「宝貝も♪無為思想も♪道(タオ)に力を与えてよ~♪」
朝っぱらから耳障りな歌が庭に響いている。
仙界は基本的に幻想郷の外から隔絶されているとはいえ、
庭先であんな頭の悪そうな歌をがなり立てられるのは気分のいいものではない。
「聖なる夜まで邪仙人は…僵尸(キョンシー)運ぶ~♪」
うまいようでうまくない語呂合わせが不快感を催す歌に耐えかね、
わたしは庭に面した襖を開け放った。
「ちょっと青娥、うるさいわよ!」
「あら蘇我様、おはクリござスマス~(はぁと」
うわあブチ殺したいこの青いの。
無駄に整った顔立ちに猫ちっくな悪戯っぽい笑みを浮かべ、霍青娥が挨拶してきた。
青娥はいつにも増して高いテンションで、庭一面に積もった雪の上をくるくる回る。
正直気持ち悪かった。
「何なのよそのテンション」
「いやあ、昨晩からの雨が夜更け過ぎに雪に変わりまして」
「夜更けすぎからそこにいたの…聞いてるこっちが寒いわ」
「心頭滅却すれば火もまた涼し!ですよ、蘇我様」
いやだめだろうそれ。
慣用句の意味合いとしては合っているだろうが、
火が涼しくなるような状況はこの季節、正直勘弁願いたい。
今日は師走の二十四日。
わたしが太子様や布都の眠りを守るため大祀廟にこもっている間に、
西洋から渡来したとか言う「クリスマス」なる記念日の前夜祭が今日だという。
「キョンシーがサンタクロース♪死を超えたサンタクロース♪」
青娥はわたしの態度など意にも介さず、再び歌い踊っている。
このいつも冷静沈着な腹黒仙人が、なぜか今日に限り童女のようにハイテンション。
不気味なことこの上なかった。
「あー、屠自古か?おはよう」
反対に、彼女の忠実なる僕たる宮古芳香はいつも通りの様子。
だがその服装はいつもと同じようで実は全然違う、いわゆるミニスカサンタ服。
色はいつもと同じ赤だがその浮ついた趣向、間違いなく青娥が着せたのだろう。
「芳香サンタかわいいでしょ?ね?ね?」
「うぅー青娥、そんなくっついたら動けないー」
露骨に自慢をしてくる。やはりこいつか。
芳香は今日がどういう日かよくわかっていないのだろう、
いつもと違う青娥のはしゃぎっぷりにどちらかといえば引き気味だった。
「あんたさあ、なんで異教の聖人のお祭にそんな熱心なのよ」
「え、だってクリスマスですよ?テンション上がんなくないですか?」
「別に」
「もう、蘇我様は肉体だけでなく乙女心まで死んでますね!」
失礼なことをぬかすので、青娥の頭に雷を落としてやった。
わたしの乙女心が死んでいるなどと、どの口が言うのだバツイチ仙人め。
「おーい屠自古、青娥が急にうごかなくなったぞ」
「夜中から寒い庭で騒いでるから関節が硬くなったのよ。今日はあんたがストレッチしてあげたら?」
「うむ!普段の恩返しって奴だな!よーし、青娥の腕の関節を百個くらい増やしちゃうぞ」
芳香は硬い身体でなんとか青娥を抱え上げ、庭の隅へとピョンピョン跳ねていった。
さよなら青娥娘々。
今度会うときは、音速の突きが放てるレベルの柔らかい身体を見せてね。
思えば、本来外の天候の影響を受けない仙界に無理矢理穴を開け(壁抜けの応用らしい)、
雨だ雪だ日照りだと、この道場が外の天気に晒されるようにしたのも彼女。
『気の流れを把握するには雲の動きを絶えず把握し云々』
とか言っていた彼女の説明も、もはやよく覚えていない。
ただ、晴れている日は洗濯物がよく乾くのでよかった。
少し前、秋の日の高い青空を拝めた日には思わず感動してしまった。
あいつの髪の色は、秋空の青によく似ていて腹立たしいほど綺麗だ。
わたしの乙女心が死んだなどという失言がなければ、
庭でにゃんにゃんならぬわんわんのように駆け回る姿をもう少し見ていてよかった。
そう言えば「青くて」「にゃんにゃん」か。
つまるところ、あいつには狸疑惑が持ち上がる可能性が微粒子レベルで存在する。
※ ※ ※
「何だ、騒がしいな」
背後から声がした。
いつも騒がしいお前が言うか――そんなことを思いながら、声の方へ振り向く。
全身に色とりどりの電飾を施した布都がいた。
「今日は『くりすますいぶ』であろう?神妙な気持ちでいなければな」
「…その格好は神妙の範疇に入るの?」
