Coolier - 新生・東方創想話

全ての運命を破壊する程度の能力

2011/12/23 01:11:46
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運命。
命を運ぶ。
運ばれる命。
と、書いて。
運命。
予め定められている巡り合わせのこと。
それを操る。
運命操作能力。
しかし、その能力の詳細を知る者は少ない。
運命とは。
変化するものでは、あり得ない。
ながらも、常に変質し続ける。
それは、目に見えないだけであって。
確かに、そこに存在するのだ。
時の流れはまるで知覚できない速度となって体を透過していき。
生命の息吹は自覚することなく、揃えられたプログラムに沿って点滅を繰り返す。
それら一切合切をつつがなく、滞りなく進行する運命。
それに手を伸ばすことが、どれほどの禁忌の先にある行為であることか。
だから、それは当然のように代償を求める。
【そうであって欲しい】と。
手を伸ばす代わりに。
【そうでだけは、あって欲しくなかった】と。
そっと、優しくその開いた手を握らされる。
一度口に出せば、取り返しは聞かない。
瞬間。
新たなる選択を飲み込み。
世界はニヤリと、口を開け。
無限の歯車は、気が狂ったように正常を取り戻そうと回転する。
ガチガチ、と。音を立てて。
だから、私のこの能力は決して人前で見せびらかすようなものではない。
とはいえ、その性質上【漏れ】が起こってしまうことはあるが。
まぁ、でもそんなもの本質に比べたら無視していい程度のものだろう。
決して使わないことを前提とされた能力。
それが、私。
レミリア・スカーレットの【運命を操る程度の能力】だ。
だから、この出来事を予想できなかったとは言うまい。
まさか、こんな事になるなんて。
そんな言葉を使うほどに、私は愚昧では無い。
では、この能力を使わざるを得ない状態になった今、私は何と言えばいいのだろう。
最後に使ったのは何十年前のことだったか……
今再び、私は禁じていた能力を使った。
その時に私の口をついて出た言葉は。
『やっぱり、こうなってしまうのね』
だった。





「やっぱり、こうなってしまうのね」
「レミィ!? あなたどうしたの!? 今何をしたのよ!」
パチュリーがレミリアに詰め寄った。
レミリアはその言葉を受けて、ゆっくりと目を開ける。
そして、部屋をぐるりと見渡した。
ここは、紅魔館のとある一室。
一揃え家具があるだけの部屋。
元々、多くの人数を収容する為に作られている部屋ではないため
そこにレミリア、美鈴、パチュリー、昨夜、小悪魔の5人が立っているだけで
部屋はとても狭く感じられた。
5人が5人とも、沈痛な面持ちで
レミリアに詰め寄ったパチュリーを覗いた4人は部屋の中央にいる少女を見ている。
ベッドで静かに眠っている吸血鬼。
フランドール・スカーレット。
私の愛すべき妹であるフランは今、死の淵に立っている。
かろうじて息がある状態だ。
吸血鬼というのは、そもそも不老不死である。
だが、不滅では、無い。
「フランは、死ぬ……わ」
レミリアの一言に、部屋の空気が一変した。
「え、今レミィ……なんて、言ったの?」
パチュリーが何を言っているのかわからない、という表情でレミリアに問いかける。
「パチェ、よく聞いて。フランは死ぬ。死ぬわ。今から約30分後にね」
「嘘……ですよね?」
パチュリーに向けて放った言葉を、美鈴が返した。
美鈴がわなわなと口を震わせながら、縋るような視線をレミリアに向ける。
「嘘じゃないわ。今から数分後、フランは少しの間目を覚ます。
 何か言葉を伝えるなら、それが最後のチャンスよ」
平常通りの冷静な口調で、レミリアがは淡々と言葉を告げる。
「の、能力は!! レミィ、あなたの能力でなんとかならないの!?」
「【もう使ったわ】」
パチュリーはその言葉に、はっと息を飲んだ。
「でもね、パチェ。ダメだったの。原因が変わるだけで、フランの死は避けられなかった。
 いくつも試してみたわよ。でも、どれもこれも死期が少し変化するだけで後は何も変わらない」
「そんな……だって、突然過ぎるわ……! 何で今日なのよ! さっきまで、フランは、あんなに元気に!」
「お嬢様」
パチュリーが声を荒げようと瞬間、咲夜が静かに声を上げてそれを遮った。
「永遠亭に行って参ります」
「無駄よ、やめなさい」
即答。
レミリアは冷たい声で言い放った。
「むしろ、この状況で心配しなければならないのは咲夜。貴女の方よ。
 お願い、貴女だけはフランの為に何か行動を起こすことはやめて頂戴。
 特に、能力を使用するようなことは絶対に」
「何故ですかお嬢様! この場において、短時間で外部に助けを呼びにいけるのは私だけです!」
確かに。
時間を操る程度の能力。
それを使えば、一瞬で永遠亭に行き、薬師に助けを求めることは出来るだろう。
だが。
「もう、そんな段階じゃないのよ。ここまできたら、何をしようが、もう手遅れ。
 主人として命令するわ。私を信じなさい。それが出来ないならこの場で貴女を殺すわ」
「…………っ」
殺意のこもった目でレミリアは咲夜を睨みつける。
それに耐えられず、咲夜は視線をレミリアから切り……
そして、右足を思い切り床に振り下ろした。
「なら!! 私たちに、ここで何もしないまま突っ立っていろと仰るのですか!!」
「その通りよ」
「……出来ません」
「咲夜、今なんて言ったの?」
「お嬢様。わかりました。能力を使わなければいいのですね。
 この足で、永遠亭までいってきます」
そう言って、レミリアの傍を足早に通り過ぎた。
「咲夜っ!」
レミリアは咲夜の腕を掴むと、そのまま力任せに壁に叩きつけた。
鈍い音がして、咲夜の顔が苦痛にゆがむ。
「くっ……お嬢様、何故止めるのですか!」
「理由なんて知らなくていいわ。貴女はそこでじっとしていればいいの……」
「だから出来ないと言っているんです! お嬢様……妹様が亡くなられるんですよ?
 お嬢様が一番悲しいはずでしょう!! 結果は同じだとしても出来る限りのことを、させて下さい!」
「だから!! それが余計なことだって言ってるのよ!!」
レミリアが怒鳴りあげる。
それは、普段の冷静なレミリアを知っている者からすれば、信じられない光景である。
しかし、この場にいる面々は誰もが皆、そんなレミリアの姿を見て驚くことはしなかった。
激情をあらわにするレミリアの姿を今までにも見たことがあったから、というのも勿論ある。
しかし、それとは別にしても。
誰がその姿を見て驚くことがあるのだろう。
唐突に、突然に、長い間……本当に長い間連れ添ってきた自分の半身とも言うべき妹が死ぬのだ。
しかもそれに対し、何に縋ることも出来ない。
自分自身の絶対的な能力によって、回避不可能な死が、目に見えているのだ。
惜しむなら、せめてもっと早くにわかっていれば、心の準備が出来ただろうに。
「咲夜」
ふっ、とレミリアは強く握り締めていた手の力を抜いて、俯いた。
「お嬢、様?」
いきなりおとなしくなった主人の姿に不思議そうに咲夜は声をかける。
「フランに、何か言ってあげて……お願い」
そう言って、フランが寝ているベッドに一瞬目をやって、それから振り返って後ろを向いた。
どういう意味かと問いただす前に、咲夜はその声を聞くことになる。
「お姉……様? どうし、たの?」
「っ!?」
微かに、震えるような声で。
だがしかし、確かにベッドからその声は聞こえてきた。
「妹様!」
「フラン!」
フランが目を覚ましたのだ。
レミリアの言った通りに。
声を聞いて、レミリアを除く四人は一気にベッドに駆け寄った。
フランは薄く目を開け、身体を起こそうとする。
「寝てなさい。フラン」
それはパチュリーの手によって制止された。
「大丈……夫だよ。こんなの、なんでもない……から」
気丈な言葉とは裏腹に、声はかすれ、呼吸は乱れている。
フランの綺麗な金髪が、うっすらとかいた汗のせいで、肌に張り付いていた。
「いいから、無理すると、治るものも治らないわよ」
優しい笑顔で、パチュリーはフランの頭を撫でる。
「私、病気なの?」
「そうよ、フラン。でも安心しなさい、すぐに治るから」
「吸血鬼が、病気なんて……変なの……」
そう言って、フランは笑った。
にっこりと、無邪気な顔で。
その姿に、パチュリーは思わず目をそむけてしまう。
何十年という生の中で、数回と言わずモノの生き死にを見てきた。
とはいえ、それに伴う悲哀に慣れようはずもなかった。
代わりにフランの左手を取ったのは、
紅美鈴。
「元気になったら、また遊びましょうね妹様」
「うん……絶対だよ」
続いて咲夜もフランの右手を取る。
「妹様……」
「咲夜までお見舞いにきてくれたんだ……」
「はい。妹様の、為ですから」
しっかりと、それでいて握り締めないように。
咲夜はフランの右手を両手で大切に、握りこんだ。
「咲夜……泣いてるの?」
「っ!」
咄嗟に顔を伏せた。
「いえ、そのような事は」
「咲夜」
「はい……」
「泣かないで」
そっと、咲夜に握られていた右手を振りほどき。
その手で咲夜の右頬を伝っていた涙を拭った。
「ね?」
「ふっ……うう……!」
だが、それが決定的となった。
咲夜はその場に崩れ落ち、両手で顔を覆う。
涙をフランに悟らせないようにするために。
そして。
それまで、場を静かに眺めていた小悪魔が動いた。
レミリアの姿を見て、それから主であるパチュリーに、そっと耳打ちをする。
「え、ええ。そうね」
それからパチュリーはフランに向き直る。
「フラン、今から私たちはフランのお薬を取ってくるわね」
「お薬?」
不安そうな声をあげるフランに、またパチュリーは頭を撫でる。
「すぐ戻るわ。レミィは一緒に居てあげられるから、寂しくないわね?」
「うん……大丈夫」
「良い子ね。それじゃ、皆いきましょ」
パチュリーに促され、一堂は部屋の外に出る。
理由など、わからないはずがない。
パチュリーと子悪魔は毅然とした態度のままで。
咲夜は美鈴に手を貸されながら、ようやく外に出た。
先ほどから微動だにせず、フランに背を向けていたレミリアだけを残して。
ぱたん、と。
扉の閉まる音がする。

