幻想郷は暢気な所というイメージがあるが、それは偏見も甚だしい。
その実、人間は妖怪の餌に過ぎず、妖怪もまた人間に退治される運命にある。
それこそが、それぞれの役割であり、本懐というものだ。
まぁ、それは言い過ぎというか、数十年前の幻想郷の姿であって、今はもうそこまで殺伐とした世界ではないのだけれど。
それでも、危険は隣り合わせで存在している。
穿った見方をすれば、妖怪はしょせん妖怪だ。
腹が減れば人間を食べる。
養殖の人間の味より、やはり天然の人間の方が美味しいらしい。
人間鍋という真っ赤な鍋を見た事があるが、あれを見て、ここは平和だ、なんて言える人間はいないだろう。
加えて、外来人の危険もある。
神隠しにあった人間は大抵混乱している。
外の世界に妖怪はいないのか、羽が生えた者をみると悲鳴をあげるし、そもそも空を飛ぶという常識がないらしい。
その為、外来人を輸送中に落っことして死んだ、なんてケースも過去にあったらしい。
あと、どうやら外の世界での犯罪者も幻想入りしてきたらしく、刃物をふりまわし危険な事もあった。
これで平和だなんて、誰が言えるだろうか。
いつだって危険と隣合わせなのが、幻想郷だ。
「まぁ、人間側に偏った意見だけど」
僕こと森近霖之助は大きく息を吐いた。
冬も真っ盛りで、吐いた息は白くなり、やがて消える。
まるで幽霊みたいだ、と思いながら、僕はまた幻想郷に思いを馳せた。
この幻想郷を実質的に占めているのは妖怪だ。
人間の数は多い。
だが、多いからといって覇権を握っているかと言うと、そうとは限らない。
仮に『数の多さ』=『覇権』とするならば、今頃は蟲が王となっているだろう。
リグル=ナイトバグが大手を振って闊歩している姿が目に浮かぶ。
まぁ、冗談だが。
という訳で、幻想郷は人間よりも圧倒的な強さを持った妖怪達が支配していた。
そんな驚異的な力を持て余している連中がウヨウヨとのさばっている。
吸血鬼もそうだし、亡霊もそうだし、鬼もそう。
皆、ニコニコと過ごしている割には退屈そうな目をしている。
すでに生きる意味を失っているのではないか、とも思えるが、妖怪にそんな意味はない。
種族繁栄を願う訳でもなく、長すぎる寿命を持て余して退屈を埋めるだけの毎日。
そこに意味はあるのだろうか。
「無いんだろうな」
ストーブのオレンジ色の明かりを見る。
熱を持った光は透明で、僕の肌を焼いていく。
チリチリと焦がされる様な感覚を味わいながら、僕は吸血鬼異変を思い出した。
まだスペルカードルールが制定される前の幻想郷全土が巻き込まれた事件。
僕も危なかったのかもしれない。
幸い、半人半妖という中途半端な存在だった為、妖怪からは相手にされない。
こんな身体でなければ、こんな生まれでなければ、僕は殺されいたかもしれないな。
平和で暢気な幻想郷。
ひっくり返せば、すぐに危険が待っている。
……いや、ひっくり返す必要はない。
いつだって、すぐそこに危険は存在しているんだ。
人間、妖怪、幽霊、妖精、魔法使い、天狗、河童、鬼、仙人。
そんな種族なんか関係なく。
差別する事なく。
区別する事もなく。
いつだって、危険に晒されているのが、生きる者の背負っている何か、なのかもしれない。
~☆~
麗らかな午後。
特にお客さんも来る事はなく、僕は読書に興じていた。
いや、本来は客で溢れる香霖堂を実現する為に、あれやこれやと対策を立てるべきなのだろう。
しかし、急いては事を仕損じる、という言葉もある。
そんな先人達の知恵と知識に習って、僕はゆっくりと対策を高じているのだ。
人間という存在は、その生涯が短い。
短いからこそ濃く生き、そして短い言葉に全ての意味を込める。
それが格言であり、ことわざであり。
つまり、急がば廻れ。
焦って大失敗するよりかは、落ち着いてゆっくりと繁盛していった方が良い。
僕の身体は、人間に比べてかなり丈夫だし。
食べなくても死にはしない。
これほど商売に向いた身体というのも、他に例が無いだろう。
そんな訳で、僕は本の世界に没頭できる訳だ。
ちなみに今読んでいるのは、古本屋の物語。
外の世界から流れ着いた文庫本で、いわゆる安楽椅子タイプの探偵小説だ。
探偵役の古本屋の主人がいわゆるビブリオマニアで、店舗の名前もそれにちなんだもの。
しかし、そうなると屋号で呼ばれた際に「ビブリオさん」とか呼ばれる事を思うと、あんまりしっくり来ないな、なんて思いながらも読み進めていく。
まぁ、これはこれで楽しいものだ。
殺人事件が起こらない探偵小説を暢気に読んでいると、突然にドアベルが鳴り響いた。
「お邪魔するわ!」
ドアが開く音、ドアベルの鳴る音、そして少女の声が全て重なってしまい、まるで騒音の妖怪でも襲い掛かってきたのかと思った。
僕は読んでいた文庫本を取り落としてしまい、慌てて掴もうとするが、空中で掴む事は出来ずに地面に落ちてしまった。
もちろん、ページがパタンと閉じてしまう。
あぁ……と思いながらも、僕は本来の仕事を思い出した。
僕は読書家ではなく、香霖堂店主なのだ。
本よりも、お客さんを優先しなければならない。
「いらっしゃい。ここは香霖堂で、僕が店主の森近霖之助だ」
と、営業スマイルを浮かべながら入ってきた客を確認した。
「っと、天子か。今日はどうしたんだい?」
元気良く香霖堂に入ってきたのは比那名居天子だった。
いつもの桃付きの帽子にカラフルなスカート。
勝気で自信に溢れた表情はいつもの如く、笑っていた。
終始えらそうな態度、というのが比那名居天子という人物にもつ感想だろうか。
頼もしくもあるが、鬱陶しい。
そんな不良天人が香霖堂に何の用だろうか?
「暇潰しに来たわ!」
高らかに客ではないと宣言されてしまった。
ならば僕の仕事はここで終わってしまう事になる。
僕はため息をひとつ吐いてから、落ちた文庫本を拾い上げる。
さて、先程まで読んでいたのは何ページだっただろうか。
……あぁ、ここだ。
さて、ゆっくりと続きを読むとしようか。
「ちょっとちょっと! 無視しないでよ!」
「なんだ、まだ居たのかい?」
「居るわよ! 比那名居居るわよ」
「活字にするとややこしい名前だな」
「それが狙いよ!」
いちいちエクスクラメーションマークが必要な少女だな。
というか言葉遊びのつもりだろうか。
まったく。
「ここは香霖堂で、外の世界の道具を売る店だ。暇潰しを売り物にした覚えはないよ」
「じゃぁ私の暇を買い取ってよ」
「価値がないから買取不可だ。どこか別の店に行ってくれ。そうだな、博麗神社なら良い値段をつけてくれるかもしれないよ」
「嫌よ。あそこに行くと紫が怒るもの」
あぁ……まぁ、自業自得でしょうがない。
この場合は自縄自縛か。
余計な事を企むからこうなる。
人間万事塞翁が馬。
世間では何が起こるか分からない。
だからこそ思慮深く生きなければならない。
いくら不老不死といえども、ね。
「はぁ、まったく。輝夜とレミリアはどうしたんだ? 仲が良かったじゃないか。なんだっけ、何とか同盟」
「放課後退屈同盟よ」
「そうそう、それ」
不老不死である蓬莱山輝夜とほぼ不老不死であるレミリア・スカーレット、そしてこれまた不老不死に近い比那名居天子。
この三人は仲良く暇を潰していたはずだ。
何が『放課後』なのかは分からないが、その退屈同盟とやらは一体どうしたのだろうか?
「輝夜は今度、プリズムリバー三姉妹のところでギターとヴォーカルやるんだって。職業体験ってやつ。練習中だから遊べなくてごめんって」
まだやっていたのか、お姫様の職業体験……
「しょうがないからレミリアの所にも行ったんだけど、門の前に看板が立ててあって」
「看板? 門番じゃなくて?」
「そう、看板。『ただいまパチェの魔法失敗によりゾンビ化現象中。バイオハザード。しばらく館には入らないで下さい特に魔理沙』っていう看板が立ってた」
相変わらずあの館は意味不明な出来事が起こるなぁ。
できれば近寄りたくないものだ。
今頃はメイド長と門番が館の謎でも解きながら解決策を練っているのだろうか。
幻想郷中に広まらなければいいのだが。
「という訳でここに来た」
「何一つ香霖堂に繋がる物が無かったのだが?」
「輝夜が、香霖堂に暇な奴がいるわよって」
あのアバズレが。
今度あったら文句を三つは言ってやる。
「はぁ……悪いが僕は今、仕事中だ」
だから君と遊ぶ事は出来ない、と言おうとしたのだが、天子が素早く僕の後ろに回りこむ。
そして、僕の襟首を掴むと、遠慮なく引っ張った。
もちろん、僕は抵抗しようとしたのだが……この不良娘、思った以上に力を持っていた。
ぐいっと引きずられると、僕はもう首が絞まらない様に着物を抑えるので精一杯だ。
あとは座り込んでしまわない様に、足で支えるまま店内をズリズリと引っ張りまわされる。
「ほれほれ、お客さんがいない店で仕事の必要なんてないんじゃないの?」
「ぐっ……失礼な奴だな。これでも常連客がいるんだぞ」
滅多に来ないけど。
「それに、これが君の暇潰しというのなら、余りにも、馬鹿馬鹿、しい!」
尚もズリズリと引きずり回される僕は、精一杯の抗議の声をあげた。
果たしてそれが伝ったのか、天子が僕の襟首を放す。
僕は尻餅をついてしまうが、引きずられるのに比べたらこれくらい何でも無い。
ようやく開放されたのと、自由に息が吸えるのとで、僕は安堵のため息を吐いた。
もちろん新鮮な空気を吸ってから。
「なにこれ?」
天子が何かを見つけたらしい。
これは在り難い。
興味が僕から道具にうつってくれた訳だ。
商売のチャンスが訪れた事にもなる。
僕は天子が何に興味を持ったのか、確認するべく立ち上がった。
「げ……」
天子が興味を持ったのは、外の世界の道具ではなかった。
その日、たまたま倉庫から出していた一振りの古ぼけた刀。
霧雨の剣に、興味をもってしまったらしい。
なんとも間が悪い。
霧雨の剣と名づけたその一振りは、いわば陰の気を帯びる事になる。
本来の名前とは違う仮初の名称なのだが、それでも影響を及ぼす。
つまり、陰の物を倉庫に仕舞い続けては『陰』が固定されてしまう。
そうなっては何か悪影響があるかもしれない。
だからこそ、こうやって開放された空間に置き、陰の気を解放してやらなければならない。
そのタイミングと、天子の暇が重なってしまったらしい。
まったく。
最悪だ。
「霖之助、この業物は何?」
ふむ。
どうやら天子にも見る目があるらしい。
「それは霧雨の剣さ。魔理沙から貰ったガラクタだよ」
「嘘ね」
看破されてしまった。
そりゃそうだろう。
業物と見抜いた上で、これがガラクタなんて信じる者はいない。
「緋想の剣で、弱点が見つからない。ガラクタだなんてとんでもないわ。ねぇ霖之助!」
「……なんだい?」
「手合わせしましょう!」
そう言うなり、天子は霧雨の剣を掴み、再び僕の襟首を持った。
「ちょ、待て、待ってくれ!」
もちろん天子は聞く耳を持っていなかった。
彼女の顔の横に付いているそれは、もはや飾りにしか見えない。
芳一にあげてしまえ。
カランコロンとドアベルを鳴らして、僕は引きずられていく。
外に出るとヒヤリとした空気。
あぁ、もうダメだ。
今日はもう、まったく上手くいかない一日だ。
決めた。
そう決めた。
何をやってもダメな一日。
そう割り切ってしまえば、気分的に楽になれる。
「それっ!」
「うわぁ!?」
天子に投げられる。
まったく、どんな力をしているのやら。
僕は空中で体勢を整えると、そのまま着地した。
そして、同時に投げられていた霧雨の剣を掴む。
落としてしまっては大変だ。
「なんだ、やっぱり強そうじゃない」
「冗談はやめてくれ。僕は強くない。人間とそんなに変わらないさ」
充分よ、と天子は奇妙な剣を構える。
さっきも言っていたが、あれが緋想の剣か。
気質を見極める程度の能力があるのだったか……道理で霧雨の剣を業物と見抜ける訳だ。
「僕は痛いのが嫌いなんだけど?」
「私は大好きよ」
ため息をひとつ。
こちらが構えなくても、天子は打ち込んできそうだ。
洒落にならない。
どうか怪我だけはしませんように。
僕はどこかの誰かに祈りながら、霧雨の剣を抜刀した。
~☆~
