空に浮かび、団扇を構える。
地面に向けて軽く一振り。それで、大地を薙ぐ風が巻き起こる。
大量の綿毛が風に乗って空を飛んで行く。
団扇をもう一振り。それで、綿毛は全て飛んでいった。
残された茎が幽かに揺れている。
風に吹かれ、この種はどこまで飛んでいくのだろう。
どこで咲いて、誰の目を楽しませるのだろう。
「お疲れ様」
幽香さんがマグカップを持ってやってくる。
「綺麗に飛んで行ったわね。雪みたいで綺麗だったわ」
「写真の一枚も撮っておけば良かったですね」
「写真に撮っても、埃にしか見えないんじゃないかしら」
「あー、確かにそうかもしれませんねえ」
「たんぽぽ珈琲、飲む?」
「いただきます」
マグカップを受け取り、温かいタンポポ珈琲に口をつける。
甘くて飲みやすく、少し土の味がして懐かしい感じがする。
幽香さんの淹れるタンポポ珈琲のこの味は、割りと気に入っている。
「この綿毛はどこまで飛んで行くんでしょうね」
「私が育てたタンポポだもの。きっと、幻想郷の果てまで飛んでいってるに違いないわ」
春に咲く、幽香さんのタンポポ畑。
ヒマワリよりも一足早く、太陽の畑の一角を黄色で埋め尽くしていた花の種まきを終える。
勝手に飛んでいくのを待ってもいいけど、一度に飛ばした方が華があるから、と毎年幽香さんに頼まれている。
綿毛を飛ばすのはそれなりに楽しいし、差し入れのタンポポ珈琲も好きだから快諾している。
タンポポは生命力が強く、どこにでも咲くし、黄色い花は空からでも探しやすい。
どことなくヒマワリに似ているこの花は、幽香さんのお気に入りの花の一つだ。
見る機会が多いせいか、私もこの花は割りと好きだ。
少しずつ勢力を拡げ、そのうち幻想郷全土でタンポポが咲き誇るに違いない。
「外の世界まで届きますかね」
「どうかしら」
幽香さんが遠い目をして、少し考え込む。
「幻想郷の結界は想いを通さぬ壁。ただ風に攫われて飛んでいったのなら、外まで届くかもしれないけど」
「種に想いを託したら、結界にひっかかるかもしれないと?」
「かもしれないわね。詳しいことは紫に聞かないと分からないけど」
「面倒なことですね」
外に届けと願えば届かなくて、無為に種が飛べば外に届くかもしれない。
幽香さんからすれば、すごく歯がゆいでしょうね。
私の風は、私の意志を孕んでいるのか否か。
私が飛ばした種は、外の世界に届くのか否か。
紫様に確認してもらうしかないんでしょうけど、あの方の発言も正否を判断しづらいから、結局何も分からなそうですね。
「外で咲いたか確認する術もないんだし、都合のいいように考えた方が得よ?」
「それもそうですね。幽香さん的には、どういうのが理想でしょうか?」
「そうね。砂漠みたいな何も無いところに咲いて、旅人の目を楽しませてくれると嬉しいわね。
そしてそのうち、その何もない場所を花で埋め尽くしてくれるとか」
写真に撮りたくなる程の素敵な笑顔で、子供っぽい空想を口にする。
花が好きで、時々こういうメルヘンチックなことを口にする幽香さんはすごく可愛い。
それを口にすると怒られるから、黙ってますけど。共感してくれる人は多いはずです。
「幽香さんらしいですね。その光景を実況できないのが残念です」
「幻想郷の緑化だったら絶賛進行中だから、それの実況でもしたら?」
「取材で付き纏うと怒るじゃないですか」
「当たり前でしょ。小蝿みたいで目障りで仕方ないもの」
「あんまりですよ」
「事実だもの」
悪びれない幽香さんを横目に、タンポポ珈琲を飲み干し、マグカップを返す。
立ち上がって、眩しい青空を見上げる。
日が長くなったとは言え、のんびりしてるとあっという間に暗くなって何も見えなくなってしまう。
そうなる前に、回れるとこは回って、取材して写真を撮っておかないと。
のんびりするのは、暗くなってからで充分だ。
「もうお出かけ?」
「少し、種の行方を追ってみようと思いまして」
「そう。花も散ってしまったし、ここにいても仕方ないものね」
「そういうわけでもないんですけれど」
「私もヒマワリ畑の準備があるし、引き止めはしないわ」
「それでは、今日はこの辺で。次はこの丘が黄色に染まる頃にお会いしましょう」
「ヒマワリが咲くまで、顔を見なくて済むのね」
「あやややや。そういうわけでもないんですけど、時候の挨拶みたいなものですよ」
「ふふ、分かってるわ。それじゃ、またそのうち」
「ええ、それでは」
風を纏い、空へと飛び上がる。
幽香さんは軽く私を見上げた後、傘を差して歩きだす。
もう、私の方に目を向けることは無い。
シャッターを切り、写真を一枚撮る。
あの人は、いつも花だけを見ている。
花を見ているときの幽香さんは無防備で、かわいくて、写真を撮るのも簡単ですけど。
意識されていないというのは、撮影者としてはありがたいんですけど。
相手されていないというのは、乙女として少々傷つきます。
いつか、幽香さんを振り向かせて、正面からその顔を撮らせてもらえるように。
幽香さんを魅了する華を咲かせられるように、私も頑張りますか。
