かの有名なゴシップ新聞こと『萬朝報』は、『萬(よろず)のことに重宝する』というシャレから名付けられている。
『文々。新聞』も同じような意味合いを持っていて、『文々(ぶんぶん)うるせえ癖に中身は丸々すっからかん』というシャレが名付け元と、これは大変に分かり易い。
「なんですかそれは」
今話しかけてきたコイツが、くだんの新聞を発行している射命丸文である。
「何よ文句でもあるの」
「散々言った挙句に今にも殴ろうと拳を握るその姿勢は実に霊夢さんらしいですが、そこまで事実無根の中傷をされては私も黙っていられません」
「もう既に話してるけどね」
「それもそうですね」
という訳で、私と文は博麗神社の縁側でお茶を飲んでいる。
基本的にこの鴉はちょくちょく勝手に押しかけてくるので、特に珍しい光景ではない。
ただ本日は例に漏れて、私から文をここへ呼んだ。
「それで、ご用事があるとのことですが」
「そうそう。単刀直入に話してくけど、今年もいよいよ今日で終わりじゃない?」
「大晦日ですねえ。今年は変な神霊がいっぱい出たりと、色々ありました」
「まあそれはどうでもいいんだけど。それで年越しをするにあたって、二年参りの参拝客が神社に来る訳で」
二年参りというのは、年が変わる瞬間にお参りをすると二年分お参りが出来たことになってお得という大変せせこましい考え方の行事だ。
とはいえ私には大切な稼ぎどころで、具体的にはお正月に食べるお餅が1日当たり1つになるか2つになるかの、それぐらい重要なお話。
「まあここ数年は人っ子1人来ていないようですが」
余計なことを口走る射命丸文ちゃんの顔面にグーパン1つをプレゼントしようと思ったが避けられる。むむ。
「危ない危ない……ともかく、二年参りの参拝客がもっといっぱい欲しいと」
「例年の教訓として、境内の雪かきをしても参拝客は来てくれないみたいなの。だから今年は雪かきしないで放置」
「それは絶対におかしい」
「勿論、別に計画は用意してあるわ」
私は手元に置いておいた紙きれを文へ渡した。
受け取った文はその紙に目を落とすと、私が綿密な試算の上で発案した計画を読み上げていく。
「『博麗神社福袋計画――幻想郷の色んな奴らから色んな物を頂いて色んな物の入った色んな福袋を作って色んな奴らに売る』」
「いい計画でしょ? 年の変わり目で売り出せば二年参りの参拝客もおまけに付いてくる――完璧だわ」
「いや、本当にすごいゼットユーエスエーエヌ計画ですね。香ばしい」
文はそんな台詞を呟きながら、何故か死んだ瞳で計画書を見つめていた。
横文字は何言ってるのか分からなかったが、ここで話は本題に入る。
「そこで、よ。福袋を作っても売ることをみんなが知らなきゃ意味ないでしょ?」
「まあそうですね」
「まあそうですね、じゃなくて。ここまで言ったんだから分かれ」
「私にこの福袋を宣伝しろってことですよねー。えー」
あからさまにやる気が無かった。
アントニオ馬場さんに気合を入れて貰えばいいだろうか。
「誰ですか」
「博麗霊夢よ」
「ああ……もう、分かりましたよ。やりゃいいんでしょやりゃ」
やさぐれた様子で文は吐き捨てた。とはいえ、取りあえずはこれで商談成立だ。
あ、それから。文にはもう1つ手伝って欲しいことがあった。
「嫌だって言っても大丈夫ですか?」
「孟子の話なら興味ないわよ」
「別に倫理社会の話なんてしてないですよ」
「えー本当ー? 手伝ってくれるなんてごめんねー助かるわー」
「この人日本語通じないよ……」
頬に涙を伝わせながら文が呟いていた。
この寒空に涙なんて流したら凍って寒そうだなあと、特に意味も無く思う。
