~ヤンシャオグイ~
流産した胎児、殺害した赤ん坊、埋葬された子供の遺骨などを利用して、子供や小鬼の霊を使役する邪悪な禁術。
使役する主に富と名声を与えるといわれており、その素材は後のものになればなるほど強力な霊となる。
ヤンシャオグイは生まれ変わってもう一度母親の胎内に宿りたいという願いを持つと言われている。
霍青娥のスペルカードの一つでもあり、使役されたヤンシャオグイ達はスペルカードボムの発動中すらも消えることなく常に少女達を追い続ける。
ちなみに一般的にはヤンシャオグイは三年ほどで成仏させなければならない。
何故ならば時の経過と共にヤンシャオグイは悪霊化し始めてしまうからだ。
「私のヤンシャオグイ達? そうねぇ、大体千年以上は使役してるかしら? それを聞いてどうするの?」
「ヤンシャオグイ共を成仏させろ、今すぐだ」
大祀廟にある青娥の部屋。
そこで眉を顰めた屠自古が青娥に言い放った。
屠自古はどうやら何か相当腹に据えかねる事があった様子で、こめかみを抑えながら舌打ちをする彼女はは今にも雷が落ちそうな印象を与える。
「あらあら、ヤンシャオグイ達と何かあったの?」
「アンタの使役しているヤンシャオグイ共いるだろ、あいつらときたら息をするようにセクハラ発言するわ居間のテレビで卑猥なゲームをやるわ挙句の果てに人の下着を盗んでコレクションするわ……」
いい年こいて首を傾げてかわいこぶりながらきょとんとする青娥に向かって、屠自古は被告人ことヤンシャオグイ達を突き出した。
馴れ馴れしい、うざったい、五月蝿いをモットーに活動するのはヤンシャオグイABC。
黒い球体のような形の霊三匹は、そんな怒髪天を衝く屠自古のことなど知らん顔でふよふよと浮かんでおり暢気そのものであった。
≪ねー、トジちゃんっておっぱいおっきいよねー。何を食べたらあんなにおっきくなるんだろーねー?≫
≪それはアレだよヤンシャオグイB、人魚がおっぱいでかい子ばかりなのと同じ理屈だよー≫
≪え~と……あ、なるほどー! そういうことかー! 下がアレだから上の方でアピールしないとだめなんだねー。ヤンシャオグイCってばさっすがー≫
屠自古は青筋を浮かべながらにっこり笑って、ヤンシャオグイ達に雷を落とす。
最近ではもっぱら悲鳴のオルゴールと化している節があるヤンシャオグイ達だが、反省の色は無色透明だ。
いくらヤンシャオグイという存在が母親の体内への回帰願望を持つ傾向があるものだとしても、流石に他のヤンシャオグイ達はこの三匹程ではないはずだと屠自古は思う。
「――とまぁ、こんな感じでこいつら明らかに悪霊化してるよな。元が幼子の霊とはいえ私は許さねーぞいやマジで」
「あ~、まぁたしかにちょっとぐらい悪霊化はしてるかもね。でも肉だって多少腐った方が美味しいし、ヤンシャオグイだって多少悪霊化していた方が役に立つわよきっと」
≪何? 羊水が腐ったって?≫
「ほれ見ろ悪霊化っぷりが多少どころじゃねーだろ!? 超迷惑だよこいつら!? ワインだったら古いほどいいけどヤンシャオグイは古いと百害あって一利無しだよ! こいつ等のセクハラを布都と太子様に聞かせないように私がどれだけ心労を重ねてるかわかってるのか!」
ガミガミガミ。
屠自古は口角泡を飛ばしながら激昂していたが、対する青娥はふーんと頷き知らん顔。
「そもそも霊になっても現世にいつまでも残り続けるなんて未練がましいんだよ」
≪≪≪アンタにだけは言われたくねーっす≫≫≫
ぶーぶーとヤンシャオグイ達の亡霊屠自古に対する大ブーイング。
けれど屠自古には蛙の面に小便とばかりに効いていない様子だ。
「いいか? お前等は布都や太子様に悪影響なんだよ。そもそもお前達ときたら働くのはスペルカードで女の尻を追い掛け回す時ばかりしかやる気出さないしな」
≪違うよ! お尻なんてそんな趣味は無いよ!≫
