「クリスマスか? 毎年アリスとやってるぜ。今年もそうだな」
「クリスマス? 今年もお嬢様が大はしゃぎで、飾り付けに準備に、大変でしたわ」
「ああ……幽々子様が珍しいものを食べたがるので、大変でした。はぁ」
「姫様が珍しがって、宴をしましたよ?ええ、今年も。今風に言うならパーティですか」
「あれ? 霊夢さんには言ってませんでしたっけ?神社でちょっとしたイベントをしました。霊夢さんはそういうの、しないんですか?」
ふうん、そう、そうなんだ。
私が驚いたのは、皆、何かしらしているということだった。
勿論、クリスマスってイベントを知らなかったってことじゃない。去年くらいには魔理沙とアリスの所にお邪魔させてもらったし、里じゃそういうイベントが流行ってるのも知っている。何より、何かしらあれば騒ぎ立てるのが幻想郷の礼儀だし。
でも、この時期に何かをする、という発想が私の中になかったのは、一重に紫が眠っていることに他ならない。クリスマスは大切な人と過ごすイベント。皆そうやって過ごしてるけど、私は一人だ。紫が恋人だと思ったことはない。家族という訳でもないし、どういう間柄なのか、不透明だけど、一番大切な人は紫だ。紫がいない時、家族もいないし、誰と過ごすのかと言われた時、他に思い当たる人もいない。だから、霊夢のクリスマスは数度の例外を除いて、一人だった。
それが寂しいとかは思わない。それが普通だったから。
紫と一緒に過ごせないのは、最早仕方のないことだし。私とは関係のないことだと思えばいつもと変わらない日常でしかない。とは言っても。
(クリスマスなんてなくなっちゃえばいいのにな)
無関心さで清廉を気取ってみても、心まで清廉ではいられない。
「そうね、それもいいわね。弾幕勝負を仕掛けて回ったら、そのうち騒ぎになってクリスマスどころじゃなくなるかも。むしろ、そういうイベントにしちゃえばいいのよね」
私の発想はやがて巫女による最初の異変となって、幻想郷を揺るがす事態になったかもしれないけど、魔理沙が現れたことで無かったことになった。
「邪魔するぜ」
「お邪魔されたわ。何をしに来たの、魔理沙」
「暖を取りにだよ。ちょいと外出してたんだが、まだ用があってさ。戻るのも億劫でな」
うう寒、と呟いて魔理沙が炬燵に足を突っ込んでくる。そう広くもない炬燵布団の下で、足が触れて互いに場所を譲り合った。
「ねえ魔理沙。クリスマスのことなんだけど」
「ああ。昨日も言ってたな。もう終わったけど、どうしたんだ? 霊夢は今年はしなかったのか?」
「うーん、今年もというか。……ねえ、魔理沙はもし、一緒に過ごしたい人とどうしても一緒に過ごせないなら、どうするの?」
んー、そうだな、と魔理沙が呟く。
「どうしても過ごせないなら、か。私はどうするかなぁ。別の日にするか。……プレゼントを渡す、くらいかな。どのみちクリスマスったって、一年の内の一日に過ぎない訳だし」
プレゼントかぁ、と思う。私が何かあげて、紫は喜んでくれるだろうか。
「魔理沙、それ」
「あぁ、マフラーだぜ。暖かいぜ」
作ってみるのも悪くない。何となくだけど、そう思った。
魔理沙が朝だというのに遠慮無く、扉を開けてくる気配がする。毛糸にまみれたまま、私は薄目だけ開けた。
「邪魔するぜ……うわ、何だこれ」
「大袈裟よ」
驚くほどじゃないだろう、と思ったけど、最初は炬燵の上だけだったはずの毛糸の山は、気付けば床にまで溢れている。集中してたから気付かなかった。
思えば、作ったこともないのに上手くできるなんて甘かったのだ。お陰で毛糸は買い足す羽目になったし、努力も苦手なのにしちゃったし、徹夜までしちゃった。
「大袈裟、ってお前……」
「大袈裟よ」
正直私もびっくりしたけど言い張った。
「お前、過ごしたい相手ってもしかして幻想郷中の皆か? だとするととんだ博愛主義者だ、尊敬するぜ」
「まさか。……初めて作ったものだから、どうしてもうまくいかなくて。そこにあるのは全部、練習よ」
全部、全部か? 魔理沙がそう言いながら一つを取り上げる。
「……こんなにうまく出来上がってるのに、何が失敗なんだ?」
本当に形のないのは処分しちゃったから、まぁ最低限の形はある。でも。
「うん、出来上がり見たらちょっと揃ってないかなって」
「勿体ない。私が欲しいくらいだぜ」
「良いわよ、持って行って。ああ、そうだわ。それ、欲しい人がいたら配っておいてよ。いつも来る連中なんかよりも、里の人の方がいいわ。皆に配れる訳じゃないから、申し訳ないけど」