◇
という訳で、文には福袋の物品回収を手伝ってもらうこととなった。
一応私にもコネクションの自信はあるのだが、文にしかない繋がりもあるかもしれないと期待した結果だ。
「意外ですね」霧の湖上空を共に飛んでいる時、文は言う。
「霊夢さんはあまり、そういう新しい関係を作りたがらないタイプだと思ってました」
「遠慮しないでコミュ障だと思ってたって言えば楽になるわよ。まあ確かにそうではあるんだけど、今年はちょっとそれどころじゃ無いというか」
「本気で死にそうってことですね」
私の窮乏ぶりを端的に表現した良い言葉だった。じゃなくて。
どちらにせよ、お正月を豪遊できるか否かであれば誰でも豪遊を選ぶと思う。
「何か1つ嫌いな食べ物食べたら1億あげるよ」と言われて「食べます」と即答するような感覚だと思って欲しい。
「という訳で文、ゆで卵食べたら何かいいことしてあげるわ」
「何が『という訳』なのか分かりませんし共食いじゃないですか」
「ゆで卵は抵抗しないわ」
「それもそうですね」
どうでもいい会話をしているうちに魔法の森の上を飛んでいて、そこから更に目的地へ向かう。
森にたたずむ2つの洋館のうち、大して手入れもされてなさそうな汚い洋館の方が目的地だ。
「1人目は魔理沙さんと」
「ふふ、あのガラクタマニアなら何か持ってるはず」
「寧ろガラクタしか無さそうですが」
「『〒』マークの赤い箱とか、守矢の分社に使えそうじゃない?」
「守矢の神様が殴り込みに来るでしょうねえ」
緑に塗れば何とかなりそうだなあとか考えながら、私は魔理沙宅の正面に降り立つ。
文もそれに続いて着地し、共に『霧雨魔法店』のドアを叩いた。
「ご招待ありがとう博麗霊夢よ失礼します」ガチャ
「ドア叩いた意味はどこに」
「ノックもしないで入っていく奴がどこにいるってのよ」
「ノックすればどこにでも入れるみたいな考え方やめろ」
ドアを開けた先には、いつの間にか魔理沙が立っていた。
その目は眠そうな様子でかろうじて開いている。研究か何かで徹夜したのだろう。
「何か用か?」
「いや、実は用がある訳じゃないのよね」
「その大嘘は何のためについてるんですか霊夢さん」
「暇だからついてみただけよ。まあ面倒臭いけど説明すると、」
来たるべきお正月豪遊生活の為福袋を作ろうということ。その為に幻想郷の色んな連中から色んな物を頂いていること。
そこまで説明したところで、どうしてか魔理沙は苦笑する。
「恐ろしく貧乏くさい考えだなそれは」
「形式にこだわってる場合じゃないの。黙って何か出しなさい」
「なるほどー……私押し売りはしたことありますが、押し売らせはこうやってやるんですね」
感心したように文が取り出したメモ帳を八つ裂きにしつつ、正面では魔理沙があごに手を当て考え込んでいる。
「なんかこう、祝儀と同じで相場を知りたい所なんだが」
「魔理沙が初めてよ、心ばかりの何かで良いわ」
「それが困るって言ってるんだぜ……あー、そうだな」
首を捻りながら、魔理沙は家の奥に入っていく。
それから数分くらい経って、魔理沙は手ぶらで戻ってきた。
「良い物を思いついた」人差し指を立てて、笑いながら魔理沙は言う。
「まさか空気とか言うんじゃないでしょうね。酸素は生活必需品だぜー、とか」
「空気そのものだと変換効率が悪そうですねえ」
「お前らはどこのガキだ。そんな胡散臭いものじゃないぜ」
「着いて来い」と、魔理沙は私達の横を通って外に出る。
そのまま魔理沙は家の裏まで歩いて行き、大量に放置されたガラクタを漁り始めた。
「ちょっと魔理沙、正真正銘のガラクタ貰っても困るんだけど」