「当たり前であろう。『いるみねーしょん』なくして何の聖夜か」
赤や青や黄色や桃色の小さな灯りが、布都の身体に撒きついた深緑の導線の上で明滅する。
あまり聞きたくないことだったが嫌な予感がしたので、わたしは一つ質問をした。
「それ、何の力で光ってるの?」
「電気に決まっておろう」
春先に目覚めた頃は存在すら知らなかった(まあわたしもだが)エネルギーの名を、
布都は何を今更と言わんばかりの様子で口にする。
「うち、電気通ってたっけ」
この幻想郷は外の世界と違い、妖怪の山の一部を除けば、
まだそれほど電気エネルギーが浸透していない世界だ。
無論、仙界もその類に漏れない場所である。
「いやいや、有線式では我が移動できぬからな。そこは物部の秘術の出番よ」
「…?」
「お札を通じて、屠自古の身体から電力を供給し続けているのだ…ハッ!」
布都は慌てた表情で自分の口を押さえたが、時既に遅し。
拳に雷を纏わせ、布都の鳩尾に内側へえぐりこむような一撃を見舞った。
「おぶぇ」
「なんか朝から身体がだるいと思ったら、あんたか」
「はっ…腹かみなりパンチはやめろと言ったろう!このエレブー!」
「誰がエレブーか」
要するに、布都はわたしの雷を起こす妖力を無理矢理使い、
この毒々しいイルミネーションに電気を供給していたらしい。
電飾の導線のあちこちに巻くように貼られた札は、
わたしの身体のどこかに貼られた札から雷の力を受け取るためか。
「クッソ汚い誘導尋問、豪族の娘として恥を知れい…」
「どこが誘導尋問なのよ」
悶絶顔の布都を、わたしは冷たい目で見下ろしてやった。
勝手に人(じゃないけど)を電池扱いするとは、失礼にも程がある。
「よ、よいではないか少しくらい!」
「いいからお札を剥がしなさい」
「術者たる我が使役する霊であるそなたの力を借りるは当然…」
「剥がしなさい」
「そもそもな、我は家系の上ではお主の母親にあたる…」
「剥がせ」
「…はい」
今度は拳ではなく、人差し指と中指を立てて雷光を走らせて見せた。
どこに何をするための指かは敢えて伏せておくが、
身体の内側からの電撃で奥歯がガタガタ言うような目には、
まともな人間や人間以外なら二度とは遭いたくないだろう。
「ほら早く」
「わかっておるからそう凄むな。涙が出るだろう恐怖で…ほら、裾を上げい」
「は?」
「だから電力供給用の札を剥がしてやるから、服の裾を…」
さらに嫌な予感がして、わたしは布都に背中を向けると服の下を探った。
…ああ、あるなコレ。
しかもものすごい嫌な場所、かつ肌に直貼りという徹底ぶり。
「あー屠自古?それ、術者の我以外が無理にはがそうとすると、爆発するぞ」
振り向きざまに渾身のバックハンドブローをお見舞いした。
布都は鼻血を出して転倒し、柱に頭をぶつけた。
そのまま死ねばいい。
「なんつーとこに貼ってんだ貴様!つか、いつ貼った、どうやって貼った!」
「い、痛いではないか?!ひぃっ、血?!血が出ておる!!」
残念なことに先程の一撃でこいつを殺すことはできなかったようだ。
「答えなさい!どうやってわたしの…その、え、あ…あんなところに札を貼ったの!」
「何を照れておるのだ貴様!毒舌と暴力の後で急にウブなところを見せるでない!!」
「うっさいよ!」
布都の襟首をつかんで立たせ、ビビビと往復びんたをかます。
「いいから言えってのよ!」
「わ、わかったから屠自古、たす、助けて…」
放してやると、布都はこちらに視線を合わせずにぽつりと言った。
「屠自古の下着の裏に札を仕込んでな、履いた瞬間に札が密着するようにと…」
「だから無駄なことに器用さを発揮するなこの阿呆!!」
何と言うことだ。
昨晩珍しく『今日は我が洗濯物をたたんでおこう』などと言い出したのはそのせいか。
「大体なんでそんな場所に貼る必要があったのよ!?」
「普通に貼ってと頼んだら断るであろうが!」
「当たり前だよ!あとこっそり貼るにしてもそこじゃなくていいだろ!」
未だに理由が見当もつかない札を貼る場所のチョイス。
ところがそれに対して、さらに想像を絶する答えが布都の口から出てきた。
「いやその、実はクリスマスの宴もたけなわ、ってところでネタバラシをしてな?
