「はじめまして、私オアチュリーと申します」
「なっ……!」
パチュリー様そっくり容姿、髪型、服装のその女性は、唐突にその場に現われ、
パチュリー様は飲んでいた紅茶を、勢いよく噴き出したのでした。
「む、むきゅ? 無休、無給、無窮……ムギ球」
焦りまくって、訳の分からない供述を繰り返しています我が主。
当然です、自分と瓜二つの人物が突然現われたら誰だってたまげます。
「あ、あなたはいわゆるドッペルゲンガー。見ると死ぬって言う……。こあ!」
「は、はい」
パチュリー様は魔道書を開き、臨戦態勢を整え、わたし小悪魔も身構えます。
「いいえ、私はあなたを死なせるために来たのではありません。
あなたに会いに来ました。お母さん」
「はあ? お母さん? 私が?」 パチュリー様は自分を指差して尋ねました。
「はい、お母さん」 オアチュリーさんと名乗る女性は、目を輝かせて呼びかけます。
「私はあなたを生んだ覚えはないわよ」
「だって、私はあなたに造られたホムンクルス。ですからあなたは母親同然です」
「ホムンクルス? ああ、あれね、なるほど。そういうのも作ったわね。たしか一年ぐらい前」
「ぱ、パチュリー様。そんなどえらい実験を忘れたんですか?」
「ええ、失敗したと思ったんで、そのまま放置して忘れちゃったわ。ちなみに、ホムンクルスの土台として、こあ、あなたの骨髄と卵細胞と神経細胞と、あと腎臓一個を寝ている間に摘出させてもらったわ」
「嘘だそんな事!」
どうりで最近疲れやすいと思ったら……悪魔だ……悪魔より悪魔だ。
傷口は魔法で完全に見えなくなっていたらしく、気付かなかった。
咲夜さんは以前、『お嬢様は時々ブッ飛んだ言動をするので、正直ブッ刺したいと思う時がある』と告白していました。本当に『ブッ刺したい』という表現を使っていました。あの瀟洒な顔と声で。
そして、『あなたの主はまともで良いわねえ』ともおっしゃいました。
いえいえ咲夜さん、瀟洒なくせして、ことわざで『隣の芝生は青い』というのをご存じないんですか。こっちの上司だってそうとう救い難い方向へアフターバーナー全開で飛んでますよ。
いつだったか、こいつが、いやパチュリー様が倒れた振りをして、床に転がった事があったんですが、私が何事かと思い助け起こすと、パチュリー様は笑顔で嘘よと言ったんです。
私は、悪い冗談はやめて下さい、本当にパチュリー様の身にもしもの事があっても、また冗談と勘違いするじゃないですか、とパチュリー様の額に釘を刺しました。
でも正直に告白します。パチュリー様が無事でよかったと思う反面、私の中に潜むもう一人の私がこう言ったんです、
『チッ、ぬか喜びさせやがって』
と。そのもう一人の私は、倒れていたパチュリー様を確認した時、確かに心の中でガッツポーズを決めていました。
「オアチュリーさんとやら、とりあえずここに座りなさい。こあ、お茶を出して」
「かしこまりました」
パチュリー様はストーリーの都合上、とっとと状況を受け入れ、オアチュリーさんと名乗る女性に椅子を勧め、私にお茶を入れるよう指示しました。
来客用の高級茶葉でオアチュリーさん用の紅茶を入れました。
パチュリー様の分はインスタント紅茶で十分でしょう。昔、薄く切ったこんにゃくをフグの刺身と称して出しても、全く気づかれなかったんですから。
「それで、あなたはどうしたいの?」
「はい、私も魔法使いとして、お母さんのもとで修業させて下さい」
パチュリー様は少し考えて、やがてうなずきました。
「もとはと言えば私が播いた種、良いでしょう、一緒に魔法を探求しましょう」
この日も、魔法図書館は何事も無く、静かな時間が過ぎてゆきます。
パチュリー様が二人いる事を除けば……。
「所で、あなたの名の由来は?」
「はい、タイプミ……じゃなくて、実験中、私にかすかな意識が生まれた時、お母さんは紅茶を飲んでいました」
「そうだったかしら?」
「はい、熱すぎたらしくて、『おわっちゅ!』と叫んだので、それが私の名前だと思ったんです」
「私そんな情けない悲鳴をあげたかしら、まあいいわ、好きにしなさい」
「ププッ……おわっちゅ……」
「こあ、今度それを言ったらお仕置きよ」
「はい、はい、すみません」
すでにお仕置き以上の目にあわされ続けているんですがね。
えっ、悪魔だから腎臓一個ぐらいすぐ生えてこないのかですって?