「安心しろ、今日の1日に役立つ良い物をプレゼントしてやる」
「今日の1日……?」
私と文がお互いの顔を見合わせている間に、「見つけたぜ!」と魔理沙が声を上げた。
ガラガラと音を立てて、ガラクタの中から引き揚げられたそれは――
「……台車?」
「しかもタイヤがついてないですね」
「やっぱり産業廃棄物じゃないの。あんまり舐めてると神社のゴミをここに捨てるわよ」
「随分と陰湿的な報復だな……まあ待て。この台車だが――よ、っと」
魔理沙が台車を持ち上げて、そのまま持っていた手を離す。
しかし台車は重力を無視し、宙で浮いた状態で動きを止めた。
「あら……浮いたわ」
「浮きましたね」
「そう、この台車は浮くんだ。すごいだろ」
「マジックグッズよりもうちょっと実用的なものが欲しいわね」
「冗談だ。私が初めてってことは、霊夢達はこれから幻想郷中を飛んで回るんだろ? 誰かに会う度何か貰うつもりなら、それを積む為の台車が必要だと思ってな」
「ああ、なるほど」と、文が手をポンと叩いた。
確かに、幻想郷住民から色んな物を貰う以上魔理沙の言うことはごもっともだ。
空を飛ぶマジック台車ともあらば、タイヤが無くても十分に使っていける。
「でも……ねえ。なんかこう、違くない?」
「方向性の違いか?」
「それもあるけど、じゃなくて」
「でもまあ、魔理沙さんらしい物をくれたんじゃないでしょうか。元々ただで何かをくれるような人じゃないですし」
「ま、そういうことだ」
「むう……」
なんかこう釈然としないけど、魔理沙らしいものを貰ったというのは少し分かる。釈然とはしないけど。
「まあいいわ。また来るわね」
「ああ、その時はまた何もあげないぜ」
「つくづく社交辞令を無視する方々ですね貴方達は」
◇
魔理沙から貰ったゴミ――じゃなくて台車と共に、私達は妖怪の山へ向かう。
当たり前ながら台車は空で、勿体無かったので私が乗ることにした。
「なんでそうなるんですか」
文句をつけてくるコイツが、この台車の運転手射命丸文だ。
「次は文の知り合いへ会いに行くんだから、あんたがこれを押せば一石二鳥じゃない」
「そんなどや顔で言われても全然正論じゃないですからね」
「今に始まったことじゃないわ」
「それもそうですね」
とまあ今言った通り、次の目的地は妖怪の山だ。
文の知り合いということで河童か犬かと思ったが、そのどちらでもないらしい。
「霊夢さんは多分会った事が無いと思います」
「へえ。アンタの知り合いで私と無関係って言ったら……天魔様とかかしらね」
「天魔様に乞食なんてしたら私が殺されますよ」
「天狗社会も世知辛いのねえ」
妖怪の山へ入っていく。普段ならば白狼天狗か何かが撃退に出てきそうなものだが、文が居るためか侵入者扱いにはならないようだ。
「あまり一緒に居るところを見られると上司から怒られるんですけどね」と文は苦笑したが、ただちには問題にならなそうだったのでどうでもいい。
山深くまで登っていくと、「あそこです」と文が言った。古ぼけた山小屋だ。
「あんなボロ屋でも誰か住んでるのね」
「まあ妖怪の住処なんて寝れればいいですから」
ボロ屋の前に着地する。台車はガタンと音を立て、半ば落ちるような着陸だった。強打するお尻。
「ぎゃっ! なにするのよっ」
「台車は人が乗る物じゃないですからねえ」
「うぐ……」
してやったりという文の顔が大変に腹立たしい。
だがここは妖怪の山――文のホームグラウンドで乱闘騒ぎにでもなったら、死にはしなくとも面倒そうだ。
のちのち必ずやり返すことを心に決めて、黙って文の後に続く。