場が盛り上がって屠自古のテンションも結構フランクな感じになってるだろうし、
『マエバリー・クリスマス!』っていうネタを披露しようとしてだな」
「一寸たりともうまくねえしどんだけ盛り上がってもそれは許さねえよ!」
「ひぃぃぃ?!と、屠自古、パンチはやめろとさっき…え、違う?
じゃあなんで屠自古は拳を固めているのか。…まさか!や、やめよ!握り拳など入るはずは…」
その後、布都の悲鳴は朝の空気を大いに震わせ、屋根の上に積もった雪が小規模な雪崩を起こした。
…勿論、悲鳴を上げたかったのはさらにその後のわたしである。
いくら死なない亡霊の身体であっても、
股間が爆発するくらいなら一時の恥を晒す方が幾分かマシだ。
布都にはこの件に関し一切の記憶が残らないよう、
あまり中身がなさそうな頭に存分に雷を落としておいた。
※ ※ ※
クリスマスといっても昼間から特別な食事を作ると言うわけではなく、
その日の朝夕の食事は、いつも通りの和中折衷なメニュー。
が、夕飯の準備をする時間が近づくと、
どこかに出かけていた青娥が買い物袋をいっぱいにして戻ってきた。
袋の中には七面鳥の肉や蝋燭、そして金モールなど色とりどりの飾り。
「…あんた、ほんと日本人並に節操ない宗教観してるわ」
「邪仙ですからね~♪」
青娥はマッハ突きを繰り出しながら答えた。
やはり芳香の怪力で柔軟体操させられた肉体は、恐るべき脱力を可能にしていた。
で、当の芳香(当然いまだミニスカサンタ)はというと、
「青娥ぁ~、これどこに置くの~?」
これまたどこで手に入れたのか、巨大なもみの木を抱えて庭を右往左往。
どうやらクリスマスツリーまで作るようだ。
ちなみになぜわたしにクリスマスの基礎知識があるかと言うと、
最近知り合った西洋人の霊が色々教えてくれたからである。
あのカナとか言う娘は今日も、
『自分は今、夢を探しているところなのよ』
などと言って家でゴロゴロしながら雑誌を読んでいるのだろう。
ちなみに彼女がわたしを見て放った第一声は、
『あなた、足、無いわよ』
である。
「ああ芳香、それはとりあえず玄関先に置いておいて頂戴」
青娥はケーキの箱を開け、ドライアイスを確認していた。
布都はそれを嬉しそうに見ながら言う。
「青娥殿、さすがの準備だな!これは我も負けておれぬ!」
相変わらず布都は全身に電飾を巻きつけ、自身がクリスマスツリーのように光を放つ。
…いや、ちょっと待て。
「ちょっと。わたしの札を剥がしたのに、なんでまだ光ってるのよ」
「むう?ああ、これか。屠自古がケチなので、別のお方に力をお借りしたのだ」
「ああそう…」
その「別のお方」のどこに札を貼ったのか不安になったが、
これ以上詮索して面倒ごとを招いても疲れるだけなので流しておいた。
「蘇我様は、クリスマスパーティーはお嫌ですか?」
「別に嫌じゃないわよ。あんたらのテンションが高すぎて引いてるだけ」
柄にもなく目をうるうるさせて聞いてくる青娥に、わたしは答えた。
別にわたしも宴会やパーティーの類は嫌いではないし、
今日この道場でクリスマスパーティーが催されるのも反対はしない。
他ならぬ道士様が率先して楽しんでいるのだ、咎める者も他にはいまい。
「準備するんでしょ?言っとくけどわたし一人に押し付けたら殺すわよ」
「滅相もない!こういうのは皆で料理や飾りつけをするのが楽しいんですから」
本当に楽しそうだった。
どうやらいつものように何か企んでいる様子もない。
そうして青娥を見てみると、何のことはない、単なるお祭騒ぎに浮かれる少女だ。
「屠自古、青娥…すまぬ!我は夕餉の前にどうしてもやることがあるのだ!」
一方、布都は暗くなり始めた空を見ながら、頭を下げた。
うわあ申し訳なさそうな顔。
昼間もこれだけしおらしい顔をしてくれたら腹パン一発で許したのに。
「ああ、昼間にお話されていた件ですね?確かに頃合ですね」
「うむ。ぱーちーの準備をお主らに任せてしまうのは心苦しいが…」
パーティーって言えないのか。
かわいいなこいつ。
「何よ、なんか買ってくるの?」
「いやいや屠自古」
「うるさい」
「…今の会話、我がうるさい部分がどこにあったのだ?」
まあいいか、と布都は話を続けた。
「我の電飾を見よ。これがくりすます名物・いるみねーしょんだぞ」
