「クリスマスってご存知かしら」
鍵山雛は、突然そんな問いを投げかけた。答えも待たず、饒舌に語りだす。
「特別な日よ。特にその前夜、クリスマスイブは聖なる夜と呼ばれているのよ」
雛は上機嫌にくるくると廻る。
「世界中が幸せで満たされるんだわ。なんて素敵なイベントなのかしら! ……でもね」
一転、切ない表情を浮かべる雛。悲しみと慈愛に満ちた瞳が印象的だ。
「幸せがあるところには、悲しみもあるものよ。これは仕方のないことなの。だから、厄を請け負う私の出番! 私が女神になって、幻想郷中の不幸を取り去ってみせるわ!」
決意と共に、雛は天空を仰ぎ見る。その目に帯びるのは燃えるように激しく、どこまでも深い愛情。そしてこの先の苦難への覚悟が湛えられ……。
「盛り上がってるところ悪いんだけどさ」
急に横槍が入った。冷めた口調だ。
「いきなり地底にやってきて、一人で語り始めて。あんたは一体なんなのよ」
声の主は、金髪の少女。この地底で橋守をしている、水橋パルスィだ。
ちなみに雛が大げさに仰ぎ見ていたのは、粉雪舞う冬の空でもなければ、満点の星空でもない。そもそもここは地底なのだから、ただただ無骨な岩があるだけだ。
「私は鍵山雛。人間たちの厄を集めて――」
「あんたが誰かぐらいは知ってるわよ。なんの用だって聞いてるの」
いつものように橋守をしていたパルスィは、突然やってきた雛に捕まり延々とクリスマスについて聞かされていた。そしてついさっき、ようやく口を挟めた次第だ。はっきり言って、もうへとへとの状態だった。
そんなちょっぴりイライラしたパルスィを見て、雛は小さくため息をつく。やれやれといった具合に小首を振って、今度は冷静に話し始めた。
「さっきから聞いてたらわかると思うけど、今日はクリスマスなのよ」
「ええ、そうみたいね」
「外の世界ではメジャーな慣行だったけど、近頃はこの幻想郷でも市民権を得つつあるわ」
「なんでまた」
雛はパルスィの質問を受けて、ジロリと彼方を睨んだ。
「たぶん、外の世界で無理やり幻想入りさせようとする勢力があるせいね」
「どこ見てんのよ」
「いや、別に」
雛は視線をパルスィに戻す。
「まあ、そんなことはいいとして。なんで私が地底をうろついているか、だったわよね」
「というか私の橋守の邪魔ばっかりしてるわよね」
「いい? 今日はクリスマス。幸せも不幸もごちゃまぜな日なのよ。必然的に私の仕事も増えるわ。それはもう普段と比べようのないくらいに。だから、こうして地底にきて」
「うん」
なにか重大な仕事でもあるように緊張した面持ちで、雛は言い放った。
「逃げてきたのよ。圧倒的な量の仕事から」
「いや働けよ」
パルスィが思わず突っ込む。
「単純に量が増えるだけならましなのよ。でもクリスマスの厄っていつもよりねちっこくって」
「はあ」
「厄っていうより怨念みたいな感じなのよね、すっごく後ろ向きな」
「この厄神様、愚痴漏らしはじめちゃったよ」
なんだかんだで話を聞かされてしまうパルスィ。もっとも、嫉妬する要素が皆無だったので、大人しく聞くしかなかったのだが。
「劣等感の塊みたいな厄ばっかりだわ。厄から『寂しい、自分はもうだめだ』みたいな想いが伝わってくるから、もううんざりしちゃうのよ」
「まあ、それは嫌になるのもわかるけど」
「そういう厄に向かって『どうせ、あんたの意中の人なんか今頃別の人としっぽりやってるわよ』とか言ってやるとストレス解消になるんだけど、それももう飽きちゃったわ」
「案外黒いわね、あんた。というか随分グッサリと言ったわね」
雛の暴走は止まらない。パルスィがドン引きするのを尻目に、雛は自らの髪を纏めたリボンに手を掛ける。
「なによなによ。私がクリスマスカラーだからってこんな大変な目に」
「一応自覚はあったのね」
「誰がクリスマスツリーよ!」
「いや言ってないから」
「フリルの白は別に雪をイメージしてるわけじゃないのよ!」
「そこまで言うなら脱ぎなさいよ……」
雛は駄々っ子のように手足をばたばたさせている。それでも、お気に入りのリボンを外すことは出来なかったようだ。
「はあ。こうなったら髪を染めようかしら」
「そっち!? クリスマスカラーから脱出するためにそこまでする気なの?」
「金髪とか、憧れてたのよね。実は」
「私がいうのもなんだけど、金髪はやめておきなさい……激戦区よ。それにあなたがやると致命的に誰かと被る気がするわ……」
げんなりするパルスィ。
「あら。金髪で売り出せなくなったら、どこかの誰かみたいに目の色で勝負するしかなくなっちゃうから、確かに大変そうね」
「ほっときなさい」
「それにしてもあなたの目綺麗よね。素敵なチャームポイントだわ。どこで手に入れたの?」
「いや、もとからだからね? カラーコンタクトとかじゃないのよ?」
別に目の色を売り出しているつもりもないのだが。嘆息するパルスィへの攻撃は続く。
「だいたいあなたも働いてないじゃない。私のクリスマストークを聞いてるだけで」
「絶賛仕事中よ。こうして厄い奴が地底に逃げ込まないようにしてるわ」
半ばやけくそでビシッと指差してきた雛に、嫌味をたっぷり混ぜて返してやった。
しかし、厄神様がここまで仕事を嫌がってしまったら、人間たちはどうなってしまうのだろう。おせっかいながら、パルスィは少し心配になってきてしまった。
「で、あんたほんとに仕事放りだすつもり?」