「さあ入りましょうか」ガチャ
「あんたも私と変わらないじゃないの」
「霊夢さんと魔理沙さんの関係くらい、私とここの家主には絆があるんですよ」
「絆って便利な言葉ねえ」
小屋の中を進んでいくと、すぐ広い部屋に出た。
寝室兼用の居間らしく、布団が畳まれないまま放置されている。
その上に横たわって、何かを片手に持った奴を私は見つけた。
「……文ね。勝手に入ってくんなっつってるでしょ」
「またまた、素直じゃないわねえ」
「そういう結論を出せるあんたの頭がうらやましいわ……って、」
起き上がったソイツと、私の目が合う。
ソイツは目を丸くしたまましばらく固まって――それからズザザと瞬速で後ずさった。
「は、はは博麗の巫女!」
「巫女よ」
「巫女ですね」
「な、何でここに……私を退治しにきたの!?」
滅茶苦茶テンパっている。というか初対面でこの反応って私の評判どうなってるのだろう。
そんなことを口にすれば、「初対面じゃないよ!」とソイツは言い返してきた。
「前に取材へ行ったことがあるじゃん。覚えてないの?」
「あったかしら?」
「知りませんよ」
「……なんか気が抜けるね、あんた達」
「まあともかく、これが私の知り合い――姫海棠はたてです。存分に略奪しちゃってください」
◇
取りあえず適当に事情説明をすると、「はあ」とソイツ――はたてからも適当な返事が返ってきた。
まあ何と言うか、関わり合いの無い者同士らしいやり取りだ。
「関係ないけど、あんたもこの文と同じパパラッチなの?」
「一緒にしないでほしいね。私の新聞は事実に基づいた正確な新聞、文の新聞はただの妄想新聞」
「事実に基づいた新聞だけに必ずしも魅力があるという訳ではないわ。一に簡単、二に明瞭、三に痛快――この三拍子が揃ってこそ真の新聞よ」
「あんたのは一に目障り、二にうんこっこ、三に茶番の間違いじゃないの」
「なによ」
「なにさ」
「はーあ……」
少し火を投げ入れたらこの有様だ。これは冷温停止状態までどれぐらいかかるだろうか計り知れない。
個人的にはどうでもいい争いだったので、騒ぎに乗じて色々頂いていくことにする。これ魔理沙と同じじゃんと気付いたときに、ああ確かに一緒にされたら嫌だなと思った。
「あ、霊夢さんどこ行ってたんですか」
「どこにも行ってないわよ」
「だから何故意味も無くそういう嘘を」
「文のことが信用できないからじゃないの」
はたての言葉にまた乱闘が始まるかと思ったが、既に小康状態だったらしい。
この2人の争いも終わったとあらば、もうこの小屋にも用は無い。
「じゃあ、お邪魔したわ。文帰るわよ」
「あれ。略奪のお話は」
「あんたら家主の前で略奪略奪頭おかしいんじゃないの」
既に略奪しましたなんて言う訳にもいかず、黙ってそそくさと小屋を後にする。
外でそのことを文に伝えたところ、「いつも通り強かですねえ」と文は唸る。
「これからは私も、信用されるようなパパラッチを心掛けていきますよ」
「ちょっと何言ってるのか分からない」
「ところで霊夢さん、はたての家から何を略奪なされてきたのですか?」
台車の持ち手を握りながら、文が問いかけてくる。
私は服の袖に入れておいたよく分からないケーブル2本、それから四角い塊を取り出して台車に投げ入れた。
「い……イヤホンと充電コード、それから代えのバッテリー……」
「なにそれ。ああ、これのこと? よく分からないけど何か使えそうだったから持ってきたわ」
「また地味に困りそうなものを持ってきましたね……」
文の言ってることはさっぱり分からなかったが、少なくとも彼女の顔が大変微妙に固まっていたのはしっかり記憶に残っている。