パチュリー様の能力では、私を召喚する時、人間に毛が生えた程度の耐久力しか与えられませんでした。
腎臓を復活させるには、一度精神体に戻り、魔界へ帰ってから受肉し直すしかありません。
治癒の魔法でなんとか補うしかないのです。ああもう、腐れ外道めが。
「へえ、偶然完成したホムンクルスねえ」
次の日、図書館を訪れた魔理沙さんは、当然オアチュリーさんに興味を抱いたわけで……。
「うんうん、やっぱりパチュリーそっくりだ、お母さんと呼ばれるのも当然だぜ」
椅子に座って読書する二人の顔を交互に見ながら、しきりにうなずいていました。
「魔理沙? さんはお母さんの友達ですか?」 オアチュリーさんが尋ねます。
「ああ、友達だぜ」
「ちょっと魔理沙、あなたを友達だと思った覚えはないわよ」
パチュリー様は迷惑そうです。
「弾幕戦やったら、みんな強敵と書いて友と呼ぶんだぜ。これ食っていいかな」
あっ、それ私のチョコチップスコーン。
「人をおちょくってるとぶっ飛ばすぞ」 パチュリー様が眉を吊り上げます。
「望むところだ、決着を、だぜ」 魔理沙さんも煽らないで下さいよ。
「弾幕ごっこですか? 私はそういうのはあまりしたくないです」
オアチュリーさんは少しおどおどしています。
「ずいぶん控えめなんだな、やっぱ分身の子はそういう傾向があるようだな」
「まさか、魔理沙さんもホムンクルスを?」
「いや、そうじゃなくて、魔法の森の奥深くに、俺魔理沙が住んでいるんだ。何から何まで私と瓜二つで、見分け方は自分の事を俺と呼ぶんだ。結構いいヤツでさ、本を借りる時分担してもらおうと思っていたんだが、ちゃんと許可をとれってうるさくてやんなっちゃう」
それが当たり前なんですけど……。
それから一カ月、オアチュリーさんはめきめき魔法使いとしての知恵と力を身につけていきました。自分で言うのも何ですが、あの人の術が優れていたと言うより、細胞を提供した(させられた)私の資質によるところが大きいんじゃないでしょうか?
あの子は私の娘でもあるのです。いくら誕生の過程が最低最悪でもです。
「こあ、431番の書架から今週の『魔法朝日』と、78952番書架から『日経マジカル』1563号を持ってきてちょうだい。あと魔理沙の借り物取り立てもお願いね、期待してないけど。あっそうそう最初に紅茶ね」
「は、はい」
この人は悪魔使いが荒い、それに微妙に士気をくじくような事ばかり言います。
それに比べて…………。
「小悪魔さん、紅茶が入りましたよ」
「ああ、ありがとうございます」
「お仕事、無理しないで下さいね」
「オアチュリーさんには助かります」
偽物であるはずのオアチュリーさんの方が優しくしてくれるのです。
「ええっと、ここにはどんな呪文をかきこめば良かったんだっけ」
「ああ、そこにはこれとこの文様を書くんですよ」
「こーあ! さっさと仕事する!」
大声を出すあの人。とうとうオアチュリーさんが見るに見かねて反論します。
「待ってよお母さん、ずっと前から思っていたんだけど、使い魔は奴隷じゃないのよ、ちゃんと休ませてあげないと可哀想よ」
「こあは私が召喚したの、どう使い潰そうが勝手でしょ」
いま使い潰すと言ったか? この人は。私の中で何かがはじけました。
「この子にも働いたら休む権利はあるはずです」
ああ、オアチュリーさんマジ天使。あなたが真のご主人様だったらよかったのに。
今日初めてヤツのティーカップにトリカブトを混ぜたい衝動にかられましたが、脳内議会で賛成派、反対派に分かれて激論が交わされたあと、僅差で反対派が勝ちました。
オアチュリーさんが存在するおかげです。
ですので代わりに青酸カリを入れました。
しかし、ヤツは平然と紅茶をすすり、そのまま読書に戻りやがります。
不思議な顔をして眺めていると、ヤツは本から目をそらさずに言いました。
「大丈夫、毒じゃ死なない」
ちっ、人間の毒は効かなかったか。
「小悪魔さん、お母さんに言いつけられた仕事は私が何とかしておくから、あなたは休んでいなさい」
オアチュリーさん、あなたこそ私の救世主です。
何時間かたって、オアチュリーさんが魔道書を抱えて戻ってきました。
「こ、これは、魔理沙さんが借りたままパクっていた魔道書、どうしてこれを?」
私は今まで、これを何度も返してくれるように魔理沙さんに頼んだんですが、のらりくらりとかわされたり、時には弾幕撒かれたりして一向に返してくれませんでした。
「正面からお願いして、泣いて土下座したら、気持ち悪いから返すぜ、って返してもらえたんです」
「さすがオアチュリーさん。パチュリー様とは大違いですね」
思わず大きな声で言ってしまいました。その後すぐ、背後に殺気を感じたので振り返ると、うすら笑いのヤツが立っていましたよ。
「ふーん、で、誰と大違いですって?」
「ぱ、パチュリー様、本日は、お日柄もよく」
「あなた、ずいぶんとあの子と仲がよさそうね、そんなにあちらの方が居心地いいのかしら」
「いや、別に大して居心地が良いわけじゃありません。ただ今までの方が地獄だ……あっやべえ」
「ほう」
ヤツは臨戦態勢をとり、私はなすすべもなく、炎で焼かれ、水で流され、風で吹き飛ばされました。
所詮私は名無しの中ボス。オアチュリーさんの防御魔法が無ければ即死でした。
「ふふふふ、これであの悪魔ともおさらばです」
レミリア様に貸していただいた紅魔館の一室で、私はある計画を実行に移そうとしていました。
目の前には、高さ2mほどの大きな甕が置かれ、中を覗きこむための足場が組まれています。
その中に高エネルギーの魔力が渦巻いているのです。
これは入れた物を微粒子レベルまで分解し、別な物質に変えてしまう魔法炉。
あの悪魔にこの開発を承諾させ、ここまでこぎ着けるのに半年もかかってしまいました。
この最終チェックをお願いしますと偽って、悪魔に中を覗かせ、背中を押して落とすのです。名づけて『ヘンゼルとグレーテル作戦』です。
暗殺が成功した暁には、オアチュリーさんに真・パチュリー様となっていただきます。
「こあ、例の魔法炉は完成したかしら」
パチュリー様は警戒していません、これから待ち受ける運命も知らずに……。
「はい、もう完成です。あとはあのオアチュリー、パチュリー様のできそこないで実験をするだけです」
「前はあの子と仲良しだったはずじゃないの?」
私は頭を大げさに横に振って否定する振りをします。
「いーえーいーえー、アイツは実は悪い奴だったんですよ、以前パチュリー様のティーカップにトリカブトを入れようとしたんです。きっと本物と入れ替わろうとしたんでしょう。私がすぐ止めましたので、大事には至らなかったのですが」
それは私です。
「本当にそんな事を?」
「はい、やっぱり私がお仕えするのはパチュリー様しかいませんよ」
「こあ、分かればいいのよ」
やがて魔法炉のある部屋に到着しました。
「パチュリー様、ヤツは今薬で眠っています。生まれるべきでなかった命、すぐにもとの物質に還してやりましょう」
物質に還るのはあなたです。
「そうね、もう偽物と顔を合わせずに済むのね」
あなたこそ偽物です。
「あの、パチュリー様、魔法炉の最終確認をお願いします」
悪魔は何も疑わずに足場の梯子を登っていきます。登り終わると、膝をかがめて魔法炉の中を覗き込みました。チャンスです。
(まだだ、まだこらえるんだ)
私は笑いを押し殺し、そっと宙に浮いて近づきます。
空を飛ぶには、意識して魔力を展開させる必要があります。
これくらいの高さならば、不意打ちで突き落とせば、魔力を展開する前に底まで落ちて分解されるに違いありません。
私は悪魔の背中にそっと手を添え、おもむろに押しこみました。
小悪魔の私がこう言うのも何ですが。
「悪魔よ去れ!」
「甘いわ!」
ヤツは突然身を翻し、私の手をよけ、私は勢い余って魔法炉に落ちそうに……。
「くっ」
すかさず翼をはばたかせ、空中で悪魔を超える悪魔と対峙します。
一体どうして気付かれたのか?