僕は青空を見ていた。
流れていく雲は優雅であり、儚くもある。
彼等はいずれ消え去る運命だ。
しかし、それまでに色々と姿を代え、雨を降らし、月を隠し、天を隠す。
主役にもなれば、悪役にもなれる。
そんな雲を見ながら、僕はあえぐ様に息を吸い込んだ。
「……はぁ」
ようやくマトモに息が吸える様になった。
受身を失敗し、しこたま背中を打ちつけてしまった。
まったく、手加減をして欲しいものだ。
武器が優れているからといって、使い手が一流とは限らないのに。
「そこそこ強かったわよ」
ニヤリと僕を覗き込む天子の額には、少しだけ汗が滲んでいた。
「お世辞なら、ありがたく貰っておくよ」
僕も男だ。
負けると分かっていても、無様に負ける訳にはいかない。
「へ~、やっぱり凄いわね、この刀。叩き折るつもりだったのに」
何気に恐ろしい事を言う天人だな。
その刀を折れるというのなら、八雲紫など赤子にも等しいだろう。
息を整え、倒れていた身体を起こす。
天子は霧雨の剣を拾い上げ、ふ~ん、と刀身を見ていた。
「何にしても私の勝ちね。今日一日、霖之助は私の子分ね」
「は?」
「敗者は勝者の言う事を聞くのが常識じゃない」
「それはどこの世界の常識だ?」
「幻想郷」
「僕の知っている幻想郷とは違うらしい。元の世界に返ってくれ」
「折るわよ」
ぐぬぬ……
天子が霧雨の剣に向かって拳を構える。
折る事は出来ないと思うが、流石に乱暴はやめてほしい。
「はぁ……仕方がない。背に腹は変えられない。今日一日我慢するよ」
僕の言葉に、天子はにこやかな笑みを浮かべた。
そうやって笑っていれば、ただの村娘なんだがなぁ……
「それじゃ行くわよ!」
「どこへ行くんだい」
「良い暇潰しを思いついたわ。こうやって子分を増やしていけば幻想郷を支配する日も近くなるはずよ!」
「……暇潰しで幻想郷を支配しないでくれ」
僕まで紫に退治されそうだ。
痛いのは勘弁して欲しい。
「しゅっぱーつ!」
霧雨の剣を振り上げる天子に、僕は大きくため息を吐いた。
まったく……本当に今日はダメな日だ。
こういう時は、部屋に閉じこもり何も起こらない事を願いながら無為に過ごすに限る。
だが、人質をとられている以上、部屋に閉じこもっている訳にはいかない。
人質というには、無機物なんだけど。
下手をすれば人以上の価値を有する物なんだけど。
説明する訳にもいかない。
ここは大人しく着いていくしかないだろう。
「まったく……」
悪態は届かない。
やはり、天子の顔の横に付いている耳みたいなものは飾りらしい。
もう一度言おう。
芳一にくれてやれ。
「何か言った?」
「いや」
ニヤリと笑いながらも、天子はそのまま魔法の森へと入っていった。
僕はそれに黙って着いていくしかない。
魔理沙には出会わない事を祈るばかりだ。
いや……祈る前に、祈る相手を見つけるべきだろうか。
「ジメジメね」
魔法の森は季節に関係なく、湿っている。
だからこそキノコが豊富であり、魔理沙が生息している理由でもあるんだけど。
ご機嫌な様子で歩いていく天子の後ろを僕は歩いていく。
この方角だと、魔理沙の家からは外れてくれる。
僕の知る限りでは、このまま行くと何事もなく森を抜けるだろう。
運が良い。
どうやらどこかの誰かに祈りが届いたらしい。
誰かは知らないけれど、ありがとう。
「あら、誰も居なかったわね」
「そうだな」
程なくして、僕の予想通りに魔法の森を抜けた。
久しぶりの太陽の光を眩しくも暖かく感じながら辺りを見渡す。
目の前には霧の湖が広がっており、遠くに紅魔館が見えた。
「あそこでゾンビが溢れているのか……」
遠目ではいつもの紅魔館なのだが……
まぁ、近づかない方が身の為だろう。
「あ、なんか居た!」
紅魔館を観察する僕とは違い、天子は湖を観察していたらしい。
霧の湖とはいうが、今日は霧が晴れていた。
冬である現在、周りよりも一層とヒヤリとした空気を感じていたので、もしかしてと思ってはいたが……
やはり、天子の指差した方角には妖精がいた。
暢気に湖に張った氷の上で昼寝をしている。
もちろん、そんな事が出来る妖精は一人しかいない。
妖精種最強の存在、チルノだ。
「よいしょっと」
そんな声が聞こえたので、天子に向き直る。
丁度、天子がそれなりに大きな岩を両手で持ち上げているところだった。
「……おい」
「なに?」
「まさかとは思うが……」
「なによ、最後までちゃんと言いなさい」
「……それを投げる気か?」
いえーす、と天子は外国語でにこやかに笑った。
アレか……子供が見せる残酷さに似ている。
無闇に虫を殺したり、いじめたりする、あの行為。
圧倒的な強者であるが故に勘違いした思い上がり。
生殺与奪の権利を全て持っているという愚の骨頂。
「やめ――」
「えいっ!」
僕の制止も聞かず、天子は岩を投げてしまった。
放物線を描いたそれは、重力という常識に引かれて湖へと落ちた。
どっぽーん、と派手な音と水が跳ね上がる。
しかも無駄にコントロールがいい。
チルノの真上に落ちた様に見えたが……大丈夫だろうか……
それはそれとして、僕は岩を持ち上げる為に天子が置いた霧雨の剣を回収する。
「あははははは!」
ゲラゲラと笑っている天子を尻目に、素早く納刀した。
ふぅ。
これで、一安心だ。
チルノには感謝しないとな。
問題の一つを彼女のお陰で解決する事が出来た。
尊い犠牲と言えるだろう。
「こらああああああああああああああ!!!」
と、僕が心の中で合掌し供養していると、チルノが湖の中から現れた。
どうやら無事だったらしい。
「なんだお前、あたいに何の恨みがある!」
チルノはビショビショに濡れた身体を一瞬にして凍らせた。
パリパリと剥がれる様に氷が落ちると、すっかりと元の乾いた風貌をみせる。
便利だなぁ。
「む。霖之助か?」
「あぁ、そうだよ」
「この馬鹿の仲間か?」
「違う」
答えた瞬間に、天子の肘鉄が僕の脇腹に突き刺さった。
痛い。
理不尽だ。
「子分は黙ってなさい。妖精、あなたに勝負を挑むわ!」
ビシっと天子がチルノを指差す。
その行動と言動に、すっかりとチルノは乗ってしまったらしい。
「受けてたとう!」
「良い度胸だわ、妖精!」
「あたいの名はチルノだ。お前も名乗れ!」
「比那名居天子よ。勝負の内容はチルノが決めなさい」
そんな応答で、勝負する事が決まってしまった。
馬鹿じゃないのか、こいつら。
いや、馬鹿なんだろうなぁ。
「なんでもいいのか?」
「いいわよ。その代わり負けた方が今日一日、子分ね」
ふむ、と僕みたいにチルノは腕を組んで考える。
「じゃぁ、この湖を大きく凍らせた方が勝ちね」
「え、そんなの無理――」
「じゃ、あたいからね! えいっ!」
天子の言葉に聞く耳持たず、チルノは湖に向かって両手を振り下ろす。
みるみる内に楕円状に湖の表面に氷が張っていった。
ふむ、チルノにしてはやるじゃないか。
もちろん、氷を張った方ではない。
相手に有無を言わせない内に勝負を開始してしまった方だ。
こうなっては、天子も受けざるを得ない。
もちろん、ゴネて別の勝負にしてもいいのだが、自分から勝負をふっかけておいて、それは余りにもお粗末だ。
恥と言ってもいい。
「ぐぬぬ……」
天子は緋想の剣を抜くが、そのまま動かない。
恐らく、チルノの気質を集めて何とかしようとか思いついたのだろうが……
まぁ、無理だろう。
それじゃぁ、雪が降るだけだ。
湖は凍らない。
「霖之助」
「なんだい?」
天子が近寄ってくる。
降参して帰る、という事かな?
「なんか出来ないの?」
「僕はこの通り、ただの道具屋だ。物を凍らす能力なんか持って無いよ」
「折るわよ」
天子が腰の霧雨の剣を指差す。
普通にバレていたか。
むぅ……
「はぁ……君は大地を操る程度の能力を持っていたね?」
「えぇ、私に掛かれば自由自在よ」
「大地に関して、なんでも出来るかい?」
「地震を起こして逃げるっていうの?」
違うよ、と僕は答える。
「むしろ逆だな。完全に停止させるんだ。イメージでいうなら、大地を形成している一粒一粒を完全に止めればいい」
「それでどうするのよ?」
「いいからやってみろ。範囲は湖だ。まさか湖の底は大地じゃない、なんて言わないよな」
「当たり前よ」
天子は首をかしげながらも、気合をこめて緋想の剣を振り上げた。
「完っ全停止っ!」
そして、そのまま湖の傍に突き立てる。
まるで何か、金属でも弾いた様な音が響いた。
「……」
「……」
しかし、何も起こらない。
突き立てた余韻で、湖に波紋が起こった位で、他には何の変化も起こらなかった。
う~む。
やはり、外の世界の子供向け科学雑誌は嘘だったか。
いや、この場合は、天子の能力の範疇外だったのかもしれないなぁ。
「ふふん、どうやらあたいの勝ちのようね」
チルノがニヤリと笑い、反対に天子はギロリと僕を睨む。
元々勝てる勝負ではないのだから、その視線はおかしい。
僕のせいにしないで貰いたいものだ。
「ちょっと霖之助!」
「相手を選ばずケンカを売った君が悪い」
「うがー!」
「きちんと言葉を話したまえ。程度が知れるぞ……おっ?」
わざわざ背伸びして胸倉を掴んでくる天子をなだめていると、湖の変化に気づいた。
僕は慌てて、そちらを指差す。
「なによ! たぬきが臍で茶でも沸かしてるっていうの!」
「ブンブク茶釜は関係ない。湖だ湖。ほら、ようやく凍ってきたぞ」
「へ?」
僕の言葉に天子とチルノは振り返る。
どうやら凍り始めるのが遅かったらしい。
いや、予想以上に湖の底が深かったのだろうか。
ともかく、湖が白く濁っていく様は圧巻だった。
何か、軋む様な音を立てながら、湖全体が白く濁り、凍っていく。
表面からではなく、底から凍っていくという奇妙な状況に、チルノだけでなく天子までも、感嘆の声をあげた。
「す、すげぇ! すげぇな天子! どうやったんだ!」
キラキラとした目で見てくるチルノに、天子は誤魔化し笑いをしながらこちらを見た。
凍らせた本人も分かっていないという不思議な状況ではなるが、まぁ仕方がない事だろう。
「ふむ、親分の代わりに僕が説明しよう。チルノ、物質というのは細かく砕いていけば、最後の最後に一つの粒になるのは分かるかい?」
ほうほう、と頷くチルノ。
正確には粒でもないんだろうけど、僕も良く分かってないからそこの説明はどうでもいい。
チルノの隣で天子も同じく頷いているのが馬鹿っぽいが気にしない。
「温度っていうのは、その粒が揺れ動く事で高くなるんだ。つまり、熱いものはその粒が激しく振動しているんだ」
「え、でも震えてないよ?」
「目に見えない程に小さいから僕達には分からないんだ」
へ~、と二人は納得できた様な良く分からない声をあげる。
うん。
僕もそんなの信じられる訳がないので、同じ気分だ。
そもそも揺れているなら、その物質だって揺れるはずだ。
いくら小さいからと言っても、それは変わらないだろう。
だが、世の中の作りはそうなっているらしい。
まったく、良く分からない。
分からないから、そういうものだと思うしかない。
「という訳で、揺れているのなら止めてやればいい。その粒がゆっくり動くほど物の温度が低い。更には、その粒が完全に停止しているのを絶対零度と言うらしい」
「あぁ! それで!」
なにやらチルノが得心いったらしい。
凄いな、分かるのか。
天子はというと、この話を理解したチルノに驚いている。
まぁ、僕も同じ気分だ。
氷の妖精だけあって、本能的なものなんだろう。
きっと。
ちなみに絶対零度とはマイナス273℃らしい。
僕は天子に大地の完全停止を行えと言った。
恐らく、湖の底の大地は、分子の活動が完全に停止して、絶対零度に近い温度になっているのだろう。
よって、湖の氷が凍ったっという訳だ。
いやぁ~、まさか本当に凍るとは思わなかったけど、案外と出来るもんだなぁ。
恐ろしい。
「と、とにかくこの勝負は私の勝ちね! チルノは今日一日は子分なんだからね!」
「了解っす、親分!」
チルノはすっかりと憧れの表情で天子を見ている。
まったくもって、妖精とは単純なものだ。
それにしても、半分以上は僕の手柄だと思うのだが……
この功績に免じて、帰っていいだろうか?
