは!私に殴り飛ばされて再起不能になったはずのッ!」
「死んだはずのッ!」
『メルラン・プリズムリバー!(姉さん!)』
「イエス、アイ、アム!」
私たちが振り向いた先には右手で地面を指差し、空いたもう一つの手を握りしめ、親指を立てて上下させているメルランの姿が!
なんか隣でリリカが「ドドドドド」とか言ってる。メルランは手を動かしながら「チッ♪チッ♪」とか言ってる。
私はそんなノリの良い妹達が大好きです、まる。まあ仕掛けたというか最初にボケたのは私なんですけどね。
でもよく考えたらメルラン別に再起不能になってなかった。おかわり要求してた。そうだコイツドMだったんだった。
とまあ小芝居はここまで。さっさと素に戻ったリリカがメルランに詰問した。
「で、何がまてーいなの?」
「あっはー!私たちお姉様の許可も取らずにリリカとお付き合いするなどその男不届き千万なり!」
「メルラン、まだお付き合いとかそう言うレベルじゃないんだけど」
「なのでまずは私自らがそやつの元に出向いて直々に鑑定をしてくれるのだー!それまでリリカはお留守番ー!」
「ええーっ!?そ、そんな殺生な~」
トランペットをぶん回しながら声高に宣言するメルランにぶーぶー文句を言うリリカ。
私はそんなバカ妹たちを眼を細めて見つめていた。嗚呼、平和とはかくもこのようなことをいふのだなァ。
やや現実から眼を背ける形で思索にふける。しかし、リリカの想い人を鑑定するねぇ。四六時中笑い上戸のメルランがこんなことをいうなんて。
そもそも一目惚れした男にホイホイついていくっていうのも危ないよね。リリカはその辺の危機管理がいまいち甘い気がする。
メルランなりのリリカへの心配というか気遣いというか。メルランもメルランでちゃんと妹のことを考えてやってるのかなぁ。
私だって仮にも可愛い妹達に変な虫が寄り付かれたら困る。一応私もそのリリカの想い人とやらを見に行ってみようかしら?
「お代官様、おねげぇですだ!あの人を奪われちまったらオラもう生きていげねぇだ!」
「ええいうるさいわ!百姓風情が、無礼であるぞ!控えおろう!」
っておいおいおい、ちょっとアナタ達少し目を離したスキになにやってんの?
なにやらリリカがメルランの膝の当たりにすがりついて涙ながら懸命に訴えかけているぞ?
メルランはそれを振り払うようにして見下すような視線と台詞。え、一昔前の時代劇かなんか?誰か黄門様、黄門様を呼んで来なきゃ。
なんでこの娘たちこんなに息が合ってるのよ。姉妹だから?姉妹だからなの?じゃあ私は何をすればいいの?というか何かしなきゃいけないの?
あれかしら。悪代官にすり寄って賄賂を渡す悪商人。「黄金色の菓子です」「お主も悪よのぉ」的な展開をお望みなのかしら?
そうなればお姉ちゃんちょっと張り切っちゃおうかしら。
げしっ。
「ふぎゃっ!」
「あ……」
その必要はなかった。
自分に取り付く無礼者を振り払おうとして足をジタバタさせていたメルランの右足がリリカの顔面にクリーンヒットした。
そりゃそうだ。足元の辺りに人がいるのに足を下手に動かしたら普通はぶつかるに決まってる。
リリカは猫がしっぽを踏まれたような声を出してそのままバッタリと力尽きた。おおリリカよ、しんでしまうとはなさけない。
メルランはしばらく床に倒れ伏した妹とそれを呆れた視線で見守る姉を見比べていたが、やがて、
「……あはっ!じゃあ私例の男のところいってくるから!あっはっはー!!」
と捨て台詞を吐いて空の彼方へ飛び出していった。あいつめ、こっちに丸投げしやがった。
とりあえず私は気絶したリリカをベッドまで運んでやった。朝食を食べたばかりだというのに寝床まで逆戻りとは怠惰だなぁ。
さて、メルランがいないとアンサンブルも出来ないし、今日は屋敷で個人レッスンでもしようっと。
「っもう!メルラン姉さんったらひどいよ!ルナサ姉さんもそう思わない!?」
「あーはいはい、そうねそうね」
もうすっかり夕方となってしまった。メルランはまだ戻って来ない。
朝から程なくして目覚めたリリカは一日中メルランに対する愚痴を飽きる事なく言い募っていた。
私はそれを聞き流しつつヴァイオリンの練習に励む。極力脳を通さないよう努力しているとはいえ、聞かされる身にもなってほしい。
「それでねそれでね!その男の人なんだけど、本当にオーラが全身から滲み出てるというか」
「あーそうでしたっけ、うふふ」
聞かされる身にもなって欲しい。今の言葉、テスト出るくらい重要だよ。だから二回言ったんだよ。
ひとしきり文句を言いまくったと思ったら今度は例の男の話へシフトする。それが済んだらまたメルランへの愚痴。
リリカの愚痴と惚気からなる波状攻撃ッ!私に逃げ場はないッ!神は、救いの神はこの世におられないのか!
