「どうしようかな……」
色とりどりの花を前に考えこんでいるのは鈴仙だった。頭を動かすたびに兎耳がひょこひょこ揺れるのを物珍しそうに他の客が眺めていた。
腕を組み眉をひそめて真剣に悩んでいるようである。いったい何が彼女を悩ませているのか。
それは、クリスマスプレゼントである。幻想郷でクリスマスという文化が広まったのはここ数十年ほど。そして、永遠亭が外部と交流を持ち始めたのが数年前。それから毎年鈴仙はクリスマスプレゼントをどうするのか、という難問に悩まされていた。
「なにがいいのかなぁ」
鈴仙は息を吐くと、贈り相手を思い起こす。
師匠は特に何も欲しがらない。『あなたたちが健康ならそれでいいの』と誠にありがたい言葉をかけてくれる。
姫様は『国』とか無茶なことを言い出すが、手編みのマフラーでも満足してくれる。
しかし、問題はてゐなのだ。あいつは何も文句を言わない。それだけならいいが嬉しそうな顔を見せない。それがとても不満なのだ。お返しが『ありがと』だけでは満足できない。そう言うと、彼女は『覚えてないだけでちゃんとプレゼントしている』と応えるのだが、そんなことでは納得できない。
今年こそは彼女からプレゼントを手に入れる。思わずプレゼントをしたくなるような。
そう強い決心を胸に秘めた鈴仙は、人見知りであるにも関わらず里に向かい品定めをしていたのだった。
しかし、成果は芳しくなかった。流行りものに疎い彼女には服はいまいちわからず、貴金属は手が届かない。財布の薄さに涙を流し、里中を駆けまわってたどり着いたのがこの花屋だった。
今まで贈ってきたものはマフラーや手袋などの実用品ばかりだった。
見るだけの物よりも使えるもののほうが喜ぶと思っていたからだが、もしかすると嗜好品のほうが喜ばれるかもしれない。何より、クリスマスに花をプレゼントするというのはロマンチックではないか。
「やっぱり薔薇……ううん、ベタすぎるか」
そう考えて品定めをしていたのだが、やはり知識がなければどれがいいのかわからない。
来店してから数十分経ち、店員を頼ろうか、と悩み始めた頃だった。
「何をお探しですか?」
優しく柔らかい声が鈴仙に掛けられたのは。
その声に鈴仙は渡りに船とばかりに振り返る。
「あ、はい。クリスマスプレ・・・ゼント・・・」
がちり、と石膏像のように身体が硬直する。言葉の後半部分は震えて殆ど言葉になっていなかった。
馬鹿みたいに口を閉じては開いてを繰り返し、目の前に立つ人物を見開いた目で見つめる。
「ああ、なんだ。永遠亭の兎だったの」
そこに立っていたのは店指定のエプロンをした優しい笑顔を浮かべた風見幽香だった。
一瞬で思い出される、人間友好度最悪危険度最悪の項目。
このままだとまずい絶対にまずい……!
鈴仙は背を向け逃げ出そうとし――首根っこを猫のように掴まれてしまう。
「人の顔を見て逃げるだなんて、失礼じゃない?」
「ごめんなさいごめんなさい! 天則で強化されたからって調子に乗ってごめんなさい! 兎鍋だけは勘弁してください!」
混乱に極みに達し、訳のわからないことまで言い出した鈴仙。
幽香は何を言っているんだという顔で訊ねる。
「……花を探しに来たんじゃないの?」
「え? そ、そうですけど……あの、幽香さんは何を……」
その問いに幽香は当たり前のことを訊くなと、言わんばかりに鼻を鳴らして応える。
「何って……見たらわかるでしょうよ。花屋のバイトよ」
「バイトぉ?」
意外すぎる返答に、鈴仙は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
確かに彼女の服装は他の店員と同じエプロンという格好だが、どうして風見幽香が人間の店でバイトをする必要があるのか。
「通ってるうちに店の娘に気に入られたのよ。そしたら、花の妖怪なら花と仕事をするのは楽しいだろうって。こっちはいい迷惑だけどね」