「という顔をしているわね、これが教えてくれたのよ」
ヤツは勝ち誇った表情で、ポケットから目玉模様の入ったガラス玉を取り出しました。
「これはさとり妖怪の読心の原理を応用して作った魔道具、地の文を読みとる能力があるわ。
「という事は、私の意図はずっと読まれていた」
「そうよ、ただあなたを倒すだけでは物足りないから、至福の瞬間に絶望へと叩き落としてやろうと思ったのだけど、うまくいかなかったようね。でも、そんな事はもうどうでもいいわ」
こうなったら、下剋上しか生きる道はねえ。
「もううんざりです、パチュリー様、あなたにはついて行けません」
「じゃあ臍でも噛んで死んじゃえば? 永遠に私から解放されるから」
弾幕展開の前に、私はありったけの高速で悪魔の懐に飛び込み、魔法炉に落とそうとします。速戦即決しか道はありません。
「この、できそこない悪魔、消えなさい!」
「嫌です。私の気持ちも知らずに、実験台にしたり、奴隷のようにコキつかったり、もうウンザリです。こうなったらあなたと刺し違えます」
私と奴は空中で揉み合い、相手を炉に叩き落とそうとします。
「おい、一体何だ?」
部屋の外から魔理沙さんの声が聞こえました。
「魔理沙さん、助けて、この人が私を殺そうとするんです」
「違うわ、こいつが私を殺そうとしたのよ」
「お、俺は何も見てないのぜ」
空中で死のダンスを踊る私達を見て、魔理沙さんはおろおろして、帽子で目元を隠し、そそくさと逃げていきました。
ていうかあれが俺魔理沙だったのか、初めて見た……って今はそんな事考えている場合じゃない。
いかにしてこの状況を切り抜け、この悪鬼に天罰を下すかが最優先課題です。
自分の魔力では長期戦になれば厄介です。ヤツの持っている魔道書、あれを奪う事さえできれば……。
「おっと」
ヤツが魔道書を落とし、私の視線がそちらに向きました。私はついそれを取ろうと手を伸ばし、瞬間弾幕で吹き飛ばされてしまいました。
魔法炉の底近く、エネルギーの場ぎりぎりで翼をはためかせてどうにか体勢を立て直します。
「ふふ、こんな簡単な手に引っ掛かるなんて」
ヤツが指をパチンと鳴らすと、魔道書がヤツの手に戻っていきます。そうだった、心を読めたんだ。
すかさずクナイ型の弾をごっこではない、殺傷力を持った速さで投げ、見事ヤツの額に刺さりました。
「痛い! よくも」
「勝負は最後まで分かりませんよ」
ヤツは回復魔法を唱え、傷が見る見るうちにふさがっていきます。
その時、俺魔理沙さんに連れられた魔理沙さんが部屋に駆けこんできました。
「早く魔理沙の魔法で止めるのぜ。俺一人ではどうにもならんのぜ」
「俺魔理沙、ここはお前に任せる。借リノ時間ダ」
そうして魔理沙さんはきびすを返し、図書館の方向へ飛んでいきやがった。
「お前は解説役に徹するんだ」
知り合いの異常な事態も、こいつにとっては本をパクるチャンスでしかないのか?