ああいいぜ、と魔理沙が一つ返事に承諾してくれる。助かるわ、と言いながら、抱き締めて眠ってた一つを持ち上げる。夜中作った中で、一番の仕上がりだと思える。赤と白、それから紫色の、三色のマフラー。ちょっと趣味が悪い色合いだな、と思うけど、こっそりとつけてくれ、と言うことにしよう。
「それがプレゼントか?」
「ええ。じゃ、ちょっと行ってくるわ」
マフラーを取り上げて立ち上がる。くぁ、と一つ欠伸をして、気怠い身体を動かした。
紫は喜んでくれるだろうか、とかそんなことを考えながら。
紫のいる迷い家に、ちょっと迷い込んでみる。八雲藍が炬燵に座って、立派な尻尾を揺らして読書をしている。いつも思うけど、座る時邪魔にならないんだろうか? むしろ座布団代わりになったりして心地よいんだろうか。
「お邪魔するわよ。紫はいる?」
「おや、こんにちわ。こんな朝早くに起きてるなんて、珍しいですね」
「……何それ。馬鹿にしてるの?」
「いいえ、紫様があの子は朝が弱くて困る、って言ってたので。それで、紫様に何の御用です?まだ、お休みになったままですけど」
藍が立ち上がって私を見る。手元に抱いたマフラーを見た気配がしたので、軽く示して見せる。
「クリスマスプレゼント。……なんとなくだけど」
「ああ、それは。紫様も喜びますよ。直接渡します? まぁ、寝ていますけど」
「直接渡すわ。あんたは何かやった? クリスマス」
「ええ。橙が森の友達とパーティをして帰ってから、橙がしてくれましたよ。クリスマスパーティ」
ふうん、羨ましいわね、とは言わなかった。藍に言ってどうにかなるものじゃないし。紫に伝わって気を遣わせるのも嫌だし。
紫が布団の中で大人しく寝ていた。普段とは全然違う、まるで子供みたいな姿。無防備な姿とはこんなに幼く見えるものか。深く息を吸って吐く度に、胸元が静かに浮き上がって沈む。その静謐な動作の他は、時が止まったかのように穏やかで、どこか死を匂わせた。
「冬眠の間は、力を休めておられるのです。息が深くなるのもその為です。最低限を残して、生命活動を停止しているのです」
本当に死んでいるようだ、と私は思って。それから、私は……できることならば、紫の隣、眠ったまま寄り添って……そのまま永遠を過ごしてしまいたい、と思った。それができるならば。でも、紫は起きる。紫は起きて、私の所に来てくれる。それは信じているというよりも、自然のこと、天体の運行のように決められたことなのだ。
そっと紫の顔の横に膝をつき、少しだけ布団を持ち上げる。その胸元にマフラーを置いたその時、ゆっくりと右手が持ち上がって、私の頬に触れた。薄目を開け、優しく微笑んだ。
「紫」
紫が言葉を返すはずもない。そのまま髪を撫で、ぱたりと手が落ちた。ちょっとだけ優しくしてくれたのが嬉しかった。それ以上は望まない。私は布団を下ろし、紫の姿は元に戻った。
「……ばいばい、紫。また春に会いましょう」
メリークリスマス。もう過ぎちゃったけど。
立ち上がって振り返ると、藍が不思議そうに首を捻っていた。どうして動いたのか分からない、と呟く藍を放っておいて、私は神社に帰った。
正直に言って、私と紫のクリスマスがあんな形で終わったからと言って、日々が何か変わる訳でもない。私の自己満足みたいなものだし、春になって紫が受け取ってくれるまで、それは自己満足のままだ。変わったことと言えば里にマフラーをつけた人がちょっと増えたことくらい。
まだ風は冷たい。春はまだまだ来ない。正月やらバレンタインやら、雪が降ったりするのを通り過ぎて春になった時、人々はマフラーを外して、その代わりにマフラーをつけた紫が訪れてくれるだろう。
私はただ、紫が目覚めるのを待っている。
「紫」
「ふぁ。お早う、霊夢。私がいない間、大丈夫だった?」
「紫」
「ああ、そうそう。マフラーありがとね。起きたとき、あなたの香りがして。……嬉しかったわ。あなたの香り、今もしてる」
「……紫」
「……どうしたの。いきなり抱きついてきたりして」
「……人間マフラー」
「あらあら。外したくなくなっちゃうわよ? 一生外さないかも」
「外さないでいい」
「外さないで」
霊夢が可愛いです。最後の「外さないで」がいいアクセントになってる気がします。
>一緒に過ごせない人とどうしても一緒に過ごせないなら、
「一緒に過ごしたい人と」どうしても一緒にすごせないなら、でしょうか?
ありがとうございました。
幸せなゆかれいむで良かった
その一言で霊夢が猫の様に甘えてるのを想像して萌えた
にゃんにゃーん
全体を見れば不意打ち変化球だけど、その実飾り気のないどストレートで突き刺してくる。
たまらん。いい。これは、いいものだ!
うまい言い方を考えるのも煩わしいくらいに良かったってことで!
冬の景観にマッチした素敵なゆかれいむでした、ありがとうございました。