◇
午後11時――
それから1日中福袋の中身を集めた甲斐もあり、賽銭箱の後ろには福袋がずらりと並ぶ。
ちなみに料金は『心ばかり』のお賽銭だ。一応1円~ではあるが、私が横で凝視しているのでそんな不埒者はいないだろう。
「それにしても……集まるのねえ」
「これが文々。新聞の力ですよ。恐れ入りましたか」
神社の境内にはレミリア、咲夜、幽々子、妖夢、早苗、その他もろもろ――と様々な奴らが集まっている。全員福袋の中身を提供してくれた有志達だ。
例年ならばそれぞれで宴会を開いたりと、神社はすっからかんなものだが。なんだかんだお祭り的なことは好きなのだろう。
「まあ文々。新聞の宣伝効果は……2%くらいかしらね」
「またまた、霊夢さんたら天邪鬼ですねえ」
「ハイハイソウネ」
文は適当にあしらって、いよいよ福袋の売り出しが始まる。
文の点呼でそれぞれ並ばせて、先着で好きな福袋を取っていく形式だ。
ちなみに1番はレミリア、それから咲夜。
「来たわよ霊夢」
「帰っていいわよ」
「これは素晴らしいお客様サービスですわね」
皮肉を飛ばしながら、咲夜が1000円札を賽銭箱に投げ入れる。
それからレミリアが、10数個ある福袋から適当な袋を手に取った。
「随分小袋じゃないか」
「小さい物には福がある、でしょ?」
「選択肢が小しかないけどね。ねえ、これ今開けていいのかしら?」
「ん、いいけど」
ふふ、と笑ってからレミリアが袋を開ける。
ガサゴソと音を立てて、レミリアが取り出したのは――
「……日本刀?」
「妖夢提供『折りたたみ百楼剣』1980円よ。得したわね」
最近流行り? の冥界グッズらしい。知らないけど。
「何に使うのよこれ、咲夜投げてみる?」
「殺人鬼の誕生ですわね」
「鬼同士仲良くやってね、はい次」
福袋を買った者にはさっさと帰ってもらって、次の客はアリス。
私が催促する間もなく、アリスは500円玉を指で弾いた。音を立てて賽銭箱へ落ちる。
「えー……少なくない?」
「相場よりは多い。取るわよ」
適当に掴み取ったアリスが、レミリアの前例にならいその場で福袋を開く。
彼女が中から取り出したのは――
「……何これ。『特別賞』?」
「あら、運がいいわねアリス。特別賞は福袋に収まりきらないビッグなものをプレゼントよ」
「持ち帰れないじゃないの」
「問題ないわ、文ー!」
私が本殿へ声をかけると、中から返事と共に文が現れる。
その手には、空に浮く例のブツが掴まれていた。
「特別賞『空飛ぶ台車』プライスレスよ。おめでとー」ガランガラン
「神社の鐘の使い方間違ってる……じゃなくて何よこれゴミじゃない!」
「え、でも空飛ぶし」
「どうでもいいよ……私は遠慮しておくわ」
「魔理沙からの頂き物だし」
「もらうわ」
謎の心境の変化が起きたらしく、アリスは満足そうにそれを持ち帰っていった。
まあゴミ処理は出来た。次、幽々子妖夢。
「漫才コンビみたいに言わないで下さい」チャリーン
「500円。了承」
「心ばかりとは口ばかりねえ……これかしら」
幽々子が福袋を手に取る。開封すると中身は――
「あら……美味しそうなものがでてきたわー」
「霊夢、これはなに?」
「『かえのばってりー』とかいうやつ」
「幽々子様なんかやばそうですそれ」
◇
その後も順調に福袋は売れていき、残りの福袋もいよいよ3つ。
しかし行列は既に終わり、それぞれは好き勝手に境内で宴会をしている。
まあ、売れ残りが3袋ならマシな方だろう。そう思って片づけようとした時、
「ちょっと待てええ―――――ッッ!!」
月明かりに照らされた何かが物凄いスピードで飛んできた。