「フランっ!!」

それと同時に、レミリアがフランに抱きついた。
強く、強く。
フランもそれに応えるように、抱きしめた。
弱く……弱く。
「お姉様……私、死ぬの?」
「馬鹿なこと言わないで!」
「見えてるんでしょ? ねぇ、お姉様。私の運命は、この後、どうなるの?」
「そんな、馬鹿なこと……ある、訳ないじゃない……!」
搾り出すような声で、レミリアは囁いた。
だが、暫くの沈黙の後。
レミリアは抱きしめていた手をフランの肩に置いて、目をまっすぐ見て。
言い放った。
「後、25分ほどで死ぬわ」
「そう……なんだ。それはもう、決まったことなんだよね?」
「ええ。このまま、奇跡でも起きない限り」
嘘だ。本当は一つだけ方法が無い訳ではない。
だけど、それは……。
「起こったらいいなぁ……奇跡」
そう言って、ははは、と血の気の引いた顔でフランは笑った。
「フラン……フランっ!」
レミリアは、またフランを抱きしめた。
誰に見られることもない、この部屋で。
紅魔館の主として、人前であったならばこんな真似は出来なかった。
愚かと、人は言うかもしれない。
だが、この矜持こそがレミリアを紅魔館の主たらしめていたのだ。
「痛いよお姉様……身体がね、全部痛いの……!」
そしてそれは、フランドールもまた、同じであった。
目を覚ました時、フランは自らの死を悟っていた。
身体中に走る、まるで切り刻まれているかのような鋭い痛み。
身をよじるような激痛の中にいながら、パチュリー、美鈴、咲夜、小悪魔に心配をかけまいと振舞っていたのだ。
その痛みが、今開放された。
ばたばたとフランの手足が跳ねる。
暴れているのではない、フランの中に流れる吸血鬼としての血が、拒絶反応を起こしているのだ。
死を迎えようとする身体に、不死の血が体内で暴れ周り、身体を食いちぎる。
レミリアは、そんなフランの身体を必死で抱きとめる。
「大丈夫、大丈夫だからねフラン……もうすぐ、もうすぐ全部終わるから!」
「痛い、痛い痛い痛い!! 助けてお姉様!! 痛いよぉおお!!」
「ぐっ!!」
だが、フランの右肘がレミリアの右こめかみに直撃した。
その衝撃でレミリアは吹っ飛び、壁にぶつかる。
さっき、レミリアが咲夜にしたのとは訳が違う。
べっこりと、壁には穴が開くほどの勢いでレミリアは衝突した。
そのダメージに一瞬、レミリアは前後不覚に陥る。
すぐに頭を振って、正面を向いた。
フランの横たわったベッドに視線を移す。
だが、フランの姿は見えない。
何故ならば。

レミリアとフランの間に一人の老婆が立っていたから。

ガチリ。
「誰……?」
レミリアは混乱した。
突然現れた老婆は、レミリアの声を無視して、暴れるフランの額に手をあてて老婆らしからぬ怪力で、無理矢理ベッドに押し付ける。
そして、ポケットから何やら紙で出来た袋のようなものを取り出し、その袋を開け、中身の粉末をフランの口に無理矢理押し込んだ。
「ガッ……! カハッ!!」
フランがいくら咳き込もうとも、右手で強引に口を開かせ、左手で粉末を飲ませていく。
1分ほどだろうか、もみ合いになりながらも、粉末を完全にフランの飲ませ終わる頃には
フランの暴走が嘘のように止まっていた。
ゆっくりと、力が抜けていくようにフランはまたベッドに倒れこんでいく。
あんなにも悪かった顔色に、血色が戻り。
すぅすぅ、と呼吸も安定していく。
傍目にはただ眠っているように見えるほど。
「フ、ラン……?」
奇跡が、起きたのか?
老婆の事など無視して、フランに近寄る。
「…………」
見たところ、病状が安定したとしか思えない。
何より、【運命が25分後に訪れるフランの死を回避していた】
「65年です……」
老婆は、そう呟いた。
「……あなたっ!!」
その呟きを聞いて、レミリアは全てを理解した。
弾かれたように振り返って、老婆を凝視する。
よく見てみれば。
その老婆は品の良い顔立ちをしていた。
強い意志の灯った眼。
人間としては相当な高齢だろうに、その背筋はピンと伸びていた。
手に、足に、顔に。
刻まれたシワを除いて考えるならば、レミリアはその人物によく似た人間に心当たりがあった。
いくら顔が違えど、気づかないはずがない。
老婆は以前と変わらない、メイド服を着ていたのだから。
「貴女……咲夜なの……?」
「65年かかりました」
老婆……咲夜は、恭しく一礼をした。
それと同時にバン、という音がしてドアが開かれた。
「お嬢様!! 咲夜さんがっ! 咲夜さんがっ!!」
そこには、パチュリーの制止を振り切り部屋に入ってきた美鈴が居た。
だが、既にこの部屋の中の出来事は終わっている。
レミリアは65年の時を経た咲夜しか目に入ってはいなかった。
「なんて……馬鹿なことを!! あれほど、私は言ったじゃない……!」
「お嬢様は、あの時、私の運命を既に見終わっておられたのですね」
「能力は使うな、と!!!」
「お嬢様、申し訳ありません」
咲夜は。
フランに近づいて、その髪をさらりと撫でると。
眉を八の字に曲げて、力なく笑った。