「まあ、昼間に言ってたわね」
「我はこれより幻想郷中を回り、美しき光を皆に見せてくるのだ」
ああ、電飾をあちこちに飾り付けてくるのか。
珍しくいいことを思いつくものだ。
しかし広い幻想郷、布都一人で飾りつけをするのは大変ではないか。
第一、布都の身体に巻きついているだけの分では、木一本を光らせるのがやっと。
…と、そこまで考えて、今日何度目かわからない嫌な予感がした。
「…あんたまさか、その姿をそこら中で晒してくるの」
「さすがは屠自古、察しがいいな」
布都は「電飾をつけた自分」を見せびらかしてくるだけのようだ。
頭痛がしてくる。
何が悲しくて身内の恥を幻想郷中に晒されなければならないのか。
「一箇所につき十分程度しか滞在できぬのが辛いがな」
布都は両手を広げたお馴染みのポーズを決める。
色とりどりの光に照らされたその姿、いつにも増してイライラする。
「ふふ、ご立派です物部様。目にしたカップルを別れさせずにはいられない禍々しさ!」
「ほう…それは我が仙台名物・光のページェントに匹敵するほど美しい、ということだな?」
「もう勝手にしてください…あと光のページェントのジンクスなんてローカルネタ、やめて」
頭がおかしくなる。
とにかく夕飯の準備の前に風呂を洗うか…。
もういっそこのまま風呂に入って寝てしまいたい、と思いつつつ浴場の戸を開けると、
「あ、あなたは確か蘇我の…ドジっ子さん」
入浴中の先客がいた。
しかも顔も知らない深海魚だった。
「太子様、太子様ー!お風呂に変な人がー!!」
驚きのあまり思わず浴場を飛び出し、太子様の部屋に駆け込んでしまった。
「おや屠自古。どうしたのですそんなに慌てて」
太子様はいつも通りの柔和な笑顔でわたしを迎えた。
この人だけはクリスマスだからといって変に浮かれず、今も静かに読書中である。
しかし今はそんなことに安心している場合ではない。
「いや、変な人…っていうか魚が勝手に風呂に入ってるんですが」
「ああ、フィッシュ永江さんよ。永江さんには屠自古のことも伝えてますから」
「名前間違えられましたよ!?ドジっ子とか言われましたよわたし」
「まあ、屠自古の名前は覚えにくいから…」
どうやら太子様の客らしい。
不審者の侵入ではないという点ではひとまず安心だが、
客が来るならせめて先に話しておいてほしい。
「わたしの名前はともかく、太子様のお客様なら教えておいてくださいな」
「いえ、永江さんは布都のお客様だそうですよ」
「布都の?」
「ええ、なんでも電力を提供してもらう代わりに、今日のぱーちーに招待すると…」
よし、布都はケーキの上のメレンゲサンタさん没収だ。
「それはそうと、そろそろぱーちーの準備を始めてる頃かしら?」
「あっ、はい」
太子様も言えないのか。
布都よりも普段がしっかりしてる分、かわいさも倍増だ。
「では、わたしも行くわ」
「え…そんな、太子様はゆっくりなさっててください」
「いいのよ。今のわたしは皇族でも権力者でもない、ただの美少女だから」
「否定はしないですけど、ウザいですねあんた」
否定できないし、したくはない。
この方の美しさは、たった千四百年程度の眠りで曇るようなものではない。
その分、自分で美少女とか言われるとハンパなくウザい。
※ ※ ※
とりあえず太子様と一緒に台所へ行くと、
フィッシュ永江とやらの飼い主を名乗る青髪の少女が桃の皮を剥いていた。
「蘇我様、この天人様のお尻…まるで桃みたいですよ(直喩)」
「いや、客にセクハラ発言しつつ料理手伝わすなよ…」
「いやいやいいのよこれくらい!衣玖の飼い主として当然の行為ね!」
やがて風呂から上がったフィッシュ永江(本名:永江衣玖)とやらが参加し、
料理が食卓の上に揃う頃には布都も戻ってきた。
布都の姿は不自然に薄汚れており、頭の上にはミカンの皮が乗っていた。
額にはこすって消したような文字の跡、おそらく『肉』の一文字。
「いやあ、大好評であった!」
とドヤ顔で話す布都の目の周りは、少し赤く腫れていた。
おそらくその場のほとんどの者が布都に何が起きたのかを理解し、
そしてそれゆえに何も詮索することなく彼女に労いの言葉をかけた。
「ははは、我は幸せだ!生きていると、皆が待つ家がこんなに暖かい…」
ドンマイ布都。