「よ~し、次に行くわよ! 付いてきなさい、霖之助! チルノ!」
「お~!」
天子が拳を振り上げる。
それに習って、チルノも高らかに拳を振り上げた。
はぁ~……どうやら、僕はまだ帰れないらしい。
「霖之助!」
「あぁ~、はいはい。お~……」
という訳で、天子の暇潰しはまだまだ続くのだった。
~☆~
僕と天子とチルノは、紅魔館を右手に見ながら歩いて行く。
天子が言った様に、紅魔館の門には看板が立っていた。
中からは確かにドタバタとした物音が聞こえてくる為、本当にゾンビパニックが起こっているらしい。
吸血鬼の館が、ただのゾンビ屋敷に変わってしまった。
何とも恐ろしいものだ。
「で、今度はどこに向かっているんだ?」
「さぁ?」
決まってないらしい。
行き当たりばったりな親分だ。
また変にケンカを売らなければいいのだけど。
ちなみに、チルノは僕の肩に乗っている。
いわゆる肩車だ。
冬場にチルノを肩車するとは自殺行為に等しいのだが……
まぁ、払いのける訳にもいかないしな。
そのうち凍傷になるかもしれないので、下りてもらうだろうけど。
「こっちには何があっただろうか……」
紅魔館を通り過ぎ、そのまま僕達は歩いていく。
僕の行動範囲はそんなに広くない。
せいぜいが人間の里か、無縁塚くらいだろうか。
その他の場所には用事がないと行かない。
まぁ、それは当たり前だ。
用事がない所へ不必要に行く者などこの世にいないだろう。
それが『散歩』だというのなら、散歩という理由がある。
それも無しに、その場所へ行ったというのなら、それは何らかの罠や精神攻撃を受けている可能性がある。
気をつけた方がいい。
つまり、今の僕みたいなものだ。
こんな所に何の用事もない。
なのに、ここにいる。
先頭に天人がいて、僕の肩の上には氷精がいる。
もう、気をつけても無駄な段階だ。
諦めて、早く帰れる事を祈るばかりだな。
この際だから、具体的な神様に祈りたい。
しかし、帰宅を促してくれる神様には覚えが無いなぁ。
せいぜい、妖怪の『オクリモノ』ぐらいか。
分かり易いのは『送り狼』だろう。
残念ながら彼等は帰り道を守ってくれるだけで、促してはくれない。
しかも、転んでしまっては食べられてしまうしね。
「はぁ……」
僕のため息が聞こえたのか、それとも無視したのか、天子は気にする事なくズンズンと歩いていく。
しばらく行くと、妖怪の山とは別の山が見えてきた。
おかしい。
そんな山は存在しないはずだ。
しかし、現実として僕の目の前に見えている。
何か嫌な予感がするなぁ、と思っていると、一軒の屋敷が見えた。
どこにでもある様な屋敷だが、それなりに立派で、永遠亭を彷彿とさせる。
「おぉ、誰か住んでいるのかしら?」
「人間ではないだろうな」
天子の呟きに、僕は答える。
人間の里でもない限り、そこに人間が住んでいるとは考えにくい。
永遠亭の宇宙人は別として。
いや、宇宙人を人間と仮定した場合の話か。
ややこしい。
そんな永遠亭とこの屋敷とで、決定的に違う箇所がひとつあった。
永遠亭は兎で溢れているが、こちらの屋敷には猫が溢れている。
僕達が近づくにつれ、なんだなんだ、とばかりにこちらをジロリと見てきた。
飛び掛ってくる様子はないけれど、彼等のテリトリーに踏み込んでしまったのは確実だ。
警戒しておいて損は無い。
「あっ、ここって橙の家かも」
と、チルノが呟いた。
「橙って、あの八雲藍の式の?」
「うん」
なるほど。
という事は、ここは『迷い家』……マヨイガか。
迷った人間が辿り着くという、屋敷。
その屋敷には人はいないが、誰かが生活している様子が見れるらしい。
例えば、火が熾してある囲炉裏や、淹れたてのお茶など。
しかし、屋敷の主人が姿を現す事はないそうだ。
だが、このマヨイガが橙の家だというのなら、マヨイガの主人が八雲紫という可能性も出てくるな。
マヨイガの枡や椀を持ち帰り、それで米をすくうと永遠に米が無くならないらしい。
何ともスキマ妖怪の持ち物らしいではないか。
そんな風に僕が思案していると、
「たのもー!」
と、天子が叫び声をあげた。
いやいや、この時代にその訪ね方はどうなのだ、まったく。
天子の声に驚いてか、猫達がバタバタと逃げていった。
そして、それと入れ替わる様に大型の猫……否、化猫が欠伸をかみ殺しながらやってきた。
チルノの予想通り、やはりここは橙の家、マヨイガだったらしい。
「だぁれ?」
寝ぼけ眼を擦りながら言う橙に、天子はふんぞり返りながら宣言する。
「勝負よ! 私達が勝ったら子ブふがふが」
僕は慌てて天子の口を塞ぐ。
子分だって?
そんな勿体無い事はさせない。
「勝負に勝ったら、食器をひとつ貰えるかい?」
「ちょっと霖之助! 乙女の口を塞ぐなんてルナティック極まりないわ!」
ルナティック……?
もしかして、エロティックだろうか。
分かりにくいボケだなぁ。
「なになに、何の遊び?」
「良く分からないけど、あたいも勝負して負けたのよ」
橙とチルノは知り合いらしく、僕達がごそごそと揉めている間ににこやかに挨拶を交わしている。
良かった。
チルノがいないと、完全に僕らは不審者だ。
今でも充分にそうなのかもしれないけど。
「へ~、勝負の内容はなんでもいいの?」
「いいわよ! でも負けたら子分なんだからね」
天子はそこを譲る気がないらしい。
子分より茶碗や急須をもらう方がよっぽど有益だというのに。
「子分はダメだよ~。今日は藍様と紫様と一緒に晩御飯なんだから」
家族団欒が待っているらしい。
それは好都合。
「ほら、天子。用事があるのに無理強いはよくない。大人しく枡を貰おう」
「霖之助は何でそんなに枡が欲しいのよ?」
「理由はない」
面倒なので誤魔化しておく事にした。
「む~。まぁいいわ。それで、どんな勝負する?」
「じゃぁこの家をどっちが早く一周するか、かけっこ」
ふむ、なるほど。
単純なスピード勝負という訳か。
これなら策や小細工が介入する術がない。
完全な実力が物を言う。
「……ま、まぁ、いいわ。ふ、ふふふ、私達に勝てるかしらね?」
天子は何やらひきつった笑いを浮かべる。
どうやらこの天人、足に地震、いや自信がないらしい……
「な、なによ?」
「いや、なんでもないさ。誰から挑戦するんだ?」
「あたい!」
チルノがシュタっと手をあげて、僕の肩から下りた。
どうやら凍傷の危険は去ってくれた。
代わりにマフラーでも手に入れば一番良いのだけれど。
「お、チルノからか。手加減しないよ」
「ふっふー。あたいってばサイキョーだからね、あとで泣いてもしらないよ?」
チルノは自信満々に腕を組み、ふんぞり返ってみせる。
「それじゃぁ、僕が審判をつとめよう」
「ズルしないでよ?」
「かけっこの審判はズルなんて出来ないさ。早いほうが勝つんだからね」
それもそうか、と橙は納得した。
実際はいくらでもズルはできる。
例えば、スタートの合図。
『よーい』と『どん』の間の秒数をあらかじめ決めておけば最高のスタートが切れるだろう。
もちろん、フライングギリギリだろうが、通してしまえばいい。
まぁ、チルノにはそれを伝える時間がないので、実力で勝負してもらうしかない。
「じゃぁ、ここがスタートラインとゴールラインだ」
僕は地面に真っ直ぐ線を引く。
角を基準にして、一方をスタートとし、もう一方をゴールとした。
正確には一周に少し足りない事となるが……まぁ、許容範囲内だろう。
「二人とも準備はいいかい?」
うん、と氷精と化猫が頷いた。
チルノは内側に、橙は外側に位置する。
「いつについて、よ~い……」
僕は右手をあげる。
コースは左回りで、内側に陣取ったのはチルノが有利だろうか。
子供らしく、スタンディングスタートの滑降をとる。
対して、余裕があるらしい橙は右側を選んだ。
クラウチングスタートをするのかと思いきや、それは既存のスタートではなく、何とも猫らしい四肢をつけ、肩を隆起させている。
まるで獲物を狙う猫そのもののポーズだ。
まぁ、猫なんだけど。
ふむ。
……チルノは負けるだろうな。
「どん」
僕は右手を振り下ろした。
それと同時に、二人は走り出す。
チルノは特筆する事のない普通の走り方だ。
対して、橙は猫の様に、というか猫なんだから当たり前なんだけど、両手両足を使って走り出す。
「うえぇ!?」
スタートと同時に差がついて、チルノが思わず叫んでいる。
無理もない。
加速の仕方がぜんぜん違うしなぁ。
あと、角での曲がり方。
遠心力というものは馬鹿にならない。
直角に曲がるのは不可能というものだが、橙の両手両足はそれを可能としているらしい。
素早く曲がっていった二本の尻尾を、僕と天子だけでなくチルノも見送った。
まぁ、すぐにチルノも曲がっていったんだけどね。
「天子」
「なに?」
「よーいとどんの間は3秒だ」
「了解よ」
あとは、天人に期待するしかない。
用意できる策は今のところ、これぐらいしか無いなぁ。
伝え終わって、すぐに橙が戻ってきた。
「ゴール!」
一応はゴールラインを駆け抜けてみせる。
その後、すぐにチルノも戻ってくるが、差は広がるばかりだったらしい。
「むぅ、負けた~。橙ってば、速いよ」
「えへへ~。サイキョーは一人じゃないんだよ」
最強とは、最も強いという意味だ。
二人いるのはおかしい。
とは思ったが、野暮なツッコミは入れるまい。
「次は私ね」
「天人のお姉さんだね」
「あれ、私のこと知ってるの?」
「紫様が具体的に怒ってたよ。いつか泣かすって」
うげ、と天子は苦虫を噛み潰した。
まったく。
心理戦でも負けてるじゃないか。
勝負前から動揺を表に出してどうする。
「すぐにいけるかい?」
「もちろん」
橙が自信満々に頷く。
距離が短いし、体力的にはなんら問題はないだろう。
僕は天子に目で合図を送る。
目が合うと、天子はパチパチと瞬きをした。
うむ。
これで出来る事は全てだ。
あとは、天子の実力に賭けるのみ。
今後、僕の食生活が豊かになるかどうかは、彼女に任せるしかない。
「いちについて、よ~い……」
天子は内側、橙は外側。
やはり、橙は自信があるらしい。
1、2、3秒。
「どん!」
カウントと同時に腕を振り下ろし、声をあげる。
それとほぼ同時か少し速いくらいに天子がスタートした。
橙は抗議の声をあげない。
よし、絶好のスタートを切った。
角でスピードを殺す事なく天子が曲がり、それを追いかける様に橙が曲がっていった。
「おぉ、速いな親分」
「ここまではなぁ……」
そうなの? と聞いてくるチルノに、僕は肩を竦めるしかない。
結果はすぐに出る。
戻ってくるのが我が親分だと期待するしかない。
果たして、先に屋敷の角を曲がってきたのは橙だった。
「いっちば~ん」
と、ご機嫌な感じで橙はゴールする。
しかし、天子はなかなか戻ってこなかった。
「天子は?」
「転んでたよ」
「……そうですか」
あの役立たず。
いよいよもって、僕の豊かな食生活が遠のいていくではないか。
ちくしょう。
ようやくとばかりにトボトボと戻ってきた天子の顔は赤かった。
恥ずかしくて赤面している訳ではなく、顔面から思いっきり転び、強打したそうだ。
「痛い」
「だろうね」
かける言葉もない。
「最後の相手は霖之助?」
「そうだね。ところで橙、ものは相談なんだが――」
「ハンデはあげないよ」
「だろうね」
大人気ない化猫だなぁ。
僕が言うのもなんだけど。
「それじゃぁ、いくよ~。いちについて、よ~い」
落ち込んでちょこんと座っている天子は放っておいて、審判はチルノにやってもらう。
彼女に、狡猾なズルは無理だろう。
やっぱり実力で勝負するしかない。
僕は、腰を落として構える。
本気で走るなんていつぶりだろうか。
久しく、全力で走っていない気がする。
まぁ、良い機会だ。
自分の実力を再確認してみようか。
「どん!」
チルノの言葉と同時に、僕と橙は走り始めた。
~☆~
「あぁ~、早くも幻想郷支配化計画が頓挫してしまったわ」
そう嘆く天子の肩にはチルノが座っている。
チルノ曰く、ダメな親分を慰めているらしい。
さっぱり意味が分からないけど。
「僕の豊かな食生活も泡と消えてしまったしね」
「粟でも食べてなさいよ」
「栗なら好きなんだけどね」
とまぁ、活字にしないと分からない様な事を呟きながら、僕達はフラフラと歩いていた。
すでに夕方という時間帯だろうか。
逢魔ヶ時。
そろそろ妖怪の活躍する時間だ。
現在は森とも林とも言えない様な、そんな木々に囲まれた場所を歩いている。
僕が予想する限り、ここは幻想郷の端に近い所ではないだろうか。
「ねぇねぇ、親分」
「なによ子分二号のチルノさん」
「あたい、もう帰っていい?」
「あ~……いいわよ。本日は私にお付き合い下さいましてありがとうございました」
やる気のない感じで天子が礼をする。
チルノは天子の肩からクルリと着地した。
「ばいばい、親分。あと、霖之助もな~」
「あぁ」
チルノが手を振りながら舞い上がる。
僕はそれに手を振って、チルノを見送った。
どうやら、天子の暇潰しとやらもこれで終わったらしい。
まったく、やれやれだ。
「それじゃぁ僕も帰るよ」
「そうね……」
はぁ~、と大きく天子はため息を吐いた。
まったく。
そんなに元気を無くされると、どうにもやりにくいじゃないか。
「どうだい、ウチで何か食べて行くかい?」
「……私のこと口説くつもり?」
「ただの功徳さ。他意はない」
天子が肩をすくめる。
まぁ、少しは機嫌が直ってくれたようだ。
お互いに苦笑して、振り返る。
丁度、太陽が沈んでしまうところだった。
これで、今日も夜が来た事になる。
さて、香霖堂はどの方角だろうか。
そう思った矢先、何か低く唸るような音が聞こえた。
「なんだ?」
人間や妖怪といった生きる者が発する音ではない。
なんだろう。
酷く、冷たいそんな音。
それでも、けたたましく聞こえるそんな音。
「霖之助!」
天子の声と共に、僕に光が浴びせられた。
弾幕や魔法の類じゃない。
自然では考えられない程の、まるで太陽みたいな眩しい光が僕に浴びせられた。
なんだ、と光源の方を見るが、眩しくて確認できない。
だが、光の方角から唸る様な声が聞こえてくる。
音が激しくなった。
木々の間に響く重低音。
その音階が変わったと思ったら、光がこちらへと突っ込んできた。
「うわっ」
僕はとっさに横にと飛び、その光を避けた。
素早く立ち上がり、後ろを確認する。
天子も同じ様に避けたらしい。
彼女の無事を確認した後、光源を見た。
「なんだ、あれ……」
なんだか良く分からない、黒い塊があった。
光がこちらを向いていないので気づいたのだが、その黒い何かが光っている様だ。
音も、そちらから聞こえる。
恐らく、駆動音。
何か、からくり的な何か。
そう、恐らく外の世界の何かだ。
「タイヤがある」
僕は木の陰に回りこみ、観察を開始する。
宵闇に目が慣れてきたのと、ソレが自ら光を放っている為に、見えやすい。
黒い何かには、前後にタイヤがあった。
恐らく、それで進んでいるのだろう。
外の世界から流れ着いた本で見た事がある。
「あれは……自動二輪車か」
「なにそれ?」
いつの間にか僕の後ろにいた天子が聞いてくる。
「文字通りさ。自動で動く二輪車だよ。燃料は必要だろうけど」
恐らく幻想入りしてきたのだろう。
今なら分かる。
自動二輪車とは言え、自立できる訳ではない。
運転手が必要なんだから。
操縦者がいてこそ、自動二輪車は動く。
「運転手は聞く耳を持っているかしら?」
「期待は出来ないね」
僕と天子は苦笑する。
運転手は確かにいた。
今もこちらを確認する様に、見ている……と、思う。
思う、と不確定になってしまうのは仕方ない。
なにせ、運転手には首が無かった。
首が無ければ、当然、頭もない。
あるべきはずのモノが、その運転手には無かった。
「さて、どうする……」
あれは、恐らく幻想入りしてきた新入りだ。
外の世界で忘れられた、何か。
恐らく、新しい類の妖怪。
だが、それでも忘れられてしまった新種の妖怪。
「妖怪には対処法というものがある。百足の妖怪には唾が効くとかね」
「あいつには?」
「僕が知っているはずがないだろう。名前すら分からないのだから」
「だったら簡単ね」
天子は緋想の剣を抜いた。
「おいおい、逃げないのかい?」
「最高の暇潰しが出来たわ」
木の陰から躍り出た天子はそのまま剣を構える。
「来なさい!」
不敵に微笑むと挑発する。
首なしもそれに答える様に、駆動音を大きくさせた。
「首なし……首なし、どこかで聞いたな……」
何か思い出せそうだ。
あいつの弱点になるかもしれない。
だが、暢気に脳内引き出しを引っ張り出している場合ではなかった。
首なしが天子に向かって突っ込んでくる。
厄介なのは、光だ。
まぶしくて相手の姿を視認する事が出来ない。
僕は慌てて、別の木へと逃げる。
ちらりと確認すると、天子は避けたらしく往復してくる首なしと対峙していた。
まったく。
どうして僕が妖怪に狙われなければならないのだ。
新種の妖怪には、僕の特性も意味がないという事か?
