カランカランッ
ドアにぶら下がっているベルが、誰かがこの店を訪れたことを告げる。
「店主はいるか?」
彼女の声を聞いて、僕は読みかけの文庫本に栞を挟み、勘定台から顔を上げた。
凛とすまして落ち着いた声は、今回の来訪者が少女ではなく、“お客”であることを告げていたからだ。魔理沙や霊夢ならともかく、彼女の来訪を無視するわけにはいかないだろう。
「いっらっしゃいませ、先生」
「もう、先生と言うのはよしてくれ」
カシャン、と後ろ手にドアを閉めた彼女――上白沢慧音――は困ったような、けれどうれしそうな笑顔で僕を見つめた。
彼女はスカートの模様が特徴的である青を基調としたワンピースに、マフラーと手袋をしている。頬も赤く染まっていし、帽子には白い雪がうっすらと積もっていた。
はて、と疑問に思い窓から外を覗いてみると、いつの間にかきれいな青空から曇天に変わっていた。さらに、ハラハラと白く小さな雪が振っている。どうやら本に夢中になりすぎて外の変化に気がつかなかったようだ。
「ご希望の品は……っと、その前に温まっていくかい?」
よっと、という掛け声とともに、僕は足元においてあった火鉢を持ち上げた。
「こんなものしか無いのだけれど……ないよりはマシだろうっと」
「すまない。恩に着る」
そんなことは無い。気にしないでくれ。と毎回言っているのだが、彼女は律儀にも毎回感謝の言葉を口にする。さすが先生というべきか、やはり大人だというべきか。
ゴトン、と火鉢を勘定台の前におくと、彼女は早速しゃがんで両手をかざした。
毛糸の暖かそうな手袋をはずした彼女の手は頬以上に赤かった。どうやら、外は僕の予想以上に寒いようだ。
炭のパチパチという音がつい先ほどまで閑古鳥が鳴いていた店内に響く。
「暖かいな」
来店した時は厳しかった彼女の表情も、火鉢の暖かさに溶かされたのか徐々に丸みを帯びた優しいものに変わっていった。
落ち着いてきた様子を確認すると、僕は早速仕事に取り掛かった。
店の奥にある、普段は商品になりそうにないものを保存している棚を探す。たしか、このあたりに置いたはずなんだが……あったあった。
火鉢の前でじっと暖をとる彼女を横目に、僕は彼女へと渡す商品を再度確認する。うん、間違いない。
「慧音先生。言われていたものを探しておきましたよ。どうぞ」
「あぁ、ありがとう。だがいいのか?これは外の世界のものだろう。こんな材質のものは見たこと無いぞ」
「別に構わないさ。外からやってきたものを売る。それがこの香霖堂なのだからね。それに、その『下敷き』というものはどうにもうまく扱えない道具だからね」
「……と、言うと?」
彼女は下敷きを曲げたり伸ばしたりしながら、僕のほうを向いた。
「この道具の用途は『紙に文字を書くのを補助する』というものだ。使い方までは僕の能力ではわからないが、名は体を表すという言葉があるように、この名前からなんとなく想像できた」
「したじき、といったな。ということは、紙の下にでも置くのだろうか?」
「さすが先生。僕もそうだろうと推測して実験してみたんだ。だが、いざ書いてみると普通に机の上で書くのと大差ないんだよ」
「道具の用途がわかる店主でも道具を使いこなせるとは限らないのだな」
彼女はまじめな顔で僕の話に相槌を打ってくれるが、彼女の手はバヨンバヨンと彼女は下敷きをたゆませて遊んでいる。割らなければよいのだが。
もっとも、これは彼女に渡す商品なのだから、割れたところで僕はあまり困らないのだけれど。
「それにしても、どうしてこのようなものが欲しかったのですか?」
「ん?店主には言ってなかったか」
彼女は不思議そうな顔をして、僕を見つめた。僕はただ、「もし見かけることがあったら取っておいてくれ」としか聞いていないのだ。
「そうか。それでは今度は私が話す番だな」
コホン、と彼女は小さく息を整えた。
「以前、外の世界の科学にういての本。特に子ども向けの本を譲ってくれ、と言ったことがあるだろう」
「あぁ、そんなこともあったね。たしか、寺子屋の子たちに読み書き計算以外も教えてみたい、と言っていたけ」