≪そうだよ! アタシらヤンシャオグイ! もう一度母ちゃんのお腹に戻りたい気持ちはあるけどお腹とは言っても胃の方じゃないよ!≫
≪訂正を要求する! ハリーハリー!≫
どうやら何をどういっても駄目な方である。
屠自古はヤンシャオグイABCを養豚場の豚を見るような目で見つめる。
「……一つ聞こう、その答え次第で私がお前達を裁く」
≪≪≪よしきた、こいやぁ!!!≫≫≫
「では、お前達は随分と女体に執着している様子だがそこで質問だ。お前達にとって女性とは?」
≪苗床!≫
≪肉畑!≫
≪子供を産む機械!≫
「よしわかった、お前等くたばれ」
ぎゃー。
ジョウロの中に入れたポーションをヤンシャオグイ達に撒くとどうでしょう、何とも心地良い断末魔のコーラスが聞こえてくるじゃありませんか。
≪≪≪待て待て待てアンデッドに回復薬はキツイってか死ぬってか硫酸浴びてるような感じっていうかお願い勘弁してすいませ――≫≫≫
「あぁいけないいけない、やりすぎてしまった。ヤンシャオグイ達と言ったら酷くダメージを負ってるじゃないか。どれ、回復してやろう」
それはまるでルビカンテ様のように。
屠自古はヤンシャオグイ達の傷を癒そうと駆け寄ってくる。
「ヤンシャオグイ死ぬな、ケアルガ!」
≪死ぬよ!? 普通に死ぬよ!? わかってると思うけどアンデッドには猛毒なんだよそれ!? 何心にもない事言ってるのさ!≫
「お願い、レイズ!!」
≪それウチ等には即死魔法だから!? カクセ……ニャンニャン助けてへるぷみー!≫
「目をさませ! フェニックスのお! エリクサー!!」
≪永久の眠りに付くわ!? ガラフさんで例えるなら死に掛けの時に斬鉄剣とデションとバニシュデス連続で食らってるようなもんだから! 死体殴りにも程があっから! エクスデスだってドン引きするよ!≫
狸の火傷にからしを塗ったかちかち山の兎の如く、追い討ちをかける屠自古であったとさ。
そんなヤンシャオグイ達と屠自古のやりとりを、青娥は袖口を口元に当ててくすくすと笑いながら愉快そうに見ていた。
◆
現代より千年以上昔――。
外の世界、倭の国の何処かの寂れた村。
神子達が眠りに付いてからというもの、この国に来た本来の目的であった仙人としての力を披露する旅に出ていた青娥。
途中で芳香という可愛らしい少女をキョンシーとして蘇らせた後、神子達が復活するまで時を潰す中。
その最中で立ち寄ったこの村、そこで聞いたのはわりとよくある話だった。
飢饉ゆえに口減らしされた子供達の霊、それが悪霊と化して夜な夜な村人を襲うらしい。
その話を聞いたのが自己顕示欲のめっぽう強い青娥、これこそ自分の力を見せ付けるチャンスだと意気込んできたというわけである。
二人が村長を初めとする村人数人を引き連れやってきたのは村外れにある粗末なの墓の前。
抱えるほどの大きさの石が三つ置かれており、その真上では墓石の数と呼応するように青白い人魂が三つ、ふよふよと浮いていた。
どうやら三つ子の霊だったらしい。
口減らしにされた慰めか椀一杯の麦飯が置かれている。
村人達のせめてものお供えで、これで勘弁して欲しいという気持ちの現れであろう。
もっとも、まるで効果が無い様子だが。
「もしもーし、貴方達~聞こえてる~、人に害をなす悪霊共~、大人しく出てきて退治されなさ~い」
霊達から返事は無い。
代わりに周囲の木々がざわめき、次から次へとなぎ倒されていく。
その正体は飛び交う霊魂から発せられる衝撃波。
それに恐れおおのいた村長を初めとする村人達は悲鳴を上げ、青娥を置いて一目散に逃げ出す。
薄情だと思われるかもしれないが、民衆というものは救いの主に頼りきる弱者であることが許された存在なのでそれを咎めるのは酷というものだ。
「あ~、駄目だこりゃ。観客がいない場所でお披露目したって何も意味無いじゃないのよー! ん~もうっ、やる気なくなるわー……はぁ……」