困ったものだ。
まるで、死神だな。
天子も狙われているし……
「そうか。死神……デュラハンか!」
デュラハンとは、首なしの妖精だ。
首の無い馬に乗りやってくる『死を予言する者』と呼ばれている。
その存在に良く似ている。
馬が自動二輪車に変わったところだろうか。
本質は同じかもしれない。
だが、困った事がある。
「デュラハンには、退ける伝承がない……」
いや、あるにはある。
デュラハンの乗る馬は、水の上を渡る事が出来ない。
まるで吸血鬼みたいなその馬のお陰で、川を渡れば逃げ切れるという訳だ。
しかし、今あの首なしが乗っているのは馬ではなく自動二輪車だ。
あれが水を渡れないという保障なんてどこにもない。
「それでも試してみるしかないか……」
ここからだと、紅魔館の霧の湖か。
それとも、妖怪の山の川が近いだろうか。
何にしても、この幻想郷の端では、川がない。
そして、あの機動性から逃げるのは不可能に近い。
「天子!」
「なに!」
天子は何とか自動二輪車を止めようとしているらしい。
力自慢なのは良いが、無茶過ぎる。
「逃げるぞ、そいつの弱点は川だ!」
「嫌よ、ここで逃げたら女が廃る!」
まったく。
そういうと思ったよ。
僕は、いつも通りのため息を吐いた。
手持ちの武器は霧雨の剣のみ。
しかし、これは使いたくないなぁ。
ならば……
「ほっ!」
僕は素早く抜刀すると、近くの木の枝を斬り落とした。
この枝を車輪に突っ込んでやればいい。
強制的に制動させれば、転倒してしまうだろう。
この手の妖怪は、恐らく転べば追ってこない。
そういう風に出来ている。
と、信じたい。
「よし……」
僕は木の陰を伝いながら、天子の横に配置する。
相変わらず天人は真正面からやりあっている。
もちろん、何の成果もあがっていないけど。
「……今だ!」
僕は、走ってくる自動二輪車の横から木の枝を投げ入れた。
それは見事に、車輪を捕らえた。
と、思った。
うまくいったと思ったのだが、期待は裏切られる。
木の枝なんかを物ともせず、その枝をへし折って首なしは進んだ。
「ちょ、ちょっと!」
それが、また不運を呼んでしまったらしい。
自動二輪車に、多少は影響があった。
首なしの進む方向に。
運悪く、天子が避けた方向に。
「ぐぇっ!」
短い悲鳴の後、天子の身体が飛んだ。
自発的に飛んだのではなく、跳ね上げられた、というべきか。
近くの木に当たり、天子は崩れ落ちる。
さすがに、あの衝撃では……
「待て!」
首なしは、まだ天子を狙っていた。崩れ落ちる天子を、尚も轢こうとしている。
轢殺を狙っている気か?
「おい、こっちだ!」
僕は霧雨の剣を抜刀する。
首が無かろうが耳が無かろうが関係ない。
剣を一薙ぎする。
風きり音が鳴り、それが届いたのだろうか。
天子を向いていた自動二輪車がこちらを向いた。
「まったく、今日は最悪の一日だよ」
どうしてこうなってしまったんだろう。
仕方がない。
覚悟を決めるしかない。
駆動音が大きくなる。
これが突っ込んでくる時の合図だ。
そして、光がこちらを向く。
なるほど。
相手との距離がまるで分からない。
だが、それは真正面からばかり見ていた天子の場合だ。
僕は臆病にも逃げ回り、横から観察していた。
だから分かる。
タイミングが分かる。
「っ!」
そのタイミングにあわせて、僕はジャンプした。
飛び越えるつもりはない。
そう、相手の身体にぶつかってやればいい。
止まらないのなら、自動二輪車と身体を引き離せばいい。
「ぐっ!?」
視界がブレる程の衝撃。
同時に、霧雨の剣が何かを貫く、嫌な感触。
そして身体が宙を舞う感覚の後、僕は地面へと叩きつけられた。
これは……もう二度と、体験したくないな。
「っは……」
背中を打ったのか、息が出来ない。
本日二度目のこの痛み。
それでも喘ぐ様に息を吐く。
何とか呼吸を取り戻し、状況を確認する。
自分がどこにいて、どっちを向いていて、どうなったのか。
駆動音はまだ聞こえる。
失敗したのか?
それとも、ただの残滓なのか?
目を開ける。
光が目に入った。
まだ、動いているらしい。
「霖之助っ!」
天子の声。
と、同時に駆動音が大きくなり、僕へと近づいてくるのが分かった。
衝撃。
二度の衝撃。
胸の当たりに、今まで感じた事のない痛みが広がる。
痛み?
それだったら我慢できた。
だが、これは痛みじゃなくて、苦しみだ。
あのタイヤに踏まれたらしい。
僕の身体はどうなったんだ?
とにかく、息が出来ない。
いっその事、気を失ってしまえたら良かった。
なんて思う。
それでも、まだ意識がある。
まだ考える事が出来る。
「――」
右目だけを開いた。
息は出来ないけれど、状況は確認できる。
天子が走り寄ってきた。
どうやら、ダメージから回復したらしい。
頼もしいな。
さすがは天人。
死神を追い返して生きながらえているだけはある。
だが、この新種の死神には対抗できないかもしれないな。
「霖之助、生きてる!?」
天子は僕を抱き起こす。
激痛が走るので止めて欲しい。
しかし、僕はようやく呼吸が出来るようになったところで、それを伝える術がない。
また駆動音が大きくなった。
いよいよもって、ダメかもしれない。
僕がいては。
僕を庇ったままでは、天子は避けられない。
その場合、二人一緒に跳ね飛ばされるだろう。
だから。
天子が僕を見捨てて、逃げればいい。
僕は跳ね飛ばされるけど。
それでも、一人が助かるのならば、そちらを選ぶべきだ。
誰でも思いつく、チルノだって思いつく、単純な事。
という訳で、僕はもうダメだ。
万策尽きた。
という程、策を使った覚えもない。
開いた右目だけで確認する。
「……」
霧雨の剣は、首なしにしっかりと刺さっていた。
どうやら、僕の身体能力も捨てたもんじゃないらしい。
問題は首なしが規格外だった事か。
想定の範囲外。
そもそも、想定してしまった時点で、僕の策が間違っていた訳だ。
反省をしよう。
次からは、想定の範囲外を想定する様に。
あぁ。
なにを言っているんだ、僕は。
次なんか、無いのかもしれないのに。
「うわ、どうしよう、来るよ、来ちゃうよ!?」
天子がうろたえる。
光がこちらを向いて、駆動音が大きくなった。
これで最後かもしれない。
なんという事だ。
走馬灯すら、僕は見る事が出来ないのか。
そんなにも過去の記憶が役に立たないというのだろうか。
ちくしょう。
音が一際大きくなった。
「うわぁ! どうしよう!」
天子は、僕を置いていく気がない様だ。
なんだかんだ言って、部下思いの良い親分なのかもしれない。
まぁ、そんな事はどうだっていいか。
今やらないといけないのは、覚悟を決める事だ。
もちろん、死んでしまう覚悟。
どうせなら、それを見ていたいものだし……見ていようか。
僕は目を閉じる事なく、光を見ていた。
いよいよ、首なしが動き出す。
響く駆動音。
近づいてくる音に、天子は目を閉じ、覚悟を決めたらしい。
僕は。
僕は見ていた。
「――――!」
そう、空間に一筋の裂け目が出来るのを。
悪趣味にも、その両端が可愛らしいリボンで結ばれる。
醜悪な能力に、冗談みたいな装飾をつける胡散臭さ。
そして、そこから飛び出す一人の少女。
紅と白の衣装に身を包んだ、華奢な身体。
いつも。
いつも僕の家で、香霖堂で、勝手にお茶を飲む少女。
服がほつれたと言って、お金も払わないで僕に修繕させる少女。
暢気に日々を過ごす、そんな博麗の巫女。
「神技『八方鬼縛陣』!」
宣言と共に、大地に御札を叩きつける。
同時に、僕らを取りか囲む様に、霊力の本流が上空へと立ち上った。
その霊力の壁に防がれ、首なしの自動二輪車はこちらへ近づけない。
タイヤだけが空回りをし、駆動音だけが唸りをあげている。
「『夢想天生』」
陣の中で、霊夢は静かに宣言する。
スペルカードが展開され、霊夢の周りを幾つもの陰陽玉が取り囲んだ。
これが、博麗の巫女か。
これが、人間の力、ということか。
これが、幻想郷を守る者か。
これが、博麗霊夢なのか。
陰陽玉が廻り続ける中で、霊夢は陣から出て行く。
右手に持つお払い棒を振り上げ、自動二輪車の向きを逸らせた。
首なしは陣の横を通り過ぎていくが、反転する。
だけど。
だけど、もう、
「遅い!」
霊夢の声が響く。
遅い。
そう、もう遅い。
霊夢の夢想天生が発動する。
全方位に、無差別に、弾幕を展開する、どう考えても、愛なんかあるはずがない弾幕。
陣が無ければ、僕達も巻き込まれただろう。
そんな凶悪なスペルカードが発動する。
凶悪?
とんでもない。
僕の目には、小さな少女がうつっているだけだ。
だけど、なんだろう。
この圧倒的な存在感。
まるで、神様だな。
「ははは……」
なんて馬鹿みたいな事を思いながら、僕は笑った。
もう、無茶苦茶に巻き散らかされている弾で何も見えやしない。
それでも、そこにいるのが分かる。
博麗霊夢。
そういう事か。
彼女がこの幻想郷にいる意味が、ようやく分かった気がする。
~☆~
それから。
ようやく香霖堂へ戻ってこれた僕は、大きく息を吐いたのは言うまでもない。
肉体のダメージは程なくして治った。
僕の半分は妖怪だ。
そのお陰で、これまでは妖怪から狙われなかった。
だけど、新種の妖怪にはこれまでの常識なんて通じないのかもしれない。
いや、結界を通ったばかりの妖怪だったから、なのかもしれない。
後に八雲紫に聞いた事なのだが。
あれは、『首なしライダー』と呼ばれる怪異だそうだ。
僕の予想通り、デュラハンとの伝承が混じった存在みたいで、外の世界から早くも忘れられた中途半端な妖怪らしい。
その為、『死神』という部分が色濃く出てしまった。
幻想入りした途端に、出会った天人のせいかもしれないし、そうでないのかもしれない。
霊夢が存在事態を抹殺してしまったので、もう調べる事は出来ない。
「ふむ……」
あの時、霊夢が助けに来てくれたのは、偶然じゃない。
その前に、橙と僕達が勝負していたからだ。
橙との勝負に負けた後だからこそ、橙が八雲紫と藍に僕達の話をしたらしい。
もし、僕達が橙に勝っていたら?
勝負に勝っていた事で、強引に天子が橙を連れ出していたら?