来年はきっといいことあるさ。
でも来年は人間クリスマスツリーなんてやめようね。
変にリベンジなんて考えて傷を広げたりしないでね。
「…それじゃ、始めましょうか」
苦笑しながら太子様が言った言葉に、青娥は待ってましたとばかりに反応する。
「ではまずシャンパンをぽぽぽーんしましょう!芳香、瓶出して!」
「おお、かしこまり!」
ツルッ!ガシャン!(ケータイ小説的表現)
シャンパンの瓶は芳香の手から滑り落ち、床で大破した。
「あ…ご、ごめん…」
結局、冷やしてあった缶ビールで乾杯することになった。
※ ※ ※
「んなぁ~るほどねぇ!うんうんわかるわ、あんたの気持ち!」
シャンパンの瓶が割れた以外は特にトラブルもなく、
パーティーは順調に盛り上がりを見せていた。
特に、飛び入りゲストの二人が意外にいい働きをしている。
「『わたしを倒して見せよ』ってね、言いたくなるわよね!」
「ええ、そ、そうですね…」
比那名居とかいう胸が小さい天人は積極的に話を振って騒ぐ。
ともすれば周りが引いてしまいそうな高いテンションも、
彼女の幼い外見と、表裏のない明るさにより自然と場に馴染んでいた。
「やっぱりね、この国のいいところっていい意味で無節操な宗教観だと思うの!」
「ええ、今日は神社もお寺もクリスマス一色ですしね」
「そうでしょう!?なら、この道場もクリスマスしなきゃでしょ!ね!?ね?!」
一方の胸が大きい魚は聞き上手で、
天人に負けず劣らずテンションが高い青娥の相手をうまくこなしている。
相槌のタイミングや質問の仕方など、絶妙に空気が読めていた。
「ほら、芳香サンタ!かわいいでしょ?」
「サンタ衣装ですか、いいですねえ…わたしも総領娘様にすすめたのですが…」
「青娥ー、この鶏肉、いつもと味が違うぞー?」
芳香はすっかり先程の失敗を忘れたのか、いつもの調子で七面鳥を頬張る。
まあ彼女の忘れっぽさはいつものことだし、元々それ程怒ることでもない。
青娥の言葉に同調するのが悔しいが、芳香のサンタ衣装はよく似合っていた。
普段赤い服を着ているからか、違和感も全くない。
…夜中に煙突から死体が入ってきたら、人間の子どもは腰を抜かしそうだが…。
「あぁ…今日外を歩いていたカップルも子どももみんな死ねばよいのに…」
酒が回ってきた布都は、遠い目をして幻想郷の住人たちを呪っていた。
で、当のわたしはこいつの呪いの言葉(愚痴)の聞き役。
まあいつものことだ。
「なぜだ…我の立ち姿は幸福の王子もかくやという輝きを放っておったというに…」
「幸福の王子も毒々しい電飾がピカピカしてたら、速攻で捨てられてたと思うわよ」
「なんと、それでは仲間からはぐれた燕は何処へ行けばよいのか」
「王子と出会ってないから普通に仲間と合流してたんじゃ?」
もはや布都は移動式イルミネーションの不評を隠してはいなかった。
しかしミカンの皮を投げられても表情一つ変えず立ち続けた忍耐力は評価したい。
「…そういえばな、屠自古。かくいうお主はどうなのだ」
「へ?わたし?」
「そうよ。お主は今日、何かくりすますらしいことをしたのか?」
布都は少し絡み酒気味に、わたしへ質問の矛先を向けた。
「あんたらと一緒にパーティーをやった。それで充分じゃない?」
「そうではなく、自ら、今日のこの日に望むことはないのか」
「…今日のこの日、ね」
カナから聞いた話の中では、クリスマスの色々な面が語られていた。
その中に、わたしが個人的に魅力を感じたポイントも、なくはない。
が、それをわたしが今日、ここで望むのかというと、それは別の話。
「いいわよ、わたしはこれで」
「むう。お主、なんだか楽しくなさそうに見えるのだが」
「あんたらほど露骨じゃないだけ。楽しいわよ」
それは本音だった。
朝から周りの馬鹿騒ぎに巻き込まれつつも、
わたしはそんな馬鹿な連中と一緒に囲むこの食卓が、楽しい。
布都は先程ああ言ったが、生きていないわたしにも、この場の暖かみはわかる。
皆で準備した宴席で酒を飲み、ご馳走を食べ、笑い合う。
そこに宗教だ種族だと面倒なしがらみはなく、ただ楽しむという共通の目的があるだけ。
言葉で説明できるほどの、はっきりした理由はないかもしれない。
それでもわたしは、楽しい。
まあ、嫌いじゃないよ。
