Coolier - 新生・東方創想話

ある冬の日の備蓄のお話

2011/12/22 05:45:09
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「………………寒っ」


朝、文字通り身も凍るような寒さの中。世界は見事な雪化粧を施され、全てが白銀に覆われていた。
そんな中、大した厚着もせずに小屋の中で雑魚寝をする少女がいた。
年の頃は十代の半ば。腰の辺りまで伸びた、流れるような銀の髪と赤いもんぺの色の対比が特徴的な少女であった。


「ん、確か昨日は輝夜と殺し合いをして、私が負けてそのまま気を失って……」


その少女……藤原妹紅は、昨夜までの行動を想起していた。些か内容が物騒なのは仕方のない事である。


「……どうやら輝夜に借りを作ったみたいだな……よし、次は千倍返しで殺してやろ……」


内容が物騒なのは仕方のない事である。
妹紅は大きく背伸びをして、ひとまず昨日の事は忘れる事にした。こういうのは切り替えが大事ということを彼女は良く知っている。


「にしても寒いなぁ。もう完璧に冬だもんな、こんなに雪も積もってるし」


外を見ると、積もりに積もった雪が太陽の光を照り返し輝いていた。見慣れた竹林の景色も、こうして見ると何故だか新鮮に感じた。
 そう、季節は冬。騒々しい動物達も一時の眠りに身を任せ、色鮮やかに表情を変える草木も白銀の化粧を施される、そんな季節。
何百回見たとも覚えてはいないが、四季が変わるにつれてころころと表情を変える自然を見ることは妹紅にとってささやかな楽しみであった。


「やっぱり冬はこうでなくちゃなぁ。いくら寒いといってもこればかりは譲れないね、うん」


妹紅はそんな冬の景色を楽しみながら、まずは腹ごしらえをしようと思い竹林で採れた筍や人里の人間から貰った食糧をいれてある氷室を覗いた。ちなみに氷は湖の氷精に筍と交換で作ってもらった物を入れており、意外に溶けないので重宝している。
しかし妹紅は、そこである違和感に気付いた。


「……あれ?いや、まさかそんなはずは……」


 一段目、空っぽ。
 二段目、また空っぽ。
 三段目、物言わぬ巨大な氷塊が鎮座している。


「……おいおい、冗談だろ……?」








「備蓄が、切れた……!?」








―ぐるるるるぅ……―


「はぁ……」


 困った。これは非常に困った。
既に半分程過ぎ去っているとはいえ、まだまだ冬は真っ盛り。
毎年この時期は備蓄に頼って生活をしている妹紅は、今回の様な不測の事態は初めてであった。


「大方犯人はアイツなんだろうけど……昨日の今日で顔合わしたくないしなぁ……」


 妹紅の記憶が正しければ、備蓄はまだ足りているはずだった。
それが昨日の今日でものの見事にすっからかんとくれば、何者かの仕業である事は明白だった。


「輝夜め……無償で私を送ってくれるなんて流石に無いとは思ってたけど、悪戯にも限度ってもんがあるだろ……」


この様な事をする人物は命知らずな妖怪か、悪戯好きな妖精か、どこかの能天気なお姫様くらいしか居ない事を妹紅は分かっていたが、妹紅は6割の経験と4割の私怨から犯人を能天気なお姫様に断定した。


「しかし参ったなぁ……ああお腹空いた……」


 恐らく向こうは妹紅が憤慨して乗り込んでくる事を期待しているのだろう。竹林の姫がそういう人物である事を、妹紅はまた分かっていた。


「この時期だし、多分慧音は忙しいだろうしなぁ……」


 妹紅の頼れる友人である上白沢慧音は、毎年この時期になると寺子屋の子供達の相手で忙しそうにしている。なんでも外の世界から伝わってきた『くりすます』とかいう物らしいが、子供の為の催しに千年近くを生きる自分が首を突っ込むことはなんだか気がひけた。


「ああ、雲がだんだん綿飴に見えてきた……て幻視するならもっとお腹にたまる物を幻視しろよ、私」


もっともな意見である。
しかしこのままでは埒があかない。このまま冬を備蓄無しで乗り切るというのは無理な話だ。いくら不死といっても空腹は辛いものがある。餓死は下手な死に方よりもよっぽどきついものだ。主に精神的に。