「65年かかって、ダメでした」












「ん……んん……」
太陽の光が眩しくて。
フランは、再び目を覚ました。
やはり体調は良くなかったものの、前回の目覚めに比べれば大分マシだった。
身体は軋み、頭痛はするが、動けないほどじゃない。
あたりを見渡してみると、前に目覚めた時と同じ部屋のようだった。
ただ、穴が開いたはずの壁は補修されていたけども。
「フラン、起きたの?」
ドアが開く音がしたので、そちらを見てみると片手で洗面器を持ち、もう片方手でたたんだままの日傘を持ったレミリアが居た。
「お姉様……?」
違和感を覚えて、首を傾げるが。
よく考えればそもそも違和感どころか、疑問だらけだ。
何で私はまだ生きているのだろう?
運命で、私の死は決まっていたはずじゃなかったの?
咲夜や美鈴はどこにいったんだろう?
パチュリーは、小悪魔はどこにいったんだろう?
もうこの部屋にはレミリア以外、誰もいなかった。
「お姉様、聞きたいことがあるんだけど……」
「なに? 何でも答えてあげれるわよ」
そう言いながらレミリアは、傘を開いた。
そして洗面器を持ったまま、日傘で太陽の光を慎重に避けて、半分だけ開いていたカーテンを閉め。
ベッドの傍にあった椅子に腰掛けた。
器用にそれらの行動をこなしたレミリアを見て。
今になって、この部屋には紅魔館にはしては珍しく窓がある部屋だったんだな。
と気づいた。
「私、何日ぐらい寝てたの?」
まず、最初の浮かんだ言葉はそれだった。
あれから、どれほどの時間がたったのだろう。
「2578日よ」
「…………」
想像していた日数と桁が三つほど違かった。
「ちゃんと直すと、7年と23日ね」
「7年……」
そんなに、自分は眠っていたのか。
「フラン、起きれる?」
「え? うん」
言われて、上半身を起こそうとする。
だが。
「あ、あれ?」
上手く、身体が動かない。
いや、上半身自体は腹筋の力で起こせるのだけど。
下半身が全く動かせない。
「7年も眠っていたせいかしら……まぁ、その内治っていくわ」
よいしょ、と掛け声をかけて、レミリアはフランを抱き起こした。
そして洗面器の中に沈んでいたタオルを手に取り、それをしっかりと絞って、水気を取る。
「フラン、両手をあげて」
姉に言われるがまま両手をあげて、バンザイの格好をするフラン。
レミリアは、フランの服を脱がせてタオルでその身体を拭いていく。
きっと、毎日のようにこうしていたのだろう。
レミリアは慣れた手つきでその作業をこなしていった。
「あ」
と、その時フランはようやく、違和感がなんだったのが思い当たった。
「お姉様。咲夜は、咲夜はどうしたの?」
そういえば気を失う直前、お姉様は咲夜がどうとか、何か言っていたはず。
そして、今こうしてお姉様がやっていること。
動けない私の世話。
本来の仕事では無いが、もし紅魔館の誰かがやらなければならないのなら、それは咲夜がやるはず。
何か、嫌な胸騒ぎがした。
そしてそれは現実のものとなる。
「死んだわ」
レミリアが、簡潔にそう伝えた。
「し……」
言葉にならなかった。
咲夜が、死んだ?
人間であり、人間として一生を終えると断言していた咲夜。
そりゃあ、この紅魔館で誰よりも先に亡くなると覚悟してたけど……
「あなたを、助ける為にね」
「私を……?」
「さ、終わったわ」
そう言って、レミリアはタオルをまた洗面器につけた。
「散歩でもしましょう」
「お、お姉様。咲夜が……なんで?」
「こんな事もあるんじゃないかと思って、車椅子を用意しておいたの。手は動くんでしょう? 自分で動けるわね」
「そんなことよりお姉様! 何で咲夜が死んだのか答えてよ! 私を助ける為に咲夜が……死んだ?」
大声をあげる私に、お姉様は悲しそうな、全てを諦めたかのような顔をして笑った。
「それもこれも、散歩をしながら教えてあげるわ……それとフラン、これだけは先に言っておくわ」
「な、なに?」
「もう、あなたの知ってる幻想郷は、無くなってしまったのよ」






「フラン、あなたはもう、吸血鬼では無いわ」
お姉様は、この7年間にあった出来事を語る始めに、そう言った。
寝起きで頭が働いていなかったから気づかなかったが。
私は目覚める時、何がきっかけで起きたのか。
そう、【日光が眩しくて】起きたのだ。
吸血鬼ならば、そんなことあり得ない。
灰となるか、気化するか。
とはいえ、私もお姉様も日光はそこまでの弱点では無いが。
それでも、何も防御する物がないまま直射日光を浴びれば、痛みぐらい感じる。
それが一切なかったということ……それは、そういうことなんだろう。
私の身体はもう、羽が生えているということ以外、人間のものとそう大差なかった。
実際、今も私は日傘も無いまま、車椅子に乗って晴天の空の下で普通に過ごしている。

……7年前、私は唐突に寿命を迎えた。
紅魔館の前で、美鈴と遊んでいる最中に突然倒れた、みたいだ。
生命としての寿命ではない、吸血鬼としての寿命。
吸血鬼とは、不老不死の存在であり。
そのもの自体に死、というのは存在しない。
だが、永遠に衰えない体というのも同じく、存在しない。
私は、自分で言うのもなんだけど、吸血鬼として抜群に優れていた。
それだけに、身体が限界を迎えるのも早かったのだ。
吸血鬼の器として、機能が追いつかなくなった者は、今まで吸った血液の怨念に身体を食いつぶされる。
急速に全身の細胞は活動を停止していき……死を迎える。
恵まれた才能に追いつくだけの、肉体を持つのが遅すぎた。
それが、お姉様の出した結論だった。
それから、お姉様はぽつりぽつり、と語りだした。
咲夜は時間を止めて、私を吸血鬼に戻すための方法を求めて駆けずり回ったこと。
65年もの時間を飛ばして、学び、研究した。
永琳に頼り、紫に頼り、様々な人物に頭を下げて文字通り、死ぬ寸前まで答えを追い求めた。
結果、失敗した。
出来なかった。
65年では、辿りつけなかった。
運命に抗ってまで、出来たのは、病状の進行を遅くする薬だけ。
それも、数年、寿命を延ばすだけのもの。
……しかも私は、その咲夜が命を賭して延命してくれた生を、眠り続けて過ごした。
なんて、報われないんだろう。
「フランが眠り続けた7年間。私は救われたわ。
 たとえ、反応がなかったとしても、貴女が生き伸びてくれた事実は心の底から嬉しかった。
 でもね、フラン。こう思うことを許してちょうだい。
 私はそれでも咲夜に65年。ただの人間として、生きて欲しかった」
「お姉様は、咲夜の運命を……もっと言えば、私があの日寿命を迎えることがわからなかったの?」
「私の能力は、【運命を操る程度の能力】 決して、運命を支配する能力でもなければ、運命を観測する能力でもないわ。
 未来が見えたとしても、それは靄(もや)がかっていて見える時と見えない時がある。
 運命っていうのはね……フラン。常に変わり続けているのよ。たった一つの行動が、その他全てを変えてしまうことだってある。
 だから、霧がかかったように確定していない出来事の方が圧倒的に多いの」
悔しいことにね。
そう、お姉様は呟いた。
「でも、そういった事を好きなように確定させるのが、私の能力。
 実際、貴女の死という運命を変えてみようと能力を使ったわ。でも結局他の要因で結局あなたは死んでしまった。
 唯一、あなたを救えるかもしれない運命を選択してみたけど……結果がこれよ」
咲夜の死という犠牲を払っての、延命。
「咲夜は、止められなかったの……?」
「止めようと努力はしたわ、でも無駄だった」
「じゃあ! 咲夜が死なないように運命をまた変えれば」
「その可能性に思いついた時、咲夜は既に65年の時を越えていたのよ」
「…………」
「着いたわ」
と、レミリアは突然足を止めた。
ここは、紅魔館の近くにある湖。
その少し手前の場所だった。
目の前の木々を抜ければ、すぐそこに湖がある。
「フラン、行ってみなさい」
「お姉様?」
お姉様は足を止めたままだ。
先に行け、という意味らしい。
両手で車椅子を動かして、木々を抜ける。
そこには。
「……え?」
巨大なクレーターがあった。
スプーンで抉りとったように、綺麗にくぼんだ大地があった。
湖は完全に……干上がっていたのだ。
「なに……これ」
「今、現在。幻想郷に妖精という種族は存在しないわ」
レミリアは、遅れてフランの隣にやってきた。
「見なさいフラン、これが貴女の姉のした事の結末よ」
「どういう……ことなの、お姉様? それに、妖精が……存在しない?」
フランは恐る恐る、といった表情でレミリアに振り返った。
意味が、わからない。
全く、言ってる、その意味が。
カタカタと、フランの体が振るえて。それに連動して、車椅子が音をたてる。
「運命の操作とは、その世界に生きる生命全ての運命を切り替えてしまうということ。
 だから、絶対に行ってはならないの。なのに、私は貴女の為にそれを行使してしまった……
 それに、運命っていうものは残酷なものなのよ。
 心から願った出来事を得る代わりに、それ以上の不幸を与える。必ずね」
結果、幻想郷から妖精は消えうせた。
【だけでは無かった】
レミリアはその後、こう続けた。
「大地も湖も枯れ、妖怪もかなりの数が死に絶えた。
 神は立ち去り、人間は老いた。見なさい、フラン。この幻想郷を。
 この光景が見れるのはここだけじゃない。幻想郷中がそうなのよ」
絶句するフランを尻目に、レミリアは大きく手を広げた。
フランは混乱する頭のまま、言われて湖を見渡した。
木々は枯れて、そのほとんどが折れまがっていた。
からから、と湖の淵から小石が落ちいく音が聞こえる。
鳥の声はもう聞こえない。
花の色はもう見えない。
渇いた風だけが、頬を撫でていく。
全てが、終わっている。
感想を言うなら、そんな所だった。
酷い……有様。
こんな光景が、幻想郷の姿……?
「あの日、私は選択を過った。運命を無理に捻じ曲げてしまった。
 そうして、出来上がったのが、これよ。
 もう伝説の楽園と呼ばれた幻想郷は……失われてしまった」
あんなに、喧騒に満ち溢れて、輝いていた幻想郷は今や灰色に染まって見えた。
しかし、それを責める者は誰もいない。
この7年間、悲しみだけがあった訳じゃない。
笑顔もあった、喜びもあった。
そうして積み重ねた運命の先が、こうだったというだけ。
だってそれは自然の流れなのだから。
運命がそうであった、というだけ。
誰一人として思うまい。
この衰退が、フランの命を永らえさせた結果の上にあるものだとは。
「運命を操作すれば、どうなるか。私は知っていたはずなのに」
「そんな、私。こんなの、どうすればいいのか……」
現実を知って、取り乱しそうになるフランの肩にレミリアは手を置いた。
「いいのよ、フラン。貴女は何も悪くないわ。私が、勝手にしたことだもの……」
館に帰るわよ。
そう言って、レミリアは来た道を戻り始めた。