自分の宗教に対する敬意も慎みもない邪仙も、
人を勝手に電池代わりにする歩くクリスマスツリーも、
乾杯前にシャンパンブチ割る腐ったサンタも、
自分で自分を美少女とか言っちゃうウザい人も。
今日はそこに人の名前を間違える変な魚と、
桃みたいな香りがする天人を入れてもいい。
「あんたこそ愚痴ってばっか。もっと笑いなさいよ」
「ひひゃっ!?よ、よせ屠自古。頬を引っ張り上げるでない!」
まだ涙の跡が残る布都の頬を、無理矢理笑顔の形に抓り上げた。
それを見つけた天人が、指をさして笑い出す。
笑いは他の者にも伝染し、いつしかわたしも声を上げて笑っていた。
布都も、頬にわたしの指の跡をつけた顔で笑った。
幻想郷で初めて迎える冬。
そして、生まれて死んで初めて迎えるクリスマス。
この暖かさを、わたしはきっと成仏したって忘れないだろう。
※ ※ ※
夜風はこんな日でも、いつもと同じ香り、いつもと同じ冷たさだった。
パーティーが終わり、客も帰り、皆が寝静まってから。
わたしは一人、庭で雪を眺めていた。
朝から雪はやむことなく、今も仙界の大地を白く染め続けている。
――祭の後は、いつだって物寂しい。
こうしていつものように更ける夜の景色を見ていると、
余計にその物寂しさが強く感じられるのだった。
このクリスマスは、本当に忘れられない、楽しい思い出だった。
それはこの寂しさが証明してくれているし、
たとえ百点満点でなくとも、わたしの心は快く満たされている。
全てが思い通りに叶った思い出など、そもそも一度もなかったではないか。
それでも、いい思い出、幸せな記憶は幾つもある。
死んだって決して忘れなかった、宝物だ。
だから今夜の出来事も、そうした宝物の一つになっていくだろう。
「…眠れないんですか」
わたしは背後に立った気配に気づき、振り向かずに声をかけた。
「少し、夜風に当たりたくて――」
「随分飲まされていましたものね」
太子様はあの天人に気に入られ、やたらと酒を勧められていた。
やんごとなき身分の者同士、気が合ったのか。
それにしてはあの天人は随分俗っぽい言動をしていたが。
「――というのは建前で、ようやく君と二人になれると、そう思ったので」
「…は?」
太子様はざくざくと雪を踏みながら、わたしの隣に立った。
獣の耳じみた後髪の突起に、雪が降り積もる。
「ずるいと思わないでね、屠自古」
太子様がわたしの手を握る。
暖かい。
先程の団欒とは別種の熱が、指と掌から伝わってくる。
そして彼女の言葉から、わたしは一つのことを理解した。
「…それは、無理な話でしょう」
「あらあら」
太子様は困ったような顔をした。
正直言ってムカついた。
こいつ、わたしがしたかったこと、知ってやがる。
「あなたのは『察する』じゃなくて『覗く』ですからね」
太子様は千四百年寝ている間に、人の話だけでなく、欲を理解できるようになった。
どうせさっきのパーティーで、天人と話しつつ横耳でわたしの欲を聞いていたのだろう。
「では、無視していればよかったでしょうか?」
「そういう質問をするところもずるいです!!」
彼女はわたしの手を放さない。
今もわたしの欲望はダダ漏れで、その全てを「聞かれて」いる。
「ごめんなさいね。でも、屠自古も先に言ってくれればよかったのに」
「い、言えるわけがないでしょう!」
皆がパーティーを楽しみにしている中で、あんなことは言えなかった。
カナがさも憎々しげに話した、クリスマスのもう一つの楽しみ方。
『ま、これもある種の日本文化よね』
ケーキを囲んでシャンパングラスを持った皆が乾杯。
トナカイが引くそりに乗り、プレゼントを配る老人。
…に加えて、主にこの国の若者が、クリスマスに求めてしまうもの。
「どうしてですか?」
「…は、はしたないし…それに今更…」
わたしは自分の頬が熱くなるのを感じた。
もう人並の体温などないはずなのに。
血も肉も、全て飛鳥の昔に捨ててきたはずなのに。
「よいではないですか、今更だって」
太子様はくすくすと笑いながら、わたしの手を握る指に力を込めた。
「わたしは今でも、いえ、今だからこそ、君に恋をしていますよ?」
「んなっ…だから、そういうのがずるいって…!」
雷を落としてやろうと思った。
青娥や屠自古に食らわせたやつより、もっともっとでっかいの。