この調子で相手をしていたら本気でそうなりかねない。もしそうなら、地底への道を守護する橋守としてここを通すわけにはいかなかった。パルスィはさりげなく道を阻む。
しかし雛はそれを見て、今度はケラケラと笑いだした。
「まあ、ほんとはね。あんたが嫉妬に狂ってないか不安になって見にきたのよ」
「余計なお世話よ。いつも嫉妬してる風に思われるのは心外だわ」
「そうなの? 幸せそうな妖精に片っ端から弾幕撃ち込んで、爆発させているかと思ってたのに」
「ああ、あれどんどん誘爆していって面白いわよね……って、やってないわよそんなこと」
ぴしゃりと否定した。嫉妬こそすれ、爆発させるようなことは……滅多にない。
「そもそも、あんたに聞くまでクリスマスのこと自体知らなかったぐらいだし。地底ではあんまり浸透してないんじゃないかしら」
「あら、そんなことないはずだけど」
雛は答えながら、地底の奥に目をやる。パルスィが釣られて視線を向けると、そこには見慣れた姿があった。
立派な一本角に、力強い足取り。いつものように余裕の笑みを浮かべながら、星熊勇儀がこちらに向かってくるのが見えた。
しかし、いつもと違うのは、彼女の頭に赤い帽子が載せられていたことだ。浮かれた様子で歩いてくる。
「完全にクリスマスが浸透してるじゃない、あれ」
「……なんにもいえないわ」
呆然とする二人に、勇儀はご機嫌に話し掛けた。
「よう、パルスィ。今日はクリスマスなんだってさ。一緒に酒でも飲もうじゃないか!」
勇儀はパルスィの肩に手を回す。一体どれくらいの力がかかっているのか雛には想像できなかったが、パルスィの渋い表情から察するに、もう逃げられそうになかった。
「こちらは、地上の客人かい? どうだい、一緒に」
勇儀は雛にも声を掛け、肩に手を触れようとした。しかし、雛はそれをさらりとかわす。
「ごめんなさいね。まだ、大事な仕事が残ってるから」
「なによ。いままでずっと駄々こねてたくせに」
パルスィが呆れる。しかし、雛はさっきまでの愚痴モードはどこへやら、急にしんみりとした様子でパルスィと勇儀を眺め始めた。
「まあ、私の存在意義でもあるしね……必要とされるのは幸せなことだわ」
かみ締めるように、雛は微笑んで言った。
それを見て、パルスィはやりきれない気持ちになった。本当は分かっていたのだ。雛が本気で仕事を放り出してきたわけではないことを。彼女は自らの能力に、誇りすら感じているのだろう。
では反対に、自分の嫉妬心を操る能力はどうだ。どんなに考えても、誇りなど持てるはずがなかった。これが、地上の神様と地底の妖怪との差なのだろうか。そして、今日雛がここに来たのは、やはり自分の能力を警戒してのことなのか。
パルスィが難しい顔をしてそんなことを思っていると、不意に雛が声を掛けてきた。
「私ね、ちょっと羨ましいのよ。私はひたすら不幸と向き合うだけだけど、あなたは幸せと向き合うことができるじゃない」
夢見るような口調で語る雛。
「嫉妬心は、そんな綺麗なものじゃないわよ」
即座に否定する。嫉妬という感情を誰よりも分かっているからこそ、そう言うほかなかった。
しかし、雛は落ち着いた様子で言葉を継いだ。
「今日、なんであなたのところに来たかわかる?」
唐突な質問に、パルスィは混乱する。なぜだろう。単純に、嫉妬心に狂っていないか様子を見に来ただけではないのだろうか。
問いかけてくる雛に、答えを返すのは難しかった。
「あなたなら、わかってくれると思ったのよ。幸せの反対とは何かって。こんな、クリスマスだからこそね」
「幸せの、反対?」
不幸ではないのか。しかし、不幸をよく知る雛がわざわざ問いかけてくるということは。
「幸せの反対って、身近にある小さな幸せのことだと思うのよ。普段から遠くの幸せを見すぎていたら、絶対に気付かないことだわ」
言われて、パルスィは自分の肩にかかっている勇儀の温もりを感じた。
こんなに、暖かかったっけ。
「まあ、確かにあなたが延々と嫉妬して厄を吐き続けていたら、それはそれで面倒だったけどね」
雛は冗談めかして笑って、背を向けた。
「さて、そろそろいかなきゃね。ぼやぼやしていたら処理しきれなくなっちゃうわ」
雛は一人、地底の出口へ向かう。彼女の吐いた白い息が、張り詰めた空気に溶けていく。
「おい、待ちなよ」
ここで、ずっと黙っていた勇儀が声をあげた。雛は足を止めて、肩越しに振り返る。
「なに? 私の稼ぎ時なのよ。まあ、修羅場とも言えるけど。邪魔しないでもらえるかしら?」
雛は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、軽い調子で返した。
勇儀はそれを見て、合わせたように軽い口調で言ってやる。
「あんたも時間ができたら来なよ。地底でもパーティー、やってるからさ」
雛は少しだけ目を見開いて、すぐに出口のほうへ顔を背けた。
雛の背中に向けて、勇儀はとびきりの笑顔で付け足す。
「なんたって今日は、せっかくのクリスマスなんだからな!」
逃げるように地上へ出て行った雛はそれでも、僅かに頷いたように見えた。
聖なる夜は、まだ始まったばかりだ。
……あれ?
私はクリスマスはるみゃと過ご(ry
まあ俺は彼女うんぬん以前に家族というしがらみから抜け出せないでいるがなw
ちょっとふざけた感じの雛ちゃんが良かったです。