取り敢えず芳香を矢面に立たせて弾除けの盾とし、何のためらいもなくその後ろに隠れる青娥。
観客の存在しないところで行なう演劇に何の意味があるのだろうと、彼女は早速やる気をなくしてぼやき始める。
「せっかくのチャンスだったのにな~……。この霊達も私だったらあっさり退治で来ちゃいそうだし……う~……でもこれだけ活きのいい霊達をただ退治するだけってのも勿体ないわね~…………。もうちょっと待ってて、何かいい手が無いか思いつくから。ん~……」
「お~い青娥、衛生兵はまだか? 衛生兵はまだか? ガリガリ削られてるぞ~」
「残念だが援軍はないぞ芳香隊員、そのまま耐えてくれ」
「本部の罠だ~」
芳香がガリガリと削られている間にもこめかみに人差し指を当てながら頭を悩ませる青娥。
暢気極まりなかったが彼女からすれば重要な悩みだ。
「――――そうだ! いいこと思いついたわ! ねぇ芳香、ちょっとだけ身体貸してもらってもいい?」
「わかったー。あんまり粗末に扱わないでね」
「うふふ勿論よ、芳香ったらいい子いい子」
「えへ~♪」
なでなでと、芳香の頭を優しく撫でる青娥。
先ほどまで彼女を盾にしていた者とは思えないほどその微笑みは慈愛に満ちていた。
「それにもし壊れたところがあったら丁寧に直してあげるから大丈夫よ」
「約束だぞ、むしろ壊れる前よりも凄い機能をつけてもらう事を希望する」
「おっけー任せて。それじゃあいくわね~」
日本で言うところのシャーマンの如く、青娥は芳香を媒介に子供の霊達を降ろす。
多少の抵抗こそあったものの、仙人となる修行は真面目にこなしてきた青娥。
何だかんだでその実力は本物で、すんなりと降霊術は成功する。
「よっしゃー! どんなもんよー!」
「あ……う……」
どうやら三人同時に一つの体に降ろしてしまったせいか、今の芳香の身体はその制御権が滅茶苦茶になっているようだ。
更に生憎キョンシーの身体はその扱いに慣れないと上手く動かせない。
芳香に降ろされた霊達はその口を動かすことすら叶わない様子。
青娥はすぐさまそれを横に寝かせ、膝枕をして覗き込む。
「ほ~らよちよち~。ねんねんころりよ~おぉころりよ~♪ 坊や達こんにちは~♪」
「………………」
「あらら~……どうやら照れてるようね~。まぁ仙人なんて初めて見るようだし緊張してるのかしら? どうかしら? 膝枕とかってされたことある? お母さんにされたことある?」
この女の人は何をしているのだろう。子供霊達がまず感じたのは疑問だった。
生まれて間も無く両親と離れた子供達は、その行為の意味が理解できないでいた。
だがそれを伝える術はなく、伝えたからといって青娥のこれからの行動が変わるわけでもなかった。
「ねぇねぇ貴方達、単刀直入に聞きたいんだけど、私に使役される気は無い? あ、子供の霊だから使役って言葉の意味わかんないか。ん~、じゃあ私のお供にならない? お供の意味わかる?」
目の前の女の人こと青娥は勝手に話を進めてくる。
身寄りが無いが故に構ってもらえず、昔話のお供の意味すらわからない子供達は更に更に混乱する。
「でねでね、ヤンシャオグイってわかる? 主に富と名声を与える霊よ。貴方達、それになる気は無い? ヤンシャオグイにも種類があって、低俗な術師は妊婦を術で流産させたり子供を事故死させたりするらしいんだけど、それで出来たヤンシャオグイって力が弱いらしいのよ。やーねぇ、これだから向上心の無い人は困るわ。やっぱり養殖よりも天然物よね」
それはすなわち強い霊が作れないからそのようなことは行なわないというだけで、強い霊が作れるのなら彼女は他人から非難されるような行いも躊躇しないということであろう。
だがそんな話、子供の霊達には理解できない様子。
ぐるぐると、霊達の頭の中でうずがまわるかのよう。