紅魔館の大図書館。
整然と並べられた本棚は、ホコリにまみれていた
帰り道への足取りは遅く。
レミリアとフランが館に帰る頃には、日が落ちかけていた。
パチンと指を鳴らし、レミリアが図書館のランプに火を付ける。
しかし、ランプもまたホコリをかぶっていたので、得られた光はわずかなものだった。
「館を出る時にわかったでしょうけど、美鈴も妖精メイドもここには居ないわ」
「……死んだの?」
キィ、と車椅子の車輪が音を上げる。
その音はまるでフランの不安を代弁するかのようだった。
「いえ、さっきも言ったけど、妖精メイドも含めた妖精は幻想郷の外に去っていった。
 美鈴は、今は妖怪の山で生活しているわ」
そして。レミリアはとある机まで歩いていった。
フランも後を追う。
「そして」
「…………」
二人は机を見る。
以前、パチュリーが愛用していた机だ。
レミリアは、塵が積もった机を撫でた。
その手の形にそって、塵が落ちる。
「パチェと小悪魔は今、紫の所で世話になっているそうよ」
「皆……紅魔館からいなくなっちゃったんだね……」
「そして、誰もが、そう長くないわ」
「っ……」
何が、とは聞けなかった。
「一緒に……いられなかったのかな。皆が生きてるなら、前みたいに……」
「私が追い払ったの」
「お姉様が!?」
驚いてフランはレミリアに振り返る。
「ええ、皆はこんな事をしてしまったのに、私を思い遣ってくれてね。
 これまでと変わらず一緒に過ごしてくれると言ってくれたわ。妖精メイドまでもがよ?
 咲夜を殺した、こんな私と……」
そう言って、レミリアはパチュリーがかつて座っていた椅子に腰かけた。
ホコリでその服が汚れることなど厭わずに。
「だから、私は私を追い詰めたの。
 そんな皆だから、私と一緒に居たらダメになる」
そしてレミリアは机に両肘をついて手を組み、自嘲が篭った笑い声をあげた。
「お姉様……」
フランは、そんな姉を心配そうに見ていた。
しかし、やがて決心したようにフランはレミリアの手を掴んだ。
「お姉様は悪くないよ! 悪いのは、お姉様にこんなことをさせちゃった私だよ!
 だから、そんな顔しないで! 咲夜を自分が殺したみたいに言わないで!!」
それは必死の叫びだった。
フランの渾身の願いだった。
しかし、それは姉には届かない。
それどころか。
レミリアはフランのその手を強く振り払った。
「きゃあ!」
その反動で、フランは車椅子から転げ落ちる。
「違う、違うのよフラン」
レミリアはそんなフランを見ることすらしないで、また手を組んだ。
「さっき、咲夜を助けるのが遅かった、と言ったわね。あんなの、嘘よ」
そして、組んだ手を開き、その両手で顔を覆う。
「本当はね、間に合った、と思うのよ。あの時、咲夜の最期がわかった瞬間に能力をまた使えば。
 でも、きっとまた更なる不幸で結果は塗り替えられたと思うわ」
「さ、咲夜だってきっと許して、くれるよ……幻想郷がこれ以上悪くなるんだったら……きっと」
「それも、言い訳」
ギリ、という音が静寂に包まれた図書館に響く。
「正直に言うと、私ね……咲夜が老婆となって現れた時、ホッとしたの……だって、だってよ」
その音の出所に気づいた時、フランはまた叫び声をあげた。
「お姉様! 何してるの!?」
ギリギリ、とレミリアの爪が自身の顔を傷つけていた。
爪が額に食い込み、血が流れる。
そのまま、爪は音をたてて下に落ちていく。
やがてその爪はまぶたまで落ちていき……眼球を。
「お姉様!!」
だが、爪が目を捉える前にフランの手によってそれは防がれた。
二本の足で立ちあがり、しっかりと、姉の手を握って。
フランはゾッとしていた。
もし今、このタイミングで下半身の麻痺が治らなかったなら、きっと姉は迷うことなく眼球を引き裂いていただろうから。
「あ…………」
そして、両手を握って初めてわかった。
今まで手によって隠れていたレミリアの顔が見える。
レミリアは、泣いていた。
「痛い、痛いって泣き叫ぶ貴女が……助かるんですもの」
額から流れた血が、レミリアの涙と混ざって机に落ちる。
「お姉様……」
それを見て、フランはどうすることも出来ないでいた。
今までこんなに涙を流す姉の姿など、見たことが無かった。
「フラン」
レミリアは突然立ち上がって、フランを抱きしめた。
「好きよ……」
フラんもまた、レミリアを抱き返す。
「私も、大好きだよお姉様……」
そうして何秒ほど抱き合っていたのだろうか。
いや、何時間もそうしていたのかもしれない。
時間の感覚など、わかりはしなかった。
だってもう紅魔館にその流れを知る者は、もう居ないのだから。
だが、そうしている間にも終わりの時間はやってくる。
どちらからともなく、手を離す。
「フラン、覚悟して聞きなさい」
「なに?」
「貴女は、今日死ななければならない」
「……うん」
覚悟は出来ていた。
7年前から。
幻想郷がこれほどまでに衰退したのだ。
その原因となる自分が無事でいられるなどと最初から思っていなかった。
それにしても、私は咲夜の犠牲を払ってなお、一日しか意識を保っていられなかったんだ。
死因はなんなのだろうか。
前のように、吸血鬼としての死亡ではない。
ならば、人間の突然死のようなものが死因となるのだろうか。
本当に、報われない……
「貴女が生き残る唯一の方法が、咲夜の犠牲だとさっき私は言ったわね」
「うん」
「だからもう、本当にこれが最期。貴女は今夜、死ぬ。スカーレット姉妹の妹が亡くなる。
 その運命をはっきりと私は見ている。いくら操作しても一つも見えないの、フランが生き残る運命が」
「わかってる、覚悟は出来てるよ、お姉様」
「でもね、貴女の死に方までは、見えてはいないの。だから、フラン」
レミリアは、涙を拭った。
後に残るのは、永遠に幼き紅い月と呼ばれた紅魔館の主。
レミリア・スカーレットの威厳のみ、だった。