そう言って幽香は肩をすくめる。
その割にさっきはずいぶんノリノリでしたよね。
そう指摘する勇気は鈴仙にはなかった。懸命な判断だといえる。
「そ、そうなんですか……」
「それで。クリスマスプレゼントに花を買いに?」
「は、はい……」
「そんなに怖がらなくてもいいでしょう……っとごめんなさいね、いつまでもこのままじゃ無理もないか」
そう言って幽香は掴んでいた襟首から手を離す。
やっと解放された鈴仙は息を吐くと、幽香と向き直った。
「で? 誰にプレゼントするの?」
「えっと、てゐです」
「てゐ……ああ、あの腹黒兎か。たまに里に来ては詐欺まがいのことしてるわね。私も騙されたわ」
その名前を聞いた幽香は忌々しげに呟く。
その様子に若干怯えつつも鈴仙は恐る恐る訊ねる。
「あの……それはどういうことで……」
危険度最悪とされる彼女に詐欺とはなんという命知らずな。
戦慄する鈴仙に幽香は軽く応える。
「いやね、珍しい花をやるから寄付をしろっていうからしたんだけど、そしたら妙な造花を寄越したのよ」
幽香が指さしたレジ台には小さな向日葵の鉢植えが置いてあった。
全体で安っぽく光を反射し、花であるにもかかわらず何故かサングラスをかけているそれは、確かに妙な造花であった。
「その、怒ってますか?」
「……何を?」
おずおずと遠慮がちに鈴仙は訊ねると、幽香は不思議そうに首を傾げる。
「てゐが適当なこと言ったことをです」
「ああ、別に怒ってないわよ。そのときは張っ倒そうかと思ったけど、これはこれで可愛いしね」
「あ、そうですか」
応えに鈴仙は胸を撫で下ろす。
てゐに復讐しようとかそういう意志はないようで安心した。噂ほど話のわからない人物というわけなかったようだ。
それを見た幽香は興味深そうに呟く。
「ふぅん。なんか意外ね」
「意外って……何がです?」
「あの兎のこと、結構気に入ってるみたいだから。いつも振り回されてるから、嫌気がさしてもおかしくないのに」
「……そうですね」
幽香の疑問はもっともだった。
てゐの悪戯の被害に遭うのはいつだって鈴仙だったし、割を食ったことは何度もある。
それでも、鈴仙はてゐを嫌いだと思ったことは一度もない。
「地上に降りて、途方に暮れていた私を助けてくれたのがてゐなんです」
月から逃げ出した鈴仙を待っていたのは強烈な自己嫌悪の毎日だった。
仲間を置いて自分だけ安全圏に逃げ出してしまった。私はどうするべきだったのか、これからどうすればいいのか。私は生きていてもいいのか。
答えのでない自問を繰り返し、ふさぎ込む日々を送り続け――その心を治したのはてゐだった。
「『つまらない顔をするな。あんたが泣いても笑っても、生きてようが死んでようが月の奴らには関係ない。誰も責めないし許しもしない。結局のところは自己満足だ。だけど、あんたが詰まらない顔をしてると私が不愉快だ。せめて私の前だけでは笑ってろ』。そう言われたんです」
それが正しいのかはわからなかった。
けれど、てゐが不機嫌そうにしているのは嫌だったから、彼女の前では作り笑顔を浮かべるようにした。
そのうち、てゐは悪戯を仕掛けるようになり、鈴仙は怒鳴りながら彼女を追いかけるのが日常になった。
そして、ある日悪戯をしたてゐを捕まえたとき、嬉しそうな笑顔を浮かべて彼女は言った。
『なんだ、ちゃんと笑えるじゃん』
「その時から、私は心の底から笑えるようになりました。てゐの前ではつまらない顔をしたくない、てゐには笑っていてほしいんです」
幽香は無言のまま鈴仙の話を聞き終え、その表情は穏やかな笑みを湛えていた。
「あ、ごめんなさい。つまらない話を……」
「いいの。いい話を聞かせて貰ったわ。あの子はあなたにとっての薬ということね」
「薬?」
それはどういう意味かと訊く前に、幽香は少し待ってて、と言うと大きく深い鉢植えを抱えて戻ってくる。
「これは、ええと……」