「魔理沙、そんなのいけない、あとで怒られるのぜ」
それに比べて、この人こそ本当の魔理沙さんにふさわしい。
これが済んだら、この偽物『私魔理沙』は魔法の森深くにでも追放しようかな。
「小悪魔、いや、この粗製悪魔。これでとどめよ」
傷を回復させた悪魔が呪文を唱えだしました。弾幕をぶつけますが、ご都合主義的な結界のせいで弾き返されてしまいます。やばい、死ぬかも。
今までの記憶が走馬灯状態で再生されます。今までの思い出が……。
ああ、この人も最初からこんなじゃなかった。もっと優しくしてくれた。
例えば、初めてこの世に受肉した時。
……こあ、今日からあなたは私の奴隷兼実験台よ……
魔理沙さんに負けて帰って来た時。
……こあ、そんな傷だらけになって、この服高いのよ……
魔法に実験に失敗して落ち込んだ時。
……良かった。道具の方は無事ね……
風邪を引いた時。
……役立たず、私にうつしたら殺すわよ……
ほら、思い起こせば暖かな記憶が、って全然ねえ。
ろくな目に会った記憶がない。
こんな、
こんな、
こんな奴のために……
「こんな奴のために死ねるかああ」
私の中の何かが弾けました。隠されていた力が目覚めていく感じ。
ヤツも私の力に驚き、距離をとりました。
「どういう事、あなたにそんな力が?」
「これが、本当の私です。怯えているんですか、パチュリー様。私は魔道書がないと何にもできないあなたとは違います。今ここで、弾幕の辞表を受け取っていただきます」
「あ、あんたなんか怖くないわ。こんな魔道書なんか必要ない。必要ねえ!」
投げ捨てられた魔道書が、魔法炉に落ち、じゅっという音と共に消え去りました。
同時にヤツの魔力も増大していきます。
「こ、これは自らに制約と誓約を課すことで、力を増大させる方法なのぜ。魔力が小悪魔と互角近くに増えたのぜ」
俺魔理沙さんはまじめに解説役をしています。
「あ、あはははは、そうよ、あんたなんか怖くねえ、この吸引器だって必要……あるわね」
と言って、投げ捨てかけたぜん息治療用の吸引器をポケットに戻しました。
「来いよパチュリー様、スペルカードルールなんか捨ててかかって来い」
「テメエなんか怖くねえー。野郎ぶっ○してやるー」
真の戦いは今、始まったばかり。皆さん、私達の熱いバトルにご期待下さ……
「ちょっとあなた達、何やってるの!」
オアチュリーさんが入ってきました。ああ、あの人にこんな姿を見られたくなかった。
「あなたには関係ないわ、下がってなさい」
「ああ、オアチュリーさん助けて」
「ふ、二人が殺し合っているのぜ、私は見守ることしかできないから、あなたに何とかして欲しいのぜ」
「家族同士、どうして殺し合うの? お母さん、小悪魔さん」
「こいつはただの道具。口答えする道具は解体処分するまでよ」
「聞きましたかこいつの言葉を、もう倒すか倒されるかしか未来はありません」
「そんな、何て事を! どうしても止めないなら、喧嘩両成敗です」
オアチュリーさんは両手をかざし、同時に魔力が限界まで高まってきます。
「ぬう、あれは」 俺魔理沙、いや真・魔理沙さんがオアチュリーさんを指差し叫びます。
「知ってるのか俺魔理沙?」
魔理沙さん、いや私魔理沙が戻ってきやがりました。
手に持った唐草模様の風呂敷には、たっぷりと『禁貸出』のラベルを張った書物が包まれています。殺す。
「あれは練りに練った魔力を、なんの捻りも無く放出してぶつけるだけの技、その名も……」
「その名も?」
「『オアチュリー波』なのぜ。今考えたのぜ」
本当に何の捻りもありませんが、それだけに威力は本物そうです。
オアチュリーさん、私の真の主となるべきひと。そのひとが、私達に魔力の奔流をぶつけました。
「オ・ア・チュ・リー波ぁ!」
正式名称だったんかい!
オアチュリー波は私たちを防御結界ごと吹き飛ばし、勢い余って魔法炉も粉砕しました。
「しまった!」
「魔理沙、逃げるのぜ!」
真・魔理沙さんが箒に飛び乗り、私魔理沙の手を掴んで全力で飛び去りました。
同時に、全てを分解する魔法炉のエネルギーが部屋いっぱいに溢れだし、私と、ヤツと、オアチュリーさんを飲み込んで……。
意識が途切れる少し前、ヤツの持っていた、さとり能力を付与するガラス玉が、偶然私の元に飛び込んで、ヤツの本音が脳内に流れ込んできました。
小悪魔、ごめんね、こんな悪い主で……。
「パチュリー、様」
「なんて言うと思ったかバーカ」
ああ、最後の瞬間までド外道はド外道でしたか。でもある意味すがすがしい。
そこで私の意識は途切れ、ヤツとオアチュリーさんともども、物質の循環に還って行きました。
後日、レミィ様に全てをお話して、吹き飛んだ残骸の片付けと館の修理が完了した後、初めての来客を迎える事になりました。
来客はいつもの魔理沙さんと俺魔理沙さん。
お気に入りのピンクと紫の縞模様の入ったネグリジェに身を包み、月をかたどった飾り月の帽子をかぶってお迎えします。
魔理沙さんは今まで借りパクしていた魔道書を全部持ってきてくれました。
俺魔理沙さんが彼女を説得したようです。
「だから魔理沙を許してやって欲しいのぜ」
「返してくれたのなら、もういいです。これからはマナーを守って下さいね」
「分かったよ、済まなかったな、俺魔理沙には敵わないぜ」
魔理沙さんは帽子を脱いで、過ちを認めてくれました。
静かに本を読んだり、魔法の探究をしたりして時間が過ぎていきます。
それだけのことなのに、嬉しくて、幸せで、背中の翼がプルプル震えました。
申し遅れました、私の名はコアチュリー。魔法炉によって分解された三人が合体して生まれた存在。幻想郷の古くて新しい魔法使いです。
「なっ……!」
パチュリー様そっくり容姿、髪型、服装のその女性は、唐突にその場に現われ、
パチュリー様は飲んでいた紅茶を、勢いよく噴き出したのでした。
「む、むきゅ? 無休、無給、無窮……ムギ球」
焦りまくって、訳の分からない供述を繰り返しています我が主。