「……仕方ない。あいつの思い通りになるのは癪だけど行ってやりますか」


 妹紅はいつもの格好に最低限の防寒対策を施すと、空腹と寒さに身を震わせながら一路永遠亭を目指すことにした……



◇◇◇



「……雪って食えないかな……とダメだダメだ。人間として最低限の誇りを捨てるな、私」


 永遠亭。永遠の過去という檻の中で誰に知られるということもなく静かに佇んでいた、姫を隠す鳥籠。もとい、古よりの宿敵の住処。
当然その永遠亭も冬という季節の例外ではなく、その広大な敷地の大半を白銀に染めていた。


「こんなに雪が積もってるけど、潰れたりしないのかね?」
「あら、そこの所は安心よ?てゐや兎たちに定期的に雪かきをさせてるからね」
「っと……いきなり後ろから話しかけるなよ、びっくりするだろ」
「びっくりした位でどうなるって身体じゃないでしょ、あなたの場合は。姫様になにか用かしら?」
「……まあいいや。怒る気力が勿体無いし。とりあえず輝夜の所まで案内してくれないか?」
「良いわよ。姫様からあなたが来たら通す様に言われてるしね」
「やっぱりあいつが犯人だったか……」


 鈴仙・優曇華院・イナバ。狂気の瞳を持つ月の兎で、今はこの永遠亭で永琳の助手をしたり、人里へ薬を売りに行ったりしている。
普段のブレザー姿に手袋とマフラーをしている所を見ると、どうやら鈴仙も今帰ってきたらしい。


「犯人?何の話よ」
「お前には関係のない話だよ……とりあえず早く入れてくれ、寒いから」
「え、ええ……」



   ◇◇◇



「ここまででいいや。ありがとな、鈴仙」
「どういたしまして……あなた、もしかして調子悪い?」
「え?なんでだよ」
「なんていうか、元気なくない?」
「気のせいだろ……」


 少なくとも気のせいでない事は確かだった。
先日の輝夜との殺し合い、冬の寒さ、備蓄の消失……度重なる小さくも大きい疲れの種は、いまや確実に妹紅の身体を蝕んでいた。

「ふぅん、ならいいけど。じゃあ、私は師匠に渡さなきゃいけない薬があるから」
「あいよー……さて」


 なんだかんだ話している内に、妹紅は輝夜のいる部屋の前までやってきた。
妹紅は何回か輝夜の部屋に来た事がある。無論、理由は殺し合いなのだが。
流石に何百年も同じ事を繰り返していると、例えそれが殺し合いという至極殺伐としたものであっても慣れや飽きはきてしまう。そうなってしまうとただでさえあまり意味を持たない殺し合いが、更に無価値で無意味な物となってしまう。
 その事実を、二人は恐れた。
一人は薄れつつある憎しみを保つ為に、一人はただ純粋に退屈をしない為に、二人を繋ぐ糸としてはひどく不恰好なソレを続ける為に、彼女達は変化を求めた。
 その結果が、殺し合いの場所を互いに指定しあうというモノだった。
妹紅はただ純粋に、殺し合いをしやすい所を選んだ。
しかし輝夜は、それを自室だったり中庭だったりという、妹紅からすれば到底理解できない様な所を指定してきた。
 最近はそのルールで殺し合いをする事はなくなった。妹紅の心に一抹の謎を残したまま、そのルールは廃れてしまっていた。


「……おっと、ぼぉっとしてても仕方が無いか。おーい輝夜―!入るぞー!」


 妹紅はさも自分の家の如く乱雑に襖を開け、その中に入っていった。



◇◇◇



「……久しぶりに来てみたが、相変わらずの汚さだなぁ……」
「ちょっと、人の部屋に入って第一声がそれってどういう事よ」
「よう輝夜。早速だが殺して良いか?色々な意味で」
「色々な意味で殺すってどういう意味よ……」


 輝夜の部屋は、およそ姫と名のつく者の部屋にしては少々物が溢れすぎていた。
かの有名な難題の宝物に加え、何やら外の世界の物も幾つか散乱している。そのまさに混沌とした部屋の中でこの館の主――蓬莱山輝夜は佇んでいた。