それを想像すると、どうなっていたのか分からない。
いや、やはり偶然だったのだろうか。
気まぐれに、橙が僕達の話をしたからこそ、あの近辺に僕達がいた事を八雲紫が知っていてくれた訳だ。
そして、霊夢を派遣してくれた。
偶然といえば偶然だ。
まぁ、こればっかりは考えたって仕方がない。
「分からない事は考えないに限る」
天子はというと、あれから相変わらずの退屈な毎日を過ごしているのだそうな。
香霖堂には来ておらず、変わりに魔理沙から聞いた。
ついでに紅魔館のゾンビパニックも収まったらしい。
僕といても退屈だろうし、今頃はレミリアと遊んでいるのかもしれない。
「さて……」
ようやく霧雨の剣から陰の気が消えた。
今回の事件の発端だっただけに、この陰の気が原因だったのかもしれないな。
霧雨の剣。
天叢雲剣。
天下を取る程度の剣。
それ以上の、覇王となる資格を有する剣。
もしかしたら、こいつが与えた試練なのだろうか。
僕が、所有者として相応しくない為の、反逆行為なのだろうか。
「……いや、そんな事はないだろう」
僕は霧雨の剣を持ち上げる。
そう。
こいつはただの剣だ。
僕の目が、それ以上の情報を読み取らない。
「大人しくしておいてくれ。僕はまだ死にたくない」
それでも、僕は声をかけた。
もしかしたら、とても愚かな行為なのかもしれない。
だけど、まぁ、仕方がない。
死にそうになるのは、二度とゴメンだ。
僕は、苦笑しつつ、ため息を零しつつ、霧雨の剣を倉庫にしまうのだった。
おしまい。
その実、人間は妖怪の餌に過ぎず、妖怪もまた人間に退治される運命にある。
それこそが、それぞれの役割であり、本懐というものだ。
まぁ、それは言い過ぎというか、数十年前の幻想郷の姿であって、今はもうそこまで殺伐とした世界ではないのだけれど。
それでも、危険は隣り合わせで存在している。
穿った見方をすれば、妖怪はしょせん妖怪だ。
腹が減れば人間を食べる。
養殖の人間の味より、やはり天然の人間の方が美味しいらしい。
人間鍋という真っ赤な鍋を見た事があるが、あれを見て、ここは平和だ、なんて言える人間はいないだろう。
加えて、外来人の危険もある。
神隠しにあった人間は大抵混乱している。
外の世界に妖怪はいないのか、羽が生えた者をみると悲鳴をあげるし、そもそも空を飛ぶという常識がないらしい。
その為、外来人を輸送中に落っことして死んだ、なんてケースも過去にあったらしい。
あと、どうやら外の世界での犯罪者も幻想入りしてきたらしく、刃物をふりまわし危険な事もあった。
これで平和だなんて、誰が言えるだろうか。
いつだって危険と隣合わせなのが、幻想郷だ。
「まぁ、人間側に偏った意見だけど」
僕こと森近霖之助は大きく息を吐いた。
冬も真っ盛りで、吐いた息は白くなり、やがて消える。
まるで幽霊みたいだ、と思いながら、僕はまた幻想郷に思いを馳せた。
この幻想郷を実質的に占めているのは妖怪だ。
人間の数は多い。
だが、多いからといって覇権を握っているかと言うと、そうとは限らない。
仮に『数の多さ』=『覇権』とするならば、今頃は蟲が王となっているだろう。
リグル=ナイトバグが大手を振って闊歩している姿が目に浮かぶ。
まぁ、冗談だが。
という訳で、幻想郷は人間よりも圧倒的な強さを持った妖怪達が支配していた。
そんな驚異的な力を持て余している連中がウヨウヨとのさばっている。
吸血鬼もそうだし、亡霊もそうだし、鬼もそう。
皆、ニコニコと過ごしている割には退屈そうな目をしている。
すでに生きる意味を失っているのではないか、とも思えるが、妖怪にそんな意味はない。
種族繁栄を願う訳でもなく、長すぎる寿命を持て余して退屈を埋めるだけの毎日。
そこに意味はあるのだろうか。
「無いんだろうな」
ストーブのオレンジ色の明かりを見る。
熱を持った光は透明で、僕の肌を焼いていく。
チリチリと焦がされる様な感覚を味わいながら、僕は吸血鬼異変を思い出した。
まだスペルカードルールが制定される前の幻想郷全土が巻き込まれた事件。
僕も危なかったのかもしれない。
幸い、半人半妖という中途半端な存在だった為、妖怪からは相手にされない。
こんな身体でなければ、こんな生まれでなければ、僕は殺されいたかもしれないな。
平和で暢気な幻想郷。
ひっくり返せば、すぐに危険が待っている。
……いや、ひっくり返す必要はない。
いつだって、すぐそこに危険は存在しているんだ。
人間、妖怪、幽霊、妖精、魔法使い、天狗、河童、鬼、仙人。
そんな種族なんか関係なく。
差別する事なく。
区別する事もなく。
いつだって、危険に晒されているのが、生きる者の背負っている何か、なのかもしれない。
~☆~
麗らかな午後。
特にお客さんも来る事はなく、僕は読書に興じていた。
いや、本来は客で溢れる香霖堂を実現する為に、あれやこれやと対策を立てるべきなのだろう。
しかし、急いては事を仕損じる、という言葉もある。
そんな先人達の知恵と知識に習って、僕はゆっくりと対策を高じているのだ。
人間という存在は、その生涯が短い。
短いからこそ濃く生き、そして短い言葉に全ての意味を込める。
それが格言であり、ことわざであり。
つまり、急がば廻れ。
焦って大失敗するよりかは、落ち着いてゆっくりと繁盛していった方が良い。
僕の身体は、人間に比べてかなり丈夫だし。
食べなくても死にはしない。
これほど商売に向いた身体というのも、他に例が無いだろう。
そんな訳で、僕は本の世界に没頭できる訳だ。
ちなみに今読んでいるのは、古本屋の物語。
外の世界から流れ着いた文庫本で、いわゆる安楽椅子タイプの探偵小説だ。
探偵役の古本屋の主人がいわゆるビブリオマニアで、店舗の名前もそれにちなんだもの。
しかし、そうなると屋号で呼ばれた際に「ビブリオさん」とか呼ばれる事を思うと、あんまりしっくり来ないな、なんて思いながらも読み進めていく。
まぁ、これはこれで楽しいものだ。
殺人事件が起こらない探偵小説を暢気に読んでいると、突然にドアベルが鳴り響いた。
「お邪魔するわ!」
ドアが開く音、ドアベルの鳴る音、そして少女の声が全て重なってしまい、まるで騒音の妖怪でも襲い掛かってきたのかと思った。
僕は読んでいた文庫本を取り落としてしまい、慌てて掴もうとするが、空中で掴む事は出来ずに地面に落ちてしまった。
もちろん、ページがパタンと閉じてしまう。
あぁ……と思いながらも、僕は本来の仕事を思い出した。
僕は読書家ではなく、香霖堂店主なのだ。
本よりも、お客さんを優先しなければならない。
「いらっしゃい。ここは香霖堂で、僕が店主の森近霖之助だ」
と、営業スマイルを浮かべながら入ってきた客を確認した。
「っと、天子か。今日はどうしたんだい?」
元気良く香霖堂に入ってきたのは比那名居天子だった。
いつもの桃付きの帽子にカラフルなスカート。
勝気で自信に溢れた表情はいつもの如く、笑っていた。
終始えらそうな態度、というのが比那名居天子という人物にもつ感想だろうか。
頼もしくもあるが、鬱陶しい。
そんな不良天人が香霖堂に何の用だろうか?
「暇潰しに来たわ!」
高らかに客ではないと宣言されてしまった。
ならば僕の仕事はここで終わってしまう事になる。
僕はため息をひとつ吐いてから、落ちた文庫本を拾い上げる。
さて、先程まで読んでいたのは何ページだっただろうか。
……あぁ、ここだ。
さて、ゆっくりと続きを読むとしようか。
「ちょっとちょっと! 無視しないでよ!」
「なんだ、まだ居たのかい?」
「居るわよ! 比那名居居るわよ」
「活字にするとややこしい名前だな」
「それが狙いよ!」
いちいちエクスクラメーションマークが必要な少女だな。
というか言葉遊びのつもりだろうか。
まったく。
「ここは香霖堂で、外の世界の道具を売る店だ。暇潰しを売り物にした覚えはないよ」
「じゃぁ私の暇を買い取ってよ」
「価値がないから買取不可だ。どこか別の店に行ってくれ。そうだな、博麗神社なら良い値段をつけてくれるかもしれないよ」
「嫌よ。あそこに行くと紫が怒るもの」
あぁ……まぁ、自業自得でしょうがない。
この場合は自縄自縛か。
余計な事を企むからこうなる。
人間万事塞翁が馬。
世間では何が起こるか分からない。
だからこそ思慮深く生きなければならない。
いくら不老不死といえども、ね。
「はぁ、まったく。輝夜とレミリアはどうしたんだ? 仲が良かったじゃないか。なんだっけ、何とか同盟」
「放課後退屈同盟よ」
「そうそう、それ」
不老不死である蓬莱山輝夜とほぼ不老不死であるレミリア・スカーレット、そしてこれまた不老不死に近い比那名居天子。
この三人は仲良く暇を潰していたはずだ。
何が『放課後』なのかは分からないが、その退屈同盟とやらは一体どうしたのだろうか?
「輝夜は今度、プリズムリバー三姉妹のところでギターとヴォーカルやるんだって。職業体験ってやつ。練習中だから遊べなくてごめんって」
まだやっていたのか、お姫様の職業体験……
「しょうがないからレミリアの所にも行ったんだけど、門の前に看板が立ててあって」
「看板? 門番じゃなくて?」
「そう、看板。『ただいまパチェの魔法失敗によりゾンビ化現象中。バイオハザード。しばらく館には入らないで下さい特に魔理沙』っていう看板が立ってた」
相変わらずあの館は意味不明な出来事が起こるなぁ。
できれば近寄りたくないものだ。
今頃はメイド長と門番が館の謎でも解きながら解決策を練っているのだろうか。
幻想郷中に広まらなければいいのだが。
「という訳でここに来た」
「何一つ香霖堂に繋がる物が無かったのだが?」
「輝夜が、香霖堂に暇な奴がいるわよって」
あのアバズレが。
今度あったら文句を三つは言ってやる。
「はぁ……悪いが僕は今、仕事中だ」
だから君と遊ぶ事は出来ない、と言おうとしたのだが、天子が素早く僕の後ろに回りこむ。
そして、僕の襟首を掴むと、遠慮なく引っ張った。
もちろん、僕は抵抗しようとしたのだが……この不良娘、思った以上に力を持っていた。
ぐいっと引きずられると、僕はもう首が絞まらない様に着物を抑えるので精一杯だ。
あとは座り込んでしまわない様に、足で支えるまま店内をズリズリと引っ張りまわされる。
「ほれほれ、お客さんがいない店で仕事の必要なんてないんじゃないの?」
「ぐっ……失礼な奴だな。これでも常連客がいるんだぞ」
滅多に来ないけど。
「それに、これが君の暇潰しというのなら、余りにも、馬鹿馬鹿、しい!」
尚もズリズリと引きずり回される僕は、精一杯の抗議の声をあげた。
果たしてそれが伝ったのか、天子が僕の襟首を放す。
僕は尻餅をついてしまうが、引きずられるのに比べたらこれくらい何でも無い。
ようやく開放されたのと、自由に息が吸えるのとで、僕は安堵のため息を吐いた。
もちろん新鮮な空気を吸ってから。
「なにこれ?」
天子が何かを見つけたらしい。
これは在り難い。
興味が僕から道具にうつってくれた訳だ。
商売のチャンスが訪れた事にもなる。
僕は天子が何に興味を持ったのか、確認するべく立ち上がった。
「げ……」
天子が興味を持ったのは、外の世界の道具ではなかった。
その日、たまたま倉庫から出していた一振りの古ぼけた刀。
霧雨の剣に、興味をもってしまったらしい。
なんとも間が悪い。
霧雨の剣と名づけたその一振りは、いわば陰の気を帯びる事になる。
本来の名前とは違う仮初の名称なのだが、それでも影響を及ぼす。
つまり、陰の物を倉庫に仕舞い続けては『陰』が固定されてしまう。
そうなっては何か悪影響があるかもしれない。
だからこそ、こうやって開放された空間に置き、陰の気を解放してやらなければならない。
そのタイミングと、天子の暇が重なってしまったらしい。
まったく。
最悪だ。
「霖之助、この業物は何?」
ふむ。
どうやら天子にも見る目があるらしい。
「それは霧雨の剣さ。魔理沙から貰ったガラクタだよ」
「嘘ね」
看破されてしまった。
そりゃそうだろう。
業物と見抜いた上で、これがガラクタなんて信じる者はいない。
「緋想の剣で、弱点が見つからない。ガラクタだなんてとんでもないわ。ねぇ霖之助!」
「……なんだい?」
「手合わせしましょう!」
そう言うなり、天子は霧雨の剣を掴み、再び僕の襟首を持った。
「ちょ、待て、待ってくれ!」
もちろん天子は聞く耳を持っていなかった。
彼女の顔の横に付いているそれは、もはや飾りにしか見えない。
芳一にあげてしまえ。
カランコロンとドアベルを鳴らして、僕は引きずられていく。
外に出るとヒヤリとした空気。
あぁ、もうダメだ。
今日はもう、まったく上手くいかない一日だ。
決めた。
そう決めた。
何をやってもダメな一日。
そう割り切ってしまえば、気分的に楽になれる。
「それっ!」
「うわぁ!?」
天子に投げられる。
まったく、どんな力をしているのやら。
僕は空中で体勢を整えると、そのまま着地した。
そして、同時に投げられていた霧雨の剣を掴む。
落としてしまっては大変だ。
「なんだ、やっぱり強そうじゃない」
「冗談はやめてくれ。僕は強くない。人間とそんなに変わらないさ」
充分よ、と天子は奇妙な剣を構える。
さっきも言っていたが、あれが緋想の剣か。
気質を見極める程度の能力があるのだったか……道理で霧雨の剣を業物と見抜ける訳だ。
「僕は痛いのが嫌いなんだけど?」
「私は大好きよ」
ため息をひとつ。
こちらが構えなくても、天子は打ち込んできそうだ。
洒落にならない。
どうか怪我だけはしませんように。
僕はどこかの誰かに祈りながら、霧雨の剣を抜刀した。
~☆~
僕は青空を見ていた。
流れていく雲は優雅であり、儚くもある。
彼等はいずれ消え去る運命だ。
しかし、それまでに色々と姿を代え、雨を降らし、月を隠し、天を隠す。
主役にもなれば、悪役にもなれる。
そんな雲を見ながら、僕はあえぐ様に息を吸い込んだ。
「……はぁ」
ようやくマトモに息が吸える様になった。
受身を失敗し、しこたま背中を打ちつけてしまった。
まったく、手加減をして欲しいものだ。
武器が優れているからといって、使い手が一流とは限らないのに。
「そこそこ強かったわよ」
ニヤリと僕を覗き込む天子の額には、少しだけ汗が滲んでいた。
「お世辞なら、ありがたく貰っておくよ」
僕も男だ。
負けると分かっていても、無様に負ける訳にはいかない。
「へ~、やっぱり凄いわね、この刀。叩き折るつもりだったのに」
何気に恐ろしい事を言う天人だな。
その刀を折れるというのなら、八雲紫など赤子にも等しいだろう。
息を整え、倒れていた身体を起こす。
天子は霧雨の剣を拾い上げ、ふ~ん、と刀身を見ていた。
「何にしても私の勝ちね。今日一日、霖之助は私の子分ね」
「は?」
「敗者は勝者の言う事を聞くのが常識じゃない」
「それはどこの世界の常識だ?」
「幻想郷」
「僕の知っている幻想郷とは違うらしい。元の世界に返ってくれ」
「折るわよ」
ぐぬぬ……
天子が霧雨の剣に向かって拳を構える。
折る事は出来ないと思うが、流石に乱暴はやめてほしい。
「はぁ……仕方がない。背に腹は変えられない。今日一日我慢するよ」
僕の言葉に、天子はにこやかな笑みを浮かべた。