当然です、自分と瓜二つの人物が突然現われたら誰だってたまげます。
「あ、あなたはいわゆるドッペルゲンガー。見ると死ぬって言う……。こあ!」
「は、はい」
パチュリー様は魔道書を開き、臨戦態勢を整え、わたし小悪魔も身構えます。
「いいえ、私はあなたを死なせるために来たのではありません。
あなたに会いに来ました。お母さん」
「はあ? お母さん? 私が?」 パチュリー様は自分を指差して尋ねました。
「はい、お母さん」 オアチュリーさんと名乗る女性は、目を輝かせて呼びかけます。
「私はあなたを生んだ覚えはないわよ」
「だって、私はあなたに造られたホムンクルス。ですからあなたは母親同然です」
「ホムンクルス? ああ、あれね、なるほど。そういうのも作ったわね。たしか一年ぐらい前」
「ぱ、パチュリー様。そんなどえらい実験を忘れたんですか?」
「ええ、失敗したと思ったんで、そのまま放置して忘れちゃったわ。ちなみに、ホムンクルスの土台として、こあ、あなたの骨髄と卵細胞と神経細胞と、あと腎臓一個を寝ている間に摘出させてもらったわ」
「嘘だそんな事!」
どうりで最近疲れやすいと思ったら……悪魔だ……悪魔より悪魔だ。
傷口は魔法で完全に見えなくなっていたらしく、気付かなかった。
咲夜さんは以前、『お嬢様は時々ブッ飛んだ言動をするので、正直ブッ刺したいと思う時がある』と告白していました。本当に『ブッ刺したい』という表現を使っていました。あの瀟洒な顔と声で。
そして、『あなたの主はまともで良いわねえ』ともおっしゃいました。
いえいえ咲夜さん、瀟洒なくせして、ことわざで『隣の芝生は青い』というのをご存じないんですか。こっちの上司だってそうとう救い難い方向へアフターバーナー全開で飛んでますよ。
いつだったか、こいつが、いやパチュリー様が倒れた振りをして、床に転がった事があったんですが、私が何事かと思い助け起こすと、パチュリー様は笑顔で嘘よと言ったんです。
私は、悪い冗談はやめて下さい、本当にパチュリー様の身にもしもの事があっても、また冗談と勘違いするじゃないですか、とパチュリー様の額に釘を刺しました。
でも正直に告白します。パチュリー様が無事でよかったと思う反面、私の中に潜むもう一人の私がこう言ったんです、
『チッ、ぬか喜びさせやがって』
と。そのもう一人の私は、倒れていたパチュリー様を確認した時、確かに心の中でガッツポーズを決めていました。
「オアチュリーさんとやら、とりあえずここに座りなさい。こあ、お茶を出して」
「かしこまりました」
パチュリー様はストーリーの都合上、とっとと状況を受け入れ、オアチュリーさんと名乗る女性に椅子を勧め、私にお茶を入れるよう指示しました。
来客用の高級茶葉でオアチュリーさん用の紅茶を入れました。
パチュリー様の分はインスタント紅茶で十分でしょう。昔、薄く切ったこんにゃくをフグの刺身と称して出しても、全く気づかれなかったんですから。
「それで、あなたはどうしたいの?」
「はい、私も魔法使いとして、お母さんのもとで修業させて下さい」
パチュリー様は少し考えて、やがてうなずきました。
「もとはと言えば私が播いた種、良いでしょう、一緒に魔法を探求しましょう」
この日も、魔法図書館は何事も無く、静かな時間が過ぎてゆきます。
パチュリー様が二人いる事を除けば……。
「所で、あなたの名の由来は?」
「はい、タイプミ……じゃなくて、実験中、私にかすかな意識が生まれた時、お母さんは紅茶を飲んでいました」
「そうだったかしら?」
「はい、熱すぎたらしくて、『おわっちゅ!』と叫んだので、それが私の名前だと思ったんです」
「私そんな情けない悲鳴をあげたかしら、まあいいわ、好きにしなさい」
「ププッ……おわっちゅ……」
「こあ、今度それを言ったらお仕置きよ」
「はい、はい、すみません」
すでにお仕置き以上の目にあわされ続けているんですがね。
えっ、悪魔だから腎臓一個ぐらいすぐ生えてこないのかですって?
パチュリー様の能力では、私を召喚する時、人間に毛が生えた程度の耐久力しか与えられませんでした。
腎臓を復活させるには、一度精神体に戻り、魔界へ帰ってから受肉し直すしかありません。
治癒の魔法でなんとか補うしかないのです。ああもう、腐れ外道めが。
「へえ、偶然完成したホムンクルスねえ」
次の日、図書館を訪れた魔理沙さんは、当然オアチュリーさんに興味を抱いたわけで……。
「うんうん、やっぱりパチュリーそっくりだ、お母さんと呼ばれるのも当然だぜ」
椅子に座って読書する二人の顔を交互に見ながら、しきりにうなずいていました。
「魔理沙? さんはお母さんの友達ですか?」 オアチュリーさんが尋ねます。
「ああ、友達だぜ」
「ちょっと魔理沙、あなたを友達だと思った覚えはないわよ」
パチュリー様は迷惑そうです。
「弾幕戦やったら、みんな強敵と書いて友と呼ぶんだぜ。これ食っていいかな」
あっ、それ私のチョコチップスコーン。
「人をおちょくってるとぶっ飛ばすぞ」 パチュリー様が眉を吊り上げます。
「望むところだ、決着を、だぜ」 魔理沙さんも煽らないで下さいよ。
「弾幕ごっこですか? 私はそういうのはあまりしたくないです」
オアチュリーさんは少しおどおどしています。
「ずいぶん控えめなんだな、やっぱ分身の子はそういう傾向があるようだな」
「まさか、魔理沙さんもホムンクルスを?」
「いや、そうじゃなくて、魔法の森の奥深くに、俺魔理沙が住んでいるんだ。何から何まで私と瓜二つで、見分け方は自分の事を俺と呼ぶんだ。結構いいヤツでさ、本を借りる時分担してもらおうと思っていたんだが、ちゃんと許可をとれってうるさくてやんなっちゃう」
それが当たり前なんですけど……。
それから一カ月、オアチュリーさんはめきめき魔法使いとしての知恵と力を身につけていきました。自分で言うのも何ですが、あの人の術が優れていたと言うより、細胞を提供した(させられた)私の資質によるところが大きいんじゃないでしょうか?