「まあ気にするな。私が言いたい事は分かってるよな?というか分かってなかったら殺す」
「ちなみに分かってるとしたら?」
「お前から返して貰う物全部返して貰ってから殺す」
「結局殺すんじゃない。あなたどうかしたの?えらく機嫌が良さそうだけど」
「そう見えるのならお前の目は節穴だな。抉り取ってやろうか?」
「まあ怖い」


 妹紅は飄々とした態度の輝夜にうんざりした様子だった。輝夜のこの相手をおちょくる様な態度は千年前から見てきてもう慣れたつもりではあったが、空腹状態の今ではその言動の全てがいつも以上に腹立たしかった。


「まあまあ落ち着きなさい。あなたが言いたい事は分かってるわ」
「そうか、それなら話が早いよ」
「昨日のお礼でしょ?私に負けて気絶しちゃったあなたを家まで運んであげたのは他でもない私だもの。お礼の一つくらいあってもいいはずよねぇ」
「張り倒すぞこら」
「ふふふ、冗談よ」
「いいから早くうちの備蓄を返してくれ……」
「全く仕方ないわねぇ」
「一体どこの誰が原因だと……」


 輝夜は疲弊した妹紅を見てある程度満足したのか部屋の奥の方に妹紅を案内した。
そこは部屋全体から見るとある程度片付いており、床に三畳間ほどの不自然なスペースが空いていた。輝夜はそこにしゃがみ込み、床の隙間に手を入れたと思ったら床をひっくり返した。


「どう?すごいでしょ」


輝夜が床をひっくり返した先、そこには丈夫そうな保管庫が設置されていた。


「……お前、なんでこんなもん」
「えへへ、大切な物や見つかりたくない物はここに隠しておくの。この場所は永琳さえも知らない。私だけの空間よ」
「……そんなのを私に見せちゃっていいのか?」
「気紛れよ、忘れて良いわ」
「あっそ……」


 純粋な子供の様に笑ったと思ったらいつもみたいな他人をおちょくる表情に戻る。本当にこいつを見ていると飽きないな、と妹紅は思う。


「で、この中にうちの食料が?」
「そ。ちょっと待ってて、今開けるから。あ、先に言っておくけど覗かないでよ!」
「(頼まれたって覗かないよ……)」


 輝夜はその丈夫そうな保管庫の鍵を開けようとしていた。
ああ、やっとこれでまともな飯が食える。家に帰ったらまず筍を炊き込みご飯にしよう。おかずは確か川魚を干した物があるからそれでいい。あと何か甘露が欲しいな。そうだ、この前慧音から貰ったとっておきの羊羹があるからそれを開けよう。いつか客人が来た時の為にと保管しておいたが今食べても罰は当たらないはずだ。なにか食い合わせがおかしい気がするが気のせいだろう。干物に羊羹を合わせたっていいはずだ。


「よし!あい……た……?」


しかし妹紅のそんな幸せな食卓風景の想像図は、竹林の姫の呆然とした声に遮られた。


「な、なんだ?どうしたんだ?」
「……」


 輝夜は顔面を蒼白にしながらだらだらと冷や汗をかいていた。悪戯がばれてしまった直後の子供の様な表情が、そこにはあった。


「おい、輝夜どうしたんだ?おい、まさか……!」



「……消えてる。入れておいた物が一つ残らず無くなってる!!」



「…………はぁ!?」



◇◇◇



「あああぁぁぁ……どうしようどうしようどうしよう……」
「落ち着けバ輝夜。お前あの中に何入れてたんだよ?」
「教える訳ないでしょう!?あの中の物なんて永琳にさえ教えてないんだから!」
「てかなんでそんな大事の物を入れる所に私の備蓄を入れてるんだよお前は……」


 輝夜の秘密の隠し部屋には、妹紅の備蓄どころか髪の毛一本すら落ちてはいなかった。
その事実は輝夜を半狂乱にさせ、空腹な妹紅のテンションを更に下げるのには十分であった。


「よ、よーし落ち着け私……ひっひっふー……」
「なにを産む気だお前は。いいからまずは落ち着けよ、本当に」
「……そうよね……うん、ごめん。ありがと」
「な、なんだよお礼なんて。お前らしくもない」