天然物こと、今この場にいる霊達はわけがわからなくなってきた。
「でも貴方達みたいな墓で埋葬されている子供霊は、ヤンシャオグイの材料になれる中で一番強い力を持ってるのよ。ましてや悪霊化寸前だから尚更だわ! 私もどうせだったら強いヤンシャオグイの方が欲しいしね。だから私についてくれば凄い霊になれるわ! 世の中って楽しいわよ。強くなって凄くなればなるだけ楽しくなるの――ってあら、不服そうね」
強い。
霊達はそんなもの興味なかった。
誰かの役に立つとか強いとか、形の見えないものなんてどうでもよかった。
口減らしされた子供の霊達。
それらが望むものは強さなどではない。
ただ辛かった、苦しかった、恨めしかった、常に凍えているかのように――寒かった。
だから欲しかったものは、温かさ。
動いている間は、暴れている間は少しだけ身体が温まる気がしていた。
だから鮪の如く動いて動いて動き続けていた。
動きが止まったときには凍えてしまう。それは辛い。
だから何も出来ないこの状況がとても恐ろしく、悪霊達は芳香の身体を無理矢理動かそうとして、彼女の体がギシギシと軋む音を立てる。
けれど青娥ときたらそんな悪霊達の思惑など知る良しも無いしそもそも興味が無かった。
彼女は一方的かつ独断的に、自分の都合の良いように状況を進めんと頭を悩ませる。
「ん~……どうしよ~…………そうだ、だったら私に仕えたら、貴方達も沢山可愛がってあげる」
そう言うや否や、青娥は子供霊達の降ろされた芳香をぎゅっと抱きしめる。
いつも芳香に対してしているそれだが、今このときはそれを感じている相手が違う。
突然の想定外の事態に、悪霊達は芳香の身体を操ろうとすることすら忘れ、戸惑う。
その様子を見た青娥は脈ありと判断し、矢継ぎ早に話を進めていく。
「さぁさぁ、私と一緒に仙人の頂点を目指しましょうよ! 世の中は楽しく生きたもの勝ちよ!」
彼女は子供霊達の答えは聞いていなかった。
もはやこれは強引な勧誘ですら非ず。
青娥からしてみればすでに答えは決まっていて、仮に子供霊達が拒否したところでそれに聞く耳を持つことすらなかったであろう。
通常ならば哺乳類の、特に人の子供というものはその無力さ故に成長の際には親に無条件で庇護されるべきであり、それが人の仁というものだ。
けれど青娥は条件付きでの愛情を子供霊達に提示する。
労働に見合った対価を要求する。愛情には行動で答え、行動には愛情で答える。
無力で無知な子供に対して。
青娥はそれが倫理的に明らかに問題があることに対して無自覚だった。
母の愛に餓えた子供達に愛を楯にするとは、客観的に見てみれば人から褒めらようもない所業なのかもしれない。
「あの……その…………」
「あっ、初めて口を開いてくれたわね~。ん~、可愛い声――って、芳香の口で出してる声だから当たり前か。でもま~、私にはわかるわ、心の耳でわかるっ、貴方達可愛い声してるわうん多分!」
彼女は一瞬たりとも躊躇はしなかった。
二度目の抱擁は、先ほどよりも更に強く、更に温かい。
だが子供達にしてみればその温もりはあまりにも懐かしくて温かく、まるで凍った心が解けるかの様。
子供達は不思議なことに目の前が滲んでまでくる。
解けた氷が目から流れ落ちていくかの如く。
いきなり目が見えなくなったというのに、なのに不安を感じることが無かった。
その代わり沸いてくるのは安心感。
条件付の安心感。
それを持てずにいたマイナスの中から初めて得た、温もりだった。
「あの、ね……ウチら……一緒にいても……いいの?」
「もっちろ~ん♪」
その一方で村人に危害を加える悪霊達を退治するわけではなく、現世を彷徨う幼き霊達の未練を晴らして成仏させるわけではなく、哀れな子供霊達を我欲の為に式神とする青娥。
そんな行動をとる彼女は邪仙と呼ばれることとなるのも、無理のない事なのかもしれない。