なのに、わたしは彼女の手を振り払うことすらできない。
「わたしも君も、あの時代で時間を止めてしまったようなもの」
太子様はあどけなさの残る顔で微笑む。
「そんな少女らしい望みを持っても、少しもおかしくないわ」
「あの時代でも、こんなこと言えないでしょう!」
「あの時代では、の間違いでしょう。今、誰がその欲を邪魔するの?」
太子様はわたしの目を正面から覗き込んだ。
息が詰まるような、言葉を忘れてしまうかのような、強烈な眼光。
「だって…わたしは、太子様の妻で…」
「だからはしたない?『クリスマスイブに恋人と二人きりで過ごしたい』と欲することが?」
「い、言うなあああああああ!!」
夜だということも忘れ、わたしは叫んでしまった。
おまけに、無意識に周囲に紫電を走らせてしまう。
太子様――いや、神子はまたも困ったような表情で、ゆるゆる~っと電撃をかわす。
「そ、その動きはトキ!」
「はいはい慣れてないんだしボケないの。本題に戻すわよ」
「だ、だってぇ…」
自分でも笑ってしまうくらい情けない声がでてしまう。
もうこいつとり殺したい。死ね。
お願いだから死んでください。じゃないとこっちが恥ずかしくて死ぬ。
「わたしが死んだら亡霊夫婦ですねぇ」
「だ・か・ら・欲を読むなっつってんだろ!!」
わたしは神子の胸倉に掴みかかった。
わかっていたことだが、こいつ相手に隠し事はできないし見栄もはれない。
心底腹が立った。その手のぬくもりがウザくてウザくて仕方なかった。
「うぁぁあぁぁああもう!畜生、いいよ、言ってやんよ!」
「ちょ、屠自古、落ち着いて」
「言えなかったのよ!異教の祭で、しかも俗っぽい欲全開で!」
あの時、カナは言った。
『あれはさ、イチャつく理由が欲しいだけよね。いつもより堂々とできる理由』
『で、そういうのが金落とすから、服やら食事やらのお店も歓迎するし?』
『宗教観とか、ネロとパトラッシュを追悼する心とか、日本の若者には足りてないのよね』
俗な若者の、俗な色恋沙汰の一イベント。
確かにそこには、異教とはいえ聖人を敬う心など感じられない。
「ね、ネロ…?探偵ですか?」
「ちげーよ!犬だよ!(※犬はパトラッシュの方です)」
でも、わたしはそんな俗な色恋を、してみたいなどと欲してしまって。
でも、わたしはそれを、色々あって女ながらわたしの夫となった人に、言えなくて。
この人は高貴で聡明で美しくて、それは今でも変わらずそうだから。
そんなお方の、ただでさえこんな身体になってしまった妻が、
さらにそんな俗な欲を抱えてるなんて知ったら、どう思うだろうか?
「俗だなんて…それを言うなら今日のパーティーだってただの宴会…」
「うっさいんだよ!頭いいからって馬鹿にしてんじゃねー!!」
わたしはもう何だかわけがわからなくなって、
とにかく神子の美しい顔を睨みつけながら怒鳴り続けた。
「…言ったでしょう。わたしは、君に恋していると」
神子は胸倉を掴むわたしの手に、そっと掌を重ねた。
「それも、俗ではしたない欲望ですか?」
「そ、そういうことを言ってるんじゃなくて…」
「恋人たちのクリスマス。恋人がサンタクロース。いいじゃない」
わたしの額に、神子の額が触れた。
神子の吐く白い息が、視界に広がる。
「宗教も何も考えず、いつもより堂々とイチャつける夜」
「…うん。カナは、そう言ってた」
「そうですか」
神子はゆっくりと、わたしの手に重ねた掌を離す。
わたしは、神子の服の襟から力無く手を下ろした。
「俗っぽい欲に塗れて、お金と時間をふんだんに使って」
「…幻想郷と外で、ちょっとは違いもあるかも…」
力の抜けたわたしの身体を、神子がそっと抱きしめた。
「え」
「ねえ、屠自古」
耳元で、彼女の吐息を感じた。
「じゃあそれ、今から、しましょうか?」
※ ※ ※
「聖人聖夜~!仙人は皆~♪聖人聖夜~!明日のサンタ~♪おーいぇー♪」
師走の二十五日の朝。
今日も、上機嫌な青娥の歌が庭に響いていた。
「聖人聖夜~!トナカイのよ~うに~♪」
昨晩がやたらと盛り上がっていたから忘れがちだが、クリスマス本番は今日である。
それにしても青娥の替え歌、元はクリスマスソングじゃなかったような。
「屠自古、屠自古!見よこれ、ぷれ、ぷれ、プレゼント!」