「……さて、と。犯人に心当たりは無いのか?」
「私はさっぱり。妹紅は?」
「強いて言うならお前が全ての原因なんだが……そういう訳にもいかないか」
「う~ん……仕方ないわね。ひとまず聞き込みといきましょ。こういう時は情報を集めるのが基本中の基本よ」
「なんでお前はそこまではりきってるんだよ……」
「いいの。さ、つべこべ言わずに付き合いなさい。もし見つけられたら夕飯の一つくらいはご馳走してあげるわ」
「……言ったな。その台詞、絶っ対に忘れるなよ?約束だからな!」


 妙に張り切っている輝夜と本来の目的とはまた違う意味で生気を取り戻した妹紅の二人は、それぞれの探し物を求め永遠亭の中を歩き出した……



◇◇◇



「永琳!!私のアレ知らない!?」
「ひゃっ!…………はい?」
「お前はボケ始めの爺さんか。悪い永琳、私から説明するよ」


 輝夜と妹紅が最初に向かった場所。そこは永琳の実験室だった。
輝夜第一の従者である彼女なら、事件そのものへの干渉は無いとしてもなんらかの情報を持っているだろうというのが輝夜の読みであった。
 ちなみにここに来る途中で一旦落ち着いたはずの輝夜の狂い気味のテンションは復活してしまっていた。と、同時にそれに付き合わされている妹紅はその空腹も相成って異常なほど冷静になっていた。


「……という訳なんだよ」
「……要するに姫様の部屋に隠してあった物が知らない間に無くなっていた、ということ?」
「簡単に言うとね。何か知らないか?私としても備蓄は早く返して欲しいし」
「ねえ永琳知ってるんでしょしらばっくれてないで早く言いなさいさあ言えほら言えいますぐ言え」
「……こんなにとち狂った輝夜の面倒を見るのも面倒だしな」
「そ、そう……」


 永琳は引きつった笑みを浮かべると、しばし考え込む様に腕を組んだ。今の表情を見るからに輝夜がここまで暴走する事は珍しいらしい。
 考え込むこと数時後、永琳はなにか思いついたかの様にぽん、と腕を叩いた。


「ああ、そういえば」
「何か思い出したのか?」
「ええ。確か昨日姫様が部屋に帰った後、姫様の部屋からウドンゲが出て行ったのを見た気がするわ」
「鈴仙が?」
「ありがとう永琳!こうしちゃいられないわ、今すぐイナバをとっ捕まえて吐かせないと!」
「……誰一人呼称が統一されてないのってどうなんだ?」
「いいから行くわよ、時間は刻一刻と迫ってるんだから!」
「なんの時間だよ……ああもう落ち着け引っ張るな!!」


 輝夜は妹紅の袖を掴むと勢いよく永琳の部屋から飛び出した。
二人の背を見守る永琳の口元が、不自然に歪んでいた事にも気付かずに……



◇◇◇



「♪♪♪~」


 鈴仙・優曇華院・イナバは、上機嫌であった。
今は鼻歌交じりに自分の部屋に向かい歩いている最中である。その内軽やかにステップを踏み出すのではないかと思える程に、その足取りは軽かった。


「ひっさび~さに~♪きょうはし~しょうに褒~めら~れた~♪」



『鈴仙、お疲れ様。あなたがいてくれて本当に助かるわ。向こうにお茶を入れておいたから飲みなさい。いつもありがとうね』



「……な~んて。うふふふっ」


 一人で気味の悪い笑顔を浮かべるほどに今の鈴仙は上機嫌であった。
先程永琳が入れてくれたお茶(あくまでお茶。薬物を混入させていない物のみを差す)も暖かくて美味しかった。てゐもてゐで、今日は何もしてこなかった。この後も何もなければ今日という日はとても幸せなものになっただろう。
 しかし現実は、かくも厳しいものなのである。幸せなことのみが続けて起こり得る事は、この月の兎に限ってあるはずもなかった。



―神宝「ブリリアントドラゴンバレッタ」―



「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!!?」


「……よっし命中!」
「お前はアホか!初っ端からノックアウトしてどうする!」
「イナバなら大丈夫よ。伊達に永琳の実験につき合わされてないもの」
「それは一体どんな根拠なんだ……?」