「そうだ、名乗ってなかったけど私の名前は霍青娥っていうのよ、それで今貴方達が取り付いているのが宮古芳香っていうの、よろしくね。そっちもこういう時はよろしくっていうのよ。よろしくよ、よろしく~」
「…………よろし……く…………」
「はいよく出来ました♪ ちなみに私、青娥娘々とも名乗ってるから、とりあえずニャンニャンって呼んでね♪ ニャンニャンよ♪ ニャンニャン♪」
哀れな幼子の霊相手にこの所業、あまりにも惨すぎるそれは悪逆非道鬼畜外道悪鬼羅刹のあらゆる表現すら生温かった。
この女狐は今このときより完全に天より見放され邪仙に堕ちた。
◆
再び現代――。
「青娥殿の奴ってばヤンシャオグイ達がやられている隙に壁を抜けて逃げやがった!?」
すたこらさっさのよいこらしょ。
屠自古が青娥に対して保護者としての監督不届きを叱ろうと思ったら、どうやら彼女はなんの躊躇いもなく逃げたようである。
足元に転がるのは屠自古によって虐げられたヤンシャオグイ達。
流石の屠自古もこれにはほんの少し同情した。
「あ~……まぁ、うん、やりすぎたようだ、すまん。お前達大丈夫か?」
≪大丈夫っす……慣れてるから……≫
「そうか……」
何やら達観しているというか絶望しているというか、幼子の霊とは思えないほど枯れた声を出すヤンシャオグイ達。
屠自古も少し付き合っただけでも彼女の自由奔放っぷりに振り回された1400年前の過去と、再び振り回されるようになった最近の事を思い返す
そしてヤンシャオグイ達はそんな自分よりも遥かに長い期間を彼女と共に過ごしたのだ。
その気苦労は想像を絶することであろう。
「そういればお前達の方からしたら青娥殿に使役されてて大変に思ったこととか無いのか――ってうおっ!? どうしたお前達そんなにへこんで!?」
ヤンシャオグイ達はその姿故に表情こそ無いものの、どんよりと空気が暗く重くなったためか屠自古はその心境を簡単に察することが出来た。
≪聞かねーでくれ……いやまじでその事は聞かねーでくれ……ちくしょうめぇカクセイガーのやつ……≫
≪今考えるとマジで早まったなって思うわホント、例えるなら年棒200万で50年契約したプロスポーツ選手の心境だよ……≫
≪私と契約してヤンシャオグイになってよ! みたいな感じだと言えばわかってもらえっと思う……≫
「……おぉう……詰んでるなそれ」
フッと哀愁を漂わせながら笑うヤンシャオグイ達を見ていると、流石の屠自古も哀れに思った。
どうやらこの三匹も相当振り回されたようであった。
この式神あってあの主人あり、部下が苦労するのはどこも同じようである。
≪だから最近だと気が付いたら新聞の求人広告見ちゃってる時があるんだよね……≫
「そいつは……まぁ大変だな…………」
≪幻想入りした厨二能力者を抹殺するお仕事なんていいかもって思ってるんだ、笑顔の絶えない素敵な職場だっていうし≫
「それ超ブラックだって有名だ、離職率=死亡率って聞いた」
≪抱き枕の仕事があった時には即応募したね。妖精限定のお仕事だから駄目って断られたけどさ≫
「朝刊でそいつ捕まったって書いてたぞ」
楽で稼げる仕事が簡単に見つかれば苦労しない。
世の中の世知辛さを、その場にいた皆が改めて感じる。
「そこまで思い詰めるんだったらさっさと成仏すりゃいいのに……お前等よっぽど合法的に女の尻を追っかけまわしたいのか……」
悪霊の考えることは理解出来んと、屠自古は呟く。
「何か萎えた事だし今日はもう許すわ……。まぁ、その、なんだ、頑張れ。成仏したくなったら介錯してやっから」
屠自古はヤンシャオグイ達に背を向けて部屋の入り口の前まで飛んでいくと、背中越しにヤンシャオグイ達に話しかけ、その場を後にしようとする。
≪≪≪あ、トジちゃんちょっと待って≫≫≫
「何だよ?」
自分がもう怒らないと言っているのに、また何かいらんことを言おうとしているのではないだろうかと屠自古は訝しむ。