あの子は私の娘でもあるのです。いくら誕生の過程が最低最悪でもです。
「こあ、431番の書架から今週の『魔法朝日』と、78952番書架から『日経マジカル』1563号を持ってきてちょうだい。あと魔理沙の借り物取り立てもお願いね、期待してないけど。あっそうそう最初に紅茶ね」
「は、はい」
この人は悪魔使いが荒い、それに微妙に士気をくじくような事ばかり言います。
それに比べて…………。
「小悪魔さん、紅茶が入りましたよ」
「ああ、ありがとうございます」
「お仕事、無理しないで下さいね」
「オアチュリーさんには助かります」
偽物であるはずのオアチュリーさんの方が優しくしてくれるのです。
「ええっと、ここにはどんな呪文をかきこめば良かったんだっけ」
「ああ、そこにはこれとこの文様を書くんですよ」
「こーあ! さっさと仕事する!」
大声を出すあの人。とうとうオアチュリーさんが見るに見かねて反論します。
「待ってよお母さん、ずっと前から思っていたんだけど、使い魔は奴隷じゃないのよ、ちゃんと休ませてあげないと可哀想よ」
「こあは私が召喚したの、どう使い潰そうが勝手でしょ」
いま使い潰すと言ったか? この人は。私の中で何かがはじけました。
「この子にも働いたら休む権利はあるはずです」
ああ、オアチュリーさんマジ天使。あなたが真のご主人様だったらよかったのに。
今日初めてヤツのティーカップにトリカブトを混ぜたい衝動にかられましたが、脳内議会で賛成派、反対派に分かれて激論が交わされたあと、僅差で反対派が勝ちました。
オアチュリーさんが存在するおかげです。
ですので代わりに青酸カリを入れました。
しかし、ヤツは平然と紅茶をすすり、そのまま読書に戻りやがります。
不思議な顔をして眺めていると、ヤツは本から目をそらさずに言いました。
「大丈夫、毒じゃ死なない」
ちっ、人間の毒は効かなかったか。
「小悪魔さん、お母さんに言いつけられた仕事は私が何とかしておくから、あなたは休んでいなさい」
オアチュリーさん、あなたこそ私の救世主です。
何時間かたって、オアチュリーさんが魔道書を抱えて戻ってきました。
「こ、これは、魔理沙さんが借りたままパクっていた魔道書、どうしてこれを?」
私は今まで、これを何度も返してくれるように魔理沙さんに頼んだんですが、のらりくらりとかわされたり、時には弾幕撒かれたりして一向に返してくれませんでした。
「正面からお願いして、泣いて土下座したら、気持ち悪いから返すぜ、って返してもらえたんです」
「さすがオアチュリーさん。パチュリー様とは大違いですね」
思わず大きな声で言ってしまいました。その後すぐ、背後に殺気を感じたので振り返ると、うすら笑いのヤツが立っていましたよ。
「ふーん、で、誰と大違いですって?」
「ぱ、パチュリー様、本日は、お日柄もよく」
「あなた、ずいぶんとあの子と仲がよさそうね、そんなにあちらの方が居心地いいのかしら」
「いや、別に大して居心地が良いわけじゃありません。ただ今までの方が地獄だ……あっやべえ」
「ほう」
ヤツは臨戦態勢をとり、私はなすすべもなく、炎で焼かれ、水で流され、風で吹き飛ばされました。
所詮私は名無しの中ボス。オアチュリーさんの防御魔法が無ければ即死でした。
「ふふふふ、これであの悪魔ともおさらばです」
レミリア様に貸していただいた紅魔館の一室で、私はある計画を実行に移そうとしていました。
目の前には、高さ2mほどの大きな甕が置かれ、中を覗きこむための足場が組まれています。
その中に高エネルギーの魔力が渦巻いているのです。
これは入れた物を微粒子レベルまで分解し、別な物質に変えてしまう魔法炉。
あの悪魔にこの開発を承諾させ、ここまでこぎ着けるのに半年もかかってしまいました。
この最終チェックをお願いしますと偽って、悪魔に中を覗かせ、背中を押して落とすのです。名づけて『ヘンゼルとグレーテル作戦』です。
暗殺が成功した暁には、オアチュリーさんに真・パチュリー様となっていただきます。
「こあ、例の魔法炉は完成したかしら」
パチュリー様は警戒していません、これから待ち受ける運命も知らずに……。
「はい、もう完成です。あとはあのオアチュリー、パチュリー様のできそこないで実験をするだけです」
「前はあの子と仲良しだったはずじゃないの?」
私は頭を大げさに横に振って否定する振りをします。
「いーえーいーえー、アイツは実は悪い奴だったんですよ、以前パチュリー様のティーカップにトリカブトを入れようとしたんです。きっと本物と入れ替わろうとしたんでしょう。私がすぐ止めましたので、大事には至らなかったのですが」
それは私です。
「本当にそんな事を?」
「はい、やっぱり私がお仕えするのはパチュリー様しかいませんよ」
「こあ、分かればいいのよ」
やがて魔法炉のある部屋に到着しました。
「パチュリー様、ヤツは今薬で眠っています。生まれるべきでなかった命、すぐにもとの物質に還してやりましょう」
物質に還るのはあなたです。
「そうね、もう偽物と顔を合わせずに済むのね」
あなたこそ偽物です。
「あの、パチュリー様、魔法炉の最終確認をお願いします」
悪魔は何も疑わずに足場の梯子を登っていきます。登り終わると、膝をかがめて魔法炉の中を覗き込みました。チャンスです。
(まだだ、まだこらえるんだ)
私は笑いを押し殺し、そっと宙に浮いて近づきます。
空を飛ぶには、意識して魔力を展開させる必要があります。
これくらいの高さならば、不意打ちで突き落とせば、魔力を展開する前に底まで落ちて分解されるに違いありません。
私は悪魔の背中にそっと手を添え、おもむろに押しこみました。
小悪魔の私がこう言うのも何ですが。
「悪魔よ去れ!」
「甘いわ!」
ヤツは突然身を翻し、私の手をよけ、私は勢い余って魔法炉に落ちそうに……。
「くっ」
すかさず翼をはばたかせ、空中で悪魔を超える悪魔と対峙します。
一体どうして気付かれたのか?