 鈴仙の幸せ(と思われた)一日は、こうして脆くも崩れ去ってしまった。


「いたたたた……もう!誰よこんな事する奴は!」
「私だ」
「……悪いな、コイツだ」
「ひ、姫様!?……と、妹紅?一体どうなさったんですか二人して」


 輝夜の弾幕を受けた鈴仙は、思いの外ピンピンしていた。無傷といえば語弊があるだろうが、そこまで深刻なケガにはなっていないようだった。


「(……ほんとに無事だよ。随分と丈夫に出来てるんだな、月の兎の身体って)」
「とぼけないでイナバ。あなたが昨晩私にした事を忘れたとは言わせないわよ」
「私が、ですか?」
「そう。あなたが昨晩私の部屋から盗みを働いた事は分かってるのよ、さっさと白状なさい」
「盗み……?ご、誤解ですよ姫様!私、昨日は一晩中部屋に篭ってましたもん!」
「嘘おっしゃい!あなたが私の部屋から出てきた事はもう調べがついているのよ!」
「それが誤解なんですって!第一姫様は昨日妹紅と殺し合って帰ってきたと思ったらすぐ部屋に入ってしまわれたじゃないですか!」
「私が寝た後の話よ。あなたはこっそり私の部屋に入って私の倉庫から妹紅の備蓄と私の……アレ、そう、アレを盗んだんでしょ?」
「妹紅の備蓄?……ああ、だから昨日はあんなに……」
「そんなのはどうだって良いわ!いいから早く私のアレをどこに隠したかを言いなさい!」
「わ、私は知りませんって!少しは話を聞いてくださいよ」
「言い訳無用!言わないのなら、こうしてくれるっ!」
「わひゃぁ!ひ、姫様。み、耳はかんべ……ひぃっ!」
「ここか?ここか?こっちの方が良いのか!?」
「ひゃぅ!も、もうやめてぇ……っ」



輝夜によるウサ耳蹂躙ツアーは、その後四半刻は続いたという……



   ◇◇◇



「ウサウサウサ……鈴仙も可哀想にねぇ、やってもいないのにあんなに責められてさぁ」


 鈴仙が輝夜に弄り倒されている最中、その光景を影から見てほくそえむ一匹の兎がいた。
名を因幡てゐ。悪戯好きな地上の兎は、可愛らしい容姿に反した黒い笑みを浮かべ、柱から顔を出していた。


「まったく、お師匠様も面白いことを言うよねぇ。まさか鈴仙に罪を被せようなんて……本当に弟子泣かせな師匠だねぇ。あはははっ!」


 この時のてゐは、気付いていなかった。
 勝利を確信した兵は、些細な敵の変化にも気付けず逆転を許してしまう事が多い。故に一流の人物というのは、最後の最後まで気を抜くという事は無いという。
 この因幡てゐという兎は、こと悪戯にかけては一流と呼べるモノを持っていた。技術、手際の良さ、そして失敗を恐れる心。その子供の様な無邪気さを孕んだ悪意により、てゐは様々な悪戯に成功していた。
 この時も普段ならば、八意永琳という後ろ盾が無い普段ならば、てゐはその存在に気付く事が出来たであろう。


「ふぅん……それで?私の備蓄はどこに隠したんだ?」
「ああ、妹紅の備蓄ならお師匠様に言われた通り私の部屋の床下……に……?」


 音も無く自分の後ろに立っていた、藤原妹紅の存在に。


「も、ももももも妹紅!?」
「よう、てゐ。元気そうで何より」
「あ、あはははは……妹紅が私の耳を掴んでいなければもっと元気になれるんだけどなぁ」
「お前が妙な事をしていなければ私もお前も普通に元気だったよ」
「だよねー……あの、妹紅?気のせいかな?なんか耳がほんのりと熱いんだけど……」
「たぶん気のせいだろ。今夜は目の前の兎を使って鍋でも作ろうかなんて、私は微塵も考えてないし」
「ほんと、気のせいかな?なんか上から香ばしい匂いがするし、ていうか耳!耳がやばいって!!」
「付け合せはやはり山菜かな。肉は調達したから、あとは出汁だな。まあ生きのいい兎がいるからその点は心配ないか」
「ちょ、ちょっと妹紅さん!?優雅に献立を考えてる場合じゃないよ!主に私の状況的に!!」
「食材は黙ってろ」
「……う、うわぁぁぁぁん!!姫様でもお師匠様でも鈴仙でも誰でも良いから、誰か私をたすけてぇぇぇぇ!!」