流石に何度も怒るのは可哀想だから少しぐらいは我慢しよう、今度は我慢出来るかなぁと思いながら、気だるく後ろの方を振り返る。
けれどヤンシャオグイ達はいつものような卑猥なことを言う事はなかった。
真剣味を帯びたその声からはほんのりと熱があり、これから発せられる言葉が紛れも無い本心によるものだと聞くものを理解させる。
そんなヤンシャオグイ達がわざわざ屠自古を引き止めて言った言葉はあまりにもシンプルで、呼び止める必要すら感じさせないようなもの。
≪≪でもさ何だかんだでウチら――≫≫
≪≪≪今の生活も満更でもないよ≫≫≫
一瞬、屠自古の目にはヤンシャオグイ達の姿が屈託なく笑う三人の幼き少女達のように見えた。
目をしばたたかせるといつもの姿に戻っていたので、どうやら見間違いだったのだと彼女は判断する。
彼女はヤンシャオグイ達の言葉に頬を緩めつつもふんと鼻で笑いながら、自分の気が変わらないうちに返事なくその場を後にした。
≪≪≪ヨッシーおそよー!!!≫≫≫
「おー、ヤンシャオグイ達おそよー!」
≪地底に遊びにいかね? 最近怨霊の友達が出来たんだ~≫
「行くぞ~。ちょっと待っててね」
≪あ、待った。死体を見たら燃料にしようとする怖い火車のお姉さんがいるって言うから危なくね?≫
「う~……だったらやめる~」
「それには及ばないわ! 私が付いてくれば安心でしょ!」
≪≪≪カクセ……ニャンニャン!!! この裏切り者!!!≫≫≫
「何よ失礼ねぇ、ちょっとおトイレに出ていただけなのに」
≪ヨッシー、コイツの言う事には耳を貸すな≫
≪ありえねぇマジありえねぇ、自分だけ逃げるとかマジありえねぇ≫
「あらあら、そんなこと言ってると遊びに連れてってあげないわよ、どうするの~? 行きたくないの~?」
≪≪≪「行くー!!!!」≫≫≫
芳香と青娥を囲み、ふよふよと浮きながらキャッキャと騒ぐヤンシャオグイ達。
この世は楽しんだ物勝ちだと、子供霊達は過去に教えられた。
だから楽しんでやる、気に入った皆と楽しんで楽しんで、あの凍えるような寒さから抜け出させてくれたこの人みたいに楽しく過ごしてやる。まだまだ成仏なんてする気は無い、今はあまりにも楽しくて、それを捨てるには勿体ないにも程がある。
凍えることの無くなった子供霊達は、新たなる熱を得た子供霊達は、想いを胸に秘めて笑い続ける。
そんな幼き悪霊達が成仏するのはまだまだ先のことになりそうであったとさ。
とまれ、世にも珍しいヤンシャオグイメインのSS、楽しませていただきました。
作者さんの神霊廟組は賑やかで楽しそうだなあ。
こういうギャグとちょっとシリアスの混じった話は大好きです。
ヤンシャオグイたちに幸あれ。
ほんとこいつら良い性格してやがる。全く、誰に似たんだか…
妊婦を流産させたり赤ん坊を殺したりするよりも埋葬された子供の霊の方が強い霊だからそっちを選ぶってあたりの理由がすごく生々しい
でもその破天荒っぷりのおかげで救われる存在もあるでしょうね、扱いはひどいようですがw芳香の扱いもよくみるとやたらひどいしwww
けれどなんだかんだで千年以上もこのヤンシャオグイ達を使役しているあたり、このssの青娥はヤンシャオグイ達をかわいがってるんだろうなぁ
そして邪仙って呼ばれるようになった一番の理由にクソ笑ったwwww
設定の残酷さや、登場人物の悲惨さや腹の底のとんでもなさが笑いと一緒にもの凄く映えるのですが、だからこそすごく優しい
視点から描かれ救いのある話だという事に気づきます。
が、やはりその分全体の惨さに気付く―――と、一筋縄でいかない、スリリングな読み応えでした!
屠自古には悪いけど、ゆくゆく戦争が起きてもこんな感じでいてほしいものですw
取りあえずイイハナシなのは理解したぜ!
なんだかんだでほんわかなのがよかったです