「私が、貴女を殺してあげる」

背筋が冷たくなるほどの殺気。
なのに、フランは嬉しそうに満面の笑顔で応えた。
「うん、ありがとう。お姉様」
「空で、待ってるわ……」
そう言って、レミリアはドアに向かって歩いていった。
そして、ドアを開ける寸前。
「ごめんなさい、フラン」
と、フランには聞こえない程度の声で喋った。

残されたフランは。
紅魔館にある数少ない窓のうちの一つを見上げる。
もう既に太陽は落ち、月が煌々と輝いていた。
「なんて、紅い月……」
雲一つなく、星一つない。
紅に染まった月は、吸血鬼を失った身にも美しく見える。
それが、ほんの少し、フランには悲しかった。






紅魔館上空。
月の光で照らされた二人の吸血鬼。
一人は、堂々と空に立ち。
もう一人は、フラついていて、今にも浮力を失い墜落してしまいそうだった。
「今まで色々あったわね、フラン」
「今まで色々あったね、お姉様」
向かい合う二人の吸血鬼は、今までの過去を回想した。
それは緩やかな走馬灯。
どこまでも優しい、過去への接触。
だが、全てを辿るには時間が無い。
今この瞬間にもフランは死んでしまうかもしれないのだから。
どうしても、フランの死ぬ瞬間がわからない。
だが、その理由にレミリアは心当たりがあった。
「フラン。貴女は、私と居て幸せだった?」
「うん、楽しかったし、幸せだったよ」
「そう」
「地下に閉じこもっていた時も、それより前の頃も、今も。
 全部あわせて、幸せだったよ」
「貴女に、辛くあたった日もあったわね」
「うん」
「でも、その時も貴女を愛していたわ。信じてくれる?」
「うん、私も愛してるよ」
「これからも、貴女のことは忘れないわ」
「忘れくれていいよ、お姉様」
「決して……忘れない」
二人の会話は終わらなかった。
まるで、訪れるべき瞬間から目を背けるように。
だが、その時は突然やってくる。
突風が吹いて、フランのバランスが崩れた。
すぐに立て直すが、もう空中に漂っているのがやっとのようだった。
フランの呼吸が段々と荒くなっていく。
「もう、終わりにしましょうフラン」
「う……うん。お願いお姉様。私を、殺して」
「では……いくわよ」
そう言うと、レミリアのは目を閉じた。
ガチリ。
すると、レミリアの身体を赤い霧が覆い始めた。
ふわふわとした赤い霧は段々とレミリアに収束してゆく。
「あぁあああ……」
ガチリ。ガチリ。
フランはそれを見ながら、改めて死を覚悟した。
今まで、その吸血鬼の姿を見て死んでいった数多くの者同様に。
傍で見ていたから、その凶悪さは間違うはずもなかった。
「え?」
だからこそ、フランはこの場にそぐわない間抜けな声をあげた。
レミリアから漂ってくる殺気は本物なのに。
何かが、違う。
そう感じた。
ガチリ。ガチリ。ガチリ。ガチリ。
「ねぇ、フラン」
レミリアは苦しそうな声を上げた。
「……? な、なに?」
「貴女は、私のことを、忘れないでいてくれるかしら」
「何を……」
戸惑うフラン。
レミリアの頼りなさげなその声。
姉が誰かを殺す時、このような声を出したことが一度でもあっただろうか。
何かが、今起きていることを直感した。
自分のわからない事が、何か……
「七年間。考えたわ。どうすれば貴女を助けられるのか。
 今夜、命が尽きる貴女をどうすれば救えるのかを」
「お姉様!! 早く私を殺して!!」
「そして、やっと導きだしたの。その答えを」
フランの懇願を全く意に介さず。
レミリアはなお、紅の瘴気を集め続ける。
ハッキリとフランは混乱していた。
さっきまで、レミリアは【あの技】を放とうとしていた。
だが、それを行うのにこんなに時間はかからないはずである。
それに、何だか自分の【全身に力が漲ってくる】事をフランは感じ始めていた。
そして、レミリアの身体に赤い霧が収束しきる。
その瞬間、レミリアは目を勢いよく見開いた。
ガチリ。
「あぁあああああ!!!」
吸血鬼の咆哮。
全身から、赤い霧が一気に放出された。
それと同時にレミリアが天に右手を突き上げる。
その手に向かって、霧は凝縮していき。
やがて、一つの武器を形作る。
ガチリ。ガチリ。ガチリ。ガチリ。
……ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ。
カチリ。
運命の歯車は、今、噛みあった。
「フラン、これが私の答えよ」
レミリアは悠然と、形を成したその武器をフランに見せ付ける。
それは、剣の形をしていた。
ごうごうと燃え盛る炎の剣。
【禁忌・レーヴァテイン】
「なっ……何で? お姉様が?」
どくん。
と心臓が脈を打ち、フランの視界が一気にぼやける。
それと同時に浮遊力を失い。身体がガクついた。
が、それも一瞬で。
すぐさま体性を立て直す。
そして。
「う、うぁああああああああああ!!!」
フランは強制的に、羽を開かされた。
ビキビキと、限界まで伸びきった羽は、なお押さえきれない力に翻弄され
もっともっと、と凶悪に伸びていく。
力が、溢れる。
身体の内が歓喜に打ち震える。
吸血鬼としての、力が、湧き出てくる。
「騙してしまってごめんなさい。【お姉様】」
レミリアは、フランにそう声をかけた。
姉が、妹に向かって。お姉様、と呼んだ。
「な、何を……したの……【レミリア】」
必死に身に余る力を押しとどめながらフランは聞いた。
姉の名を呼び捨てにしながら。
「今宵、運命が定めた結末は【スカーレット姉妹、その妹の死亡】
 フランドールという名前は、関係ないの。
 名前というものは、生まれた後に付けられた、ただの記号だから。
 運命は、そのもっと根の深いものを指定する。存在そのものの運命を」
運命。
運命……だって?
私の、運命?
その瞬間。
「あ……!!」
フランの頭に一つの閃きが生まれた。
待って? 待って待って待って?
そうなの? 【そういうことなの?】
そんな馬鹿な!! 待って! お願いだから!! やめて!!
「まさか……レミリア、あなた……【まさか】」
レミリアは、高らかに宣言した。
7年間の考えに考えを重ねた回答を。
一人の吸血鬼が出した。
悲しき結論を。

「そう、私は【レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットの運命を入れ替えた!】
 【これならば!】【これならば、運命の変化は訪れない!!】
 【だって確かに今夜、スカーレット姉妹の妹は死ぬのだから!!】」