そうやって笑っていれば、ただの村娘なんだがなぁ……
「それじゃ行くわよ!」
「どこへ行くんだい」
「良い暇潰しを思いついたわ。こうやって子分を増やしていけば幻想郷を支配する日も近くなるはずよ!」
「……暇潰しで幻想郷を支配しないでくれ」
僕まで紫に退治されそうだ。
痛いのは勘弁して欲しい。
「しゅっぱーつ!」
霧雨の剣を振り上げる天子に、僕は大きくため息を吐いた。
まったく……本当に今日はダメな日だ。
こういう時は、部屋に閉じこもり何も起こらない事を願いながら無為に過ごすに限る。
だが、人質をとられている以上、部屋に閉じこもっている訳にはいかない。
人質というには、無機物なんだけど。
下手をすれば人以上の価値を有する物なんだけど。
説明する訳にもいかない。
ここは大人しく着いていくしかないだろう。
「まったく……」
悪態は届かない。
やはり、天子の顔の横に付いている耳みたいなものは飾りらしい。
もう一度言おう。
芳一にくれてやれ。
「何か言った?」
「いや」
ニヤリと笑いながらも、天子はそのまま魔法の森へと入っていった。
僕はそれに黙って着いていくしかない。
魔理沙には出会わない事を祈るばかりだ。
いや……祈る前に、祈る相手を見つけるべきだろうか。
「ジメジメね」
魔法の森は季節に関係なく、湿っている。
だからこそキノコが豊富であり、魔理沙が生息している理由でもあるんだけど。
ご機嫌な様子で歩いていく天子の後ろを僕は歩いていく。
この方角だと、魔理沙の家からは外れてくれる。
僕の知る限りでは、このまま行くと何事もなく森を抜けるだろう。
運が良い。
どうやらどこかの誰かに祈りが届いたらしい。
誰かは知らないけれど、ありがとう。
「あら、誰も居なかったわね」
「そうだな」
程なくして、僕の予想通りに魔法の森を抜けた。
久しぶりの太陽の光を眩しくも暖かく感じながら辺りを見渡す。
目の前には霧の湖が広がっており、遠くに紅魔館が見えた。
「あそこでゾンビが溢れているのか……」
遠目ではいつもの紅魔館なのだが……
まぁ、近づかない方が身の為だろう。
「あ、なんか居た!」
紅魔館を観察する僕とは違い、天子は湖を観察していたらしい。
霧の湖とはいうが、今日は霧が晴れていた。
冬である現在、周りよりも一層とヒヤリとした空気を感じていたので、もしかしてと思ってはいたが……
やはり、天子の指差した方角には妖精がいた。
暢気に湖に張った氷の上で昼寝をしている。
もちろん、そんな事が出来る妖精は一人しかいない。
妖精種最強の存在、チルノだ。
「よいしょっと」
そんな声が聞こえたので、天子に向き直る。
丁度、天子がそれなりに大きな岩を両手で持ち上げているところだった。
「……おい」
「なに?」
「まさかとは思うが……」
「なによ、最後までちゃんと言いなさい」
「……それを投げる気か?」
いえーす、と天子は外国語でにこやかに笑った。
アレか……子供が見せる残酷さに似ている。
無闇に虫を殺したり、いじめたりする、あの行為。
圧倒的な強者であるが故に勘違いした思い上がり。
生殺与奪の権利を全て持っているという愚の骨頂。
「やめ――」
「えいっ!」
僕の制止も聞かず、天子は岩を投げてしまった。
放物線を描いたそれは、重力という常識に引かれて湖へと落ちた。
どっぽーん、と派手な音と水が跳ね上がる。
しかも無駄にコントロールがいい。
チルノの真上に落ちた様に見えたが……大丈夫だろうか……
それはそれとして、僕は岩を持ち上げる為に天子が置いた霧雨の剣を回収する。
「あははははは!」
ゲラゲラと笑っている天子を尻目に、素早く納刀した。
ふぅ。
これで、一安心だ。
チルノには感謝しないとな。
問題の一つを彼女のお陰で解決する事が出来た。
尊い犠牲と言えるだろう。
「こらああああああああああああああ!!!」
と、僕が心の中で合掌し供養していると、チルノが湖の中から現れた。
どうやら無事だったらしい。
「なんだお前、あたいに何の恨みがある!」
チルノはビショビショに濡れた身体を一瞬にして凍らせた。
パリパリと剥がれる様に氷が落ちると、すっかりと元の乾いた風貌をみせる。
便利だなぁ。
「む。霖之助か?」
「あぁ、そうだよ」
「この馬鹿の仲間か?」
「違う」
答えた瞬間に、天子の肘鉄が僕の脇腹に突き刺さった。
痛い。
理不尽だ。
「子分は黙ってなさい。妖精、あなたに勝負を挑むわ!」
ビシっと天子がチルノを指差す。
その行動と言動に、すっかりとチルノは乗ってしまったらしい。
「受けてたとう!」
「良い度胸だわ、妖精!」
「あたいの名はチルノだ。お前も名乗れ!」
「比那名居天子よ。勝負の内容はチルノが決めなさい」
そんな応答で、勝負する事が決まってしまった。
馬鹿じゃないのか、こいつら。
いや、馬鹿なんだろうなぁ。
「なんでもいいのか?」
「いいわよ。その代わり負けた方が今日一日、子分ね」
ふむ、と僕みたいにチルノは腕を組んで考える。
「じゃぁ、この湖を大きく凍らせた方が勝ちね」
「え、そんなの無理――」
「じゃ、あたいからね! えいっ!」
天子の言葉に聞く耳持たず、チルノは湖に向かって両手を振り下ろす。
みるみる内に楕円状に湖の表面に氷が張っていった。
ふむ、チルノにしてはやるじゃないか。
もちろん、氷を張った方ではない。
相手に有無を言わせない内に勝負を開始してしまった方だ。
こうなっては、天子も受けざるを得ない。
もちろん、ゴネて別の勝負にしてもいいのだが、自分から勝負をふっかけておいて、それは余りにもお粗末だ。
恥と言ってもいい。
「ぐぬぬ……」
天子は緋想の剣を抜くが、そのまま動かない。
恐らく、チルノの気質を集めて何とかしようとか思いついたのだろうが……
まぁ、無理だろう。
それじゃぁ、雪が降るだけだ。
湖は凍らない。
「霖之助」
「なんだい?」
天子が近寄ってくる。
降参して帰る、という事かな?
「なんか出来ないの?」
「僕はこの通り、ただの道具屋だ。物を凍らす能力なんか持って無いよ」
「折るわよ」
天子が腰の霧雨の剣を指差す。
普通にバレていたか。
むぅ……
「はぁ……君は大地を操る程度の能力を持っていたね?」
「えぇ、私に掛かれば自由自在よ」
「大地に関して、なんでも出来るかい?」
「地震を起こして逃げるっていうの?」
違うよ、と僕は答える。
「むしろ逆だな。完全に停止させるんだ。イメージでいうなら、大地を形成している一粒一粒を完全に止めればいい」
「それでどうするのよ?」
「いいからやってみろ。範囲は湖だ。まさか湖の底は大地じゃない、なんて言わないよな」
「当たり前よ」
天子は首をかしげながらも、気合をこめて緋想の剣を振り上げた。
「完っ全停止っ!」
そして、そのまま湖の傍に突き立てる。
まるで何か、金属でも弾いた様な音が響いた。
「……」
「……」
しかし、何も起こらない。
突き立てた余韻で、湖に波紋が起こった位で、他には何の変化も起こらなかった。
う~む。
やはり、外の世界の子供向け科学雑誌は嘘だったか。
いや、この場合は、天子の能力の範疇外だったのかもしれないなぁ。
「ふふん、どうやらあたいの勝ちのようね」
チルノがニヤリと笑い、反対に天子はギロリと僕を睨む。
元々勝てる勝負ではないのだから、その視線はおかしい。
僕のせいにしないで貰いたいものだ。
「ちょっと霖之助!」
「相手を選ばずケンカを売った君が悪い」
「うがー!」
「きちんと言葉を話したまえ。程度が知れるぞ……おっ?」
わざわざ背伸びして胸倉を掴んでくる天子をなだめていると、湖の変化に気づいた。
僕は慌てて、そちらを指差す。
「なによ! たぬきが臍で茶でも沸かしてるっていうの!」
「ブンブク茶釜は関係ない。湖だ湖。ほら、ようやく凍ってきたぞ」
「へ?」
僕の言葉に天子とチルノは振り返る。
どうやら凍り始めるのが遅かったらしい。
いや、予想以上に湖の底が深かったのだろうか。
ともかく、湖が白く濁っていく様は圧巻だった。
何か、軋む様な音を立てながら、湖全体が白く濁り、凍っていく。
表面からではなく、底から凍っていくという奇妙な状況に、チルノだけでなく天子までも、感嘆の声をあげた。
「す、すげぇ! すげぇな天子! どうやったんだ!」
キラキラとした目で見てくるチルノに、天子は誤魔化し笑いをしながらこちらを見た。
凍らせた本人も分かっていないという不思議な状況ではなるが、まぁ仕方がない事だろう。
「ふむ、親分の代わりに僕が説明しよう。チルノ、物質というのは細かく砕いていけば、最後の最後に一つの粒になるのは分かるかい?」
ほうほう、と頷くチルノ。
正確には粒でもないんだろうけど、僕も良く分かってないからそこの説明はどうでもいい。
チルノの隣で天子も同じく頷いているのが馬鹿っぽいが気にしない。
「温度っていうのは、その粒が揺れ動く事で高くなるんだ。つまり、熱いものはその粒が激しく振動しているんだ」
「え、でも震えてないよ?」
「目に見えない程に小さいから僕達には分からないんだ」
へ~、と二人は納得できた様な良く分からない声をあげる。
うん。
僕もそんなの信じられる訳がないので、同じ気分だ。
そもそも揺れているなら、その物質だって揺れるはずだ。
いくら小さいからと言っても、それは変わらないだろう。
だが、世の中の作りはそうなっているらしい。
まったく、良く分からない。
分からないから、そういうものだと思うしかない。
「という訳で、揺れているのなら止めてやればいい。その粒がゆっくり動くほど物の温度が低い。更には、その粒が完全に停止しているのを絶対零度と言うらしい」
「あぁ! それで!」
なにやらチルノが得心いったらしい。
凄いな、分かるのか。
天子はというと、この話を理解したチルノに驚いている。
まぁ、僕も同じ気分だ。
氷の妖精だけあって、本能的なものなんだろう。
きっと。
ちなみに絶対零度とはマイナス273℃らしい。
僕は天子に大地の完全停止を行えと言った。
恐らく、湖の底の大地は、分子の活動が完全に停止して、絶対零度に近い温度になっているのだろう。
よって、湖の氷が凍ったっという訳だ。
いやぁ~、まさか本当に凍るとは思わなかったけど、案外と出来るもんだなぁ。
恐ろしい。
「と、とにかくこの勝負は私の勝ちね! チルノは今日一日は子分なんだからね!」
「了解っす、親分!」
チルノはすっかりと憧れの表情で天子を見ている。
まったくもって、妖精とは単純なものだ。
それにしても、半分以上は僕の手柄だと思うのだが……
この功績に免じて、帰っていいだろうか?
「よ~し、次に行くわよ! 付いてきなさい、霖之助! チルノ!」
「お~!」
天子が拳を振り上げる。
それに習って、チルノも高らかに拳を振り上げた。
はぁ~……どうやら、僕はまだ帰れないらしい。
「霖之助!」
「あぁ~、はいはい。お~……」
という訳で、天子の暇潰しはまだまだ続くのだった。
~☆~
僕と天子とチルノは、紅魔館を右手に見ながら歩いて行く。
天子が言った様に、紅魔館の門には看板が立っていた。
中からは確かにドタバタとした物音が聞こえてくる為、本当にゾンビパニックが起こっているらしい。
吸血鬼の館が、ただのゾンビ屋敷に変わってしまった。
何とも恐ろしいものだ。
「で、今度はどこに向かっているんだ?」
「さぁ?」
決まってないらしい。
行き当たりばったりな親分だ。
また変にケンカを売らなければいいのだけど。
ちなみに、チルノは僕の肩に乗っている。
いわゆる肩車だ。
冬場にチルノを肩車するとは自殺行為に等しいのだが……
まぁ、払いのける訳にもいかないしな。
そのうち凍傷になるかもしれないので、下りてもらうだろうけど。
「こっちには何があっただろうか……」
紅魔館を通り過ぎ、そのまま僕達は歩いていく。
僕の行動範囲はそんなに広くない。
せいぜいが人間の里か、無縁塚くらいだろうか。
その他の場所には用事がないと行かない。
まぁ、それは当たり前だ。
用事がない所へ不必要に行く者などこの世にいないだろう。
それが『散歩』だというのなら、散歩という理由がある。
それも無しに、その場所へ行ったというのなら、それは何らかの罠や精神攻撃を受けている可能性がある。
気をつけた方がいい。
つまり、今の僕みたいなものだ。
こんな所に何の用事もない。
なのに、ここにいる。
先頭に天人がいて、僕の肩の上には氷精がいる。
もう、気をつけても無駄な段階だ。
諦めて、早く帰れる事を祈るばかりだな。
この際だから、具体的な神様に祈りたい。
しかし、帰宅を促してくれる神様には覚えが無いなぁ。
せいぜい、妖怪の『オクリモノ』ぐらいか。
分かり易いのは『送り狼』だろう。
残念ながら彼等は帰り道を守ってくれるだけで、促してはくれない。
しかも、転んでしまっては食べられてしまうしね。
「はぁ……」
僕のため息が聞こえたのか、それとも無視したのか、天子は気にする事なくズンズンと歩いていく。
しばらく行くと、妖怪の山とは別の山が見えてきた。
おかしい。
そんな山は存在しないはずだ。
しかし、現実として僕の目の前に見えている。
何か嫌な予感がするなぁ、と思っていると、一軒の屋敷が見えた。
どこにでもある様な屋敷だが、それなりに立派で、永遠亭を彷彿とさせる。
「おぉ、誰か住んでいるのかしら?」
「人間ではないだろうな」
天子の呟きに、僕は答える。
人間の里でもない限り、そこに人間が住んでいるとは考えにくい。
永遠亭の宇宙人は別として。
いや、宇宙人を人間と仮定した場合の話か。
ややこしい。
そんな永遠亭とこの屋敷とで、決定的に違う箇所がひとつあった。
永遠亭は兎で溢れているが、こちらの屋敷には猫が溢れている。
僕達が近づくにつれ、なんだなんだ、とばかりにこちらをジロリと見てきた。
飛び掛ってくる様子はないけれど、彼等のテリトリーに踏み込んでしまったのは確実だ。
警戒しておいて損は無い。
「あっ、ここって橙の家かも」
と、チルノが呟いた。
「橙って、あの八雲藍の式の?」
「うん」
なるほど。
という事は、ここは『迷い家』……マヨイガか。
迷った人間が辿り着くという、屋敷。
その屋敷には人はいないが、誰かが生活している様子が見れるらしい。
例えば、火が熾してある囲炉裏や、淹れたてのお茶など。
しかし、屋敷の主人が姿を現す事はないそうだ。
だが、このマヨイガが橙の家だというのなら、マヨイガの主人が八雲紫という可能性も出てくるな。
マヨイガの枡や椀を持ち帰り、それで米をすくうと永遠に米が無くならないらしい。
何ともスキマ妖怪の持ち物らしいではないか。
そんな風に僕が思案していると、
「たのもー!」
と、天子が叫び声をあげた。
いやいや、この時代にその訪ね方はどうなのだ、まったく。
天子の声に驚いてか、猫達がバタバタと逃げていった。
そして、それと入れ替わる様に大型の猫……否、化猫が欠伸をかみ殺しながらやってきた。
チルノの予想通り、やはりここは橙の家、マヨイガだったらしい。
「だぁれ?」
寝ぼけ眼を擦りながら言う橙に、天子はふんぞり返りながら宣言する。
「勝負よ! 私達が勝ったら子ブふがふが」
僕は慌てて天子の口を塞ぐ。
子分だって?