因幡てゐ。GAME OVER



◇◇◇



「はぁ……はぁ……」
「……もぅ、いっそころして……」


 輝夜が鈴仙へのお仕置きをして、大体四半時が過ぎた頃。既に力を使い果たしつつある輝夜と、ぼろ雑巾の如く成り果てた鈴仙がそこにはいた。


「……なんの!吐かないというのなら、吐くまでやり続けるのみ……!」
「……その辺でやめとけ輝夜。そのままやり続けたら、そいつ吐くぞ。情報以外の何かを」
「あら妹紅。生きていたのね」
「生憎と、そう簡単に死ねる身体じゃないんでね。それと安心しろ。そいつはシロだ」
「……どういう事かしら?」


 妹紅は輝夜に全てを説明した。

鈴仙は永琳にはめられていた事。

輝夜の部屋の倉庫にあったものは、全ててゐの部屋に運ばれていた事。

今回の騒動は、全て永琳が仕組んだものだという事を。


「……え?それってちょっとおかしくない?」
「何がだ?」
「どうして私の秘密倉庫の中身を、てゐが持っていく事が出来たの?あそこは、永琳さえも知らないはずよ」
「簡単な事だ……輝夜、お前私の備蓄を一体だれに運ばせたんだ?」
「誰って……あ」
「そう、あれだけ大量の備蓄だ。一人ではとてもじゃないが運びきれないと思ったお前は、妖怪兎達に……因幡てゐを通して命令した」
「そ、そうだわ。それで後の事は全部てゐに任せて、私は疲れてたから湯浴みをしてすぐ寝て……」
「恐らく盗られたのはその湯浴みの時だろう。妖怪兎を総動員出来るてゐなら、短時間で大量の物を運ぶ事も可能なはずだ」
「てことは、今私の倉庫の中身は……」
「あいつの部屋にあるって事だな。というか私はさっきからそう言ってるんだが?」
「……こ、こうしちゃ居られないわ!早く取り戻さないと!」
「ああ、おい!……私はもう軽く限界なんだがなぁ……」


 ようやく一筋の光明が見えてきた輝夜と妹紅は、急ぎてゐの部屋に向かったのであった……



   ◇◇◇



―ピシャァン!―


「入るわよ!……あら、誰もいないのかしら」
「いないな……さっさとみつけて、さっさと帰ろ……」


 本来いるはずの部屋の主は、今は急用で人里へ出掛けているという事にしておこうと妹紅は心の中で思った。


「だが床下っていったってなぁ。結構広いから探すのも一苦労」
「そぉい!」
「うん、仮にも姫なんだからもう少しまともな気合があるだろうが」
「姫という常識に囚われてはいけないのよ、妹紅」
「人の常識には囚われたままでいてくれ、お願いだから」


 某現人神のような台詞を言い放った輝夜が剥がした畳の下には、輝夜の倉庫に勝るとも劣らない大きさの倉庫が鎮座していた。


「床下の倉庫ってアレなのか?もしかして流行ってるのか?」
「永遠亭の密かなブームよ」
「その内忍者屋敷にならないと良いな、ここ」
「ふふん、この屋敷の隠し倉庫の場所は殆ど把握しているわ」
「お前ってほんとに無駄な所で才能使ってるよな」
「硬いことは言わないの。じゃ、開けるわよ」


 そう言って輝夜は、重く冷たい扉を開いた。
その扉の先に、求めている物はあるのだろうか。
期待半分不安半分の感情の中、扉の先にあった物は……


―キィィィ……―






「ああ……やっと見つけたぞ、わが愛しの備蓄達よ……」






 妹紅の貯めに貯めた大量の備蓄が、そこにはあった。






「長かった。本っ当に長かった……」



 思えば色々な事があった。雪の中で感じた空腹、怒りを通り越したむなしさ、尊い犠牲(×2)、机上の空論と成り果てつつあった理想の食卓図の数々……
 それら全ての出来事が走馬灯の様に溢れ、流れ出る。
 脳内ではもう完璧にエンディングを迎え、スタッフロールさえも流れていた。
 さあ帰ろう……そう思い、備蓄を一つにまとめ出て行こうとした瞬間