思わず撃墜しそうになったものの、それが見覚えのある声だと気付いて手を止めた。
「あら、えーと……文の知り合いA」
「あーもうどうでもいいわっ! 私の充電器とイヤホン、代えのバッテリーはどこよ!」
賽銭箱の前へ着地するや否やそう問いかけてくるA。
一瞬何を言っているのか分からなかったが、Aの家から頂いた物が何かを思い出して、ああと声を上げる。
「あのヒモ2本と四角い塊ね」
「そうそれ、どこ?」
「あー……ヒモ2本はまだ福袋から出てなかったような、出てたような」
そう言った瞬間に、Aは賽銭箱を乗り越えて福袋を手に取ろうとする。
そこに決まる私の美しいラリアット。A落下。
「いった、なにするのよ!」
「福袋なんだから有料に決まってるでしょ」
「被害者に金を払えというか!」
まるで何を言ってるか分からなかった。
「みんなそうやって買ってるんだから当たり前でしょ。因みに1口500円からね」
「うぐぐ……」
Aは財布から500円玉を取り出し、それから景気よく1000円札まで投げ入れた。
この不景気には珍しく良いことだ。めでたいめでたい。
「ほら早く3つ寄越しなさい」
「はいはい。毎度あり」
神速でAは3つを開ける。1つ目からはヒモ、2つ目からもヒモ。
そして3つ目からは――蛇の置物。
「あれ!? バッテリーは!?」
「よかったわね、守矢神社で売ってる良いお守りらしいわよそれ」
「いらねええ! てかバッテリー入ってるんじゃないの!?」
「ヒモ2本はまだ出てなかった『ような』って言ったじゃないの」
「はああ!? え、じゃあバッテリーは……」
わなわなと呟くAに、私は境内へ視線を移す。
Aも追随して境内を向いたところで、私は小さく呟いた。
「……多分食われた」
◇
めでたく福袋は完売し、境内が宴会に盛り上がる中で――私は1人本殿へ撤収する。
居間を通り抜けて台所に直行し、普段はある筈も無い、大量の食材が入った袋を抱えた。
「よっこらせ、と」
流し台に置いてから、改めてその量に驚く。
これは全て、幻想郷住民からの頂き物だ。みんな『霊夢が喜びそう』と言って食べ物を渡してくるのだから驚いたものだ。まあ喜ぶけど。
「さて……これだけの量、何を作ろうかしらね」
垂れそうな涎を抑えながら、私はちらと時計を見上げる。
午後、11時30分。年越しはもうすぐで、境内の奴らも二年参りをする頃だろうか。
――年越し、か。
「あれあれ、霊夢さん。1人でお楽しみですか?」
不意に、後ろから声が聞こえてきた。
勿論、奴だ。はあと溜め息をついてしまう。
「しっかり嗅ぎ付けるわね……流石はパパラッチ」
「あれだけ食材を貰ってたのに、福袋から全然出てきませんでしたからね」
「はあ。まあそうよね」
もう少しうまいこと隠せば良かったと反省する。
ただ他の奴らにはばれていない様子なので、ここら辺で氾濫はせき止めておこう。
「え、何かご馳走してくれるんですか!?」
「まだ何も言ってないんだけど」
せき止めるまでもなく勝手に止まった。
改めて1つ溜め息をついてから、私は文に向かって笑う。
「手伝ってくれるなら……食べさせてあげない事も無いわ」
「ええ、是非手伝ってあげましょうとも」
10分くらいして――山盛りのざるを持った私達が居間に戻る。
何がのっているかって、言うまでも無い。年越しと言えば勿論年越し蕎麦だ。
ちゃぶ台に置いてから、それを見た文が目を輝かせる。
「風物詩ですねえ。ああ、美味しそうだわ」
「本当なら私1人で食べようと思ってたんだけど」
「『末永く蕎麦に居られるように』って意味もあるみたいですよ、年越し蕎麦。それを1人で食べるだなんて勿体無い」