地面に向けて軽く一振り。それで、大地を薙ぐ風が巻き起こる。
大量の綿毛が風に乗って空を飛んで行く。
団扇をもう一振り。それで、綿毛は全て飛んでいった。
残された茎が幽かに揺れている。
風に吹かれ、この種はどこまで飛んでいくのだろう。
どこで咲いて、誰の目を楽しませるのだろう。
「お疲れ様」
幽香さんがマグカップを持ってやってくる。
「綺麗に飛んで行ったわね。雪みたいで綺麗だったわ」
「写真の一枚も撮っておけば良かったですね」
「写真に撮っても、埃にしか見えないんじゃないかしら」
「あー、確かにそうかもしれませんねえ」
「たんぽぽ珈琲、飲む?」
「いただきます」
マグカップを受け取り、温かいタンポポ珈琲に口をつける。
甘くて飲みやすく、少し土の味がして懐かしい感じがする。
幽香さんの淹れるタンポポ珈琲のこの味は、割りと気に入っている。
「この綿毛はどこまで飛んで行くんでしょうね」
「私が育てたタンポポだもの。きっと、幻想郷の果てまで飛んでいってるに違いないわ」
春に咲く、幽香さんのタンポポ畑。
ヒマワリよりも一足早く、太陽の畑の一角を黄色で埋め尽くしていた花の種まきを終える。
勝手に飛んでいくのを待ってもいいけど、一度に飛ばした方が華があるから、と毎年幽香さんに頼まれている。
綿毛を飛ばすのはそれなりに楽しいし、差し入れのタンポポ珈琲も好きだから快諾している。
タンポポは生命力が強く、どこにでも咲くし、黄色い花は空からでも探しやすい。
どことなくヒマワリに似ているこの花は、幽香さんのお気に入りの花の一つだ。
見る機会が多いせいか、私もこの花は割りと好きだ。
少しずつ勢力を拡げ、そのうち幻想郷全土でタンポポが咲き誇るに違いない。
「外の世界まで届きますかね」
「どうかしら」
幽香さんが遠い目をして、少し考え込む。
「幻想郷の結界は想いを通さぬ壁。ただ風に攫われて飛んでいったのなら、外まで届くかもしれないけど」
「種に想いを託したら、結界にひっかかるかもしれないと?」
「かもしれないわね。詳しいことは紫に聞かないと分からないけど」
「面倒なことですね」
外に届けと願えば届かなくて、無為に種が飛べば外に届くかもしれない。
幽香さんからすれば、すごく歯がゆいでしょうね。
私の風は、私の意志を孕んでいるのか否か。
私が飛ばした種は、外の世界に届くのか否か。
紫様に確認してもらうしかないんでしょうけど、あの方の発言も正否を判断しづらいから、結局何も分からなそうですね。
「外で咲いたか確認する術もないんだし、都合のいいように考えた方が得よ?」
「それもそうですね。幽香さん的には、どういうのが理想でしょうか?」
「そうね。砂漠みたいな何も無いところに咲いて、旅人の目を楽しませてくれると嬉しいわね。
そしてそのうち、その何もない場所を花で埋め尽くしてくれるとか」
写真に撮りたくなる程の素敵な笑顔で、子供っぽい空想を口にする。
花が好きで、時々こういうメルヘンチックなことを口にする幽香さんはすごく可愛い。
それを口にすると怒られるから、黙ってますけど。共感してくれる人は多いはずです。
「幽香さんらしいですね。その光景を実況できないのが残念です」
「幻想郷の緑化だったら絶賛進行中だから、それの実況でもしたら?」
「取材で付き纏うと怒るじゃないですか」
「当たり前でしょ。小蝿みたいで目障りで仕方ないもの」
「あんまりですよ」
「事実だもの」
悪びれない幽香さんを横目に、タンポポ珈琲を飲み干し、マグカップを返す。
立ち上がって、眩しい青空を見上げる。
日が長くなったとは言え、のんびりしてるとあっという間に暗くなって何も見えなくなってしまう。
そうなる前に、回れるとこは回って、取材して写真を撮っておかないと。
のんびりするのは、暗くなってからで充分だ。
「もうお出かけ?」
「少し、種の行方を追ってみようと思いまして」
「そう。花も散ってしまったし、ここにいても仕方ないものね」
「そういうわけでもないんですけれど」
「私もヒマワリ畑の準備があるし、引き止めはしないわ」
「それでは、今日はこの辺で。次はこの丘が黄色に染まる頃にお会いしましょう」
「ヒマワリが咲くまで、顔を見なくて済むのね」
「あやややや。そういうわけでもないんですけど、時候の挨拶みたいなものですよ」
「ふふ、分かってるわ。それじゃ、またそのうち」
「ええ、それでは」
風を纏い、空へと飛び上がる。
幽香さんは軽く私を見上げた後、傘を差して歩きだす。
もう、私の方に目を向けることは無い。
シャッターを切り、写真を一枚撮る。
あの人は、いつも花だけを見ている。
花を見ているときの幽香さんは無防備で、かわいくて、写真を撮るのも簡単ですけど。
意識されていないというのは、撮影者としてはありがたいんですけど。
相手されていないというのは、乙女として少々傷つきます。
いつか、幽香さんを振り向かせて、正面からその顔を撮らせてもらえるように。
幽香さんを魅了する華を咲かせられるように、私も頑張りますか。