「……なんで、どうしてよ」



竹林の姫の、悲痛な声が聞こえてきた。



「か、ぐや……?」
「無い、無い無い無い!なんで無いのよ!大切なのに!下手な宝なんかより、あれはずっと大切なのに!なのに、どうして……っ」
「か、輝夜。落ち着け?な?」
「……ぅ~……」
「(ま、まずい。今の輝夜は非常にまずいぞ……)」



 いつか昔もこの様な事があった、と、妹紅は想起する。
アレは確かなんでもない様な春の日だった。あの日はちょっとした事が原因で妹紅と輝夜は殺し合いではなく、けんかをしてしまった。
その時の状況に、今の状況は酷似していた。そして、こういった状態の一番厄介なところは……



「……もぅ、なんで私ばかり……うぅ、ぐすっ」
「(だ、駄目だ!やっぱ泣き顔の輝夜は反則すぎる!!)」



 そう。妹紅は輝夜の泣き顔に非常に弱かった。
他人の泣き顔自体にさえ苦手意識を持つ妹紅だが、とりわけ輝夜の泣き顔は一番苦手だった。
 なにしろこの蓬莱山輝夜という少女は、絶世の美女なのである。今ではもう慣れているとはいえ、ときおり見せる少女的な一面に目を奪われてしまう事は頻繁にあった。
 そしてそんな少女が滅多に見せない表情――つまり泣き顔は、とてつもない破壊力を秘めていた。



「……もこうのばか!!どうして私のも見つけてくれないのよ!!」
「お、落ち着け輝夜。頼むからその潤んだ瞳でこっちを見るな!」
「うるさいうるさいうるさい!全部もこうが悪いんだから!!」
「(あーもーくそっ!まともに顔を直視出来ないっ!)」



「いいから!とりあえずお前の部屋に戻るぞ!」
「ぅ~……」



 泣き顔の姫と赤面した不死鳥の二人は、逃げるように輝夜の部屋に向かっていった。



   ◇◇◇



「大体!もこうがもっとしっかりしてくれてたら……っ!」
「私は何もしてないだろ!……ほら、部屋着いたぞ!さっさと泣き止んでくれ、頼むから!」



 妹紅はある一つの望みにかけていた。輝夜のいう宝物が、輝夜の部屋に戻ってくる事を。



「……やっぱり、戻ってないか」
「ぅ~……」
「だから泣くなって。大体何なんだよ!お前の言うその大切なものって!」
「そ、そんなの教えられるはずが無いでしょう!?」
「なんだよそれ!そんなの私が探せるわけないじゃんか!!」
「言いたくないって言ってるの!あんなの、言えるはずが……」
「私だってさっさと見つけてやりたいさ!だけど!」



 まるで子供の様な言い争いをしてしまった。お互いに千年以上は生きているはずなのにこの口げんかは無いだろう。と、心の中の誰かが言った。



―かさっ……―



 そんな言い争いをしていた時、不意に足元に違和感を感じた。



「?……なんだ、これ」
「……ちょ、ちょっと!」



 それは、至って普通の古新聞だった。しかし長い時間が経っているにも関わらず、風化している様子は無い。まるで新品同様の古新聞が、そこにはあった。



「なになに……『文々。新聞 第119季 零八:四号』」
「妹紅!!はやくそれを返しなさい!!」
「まあ待てって……『竹林の怪火 ~タバコのポイ捨て火事の元』?」
「わーわーわー!!」
「うるさい!さっきまでの泣き顔はどこ行ったんだよ!?」



 その古新聞の内容とは、いつか輝夜と妹紅の殺し合いで竹林が火事になりかけた時の事を、天狗に取材された時のものだった。



そしてその新聞の写真は、恐らく今までで唯一無二の、妹紅と輝夜が共に写っている写真だった。



「……なぁ。もしかしてお前が言ってた宝物って……」
「……あーもう良いわよ!!そうよ!それが私の一番大切な物なの!文句ある!?」
「……は、ははは、なんだよ、それ……」