「そう、それで店主から譲ってもらった本の中に、実際に体験できて面白そうなものがあったんだ」
なるほど。その体験のために、この下敷きが必要なのか。
「あの本によると、これで雷と同じ現象を発生させることができるそうだ。もちろん、同じ現象というだけであって本物よりもずっと小さな現象だけれどな」
ふむ、と顎に手をかけえ、僕は彼女が持っている下敷きを見つめる。こんなものであの雷を発生させるとこができるのか。これはちょっと惜しいものを売ってしまったのかもしれない。
しかし、あの道具の用途は『紙に文字を書くのを補助する』で間違いない。ということは、本来の使い方以外の方法で雷を起こすのだろう。とても興味があるな。
「なあ先生。どうだろうか、私にその『雷を発生はせる方法』を教えてくれないだろうか」
「あぁ、とても興味がある」
「ん、店主は興味があるのか?」
彼女が僕に向けた意外そうな視線は、しかしすぐに楽しそうなものへと移り変わった。
「そうかそうか。それじゃあ、今度うちの寺子屋に来てみないか?学問に興味があるのなら子ども以外も歓迎だ」
「いや、それは遠慮しておくよ」
当初の大人らしい彼女はどこへやら。目の前には新しい遊びを見つけたような笑顔の少女がいた。
「ふふっ。まあ、理由はどうであれ、寺子屋はどんな人も妖怪も。もちろん半妖だって歓迎だ。それでは、私はこの下敷きをもらっていくな。かえって準備をしないと」
カランカラン
火鉢を名残惜しそうに見送り、慧音先生は店から出て行った。まったく、僕の店に来るのは、どうしてこうも幼い少女が多いのだろうかね。
よいしょ、と火鉢を元の位置に戻して、僕は中断していた読書を再開する。
あの下敷きは彼女の手に渡り、上手に使われるだろうか。
そんなことを思いながら、僕は本のページをめくった。
ドアにぶら下がっているベルが、誰かがこの店を訪れたことを告げる。
「店主はいるか?」
彼女の声を聞いて、僕は読みかけの文庫本に栞を挟み、勘定台から顔を上げた。
凛とすまして落ち着いた声は、今回の来訪者が少女ではなく、“お客”であることを告げていたからだ。魔理沙や霊夢ならともかく、彼女の来訪を無視するわけにはいかないだろう。
「いっらっしゃいませ、先生」
「もう、先生と言うのはよしてくれ」
カシャン、と後ろ手にドアを閉めた彼女――上白沢慧音――は困ったような、けれどうれしそうな笑顔で僕を見つめた。
彼女はスカートの模様が特徴的である青を基調としたワンピースに、マフラーと手袋をしている。頬も赤く染まっていし、帽子には白い雪がうっすらと積もっていた。
はて、と疑問に思い窓から外を覗いてみると、いつの間にかきれいな青空から曇天に変わっていた。さらに、ハラハラと白く小さな雪が振っている。どうやら本に夢中になりすぎて外の変化に気がつかなかったようだ。
「ご希望の品は……っと、その前に温まっていくかい?」
よっと、という掛け声とともに、僕は足元においてあった火鉢を持ち上げた。
「こんなものしか無いのだけれど……ないよりはマシだろうっと」
「すまない。恩に着る」
そんなことは無い。気にしないでくれ。と毎回言っているのだが、彼女は律儀にも毎回感謝の言葉を口にする。さすが先生というべきか、やはり大人だというべきか。
ゴトン、と火鉢を勘定台の前におくと、彼女は早速しゃがんで両手をかざした。
毛糸の暖かそうな手袋をはずした彼女の手は頬以上に赤かった。どうやら、外は僕の予想以上に寒いようだ。
炭のパチパチという音がつい先ほどまで閑古鳥が鳴いていた店内に響く。
「暖かいな」
来店した時は厳しかった彼女の表情も、火鉢の暖かさに溶かされたのか徐々に丸みを帯びた優しいものに変わっていった。
落ち着いてきた様子を確認すると、僕は早速仕事に取り掛かった。
店の奥にある、普段は商品になりそうにないものを保存している棚を探す。たしか、このあたりに置いたはずなんだが……あったあった。
火鉢の前でじっと暖をとる彼女を横目に、僕は彼女へと渡す商品を再度確認する。うん、間違いない。
「慧音先生。言われていたものを探しておきましたよ。どうぞ」