「という顔をしているわね、これが教えてくれたのよ」
ヤツは勝ち誇った表情で、ポケットから目玉模様の入ったガラス玉を取り出しました。
「これはさとり妖怪の読心の原理を応用して作った魔道具、地の文を読みとる能力があるわ。
「という事は、私の意図はずっと読まれていた」
「そうよ、ただあなたを倒すだけでは物足りないから、至福の瞬間に絶望へと叩き落としてやろうと思ったのだけど、うまくいかなかったようね。でも、そんな事はもうどうでもいいわ」
こうなったら、下剋上しか生きる道はねえ。
「もううんざりです、パチュリー様、あなたにはついて行けません」
「じゃあ臍でも噛んで死んじゃえば? 永遠に私から解放されるから」
弾幕展開の前に、私はありったけの高速で悪魔の懐に飛び込み、魔法炉に落とそうとします。速戦即決しか道はありません。
「この、できそこない悪魔、消えなさい!」
「嫌です。私の気持ちも知らずに、実験台にしたり、奴隷のようにコキつかったり、もうウンザリです。こうなったらあなたと刺し違えます」
私と奴は空中で揉み合い、相手を炉に叩き落とそうとします。
「おい、一体何だ?」
部屋の外から魔理沙さんの声が聞こえました。
「魔理沙さん、助けて、この人が私を殺そうとするんです」
「違うわ、こいつが私を殺そうとしたのよ」
「お、俺は何も見てないのぜ」
空中で死のダンスを踊る私達を見て、魔理沙さんはおろおろして、帽子で目元を隠し、そそくさと逃げていきました。
ていうかあれが俺魔理沙だったのか、初めて見た……って今はそんな事考えている場合じゃない。
いかにしてこの状況を切り抜け、この悪鬼に天罰を下すかが最優先課題です。
自分の魔力では長期戦になれば厄介です。ヤツの持っている魔道書、あれを奪う事さえできれば……。
「おっと」
ヤツが魔道書を落とし、私の視線がそちらに向きました。私はついそれを取ろうと手を伸ばし、瞬間弾幕で吹き飛ばされてしまいました。
魔法炉の底近く、エネルギーの場ぎりぎりで翼をはためかせてどうにか体勢を立て直します。
「ふふ、こんな簡単な手に引っ掛かるなんて」
ヤツが指をパチンと鳴らすと、魔道書がヤツの手に戻っていきます。そうだった、心を読めたんだ。
すかさずクナイ型の弾をごっこではない、殺傷力を持った速さで投げ、見事ヤツの額に刺さりました。
「痛い! よくも」
「勝負は最後まで分かりませんよ」
ヤツは回復魔法を唱え、傷が見る見るうちにふさがっていきます。
その時、俺魔理沙さんに連れられた魔理沙さんが部屋に駆けこんできました。
「早く魔理沙の魔法で止めるのぜ。俺一人ではどうにもならんのぜ」
「俺魔理沙、ここはお前に任せる。借リノ時間ダ」
そうして魔理沙さんはきびすを返し、図書館の方向へ飛んでいきやがった。
「お前は解説役に徹するんだ」
知り合いの異常な事態も、こいつにとっては本をパクるチャンスでしかないのか?