私の心の叫びもむなしく傍らでは壊れたテープレコーダーのように延々とリリカが喋り続けている。
ああメルラン、早く帰って来て。普段は喧しい貴方でも私のリリカへの防護壁ぐらいにはなってくれるはずだわ。
貴方の帰還だけが今の私のカンダタロープ並みの一握の希望なのよ。お願いだからとっととカムホーム。
こんこんこん。
ん。なんの音だろ。
「ルナサ姉さん、窓、窓」
「窓?」
ああ、窓に。窓に。リリカに指し示されて広い部屋の上の方に設置された窓の方を向く。
そこにはメルランが帰って来ていた。右手でグーを作ってこんこんと窓を小刻みに叩いている。
「…開けて欲しいのかしら?」
「さあ。いつもなら窓なんてぶち破って入ってくるのにね」
言いつつもリリカがふわりと浮き上がって上空の窓の鍵をカチャリと外し、するすると開けた。
メルランはそこから部屋の中に入り込み、俯きがちにゆっくりと私の前に降り立った。
なんだろう、心無しかメルランにいつもの元気というか煩さがない。朝はあれだけ騒ぎ立てて飛び立っていったのに。
まさか、あのメルランがどん引きする程に例の男がダメ男だったというのだろうか。そうなれば私もお姉ちゃんとして判断を下しに行かねば。
しかしまずは今日の報告から聞くとしようか。
「お帰り。どうだったの、その人」
「スゴイでしょ?カッコいいでしょ?姉さんもきっと納得してくれるわよね?」
メルランの前に立つ私とメルランの後を追って地面に着地したリリカが交互に質問する。
私は好奇心と投げやりの気持ちを半分ずつ、リリカは完全にわくわくといった感じで。
MAXテンションもどこへやら、ずっと俯いていたメルランはやがて顔をスッと上げて言い放った。
「私、今日から真面目になるわ。あの人にふさわしい女になるために」
HAHAHA。Nice joke.
翌日、私は幻想郷の空を飛んでいた。目的はもちろん、例の男に会いにいくため。
私を溜め息をつきつつ力なくふわふわと風に揺られながら移動する。そして昨日の顛末を思い返す。
メルランが落ちた。
何に?…恋に。
誰に?…リリカの想い人。
どうやって?…一目惚れ。
「どういうことなの……」
リリカに引き続きメルランがやられた。まさかあのメルランが。
しかも相手はリリカと同じ人。手段は一目惚れ。チョロすぎだろ、ウチの姉妹達。そんなにイケメンが好きか。そんなに銀髪が好みか。
またしても会った場所は無縁塚。メルランが男を捜してキョロキョロと歩き回っていたところ、後ろから声を掛けられたらしい。
それで振り向いたところ……まあ落ちたと、被弾したと、そういうわけですな。
展開が至極あっさりとしている。まるで余計な脂分を極限まで取り除いたラーメンのスープの如く。軽やかな舌触り。うーん実にマイルド。
改めて名前をメルランから聞き出そうとしたところ、彼女もまた名前は聞いてこれなかったというのだ。
その人と幾らか会話はしたけれど、途中で何かに耐えられなくて逃げて来たらしい。何かってなんだよ。
その人のことを思い出して霧の湖のほとりで一日中ボーッとしてて昨日は帰りが遅かったということらしい。乙女かお前。
ばか騒ぎと躁の音しか取り柄が無いようなメルランでも恋に落ちるということがあったんですね。ルナサは驚いています。