「あ~はいはい…よかったわね」
わたしは部屋に入るなり騒ぎ立てる布都に、適当に答えた。
今は眠いのだ。
何せ昨晩は夜明け近くまで幻想郷を飛び回ったのだ。
亡霊の身体になって以降、これだけ疲れを感じたのは初めてである。
『さあ、走れトナカイ!弾よりも速く!』
『いや、これどう考えても馬じゃね!?』
昨晩。
神子…太子様がどこからか用意してきた黒い馬は、物凄い速さで走った。
彼女の馬術は少しも衰えておらず、
わたしは振り落とされないようしがみつくので必死だった。
『いえいえ、黒駒号(二代目)も今夜はトナカイなのです』
『じゃあやっぱり馬なんじゃん…』
黒駒号というより黒王号とでも言うべき大きな馬に乗り、
わたしと太子様はたくさんの店を冷やかして回った。
…実際には、店の妖怪たちに冷やかされて赤くなっていたのはわたしたちだが。
こんな時、夜に生きる妖怪向けの店が多い幻想郷をありがたく思う。
人間だけの世界ならば、あんな深夜に開いている店などそう多くない。
「さんたくろーすは実在したのだな!さすが幻想郷、侮れぬわ!」
ついでとばかりに道場の仲間たちへのプレゼントを買い込み、
ご丁寧にサンタクロースを装った手紙などもしたためた。
途中で買って二人で着たお揃いのサンタ衣装は、奴らには見られたくないが…。
「もういいでしょ。わたしは眠いの」
道場に戻ると、わたしたちを含む全員の寝床に、既にプレゼントが置いてあった。
ここまで徹底するとは、青娥、ホントに好きなんだねえ…。
というか夜中に抜け出したの、バレちゃってないか?
「むう。やはり屠自古は色々と枯れておる。青娥殿の言うとおりだ」
「あんた起きたら十万ボルトね」
少なくとも、わたしの乙女心は枯れてなどいないのだ。
それを、一番わかって欲しい人が、わかってくれている。
「誰かー!青娥が庭の凍った池でスケートして落っこちたぞー!」
「む、それは一大事!青娥殿、今助けますぞ!」
芳香の慌てた声を聞きつけ、布都はいそいそと部屋を出て行った。
これでゆっくり二度寝できる。やれやれ。
きっと今は太子様も、ゆっくり寝て体力を回復しているはずだ。
…今夜のために。
※ ※ ※
『やれやれ…帰ってきたと思ったら、もう朝ね』
『皆が起きないうちに、プレゼントを置いてしまいましょう』
『そうね、もう日も昇ってしまうし…』
明け方、太子様と小声で交わした会話を思い出す。
『ねえ、屠自古』
『はい?』
わたしはあの時、これで今年のクリスマスは百点満点だと思っていた。
皆でパーティーをして、大好きな人と二人でデートができて。
太子様が買ってくれた金色の簪は、これからずっと大切にしようと思った。
でも実は、もう一点分くらい、忘れていたことがあった。
『イブの夜を過ごした恋人たちが、最後に求めるもの。…わかる?』
太子様は、それまでとは違う種の熱を帯びた声で囁いた。
わたしは彼女が最初から「恋人らしい俗なクリスマス」を知っていたことを知った。
またしても一本取られたと思いつつ、わたしは強がってみた。
『もうイブの夜は終わりなんだけど?』
『ああ、それはわたしの時間配分ミスですね』
ごめんね、と少しも悪びれず謝った後で、彼女は言った。
『今夜も、皆が寝てしまうまで待てる…?』
わたしの欲を読んだからなんて、事実だけど嘘っぱちだ。
本当はこいつがこういう過ごし方をしたくて、起きてきていたのだ。
それが嬉しくて泣きそうになったけど、わたしはもう一段強がってみた。
『ったく、仕方ないわね――』
皆を起こさないように、小声のままで。
だけど、精一杯強気な自分が、彼女に伝わるように。
『――やってやんよ!』
ギャグで私たちをハイにさせている間に、下にそっと百合を忍ばせておくあんたが好きだ!
冒頭のセイントセイヤネタは一体どこの曲かわからなったのですが、その後の
>「キョンシーがサンタクロース♪死を超えたサンタクロース♪」
が脳内再生された瞬間、読むスピードが一気に加速!
>ビビビと往復びんた
とか
>フィッシュ永江
とかにウハウハです!
私には理解に苦しむね
まさに屠自古ちゃんの魅力満載ですね。
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