「あぁ、ありがとう。だがいいのか?これは外の世界のものだろう。こんな材質のものは見たこと無いぞ」
「別に構わないさ。外からやってきたものを売る。それがこの香霖堂なのだからね。それに、その『下敷き』というものはどうにもうまく扱えない道具だからね」
「……と、言うと?」
彼女は下敷きを曲げたり伸ばしたりしながら、僕のほうを向いた。
「この道具の用途は『紙に文字を書くのを補助する』というものだ。使い方までは僕の能力ではわからないが、名は体を表すという言葉があるように、この名前からなんとなく想像できた」
「したじき、といったな。ということは、紙の下にでも置くのだろうか?」
「さすが先生。僕もそうだろうと推測して実験してみたんだ。だが、いざ書いてみると普通に机の上で書くのと大差ないんだよ」
「道具の用途がわかる店主でも道具を使いこなせるとは限らないのだな」
彼女はまじめな顔で僕の話に相槌を打ってくれるが、彼女の手はバヨンバヨンと彼女は下敷きをたゆませて遊んでいる。割らなければよいのだが。
もっとも、これは彼女に渡す商品なのだから、割れたところで僕はあまり困らないのだけれど。
「それにしても、どうしてこのようなものが欲しかったのですか?」
「ん?店主には言ってなかったか」
彼女は不思議そうな顔をして、僕を見つめた。僕はただ、「もし見かけることがあったら取っておいてくれ」としか聞いていないのだ。
「そうか。それでは今度は私が話す番だな」
コホン、と彼女は小さく息を整えた。
「以前、外の世界の科学にういての本。特に子ども向けの本を譲ってくれ、と言ったことがあるだろう」
「あぁ、そんなこともあったね。たしか、寺子屋の子たちに読み書き計算以外も教えてみたい、と言っていたけ」
「そう、それで店主から譲ってもらった本の中に、実際に体験できて面白そうなものがあったんだ」
なるほど。その体験のために、この下敷きが必要なのか。
「あの本によると、これで雷と同じ現象を発生させることができるそうだ。もちろん、同じ現象というだけであって本物よりもずっと小さな現象だけれどな」
ふむ、と顎に手をかけえ、僕は彼女が持っている下敷きを見つめる。こんなものであの雷を発生させるとこができるのか。これはちょっと惜しいものを売ってしまったのかもしれない。
しかし、あの道具の用途は『紙に文字を書くのを補助する』で間違いない。ということは、本来の使い方以外の方法で雷を起こすのだろう。とても興味があるな。
「なあ先生。どうだろうか、私にその『雷を発生はせる方法』を教えてくれないだろうか」
「あぁ、とても興味がある」
「ん、店主は興味があるのか?」
彼女が僕に向けた意外そうな視線は、しかしすぐに楽しそうなものへと移り変わった。
「そうかそうか。それじゃあ、今度うちの寺子屋に来てみないか?学問に興味があるのなら子ども以外も歓迎だ」
「いや、それは遠慮しておくよ」
当初の大人らしい彼女はどこへやら。目の前には新しい遊びを見つけたような笑顔の少女がいた。
「ふふっ。まあ、理由はどうであれ、寺子屋はどんな人も妖怪も。もちろん半妖だって歓迎だ。それでは、私はこの下敷きをもらっていくな。かえって準備をしないと」
カランカラン
火鉢を名残惜しそうに見送り、慧音先生は店から出て行った。まったく、僕の店に来るのは、どうしてこうも幼い少女が多いのだろうかね。
よいしょ、と火鉢を元の位置に戻して、僕は中断していた読書を再開する。
あの下敷きは彼女の手に渡り、上手に使われるだろうか。
そんなことを思いながら、僕は本のページをめくった。
下敷きか、そういや学生時以降に使ってないな
霖「教えてくれないだろうか?」
霖(?)「興味がある」
慧(?)「興味があるのか?」
になってます
>>25 の方
そういえばストーブありましたね……(東方香霖堂のみょんの話でしたっけ)
できればその点については目をつぶっていただけるとうれしいかな……
>>29 の方 ご指摘ありがとうございます。
あれこれいじっているうちにいつの間にか前後していましたね。申し訳ありません。