「魔理沙、そんなのいけない、あとで怒られるのぜ」
それに比べて、この人こそ本当の魔理沙さんにふさわしい。
これが済んだら、この偽物『私魔理沙』は魔法の森深くにでも追放しようかな。
「小悪魔、いや、この粗製悪魔。これでとどめよ」
傷を回復させた悪魔が呪文を唱えだしました。弾幕をぶつけますが、ご都合主義的な結界のせいで弾き返されてしまいます。やばい、死ぬかも。
今までの記憶が走馬灯状態で再生されます。今までの思い出が……。
ああ、この人も最初からこんなじゃなかった。もっと優しくしてくれた。
例えば、初めてこの世に受肉した時。
……こあ、今日からあなたは私の奴隷兼実験台よ……
魔理沙さんに負けて帰って来た時。
……こあ、そんな傷だらけになって、この服高いのよ……
魔法に実験に失敗して落ち込んだ時。
……良かった。道具の方は無事ね……
風邪を引いた時。
……役立たず、私にうつしたら殺すわよ……
ほら、思い起こせば暖かな記憶が、って全然ねえ。
ろくな目に会った記憶がない。
こんな、
こんな、
こんな奴のために……
「こんな奴のために死ねるかああ」
私の中の何かが弾けました。隠されていた力が目覚めていく感じ。
ヤツも私の力に驚き、距離をとりました。
「どういう事、あなたにそんな力が?」
「これが、本当の私です。怯えているんですか、パチュリー様。私は魔道書がないと何にもできないあなたとは違います。今ここで、弾幕の辞表を受け取っていただきます」
「あ、あんたなんか怖くないわ。こんな魔道書なんか必要ない。必要ねえ!」
投げ捨てられた魔道書が、魔法炉に落ち、じゅっという音と共に消え去りました。
同時にヤツの魔力も増大していきます。
「こ、これは自らに制約と誓約を課すことで、力を増大させる方法なのぜ。魔力が小悪魔と互角近くに増えたのぜ」
俺魔理沙さんはまじめに解説役をしています。
「あ、あはははは、そうよ、あんたなんか怖くねえ、この吸引器だって必要……あるわね」
と言って、投げ捨てかけたぜん息治療用の吸引器をポケットに戻しました。
「来いよパチュリー様、スペルカードルールなんか捨ててかかって来い」
「テメエなんか怖くねえー。野郎ぶっ○してやるー」
真の戦いは今、始まったばかり。皆さん、私達の熱いバトルにご期待下さ……
「ちょっとあなた達、何やってるの!」
オアチュリーさんが入ってきました。ああ、あの人にこんな姿を見られたくなかった。
「あなたには関係ないわ、下がってなさい」
「ああ、オアチュリーさん助けて」
「ふ、二人が殺し合っているのぜ、私は見守ることしかできないから、あなたに何とかして欲しいのぜ」
「家族同士、どうして殺し合うの? お母さん、小悪魔さん」
「こいつはただの道具。口答えする道具は解体処分するまでよ」
「聞きましたかこいつの言葉を、もう倒すか倒されるかしか未来はありません」
「そんな、何て事を! どうしても止めないなら、喧嘩両成敗です」
オアチュリーさんは両手をかざし、同時に魔力が限界まで高まってきます。
「ぬう、あれは」 俺魔理沙、いや真・魔理沙さんがオアチュリーさんを指差し叫びます。
「知ってるのか俺魔理沙?」
魔理沙さん、いや私魔理沙が戻ってきやがりました。
手に持った唐草模様の風呂敷には、たっぷりと『禁貸出』のラベルを張った書物が包まれています。殺す。
「あれは練りに練った魔力を、なんの捻りも無く放出してぶつけるだけの技、その名も……」
「その名も?」
「『オアチュリー波』なのぜ。今考えたのぜ」
本当に何の捻りもありませんが、それだけに威力は本物そうです。
オアチュリーさん、私の真の主となるべきひと。そのひとが、私達に魔力の奔流をぶつけました。
「オ・ア・チュ・リー波ぁ!」
正式名称だったんかい!
オアチュリー波は私たちを防御結界ごと吹き飛ばし、勢い余って魔法炉も粉砕しました。
「しまった!」
「魔理沙、逃げるのぜ!」
真・魔理沙さんが箒に飛び乗り、私魔理沙の手を掴んで全力で飛び去りました。
同時に、全てを分解する魔法炉のエネルギーが部屋いっぱいに溢れだし、私と、ヤツと、オアチュリーさんを飲み込んで……。
意識が途切れる少し前、ヤツの持っていた、さとり能力を付与するガラス玉が、偶然私の元に飛び込んで、ヤツの本音が脳内に流れ込んできました。
小悪魔、ごめんね、こんな悪い主で……。
「パチュリー、様」
「なんて言うと思ったかバーカ」
ああ、最後の瞬間までド外道はド外道でしたか。でもある意味すがすがしい。
そこで私の意識は途切れ、ヤツとオアチュリーさんともども、物質の循環に還って行きました。
後日、レミィ様に全てをお話して、吹き飛んだ残骸の片付けと館の修理が完了した後、初めての来客を迎える事になりました。
来客はいつもの魔理沙さんと俺魔理沙さん。
お気に入りのピンクと紫の縞模様の入ったネグリジェに身を包み、月をかたどった飾り月の帽子をかぶってお迎えします。
魔理沙さんは今まで借りパクしていた魔道書を全部持ってきてくれました。
俺魔理沙さんが彼女を説得したようです。
「だから魔理沙を許してやって欲しいのぜ」
「返してくれたのなら、もういいです。これからはマナーを守って下さいね」
「分かったよ、済まなかったな、俺魔理沙には敵わないぜ」
魔理沙さんは帽子を脱いで、過ちを認めてくれました。
静かに本を読んだり、魔法の探究をしたりして時間が過ぎていきます。
それだけのことなのに、嬉しくて、幸せで、背中の翼がプルプル震えました。
申し遅れました、私の名はコアチュリー。魔法炉によって分解された三人が合体して生まれた存在。幻想郷の古くて新しい魔法使いです。
外道描写はちっとも面白くないね
まかいに送還しないと肝臓が復活しないとか解説を挟まれても、小悪魔の被害の深刻さが際立つだけで、それが笑いに繋がるとは……
ただ単にパチュリーを嫌なやつにしただけに思える
難しいね。
偽者が今一流れに密接に絡んでいない点は微妙かな。
タイトルを見て「何か面白そうだな」と感じて読み始めた(私のような)読者は、キャラクターとしてオアチュリーや俺魔理沙が出てくるという設定の強烈さにまず注目するはずです。
しかしお話の中で焦点が当てられるのはパチュリーの外道さで、そこがまず唐突(タグで外道が出るのは分かっていましたが、こんな形だとは)。
そして、肝心の外道描写がぜんぜん面白くない。笑ってしまうような外道ではなく、普通に嫌な奴じゃないですか。
低評価なSSに良くある文章の破綻もなかったし
作品を消したいと思うことがないわけではありませんが。どんなにわずかでも、高評価を下さった方を考えると、
消すのも失礼に思えます。
どんな評価であれ、自分の創作の記録には違いないのですから。