名も顔も知らぬ誰かさん、貴方は一体何者なんだ。色気話とは無縁のウチの妹達二人を乙女に変えてしまうなんて。
昨日の夜、私は見てしまった。たまたま空いていたメルランの部屋のドアのスキマから。
顔を枕に埋めて「きゃー!きゃー!」とか言いながらベッドの上で転げ回っている彼女の様を。
キャラ変わり過ぎじゃないか、君は。どれだけその男に夢中にさせられたっちゅうねん。
枕抱いてベッドの上で転がって奇声とかリリカと同じですよね。完全に妄想中でしたよね。どうもお邪魔いたしました。
でもぶっちゃけ少し頬を染めて枕をぎゅっとしながら転がり回ってるメルランはちょっと可愛かったなフヒヒヒ
ともあれ、こうなってはいよいよ私が出ないわけにはいかない。今度は私が件の男を見定めてやる番だ。
しっかりと第三者の目線で評価を下すため、私はメルランとリリカの二人に大人しくお留守番をしておくように言いつけておいた。
彼女達がついて来てしまったら両隣でどんなことを言われるかわかったもんじゃない。惚気の波状攻撃はもうお腹いっぱい。
真面目宣言をしたメルランはひとつも騒がずに私の言いつけをあっさり了承したが、リリカはそうもいかなかった。
二日連続で外出禁止令を出されてたまったものではないらしく、随分長い事文句を言い並べていた。
いざ私が出陣しようとした時もずっと煩かったので、黙らせる為に後ろから優しく抱きすくめて首筋を一舐めしてやった。
リリカが「ひゃぅん」と可愛い声を上げて顔を真っ赤にしてぐったりとなったのでメルランに預けてとっとと家を出る。流石私。スマートだ。
「見つかるかしら…」
呟きながらふよふよと漂う。現在得ている情報は無縁塚で遭遇したということのみ。
聞けばメルランもリリカもそこで出会ったらしい。となると私も彼女達に倣って無縁塚へ行くしかない。
「もし見つけたら、一回とっちめてやらなくちゃ」
私のカワイイ妹達をことごとく撃墜するなんて。銀髪イケメンがなんぼのもんよ。
私の目の黒いうちは妹達には指一本触れさせてたまるものか。私はこれでも結構シスコンなんだ。
どこの馬の骨か知らないけどきっと大した事ないに違いない。少しは異性の知り合いが欲しいとは思ってたけど、そんな男は願い下げだ。
そんなことを考えてスピードをぐんぐんあげる。見える景色がだんだんと高速で流れていく。
そら、無縁塚の近くまで来たぞ。もう少しで目的地だ。情報通りならそこに奴がいるというわけである。しかし三日連続で今日もいるかどうか。
「よっ、と」
無縁塚の上空に着いた私は地面に向けて下降し、綺麗に着地を決めた。うん、十点満点。
人影を探して辺りをキョロキョロと見渡す。彼岸花が咲き乱れていてまるでレッドカーペットだ。一面が赤い。
と、視界のはしっこに何やらしゃがみ込んで作業をしている何者かを捉えた。その隣にはリヤカーが置いてある。道具が積んであるのかな?
しかしそんな事はどうでもいい。重要なのはそいつがどうやら男性で、髪の毛が見事な銀色をしていたということである。
ヤツだ!私の双眸が獲物を見つけた猛禽類のようにギラリと輝く。この好機、逃す手はない!
「殺らいでかっ!」
小さく鋭く呟いて強く地面を蹴って私は飛び上がる。その時の私の最大瞬間速度は天狗をも余裕で凌ぐ!