そんな勿体無い事はさせない。
「勝負に勝ったら、食器をひとつ貰えるかい?」
「ちょっと霖之助! 乙女の口を塞ぐなんてルナティック極まりないわ!」
ルナティック……?
もしかして、エロティックだろうか。
分かりにくいボケだなぁ。
「なになに、何の遊び?」
「良く分からないけど、あたいも勝負して負けたのよ」
橙とチルノは知り合いらしく、僕達がごそごそと揉めている間ににこやかに挨拶を交わしている。
良かった。
チルノがいないと、完全に僕らは不審者だ。
今でも充分にそうなのかもしれないけど。
「へ~、勝負の内容はなんでもいいの?」
「いいわよ! でも負けたら子分なんだからね」
天子はそこを譲る気がないらしい。
子分より茶碗や急須をもらう方がよっぽど有益だというのに。
「子分はダメだよ~。今日は藍様と紫様と一緒に晩御飯なんだから」
家族団欒が待っているらしい。
それは好都合。
「ほら、天子。用事があるのに無理強いはよくない。大人しく枡を貰おう」
「霖之助は何でそんなに枡が欲しいのよ?」
「理由はない」
面倒なので誤魔化しておく事にした。
「む~。まぁいいわ。それで、どんな勝負する?」
「じゃぁこの家をどっちが早く一周するか、かけっこ」
ふむ、なるほど。
単純なスピード勝負という訳か。
これなら策や小細工が介入する術がない。
完全な実力が物を言う。
「……ま、まぁ、いいわ。ふ、ふふふ、私達に勝てるかしらね?」
天子は何やらひきつった笑いを浮かべる。
どうやらこの天人、足に地震、いや自信がないらしい……
「な、なによ?」
「いや、なんでもないさ。誰から挑戦するんだ?」
「あたい!」
チルノがシュタっと手をあげて、僕の肩から下りた。
どうやら凍傷の危険は去ってくれた。
代わりにマフラーでも手に入れば一番良いのだけれど。
「お、チルノからか。手加減しないよ」
「ふっふー。あたいってばサイキョーだからね、あとで泣いてもしらないよ?」
チルノは自信満々に腕を組み、ふんぞり返ってみせる。
「それじゃぁ、僕が審判をつとめよう」
「ズルしないでよ?」
「かけっこの審判はズルなんて出来ないさ。早いほうが勝つんだからね」
それもそうか、と橙は納得した。
実際はいくらでもズルはできる。
例えば、スタートの合図。
『よーい』と『どん』の間の秒数をあらかじめ決めておけば最高のスタートが切れるだろう。
もちろん、フライングギリギリだろうが、通してしまえばいい。
まぁ、チルノにはそれを伝える時間がないので、実力で勝負してもらうしかない。
「じゃぁ、ここがスタートラインとゴールラインだ」
僕は地面に真っ直ぐ線を引く。
角を基準にして、一方をスタートとし、もう一方をゴールとした。
正確には一周に少し足りない事となるが……まぁ、許容範囲内だろう。
「二人とも準備はいいかい?」
うん、と氷精と化猫が頷いた。
チルノは内側に、橙は外側に位置する。
「いつについて、よ~い……」
僕は右手をあげる。
コースは左回りで、内側に陣取ったのはチルノが有利だろうか。
子供らしく、スタンディングスタートの滑降をとる。
対して、余裕があるらしい橙は右側を選んだ。
クラウチングスタートをするのかと思いきや、それは既存のスタートではなく、何とも猫らしい四肢をつけ、肩を隆起させている。
まるで獲物を狙う猫そのもののポーズだ。
まぁ、猫なんだけど。
ふむ。
……チルノは負けるだろうな。
「どん」
僕は右手を振り下ろした。
それと同時に、二人は走り出す。
チルノは特筆する事のない普通の走り方だ。
対して、橙は猫の様に、というか猫なんだから当たり前なんだけど、両手両足を使って走り出す。
「うえぇ!?」
スタートと同時に差がついて、チルノが思わず叫んでいる。
無理もない。
加速の仕方がぜんぜん違うしなぁ。
あと、角での曲がり方。
遠心力というものは馬鹿にならない。
直角に曲がるのは不可能というものだが、橙の両手両足はそれを可能としているらしい。
素早く曲がっていった二本の尻尾を、僕と天子だけでなくチルノも見送った。
まぁ、すぐにチルノも曲がっていったんだけどね。
「天子」
「なに?」
「よーいとどんの間は3秒だ」
「了解よ」
あとは、天人に期待するしかない。
用意できる策は今のところ、これぐらいしか無いなぁ。
伝え終わって、すぐに橙が戻ってきた。
「ゴール!」
一応はゴールラインを駆け抜けてみせる。
その後、すぐにチルノも戻ってくるが、差は広がるばかりだったらしい。
「むぅ、負けた~。橙ってば、速いよ」
「えへへ~。サイキョーは一人じゃないんだよ」
最強とは、最も強いという意味だ。
二人いるのはおかしい。
とは思ったが、野暮なツッコミは入れるまい。
「次は私ね」
「天人のお姉さんだね」
「あれ、私のこと知ってるの?」
「紫様が具体的に怒ってたよ。いつか泣かすって」
うげ、と天子は苦虫を噛み潰した。
まったく。
心理戦でも負けてるじゃないか。
勝負前から動揺を表に出してどうする。
「すぐにいけるかい?」
「もちろん」
橙が自信満々に頷く。
距離が短いし、体力的にはなんら問題はないだろう。
僕は天子に目で合図を送る。
目が合うと、天子はパチパチと瞬きをした。
うむ。
これで出来る事は全てだ。
あとは、天子の実力に賭けるのみ。
今後、僕の食生活が豊かになるかどうかは、彼女に任せるしかない。
「いちについて、よ~い……」
天子は内側、橙は外側。
やはり、橙は自信があるらしい。
1、2、3秒。
「どん!」
カウントと同時に腕を振り下ろし、声をあげる。
それとほぼ同時か少し速いくらいに天子がスタートした。
橙は抗議の声をあげない。
よし、絶好のスタートを切った。
角でスピードを殺す事なく天子が曲がり、それを追いかける様に橙が曲がっていった。
「おぉ、速いな親分」
「ここまではなぁ……」
そうなの? と聞いてくるチルノに、僕は肩を竦めるしかない。
結果はすぐに出る。
戻ってくるのが我が親分だと期待するしかない。
果たして、先に屋敷の角を曲がってきたのは橙だった。
「いっちば~ん」
と、ご機嫌な感じで橙はゴールする。
しかし、天子はなかなか戻ってこなかった。
「天子は?」
「転んでたよ」
「……そうですか」
あの役立たず。
いよいよもって、僕の豊かな食生活が遠のいていくではないか。
ちくしょう。
ようやくとばかりにトボトボと戻ってきた天子の顔は赤かった。
恥ずかしくて赤面している訳ではなく、顔面から思いっきり転び、強打したそうだ。
「痛い」
「だろうね」
かける言葉もない。
「最後の相手は霖之助?」
「そうだね。ところで橙、ものは相談なんだが――」
「ハンデはあげないよ」
「だろうね」
大人気ない化猫だなぁ。
僕が言うのもなんだけど。
「それじゃぁ、いくよ~。いちについて、よ~い」
落ち込んでちょこんと座っている天子は放っておいて、審判はチルノにやってもらう。
彼女に、狡猾なズルは無理だろう。
やっぱり実力で勝負するしかない。
僕は、腰を落として構える。
本気で走るなんていつぶりだろうか。
久しく、全力で走っていない気がする。
まぁ、良い機会だ。
自分の実力を再確認してみようか。
「どん!」
チルノの言葉と同時に、僕と橙は走り始めた。
~☆~
「あぁ~、早くも幻想郷支配化計画が頓挫してしまったわ」
そう嘆く天子の肩にはチルノが座っている。
チルノ曰く、ダメな親分を慰めているらしい。
さっぱり意味が分からないけど。
「僕の豊かな食生活も泡と消えてしまったしね」
「粟でも食べてなさいよ」
「栗なら好きなんだけどね」
とまぁ、活字にしないと分からない様な事を呟きながら、僕達はフラフラと歩いていた。
すでに夕方という時間帯だろうか。
逢魔ヶ時。
そろそろ妖怪の活躍する時間だ。
現在は森とも林とも言えない様な、そんな木々に囲まれた場所を歩いている。
僕が予想する限り、ここは幻想郷の端に近い所ではないだろうか。
「ねぇねぇ、親分」
「なによ子分二号のチルノさん」
「あたい、もう帰っていい?」
「あ~……いいわよ。本日は私にお付き合い下さいましてありがとうございました」
やる気のない感じで天子が礼をする。
チルノは天子の肩からクルリと着地した。
「ばいばい、親分。あと、霖之助もな~」
「あぁ」
チルノが手を振りながら舞い上がる。
僕はそれに手を振って、チルノを見送った。
どうやら、天子の暇潰しとやらもこれで終わったらしい。
まったく、やれやれだ。
「それじゃぁ僕も帰るよ」
「そうね……」
はぁ~、と大きく天子はため息を吐いた。
まったく。
そんなに元気を無くされると、どうにもやりにくいじゃないか。
「どうだい、ウチで何か食べて行くかい?」
「……私のこと口説くつもり?」
「ただの功徳さ。他意はない」
天子が肩をすくめる。
まぁ、少しは機嫌が直ってくれたようだ。
お互いに苦笑して、振り返る。
丁度、太陽が沈んでしまうところだった。
これで、今日も夜が来た事になる。
さて、香霖堂はどの方角だろうか。
そう思った矢先、何か低く唸るような音が聞こえた。
「なんだ?」
人間や妖怪といった生きる者が発する音ではない。
なんだろう。
酷く、冷たいそんな音。
それでも、けたたましく聞こえるそんな音。
「霖之助!」
天子の声と共に、僕に光が浴びせられた。
弾幕や魔法の類じゃない。
自然では考えられない程の、まるで太陽みたいな眩しい光が僕に浴びせられた。
なんだ、と光源の方を見るが、眩しくて確認できない。
だが、光の方角から唸る様な声が聞こえてくる。
音が激しくなった。
木々の間に響く重低音。
その音階が変わったと思ったら、光がこちらへと突っ込んできた。
「うわっ」
僕はとっさに横にと飛び、その光を避けた。
素早く立ち上がり、後ろを確認する。
天子も同じ様に避けたらしい。
彼女の無事を確認した後、光源を見た。
「なんだ、あれ……」
なんだか良く分からない、黒い塊があった。
光がこちらを向いていないので気づいたのだが、その黒い何かが光っている様だ。
音も、そちらから聞こえる。
恐らく、駆動音。
何か、からくり的な何か。
そう、恐らく外の世界の何かだ。
「タイヤがある」
僕は木の陰に回りこみ、観察を開始する。
宵闇に目が慣れてきたのと、ソレが自ら光を放っている為に、見えやすい。
黒い何かには、前後にタイヤがあった。
恐らく、それで進んでいるのだろう。
外の世界から流れ着いた本で見た事がある。
「あれは……自動二輪車か」
「なにそれ?」
いつの間にか僕の後ろにいた天子が聞いてくる。
「文字通りさ。自動で動く二輪車だよ。燃料は必要だろうけど」
恐らく幻想入りしてきたのだろう。
今なら分かる。
自動二輪車とは言え、自立できる訳ではない。
運転手が必要なんだから。
操縦者がいてこそ、自動二輪車は動く。
「運転手は聞く耳を持っているかしら?」
「期待は出来ないね」
僕と天子は苦笑する。
運転手は確かにいた。
今もこちらを確認する様に、見ている……と、思う。
思う、と不確定になってしまうのは仕方ない。
なにせ、運転手には首が無かった。
首が無ければ、当然、頭もない。
あるべきはずのモノが、その運転手には無かった。
「さて、どうする……」
あれは、恐らく幻想入りしてきた新入りだ。
外の世界で忘れられた、何か。
恐らく、新しい類の妖怪。
だが、それでも忘れられてしまった新種の妖怪。
「妖怪には対処法というものがある。百足の妖怪には唾が効くとかね」
「あいつには?」
「僕が知っているはずがないだろう。名前すら分からないのだから」
「だったら簡単ね」
天子は緋想の剣を抜いた。
「おいおい、逃げないのかい?」
「最高の暇潰しが出来たわ」
木の陰から躍り出た天子はそのまま剣を構える。
「来なさい!」
不敵に微笑むと挑発する。
首なしもそれに答える様に、駆動音を大きくさせた。
「首なし……首なし、どこかで聞いたな……」
何か思い出せそうだ。
あいつの弱点になるかもしれない。
だが、暢気に脳内引き出しを引っ張り出している場合ではなかった。
首なしが天子に向かって突っ込んでくる。
厄介なのは、光だ。
まぶしくて相手の姿を視認する事が出来ない。
僕は慌てて、別の木へと逃げる。
ちらりと確認すると、天子は避けたらしく往復してくる首なしと対峙していた。
まったく。
どうして僕が妖怪に狙われなければならないのだ。
新種の妖怪には、僕の特性も意味がないという事か?