短い茎から咲く黄色の小さな花には見覚えがあった。師匠の部屋にもあったはずだが名前は思い出せない。
悩む鈴仙に、幽香は悪戯っぽい笑顔を浮かべ言う。
「福寿草よ。あの兎には相応しい花でしょ」
「福寿草……ああ、なるほど」
福寿草の花言葉は永久の幸福。確かにてゐに相応しい花だ。
納得した鈴仙は財布を取り出そうとし、幽香に押しとどめられる。
「お代はいいわ。私の奢りよ」
「え、いいんですか? 私はなにも……」
「いいのよ。話を聞かせて貰ったお礼。どうしても払いたいって言うなら弾幕ごっこで勝てたらいいわよ」
「それ逆ですよ」
無茶苦茶な要求に思わず吹き出してしまう。
幽香も初めて見たときと同じ優しい笑顔で応える。
「うまくいきなさいよ」
「はいっ。ありがとうございました」
力強く頷き、鈴仙は意気揚々と店を後にした。
◇
「それでこれがプレゼント?」
部屋に置かれた大きな鉢植えをしげしげと眺めながら、てゐは言う。
反応の薄い彼女を、鈴仙は不安そうに見つめる。
「そうだけど……駄目、かな」
「そうは言ってないよ。けど、これ鈴仙が選んだプレゼントじゃないでしょ」
てゐは肩をすくめて言う。思わず鈴仙はその指摘に体を強張らせてしまう。
別に悪いことではないのだが、なんとなくバツが悪かった。
「やっぱりわかる?」
「そりゃあね。鈴仙だったら薔薇とか買うだろうし」
そのものずばりの答えをもらってしまった。そんなに自分は単純な性格だろうか。
一人落ち込む鈴仙にてゐは訊ねる。
「誰の勧めでこれにしたの?」
「あー、風見幽香」
「はぁ? なんであいつがそんなことを?」
「まあ、色々、あったから」
てゐを大事に思っているということを語ったら何故か気に入られた、とは気恥ずかしくて言えなかった。
永琳やてゐほど嘘の上手ではない鈴仙は言葉を濁し、誤魔化すことを選ぶ。
てゐはそれについては追求することなく、別の疑問を投げつける。
「幽香はなんか言ってた?」
「ん? えーと、花をもらったときに『あの兎には相応しい』って言ってたけど」
「他には?」
「他には……あ、『あの子はあなたにとっての薬』とか言ってたけど、どういう意味かしら」
「……ふぅん」
鈴仙の返答に、てゐはじっと福寿草の鉢を睨みつける。
その目は忌々しそうに細められていた。
「それがどうかした?」
「どうして私に相応しいの?」
「え? 花言葉が『永久の幸福』だからじゃないの?」
そう言うとてゐは隠そうともせずに溜息をつく。
「はぁ……薬師の弟子が聞いて呆れるわ」
「ええ……別に間違ってないじゃない」
「間違ってなくてもこの場合は不正解。罰としてちょっと目を閉じて」
「なんなのよもう」
愚痴りつつも言われたとおりに目を閉じる鈴仙。
これでいいのかと訊こうとしたと口を開きかけ、
「…………!?」
頬に触れた柔らかい感触に目を見開く。
すぐ前のあるてゐの表情は、悪戯な笑みを浮かべつつも照れたように頬を赤く染めていた。
「はい、私からのプレゼント」
「え……ええ!?」
一体何をされたのか理解が追いつかない。
今、てゐがほっぺたに……え、あう……!
意味のない言葉を漏らし続ける鈴仙から逃げるようにてゐはドアに駆け出す。
「あいつには毒でも、鈴仙には薬になるってことよ」
てゐはドアから顔だけだしてウインクし、すぐに走り去る。足音だけがやたらに耳に響いた。
「…………」
一人残された鈴仙は熱にうなされたように熱い頬を押さえ、そのまま立ち尽くす。
ふと、黄色い花が視界に入り、溶けた思考に沸き起こる知識があった。
『福寿草の根は、毒にも薬にもなる』
しかも寝ている間とかw
幽香さんいいキャラしてるで
てゐも毎年そのプレゼントを返してるのか……つまらなそうな顔をしながら、満更でもないと思ってるとか思うとニヤニヤ。
後誤字報告です。
>これはこれは可愛いしね
これはこれで可愛いしね
個人的にてゐさんが格好良くてもうね。
てゐんげはいいコンビだなと再確認しました。