レミリアはそう叫んで、両手を広げた。
この時、フランは今更ながら思い当たった。
先ほど、図書館でレミリアは何と言った?
私の死に方は見えない、と言った。
7年前はアレほどハッキリと見えていたのに?
それは、【そういうことではないのか?】
つまり、レミリアにとって、【その先は見る事が出来無いという事】
【その先の事象において、レミリアは関われ無い】ということではないのか?
死ぬ、という事では……ないのか?
「さぁ!!私を殺しなさいお姉様!!さぁ!!早く!!運命が気づく前に!!運命を確定させなさい!!」
「出来ない!! そんなこと、私がレミリアを殺すですって!?」
ああ、だが何故だろう。
いくら否定しようとも。
この心までは否定できない!
私は今、目の前の吸血鬼のことを、もう妹としか見れない!
「フランお姉様……ごめんなさい」
そう言うと、レミリアは右手に持ったレーヴァテインを一振りする。
すると。
「えっ!?」
突然、フランの両手に一つずつ、異形の武器が現れる。
右手に【神槍・スピア・ザ・グングニル】
左手に【禁忌・レーヴァテイン】
先ほど、レミリアが発動までにかかった時間の何十分の一の時間で、である。
「今、お姉様の身体には、肉体の記憶としてのフランドールと、魂としてのレミリアが混在している。
 そして、同じく私の中にも、肉体のレミリアと魂のフランドールが混在している。
 だから、今ならば。 私はお姉様を支配することが出来る!」
「や、やめなさい! やめなさいレミリア!」
「【いいえ、やめないわ】 早く、殺されなければ……定め、通りに」
ぐぐぐ、とフランの右手のグングニルだけが後ろに引かれていく。
弓に矢をつがえるように。
その槍が、構えられていく。
運命を入れ替えた、ということは、その者が背負った病魔までも引き継ぐ、ということである。
つまり、現在進行で、レミリアは体内の血液に肉体を食い破られているのだ。
激痛に身を任せながら、なおも魔力を使い続けている。
笑い、ながら。
その壮絶な形相に、フランの眼の色が変わる。
「やめなさい、レミリア」
「……っ?」
がくん、とレミリアの力が抜ける。
力の行使権が、完全にフランに移行したのだ。
つまり、フランは自分の意思を持って、グングニルを構えているという事。
そして。
今、レーヴァテインをも振り上げる。
「これしか、道はないのね……」
静かに、フランは妹に語りかける。
「そうよ、お姉様。それしかないの」
「レミリア、愛していたわ。そして、一生忘れない」
レミリアは、フランを見て。
ただ美しいと感じていた。
サイドテールはいつの間にか、解けてしまい、暗闇にその髪を投げ出していた。
紅の月を背に、輝くように光る金色の吸血鬼。
その吸血鬼が、今。
「それでいいのよ。お姉様。それで……」
二人の間に涙はもう無かった。
悲しみも、怒りも、無かった。
ただ。殺す者と殺される者。
その定めだけが、そこにあった。
そして。
「ごめんなさい」
最期に響いた謝罪の声は、どちらの物だったのか。
かくして、両の狂気は振り下ろされた。










「もう少々、お待ち下さい」
「ええ、いくらでも待つわ」
「でも……なんというか、本当にあなた、あのフランドールなのですか?」
「何か、おかしいかしら」
「いえ、しかし何というか、まだ慣れていないもので……すみません、失礼でしたね」
「気にしてないからいいわよ」
一夜明けて。
フランドールは、紫の屋敷へやってきていた。
訪ねるなり、藍が出てきて、「伺っております」と言い屋敷の中へ案内した。
正直な話。
レミリアと一緒に湖に行った時のイメージが強烈すぎて、紫は既に亡くなってしまったのではないか、という懸念が
無かった訳ではなかったのだけれど。
しかし、心配は無用だったようだ。
「ごめんなさい、お待たせしたわね」
ふいに、奥の襖が開き、中から紫と小悪魔とパチュリーがやってきた。
紫は笑みを浮かべたまま、パチュリーと小悪魔は少しの戸惑いを残して、座布団に座った。
「早速本題に入るけど、幻想郷の外に出る許可が欲しい、ということで合ってるかしら」
紫が目の前の吸血鬼に話しかける。
「ええ、相違ないわ」
「そう……残念ね」
「でも、何でその事がわかったの?」
「事前に、レミリアから聞かされていたのよ」
「そう……なの」
未来は見えていなくとも、予想は出来ていたのだろう。
全てにおいて、レミリアは私の先を見据えていてくれたのだ。
「一つ、お願いしたい事があるの。聞いてくれるかしら、紫」
「あら、何?」
「紅魔館を、守ってくれない? 何も永遠に幻想郷を離れるつもりはないわ。
 紅魔館の主として、胸を張れるようになるその日まで。紅魔館の管理をお願いしたいの」
「……藍」
静かに、紫は藍に目配せをした。
「はっ」
それに藍は頭を下げて応えた。
「それも、生前のレミリアから頼まれてます。
 橙と私が責任を持って管理しますので、ご心配なさらずに」
「本当、何から何まで、ね。全く、我が姉ながら嫌になるわ」
「あら、今では妹、なのでしょう?」
「……そうだったわね」
意地悪そうに目を細める紫に、フランはだるそうに応えた。
くそ、全部お見通しなのは、レミリアだけではなかったらしい。
「パチュリーは? どうする? 紅魔館に戻ってくれたら、それが一番手っ取り早いんだけど」
なんて、ふいにパチュリーに話題を振ってみる。
「私達も、幻想郷の外に出てみようと思うの」
「あら、パチュリー、あなたも? それに小悪魔まで」
「今までずっと、私達は図書館に篭りきりだったから……
 これも何かの縁ということで、外の世界を見て回ってみるわ」
「また、寂しくなるわね……と、いっても前よりはマシかしら」
そう言って、紫は大口をあけてあくびをした。
「ねえ? 紅魔館の主様?」
ふがふがと、随分適当なノリで言ってくれる。
私はその質問に無視を決め込んだ。
「あら、なによ。つれないわね。こんなの冗談じゃない。
 さーって。それじゃ、ちょっと私は霊夢の所にいってくるわ。
 これから、貴女達が結界の外に出るってことを伝えにいかなきゃならないし」
そう言うや否や、紫は立ち上がって、また襖の奥に行ってしまった。
「では、私も」
藍もそれに続く。
そうして、屋敷に残されたのは私とパチュリーと小悪魔。
「フラン……立派になったわね」
「あなたのお陰よ、パチュリー」
「あの、フラン。それで……レミリアはどうなったの?」
パチュリーは、真剣な目でフランを見た。
それに対して、フランは白い封筒を二枚、ポケットから取り出して、差し出す。
「……?」
パチュリーがそれを取ろうとする。
しかし、フランが強く握っているので、取れない。
「パチュリー、この封筒を受け取る前に聞いてくれる?」
「……なに?」
「貴女が思う、紅魔館の主、とはどういった存在?」
「難しいことを聞くのね。そうね……責任感があり、何事にも動じず、冷静に物事を判断する。
 まぁ簡単に言えば上に立つ者としての精神、それがまず一番大事だと思うわ」
「小悪魔、あなたは?」
フランは、今までずっと黙っていた小悪魔を見た。
突然の指名に、小悪魔はあたふたと慌てながら応えた。
「や、やっぱり。カリスマ、です……かね?」
「そう、ありがとう」
フランは力を抜いた。
ので。
パチュリーはその白い封筒を受け取った。
「その封筒は、幻想郷の外に出たら、開けてちょうだい」
「わかったわ」
「じゃ、私はまだ行く所があるから」
そう言って、フランは立ち上がった。
その後ろ姿に、パチュリーは声をかける。
「フラン、達者でね」
「パチュリーこそ」
フランは一瞬立ち止まって、そのまま屋敷を後にした。