あんのスケコマシめ、ウチの妹に手ぇ出して五体満足で帰れると思うなよぉ。
鑑定だけをするはずだった私はその場の勢いで殺意のコスモを身に滾らせ、猛スピードで空からターゲットに突進する。
「ちょっと、そこの貴方!」
「……ん?」
一息で距離を詰めようと空中を駆ける私の声に振り向く銀髪の男。
私は勢いを殺しながらそいつのすぐ近くに両手をついて華麗に着地。地面がズダンと音を立てる。
そして男に文句の一つや二つや三つでも言ってやろうとしてキッと顔を上げてそいつと目と目を合わせた瞬間。
私は、自分が何かに落ちる音を確かに聞いた。
その晩私は自室に引きこもり、枕を抱きかかえて奇声をあげてベッドの上でずっとゴロゴロ転がっていた。
やばかった。銀髪やばかった。流石は銀髪。一撃で残機を全部持ってかれた。舐めてたね。正直銀髪舐めてたね私。
もうね、あれだね。妹達の気持ちがわかったね。あれはしょうがない。落ちてもしょうがない。私たち何も悪くない。悪いのはあの銀髪だったわ。
銀髪イケメンがなんぼのもんよとか言ってた昼の私を問いつめたい。小一時間問いつめたい。お前はなんもわかっちゃいなかったんだ。
ええ、落とされましたとも。一目で落とされましたとも。いとも簡単に落っこちていきましたよわたくしは。
何にって?恋にだよ。一目見ただけで即アウトのパッと見フォーリンラブだよ。あっさりピチュッて満身創痍のこんてぬーだよ。
チョロかった。チョロい妹達の姉はやっぱりチョロかった。血は争えなかった。三姉妹揃いも揃ってチョロかったよプリズムリバー。
まさか三人が三人とも隠れ乙女系女子だったとは見抜けなんだ、このルナサの目をもってしても。
「~~~~~っ!!」
昼間の出来事を思い返し、声にもならない声を上げてベッドで転がりまくるルナサ・プリズムリバー(独身)。
なんで文句を言おうとして開いた口から飛び出た言葉が「こ、こんなところで何をしているの?」なんだよ。
なんで少し上ずったような声なんだよ私。なんで少し上目遣いなんだよ私。なんで少し頬を染めてたんだよ私。乙女ですか?乙女なんですか?
「ここに流れ着いた道具を集めてるんだよ」とか返さなくてもいいんだよお兄さんも。スルーしてくれて結構だったんだよ。
いくら私が取り繕っても私がアナタに怒鳴って飛びかかった事実は何ら変わらないのよ名も知らないお兄さん。
それを気にせず会話を続けるなんてアナタはもしかして現人神かなにかなのでせうか?銀髪の現人神。やだかっこいい。
そのまま少しだけ話をしたけど結局途中でこみ上げる何かに耐えられなくて逃げてしまった私です。おかげで名前も聞けなかった。
笑いたければ笑いたまえ。だらしなくニヤついた顔が戻んなくてずっと魔法の森で時間をつぶしてた私を笑うが良い。
でもこれは不可抗力なんです。あんな顔で妹達にあったら姉としての威厳がごっそりと削り取られる。
妹の惚れた相手を否定するつもりで鑑定に出かけてあっけなくソイツに惚れてニヤニヤしてるだらしねえ顔を妹に見せるわけにはいかなかったんや!
あれ、良く考えたらこれメルランと全く同じコースじゃね。
しかしどうしよう。これで三人が揃って同じ人を好きになってしまった計算になる。
私たちは三人、あの人は一人。さあどうするんだ。姉妹で一人の男を争うという昼メロが展開されるというのだろうか。
嗚呼、悲劇。仲睦まじかった姉妹はたった一人の男の存在によっていとも容易く引き裂かれる。誰だ、こんなチープな脚本を書いたのは。
だが良く考えろ。ここは姉として可愛い可愛い妹に譲ってやるというのがベストな判断なのではないだろうか。
そうだ、最初にあの人のことを発見したのはリリカなんだしまずリリカにチャンスがあってしかるべきなのだ。
ああでもあの人のために生き方を変える事を決意したメルランにもスポットを当ててやりたいなぁ。
だけど最終的にはやっぱり自分の物にしたいという気持ちもあり。ちくしょう、一体どうすれば良いんだ!