 妹紅の胸に、様々な思いが巡っていった。怒り、安堵、むなしさ、喜び……しかし、その中で最も強く巡った感情があった。それは……



「ど、どうせ気持ち悪いとか思うんでしょ。別にいいわよ。どうせ私はあなたから嫌われてて、恨まれてて」
「輝夜」
「な、なによ……っ!?」





―ぎゅっ……―





 静かで透明な、愛おしさだった。





「…………えっ?」
「輝夜、私はお前を恨んでるし、きっとこの気持ちはそう簡単には消えないと思う。でもな、私達は、もうここまで一緒に来ちまったんだ。終わらない永い生を、お前と私で生きていかなきゃならないんだ。だからさ……その……」



「そ、その、なんだ。いつか私の中のこの気持ちが……父上のことや、藤原のこととかも、全部消えてなくなったら、そ、その時は、普通に話して、普通にけんかして、普通に……」



「……ああもうじれったいわね!」



―ちゅっ―



「っっ!!?」



「その時は、私があなたと生きてあげるわよ……その、永遠、に?」



「…………」
「…………」



 長い間、二人は抱き合ったまま固まってしまっていた。それは恥ずかしさなのか、緊張からなのかは分からない。
 しかしその長い様で短い一瞬は、いとも簡単に、音を立てて崩れたてた。






―ぎゅるるるるぅ……―






 文字通り、音を立てて崩れたてた。



「……く、ふふふ」
「ぷぷ、くっくっく……」



『あっはっはっはっはっは!!』



「もう、妹紅のばか!折角の雰囲気が台無しじゃない!」
「う、うるさい!朝から何も食べて無いんだぞ?そりゃ腹だって鳴るさ!」
「はー呆れた……ねえ妹紅」
「な、なんだ?」
「冬の間は、ここにいなさい。備蓄を持って帰るのも疲れるだろうし、ここの方が色々と都合が良いわ」
「ん、ま、まあな。確かにここにいた方が冬は楽そうだし、いちいち移動する手間も省けるし」
「移動?……ああ、成る程ね」
「そういう事だ。私達といったら、あれしかないだろう?」
「ふふっ、あれね」








紅の不死鳥は帰る場所を見つけた








「それじゃあ輝夜……」








竹取の姫は永久の孤独を失った








「ええ、妹紅……」








『さあ、殺し合おう(合いましょう)?』












永きに渡る血の代償
我も染まれよ唐紅
夜半には星も輝きて
月まで届け、――の思い


















「…………の前に、腹ごしらえしていいかな?」
「あなたは……」
「……輝夜がこんな物を大切にしてるなんてねえ」

私、八意永琳は一人診察室で呟いた。
輝夜がなにか隠し持っている事は普段の様子からして明白だった。けれど輝夜は自分の部屋に上がられるのを極端に嫌うので、それがなんなのかは分からなかった。

「輝夜もああ見えて純粋で一途だからねえ。ここは年長者として、幸せを願ってあげましょうか」

そう言って私はぼろぼろになっていた古新聞のオリジナルを、永琳特性秘密倉庫の中にそっとしまいこんだ。






はいどうもこんにちはorはじめまして。白月です。
まずはここまで読んでくれた方に最大限の感謝を。お陰様で人知れず頑張れてます。
何か違和感や誤字・脱字があればご報告ください。喜んで直させていただきます。
今回は偽物シリーズとは関係のないかぐもこ作品を書かせて頂きました。最後の方に自分の厨ニ病が爆発してますがそこは生暖かい目で見守ってやって下さい。

……え?偽物シリーズのネタが無いだけだろ?はっはっは。何をおっしゃるウサギさん。
……すいません。現在鋭意製作中なので待って下さる心の優しい方はお待ちください。せめて年内にはあげたいです。

最後にここまで読んでくれた方に、改めて感謝を。これからも見て下さるという方は、拙い文ですがよろしくお願いします。
さーて今年も後少し、頑張っていきましょう!
白月
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コメント



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3.90奇声を発する程度の能力削除
一途な姫様可愛い!
9.100名前が正体不明である程度の能力削除
偽物シリーズ待ってるお。
11.100名前が無い程度の能力削除
冒頭の[雑魚寝]は、大人数の時に使う言葉かと。それ以外は、良いてるもこ
14.70名前が無い程度の能力削除
おお兎さん
しかし迂闊さあってこその因幡の素兎
15.100名前が無い程度の能力削除
姫様可愛いなぁ…
読みやすかったし、とても良かったです!