紅魔館近くの湖に足を運んでみた。
今日も今日とて、快晴だったので流石に日傘をささなければいけなかったが。
それでも太陽に照らされてキラキラと輝く湖面を見ていると、心が洗われるようだった。
そうして感傷に浸りながら歩いていると。
「フランだー!」
「あ、チルノじゃない。っとと」
いきなり飛び込んできた氷精を間一髪の所で避ける。
「久しぶりねっ!! あ、そうだ!! あたい今暇だから、勝負でもするっ!?」
チルノはそういって太陽のような笑顔をフランに見せた。
ああ、この子は変わらないなぁと私は思う。
うん、やっぱりこうじゃないと。
「ううん、チルノ。ちょっと私今は忙しいから、また今度にしてくれる?」
「え~? しょうがないなぁ……」
どうにもチルノは不服そうだった。
さて、どうしたものか。と困っていると。
「チルノーー! ダメじゃないですか! 突然人にぶつかりにいっちゃ!」
と、聞きなれた声が聞こえてきた。
「えーだって人じゃないよー?」
「人じゃなくてもです! ああ、もう……って、あれ? 妹……様?」
「や、久しぶり、美鈴」
片手をあげて、軽く挨拶をする。
ここに来たのは全く意味など無かったのだが。
思わぬ偶然だった。
ここで休憩して、まさにこれから妖怪の山に出向いて美鈴に会いにいこうと思っていたのだから。
「妹様じゃないですか!! もう、お体はなんともないんですか!?」
「うん、もう平気。むしろかえって頑丈になったかもしれないわ。それに美鈴」
「なんです?」
「もう妹様じゃないわよ」
「あ、そうでした……えっと、それじゃ、フラン様……でいいんですよね?」
「フラン、でいいけどね」
「そういう訳にもいきませんよ」
へにゃ、と気の抜けた笑みを美鈴は浮かべた。
「だって、フラン様はこれから紅魔館の主になるんですから」
「そうね。でも、まだ当分は違うわよ?」
「へ?」
「だって、私これから幻想郷の外へ行ってくるから」
「え!? フラン様もですか!?」
ん? フラン様も、ですか?
「も、って事は美鈴。あなたも外へ行くの?」
「え、ええ……他の皆さんにはもう伝えたんですけど。
 外の世界へ修行しに行こうかと……まさか、フラン様までとは……」
「と、いうよりこの流れだと、全員外に行きそうね。パチュリーと子悪魔も外へ行くそうよ」
「え!? あ!! そうなんですかー! え、でもじゃあ紅魔館は誰が……」
「さっきそれを紫に頼んできた所。藍と橙がなんとかするそうよ。
 ま、それに妖精メイドは戻ってきてるんだし。なんとかなるんじゃない?」
「そうですか……」
「それより、美鈴。これ」
またフランは、ポケットから白い封筒を取り出した。
「なんです? これ」
頭を下げて、封筒を取ろうとする。
フランはタイミングを見計らって、その封筒を上げた。
美鈴の手が空を掴む。
「ねぇ美鈴」
「あい?」
「貴女にとって、紅魔館の主というのは、どう存在か教えてくれない?」
「そりゃ、やっぱ強さですよ! どかーん! ばこーん! ずだーん! っていう!」
「そう……」
それを聞くと、フランはそっと美鈴の手に封筒を下ろした。
「この封筒は、あなたが幻想郷を出る時に見てね」
「はい、わかりました」
そう言って笑う美鈴の顔は、さっきのチルノに負けず劣らず素敵な笑顔だった。
と、そのチルノといえば何をしているのだろう。
なんて考えていると。
すかーん、と氷の塊がフランの頭を直撃した。
「もー! さっきから何を訳のわからない話をしてるのよー!」
「ふ、ふふ、フラン様……」
美鈴が、おそるおそる、フランの方を振り返る。
しかし、流石成長したフランといった所か。
冷静な様子で、頭についた氷を振り払う。
「ねぇチルノ。あなたさっき勝負がしたいと言ったわね?」
「お、やる気になった!? よーし、かかってきなさい! あたいってば」
最強ね、とその言葉を言う前にフランがそれを遮った。
「きゅっとしてどかーん!!!!」






フランはその後、一通り妖怪や妖精、神に挨拶を済ませると。
博麗神社の先にある道を歩き始めた。
周りは森で覆われている。
既にここは、幻想郷と現世の狭間。
霊夢と紫のお陰で、今の時間帯は結界が消えることになっている。
恐らく、色々回ったせいで私が一番最後だろう。
美鈴もパチュリーも小悪魔もついさっき幻想郷から出ていったと、霊夢に聞いていた。
遅くなってしまったか。
「すまないわね。咲夜」
そう声をかけると、どこからともなく、突然咲夜が目の前に現れた。
時間跳躍。
「いえ、そう待ちませんでしたわフラン様」
「久しぶりね、咲夜」
「ええ、こうしてちゃんと顔を合わせて喋るのは7年ぶりですね。立派になられて……」
そう言って、咲夜はフランを慈しむような目で見た。
長く伸びた金髪は腰まで伸び、見掛けも心なしか大人びている。
見たところ、身長がかなり伸びているようだが。
何百年も生きて、肉体の成長もないだろう。
恐らく、運命の変化による産物なのだろうか。
一方、咲夜は咲夜で。
髪型、服装こそ変わらないものの、顔つきや、その佇まいからハッキリと7年の時を刻んだのだとわかる。
「やっぱり、7年前までは戻らなかったか」
「ええ、それは望み過ぎというものでしょう」
「ごめんなさいね、咲夜。私の為に」
「何度聞いても信じがたい話ですが。他ならぬフラン様が言うのならば、そんな事があったのでしょうね
 でもきっと、私は後悔しませんでしたよ。また同じような事が起きたら、迷わず65年の時を過ごしますわ」
「やめて頂戴。その時は私、薬も飲まずに自殺する」
「それはそれは。全く命の張り甲斐がありませんね」
「そうよ、だから貴女はこれからも、人間として楽しくおかしく生きなさい」
「フラン様と一緒にですよね?」
「ええ、私と一緒によ」
そう言って、フランはポケットに手を伸ばす。
「ねぇ咲夜」
「はい?」
「貴女にとって、紅魔館の主。とはどういった人物を指すのかしら」
「私にとって紅魔館の主……ですか?」
すると、咲夜は突然笑い出した。
その質問の意味を察したのか、ふふふ、と笑った。
それはなんと表現したらいいのだろう、上品というか気品があるというか。
ああ、そうだ。こんな時の表現に『瀟洒』という言葉は当てはまるのだろうか。
「そんなの、一つに決まってますわ。私にとって紅魔館の主とは、レミリア・スカーレット様ただ一人です」
言われて、フランは苦々しい顔をした。
「私じゃ、咲夜は不服?」
「不服じゃありませんが……やはり、まだお嬢様を越えるのは時期尚早かと……」
なおも、笑い続ける咲夜にフランは封筒を投げつけた。
「先に外に行って、それでも読んで待ってなさい!」
「はい、では先に行って待ってますね」
結局、最期まで咲夜は笑顔のままだった。
笑顔のまま、森を抜けていった。
そうして。
咲夜の姿が完全に消えうせた頃。
一抹の風が吹いた。
ざあ、と森の木々が揺れて音を鳴らす。
フランは、そっとその音に耳を澄ましながら、つい昨日起こった事を思い出していた。
レミリアとの、死闘を。
その、決別を。
「まさか、あんな日が来るなんてね……」
目を閉じることはしなかった。
そうしたら、またあの光景が目の裏に浮かんでしまいそうな気がしたから。
だから、フランはその目で確認することが出来た。
がさがさっと、風のそれとは違う動きで草木を揺らす茂みがあることを。
「…………」
無言で、フランはその茂みを睨みつける。
やがて、その茂みから、申し訳なさそうな顔をした女が現れた。
「ねぇお姉様。あれ、バレてたのかしら」
「当たり前じゃない! 咲夜があんな事言ったのよ!? 絶対事気づいてたに決まってるじゃない!」
と、フランはまくし立てた。
でも、そんなこと言ってもしょうがないか、と溜息を一つついて。
現れた女を再度見つめる。
現れた女は、まるで吸血鬼のような格好をしていた。
紅の瞳に、悪魔じみた羽。
の、ような。
というか吸血鬼そのものだった。
他の誰でもない。
レミリア・スカーレット。
見間違えるはずがない、妹の姿がそこにあった。
「あれぇ? でも私気配消してたのよ?」
「まだ自覚がないのね……今の貴女は、もう以前のままの貴女じゃないの」
「でも咲夜に気づかれたのは、少し落ち込むわね」
「ふふん。少しは姉を見習ったらどう? ねぇ、レミリア」
「調子に乗らないの。元はといえば、私の力じゃないの」
「えぇ? そうかなぁ?」
なんておどけながら、二人は笑った。
「どう? お姉様。私はそれほど幻想郷を見て回れなかったんだけど。何か変わってた?」
「いいえ。大体全部元通りよ。これといって矛盾もなし。強いて言うなら、当たり前の話なんだけど。
 やっぱり7年間は、7年間として、時間はキッカリ経過していたみたい。
 人間はその分、見た目でわかるほど、ちゃんと歳をとってたわ」
「ああ、そう。まぁそこら辺、この7年間がどう記憶されているのか気にならないでもないけど。
 どうでもいいと言えば、どうでもいいわね」
「……という訳で結局、私のしたことは間違ってなかったってことでいいかな?」
そう言って、フランは少し怯えるような顔でレミリアを見た。
するとレミリアは、すかさずフランの頭を軽く叩いた。
「あたっ」
背はフランの方が高いため、少し背伸びをしなければならなかったが。
「ダメ。本当に心配したのよ……? でもまぁ、これが一番の方法だったのは認めてあげる。
 こんな裏技を思いつくなんてね」
「でしょ!?」
ぱぁ、とフランの顔が明るくなった。
「あの時、レミリアが私と運命を逆転させて。
 私の両手に私とレミリア、両方のスペルが同時に顕在した時。
 ピン、ときたのよ! 両方の能力も、同時に発動できるんじゃないかって!!」
「でも、まさか。そんな確かめた訳でもない、ただの思いつきでレーヴァテインとスピア・ザ・グングニル。
 両方とも自分に向かって振り下ろすとはね……」
そう。
レミリアとフランが対峙した昨夜の晩。
フランは【神槍・スピア・ザ・グングニル】と【禁忌・レーヴァテイン】を振り上げた後。
【自分の腹に同時に突き刺したのだ】
自分の肉体に、レミリアの運命が宿ったあの状態。
実はあの時。まだ完全に運命は入れ替わりきれていなかった。
先に、僅かな差ではあるが、レミリアの運命が入れ替わるより一瞬先に。