知るか馬鹿、そんな事より妄想だ。
とりあえず私は色んなややこしい考え事を放棄して自分だけの世界にダイブした。
一目惚れした人との妄想に耽ってたら一夜明けてた。死にたい。
あれっきりずっと妄想してました、はい。ずっと布団の上をゴロゴロしてました。乙女回路作動しっぱなしでしたよ。
これじゃメルラン達のことをとやかく言えない。でもそれも全部銀髪の仕業だ。責任は全部銀髪が取ってくれるに違いないさ。
あれから私は考え、結局私の想いをメルランとリリカに素直に打ち明ける事にした。姉妹で争う道を私は選び取ったのである。
朝の食事が終わったポイントで私は二人に自らの気持ちを素直に語り、一切譲る気はないという意の宣戦布告もオマケしてやった。
結果として私たちは多いに荒れた。
あれだけ目が攻撃的なリリカは初めてだった。あれだけ気迫が圧倒的なメルランも初めてだった。そしてあれだけ私が全力を出したのも初めてだった。
私たちは争った。三日三晩争った。ものすごい勢いで弾幕を撃ちまくり、相手を倒す事ただそれだけを考えて私たちは空を舞い、飛び回った。
私たちは自らが操ることが出来る音楽を全身全霊で演奏し、相手を苦しめた。それはもうこの世のモノとは思えないものすごい有様だった。
なにせ私たちは合奏したのではなく、ソロで好き勝手に演奏しまくったのだからその威力は尋常ではない。
私の演奏する鬱の音、メルランの演奏する躁の音、リリカの演奏する幻想の音。
いつもは、リリカの演奏する幻想の音のおかげで私たちの精神的に危ない音を中和してくれてるわけなんだけど、今回リリカはキレてた。
原因は私とメルラン。そりゃ、惚れたオトコを姉二人にぶんどられそうになってるってんだからリリカも怒髪天を突くって感じですよね。
そのせいか、普段は精神に影響を持たないはずの幻想の音がなんか変なパワーを持って襲いかかって来た。まるで意味が分からんぞ。
例えるなら…そう、「音楽界のシュールストレミング」とでも言っておこうか。マジでヤバかった、あの音は。
そこに私たちの躁鬱の音が加わり、それを三人が全力で演奏して戦ったってんだからもう大変。
後から聞いた話になるけど、私たちの知らない間で幻想郷にある異変が発生していたそうだ。
謎の音が響き渡り、あらゆる建造物が音波によって破壊される異変。同時に、幻想郷中の人妖たちが情緒不安定になる異変。
原因はまったくの不明とされ、未だに一部の噂好きたちの間でまことしやかに真相が囁かれているそうだ。
この異変の影響で博麗神社の鳥居が壊れ、巫女が怒り狂っているらしい。しかし原因が不明なため、その辺の妖精に八つ当たりしているという。
ごめんなさい、原因は私たちの姉妹喧嘩です。理由はオトコを取り合ってるからです。
私たちは戦った。
自分達の弾幕で屋敷が壊れる事も厭わず、一心不乱の大戦争を執り行った。
私たちのその頭の中にいるのは唯一人。あのほんの一瞬で私たちを恋のズンドコに叩き落とした憎いアンチクショウを求めてひたすら戦った。
姉を傷つけ、妹を傷つけ、自分を傷つけてまでも私たちは限界まで己の力を出し切って自分の欲望を貫き通した。
姉妹の争いは幾日も続き、やがて屋敷は完全に自分達の手によって破壊され、私たち三人もボロボロになって三人同時に地面に倒れ込んだ。
息が上がりきっていてもう一歩も動けない。そんな身も心も極限の世界の中で誰だったか、私たちの中の誰かがポツリと呟いた。
「……別に幻想郷って一夫多妻制はダメだっていう法律なかったよね?」
恋する乙女…やはり天才か……
ピクッ
お話の疾走感が凄かったです
死にたくないってあんたもう幽霊ですやん…
諸君 私はプリバが好きだ。
諸君 私はプリバが大好きだ!
メルランの誘い笑い? にやられました。何がそんなに面白いんだメルランw
明治時代になって西洋文化を参考にして一夫一妻制になったと聞いた事が。
幻想郷が明治初期に分かたれた世界だから、富裕層なら一夫多妻は案外普通かも?
事故死の確率は外より高そうだし、キリスト教文化も浸透してなさそうだし。
やべぇこの話でプリズムリバー三姉妹好きになっちまったよ。
もちろんこういう話を書ける素晴らしいスバルさんも好きですよ~w