「あんたと末永く一緒には居たくないわ」
「またまた」
軽口を叩きあいながら、おたがいに蕎麦へ口を付けた。
黒く艶のある麺は、少し咀嚼しただけでは噛み切れない程にこしがある。
麺つゆには薬味を加えて。大根おろしは蕎麦の味を飽きさせなくしてくれて、山葵は微妙な辛さのアクセント。
蕎麦を食べ終えた後の蕎麦湯もまた楽しみの1つだ。
茹で汁を薬味の加えられた麺つゆに加え、冷たい蕎麦の食べた後の身体を温める。
一口飲んでほうと息をついた時にこそ蕎麦の風情があるのだと私は思う。
「こうして美味しいものを食べられると、今日1日頑張った甲斐もあるというものです」
蕎麦湯を一口飲んで、文は微笑みながら言った。悪い気はしない、私も黙ってもう一口。
お酒とはまた違った、穏やかに高揚するような気持ち。これも悪くない。
「最近の年越しはずっと1人でしたからね。誰かと過ごすなんて何十年ぶりでしょうか」
「今だってお呼びじゃないわよ」
「むう。年越しまでツレない霊夢さん、しかしそれがいい」
「……ま、冗談だけどね」
「え」
蕎麦湯を飲む口を止めて、文は私の顔を見つめてくる。
「……なに? 蕎麦湯まずい?」
「あ、いえ。ただ何と言うか――霊夢さんが訂正してくれたことに驚いて」
……何を言っているかコイツは。別に何か考えがあって言った訳じゃないのに。
ただ、こういう文を見るのも珍しい。もう少しからかってみても悪くない。
「お呼びじゃないだなんて、本気で思ってる訳ないでしょ?」
はっきりと。言ってみる。
文は改めて目を丸くして、それから小さく頬を掻いた。
「あはは、そう――ですかね?」
頬が少しだけ赤くなっている。呑んでいるのは蕎麦湯だけだ。
からかったつもりなのに――私も何故だか嬉しくなる。文の言葉に「多分ね」と返して、私も彼女へ笑顔を向けた。
時計を見れば、その長針と短針は上を向いて重なり合っていた。
「そういや、はたてのバッテリーって食べられるんですか?」
「まあ、幽々子だし」
「それもそうですね」
そしてあけおめぇ!
自転車を食べれる人間を思い出した
はたてはかわいそうだった。
そこらへんを笑える範囲で料理するのが腕なのかな。
霊夢はしたたかというか、すごいというか…霊夢なんですよね
何気に台車が一番実用的でいいと思うけど空を飛べる人たちにとっては只のガラクタか……
山でも川でも全地形で荷物を運べて超便利なのにww
しかしあなたうんこ好きだなww
小気味のいいギャグが良かったです。
居間を通り抜けて台所に直行し~
神社の本殿はご神体を祀る神様の領域であり、生活空間ではありません……。基本的に神社の本殿は人が入ることを前提としないため、人が入れるほどの大きさの本殿はあまりありません。
勘違いしがちですが、よく参拝や祭祀などを行っているのは拝殿で、本殿ではありません。
拝殿がなく、本殿で参拝・祭祀を行う神社も一応ありますが、居間や台所だけは絶対にありません。断じてありません。何か別の神社施設(社務所や庁舎)か、お寺と勘違いされてませんか?
……と、ここまでの小説の内容とは直接関係ない戯言は職業上の建前で(にしても言い過ぎたかしらw)ぶっちゃけ素人からすればどうでもいい話ですね!w私もそう思います。
お話に関してですが、はたてがただ酷い目にあっているだけで、やや不愉快に感じます。すでに書かれている方がいますが、ここをギャグとして笑えるところにオトせればよかったと思います。
その他のギャグはそれなりに面白かったです。
特に「それもそうですね」の下りは面白かったですw