レミリアの吸血鬼としての力がフランに完全に移行した。

その僅かなタイムラグにより、生まれた奇跡。
半端なフランドールとしての運命と、半端なレミリアとしての運命。
それを無理矢理【吸血鬼の力で引きずりだした】
フランがその瞬間行ったことは簡単に言えばこうだ。
『運命を操る程度の能力』と『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』
の。
【同時発動】
即ち。

『ありとあらゆる運命を破壊する程度の能力』

7年前。
レミリアは、自分の命を軸として、運命を操作した。
つまりあの荒れ果てた幻想郷とは、自分の運命を変えた結果なのだ。
ならば。その運命を破壊してしまえば……。
自分の力だけでは、それは出来ない。
しかし。
二人の力を合わせれば……
そういうことだった。
ただ、まぁその能力を、七年前のあの日に射程を絞って行えるかどうかは、完全な賭けではあったが。
なんとか、成功した。
7年の時の経過こそ戻らなかったものの、元の平和な幻想郷を取り戻したのだ。
誰も、真実を知ることは無い。
昨夜の晩に、真実をフランから知らされた紅魔館の者以外は……
「あ、そういえばパチュリー、紫に喋っちゃってたみたいね」
と、フランは今更思い出したと付け加えた。
「生前のレミリアから聞いてます。とかなんとか。
 あの調子じゃ藍も知ってたのよ? だから八雲って私嫌い」
「それこそ、どうでもいいわよ。それよりお姉様。ちゃんと皆から聞いてきたの?」
「ああ。紅魔館の主として何が大事かってやつ? ちゃんと聞いてきたわよ。全員からね」
「皆、何て言ってた?」
「パチュリーが、責任感。小悪魔が、カリスマでしょ?
 美鈴が強さで……あー。咲夜が、レミリアを名指しで指名してたわね。
 全く、せっかく皆にレミリアは死んだってことにしてたのに、咲夜にだけはバレちゃって台無しよ」
「いいじゃない。どうせ咲夜にはこの後すぐ会うんだから」
「あーあ、残念」
「ん?」
そうして、フランはレミリアの頭に手を置いた。
ぽふん、とレミリアの帽子が軽い音をたてる。
「……こうしてると、私がレミリアの妹だったなんて信じられないわ」
「同感よ、お姉様」
そうして、二人は静かに目を伏せた。
二人は揃って、これからの未来のことを想像した。
運命は確かにあの夜破壊された。
だから、これから始まる現実は、また新しい運命の元に構築されていく。
どうなるのだろう?
もしかしたら、また幻想郷はあの灰色に染まってしまうかもしれない。
いや、それ以上。もっと悪いことになるかもしれない。
でももしかしたら、ひょっとすると。
ずっと、素敵な場所になるかもしれない。
それはわからない。
だって、霧ががかって見えないんだもの。
そして。
ゆっくりと、二人は目を開く。
その時、見えたお互いの姿は、以前と変わらない、あの日の姉妹のまま。
口調も、笑い声も、あの日の姉妹のまま。
無理矢理に組み合わせた能力は結局フランの中に安定してしまったが。
今こうして。
運命を、正した。
こうして、本当の本当に。
幻想郷は元の姿を取り戻したのだ。
「ま……とにかく」
「ええ、とにかく」
「行くわよ【フラン】」
レミリアは、フランの手を取った。
「行こう【お姉様】」
フランはその手を握り返す。

「でも、良かったの? あのまま貴女が紅魔館の主になっても、それはそれで良かったのよ?」

《運命》

「だってー、咲夜がお姉様じゃなきゃ嫌だっていうんだもん! それよりもお姉様大変だよ」

予め定められている

「何がかしら?」

巡り合わせのこと

「だって、お姉様まだ本調子じゃないんでしょ?」

運命とは

「あら、そんなの大したことじゃないわ。ちょっと散歩すれば治るわよ。貴女が心配するほどでもないわ。フラン」

変化するものでは、あり得ない

「なんだ。心配して損した」

ながらも、常に変質し続ける

「あら、心配してくれてたの?」
 
それは、目に見えないだけであって

「そうだよ。だって大好きなお姉様のことなんだから」

確かに、そこに存在するのだ

「私も、大好きよ。フラン」






二人の吸血鬼と共に。






そうして、二人は歩き出す。
森を抜けて、太陽が照らす大地へ。
二人分の日傘が、開かれ。
笑い声は朗らかに。
幻想郷の外へと向かって……
レミリアお姉様は生きています。
一年後、また紅魔館で会いましょう。

紅魔館の主の妹。
フランドール・スカーレット より。
秋風茶流
[email protected]
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コメント



0.940簡易評価
6.90奇声を発する程度の能力削除
おお…最後で思わず鳥肌が…
とても素晴らしいお話でした
9.60名前が無い程度の能力削除
運命変えてまでフランを助けようとしたレミリアが、咲夜に"時間停止をするな"と言ったのは、実の妹と従者の寿命を天秤に掛けたあげくに従者の方を取った ということなのでしょうか?

それとも"咲夜が能力を使う運命"を妹を救う為に選んだにも関わらず、白々しくも止めようとするような発言をしたのでしょうか?


また、時間停止中に紫や永琳の話を聞いたというのもおかしな話だし、運命の改変では世界に歪みが生じるのに運命の破壊では歪みは生じないというのも随分と都合のいい話だなぁと思います。


随分と辛口な批評になりましたが、予想を裏切る発想と、意地でもハッピーエンドに結びつける姿勢には好感をもてました。

次の作品を見るのを楽しみにしております。
16.100名前が正体不明である程度の能力削除
凄い楽しかった。
19.90名前が無い程度の能力削除
咲夜さんの土壇場での能力拡大とかあったのかな。
老婆が「ダメでした」と言ったところの、絶望感と言ったらないですね。
荒廃した幻想郷と、その運命を破壊された幻想郷の描写がもっと濃ければな、とも思いましたが、雰囲気は良かったかと。
奇しくも七年の時を越えるという点で、某時のオカリナ的な時間のギャップなんかも、楽しかったです。