困ったものだ。
まるで、死神だな。
天子も狙われているし……
「そうか。死神……デュラハンか!」
デュラハンとは、首なしの妖精だ。
首の無い馬に乗りやってくる『死を予言する者』と呼ばれている。
その存在に良く似ている。
馬が自動二輪車に変わったところだろうか。
本質は同じかもしれない。
だが、困った事がある。
「デュラハンには、退ける伝承がない……」
いや、あるにはある。
デュラハンの乗る馬は、水の上を渡る事が出来ない。
まるで吸血鬼みたいなその馬のお陰で、川を渡れば逃げ切れるという訳だ。
しかし、今あの首なしが乗っているのは馬ではなく自動二輪車だ。
あれが水を渡れないという保障なんてどこにもない。
「それでも試してみるしかないか……」
ここからだと、紅魔館の霧の湖か。
それとも、妖怪の山の川が近いだろうか。
何にしても、この幻想郷の端では、川がない。
そして、あの機動性から逃げるのは不可能に近い。
「天子!」
「なに!」
天子は何とか自動二輪車を止めようとしているらしい。
力自慢なのは良いが、無茶過ぎる。
「逃げるぞ、そいつの弱点は川だ!」
「嫌よ、ここで逃げたら女が廃る!」
まったく。
そういうと思ったよ。
僕は、いつも通りのため息を吐いた。
手持ちの武器は霧雨の剣のみ。
しかし、これは使いたくないなぁ。
ならば……
「ほっ!」
僕は素早く抜刀すると、近くの木の枝を斬り落とした。
この枝を車輪に突っ込んでやればいい。
強制的に制動させれば、転倒してしまうだろう。
この手の妖怪は、恐らく転べば追ってこない。
そういう風に出来ている。
と、信じたい。
「よし……」
僕は木の陰を伝いながら、天子の横に配置する。
相変わらず天人は真正面からやりあっている。
もちろん、何の成果もあがっていないけど。
「……今だ!」
僕は、走ってくる自動二輪車の横から木の枝を投げ入れた。
それは見事に、車輪を捕らえた。
と、思った。
うまくいったと思ったのだが、期待は裏切られる。
木の枝なんかを物ともせず、その枝をへし折って首なしは進んだ。
「ちょ、ちょっと!」
それが、また不運を呼んでしまったらしい。
自動二輪車に、多少は影響があった。
首なしの進む方向に。
運悪く、天子が避けた方向に。
「ぐぇっ!」
短い悲鳴の後、天子の身体が飛んだ。
自発的に飛んだのではなく、跳ね上げられた、というべきか。
近くの木に当たり、天子は崩れ落ちる。
さすがに、あの衝撃では……
「待て!」
首なしは、まだ天子を狙っていた。崩れ落ちる天子を、尚も轢こうとしている。
轢殺を狙っている気か?
「おい、こっちだ!」
僕は霧雨の剣を抜刀する。
首が無かろうが耳が無かろうが関係ない。
剣を一薙ぎする。
風きり音が鳴り、それが届いたのだろうか。
天子を向いていた自動二輪車がこちらを向いた。
「まったく、今日は最悪の一日だよ」
どうしてこうなってしまったんだろう。
仕方がない。
覚悟を決めるしかない。
駆動音が大きくなる。
これが突っ込んでくる時の合図だ。
そして、光がこちらを向く。
なるほど。
相手との距離がまるで分からない。
だが、それは真正面からばかり見ていた天子の場合だ。
僕は臆病にも逃げ回り、横から観察していた。
だから分かる。
タイミングが分かる。
「っ!」
そのタイミングにあわせて、僕はジャンプした。
飛び越えるつもりはない。
そう、相手の身体にぶつかってやればいい。
止まらないのなら、自動二輪車と身体を引き離せばいい。
「ぐっ!?」
視界がブレる程の衝撃。
同時に、霧雨の剣が何かを貫く、嫌な感触。
そして身体が宙を舞う感覚の後、僕は地面へと叩きつけられた。
これは……もう二度と、体験したくないな。
「っは……」
背中を打ったのか、息が出来ない。
本日二度目のこの痛み。
それでも喘ぐ様に息を吐く。
何とか呼吸を取り戻し、状況を確認する。
自分がどこにいて、どっちを向いていて、どうなったのか。
駆動音はまだ聞こえる。
失敗したのか?
それとも、ただの残滓なのか?
目を開ける。
光が目に入った。
まだ、動いているらしい。
「霖之助っ!」
天子の声。
と、同時に駆動音が大きくなり、僕へと近づいてくるのが分かった。
衝撃。
二度の衝撃。
胸の当たりに、今まで感じた事のない痛みが広がる。
痛み?
それだったら我慢できた。
だが、これは痛みじゃなくて、苦しみだ。
あのタイヤに踏まれたらしい。
僕の身体はどうなったんだ?
とにかく、息が出来ない。
いっその事、気を失ってしまえたら良かった。
なんて思う。
それでも、まだ意識がある。
まだ考える事が出来る。
「――」
右目だけを開いた。
息は出来ないけれど、状況は確認できる。
天子が走り寄ってきた。
どうやら、ダメージから回復したらしい。
頼もしいな。
さすがは天人。
死神を追い返して生きながらえているだけはある。
だが、この新種の死神には対抗できないかもしれないな。
「霖之助、生きてる!?」
天子は僕を抱き起こす。
激痛が走るので止めて欲しい。
しかし、僕はようやく呼吸が出来るようになったところで、それを伝える術がない。
また駆動音が大きくなった。
いよいよもって、ダメかもしれない。
僕がいては。
僕を庇ったままでは、天子は避けられない。
その場合、二人一緒に跳ね飛ばされるだろう。
だから。
天子が僕を見捨てて、逃げればいい。
僕は跳ね飛ばされるけど。
それでも、一人が助かるのならば、そちらを選ぶべきだ。
誰でも思いつく、チルノだって思いつく、単純な事。
という訳で、僕はもうダメだ。
万策尽きた。
という程、策を使った覚えもない。
開いた右目だけで確認する。
「……」
霧雨の剣は、首なしにしっかりと刺さっていた。
どうやら、僕の身体能力も捨てたもんじゃないらしい。
問題は首なしが規格外だった事か。
想定の範囲外。
そもそも、想定してしまった時点で、僕の策が間違っていた訳だ。
反省をしよう。
次からは、想定の範囲外を想定する様に。
あぁ。
なにを言っているんだ、僕は。
次なんか、無いのかもしれないのに。
「うわ、どうしよう、来るよ、来ちゃうよ!?」
天子がうろたえる。
光がこちらを向いて、駆動音が大きくなった。
これで最後かもしれない。
なんという事だ。
走馬灯すら、僕は見る事が出来ないのか。
そんなにも過去の記憶が役に立たないというのだろうか。
ちくしょう。
音が一際大きくなった。
「うわぁ! どうしよう!」
天子は、僕を置いていく気がない様だ。
なんだかんだ言って、部下思いの良い親分なのかもしれない。
まぁ、そんな事はどうだっていいか。
今やらないといけないのは、覚悟を決める事だ。
もちろん、死んでしまう覚悟。
どうせなら、それを見ていたいものだし……見ていようか。
僕は目を閉じる事なく、光を見ていた。
いよいよ、首なしが動き出す。
響く駆動音。
近づいてくる音に、天子は目を閉じ、覚悟を決めたらしい。
僕は。
僕は見ていた。
「――――!」
そう、空間に一筋の裂け目が出来るのを。
悪趣味にも、その両端が可愛らしいリボンで結ばれる。
醜悪な能力に、冗談みたいな装飾をつける胡散臭さ。
そして、そこから飛び出す一人の少女。
紅と白の衣装に身を包んだ、華奢な身体。
いつも。
いつも僕の家で、香霖堂で、勝手にお茶を飲む少女。
服がほつれたと言って、お金も払わないで僕に修繕させる少女。
暢気に日々を過ごす、そんな博麗の巫女。
「神技『八方鬼縛陣』!」
宣言と共に、大地に御札を叩きつける。
同時に、僕らを取りか囲む様に、霊力の本流が上空へと立ち上った。
その霊力の壁に防がれ、首なしの自動二輪車はこちらへ近づけない。
タイヤだけが空回りをし、駆動音だけが唸りをあげている。
「『夢想天生』」
陣の中で、霊夢は静かに宣言する。
スペルカードが展開され、霊夢の周りを幾つもの陰陽玉が取り囲んだ。
これが、博麗の巫女か。
これが、人間の力、ということか。
これが、幻想郷を守る者か。
これが、博麗霊夢なのか。
陰陽玉が廻り続ける中で、霊夢は陣から出て行く。
右手に持つお払い棒を振り上げ、自動二輪車の向きを逸らせた。
首なしは陣の横を通り過ぎていくが、反転する。
だけど。
だけど、もう、
「遅い!」
霊夢の声が響く。
遅い。
そう、もう遅い。
霊夢の夢想天生が発動する。
全方位に、無差別に、弾幕を展開する、どう考えても、愛なんかあるはずがない弾幕。
陣が無ければ、僕達も巻き込まれただろう。
そんな凶悪なスペルカードが発動する。
凶悪?
とんでもない。
僕の目には、小さな少女がうつっているだけだ。
だけど、なんだろう。
この圧倒的な存在感。
まるで、神様だな。
「ははは……」
なんて馬鹿みたいな事を思いながら、僕は笑った。
もう、無茶苦茶に巻き散らかされている弾で何も見えやしない。
それでも、そこにいるのが分かる。
博麗霊夢。
そういう事か。
彼女がこの幻想郷にいる意味が、ようやく分かった気がする。
~☆~
それから。
ようやく香霖堂へ戻ってこれた僕は、大きく息を吐いたのは言うまでもない。
肉体のダメージは程なくして治った。
僕の半分は妖怪だ。
そのお陰で、これまでは妖怪から狙われなかった。
だけど、新種の妖怪にはこれまでの常識なんて通じないのかもしれない。
いや、結界を通ったばかりの妖怪だったから、なのかもしれない。
後に八雲紫に聞いた事なのだが。
あれは、『首なしライダー』と呼ばれる怪異だそうだ。
僕の予想通り、デュラハンとの伝承が混じった存在みたいで、外の世界から早くも忘れられた中途半端な妖怪らしい。
その為、『死神』という部分が色濃く出てしまった。
幻想入りした途端に、出会った天人のせいかもしれないし、そうでないのかもしれない。
霊夢が存在事態を抹殺してしまったので、もう調べる事は出来ない。
「ふむ……」
あの時、霊夢が助けに来てくれたのは、偶然じゃない。
その前に、橙と僕達が勝負していたからだ。
橙との勝負に負けた後だからこそ、橙が八雲紫と藍に僕達の話をしたらしい。
もし、僕達が橙に勝っていたら?
勝負に勝っていた事で、強引に天子が橙を連れ出していたら?
それを想像すると、どうなっていたのか分からない。
いや、やはり偶然だったのだろうか。
気まぐれに、橙が僕達の話をしたからこそ、あの近辺に僕達がいた事を八雲紫が知っていてくれた訳だ。
そして、霊夢を派遣してくれた。
偶然といえば偶然だ。
まぁ、こればっかりは考えたって仕方がない。
「分からない事は考えないに限る」
天子はというと、あれから相変わらずの退屈な毎日を過ごしているのだそうな。
香霖堂には来ておらず、変わりに魔理沙から聞いた。
ついでに紅魔館のゾンビパニックも収まったらしい。
僕といても退屈だろうし、今頃はレミリアと遊んでいるのかもしれない。
「さて……」
ようやく霧雨の剣から陰の気が消えた。
今回の事件の発端だっただけに、この陰の気が原因だったのかもしれないな。
霧雨の剣。
天叢雲剣。
天下を取る程度の剣。
それ以上の、覇王となる資格を有する剣。
もしかしたら、こいつが与えた試練なのだろうか。
僕が、所有者として相応しくない為の、反逆行為なのだろうか。
「……いや、そんな事はないだろう」
僕は霧雨の剣を持ち上げる。
そう。
こいつはただの剣だ。
僕の目が、それ以上の情報を読み取らない。
「大人しくしておいてくれ。僕はまだ死にたくない」
それでも、僕は声をかけた。
もしかしたら、とても愚かな行為なのかもしれない。
だけど、まぁ、仕方がない。
死にそうになるのは、二度とゴメンだ。
僕は、苦笑しつつ、ため息を零しつつ、霧雨の剣を倉庫にしまうのだった。
おしまい。
絶対零度も滅茶苦茶な理論がある意味幻想郷、霖之助らしくていいと思います。
面白かったです、ありがとうございました。
てかカタカナキャラも少ないよね。
スクロールバーを見て長いな、と思った。
けれどこーりんの語りにぐいぐいと引き込まれて気がついたらここまで読んでいた。
天子もこーりんも好きなのでとても楽しめました。面白かったです。
こういう感じの天子、大好きです。気が向いたらまた天子書いて下さい。
活発な天子と落ち着いた霖之助の組み合わせはいいですね。
別キャラでやった方がよかったんじゃないの?東方小説として読むには少々残念な内容だった
ところでバイオハザードはどうなったのやら?